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■オープニング本文 ●朧月夜の艶女 その日は月に雲がかかった朧月夜。 彼はやっと終わった仕事と、あたたまった懐を押さえ、一刻も早く妻と子が待つ家に帰ろうと暗い道を走っていた。 無論、妻にはささやかな簪、子供達には甘い飴玉を土産に。 この仕事が成功したのも、妻と子供達の献身的な応援のお陰である。 自他認める家族馬鹿の彼はそう思い、頷いた。 「あなた―――」 そんな彼を不意に呼び止める、声。 見ると、其処には女性の姿。 不意に妻が浮かんで、迎えに来たのだろうかと苦笑しつつも夜は危ない。 ‥‥それに、隣に寄り添う子供達。 子供達は既に眠っている。 月は真上に昇っているのだ。 起こしてまで妻が迎えに来るとは思えない‥それに、アヤカシ被害の多さ、それは知っているから、暗くなったら外に出るなとは言いつけてある。 ふと、疑問を抱いた瞬間。 「あなたの血は、どんな味―――?」 桃色の桜が、朱色に染まる。 首筋の痛み‥‥同時に、彼の意識はそこで途絶えたのだった。 ●ため息ばかりが積みあがり 開拓者ギルド。 彼女はその日、恐ろしく多忙な日を過ごしていた。 「聞いているかい?受付さん」 「ああ、すみません、此方でいいですね?」 提示された報酬に頷いて墨をすっては書き記す。 身が入らないのは分かっていた。 だが、彼女にはこうしていつもの通り、待つしかない。 それでも、気がかりで仕方が無い―――嫌な予感。 彼女の予感は、最悪な形で的中する事になる。 ボロボロになり、倒れて入ってきた開拓者。 意識が無い開拓者、暫く安静が必要だと告げる医師に彼女は頷いた―――次は、私が頑張る番。 「艶やかな女性に、二人の童子‥‥」 業務が終わっても尚、彼女は筆を休める事はなかった。 これ以上、放っておくとどんどん被害者は増えるばかり。 何かをしたいと思えど全てを見失うほど、彼女は自暴自棄になってはいなかった。 せめて、自分ができる事。 一つの依頼が翌日、新しく出される事になる。 『女性のアヤカシと、子供のアヤカシ、3体を倒してください』 |
■参加者一覧
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
九重 除夜(ia0756)
21歳・女・サ
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
乃々華(ia3009)
15歳・女・サ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●月は朧に 「成程、女と子供のアヤカシか」 仮面と鎧をまとった女武者、九重 除夜(ia0756)が性別を感じさせない声で呟いた。 「ふむ‥‥すでに一度開拓者が退けられているというのは、少なくとも黙って狩られてくれるような能力頼みの敵ではないということですね」 依頼内容を聞いて呟いたのは斎 朧(ia3446)だ、感情をこめない笑顔がそのまま続ける。 「なかなかに楽しませていただけそうな相手で、何よりです」 「侮れないでしょうね。前任者が何を見誤ったのか知らないけれど‥‥万倍にして返させてもらうわよ」 ぶっきらぼうな口調で告げたのは胡蝶(ia1199)だ。 切れ長の瞳が不遜ともいえる態度で細められる。 「何が原因で失敗したのかは気になるが―――待ってはいられないな」 琥龍 蒼羅(ib0214)が呟き、肩慣らしを終えて刀を納めた。 「用は、引き離せばよいのでしょう?」 人形を携え腹話術で会話しながら青嵐(ia0508)が冷静に告げる。 「些か、厄介な仕事ですがそうも言ってられませんね‥‥頑張らないと!」 グッと拳を握って口にしたのは雪切・透夜(ib0135)だ、改めて気合を入れる彼とは対照的に乃々華(ia3009)は穏やかな、あるいは淡々とした表情で情報を聞いていた。 「これはこれは、修羅場ですねぇ」 「ま、修羅場が行き過ぎてさらに被害が、とならないようにあたし達がいるんだけど―――」 しなやかな身体を男物の衣服に包んだ朱麓(ia8390)が雪切の方へ視線を移す。 準備は出来た、後は出発するのみ。 囮班の朱麓と雪切、そして後ろから尾行する尾行班達。 「出現時にぼんやり周囲が見えていたとか、そういう特徴はありませんでしたか?」 尾行時も青嵐は情報収集を欠かさない、開拓者から聞けないのなら他の人物から。 人通りが多いとはいえ、一々人の様子など見てはいない‥‥厄介事に関わりたくない、と言うのが大体の意見だった。 ただ、気になった情報が一つ。 「口論になっている、ですか」 青嵐の呟きに胡蝶が暫し考え、口を開く。 「即座にアヤカシって決めるのもどうかと思うけれど、実際毎日此処で口論なんてあやしいわよね」 言葉と共に胡蝶が手にした提灯が同意するように揺れた。 「一般人はそれ程警戒した様子もないな‥‥流石に一人は少ないようだが」 聞き込みではなく警戒に当たっていた九重、アヤカシの被害が出ているにも関わらず人々は平然としている。 否、もしかすると平然としなければならない、だけなのかもしれない――― 「少し、引っ掛かりますね‥‥口論、人が多いとは言え」 斎は呟き、思考を巡らせる‥‥月は高く上っている、酔っ払いの揉め事だとしても毎夜毎夜であれば流石に違和感を覚える筈。 「関わりたくないと言っても、流石に情報は入ると思うのだがな」 琥龍も厳しい顔で呟き、直ぐに戦えるようにと警戒を強める。 正体の分からない敵は例え弱くとも、脅威になるものだ。 「おっとー、美人に詰め寄られている、これはフラグを折るかー!」 何やらノリノリで実況中の乃々華が無表情のまま続ける、本気なのか否か‥‥口調に妙なわざとらしさがあるので嘘なのだろう。 「フラグなんて折りませんよ‥‥」 どんな旗が立っているんだと若干苦笑しつつ雪切が付け足した。 積極的なお姉様方に詰め寄られた、或いは弄られた後でグッタリしている感は否めない。 「いえ、ただの退屈しのぎですからお気になさらず」 シュタッと手を上げた乃々華の言葉に朱麓が肩をすくめる、姐御肌の彼女も本日は立派な男前だ。 「中継はいいんだけどねぇ、ウッカリ笛を聞き逃さないでおくれよ?」 「勿論です‥‥でも、かかるのがアヤカシとは限らないですよね」 最前線アテレコ係、そう言えばと積極的なお姉様を思い出せば確かに、と他の面々も頷いた。 「瘴索結界には反応ありませんね―――」 斎が困ったものですと大して困った様子無く告げる。 「此方も怪しいところはありません。やはり、手分けした方がいいのでしょうか?」 青嵐の呟きにそれはどうかしら、と胡蝶が言葉を返す。 「敵情が分からない以上、散開しても意味がないんじゃないかしら‥‥隠れている物を見つけるって訳にはいかないんだし」 数名で散開すれば、開拓者に敵が接触する可能性は高いだろう、だが各個撃破される可能性も否めない。 全員で固まれば、一人が術にかかったとしても他者が助ける事が出来るかもしれない、だが後手に回って被害が増える可能性もある。 「‥‥見つけてから引き付けてしまえばいい」 陰陽師を始めとした面々が巡らせる思考に、九重が終止符を打つ。 「その為に人払いをしている」 事が起こってから片付ければ、標的を間違える事も無いだろう。 いかに素早く察知するか、ではあるが‥‥。 「俺には俺の出来る事を、今は警戒と人払いだな」 琥龍の言葉に小さく笑みを漏らしたのは斎。 「その間に、来たようですよ」 ●暗転、闇夜 一方、少し前に時は遡る。 ある程度距離を置きながら尾行している尾行班に気を配りながら、囮班の二人は歩いていた。 「それにしても、人払いも楽じゃないね」 呟いたのは朱麓、その横でそうですね、と苦笑したのは雪切だ。 「街道と言っても‥‥やっぱり人通りが多いから人も絶えないんですかね」 忙しそうに足を速めている人々、談笑しながらのんびり歩く人々。 「まあ、街と街を結んでるみたいだからねぇ‥‥と、喧嘩している人物に注意か」 偵察ついでに、と朱麓が視線を向けたのは喧嘩している二人の女性。 いかにも怪しい姿、一瞬雲を脱いだ月に煌く刃、気付いたのはほぼ同時。 地をかける、刃を向けられた女性を庇うように立ち雪切は仲裁に入り、朱麓が刃を持つ女性の腕を押さえる。 「何があったか知らないけど、物騒な物振り回すのはやめな‥‥目の前で流血沙汰起こされたら―――」 闇夜に紅が飛び散る、不意の痛みを感じた雪切は脇腹を流れる温かい鮮血に苦笑した。 咄嗟に背を切られる事を避けたのは獣染みた直感でしかない。 「どうやら、敵は後ろのようです」 二度目の斬撃は振り返り、一歩後退する事で回避した‥‥腹部の近くを長い爪が掠めていく。 「女アヤカシ1体、か‥‥一旦任せるよ?」 子供アヤカシは何処だと朱麓は周囲を警戒しながらも喚き散らす女性を押さえつける。 一般人の力で志体を持つ者に敵う筈が無い、それでも壊れたように叫び続ける様はまるで正気を失ったようで背筋が冷えた。 「わかりました、一般人の方はお任せしますね―――これも生存競争の一種、参ります!」 雪切が片手で得物を振り子のように叩きつけながらすぐさま呼子笛を鳴らす、朱麓はその間に一旦戦線を離脱し、女性の傷を確かめる。 傷は無い、が、何やら術にかかっているのか‥‥近くに他のアヤカシ、目標の子供アヤカシがいるのかもしれない。 「ちょっと、見てておくれ‥‥あと、あたし達は開拓者だ、近づくんじゃないよ?」 人払いはした、とは言え集まってくる野次馬に押し付けるように女性を預ける。 護る事と倒す事、両者両立する事は難しい‥‥手早く片づける為、の判断だった。 一番先に駆けつけたのは琥龍、交戦している雪切とその敵である女アヤカシ。 理解するのと動くのは一緒だった。 「その姿が意図的な物かは知らんが、生憎、姿形に惑わされる程弱くは無いのでな」 一太刀、そして距離を置いた琥龍が女アヤカシを捉えたまま問いかける。 「子供の方は?」 「まだ来ていません‥‥」 雪切の返答に頷き、神経を研ぎ澄ませ接近と共に最低限の動きで女アヤカシを流し斬り、得物を動かし腐肉を払う。 戦い、叩きつぶす為の斧は鈍くぎらついた。 「成り済ます、と言うのはあまり趣味が宜しくないようで」 したたかに言葉を発したのは常に瘴索結界を駆使していた斎、指さす先に子供が二人。 節句に飾るような鎧兜を纏った子供達は素早く身を翻し、駆ける―――先には女アヤカシ、琥龍が身を転じて袈裟掛けに切り裂く。 当たらずも怯んだアヤカシへ、もう一度大きく踏み込んだ。 「仲を取り持つのは柄ではありませんが、部外者には退いていただきます」 明らかに引き離している乃々華は、合流される前に、と地面へ拳を叩きつける。 組み合わされた少女の手から放たれた直線状の攻撃、アヤカシがバランスを崩し、立てなおす。 「苦手なのだが、そうも言ってられんようだ」 九重の手から飛ぶのは飛苦無、続いて青嵐の持つ人形が動いた。 「接続・解放。人形操術、RASH」 殴りかかる人形は青白く、仄かに闇夜に浮かび上がる。 「無害なアヤカシなんて方が、よっぽど怪しいのよ!」 符と脇差を構え、叩きつけるような強さで胡蝶が言い放つ。 彼女の生み出す夜光虫、夜の静けさに光の一石を‥‥淡い藤色の光を放つ蝶が舞った。 「制限時間は5分、一気に片付ける‥‥斬り込む隙を作るから、飛び込みなさい!」 自分に架した制限時間、この面々なら大丈夫という確信は直感か、論理か‥‥或いは別のものか。 周りを活かす戦い、その戦いの奥底に潜む心、その答えを掴む前に彼女は臨戦態勢へ移り変わった。 一方、囮班は捲れた地面を境界とし、女アヤカシと交戦していた。 「そちらには行かせません!」 ダーツを牽制として投擲し、雪切が逃がさぬように立ち位置を変える。 「逃がしはしないよ」 一瞬の怯みを逃さず朱麓がアヤカシの腕に向け、鋭い突きを繰り出す。 石突き付近、そして槍の中央を握り込んだ突撃の型は咄嗟に爪で防御を行ったアヤカシの腕を抉り取った。 絹を引き裂くような悲鳴、情けを乞うような瞳、一瞬の躊躇にアヤカシの爪が飛来する。 咄嗟に動いた身体、思ったより浅い傷は回避だけではない。 「大丈夫ですか、些か近距離だと厄介ですね」 雪切の斧が攻撃に転じたアヤカシの腕を断ち切っていた。 「大丈夫だよ、この借りはしっかり返さないとね」 気合と共に握り込んだ槍の重みを確かめ、明らかに不利に傾いているアヤカシを見据えた。 「これでも喰らいな!我流槍術・疾風の型其の一‥‥雷桜!」 精霊の力を纏った槍が雷撃を繰り出す、素早く、一瞬の、雷の如く。 眩い光が肩から腰へ走り、斬り裂く。 ゆらり、と動いたアヤカシの攻撃は既に攻撃と呼べるものではない、アヤカシの特攻に近い体当たりを横踏でかわし突きを放つ。 一直線上になるように、咄嗟に動いた雪切の斧が確実な止めを刺した。 ●反転、後朝 月も徐々に沈んでいく、後朝。 「全員、戦闘に入ったようですね‥‥と、その姿は止めて頂きましょうか」 白い指が印を組み、淡い藍色の光が子供アヤカシ一体を包む。 酷薄にすら見える斎の瞳と獰猛ともいえるアヤカシの視線がぶつかりあう。 一瞬の応酬を制したのは斎、鎧兜が紙で出来た紙の兜へ、アヤカシの姿が腐肉へと変えていく。 甲冑を纏った人物、九重は咆哮を放ちながら最上段から下段へ抜き身の刀を振り下ろす。 頭蓋を潰す感触と共に、腐汁が辺りへ飛び散る。 「5分もあれば十分ですね、あちらが女女男の修羅場に突入している間に邪魔者を排除するといたしましょう」 囮班と女アヤカシを示しつつ腐臭を放ち、術の失せた子供アヤカシを重点的に乃々華が攻める、大きく踏み込んで拳を薙ぎ横から飛び出した子供アヤカシの攻撃は十時組受で防御する。 「『攻撃は最大の防御』と言うセリフは別にネタとして存在する訳ではありません」 動きによる体勢の崩れは力でカバーし、相手の攻撃は無理やり中断させる。 ひたすら攻めの体勢を崩さない乃々華‥‥力で押され始めたアヤカシが一気に力を高め、そのまま力で押し通そうと動く。 力と力の膠着を、青嵐の隷役を交えた斬撃符が斬り裂いた。 「風術・解放。風の刀法、風の大太刀」 呪布を纏う風の太刀は禍々しいと人々は表現するのだろう、子供アヤカシが動かなくなった事を確認した胡蝶が構えを取るもう一方の子供アヤカシを見据えた。 想像するのは大きな蛇、想起すると共に創造し術が形を伴うまでの時間は一瞬。 「‥‥与える力、絞め上げる、圧力!」 とぐろを巻いて強く絞め上げ、四散する蛇、効果は十分発揮しているにも関わらず胡蝶は奥歯を噛みしめた。 「私の力じゃ、まだそう長くは維持できないわね‥‥」 「尤も、増援も来ているようですが」 斎が解術の法を使用する、負傷している者は味方だけではない。 九重の重い太刀が迷うことなく振り下ろされる、至近距離で放たれた直閃。 尤も自分が活かせる得物、太刀を手にした彼女はまぎれも無く自分の土俵に敵を引きこんでいた。 「来夜流、獅威、終が崩し―逆鎚―!」 胸の中央、身体を突きぬける太刀が最下段へ振り下ろされる、行動する術を失ったアヤカシは明らかに速度を落としていた。 ただ、赤子のように喚き、叫ぶ‥‥それでも特攻する姿は一度開拓者を退けた相手とは思えない。 速度も失い、思考も欠落しても尚、動くのはアヤカシと言う存在故か。 「見切り、断ち斬る‥‥」 銀杏で刀を納めたまま、機を窺っていた琥龍が雪折でカウンターを放つ。 明鏡止水、在りのままを観察し、理解し、行動する。 銀杏で刀を納めた琥龍のもう一太刀、その場には強い腐肉と飛び散った腐汁、忘れ形見のような紙の兜が残っていた。 ●暁の到来 「ったく‥‥女が絡むとどうしてここまで面倒な事になるんだろうねぇ」 ため息をついた朱麓が訳が分からないとばかりに言い切った。 「女性のアヤカシ、付き添う子供のアヤカシか‥‥」 狐面の奥で目を閉じた九重、憶測は憶測でしかない。 「‥‥さて、酒でも飲みに行こうか。美酒に酔えるほど上等ではないがな」 「寧ろ、先にお風呂です」 流石に腐肉に塗れたまま飲食店に入ると追い返されるだろう、伸びをしながら乃々華が呟いた。 「その前に被害が無いかの確認ですね」 青嵐が嗚呼とため息をつきながら人形の汚れを払った。 若干眼が動いた気がするが、それは彼だけが知っている。 「魅了だか錯乱だかされた女性がいたけど‥‥」 「見ておくか、流石に離れているし術は解けていると思うが」 朱麓の言葉にそれなら、と琥龍が口を開く。 「それにしても、血を抜かれて‥‥御握りとかのが美味しいと思うんですがね。焙じ茶と共にあると、とてもいい具合で」 お腹すきましたね、と口にした雪切。 「では、戻りましょうか」 サラリといいきった斎、目の前の腐肉等は視界に入っていない、否、入った上で無視している。 「前任者が目を覚ましたら、冷やかしてやるだけね」 少々目の前の腐肉が気になった胡蝶だったが、瘴気が抜けてしまえば害も無い。 まあ、後は任せれば、と遠い目で呟いた。 「(‥‥まあ、でも悪くは)」 そんな事を考えた自分をまさか、と首を振って否定した。 この後、銭湯がパニックになったとか、飯屋が嬉しい悲鳴とか‥‥その真偽は開拓者のみが知っている。 |