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■オープニング本文 ●搾取する者、される者 鼻をつく、腐敗臭。 その村は人がいないと勘違いしそうなほど静まり返っている。 荒れた大地は、村人が細々と生活出来るだけの食物しか生み出さない。 一日の仕事を終えれば、次は周囲の石を研いでせめてもの土産物とする。 一言で言うと、貧しい村であった。 女性や老人が多く、男性は殆どいない。 やせ細った彼等は、細腕で荒れた畑を耕し石を加工する。 そんな村に、似つかわしくない男が3名。 ボロを纏う村人とは違い、何処となくしっかりとした衣服を纏っている。 悠然と闊歩しては、手に持った酒の入ったひょうたんをあおり、少ない実りを奪い細工を壊す。 飛び出す子供。 「待って、母ちゃんが折角作ったんだ!」 だが、白刃の元に斬り伏せられる―――腕を負傷した子供は、飛び出してきた母親に庇われて泣きじゃくる。 「どうか、子供の為す事としてお許しを!」 連れ去られる母親、どうして、と呟いた子供を老婆が抱きしめた。 「無茶をお言いでないよ、彼等の腕っ節は確か―――村を救った英雄、私達はただの人間なのさ」 諦めに似たその言葉に、子供は唇を噛みしめた。 英雄だとしても、この振舞いは許されるのだろうか。 村を救った人間は、村民を蹂躙してもいいのだろうか? 怒りと虚しさで震えながら子供は老婆の胸の中で泣きじゃくる。 同じく、悲しみに手を震わせながら老婆は必死に涙をこらえ、子供の背を撫で続けるのだった。 ●鳥は飛び、助けを求める 走る、走る‥‥追ってくる3人の男性。 勇敢にして無謀な子供、その小さな体躯を生かして細い道を通り、潜り抜ける。 今日は生きても、明日は死ぬかもしれない。 いつか、奴らに殺される‥‥なら、何もしないでその時を待てるのだろうか。 瀕死で投げ込まれた母親の姿を見て、子供は決心した。 「(こんな事許せない―――)」 だが、相手は3人、そして強靭な肉体を持っている。 そして、大人のリーチと子供のリーチは違いすぎた。 矢が、子供の足に突き刺さる‥‥集中力と焦りが痛みを遮断するが明らかに走る速度は落ちていく。 死ぬのだろうか―――死ぬのだろう。 けれど、と少年は笑った。 「‥‥けっ、笑ってやがる」 嘲笑う男達の頭上をカラスが飛んでいく。 ふもとの町へと、真っ直ぐに―――力尽きても、尚。 運が良かったのか、それとも強い意志が通じたのか。 辿り着いたカラスは傷つきながらも一つの家に飛び込んだ。 豊かな髭を蓄えた男性は痛みの残る足を引きずりながら、埋めてやろうと手を伸ばし、気づく。 足に括りつけられた紙。 風信術の代わりだろうか、子供の遊びかもしれないと半ば笑って紙を広げた。 名前が書いてあるのならせめて届けてやろう。 そう思った彼の表情はみるみる険しくなる。 拙い字で綴られた助けの言葉と、子供が描いたにしては精巧過ぎる地図。 地図の場所を思い出す。 以前訪れた場所、寒村ではあるが行商であった彼は頼まれて足を延ばしていた。 足を痛めてからは疎遠になってしまったが、一時はその村の女性との結婚も考えていた。 ―――もっとも、断られた苦い思いがある。 だが、彼は思い立ったらすぐに動く性格であった。 白い紙に筆を滑らせ、雇っている従業員に地図と共に手紙を渡す。 「開拓者ギルドへ、調査と共に問題があれば解決して欲しい」 一度だけ、愛しむように手紙を撫でた彼は女性を思い浮かべ、無事であれと目を閉じた。 |
■参加者一覧
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
周太郎(ia2935)
23歳・男・陰
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
春名 星花(ia8131)
17歳・女・巫
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
アリステル・シュルツ(ib0053)
17歳・女・騎
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●暗い空 灰色に染まった空は見ているだけで憂鬱な気分になってくる。 「急いだ方が良さそうだね」 その場にいる開拓者の思いを代表したのはアルティア・L・ナイン(ia1273)今回の作戦では待機班ではあるが、注意深く周囲を見回す。 商人の娘に扮した春名 星花(ia8131)はいつもより少し良い生地で出来た衣服をまとい、手に小箱を持っている。 「にゃ、そういえば、手紙を書いた子は無事なのかな?」 呟いた彼女の言葉を燕 一華(ib0718)が聞きとめて口を開く。 「そうであるといいのですが‥‥村はそろそろですね」 「では、打ち合わせ通り此方は護衛の騎士として動くよ―――灰は灰に、塵は塵に、そうだろう?」 今から血生臭い事が始まるにも関わらず、アリステル・シュルツ(ib0053)の表情は飄々としている。 彼女の纏うブリガンダインは銀の光を放つ‥‥その鎧を身にまとう彼女もまた、ナイフのような鋭さを持ち合わせていた。 「しかし‥‥かつての英雄の成れの果てか、一体何があったんだろうかねぇ。ま、関係ねぇか」 同じく潜入班、シュバリエ(ia9958)が英雄と呼ばれていた偽志へと思いを馳せる―――狂気に取りつかれた権力者を葬る、まるで過去の繰り返しのようだ。 脳裏をよぎる考えを拭うように得物を握りしめる。 「悪人は無に帰すべき、だ。‥‥僕の刃は、その為にある、どんな理由があってもね」 痕離(ia6954)の呟き、それと共に超越聴覚を発動し有事に備えた。 「過去に何をなそうが、如何様な理由があろうが、人の誇りを捨てた時点で獣に同じだ」 厳しく激しい信念、それから生まれる敵への嫌悪感、吐き捨てるように風和 律(ib0749)は呟く。 もう、村は近い―――岩と石ばかりで身を隠す場所のない場所。 「で、待つ場所だが‥‥見事に何もないな」 周太郎(ia2935)が呟き肩をすくめる‥‥面倒ではあるがこればかりは何とかしなければならない。 「兄さん、岩場にでも待機しよう」 痕離が岩場の影を示す。 大の大人が姿を隠すには少々厳しいものの、ある程度気配を立てば見つかる事も無いかもしれない―――勿論、周辺は警戒せねばならないが。 ●村へと 「にゅ、すみませーん」 春名が村に踏み込み、続いて丁稚に扮した燕、シュバリエとシュルツも二人を護衛するように中へと入る。 「‥‥それにしても、この荒れようは酷いね。許せないなぁ」 シュルツがボソリと呟く。 それ程までに村は疲弊していた―――搾取されつくし、何も残っていない。 希望すらも。 「‥‥‥‥」 年端もいかぬ子供2名、そして装備を整えた騎士2名に驚いたのか、それとも不審に思ったのか次々と村人達は家へと籠る。 「あの、頼まれものが―――」 口を開いた春名だが、家の扉は固く閉ざされている。 他の家も同様、怯えているようだ。 そんな中、家の陰に隠れるようにポツンと佇む老婆の姿を見つける。 シュバリエはただ、老婆を観察する‥‥怯えるかもしれないが他に人はいない。 老婆に聞くしかないだろう。 「聞いてみるしかないんじゃないかい?」 「そうですね、行きましょう星花お嬢さん」 シュルツ、燕の言葉に春名も頷く。 行商人の演技を解く訳にはいかなかった。 「少し、いいですか?」 燕が声をかけると、老婆は放心したように高い空を見ていたが視線を開拓者に向けた。 「なして、来た」 訛りがあるものの、この程度なら分からない程ではない。 「頼まれものがあったので立ち寄りました―――」 「頼まれもの‥‥大変じゃね、どちらさんへ?」 老婆の言葉に言葉を失う‥‥手紙は持って来てはいないし、勿論村人の事を知っている訳でもない。 「それよりも、この村の事が知りたいねぇ‥‥」 シュルツが助け舟を出し、それにシュバリエも頷く。 「あらゆる危険から主を守るのが俺達の仕事だ。楽な仕事じゃねぇぜ。ただでさえ最近は物騒になったからな‥‥そういえばこの村には腕の立つ奴はいるかい?」 「そうですよ、やっぱり護衛が二人だと心配ですっ。新しく雇っては如何でしょうかっ!」 燕が口にし、身を乗り出す。 そうだねぇ‥‥と悩むように老婆は口を開いた。 その瞳の奥には暗い影、この老婆もまた、搾取される事に慣れきっている。 憔悴した老婆は、4名を見まわす。 「悪い事は言わない、出てお行き」 武装した者は救世主になりえるかもしれない。 だが、過去の英雄は暴君となった―――身分を証明する物を持ち合わせぬ目の前の4名を信じる事は出来なかった。 ●村の外で 一方、村の外では潜伏班4名が気配を窺っていた。 「やっぱり岩場が多くて戦い辛いね―――近距離派には不利かもしれない」 大ぶりな動きをするには、動きが阻害される。 それを上回るバランス感覚があったとしても、把握しておくに越した事は無い。 「そうだな―――万が一、潜入班が失敗した場合は此方が動かなければならない」 風和が時間を気にしながら、村の方を見た。 取り決めの時間が、近い。 「ん―――?」 何かを感じ取ったのか、痕離が双剣「蜂」に手をかける。 地面に突き刺さった矢を見て、敵襲である事を理解し、駆ける。 遠くから仕掛けられたのか、敵の姿は遠い―――敵も走りだした。 同じくして、周囲を見回っていたナインが駆ける。 「躊躇も容赦も遠慮もなく、迅速に禍を断たせて貰うよ」 その横を早駆で痕離が追い越す。 「先にコッチに来たか―――全員村で待機した方が良かったかもな。オン・スンバ・ニスンバ・ウンバサラ・ウンハッタ!」 偽志達は確実に村へ訪れる‥‥迎撃した方が良かったかもしれないと思いながらも周太郎は後を追い、霊魂砲を放つ。 「‥‥過去がどうであれ、今堕ちた事実には変わりない。悪いが、君たちをこのままにしておく事は出来ない」 痕離が静かに語りかけながら、周太郎が霊魂砲で攻撃した偽志を双剣による二撃を叩きこむ。 「害獣は切り捨てる―――それが、騎士の役目!」 続いて追い付いた風和がオーラで自らに精霊を纏わせて、ポイントアタックで弱点へとシザーフィンを叩きこんだ。 痕離とナインは二人に任せ他の偽志を追うが既に他の偽志は遠く、また動きづらいとは言え相手に土地勘があるのは否めなかった。 「仕方が無い、一旦潜入班と合流しよう‥‥あちらに行っているかもしれない」 風和の言葉に、戻ってきた痕離とナインも頷く。 「では、僕が先に行って探ってくるよ」 「僕ももう少し見てこよう‥‥」 痕離が去り、ナインが見回りへ、残った周太郎と風和は捕まえた偽志へと向き直った。 ●村の空は暗く 「ん?痕離ちゃんが来たと言う事はそちらに動きが?」 老婆から解放された潜入班、シュルツが痕離の姿を見つけて問いかける。 「1名、仕留めましたが‥‥残りは逃げられました」 「なら、戻って話を聞いてみましょう―――」 燕が老婆の家を振り返り、その瞳に悲しみを見る。 もはや、搾取される事に慣れ切った瞳だった―――悲しい、そう思う。 「そうですね、守るべき人達を苦しめるなんて、言語道断です!」 春名は拳を握りしめ、前を見据えた。 手紙を届けた子供‥‥その子供の思いを踏みにじる訳にはいかない。 「ほら穴に逃げられてるかもな‥‥」 シュバリエが呟き、では、とシュルツが口にした。 「僕は此処で待機しておこう、戻ってこないとも限らないからね」 「僕もそうします、何かあればまた‥‥」 痕離とシュルツを残し、潜入班も探索へと向かった。 結果的から言うと、問いかけも、探索も無駄に終わった。 「ハッ、俺たちゃ英雄だ、英雄は負けねぇ」 「護るべき人を虐げて何が英雄だ。僕は別に良い人ではないけれど、君たちのやり方は気に入らないね」 ナインの言葉にも、偽志は嗤い続ける。 「役に立ちそうもないが、息の根を止めてやるのも面倒だ‥‥ただの愚者に構う事も無い」 周太郎がサングラスの奥から冷ややかな視線を注ぐ―――既に、狂気を孕んだ瞳は一片の理性も残っていない。 「だが、情けをかける必要も無い‥‥何より、放っておけばまた同じことを繰り返すだろう」 風和の得物が偽志の首と胴を切り離す。 最期まで偽志は嗤い続けていた。 「駄目だな、見つからない」 「にゅぅ‥‥コッチも駄目でした」 シュバリエと春名がほら穴にはいなかった事を告げる‥‥子供が入れる程度しかないほら穴に、偽志達も流石に逃げ込む事も難しいと判断したのか。 「‥‥せめて、お墓だけでも作りましょう」 春名の言葉に、開拓者達も静かに頷いた。 ●暗き土の下で 開拓者達の立てた墓、そこにはかつて英雄と呼ばれた偽志の1名も眠っている。 「ありがとうねぇ―――あんたたちゃ、私にとっては英雄だよ」 一人ひとりの手を取って感謝を述べる老婆、やはり他の村人は怯えているのか姿を現さない。 「今度は俺達が英雄かい?そんなのはまっぴらだぜ」 シュバリエが眉をひそめつつ言い返す、その横で春名は呟いた。 「‥‥ごめんなさい」 助けられなかった少年への言葉か、それとも渦巻く晴れない悲しみか。 「もう、村には戻ってこないと信じたいが―――」 風和の言葉に老婆は頷く。 「そうだねぇ、もう、戻ってはこないと信じたいねぇ」 結果的に過去の英雄は消えた‥‥だが、完全に脅威が取り去られた訳ではない。 希望的観測でしかないのだ。 「よく頑張ったね。君のその勇気が皆を助けたんだよ‥‥」 ボロ雑巾のようになっていた少年の遺体が眠る墓に手を触れ、ナインが呟く。 「俺にしてみれば、原因の排除を面倒くさがってるようにしか思えないがな」 周太郎の言葉にも、老婆は頷いた‥‥孫も娘も失ったと言う老婆、行商人と駆け落ちでもすればよかったのかねぇと自嘲の笑みを浮かべる。 「(何が彼らを変えたのだろう‥‥)」 結局狂気に晒された偽志達は答えぬまま、屠る事になった。 痕離は、目を閉じて小さく息を吐く。 「己の正義、貫かずしてどうする―――」 シュルツが未だ、外へ出て来ない村人へ言った。 聞こえているのかは定かではない‥‥だが、開拓者の訪れが何かを変えると、信じて。 |