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■オープニング本文 ●恥じらう乙女に花を 「では、後はお前に任せる」 「畏まりました」 夜‥‥男やもめが女性のところへ通う事は、さして珍しいものでもない。 花菊亭・有為(はなぎくてい・ゆうい)の父である当主もまた、然り。 恥じらい、中々顔を出さぬ貴人に惹かれていた。 簡単に返答を返し、彼女はまた文机へと戻る。 秘めやかに夜の闇をかけていく馬車、お忍びでと言うにはあまりに豪華な装いだ。 ‥‥敢えて言うと、お忍びである必要も無い、何故なら花菊亭の当主は未だ、正妻を据えていない。 夜に忍ぶスリルが好きなのだろうと、有為は小さく息を吐いて書類の最後の一文字を書き終えた。 硯に彫られた、花菊亭の家紋である、丸八角に捻じり桜。 この家の為になるようにと、彼女の『有為』と言う名前と共に亡き祖父が贈ったものだ。 仄暗い部屋の中で、蝋燭の灯りが踊り複雑な陰影を作る。 やがて、その陰影に一つの影。 「有為様」 短く有為の名前を呼んだのは、彼女の侍女である秋菊。 幼い時から、共に育った存在であり彼女が一番信用している存在でもあった。 「状況は?」 「ご察しの通り―――あの姫、広川院の分家のようです」 『広川院』は『花菊亭』と対立している貴族の一つ、元は同じ地位にいたものの切欠一つで転んだ。 片方は成功し、片方は没落した。 花菊亭が没落した事に関して、有為は別段何かを言おうとは思ってはいない。 時を読む事が出来なかった‥‥だが。 「小者だと言うなら、放っておけばいいものを」 「昔から、色々と対立していた事もありますし‥‥危惧する程、力量を認めているのでしょう」 秋菊の言葉に苦笑で返す。 ならばいいが、敵対していた存在が弱くなり、ただいたぶるのが好きだとしたら――― 「どうであれ、早めに手を打たねばならないな」 秋菊の注いだお茶を飲みながら有為は呟く。 ●妄執は情熱にあらず 開拓者を前にして、有為は口を開いた。 「今回、やって貰いたい事は父上の護衛だ‥‥今晩、父上は貴人に会いに細道を通る。そこを盗賊が襲うだろう、ただでさえ危険な場所だ」 それを止めて欲しい、と言い切り周囲を見回した。 「無論、貴人も護衛してもらいたい‥‥尚、敵は殺してもいいが一人は無力化して捕虜として、連れて来て欲しい。当主を襲った以上、それなりの処罰を与えなければならない、父上に関しては私が説得する」 以上だ、と口にした有為は立ち上がり、後、と口を開いた。 「父上には、ご自分の招いた結果を見てもらいたい。―――だが、撤退を促すか否かはそちらに任せる。尚、この依頼で得た話は門外不出にするように」 それだけ口にし、部屋を後にする。 その後ろ、ゆっくり頭を垂れた秋菊が静かに続いた。 |
■参加者一覧
中原 鯉乃助(ia0420)
24歳・男・泰
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
安達 圭介(ia5082)
27歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●子の刻、出発 「名家の当主殿を、想い人の許まで送り届ける…そこだけ聞けば優美な世界ですが。嫌な予感が拭えませんね‥‥」 そう口にしたのは、佐久間 一(ia0503)だ。 彼の懸念は他の開拓者達も感じていたのだろう‥‥『出発までまだ少しの時間がある』と口にして消えた依頼者である花菊亭・有為。 その後ろ姿を見送り、ため息を吐いたのは紬 柳斎(ia1231) 「‥‥まぁお家には色々と騒動がつきものよな」 自分もまた、巻き込まれていたのかもしれない―――有力武家を生家に持つ彼女は自らの過去を振り返った。 「『「盗賊が襲うだろう』ねぇ‥‥こいつはただの盗賊退治じゃ終わらねぇかな?」 追々聞くとしよう、と口を開いたのは中原 鯉乃助(ia0420)だ、今回は斥候を担当する事になっている。 「有為さんにお目にかかるのはお正月以来‥‥あの時はアヤカシ、今回は盗賊。貴族の家というのも色々大変そうですね」 中原と同じくして斥候を担当する菊池 志郎(ia5584)は肩をすくめた。 「おいら達は先に行っておくか―――」 「そうですね、早めに調べておきたいですし」 中原の提案に菊池も頷く、到着してから斥候を始めたとしても意味が無い。 夜の帳の下りた外へ駆けていく二人を見送り、周囲を見回した四方山 連徳(ia1719) 「家柄が凄いと、仕事も生活面も大変でござるねー」 高価そうな壺や豪華な装飾品の数々を目にすれば大変だと呟きつつ、陰謀の臭いでござる、と鼻をひくつかせてみせた。 「でも、拙者は拙者なりに、与えられた仕事を頑張るでござるよ。中の人と直姫殿に気を配りつつ、夜のお仕事でござるー」 「盗賊の襲撃情報の中でも会いに行くというのは‥‥美談にはなりうるとは思いますが、おすすめ致しかねますね」 危ない目に遭う事は目に見えているでしょうに、とため息をついた安達 圭介(ia5082)は続ける。 「逢瀬の潜んだ感じが好み等の問題ではないと思うのですが‥‥」 「美談になるならいいのだけれどね、全く無粋な話だ」 からす(ia6525)は全員にお茶を入れ終わって瞑目した。 陰謀の渦巻く世界はあまりにも、醜い。 「わし等はやることをやるだけじゃけぇ、加護結界をかけとくわ」 霊杖「白」を取り出して、全員に加護結界をかけていく高倉八十八彦(ia0927)は、戻ってきた有為にも、ほいじゃぁ、と加護結界を付与する。 「感謝する、そろそろ時間だ」 その頃、斥候に向かった二人。 先にたどり着いた中原は高い木の上に降り立つ。 「どうですか?」 シノビらしく足音も無く降り立った菊池が声を落として、問いかけると共に、暗視で敵を捉えた。 「いや‥‥3名の志体持ちとその相棒、と言うのはわかるんだけどな」 ほら、と顎をしゃくったその先、樹の影に隠れるようにして立っている女。 「あれが貴人でしょうか。衣服も豪奢ですし」 菊池の指摘するように、今から盗賊が襲う、と言う場所に来るにはあまりに気品があり過ぎた。 ―――会いたいとして、盗賊が出るかもしれない場所に、来るのだろうか? 女一人で。 中原と菊池は顔を見合わせる‥‥怪しい。 怪しい貴人は願掛けとでも言うように、赤い糸を固結びにする。 此れは永久に結ばれるという思いの表れなのか、決して解けないように‥‥と。 小さく和歌を読む声が聞こえてくる―――それでも、盗賊達は動く様子が無い。 「暁が 取り去り拭う 縁なら‥‥」 ●丑の刻、対峙 斥候の二人と合流した他の開拓者達と有為。 翔馬で細道の少し手前まで向かい、そこから徒歩で動く。 「右に二人、左に一人です」 菊池の言葉に、開拓者達も頷く。 「貴人はいますか?」 佐久間の言葉に頷いたのは中原、そのまま貴人の方を指し示す。 「兎に角、加護結界かけておくけぇ」 高倉が歩きだそうとしたところを制するのは紬、首を振って有為の方を見る。 「いきなり拙者達が現れて驚かせてもいけないだろう‥‥此処は有為さんにまず」 ああ、と有為が呟き輿の方へと向かう。 「父上‥‥この道は危険だと申し上げた筈です、僭越ながら私が護衛を集めました」 開拓者か、と口にした有為の父、花菊亭の当主は不機嫌そうに鼻をならし、顔を出す事もしない。 「気難しい人でござるなぁ‥‥何か、理由でもあるでござるか?」 四方山の言葉に有為が肩をすくめるが、何も言わなかった。 「一応、心眼で見てみますね」 佐久間の言葉と共に、空気が張り詰める―――生物の気配を察知する術。 「近くに生物が7名以上いるのは確実ですが‥‥野生動物等もいるのかもしれません」 生きている全てを、察知してしまったようでどうやら、特定は難しかったようだ。 「斥候のお二人の情報と合わせるとよさそうですね‥‥」 安達が輿の後を警戒しながら、口にする。 「相棒等も怪しいだろう‥‥忍犬や猫又なら」 からすが口にしては、茂み等にも視線を向ける。 「ああ、何処から襲ってきてもおかしくは無い」 紬は輿の前で護衛をしながら呟いた。 響く、小さな音 「今、刀を抜く音がしました」 超越聴覚で周囲を伺っていた菊池、声を潜めると早駆で貴人の元へと向かう。 驚いた貴人に、笑顔を浮かべ彼女を守るように立ちはだかった。 「先手は取らせません‥‥何処にいるか。お見通しです!」 心眼で近づいて来る生命反応を察知した佐久間、刀を両手に持つ。 平正眼、賊の刀を真っ向から受け止め、そして流れに逆らう事無く外へと受け流す。 少なからず振動が伝わるものの、バランスを崩すまでには至らなかったようだ、佐久間も、賊も。 「勿論、牽制などさせぬ」 からすが先即封で矢を射る、狂いのない矢だが、その辺りは敵もガードで受け踏み込む。 白羽の扇子で踊りながら、安達が補助をする。 神楽舞「攻」はからすへ、神楽舞「速」は四方山へ。 「それ相応の処罰は受けていただきますよ‥‥」 穏やかな口調ではあるが、殺さずとも容赦はしないという気概が感じられる。 賊も咆哮で足止めをしようと試みるが‥‥四方山が扇子のように呪殺符を広げた。 「釣られる訳にはいかないでござるー。忍犬の方が突撃してくるような気がするでござるよ」 依頼内容は生け捕り、ならば不利だと悟らせよう。 斬撃符で遠くから攻撃するものの、一気に四方山の喉笛を噛みちぎらんと忍犬が駆ける。 それを反射的に腕でガードする事によって、喉を千切られることを回避した。 歯が鋼を噛む音が響く。 牽制するように有為も即射で援護するが‥‥あまりに近い。 「ただ、真っ直ぐに飛ばすだけが矢ではない」 影撃が打ちこまれる、変則的な動きを持つ鋭い矢が忍犬の胴を貫く。 それを四方山が砕魚符で出来たタコをぶん回し止めを刺した‥‥グンニャリと弾力性のあるタコは迎撃されました、とは誰も思わないだろう。 「ごまかしやすいでござろう?野生動物に襲われた?それは不幸な事故でしたお悔やみ申し上げます」 ゲハハと笑いながら四方山が黒い笑みを見せた。 相棒の忍犬を囮にしたのか一気に距離を詰める‥‥狙われたのはからす。 賊は一気に距離を詰め、スマッシュを放った。 「邪魔立てするか‥‥」 そのまま有為へ返し刀が向けられ、逆袈裟に振るう。 暗い闇に飛ぶ鮮血。 得物が弓である以上遠くからの攻撃の方が向いている筈だが‥‥有為は踏み込んだ。 肩と頬から赤い鮮血を流しつつ―――重い音が、した。 酷い傷ではないのだろう、だが血管が集まっている以上流血量は多い。 「お二方、直ぐに治しますから‥‥」 安達の神風恩寵を受ける二人―――四方山がニヤリと笑みを浮かべた。 「斬られる覚悟は、当然あるのでござろう?」 「おい、どうなっている!」 輿の中から響く声に、返したのは中原だ。 「優勢だぜ、おいらは当主から離れねぇよ‥‥ただ、別々の方が万が一の時に逃げやすい」 万が一を起こさないのが仕事だろう、と声を荒げる輿の中の当主。 「危険時に落ち着いてる男の方が、格好いいだろ?」 おいらみたいに、と茶目っけたっぷりに続けては、飛びかかってくる忍犬の腹に拳を打ちこむ。 見事に入った忍犬に更に、空気撃を叩きこんだ。 貴人を守っている筈の菊池の方へ視線を向けると、菊池は大丈夫だと言うように頷く。 夜ならば視覚に頼らぬ動物の方が有利だろう、だが、彼は闇の中でも見る事が出来る。 離れて刀を振るう訳にはいかない為、遠くから手裏剣を投げつけた‥‥バランスを崩していた忍犬は無理な回避をしようとして、失敗する。 それに止めを刺す、どんな情報が漏れているか‥‥それは分からない。 忍犬の首に付けられた書物を手にして、中原は眉をひそめた。 「強うないが練力だけはあるんじゃけぇ」 ガッハッハと豪快に笑いながら高倉が神楽舞「進」を踊る。 弾むような踊りは、味方を助ける舞踊。 暗闇に光る二対の緑、猫又が鎌鼬を放つ。 「此方は猫又か‥‥」 頬を切る風に菫青石の色をした瞳を細めて紬は呟く。 手早く済ませるのが吉だろう‥‥護衛対象がいる以上、長引かせる訳にはいかなかった。 「(巻き込まれているかもしれなかった拙者が、こうして他者の家の騒動を収めるのか‥‥)」 斬られる事も恐れず、真っ向から向かっていく紬、纏う鎧に傷、腕からは鮮血。 それでも、前へ‥‥そのまま足を使って蹴りを放つ。 抜き身の刀に視線を奪われていた賊はバランスを崩す―――立てなおそうとするが、その前に紬が袈裟斬りに斬り裂いた。 ゴトリと重い音と共に手首から先が落ちる‥‥固く握られた刀、手放していれば手首から先が無くなる事も無かっただろう。 「こっちゃぁ手当てしとくけぇ、そちらは任せるんじゃ」 手を失くした賊は完全に戦意を失ったようで、そのまま高倉に手当てされるがままだ。 後は猫又と賊が一人、雄たけびと共に踏み込んだ賊の攻撃を、かわす佐久間。 「(バランスが崩れれば―――後は、捕縛出来る筈)」 強打で強化された袈裟斬りが佐久間に襲いかかる、頭上高くから襲いくる白刃。 「力だけでは何もできません‥‥そこだッ!」 刀を上に掲げる事で受け、左前へかわすと安雲で雪折を放つ。 蓄えられた強靭な気力、それは攻撃力を増して木刀とは思えない威力を発揮した。 骨の折れる鈍い感触‥‥だが、命に別状はないだろう。 すかさず、高倉が加護結界をかけ猿轡を噛ませた。 小さく猫の鳴き声がした‥‥主を失い、猫又が、不利を悟り逃げる。 「追ってくれ」 捉えるべきか否か、狙眼で遠くまで矢を飛ばした有為、その矢が猫又の足を射ぬく。 「わかりました」 逃げようとする猫又へ、菊池が手裏剣を放つ‥‥追いたてられる猫又。 跳躍する、そこへ瞬脚で接近した中原が空気撃を放つ。 「‥‥やはり、嫌なものですね」 呟いた安達は、倒れて息絶えた猫又を見ていた。 ●寅の刻、告発 「大人しくせよ。さもなくば次は傷口に擦り込むぞ?」 脅しと共に微笑みを浮かべるからす。 猿轡を噛まされ、その場に転がされた賊は生命の危機を感じたのだろうか。 「解れば宜しい」 今は生かして貰えると理解した様子の、賊に満足そうに頷く。 「甲斐無しじゃけぇ‥‥」 結局、流血で事切れてしまった賊を見ながら高倉が呟く‥‥生きる為に必要な気力が、既に賊には無かったのかもしれない。 「伏兵はいないようです」 心眼で周囲を探っていた佐々木が口にする、警戒は怠らない。 「その前に、貴人の家へ急ごう―――」 何かあっては困る、と紬が口にする‥‥貴人は此処にいるが、他の者に何かが起こらないとも限らない。 「必要ない」 その心配を斬り捨てたのは有為だった、治ったとはいえ服まで直る事は無い‥‥大紋の傷に一度視線を向け、しゃがみ、拾い上げる。 「この、広川院の紋の出どころは?何故『ただの』賊が持っているのでしょうか」 月明かりに煌く鋭い刃、その柄に彫られた広川院の家紋だ。 「そんなの―――」 知りません、と口にする貴人は震えていた。 「貴人は声も出せない様子でしたよ?」 心底怯えている事は、近くで護衛する事になった菊池が良く知っている。 「落ち着くといい、今は混乱しているだろう」 からすの言葉に目を閉じ、有為が頷く。 「父上、この家紋は何処の家のものか分かって頂ければ幸いです」 冷たい言葉だった。 「(直姫様の場合、子が親を心配するというよりは、家にとって有益ではないからと考えているような気がします)」 ふと、考えた安達‥‥そう考えると酷く寂しいような気がした。 輿が動く‥‥当主を連れて、貴人と開拓者達、そして有為が続く。 「花菊亭さん、あまり、事を荒立てないで下さいね」 佐々木の言葉に、有為が口を開く―――それは無理だ、と。 「前は伊鶴が、次は父上、放っておくことは出来ない」 「命を狙われたのだ!」 思い込みが、布をかけて真実を見えなくさせる。 「(こういうお家の問題には何時も辟易とさせられる)」 これから、追及が始まるのだろう、そう思いながら紬は息を吐いた。 「有為、これ‥‥忍犬が持っていたぜ」 中原に渡された書簡を受け取り有為は目を細め、口を開く。 「どうやら、指示があったようだ」 輿は進む、貴人の家へ‥‥逢瀬ではなく決別の為。 分家の者の対応はアッサリしたものだった、貴人に全てを押し付けた。 『(関わりのあるのはお二方のみですから―――)』 処罰され献上された貴人、永久に枯れる事のない花。 「今回の件、ご当主はきっとお寂しかったのでは?」 菊池の呟きに、有為が口元だけを歪め笑みを作る。 「寂しくとも、為すべき事をせず欲しいものだけ得る‥‥そんな甘さは許さない」 「有為様‥‥よかったのですか?」 秋菊の言葉に、有為は顔をあげた。 「文を出したのは父上、私はそれに『外で待っている』と書き足しただけ」 貴人がいる事など、始めから知っていた‥‥呼ぶように仕向けたのは有為。 互いに惹かれあい危険を冒す、そんな情は家の復興にはいらない。 錆を出した分家を広川院本家は見限った、それを拾い上げれば‥‥全て水に流すような、甘言で。 「生き延びた者は野放しだが‥‥後ろ盾が花菊亭である以上、飼い犬だ」 賊がいることも、知っていた‥‥雇ったのも彼女、弱い者を選んだ、万が一の為。 スキルの把握が出来なかったのが改善点か、と墨で汚れた手を拭く。 「父上に、色事にうつつを抜かしている場合ではないと知らせたかっただけだが、な」 離反は予想外だった、と言い切るが短剣を持ち出させた時点で把握していたのだろう。 証拠品の花菊亭当主、抹殺指示の書簡‥‥まぎれもなく有為の書いたもの。 怒りに燃える父にそれを見せれば、鵜呑みにする―――実際にそうだった。 欲しい物は花菊亭家の復興、捧げる物は自分の心・体・技。 志半ばで倒れた唯一の拠り所であった、祖父の為に。 「有為様、お供します‥‥」 走り続ける主人を、従者は止めぬ―――ただ、それが望みならば。 |