【宵姫】亡母の故郷へ
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/30 18:19



■オープニング本文

●奥深い闇に
 貴族、花菊亭家の屋敷の奥。
 その奥の奥に香が立ち込められた牢屋がある。
 座敷牢に幽閉されているのは一人の少女‥‥薄暗い部屋。
 小さな身体を閉じ込めるには、あまりにその部屋は広かった。
 パサ‥‥と、椿が落ちる音、それに気づいた少女、花菊亭・涙花(はなぎくてい・るいか)は顔を上げる。
「今日も、一つ、椿が落ちましたわね」
 その横で頷く侍女の鈴乃は首を縦に振り、そうですねと相槌を打つ。
「花は散るものです―――例え、散ったとしても命の限り」
 名も無き花でも、咲き誇り、散る。
「素敵ですね‥‥いつか、わたくしも‥‥いえ、いいのです」
 齢13にして、この薄暗い座敷だけが自分の世界。
 そう考えると、随分と彼女のいる屋敷は狭い。
「(あの出来事がなければ―――)」
 口を食む鈴乃に、涙花は微笑んだ。
「気になさらないで下さいませ、わたくしは、此処にいるだけで幸せなのです」

●糸は蜘蛛の巣の如し
「おはようございます、父上。本日は分家との会合があります」
 障子に仕切られた部屋の前、当主である父へ声をかけたのはこの家の嫡女にして長女の花菊亭・有為(はなぎくてい・ゆうい)である。
 そうだったと衣服を整える父が出てくるのを待ち、侍女の秋菊に伝えて輿の準備をさせる。
「丁度良い機会―――湯治に行かれてはいかがでしょうか?」
 湯治?と聞き返した父に有為は微笑んだ。
「ええ、このところ心労が続いていらっしゃるようですから」
 此方は心配なく、と付け足した有為は秋菊に口添えしては手配を進める。
「わかった。暫く、温泉にも行ってない‥‥お前が言うのなら安心だろう、と伊鶴はまだか?」
 嫡男であり、跡取りである伊鶴の事を口にした父に、有為は目を閉じ首を横に振った。
「いえ‥‥父上を外でお待ちです」
「全く、変な奴だ―――と、明日の夜には戻る」
 呟いて侍従を連れ、雪の降る外へと向かう父が見えなくなると、有為は立ちあがる。
「行くぞ、秋菊‥‥父上のお帰りは明後日だろう」
「いかがなさいますか、有為様」
 分かっている事を聞く侍女に視線を移し、有為は屋敷の奥へと向かった。
「涙花‥‥義母上の墓参りにいこうか」
 彼岸が近い、有為、そして伊鶴と涙花は腹違いの姉妹である。
 決して、義母に良い思い出がある訳ではない‥‥だが、少なくとも妹にとっては母。
 その母の罪により、この座敷牢に閉じ込められているとしても。
「お姉さま、構わないのですか‥‥?」
 困ったように、恐る恐る問いかける涙花に有為は頷き微笑んだ。
「勿論、涙花が行きたいと思うのなら―――」
 その日、開拓者ギルドに一つの依頼が舞い込んだ。
「どうか、あの子の生きる力を目覚めさせて欲しい」


■参加者一覧
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
布施 綾乃(ia5393
17歳・女・弓
井伊 沙貴恵(ia8425
24歳・女・サ
リエット・ネーヴ(ia8814
14歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
ルヴェル・ノール(ib0363
30歳・男・魔
ケンイチ・ヤマモト(ib0372
26歳・男・吟
日和(ib0532
23歳・女・シ


■リプレイ本文

●格子の外
 幸い当日は気候も温暖で、外出には最適だった。
「暖かくなりましたね、タンポポやシロツメクサも咲いています」
 野の花を見つつ、青嵐(ia0508)が腹話術で言う。
「花菊亭さんところの依頼って興味あったのよね。弟もお世話になってるみたいだし」
 挨拶しておこうかしら、と井伊 沙貴恵(ia8425)が言えばそれに布施 綾乃(ia5393)も頷く。
「私は、直姫さまとは何時かの猪狩り以来‥‥お会いするのが楽しみです」
「涙花さんとお会いするのは初めてですが」
 花菊亭家の依頼を受けた事のある者も多く、ケンイチ・ヤマモト(ib0372)もその一人。
「楽しませる、か‥‥私には難しい依頼だったかな」
 半ば自嘲めいた表情、そして遠い視線で呟いたのは日和(ib0532
 少しして開拓者達の前に牛車が止まり、中から女性と少女が姿を現す。
 牛車を下がらせた女性が開拓者達を見回した。
「皆、よく集まってくれた。私が花菊亭・有為、此方は涙花」
「私は魔術師のルヴェル・ノール(ib0363)だ。まあ、宜しく頼む」
 ノールが挨拶を口にし、一礼する。
「あ‥‥よろしくお願い致しますわ」
 有為の後ろに隠れて呟く涙花、その様子を見てリエット・ネーヴ(ia8814)が近づく。
「私、リエットってゆーの。よろしくだね〜。いぇい♪」
 おどけたように右手でピースをして笑ったネーヴを驚いたように見、涙花は小さく微笑む。
「(ひまわり、みたいですわ‥‥)」
 少し安心したらしい涙花にそっと、雪切・透夜(ib0135)が持ってきた日傘を差し出す。
「僕は雪切・透夜、よろしくね。よかったら使って」
「あ、ありがとうございます」
 一度、困惑したように有為を見、涙花は笑みを浮かべ差し出された日傘を受け取る。
 その、大人びた虚無を漂わせる笑みに日和は以前世話になった家の子供を思い出す。
「(あの子供達は、こんな風に笑っていただろうか)」
「青嵐です‥‥お墓参りは、何の為に行うのか考えたことはありますか?」
 首を振る涙花、青嵐は穏やかに微笑んだ。
「なら、目的地に着いたら私の考えを述べますね‥‥ではゆるりと行きましょう」

●野に生きる命
「危険はそれ程無いとの事ですが、警戒は怠れませんね」
 ヤマモトがいつ、敵襲があってもいいように周囲を警戒する。
「ん〜、日差しが気持ちいい。春の好い所は眠くなる事で、悪い所は眠くなる事、かな。昼寝とかにはもってこいだけど」
 伸びをしながら雪切が呟く‥‥その表情は眠そうで近くにいた日和も思わず頷いた。
「確かに‥‥眠たくなるな」
 欠伸を噛み殺す二人は睡魔に襲われているらしい‥‥それ程、春の陽気は魅力的だ。
「ああ、墓参りの前に―――花摘みに拠りたいという事になってな」
 どうだろうか、とノールが涙花と有為に問いかける。
「姉上‥‥」
「構わない、有事の時は頼む」
 不安そうに問いかける涙花に有為が頷く。
「じゃあ、皆で花摘みだね!」
 ネーヴが笑い、ねっ!と涙花に念を押す。
「はい‥‥」
「楽しみね‥‥と、ちょっと席を外すわ」
 微笑ましくそのやり取りを見ていた井伊が、気配に気づいて立ち止る。
 続いてヤマモトも口を開いた。
「ええ、少し待っていて下さい」
 中でも強く警戒をしていた開拓者達が先に異変に気づく。
 目視出来る程の距離だが、不思議そうな顔で涙花は周囲を見回していた。
「僕は待っていますよ、大丈夫です‥‥安心して」
「だいじょーぶ、私もいるよ♪」
 雪切とネーヴの力強い言葉に涙花が頷く。
 現れたのはケモノが2体、気を抜きすぎなければ決して勝てない相手ではない。
 同じく守りを固める事にしたノールは小さな花を付ける植物に触れる。
「季節によって変わる景色、変わる花々‥‥とても楽しい」
 一方、迎撃班。
「物騒なのも良くありませんしね、脅して追い払うだけにしましょう」
 青嵐がやや後方に位置し、観察する。
 遠目には分からなかったが、手傷を負っているらしい。
「手裏剣で追い払えるだろうか」
 十字手裏剣を手にした日和は、真紅の瞳を細める。
「大丈夫でしょう、私達も傷をしないよう気をつけましょうね‥‥」
 ヤマモトがハープの弦を指ではじく、勇ましく凛々しい戦いの調べ。
「私が引き付けてみるわ―――さあ、来なさい!」
 腹の奥から出した咆哮と共に井伊が駆け、ケモノの背後に回る日和。
 真っ直ぐに飛んだ手裏剣がケモノの身体をなぶり、その上を青嵐のシキが飛ぶ。
 二人のわざと外した攻撃、だが込められる闘気にケモノ達は力量差を知り撤退を始めた。
「どうやら、上手くいったようですね」
 呟いたヤマモトは、弾いていた指を止めて静かにケモノ達の行動を見守る。
「殺さずに追い払えてよかったわ、戻りましょうか」
 井伊の言葉に、他の開拓者達も頷いた。

●野に咲く命
「涙花ねーちゃんって、好きな花ある?おかーさんにお土産持ってこか♪」
 ネーヴの言葉に涙花は、目の前に広がる決して広くは無いが遊べるだけの花畑を見つめる。
「でも、お花が可哀相ですわ」
 摘む、と言う事実に困惑したように涙花が眉尻を下げる。
 その表情を見たネーヴは自分より少し背の高い涙花の頭を撫でた。
「摘んだ花を愛でるなら‥‥可哀相ではないと思いますよ」
 雪切の言葉にノールが付け足す。
「忌むべきは、無為に踏みにじる事だ」
 一つ一つの言葉を飲み込むように聞いていた涙花は、やがて頷く。
「この花を、見せてあげたいです」
「きっと、喜びますよ」
 布施は手を動かしながら口にし、その手が器用に動いては花冠を生み出す。
 シロツメクサで出来た花冠は、決して華やかではないが心温まる命の息吹が込められていた。
「見事なものだな」
 有為の言葉に、井伊がそうねぇと呟く。
「有為さんも作ってみたら?」
 護衛対象では涙花であるが、二人に楽しんでもらいたい、と言うのが井伊の考えだ。
「私は‥‥」
 いい、と遠慮の言葉を紡ぐ前に布施が笑みと共にシロツメクサを差し出す。
「見てるだけなどということは無いですよね?姉と一緒に何かをするというのは楽しいものです」
 こうして、有為も花摘みに加わる事になった。
「涙花ねーちゃん、タンポポが好きなの?」
「はい、綺麗な色ですもの」
 見た目の年齢が近い二人は打ち解けたのか、仲良く花を摘みながら楽しそうに話す。
「ではタンポポの水車でも作りましょうか」
 青嵐の言葉と共にタンポポの茎で作った水車が回る。
 流石に川が無かった為、息で回しているがくるくると回るタンポポは少女の興味をひいたらしい。
「可愛い、ですわ」
「此処に切りこみをいれるんですよ」
「すごーい、涙花ねーちゃん出来た!回してみようよ!」
「‥‥はい!」
 ネーヴの言葉に息を吹きかけ水車を回す。
「涙花さんは器用ですね」
 雪切の言葉に首をかしげる涙花、その視線の先にいびつな花冠を持った有為がいた。
「では、シロツメクサの蜜を舐めてみましょうか」
「‥‥甘いですわ」
「ホントだー、蝶や蜂が喜ぶのもわかるね!」
 ネーヴの声に頷いた涙花、水車を作った後のタンポポの花を青嵐の持つ人形に差し出す。
「この、お人形さん、喋るのですわね」
 腹話術で動かしているのだが、青嵐は笑みと共に有り難く受け取った。
「‥‥楽しんでるか?」
 不意に声をかけたのは日和、差し出した花は季節遅れの真っ白なジンチョウゲ。
「一輪だけ咲いていたから‥‥」
 ジンチョウゲの強い香りを吸い込んだ涙花が嬉しそうに眼を細めた。
「涙花さん、疲れてはいませんか?」
 ヤマモトの言葉に少し戸惑ったように涙花は眉尻を下げるが小さく頷く。
「少し‥‥」
「なら、少し休もうか」
 日和が木を指さす‥‥どうやら花摘みと共に探していたらしい。
 無理させてはいけない、一向は木陰で休息をとる事にした。
 木陰で涼しい風に吹かれながらヤマモトの奏でる曲に耳を傾けつつ、そう言えばとノールが切りだす。
「少し前にジルベリアに行ったのだが、同行していた吟遊詩人がなかなか面白いやつで。三味線を奏でていた‥‥ジルベリアの酒場で三味線というのがなんとも個性的でな。あれ以来、楽というものに興味を持ったのだが、涙花は楽などに興味はあるか?」
 問いかけられ、話を一言も漏らさないように聞いていた涙花が頷く。
「琴を、少し‥‥」
「そうか‥‥また、機会があれば聞いてみたいものだ」
 はにかんだように笑い頷く涙花、その笑顔が一瞬曇る。
 そこに違和感を感じたのはノールだけではない‥‥詳しい訳を開拓者達は知らされていないが何かがあるのだろう。
「そう言えば、涙花さまにとってお姉様とはどのような方ですか?」
 布施が共通の話題でも、と姉の話を持ち出す。
「私は少し、席を外そう」
 ならば、と護衛にと口を開いた開拓者を制して花畑の方へと向かう。
「姉上?」
 涙花の言葉に大丈夫、と頷くのはネーヴ。
「私達を信じて、ね?」
「はい‥‥ありがとう、ございます。姉上は‥‥厳しい方ですが、よくして下さいますわ」
 それ以上は口を開かない涙花を見て、布施は口を開く。
「素敵なお姉様ですね‥‥今は亡き私の姉も文武に優れ正義感の強い、優しくも厳しい素晴しい人でした。家事は少々苦手なようでしたが」
 微笑む布施‥‥姉のようにありたいと、努力する彼女の先に映るのは姉の姿だろうか。
「布施様も、優しくて、素敵な方だと思います」
 花冠を示して微笑む涙花に苦笑する。
「姉って言うのも大変よ、私は弟がいるけれど‥‥心配でしかたがないわ」
 井伊の言葉に徐々に熱がこもる‥‥クールな外見からは想像が出来ない程熱い。
「小さい頃からマイペースだったけど、見えないところで頑張り屋さんだったり‥‥料理が上手で、私の誕生日には必ずご馳走をふるまってくれたり。それに女の子にモテて気が気じゃない」
 弟こそ全てね、と晴々とした表情で言い切った姿は堂々としていた。
「でも、人を好きになったり、その人の良い所を探したりすると毎日が楽しくなるし、生きる活力が沸いてくるわ。涙花ちゃんの場合は、対象は有為さんかしらね?」
 打って変わって真面目な口調になった井伊に、涙花はゆっくりと頷く。
「自慢できる存在があるっていうのは‥‥なんかいいな」
「日和様、は?」
 涙花の言葉にゆっくりと日和は首を振る‥‥彼女には旅をする前の記憶は無い。
「花や自然を知る日和様、素敵だと思いますわ」
 手に持ったジンチョウゲの香りは、甘い。
「涙花さんは、雛祭りはしましたか?」
「飾り雛、は用意して頂けましたが‥‥」
 では、と雪切は口を開く。
「僕の経験した雛祭りは菱餅に暴走‥‥いえ。梅の花も咲き、桃もこれからという時期で、皆で宴会をしました。満開の梅の香りに埋もれ、ああいうのは何度やっても楽しいんだろうなぁ」
 自然は好きですが、ジルベリアでは中々出来ないと雪切は漏らす。
「楽しそうですわ‥‥」
「ただ、その時にお雛様がなかったのが残念ですが‥‥無いなら作っちゃえばいい」
 取り出した折り紙を折って、生まれた雛人形。
 魔法を見たように涙花の瞳が驚きに満ちる。
「ふふっ、やってみますか?」
 コクリと頷いた涙花と共に、誘われた開拓者達も各々雛人形を作り出す。
 9体の雛人形はきっと、確かな思い出になるだろう。
「そろそろ行こう‥‥あまりゆっくりしては日が暮れる」
 戻ってきた有為が先を促す、手には花冠―――あれからずっと作っていたらしい。
「あら、上手に出来たじゃない」
「上達もする‥‥」
 井伊の言葉に有為は返し、チラリと目的地の方を見た。
「わかりました―――もう、大丈夫ですか、涙花さん?」
 ヤマモトの言葉に涙花はゆっくりと頷いた。

●受け継がれる生命
「花も沢山摘めたねー」
「はい、沢山‥‥」
 ネーヴと涙花の手には野の花々、墓についた一向はそれぞれ行動を始める。
「私達は周囲を見回っていましょう」
 布施に続いて他の開拓者達も見回りを始めた。
 掃除の手伝いを進み出た青嵐と井伊が残る。
「お墓参りは、故人の為に行うというのもありますが、お参りする人の為に行うものでもあるのですよ」
 近くに広げた布の上、掃除をする開拓者と有為を寂しげに見ていた涙花が首を傾げた。
「自らの過去、祖に思いを馳せ、現在の自分を見つめ直す為に、ね。お墓の人に『私は、貴方が誇れるような成長をしていますか?』と問いかけるのですよ」
 青嵐の墓参りへの考え。
「青嵐様、は‥‥そう、しているのですか?」
 涙花の問いかけに、どうでしょうか、と彼は誤魔化す。
「さ、終わったわよ‥‥私達は少し離れているから何かあったら呼んでね」
「ああ、ありがとう」
 閑散とした墓地、貴族の者が眠るにはあまりに寂しい場所。
「誇れる、自分で‥‥」
 震える涙花の背を有為が撫でようとして、手をひっこめる。
 あからさまな優しさを与えるには、あまりに複雑すぎて。
「心の中の、その人が笑ってくれるような自分を目指して前に進む。それが誇れる成長であり、故人を忘れない方法でもあるでしょう」
 墓地を後に、青嵐が涙花に言い聞かせる。
「笑って、いてもいいのでしょうか‥‥」
 彼女が覚えているのは、悲しげに笑う、父と母の姿。
「花は散りますが、種を作っては次の生命に繋げていく‥‥涙花さんも同じ、そこから先があるんです。人の縁も同じ。また、何かあったら呼んでください。喜んで参りますよ」
 指きり、と差し出した雪切の指を不思議そうに眺める涙花、苦笑しながら指きりを教える雪切。
「アヤカシもいる、良いところばかりじゃない。でも、ここにはあんたの知らない楽しいことも沢山あるよ」
 日和がブレスレット・ベルを涙花に渡す。
 その音色は、何処までも澄んでいた。
「ありがとう、ございます―――綺麗な、音」
「いずれ、合奏出来るといいですね」
 ヤマモトがブレスレットを見て、口にする。
 それに涙花が頷いた。
 離れた場所、ノールと有為がその姿を見守る。
「あんな年端もいかない少女が、生きる意志を無くすなど‥‥病気か?それとも」
 眉根を寄せる有為を見てノールは首を振った。
「深くは詮索しないが、我々が与えられるのはきっかけだけ。それを今後どう捉え育てるかは彼女自身。そしてそれをどう活かすかは近くにいる者達次第だ」
「ならば、私達は、花菊亭は涙花を殺してしまうだろう‥‥きっと」
 牛車がやってくる、それは外界から引き離される合図。
 それを知る有為と涙花の表情が曇る、が涙花は開拓者の方を振り向く。
「本日は、ありがとうございました。わたくし、とても楽しかったですわ」
 手にしているのは折り紙の雛人形。
 大切にします、と残して涙花は御者に促され、有為と共に牛車に乗り込んだ。
 その日、涙花の住まう座敷牢には、折り紙の雛人形、タンポポの水車やシロツメクサの花冠が飾られていた。
「(外に出れないならせめて‥‥四季を、生命を、この身で感じたい)」
 楽しい日を思い出し、興奮が冷めぬ涙花は桜色の頬で格子窓から空を見る。