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■オープニング本文 ●牡丹姫 ししおどしの音が静かに響いた。 白い布団には華奢な老女が横たわっている。 両家の生まれであったのか、教育の賜物か―――それとも、両方か。 老いても尚、その瞳には溢れんばかりの力がある。 静かに入ってきた女性は老女の枯れ木のような手を両手で握る。 割れ物を扱うようなその手に、老女の目が開いて微笑んだ。 「大丈夫だよ、私は‥‥あの人と行った、思い出の場所」 行きたかったねぇと目を細めるのは若くして亡くなった女性の父、老女にとっては夫にあたる。 開拓者であったという夫はアヤカシと戦い、死んだと伝えられた。 残されたのは形見の刀のみ。 血で錆び、使い物にならなくなった刀を老女は大事にしていた。 唯一の形見だと。 「母さん‥‥」 驚かせないように、女性は優しい声音で囁きかける。 「面目ないねぇ、私も、老いには勝てないというのか‥‥」 既に前線を退いて家庭を持った老女、昔は志体を持たずとも開拓者として戦ったのだと言う。 「でも、お前を生んだ事、こうして家庭を持てた事、後悔はしていないよ」 カコン、とししおどしの音がなった。 その音が最後の防波堤だったかのように、女性の瞳から涙があふれ出る。 「母さん―――大丈夫、大丈夫よ」 ●紅に空を飾り その日、届いた依頼は奇妙なものだった。 病気の母を空に連れて行きたい‥‥その為の護衛。 だが、病気だと言う依頼人の母親は今にも死にそうな状態だと言う。 何かの拍子に、死んでしまったら―――? 病に冒されているのなら、安静が一番ではないか。 躊躇した受付員へ、静かに依頼人が告げる‥‥震える声で。 「それでも、母は空へ憧れているのです、せめて最期の願い―――叶えてあげたい」 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
汐未(ia5357)
28歳・男・弓
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●空は何処までも青く 杖を付き娘に支えられた老女を迎えたのは8名の開拓者。 「どうしてももう一度行きたい思い出の場所‥‥きっと素敵なところなのでしょうね」 憧れを込めて呟いたのは菊池 志郎(ia5584)だ、勿論だともと頷く老女。 「牡丹‥‥高貴にして壮麗なる花、か」 琥龍 蒼羅(ib0214)の呟きに横で頷いたのはアルーシュ・リトナ(ib0119) 彼女も牡丹の花言葉は知っていたらしく、口を開く。 「富貴・壮麗・王者の風格。お母様もこの花のように凛と鮮やかに空を駆けられたのでしょうか」 納得にも似た言葉、それは依頼人の女性が首肯する事で気持ちを表す。 ―――鮮やかに駆けた、と、そして駆け抜けるのだと。 「(永久の別れとなってしまっても、いえ、そうなってしまったからこそ、紡ぎ、残し続けたい絆もある、ということでしょうか?)」 母を、父を‥‥思い浮かべれば狂おしく泣きたいような切なさに唇を噛んだのはシャンテ・ラインハルト(ib0069) 生き方を、知りたい―――そんな事を考える。 「なぁ、一つ聞きたいんだが今までの人生に満足か?」 小柄な老女に目を合わせて問いかけたのは汐未(ia5357)だ。 この場の誰もが、老女の先が短い事を知っている。 「勿論だよ‥‥血沸き肉踊る冒険、素敵な旦那に、子供に―――全く、良い人生だった」 豪胆に見えてもどこか品のある笑顔、言いきった老女は娘に縋るようにして息を整えた。 「俺もそう言える人生を送りたいもんだ」 堂々とした姿に、汐未は眩しげに目を細める。 良い人生だと、言える者がどれ程いるのだろうか‥‥。 「大丈夫ですか、代わりましょうか?」 支え続ける依頼人へ手を差し伸べたのはエルディン・バウアー(ib0066)眩い笑顔と共に気遣う声を見せる。 「ありがとうございます―――いえ、私が、支えていてあげたいので」 「全く、難儀な娘だねぇ」 首を振った自分の娘に苦笑した老女は、大きく息を吸った。 「私からもお願いするよ、私を、あの場所へ‥‥連れて行っておくれ」 「しかと承りました。ご安心ください」 バウアーの言葉に、飛行船を確認していた青嵐(ia0508)も頷いた。 「わかりました‥‥急ぎましょう、二人の願いを叶えるために」 巧みに動かす手に持った人形、腹話術で会話する彼を老女と依頼人は新鮮な驚きを宿し、子供のような目で見つめる。 「‥‥辛気臭ぇことは言わない。たぁだ、良い思い出を作ってぇ貰おう。二人の心にずっとぉ残るよぉな、素敵な思い出を、な?」 そろそろ出発だ、と豪胆な笑みを浮かべた犬神・彼方(ia0218)を見、そして開拓者達を見、老女は笑みを零した。 「いい子達だねぇ、これなら安心して、任せられそうだ」 ●雲を縫って 三角を描くように、ゆっくりと空を飛ぶ影。 「フィアールカ、一緒に空を飛べなくてごめんなさいね‥‥時折迷惑にならない様一緒に皆と外へ出て、周りを確認していざと言う時は教え導いてね?」 淡い菫色をしたリトナの相棒、駿龍フィアールカは一瞬残念そうに首を揺らしたものの続いて告げられた言葉に小さく鳴く。 今回操縦を担当するリトナ、そしてラインハルトは主に飛行船の警備と看護にあたる。 「セレナーデ、危険な時は吠えて教えて下さいね」 シェパードのように鋭利な体躯を持つ、熟練の忍犬セレナーデは勿論だと答えるように声を上げる。 その静かな瞳にラインハルトへの忠誠と心配をにじませながら。 「飛行船にゃぁ絶対に危害を加えられない様に俺達でぇ守ってみせよう、なぁ黒狗?」 漆黒の身体に炎のような赤を持つ、穏やかな彼女の相棒、黒狗は首筋を軽く叩かれ『勿論』と同意するかのように優しく鳴いた。 第一班、犬神が甲龍、黒狗と先頭を切り、その後ろから飛行船が続く。 飛行船を挟むように護衛をしているのはバウアーと駿龍クリスタ、そして琥龍と駿龍陽淵だ。 「お前も祖国に帰りたいと思ったこともあるだろう」 祖国より共に過ごしたクリスタ、身分を隠して訪れる事しか出来ぬ神父、バウアーが望郷の思いを言葉にする。 帰る場所がないと知っていてもやはり、彼らにとっての祖国だった。 その思いを酌むかのようにクリスタが首をジルベリアの方へと、一瞬首を向ける。 「陽淵、初陣だ‥‥俺たちに出来る事をやろう」 やや一般的な駿龍より小柄な陽淵に騎乗した琥龍が鋭角な鱗を撫でる。 長い尾を振って、その言葉に答えた陽淵はやや速度を落とし飛行船に合わせた。 「特に敵襲は無いようですね‥‥」 敵襲警戒用にと、赤の紐を所持した青嵐は静かに飛んでいる甲龍嵐帝を見て、息を吐く。 「んじゃきっちり送り届けるから、のんびりと空からの風景でも堪能しててくれな」 駿龍、疾風を呼んだ汐未、頼んだ、と口を開いては老女へと告げる。 「皆さん、ありがとうございます‥‥」 眉尻を下げて感謝と謝罪の入り混じった言葉を述べた依頼人、汐未は小さく頷いた。 「病気の母親を連れ出すなんてと非難するのも居るかもしれないが俺はあんたがした事は偉い事だと思うがな、周囲の気持ちで大人しくさせるより本人の希望を優先する、立派な親孝行だろうさ」 老女の頷きと、ありがとうございますと涙混じりで頭を下げた依頼人。 「お礼は、思い出の場所へついてから、です」 青嵐の言葉に、ラインハルトが頷き老女へと視線を移す。 「(お父さんに、伝えられる何か‥‥出来るでしょうか)」 舵を握りしめて、銀色の吹奏楽器に視線を落とせばそれは飛行船の中で静かに輝く。 「クッションを高めに置いてみました‥‥空がよく見えるように。共に空を翔けたパートナーと乗り心地も違うかもしれませんが」 リトナが設置したらしいクッションに老女は長い年月と経験が刻まれた顔をほころばせた。 「ありがたいねぇ、こう言う気遣いはなかなか出来るもんじゃぁないよ」 心地よさそうにクッションへと身体を預けた老女は、おや、と声を上げた。 「気遣いその二、でしょうか―――巻き寿司を買って来たんです」 菊池が巻き寿司と饅頭を始めとした菓子を取り出す。 「是非、緊張と疲れを取って貰えれば―――」 申し訳ないと繰り返す依頼人へそっと声をかける。 「私達の大先輩ですし‥‥出来れば今までの話を拝聴出来れば、いいのですが」 病気の辛さを忘れられれば、と口にした青嵐の言葉に老女はそうだねぇと窓の外を見た。 「アンタ位の年齢だったかね‥‥20辺りに父親が死んで私と母親が厄介者扱いされて、半ばヤケで開拓者になったんだよ」 「家族―――」 菊池が貧しい生家を思い出しては呟く、思い馳せるのはシノビとしての修行、捨てたという後ろめたさ。 「勿論、志体を持っていると言っても危険、ましてや志体を持たない私が何か出来るもんじゃない‥‥初めはお遣い、現れたケモノ退治の付き添い、それからこの娘の父親と会って死に物狂いで戦わされたね」 物思いにふける老女の言葉に、リトナの口笛が混じる。 「絆は‥‥消えずに、残るのでしょうか」 いなくなってしまった両親、ラインハルトの問いかけに老女が答える。 「例え片方が死んだとしても、残るものさ‥‥どうなるかはわからない、この娘の父親と会った時も、最初はぶっ殺すなんて印象だったからねぇ」 そう、悪いものでもないと言い切った老女の笑顔は晴れやかだった。 「いいな、そう言うもの、か」 汐未の呟きに、そうだねぇとカラカラ笑う老女。 「このような話をお聞きすると―――」 冒険譚ではなく、自分の生い立ち。 歩いてきた軌跡‥‥それを何故、話す事にしたのか。 「敵か、味方か分かりませんが―――来たようです」 超越聴覚で音を探っていた菊池が敵襲の旨を知らせる。 思考を巡らせていた青嵐は、静かに頷いて赤い紐を空へと流した。 ●紫電が斬り裂く 同刻、敵襲に気付いた外の護衛班も臨戦態勢になっていた。 「前から来るったァ、いい度胸だ」 思ったより速い敵の動きに、犬神は迷わず槍を振るう。 精霊力を纏わせ、霊青打で薙ぎ突きを繰り出す。 「さぁ、気張るぜぇ黒狗!確り受け止めてぇやんな!」 硬質化で受け止めた黒狗がその鋭い爪で反撃を繰り出す、絡み合った両者に、犬神の槍がアヤカシの翼を打ち抜いた。 「邪悪なる者よ、神の矢をその身に受けるがいい!」 手をあげてバウアーが合図するのと術を放つのは同時、素早い動きはクリスタと同じくらいか。 先手を打った彼は痺れを振り払うようにスピードを増したアヤカシへとまた、ホーリーアローを放つ。 叩きつけるような翼の攻撃は回避させ、巧みにかわしていく。 「そうはさせるかー!」 上空から飛行船へと近づいていくアヤカシ、その一体をクリスタが強力とクロウを交えた攻撃で叩きのめす。 不意を突かれるも反撃に転じたアヤカシ、クリスタは動かず受け止め、バウアーのホーリーアローが貫いた。 「風と共に駆けろ‥‥飛燕の如く」 鞘から刀を抜いた琥龍は受けた攻撃を受け止め、雪折で斬り返す。 銀杏との組み合わせによる素早い抜刀、鈍い手ごたえと共に一体が落ちた。 一体ずつ、確実に仕留めていけばいつかは終わる。 陽淵を高速回避で回避させ、そのまま斬りかかりまた納める、を繰り返していく。 抜刀速に重点を置いた戦い方は、抜いた瞬間に最も力を発揮する。 スピードを活かして二体目を沈めたところで、飛行船に視線を移す。 10数体のアヤカシを3名が全て抑える事は難しい。 勿論他の開拓者達も、戦いを続けていた。 「皆さん‥‥」 不安そうな依頼人に青嵐が手に持つ人形を動かし、おどけた様子をさせる。 「私達なら出来ますよ。嵐帝、護りましょう、我々の誇りと誓いにかけて」 守るべき者、全てを守る為に嵐帝が小さく鳴いて鈍い音と共に激突してきたアヤカシを受け止めた。 それを青嵐の手から生み出された斬撃符が斬り裂いていく。 「先生、補助して下さいね」 菊池に先生、と呼ばれた駿龍、その名を陰逸。 ソニックブームで先手を打った陰逸、怯んだアヤカシを菊池の雷火手裏剣が貫く。 「皆さんに、この歌を‥‥届けます」 リトナと操縦を交代したラインハルト、紡ぐ武勇の曲と精霊集積が緊迫し戦いの最中に響き渡る。 甲板にて遠くから援護を行うラインハルトを守る不動の盾、セレナーデ。 「近づけるわけにはいかないんでな」 疾風に騎乗した汐未は即射と騎射を混ぜ、次々と射ていく。 「此処で落ちてくれ」 眼前に迫る大きめの個体、強射「朔月」を使用した矢がアヤカシの首筋に貫通した。 「大丈夫です、無事に守りお届けする‥‥その為に私たちは居るんですから」 リトナが口笛を軽やかに吹きつつ、フィアールカの後へと動かす。 出発前に風の掴み方や、操縦方法を確認しておいたお陰で操縦は難しくは無い。 不安そうな姿の依頼人と老女へ笑みを浮かべた。 「追い払うだけにとどめたかったのですが―――」 青嵐の言葉に、菊池が苦笑する。 「結構しぶといですね‥‥」 撤退をするという知能が無いのか、残り2体にまで減ったアヤカシは尚、喰らい付いて来る。 咄嗟に身をかわした陰逸の横をアヤカシが掠め、菊池は肩をすくめた。 伸びていく影が捉える、動きの鈍ったアヤカシを汐未と青嵐が屠る。 「家族の絆、大切な人へぇの願い、愛しい思い出‥‥全部、全部、壊させはぁしねぇさ!」 治癒符で回復した犬神が、上を旋回し上空から襲い来るアヤカシを迎え撃つ。 大切な存在がある、一度失った過去がある、そして、また大切な存在がいる。 果敢に槍を振るい、犬神は堂々と言い放った。 「神の鉄槌を―――」 遠距離からアヤカシへとバウアーのホーリーアローが突き刺さる。 アヤカシに苦しめられる人を助けるために。 「これで‥‥仕留める!」 自分に出来る事をやり遂げる為に。 援軍に現れた琥龍が陽淵を近づけ、そのアヤカシの首を斬り落とした。 ●調べと祈りが 敵襲を真っ向から受け止める形になった犬神、バウアー、琥龍は青嵐、汐未、菊池と交代して飛行船内で警備することになった。 「まーったく、あいつは私のオヤツを勝手に食べるのですよ。酷いでしょう」 もぐもぐと饅頭を食べながら、ふと思い出したようにバウアーは別の相棒、もふらのパウロについて語りだす。 「そりゃぁ、仕方がぁねぇ、俺ぇでも食う」 子供達は大切だ、と頭の証である黒犬の面に触れ犬神が笑い飛ばす。 「確かに、お陰で飽きはしませんが‥‥」 「目につかない場所に置いておくべきなんじゃないか―――?」 苦笑する依頼人を見ては琥龍が一つ、二つと素振りを繰り返す。 繰り返し、納め、繰り返す‥‥それを見ていた老女が口を開いた。 「いい腕をしているねぇ‥‥得物をちゃんと、大切にしている」 「そうかもしれない、自分の出来る精一杯を発揮できるように」 最初は武器の使い方もよく怒られた、と老女は話す。 「大切にするだけ、答えてくれると言うのは―――人も、パートナーも、物も同じなのさ。与えられることが、幸せなんだろうね」 少なくとも自分は、と老女は付けたしカラカラと笑う。 「(言葉は―――お父さんを救えなかったけれど)」 ラインハルトが両親を思い出しては目を伏せる‥‥豪雨のような悲しみに、残っている穏やかな絶望。 「(次に、会えるなら―――)」 「そろそろでしょうか‥‥予定より遅くなって申し訳ありません」 思わぬ敵襲だったが、依頼人も老女も傷ついてはいない。 「いいや、随分と気遣ってくれたみたいでね、嬉しいよ」 手を借りながら、飛行船から降りる老女はぬばたまのような漆黒の丸い瞳に、涙の円を浮かべた。 むせかえるような牡丹の強い芳香、咲き乱れる赤や赤紫、白の大輪の花。 光沢のある花弁が陽光に照らされて、幻想的ですらある。 「疲れていませんか?」 バウアーが老女を支えるのを手伝い、牡丹の園を歩く。 「大丈夫だよ、少し、此処に―――」 「勿論、そのつもりです」 軽く歩き回った後、青嵐が尤も花の咲き乱れる場所へと案内していく。 「皮一枚ではない、魂の底からの美しさは‥‥人の終焉に顕れますから」 偽ることを、止めた時に。 「貴女は貴女自身を精一杯生きたのですね」 その言葉に涙をこぼしていく依頼人、老女はその涙を拭いながら姿の若い陰陽師に微笑んだ。 「そうだねぇ、本当に生きているものは、どんなものでも素敵なものさ」 「俺は、近くでふらふらやってくる」 汐未が二人にしておこう、と景色を楽しみつつも遠巻きに警戒する。 「では―――」 せめて、二人の時間を素敵なものにしようとラインハルトが横笛を奏でた。 白く細い指から紡ぎだされる音色、それに寄り添うようにリトナがハープを奏でる。 「ずっと、寄り添って居られます様‥‥(例え、その時は来ても―――想いはそのままに)」 本職には劣るかもしれないが、と琥龍もラフォーレリュートを奏で始めた。 三人の奏でる音色が、穏やかな時を奏で続ける。 「私と共に天儀に来てくれてありがとう‥‥」 クリスタを撫でながら、バウアーが呟く。 「お母様は病の苦しみ、娘さんはそれを看取る悲しみがあるとわかってはいるのですが‥‥二人の理解し合い、静かに寄り添っている姿を見ると、何だか羨ましくなってしまいます」 生家には戻りづらい自分、本当に家族の中に戻ってもいいのだろうか――― 「親ぁってぇのは、子供の帰りを待ってぇるものさぁ‥‥俺ぇの家の子になってみるかぁい?」 ニヤリと笑みを浮かべた犬神の言葉が続く。 その言葉に菊池は笑みを零した。 ●牡丹に集う 「最後に行きたかった場所に来れて、そして娘と過ごせて、彼女はきっと満足だったろうさ」 泣き腫らした目を上げた依頼人の頭を撫でながら、汐未が呟く。 何故、助けてくれなかったの?と依頼人は呟いた。 「無責任です‥‥皆さん」 始めから、何となく理解していた‥‥と、老女は口にしていた。 杖のように付いてきた物は、錆びた刀。 ―――これが、私の足だよ。 一人ひとりの手を握った老女は、最後に依頼人である娘へ感謝の言葉を述べ、静かに目を閉じた。 優しさに抱かれ、音楽と牡丹に包まれ、その生涯を閉じた老女の亡骸へ一輪の牡丹を刺したのはラインハルト。 「ごめんなさい―――母は、幸せだったのに」 目の前で消えてしまった命、涙を拭って依頼人は謝罪を口にする。 「まだ、少し落ち着かないけれど‥‥」 その独白をただ、開拓者達は聞いていた。 「母は、笑ってるみたいですね―――」 静かに祈りを捧げるバウアー、自分の信じる存在へと。 痛みを乗り越えて、人が強くなるのなら―――依頼人もまた、強くなるのだろう。 「牡丹‥‥何て気高く、静かに美しい大輪の花。お母様も、あなたも、この花に良く似ていらっしゃると思います」 リトナの言葉を、ラインハルトが受け継ぐ。 「また、必要でしたら―――次も、お呼び下さい」 「はい‥‥皆さん、ありがとう、ございます。母を、私を、此処に連れてきて下さって」 穏やかな声音に、依頼人はゆっくりと頭を垂れたのだった。 |