弱い犬ほど良く咆える
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/29 20:48



■オープニング本文

●黒いもや
 その日の東房は晴れ渡り、心地よい潮風が吹いていた。
 政治的点にも、アヤカシという点にも緊迫していたが、人々の間にはどこか安穏とした雰囲気が漂っている。
「やっぱり、弓の方がいいわよね‥泰弓って言うのもちょっと気になるけど」
 楽しそうに武器を手にとって見ながら小柄な女性が傍らの長身の青年に笑いかける。
 その笑みは少々はにかんだ笑み‥‥醸し出す雰囲気も、恋人同士だと言う事は容易に感じられる。
 不意に、視線が絡んで、沈黙が訪れた。
 それは不快なものでは決してなく―――
 頬を赤らめながら戸惑いがちに青年は女性の頬に手を触れ、女性も何かを察して、微笑み、距離が近づき‥‥二人の空気に浸る前に、悲鳴が響き渡る。
「たっ、助けてくれー!」
 黒いもやに包まれたアヤカシ。
 禍々しい紅い瞳が獲物を品定めしているかのようにギョロリ、ギョロリと動いていた。
 女性の反応は早かった。
 開拓者である彼女の性質は豪気かつ、一本気。
 また、統率者としての才覚も有していた。
「皆、固まらないで逃げんのよ!寺に逃げ込めばなんとかなるから!落ち着いたらすぐにギルドに風信術で連絡を!」
 一人、立ち上がればそれに続くような性質を、人間は持っている。
 群れる生物の、本能のようなものだった。
 女性は矢をつがえるとキリキリと弓を引き絞り、狙いを定めて、矢を放つ。
 何度も、何度も‥‥緊急時に店の事を気遣っている余裕など無い。
 やがて駆けつけた応援が、術を放ち、アヤカシを仕留める。
 ボトリと肉片は落ち、やがては、瘴気に還っていった。

●弱さとは‥
「其処まではいいのです。ただ、酷く彼女が怒ってしまいまして。開拓者と違って私は普通の人間なのに。いつもは頼れる素敵な女性なんですけど」
 重いため息をつきながら、言葉に惚気を絡める目の前の青年。
 服は上質の絹、少々垂れた目が優しそうな雰囲気を醸し出している。
 今尚、顔色が優れないのはアヤカシのせいか、それとも、恋人が怖いからか。
 繊細と言えば聞こえはいいが、何て気弱なのだろうと内心受付係はため息をつく。
「口も聞いてくれない‥‥‥彼女の気持ちが私にはわからない、私に、力があればと思うけれど―――。同じ開拓者なら、彼女の気持ちを汲んで何とかしてくれるのではないかと、思ったんです」
「つまり、仲を取り持つ、と言う事ですね」
「ええ、そうです」
 深く頷いた青年に、首肯してギルドの受付は承りましたと続けた。
 帰っていく青年の後姿。
「喧嘩ぐらい、当人同士でやれよ」
 思わず呟いた一言に、交代に来た受付員が苦笑いした。

●弱さなんて‥
「夕葵のバカヤロー!」
 天儀酒をそのまま喉に流し込みながら、胡坐をかいて海に釣り糸を垂れる女性。
「おお、朝華の姐御、また喧嘩か?」
 ちょっかいをかけてくる男性に据わった目を向けながら釣竿を時折揺らして小さくため息をつく。
「一目散に逃げていかなくてもいいと思わない?」
 守りたいとは、思う。
 自分と違って、志体を持たない人間が酷く脆い存在だと言う事は過去の出来事から知っていた。
 それでも、守ってもらいたいと言う乙女心は納得してくれない。
「複雑ね、恋って」
 重いため息は確実に桃色、恋の色。
 それでも、細身ながらも開拓者として鍛えられた肉体、そして胡坐をかいて酒を水のように消費する姿はどう見ても飲んだくれにしか見えなかった。
 しかし、乙女である。
 思わず、彼女の釣り仲間は厄介事になったものだと引き攣った笑みを浮かべた。


■参加者一覧
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
朱璃阿(ia0464
24歳・女・陰
明智珠輝(ia0649
24歳・男・志
ルーシア・ホジスン(ia0796
13歳・女・サ
山城 臣音(ia0942
22歳・男・陰
悪来 ユガ(ia1076
25歳・女・サ
バイ モーミェン(ia3333
10歳・女・泰
菘(ia3918
16歳・女・サ


■リプレイ本文

●箱入り男がお出迎え
 ある宿の、一室に向かって、開拓者達は足を進めていた。
「人の恋路の仲裁だなんて当人同士で解決しないと話が拗れるだけじゃない‥‥」
 頬に手を当てて艶めかしい吐息を吐き出したのは、朱璃阿(ia0464
「落胆、嫉妬‥‥それすらも愛の前ではスパイス‥‥ふふ、ふふふ」
 なにやら思うところがあったのか、明智珠輝(ia0649)が妖しく笑いながら部屋番号を書いた紙を見た。
「男の人が逃げちゃったのは、女の人にとってはびっくりかもしれないけど―――開拓者じゃない人だし、仕方なくは‥‥ないのかなぁ」
 妖艶大人組みにちょっと気後れしつつ、後を行くのはバイ モーミェン(ia3333
 張り子を被った奇抜な姿にすれ違う人々が視線を送るのに気付くともじもじと肩をすくめる。
 そうして、クセの強い人物達は依頼人である夕葵の部屋の前に立った。
「依頼を請けた開拓者よ」
 朱璃阿がノックをしながら中に声をかける。
「はい‥‥ゴホッ、どうぞ」
 か細い声と咳が中から聞こえてきて、三人は顔を見合わせる。
 ―――なんだか、弱ってないか?
 もしかして、恋の病?
「大丈夫ですか?」
 モーミェンが真っ先に足を踏み入れ、夕葵の背中をさする。
 着ているものは白装束なんてことは気にしてはいけない。
「ああ、ありがとうございます」
「あの‥‥病気、なんですか?」
 病気だとしたら、その為にわざと‥‥?
「いえ―――魚のエサを吸い込んでしまいまして。」
 よく練って水で固めてエサにするんですよ―――そう言ってはんなりと笑った夕葵の頭は振ればよく音がするのではないだろうか。
『振ってみたい』
 色々な意味を含み開拓者三人の思うところは見事に一致。
「あの、鼻から‥‥粉、出てますよ」
 言い辛そうにモーミェンが紡ぐ。
 慌てて鼻の下を拭う夕葵を見て、これからこの男を誘惑するのかと若干嫌になった朱璃阿。
「この依頼を成功させるために色々お話を伺いたいのですが」
 明智の言葉を皮切りに、開拓者達の作戦が始まった。

●ナイスガイ漁師がお出迎え
 一方、朝華説得組は朝華がいるという海辺に来ていた。
 天気は快晴、潮風が心地よく波の音を運んでくる。
 朧楼月 天忌(ia0291)は潮の風を感じながら頭の後ろで手を組み、ボソリと呟く。
「全く、女ってのはめんどくせえ」
「面白そうなぁ、依頼じゃねぇか」
 悪来 ユガ(ia1076)はニヤリと笑って持参したヴォトカのビンを振る。
「まあ、頑張って口説いちゃって」
 きみに恋人の運命はかかっている‥‥などとはやしたてながらルーシア・ホジスン(ia0796)は借り物の釣竿の具合を確かめる。
 完全に釣る気満々、大漁旗があれば振り回すだろう‥‥だからと言って、彼女が任務を忘れたわけではない。
「あの、少々お尋ねしたいのですが―――玖冬さんの場所、ご存知ですか?」
 離れたところでは、菘(ia3918)が日に焼けた漁師に問いかけていた。
 まず、情報を集めるのが先だと考えた彼女は玖冬を探すことにしたのだ‥‥そのあっぱれな責任感、彼女もまた、依頼の遂行の為に力を注いでいた。
「なんだぁ、玖冬のヤツ、しょっ引かれたか?」
「いえ、私は開拓者で‥‥」
 思わず警戒する菘に漁師はヤニで黄ばんだ歯を見せてニヤリと笑った。
「どんまい、若造。俺が玖冬よ、姐御の事だろ?存分に聞きな!」
 親指を立てて俗に言う、ナイスガイポーズ。
 心の中で決まった‥‥と自画自賛の玖冬。
 何がどんまいなのだろうか、寧ろ、最初から名乗っていればよかったのではないだろうか‥‥突っ込みどころは多々あるが、とりあえず菘は話を進めるために口を開く。
 とりあえず、ついていけないノリはスルーすることにした。
「私が朝華さんについて知っているのは、腕の立つ開拓者だっていうことくらいです‥‥玖冬さんは、何故朝華さんを慕っているのですか?」
「ま、命の恩人だからな。初めはただのオヤジ女にしか見えなかった――」
 くいっと玖冬の指差す先には、胡坐をかいて天儀酒を煽りながら腹をボリボリかく女性。
 時折バカヤローなどと叫んでいる。
 正直にオヤジそのものですねと言う訳にもいかず、菘は苦笑した。
「でもよ、あの弓は瞬く間にアヤカシを葬ったんだ。――ガキの頃から守りたいものを守る為に戦ってきたんだとよ。夕葵の坊主にゃぁ、勿体無い人物だな」
「そう‥‥ですか――でも、素敵な人物だと思いますよ。色気は、別にして」
 微笑む菘は、玖冬からあらかた情報を手に入れると思わずもれた本音に気付かないまま、仲間達の所へ戻った。

●オヤジ乙女のお出迎え
「大切な者を守る為ねぇ」
 己を破壊者と知る悪来は苦笑しつつ、酒を片手に釣り糸をたらす女性――朝華に向かう。
「おおっと、置いてくなよ」
「私も、行きます」
 朧楼月と菘も後を追いかける。
 それを見ながら、ルーシアはボソリと一言。
「朝華サン、色気ないよね」
 まごうことなき、事実である。
「よ、釣れてるか?」
 先に到着した悪来はニッと鋭い犬歯を見せて笑いながらヴォトカを隣に置く。
「そこそこ、ね。アンタも釣りに来たんだ――アタシは朝華よ」
「あたしはユガ、だ、よろしくな」
 握手を交わす漢前開拓者の二人‥‥此処で夕日がバックにあればいいのだが、そんな都合のいいことは無い。
 精々‥‥
「あ、あの鳥、フン落としてきやがった!」
 条件反射で身を翻した悪来は鬼女と謳われた形相で鳥を睨む。
 運がつきますよ、悪来サン。
「よし、アタシが打ち落としてやる!」
 得物の弓を引き絞り、鳥に向かって放つ‥‥ところで、肩を叩かれ朝華は振り向く。
「こっちに向けないでよ!」
 離れていたルーシア。
 間一髪で避けた矢を見ながら冷や汗を流す。
「‥‥どんまいです、ルーシアさん」
「きみ、よく知ってるわね、そんな言葉」
 菘の言葉にルーシアは笑みを返し、冷や汗を拭った。

●弱い犬が吠える方法
 宿では、妖しげな雰囲気が漂っていた。
「今回は私達が立ち入る事じゃないんだけど詳しい話を‥‥お姉さんに聞・か・せ・て?」
 四つん這いになり、胸や赤らめた顔を夕葵の目の前に持ってきて朱璃阿は熱い吐息を漏らし言葉を紡ぐ。
 ゴクリと生唾を飲み込む音‥‥勿論、出所は夕葵だ。
「ふふ‥‥朝華さんの事、好き、ですか?」
「ええ、頼りになる、女性ですし―――朝華は、強い。けれど、脆くて‥‥」
 夕葵は目を閉じ、煩悩を払うように呟く‥‥が、バッチリ朱璃阿の胸と顔を瞼に焼き付ける事は忘れない。
「必死に、吠えているんですよ、自分を、守る為に」
 目を開いた夕葵の頬に手を添えて明智は問う。
 肌を見せないのがお約束なのよ、とは誰が言ったのか。
「私、よりも好き‥‥ですか?」
「‥‥‥‥はい?」
 思わず冷や汗を流す夕葵、目の前の儚げな美人、明智は続ける。
「開拓者は、大きな力を持ちます。死と隣り合わせだからこそ得る力。いつ、自分の生命が危険にさらされるかわかりません」
 ゆるりと頭を振る仕草には中性的な色気が漂っている。
「貴方はそんな彼女の隣に身を寄せる覚悟はありますか?」
 熱っぽく見つめた所で、朱璃阿の羽根付き扇子が明智の後頭部を直撃した。
「ちょっと、失礼するわね」
 身悶える明智を朱璃阿はずるずる引っ張って部屋の外へ出る。
「ちょっと、男が迫ってどうするの!?非生産的な事している場合じゃないのよ‥‥」
「あっ、いいです、いいです!もっと―――」
 騒がしい外と、無言の部屋の中。
「夕葵さんも、朝華さんと別れて別の、道を進んでみませんか―――その、朝華さんに、お似合いの開拓者の人が、声をかけてましたし」
 内心複雑な気持ちだったが、モーミェンは頷いて続ける。
「お似合いだと、私は思いますよ!」
 張り子の開拓者に諭されるタレ目気弱男‥‥酷く滑稽な図であるが、本人達は真剣である、そりゃもう、とても。
 夕葵は暫らく、手の中の魚のエサを見つめていたが、苦笑気味に、笑う。
「私は、何の力も持たない―――それでも、彼女に依頼が入っていない時はこうして、魚を釣りにいくんですよ。朝華、エサを作るのが本当に苦手で」
「本当に、朝華さんの事、好きなんですね」
「はい‥‥でも、朝華に素敵な人が‥‥私じゃ、勝てませんよね」
その言葉に、モーミェンがキレた。
「私は泰拳士ですけど、努力しない人は強くなれないって御師匠さまが言ってましたよ!大事な事だって、好きな人だって一緒です!うじうじしてたらだめです!」
「そう、本当に彼女を愛するのならば、もう少しだけ男を見せましょうね‥‥愛の手ほどきならいつでもしますよ、ふふ、ふふふ」
 バンッと扉が開いて何故か“萌”の字が描かれた白いハチマキをした明智が言い放つ。
 ちょう番が少々、おかしくなったがそんな事は気にしてはいけない。
「修理代、払ってくだせぇよ」
 ボソリと呟いて従業員が通り過ぎたが、華麗にスルー。
「今でも彼女の事が好きでしょう?だったらその胸の中にある事を彼女のところに行って話しなさい。きっと貴方の言葉を待っていると思うから」
 微笑んで、朱璃阿は言い切った。

●弱い犬を守る方法
「朝華、だったよな、俺は天忌ぃって、何しやがる!」
 朝華の豪速パンチ。
 彼の高い生存本能がなければ避けられなかっただろう―――さり気なく、ナックル代わりにされた釣り針が恐ろしい。
「‥‥やるわね」
「どーも」
 もう、いっそ、男に代わってしまえば万事解決するんじゃないだろうか―――そんな事をルーシアは思いつつ、釣り糸をたらす。
 勿論、『別れろ!作戦』の進行チェックは欠かさない。
「聞いたぜ、夕葵って男と、付き合ってんだろ?」
 さて、此処からが本番、男前三枚目役者登場。
「あんな弱い男やめてオレにしとけよ。開拓者は開拓者と付き合うべきだぜ」
 香り立つ男のワイルドなセクシーさ。
 洗練されたダンディズムとはまた、違ったものである―――
「それ、いいんじゃねぇか?」
 酒を勧めながらかかったらしい竿を引きながら悪来が大きく頷く。
 やがて、大きな魚が釣れると満足そうに笑みを浮かべ、持参した籠に魚を放り込む。
「天忌はあたしの知り合いだしさ」
「‥‥うーん、確かに、さっきも避けたけど」
 さっきの豪速パンチ‥‥あれは一体。
「女を身体張って守れねェ男に価値ないって思わねえか?どーよ?」
 続いていく説得、心なしか、朝華の態度が乙女らしくなっていっている‥‥なんともわかりやすいものである。
「開拓者同士のほうが釣り合うかも‥‥守ってくれるのは確実だよ?」
 ここぞとばかりにルーシアが釣れた魚を籠にいれて呟く。
 まあ、飲めとばかりに悪来に差し出された酒を飲みながら、朝華は遠くを見つめる。
「ハッタリかます度胸もなけりゃ、手ェ引いて逃げる性根もねぇ。金持ちのボンボンは、金は持ってても根性は持ってねぇってか」
 同じく酒を飲みながら悪来は呟く。
 喉を焼くアルコールが心地よい。
「そーそ、いざとなったら、また、アンタ見捨てるぜ?それとも、弱いところ、見せてやろうか?人間相手でもな、殴ってやりゃ尻尾巻いて逃げ出すぜ」
 拳を握り締め、朧楼月は不敵に笑う。
「夕葵は、確かに世間知らずだし、気弱だけど‥‥アタシ、両親、アヤカシに殺されてさ、今の世の中、ありふれた悲劇だって思ってた。でもさ、夕葵ったら、泣くんだよ、自分は家で、安全だと思ってる間に人が亡くなったって」
 バカだと呟きながら、朝華は酒を煽る。
「一般人の脆弱さを許容できないのは開拓者としての弱さ、だと思います。守ることと守られることは結局同じだと思いますよ――守り、守られ生きていく」
 菘が引いては満ちる波を見ながら静かに呟く。
 揺れていた朝華の瞳が、強さを取り戻した。
 それに目ざとく気付いた開拓者達は視線を合わせ、最後の追い討ち。
「自分の心に素直にならないと、他の女性に夕葵クン取られちゃうぞ!」
「女が男を護るってのもアリだと思うぜ。ケツを叩きながら二人で精進ってのもな」
 ルーシアと悪来の言葉に、朝華は頷いて立ち上がる。
「‥‥それが本物の気持ちなら、一つ二つの諍いで壊れるなんてこと、無いと思います」
 立ち上がった朝華に、菘もエールを送る。
「ありがと、アタシ、夕葵と話してくるよ!」
 夕葵はどこ!と騒ぎ立てる朝華に釣った魚の籠を持ち、開拓者達は歩き出す。
「やれやれ、開拓者の皆、ご苦労さん、魚、持っていきな!」
 玖冬は大量の魚を籠に入れて、朝華に渡しては、開拓者達に礼を述べた。

●弱い犬なら二人で強く
「朝華ぁ―――ぐふぅっ!」
 魚の入った籠を置き、走り出した朝華のストレートパンチが夕葵に決まる。
「‥‥解決、しましたよね?」
「したわよ、絶対!あー、料理楽しみ!」
 菘の疑問にルーシアは頷いて答える。
「愛の鞭ですね、ふふ」
「鞭、というより‥‥拳ですが。でも、どーんとぶつかった感じですよね!」
 明智の言葉にモーミェンが頷いた。
 抱き合う二人に近寄った朱璃阿が朝華の耳元で囁く。
「夕葵さん、保護欲を掻き立てられるのよね‥‥うかうかしてると貰っちゃうわよ?」
 朝華の瞳が鋭くなるが、すぐに意図を察し、深く頷いた。
「男、見せろよ?」
 ニヤリと笑った朧楼月に夕葵も頷く。
「さて、片付いたところで、飯でも食おうぜ」
 悪来の一言で思い出したように空腹音。
「お腹、空きましたね」
 照れたように呟いてモーミェンはお腹を押さえる‥‥果たして、彼女はどうやって料理を口にするのだろうか。
 新たな疑問を抱きつつ、皆は揃って中に入る。
「じゃあ、新たな二人の門出にかんぱーい!」
 ルーシアの言葉と共に、各々はグラスを掲げる。
「オレも一口―――」
「汝はジュースよ」
 酒に手を伸ばした朧楼月の手を、朱璃阿が羽根付き扇子で制する。
「それ、取らねぇのかよ?」
「取りません取りません取っちゃダメですーっ!」
 張り子を外そうとする悪来の手に食事用の張り子を被ったモーミェンは抵抗する。
 それを笑いながら眺めていたが、ルーシアの踊りが始まると皆は手でリズムを取った。
 夕葵の肩にそっともたれ、朝華は微笑む。
「ねえ‥開拓者に頼むって―――自分で解決しようとしなさいよ!」
 ナメてんのかコラーっ!
 舐めてませんスミマセン朝華さんーっ!
 突如勃発した争い。
 朝華の羽交い絞め‥‥夕葵、ノックダウン。
「愛ですねぇ」
 『え?』
 うっとりと呟いた明智の方へ皆の視線が集中した。
 そして、宴会は最高潮。
 ルーシアは自作の表彰状を持ち朝華と夕葵の前に立つ。
「あなたたちは幾多も困難に耐え、愛の力を証明した!全天儀が泣いた!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
 酔いで顔を真っ赤にした朝華が調子に乗って頭を下げる。
 夕葵も苦笑しながら、礼を述べ表彰状を受け取った。
 食後、宴会から離れ菘は夜空を見上げていた。
 武天と東房の空の違いは分からなくとも、綺麗だと思えた。
 恋人の、新たな門出に幸あれ。