【華宴】連理の桜
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/19 12:52



■オープニング本文

●連理の桜
 桜が咲き乱れる中、暖かな春の風に包まれながら花菊亭・伊鶴(はなぎくてい・いづる)は空を駆けていた。
 事の起こりは2時間ほど前、何とか剣術の稽古もひと段落し休んでいた時に聞いた話。
「そう言えば、伊鶴さまは連理の桜を知っていますか?」
「レンリの桜ですか―――?」
 首を傾げる伊鶴に、彼の師は笑みと共に続ける。
「2本の木の枝や幹が絡み合い、1本に見える木です‥‥その花、桜なのですがその下で縁結びの願い事をすると叶うと言う話がありますね」
 意味深な笑みを浮かべて、彼の師は地図を示す‥‥どうやら、心の中の感情を見透かされているようで思わず伊鶴は赤くなった。
 少々山奥だから一人でいかないように、と念を押し詳しく説明する。
「凄く、素敵ですね―――」
 二つに絡まった木は、夫婦の深い契を表すのだと言う。
 今尚、姿を見る事の出来ない想い人‥‥誘ってみたいけれど、父も姉の有為もいい顔をしないのは分かっていた。
 それに数度歌を贈っただけで会おうなどと、虫がよすぎる。
「せめて、連理の桜に願いをかけたいな―――花を押し花にしてあの方に贈りたい」
 そっと行って、そっと帰ってくるだけなら大丈夫―――伊鶴はこっそり侍従達に言って龍をだした。
 お供としてついてきた侍従3名、その中に伊鶴の腹心の波鳥はいない。
「たまには、内緒でもいいですよね!押し花作るの、手伝って下さいね‥‥」
 お知らせしてきた方が、と零した侍従達に伊鶴は首を横に振る。
「波鳥は忙しいみたいですから―――大丈夫です、少し行って帰ってくるだけ」
 その少しが命取りになる事を、伊鶴は失念していた。
 確実な安全など無い。
「え‥‥アヤカシ?鵬伶雲(ほうれいうん)逃げきれ‥‥」
 逃げ切れるか、の問いかけに彼の龍は是の鳴き声を上げる―――だが、彼の後ろの侍従、流石に怯えの表情が走る。
 志体持ちである伊鶴はまだしも、連れて来た侍従は戦闘経験があるとはいえ一般人。
 慣れない龍での行動、狙い始めるアヤカシの前に伊鶴は飛び出した。
「駄目、やめて!」
 言葉は通じない、どうすればいいのか考え眉尻を落とした。
「伊鶴様、此処は我々に任せて屋敷に戻って下さい!」
 もっとも経験のある壮年の男が刀を抜く。
「え‥‥だ、駄目ですよ―――僕のワガママなのに」
 呟いた伊鶴は、グッと唇をかみしめた。
「僕も残ります、阿鷹、騎乗しているのは駿龍ですよね―――お願いです、一刻も早く開拓者ギルドへ連絡を!」

●山奥の翼
 開拓者ギルドに飛び込んできた男は、非常に焦っていた。
 緊急事態だと大声を上げ、なるべく早く情報を纏めようと躍起になる―――なればなるほど、上手く伝わらない。
 受付員にお茶を貰ってそれを飲み干した男は、口を開いた。
「主が、山でアヤカシに襲われて―――主と仲間2名が食いとめています!」
 早く救援をと、声を上げた男に緊急を察して受付員も書類を纏める。
 決して多くは無い報酬を上げた男の声は震えていた。
 名乗りを上げた開拓者を見、男は一つ一つ説明するのだった。
 一方、花菊亭家では伊鶴の失踪にいら立っていた。
「どういう事だ、これは―――」
 厳しい顔をしたままの花菊亭当主、伊鶴の師を固い表情で見る。
「何かあれば責任を取ってもらうぞ」
 父子の歓談にと、早く仕事を片付けた当主からしてみれば予想外、それも聞けば危険な場所。
「父上、お体に触ります‥‥これ以上は私にお任せを。至急、捜させましょう」
 とりなしたのは花菊亭・有為(はなぎくてい・ゆうい)だ。
 責任うんぬんより、まずは次期当主の身の安全を。
「伊鶴‥‥無茶ばかりだな」
 連理の桜に何を、求めたのかは有為にはわからない。
 恋愛の何かなのだろうが、伊鶴は家を守ることのできる正妻を娶らなくてはならない。
 側室に関しては自由にさせるつもりではあるが、有為にしてみれば無意味甚だしかった。
「無事であるといいのだが‥‥」


■参加者一覧
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
井伊 沙貴恵(ia8425
24歳・女・サ
鞘(ia9215
19歳・女・弓
八神 静馬(ia9904
18歳・男・サ
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟


■リプレイ本文

●声を聞いて
 切羽詰まった侍従、阿鷹の様子に開拓者が名乗りを上げる。
「連理の桜、素敵な言い伝えですね。それを見に行くだけでアヤカシに襲われるなんて、辛い世の中です」
 震える声に悲壮さを募らせて乃木亜(ia1245)はミヅチである藍玉の癒しの水を差し出す。
 ありがとうございますと礼を述べた阿鷹、どうやら少し落ち着いたらしく自分でも出来る場所を手当てする。
「お茶を入れよう、その間に話す事を纏めておいて欲しい」
 次に名乗りを上げたのはからす(ia6525)だ、先に落ち着かせる事が大切だと考えお茶を入れ、相棒の鬼鴉に仕事を告げてお茶を差し出す。
「また何やら伊‥‥なんとか殿が困った事になってるとか、困ったちゃんなのでござるー」
 話を聞き終える頃に肩をすくめたのは四方山 連徳(ia1719)は名乗りを上げた者の人数を数える。
 人数は8名、敵はそれ程多くない筈‥‥半ば青ざめる阿鷹にレートフェティ(ib0123)が穏やかな声をかける。
「その一途な気持ちをもつ人ならば、わたしたちが行くまでもちこたえてくれるわよ」
「連理の桜。仲良くしたいのは想い姫か姉上か?何にせよ人に頼まず即行動に移れるところは好きだぜ。怪我は、大丈夫だな‥‥飛行船を出して欲しい、怪我人もいるだろうから」
 八神 静馬(ia9904)も頼りがいのある笑みを浮かべ、飛行船を出してもらえるように口を開く。
 必ず助けると言う言葉に重なるように、重ねるように頷いたのは井伊 沙貴恵(ia8425
「伊鶴くんは弟から話に聞いただけで会ったこと無かったから興味があったのよ。前向きに捉えましょ、手早く助けちゃえばいい思い出よ」
 そのいい思い出にする為に此処にいると、井伊が政恵を飛ばす。
「急いでもしょうがないところではありますが、出来るだけ急ぐとしましょう」
 青嵐(ia0508)が相棒の嵐帝に騎乗する。
「そこまで想われるのは同じ女として少しは羨ましい。立場から言えば考えなしだけど、まぁ人の事言えないけど若さ故の行動は突飛だね」
 苦笑気味に呟いた鞘(ia9215)は装に騎乗し、大きな弓の具合を確かめた。
 レートフェティが阿鷹の方を見て、口を開く。
「阿鷹さんから迎えてもらうと安心すると思うのだけれど」
「わかりました‥‥」
 落ち着かせる声音、静かに頷いた阿鷹は前を見据えた。
 黙したままの鬼鴉に乗ったからすは後ろへと通り過ぎる景色を見ながら、呟く。
「今年の桜も見納めだな」
 相棒と同じ気分なのか、そうでないのか―――。
「アヤカシに普通の鳥捕獲のやり方が通じるかはわかりませんが‥‥」
 そう言えばと口を開いた青嵐の言葉に阿鷹は首を縦に振る。
「どちらにせよ、近づく事になるなら‥‥その時に使用してみますね」
 荷物を括りつける縄を手にして静かに頷き、声を上げた。
「そろそろです!どうかご無事で‥‥!」

●開幕の音色
「此方は先に伊‥‥なんとか殿と合流するでござる」
 きしゃー丸が吼える、敵を察したのか速くなる速度を御する。
「俺達は討伐へ向かう、そっちはよろしくな―――行くぞ、紫苑」
 八神の言葉に紫苑が一声上げ、抜き身の刀を構えた八神が大きく咆哮で叫ぶ。
 引き付けられた女面鳥は1体‥‥標的は遠い。
「数は此方が上ね、離脱班の動きにも期待しましょう」
 魅了に注意しながら井伊が政恵の速度を活かし、斬り込む。
 すれ違いざまに示現、1体を傷つけるが敵も素早く身体を捻る。
「ハーピーより大きいようですね‥‥ですが、やるべき事は一つ」
 青嵐が斬撃符を放つ、口へ―――呪声が使われる前に手を打つ。
 続けて響いた悲鳴のような声に息を吐いて彼は前髪の奥で苦笑した。
「そう、簡単には行きませんか」
 固有の技に近いアヤカシ、生物の発声とはまた異なるのかもしれない‥‥頭の中に響いた声は術に近い。
 同じく喉を狙撃したからすも肩をすくめた。
「無粋だが仕方が無い‥‥桜に害が及ぶ前に片付けたいね」
 五文の小銭すら撃ち抜く精密な射撃で喉の一点を抉ったからすの矢の矢羽が揺れる。
「皆さん‥‥!」
 開拓者に気づき、救援への喜びに喜んだのも束の間少年、伊鶴は鋭い爪を受け止める。
 後ろに向かう筈の攻撃を受け止めた事で疲労がたまった上、負荷のかかった肉体は少しの隙を生み出した。
「無事、かな?私達は雇われた開拓者。早く下がって」
 打ち込まれた空鏑が高い音を響かせる、それを放った鞘がまた矢を充填し、安堵の息を吐いて口を開く。
「伊豆殿、出張で助けに来たでござる!」
 きしゃー丸を急がせ、怯んでいる両者、伊鶴と女面鳥の間に滑り込んで四方山が口を開いた。
「もう大丈夫ですから。お怪我はありませんか?」
 乃木亜と藍玉が飛行船から声をかける。
「兎も角、無事でよかった―――」
 伊鶴ですと言い直す伊鶴の姿に苦笑しつつ、レートフェティが奏でるのは騎士の魂、勇壮な魂を表す力強い歌だ。
 森と共に暮らす風のような歌声、奏で終われば続けざまにリュートが奴隷戦士の葛藤を奏でる。
「往くよ装、頑張って」
 中々離れない2体の女面鳥、左右に散っての攻撃はどうしても集中が削がれようで眉をひそめつつ装の上で鞘も矢を充填する。
 騎射を使っての効率良い戦い、頭に響き渡る悲鳴に小さく呻く。
 これは酷い声だ、頭が痛む。
「阿鷹さんも無事だから、安心して」
 怪我も無さそうな阿鷹を見て笑みを零した伊鶴へ頷き、レートフェティが飛行船へ誘導する。
「先に、皆を―――」
 伊鶴の言葉にダークな笑みを向ける四方山。
「負傷ついでに拙者が包帯でぐるぐる巻きに‥‥」
「すみません、乗ります乗ります!」
 包帯など持っていないのだが、素直に乗って貰えば問題なし。
「でも、ふらふらですね―――藍玉、お水を」
 中々前に進まない伊鶴の龍を見て乃木亜が浮遊する藍玉に指示し、癒しの水を振りかける。
 伝う爽やかな水を手で拭いつつ、苦笑する伊鶴。
「気力、殆ど使っちゃったので」
「御苦労さま、途中で落ちなくて良かった」
 ご尤もな事を言いつつ殿として後ろについた鞘が呟く。
「此処から落ちたら目も当てられないからね」
 地上は遥か彼方、流石に志体持ちでも重傷は免れないだろう。
 今更気付いて真っ青になる伊鶴、見かねた乃木亜が笑みを零す。
「と、兎に角無事でよかったです‥‥ね、藍玉」
 藍玉は良かったと頷いたのか、それとも頑張れと声援を送ったのかゆらゆらと尻尾を動かして乃木亜の声に答えた。
「皆さんも無事でよかった―――」
 面目ないと零す護衛達にそんな事は無いとレートフェティは首を振る。
 纏わりつく女面鳥を見ては、彼女の乗るイアリがチャージとクロウで攻撃。
 通さないとばかりに、堂々とイアリは声を上げたのだった。

●風の如く
 一方、少し前に時は遡る。
 八神の咆哮で1体を引きつけた討伐班。
「空の戦闘に長けた弓術師の技、とくとご覧あれ」
 からすの放つ影撃で一瞬空間がねじ曲がり、矢が視界から消える。
 次の瞬間、鈍い音を立てて突き刺さった矢に女面鳥の表情が醜く変じた。
「桜の木の下なぞ君には贅沢だ。そのまま果てるがよい」
 痛みと共に速度を増した女面鳥は鋭い奇声を上げてからすへと風の刃を放つ。
 全力回避で回避したからすを援護するように青嵐の雷閃が飛来した。
「遠距離とは厄介ですね‥‥風切り羽を切って無力化出来ないでしょうか?」
「やってみましょう、やらないよりマシだわ」
 示現、最上段から一気に刀を振り下ろす井伊の横で八神の騎乗する紫苑がソニックブームを放つ。
「当たったのは当たったな‥‥速度は落ちてるぜ」
「一気に畳みかけよう、鬼鴉」
 接近されたのを全力移動で間合いを取り、五文銭で射止める。
 一方、全力移動で近づいた八神は刀を袈裟掛けに振るう。
「悪いな、伊鶴ほどいい男じゃないがここからは俺達が相手だ」
 笑みと共に言いきっては、紫苑の様子がおかしい事に気づく。
「―――と、此方が魅了されるとはな」
「一度衝撃を与えてみましょう、構えて下さい」
 嵐帝の強力な頭突きが紫苑を襲う、青嵐の視線にどうだと首を叩いて問いかける八神。
「お前の『牙』は仲間へのものじゃないだろ?」
 響くのは心からの声なのかもしれない、人でも獣でも変わりなく。
「少々おいたが過ぎるようだ」
 ギェっと声を上げた女面鳥を見ながら、風切り羽を射ぬいたからすは悠然と見据える。
「この調子なら、もう少しね」
 離脱班へと視線を移すと、井伊はそのまま咆哮を上げる。
 二手による左右からの攻撃に、離脱班は防衛に徹していた。
 装に乗る鞘が騎射を用いての援護から防衛へと変更する。
「仲間を射るなんてことになったら気分最悪だしね、此方は任せて」
 最悪の状態を考えながらも、鞘は自分で出来る限りの最善を尽くす。
 一瞬の隙をついて即射で矢を放ち、虚を突く。
「近づかないで、装」
 鞘が矢を放ちやすいようにする為か、近づこうとする装を宥めながら魅了に注意する。
 一瞬の睨みあいがきしゃー丸と女面鳥の間に流れては、攻撃の手を鈍らせるきしゃー丸。
 ギェツ!と妙な声が響く‥‥飛行船から投げられた網が上手く絡んだらしい女面鳥が鬱陶しげに風の刃を放ち網をズタズタに切り裂いた。
 恐らく女面鳥としても虚を突かれたのだろう、虚を突かれたのは四方山も同じだが理解するのは早かった、すぐさま風斬爪で攻撃させる。
「藍玉、癒しの水を‥‥微力ですが」
 お手伝いしますと紡いだ乃木亜に礼を述べる開拓者。
 吼えた女面鳥が高く舞い上がり、翼を振るう‥‥生み出された風が離脱班に襲いかかった。
「撤収しましょう―――後は討伐班へ!」
 白弓で飛行船へ近づけないようにしつつ、伊鶴達を引っ張りこみながら乃木亜が藍玉へ水柱を命じる。
 未だに震える身体を胆力で抑え込む。
 ぐらりと傾いだ女面鳥、討伐班からの援護に長く感じられた一瞬に終止符が打たれた。

●動から静へ
 一度動くと膠着状態は嘘のようだった。
 激しい防戦から静かな攻撃へ、疲れていた一体へ止めを刺した井伊は軽く刀を振るって血を払う。
 残りは1体。
 逃げるだけの知能はあるのか、高空へと動き早めに離脱しようと後ずさり始めた女面鳥へ青嵐の雷閃が飛来する。
 技を相殺しようとでも思ったのか、風の刃を放つ女面鳥の翼を雷閃が打つ。
 飛んでくる風の刃を嵐帝が最低限の動きでかわし、咄嗟に伏せる事で回避した青嵐が呟く。
「少々狙いにくいですね―――攻撃時の一瞬が一番ですか」
「アヤカシでもなりふり構ってられないのか‥‥?引き付けるのは任せてくれ」
 紫苑に全力移動を指示し、八神が真っ向から向かう。
「―――後ろから狙えばいい、漆黒の場所が一番狙い易いと思う」
 一定の距離を保ちながら五文銭で射るからす、好んでいる存在に関しての知識は尚深いのか、それでいながら透明な水面のように平静だ。
「じゃあ、私も引き付け役になろうかしら‥‥後方に回らずに後ろを向かせればいいんじゃない?」
「では、私は此処で動かず狙いましょう」
 政恵を駆り、一手で回り込み井伊が白刃を閃かせる。
 青嵐は機を待ち、一瞬を狙う。
「今だ―――」
 からすの言葉と青嵐の攻撃は同時だった。
 井伊の示現と共に大きく羽が広がり失速する女面鳥、八神に気を取られ攻撃へ転じた後から攻撃するのは容易い。
「一気に落とさせてもらうぜ!」
 長きにわたって彫金と言う仕事を続けたおかげか、強い集中力を一気に爆発させ一刀の元に斬り伏せる八神‥‥迷いのない敵への一撃、共に終わる戦闘、アヤカシを滅する為に。
 斬り伏せる一瞬にやや顔を動かし飛来する血飛沫を避ける。
 軽く刀を振って血を払い、周囲を見ると無事に空を飛ぶ皆がいた。

●繋がる糸
「す‥‥凄いです!」
 集中していた開拓者達を引き戻したのは、この出来事の発端から発せられた驚きと興奮の声だった。
 空気の読めない言動に改めて疲労を感じる数名の開拓者、そこはグッとこらえる。
「こんな騒動の後だ、今を逃せば今年桜の元へ行くのは難しいだろう。俺達が必ず護るから行こう」
 素直にかけられた称賛は受け取り、笑顔で手を差し出し声をかければ是非、と返ってくる。
「私も見てみたいわ、行きましょう‥‥手を取り合って時を過ごす桜と言う自然の美しさへ」
 決して無駄な物ではないけれど、と続けてレートフェティのリュートが奏でる偶像の歌。
「そうね、いい気分転換になりそうだわ」
 こっぴどく怒られているのは目に見えている、と苦笑気味に呟いたのは井伊。
 彼女の立場でも怒っているだろう―――尤も、その前に先手を打ちたいものだが。
「そうだな、風情あるものは心を休めてくれる」
 鬼鴉の頷くような仕草に、同意するからす。
「ええ、私も賛成です‥‥大丈夫ですか?」
 繊細な手つきで包帯や薬草を使って手当てをする乃木亜、伊鶴が申し訳なさそうに肩をすくめた。
「はい、行きましょう!あ‥‥すみません、手当てしてもらっちゃって!」
「痕、残るかもしれません―――」
 乃木亜の言葉に伊鶴は苦笑しつつ首を振る。
「全然、問題ないです!」
「まあ、生きてる証拠だけど‥‥笑えないね」
 鞘の言葉にご尤もと伊鶴はうなだれ乃木亜へもう一度礼を述べる。
「と、伊なんとか、そう、伊豆る殿。違った伊鶴殿にお説教たーいむでござる」
 ごごごごごっと擬音が付きそうな笑顔で口を開いたのは四方山。
 何故か正座させられる伊鶴、名前の間違いを突っ込む声も小さい。

 以下、四方山様によるお説教タイムです‥‥と侍従。
 ではと、レートフェティがリュートを奏でる、皆さんは素敵な音楽をお楽しみください。
「こんな山奥に護衛3名と言う少ない人数で、何をしに来たでござるかね?」
「え、連理の桜を見に‥‥あの方に、押し花、を‥‥」
「‥‥前回の花を取ろうとして滑落しそうになったり、少々思慮が足りないでござるよ?」
「あ、あの‥‥」
「少々と言うか、盛大に」
「その、気を付けては‥‥」
「ほーう、気を付けてこれでござるか。前回、今回と間に合ったから良いでござるけど、次回はどうなるか解らないでござるよ?」
「そ、その前に強く‥‥」
「その前、へぇ、その前でござるか?次は無いでござるよ?鉄拳制裁でござるよ?」
「さ、流石に僕も強く!」
「仏の顔は三度まで、拙者は二度まででござるよ?」
「―――すみません」
「お疲れ様です」
 レートフェティ、こと街角吟遊詩人『ヴィンドオヴニル』の演奏と四方山によるお説教の表側でした。

「お疲れ様でした。比翼の鳥、連理の枝‥‥確かに綺麗な在り方ですが、私はあまり好きではないですね」
 お説教が終わったことを確認した青嵐、労いの言葉は勿論四方山へ。
 救いを求めていた伊鶴はうなだれるが、思いがけない言葉に不思議そうな表情を浮かべた。
「後でお話ししましょう、前を見ないと危ないですよ」
「ああ、鵬伶雲(ほうれいうん)ぶつかります、あ、避けて、避けて下さい八神さんっ!」
「ええ?紫苑、全力移動‥‥」
 八神が避けたのはいいが、急停止した鵬伶雲に若干遊ばれながら伊鶴は前のめりになる。
 流石に手綱を放しはしなかったようだが。
「何と言うか、危なっかしいわね」
 弟は元気にしているかしら、と遠い目をして思い馳せる井伊。
 政恵はその様子に苦笑しているようにも見えた。
「落ち着くといい、桜は逃げはしない」
 自分より年下に見えるからすの不思議な存在感に、流石の伊鶴も顔が引きつる。
 貫禄が無いのは自覚しているようだ。
「縁結びとか、青春しているのはいいんだけどね―――」
 初恋もまだと言う自分を省みては、これは連理の桜にでも願ってくるかな等と鞘も思う。
 家族に冷やかされそうな気もするが‥‥。
「誰かを一途に思えると言うのは、それだけで力になるもの」
 いい事よ、と呟くレートフェティ、歌うような声にイアリは聞き入っていたが賛同するように声を上げた。
 そろそろです、と告げた伊鶴に頷いた開拓者達。
「見事だね、これだけで甲斐もあるものだ」
 数多の風雅を楽しんできたからすが言葉を紡ぐ、徐々に芽吹いた緑との対比が尚更美しい。
 静かに降り立った鬼鴉に他も続く。
「互いの手をさしのべて、一本の木よりも華やいでみえるわね」
 舞う花弁の桜色を見ては、レートフェティも大きく頷いた。
「桜は散るが、思いは散らない、だな」
 八神が取り出したのは哀桜笛だ、桜が散る儚い音色、芽吹いては消え、そしてまた芽吹く生命の音色が響き渡る。
 ある桜の木の下で命を散らした女性の心が癒えるように、言葉にならない何かは決して無力じゃない。
「いいね、たまには」
 かすかに香る桜の香りに目を細めながら鞘が呟く。
 何処か懐かしい香りをしている、そんな事を思った。
「想い人の為なら頑張れる。まったく‥‥」
 からすの呟きに頬を染める伊鶴、眠る鬼鴉の隣に設けた即席の簡素な茶席、そこに腰かける開拓者達。
「桜の香りが、とてもいいですね‥‥」
 乃木亜は呟き、寄り添うような藍玉に触れては空を見上げた。
「比翼の鳥・連理の枝、それは全てが『お互いに』作用するのです。その意味が、真にお分かりですか?」
 押し花を作りながら口にした青嵐に、伊鶴は顔を上げた。
「自分の悲しみも苦しみも、相手も同様に負わせてしまうことの覚悟、相手にも乗り越えさせないといけないという意味。だからこそ、理想とされるのだと」
 何度も呟き、やっと話を噛み砕いた伊鶴は桜を見上げる。
「真に一心同体という事は‥‥一人で居るのと何が違うのでしょうか」
「―――僕はまだ、きっと負えないし乗り越えられない‥‥でも、こうありたい。僕達は一心同体じゃないから願ってしまう。でも、この桜も元々は別の桜、一人ぼっちじゃない、僕達が見ているのは物に仮した思い、そして僕達の中の思いを映しているのだと思うんです」
 八神が奏で続ける笛の音色にレートフェティのリュートが重なる。
 繊細な調べはどこか物悲しい、悠久ではない天地、だがこの悲しみは耐える事が無く―――。
「悲しみが消えないなら、愛しさも同じだと信じたい。両方とも形のないものだから」
 無知故に、猪突のように生きる‥‥必死であり愚かしくもある。
「それはいいところだと思うわ、自分達の不始末とはいえ命を賭して守るのもね」
 半分も理解していないのだろう、伊鶴の頭を撫でながら井伊は呟く。
「そ、そうですか!」
「弟の方が上だけれど‥‥と、押し花ね、作っちゃいましょう」
 そうだと伊鶴は井伊の言葉に押し花作りに没頭する。
 各々堪能し始めた中で、一人固く守りを固める乃木亜。
「私には必要ありませんから‥‥」
 二度と失わない為に、その痛みは癒えない。
「でも、楽しいですよきっと‥‥交代で見張りをすればいいんじゃ!」
「人任せはよくないんじゃない?」
 鞘のツッコミに畳みかける四方山。
「全然反省していないでござる‥‥」
「え、ええっ!」
「大切な方の為に来たのですから―――」
 乃木亜の苦笑めいた笑みに伊鶴はでも、と食い下がる。
「変わってしまっても、大切にしたいな」
 笛を拭いながら八神が呟く、浮かんでは消えていく馴染みの客達―――変わるものも変わらないものも。
「風のように、伝えるのが私達よ‥‥歌に乗せて、ね」
 帰りは送っていくわとレートフェティが立ち上がる、音楽を聞いていたイアリはもう?と言いたげに顔を上げた。
「押し花も出来た、鬼鴉、行こうか」
 からすも立ち上がる、どうやら暫く説教は続きそうだ。
 此処から先は暮れる前に花菊亭でやってもらうのが最善だろう。

 後日、連理の桜の栞が開拓者の元へ届く事になる。
 しっかりとお説教された事、精神的にも肉体的にも強くなりたいという抱負の籠った手紙と共に。
『巡り合いて 繋がる縁 貴けれ 玉に想いし 連理の桜花』
 折角巡り合う事が出来たのだから、この縁を命のように大切にします。
 何やら得体のしれない疲労感に襲われた開拓者は静かに手紙を閉じたのだった。