【直姫】ただ、家の為に
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/22 02:18



■オープニング本文

●光の射さない場所で
 月の光すらない、闇夜。
 今日は新月、深い闇に閉ざされる日。
 輿から降り立った女性、花菊亭・有為は誰に言う事も無く口を開いた。
「そう言えば‥‥広川院にキナ臭い噂が出ているようだな」
 『広川院』と言えば有為の家である『花菊亭』と反発している家である。
 ある事が切欠で没落した花菊亭、そしてその切欠で位の上がった広川院。
 両者の家の間には確執がある。
「使用人を殺しては楽しんでいる―――らしい、か」
「おや、そんな事を言っていいんですかい?」
 砕けた口調で言ったのは御者、一期一会の出会いではあるがこうして有為が使用人ではない御者を選んだのには訳があった。
 家の為に使用人を切り捨てる‥‥それほど珍しい事ではない。
 だが、使用人にしてみれば別。
 生活を失った者は食いぶちを稼ぐのも一苦労、恨みを持つ者も多い。
 それに、使用人の間に情が芽生える事も少なくは無かった。
 そして―――有為の情報によるとこの御者は、広川院の人物。
「今度は女性が殺された、とか―――ああ、喋りすぎたな」
 御者に軽く労いの言葉を述べ、彼女は屋敷の方へと歩き出す。
 追ってくる問いかけの声、それに返事を返さず彼女は薄く笑みを浮かべたのだった。

●ただ、家の為に
 それから、数日後―――時刻は夜。
 ジジ‥‥と火が油をなめる音が聞こえる。
「父上、それ以上はお体に触ります」
 そう言って筆を動かす手を止め、父を見た有為。
 開拓者達のお陰で元気は出たものの、この当主はやはり身体が弱かった。
「ああ‥‥そうだな、あとは頼む」
 難しい顔をして書簡を眺めていた当主は目頭を押さえ、息をつく。
「何やら、問題ごとが?」
 無表情に少しの心配を交えて問いかける。
「いや‥‥いい、書簡はお前が厳重に保管しておいてくれ」
「わかりました、父上」
 保管しろ、と言うのは言外に任せると告げているものだ。
 見てはいけないと言っている訳でもない。
 それに、内容は予想がついた。
「では、私は書簡を纏めますので‥‥どうか、お休みになられて下さい、用意を」
 既に用意は出来ておりますとの言葉に有為は頷く。
「お休みなさいませ、父上」
「ああ、ご苦労だった‥‥」
 静かに父の部屋を後にした有為は書簡を持ち、自室へと向かう。
 揺れる蝋燭の明かりを頼りに綴られた文字を読み、笑みを浮かべた。
「意外と、早かったな―――まあ、これで貸しが出来るだろう」
 差出人は広川院、浚われた姫を救出して欲しい、との事だった。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
ケンイチ・ヤマモト(ib0372
26歳・男・吟


■リプレイ本文

●夜明けと共に
 受け渡し指定日の朝、8人の開拓者は花菊亭家の前に集まっていた。
「姫様が拐かされた割に、下手人の始末を優先‥‥怪しさ満点でござる」
 そう呟いたのは炎龍、きしゃー丸を連れた四方山 連徳(ia1719)だ。
「一千万文となりゃ、素直に出すより殲滅を、ってのは分からんでもないけども‥‥」
 四方山に同意するように酒々井 統真(ia0893)も頷く。
 姫の安否よりも先に、完全討伐‥‥そして確執のある花菊亭家に頼んだという事実。
 不可解な動きに疑問を抱いた開拓者は多かった。
「広川院の何かを、知っているのでしょうか‥‥」
 此花 咲(ia9853)は相棒の駿龍に触れつつ息をつく。
 幾つもの罠が張り巡らされているようで、背筋がしびれるような気がした。
 身を切るような空気に身を震わせながら、シエラ・ダグラス(ia4429)は翡翠色の瞳を相棒、パトリシアに向ける。
「頭の悪い私にだって、利用されていることぐらい解ります‥‥でも人質の命が大事ですから」
 ケンイチ・ヤマモト(ib0372)がダグラスの言葉に同意するように頷く。
「そうですね、依頼はこなさなければいけませんから」
 踏み入れた以上は、こなさなければいけない‥‥自分がどこまで出来るかは分からないけれど。
「すまない、遅くなった」
 そう言って小型飛行船から降りて来たのは依頼人である花菊亭・有為。
「お久しぶりです。有為さんの顔が見れて良かったですよぉ」
 炎龍、帝釈を連れた井伊 貴政(ia0213)が手をあげて有為に挨拶をする。
「‥‥壮健そうでなにより、まあ火遊びも程々にな」
 あからさまに疑ってかかり、有為は近づいてきた人物に視線を移した。
「おはようございます。ぶしつけですが、直姫様。一つ、聞かせてください」
 そのまま安達 圭介(ia5082)の言葉の先を促す。
「これは本当に『ただの』人質事件なんでしょうか?」
 越権行為と言われればそれまでかもしれない、しかし行動する以上納得していたいと言うのが安達の考えであった。
 金銭だけで動く人間ではない‥‥心中を知ってか否か有為は聞き終え口を開く。
「私にとっては『ただの』人質事件だ」
 その、何かを知っているような言葉に安達の表情が一瞬硬くなる。
 成り行きを静かに見守っていた風雅 哲心(ia0135)はやがて極光牙の首を軽く叩き、目的の方向を見据えた。
「今はとにかく気にしないようにするか。目的の敵に足元すくわれたら話にならないしな」
 もっともな意見だった、分かるのか否かは彼にも分からない。
 が、実際着実に片付けなければならないのだけは理解していた。
「とーま、無理しないでね」
 ルイが酒々井と飛行船に乗り込みながら小さく呟く。
 不審そうに有為を見ていたが安心させるように頭を撫でる酒々井の手に『子供じゃない』と呟きルイは飛行船の一角に座りこんだ。
「パティ、気を抜かずに行きましょう」
 純白の身体を持つダグラスの相棒、パトリシアは一つ鳴くと強く大地を蹴る。
「行きましょうか、斎利」
 一拍置いて観察するように周囲を見回した安達の相棒、斎利が静かに頷いて銀閃を描き空を舞う。
 此花とヤマモトの駿龍も後に続き、井伊の帝釈、四方山のきしゃー丸。
 酒々井とルイ、そして有為の乗った飛行船、最後尾を守るように風雅の乗った極光牙が配置した。

●雪山を超えて
 険しい山々など、空を飛行する龍や飛行船には不利にはならない。
 高空を飛ぶ為、風の強い場所は飛行船の針路もずれたが件の場所に到着するのに3時間もかからなかった。
「あれが件の山ですか」
 ヤマモトが呟いては後ろを飛ぶ井伊、風雅、酒々井に合わせる。
「じゃあ、こっちは任せるでござる」
 四方山がきしゃー丸をバシバシ叩きながら任せろとばかりに笑った。
「引き付けは任せました」
 此花は距離を見て、得物を理穴弓に変更する。
 軽く弦を弾いて具合を確かめた。
「事情がどうあれ彼らを許すつもりはありません」
 一瞬、利用されているのでは‥‥と言った考えが脳裏に過ぎってダグラスは頭を振った。
 今は、そんな事を考えている場合ではない。
「(もし利用されていても、それならそれで愚直な自分らしい‥‥)」
 諦観、それはパトリシアの手綱を握り締める事によって振り払う。
 突撃班4名が敵を攻撃、背後から撹乱を行う算段だった。
 突撃班が集中砲火を受けるのはある意味仕方が無い‥‥覚悟済みなのか、開拓者達に迷いは無い。
 井伊が帝釈を駆り、敵陣に飛び込む。
 見張りをしていた一人の偽志が敵襲だと声をあげ、駿龍を飛ばす。
「畜生、奴等の差し金かっ!」
「人質を返してもらいに来ましたよ!」
 その通りと不敵に笑った井伊の、腹の底から出した雄たけびが、まばらに散った偽志を引きつけた。
 4人だけか?と周囲を見回す偽志達をヤマモトの駿龍が蹄鉄で踏みつける。
「敵は此方ですよ!」
 踏み込んでは、離れる、それを繰り返すヤマモトの隣で、風雅と極光牙がその硬さを生かして引きつけを行う。
「確かに早えぇがな、俺の相棒に傷一つつける火力があるかどうかだろ。こいつの硬さを甘く見るなよ!」
 風雅の言うとおり、絡みつくように爪を立てる偽志の駿龍だったが鋭い爪や牙も硬質化の前に大した効果は得られていない。
 だが、偽志2人に2匹の駿龍―――硬い守りも長くなれば不利。
「手前ぇらにも刻み込んでやる。星竜の爪牙をな!」
 牽制の為、桔梗突によるカマイタチを放ちつつ、返した刃で攻撃を受け止めた。
 青の光で受け流された事に気づけば、次に襲い来る斬撃を刀で受け止める。
 井伊とヤマモトは2名の敵を相手にしていた。
 即射を交えた矢の攻撃は、二人に近寄る隙を与えない。
 だが、練力が尽きるのもそれ程は遠くないだろう‥‥だが、やはりそれを待っている訳にはいかない。
 激昂した偽志達が人質を盾にしないとも限らないのだから。
 井伊が声を潜めてヤマモトに話しかける。
「僕が引きつけてみるから、その間に仕留めてくれる?」
「わかりました、やってみましょう」
 その言葉と共に井伊は帝釈の首を軽く叩き、全速力で敵陣へ突っ込む。
 弓術士を射程距離に捉え、そのまま咆哮で引き付ける。
 まっすぐに飛んだ矢が肩に刺さるが、それでも速度は落とさない。
 そのまま、回転切りを放つ―――後退する事で射程を外れた弓術士の駿龍はヤマモトの駿龍が押さえこんだ。
 そのまま、ヤマモトの駿龍が蹄鉄を叩きこみヤマモトはハープで戦いの音色を奏でる。
 その音色を聴きながら、敵の一人を仕留めて井伊は息をついた。
 援護の為に、ヤマモトと彼の駿龍の方へと近づく。
 彼の相棒は蹄鉄で翼を裂き、井伊が腹を斬った。
 赤い血しぶきを纏いゆっくりと減速していく弓術士の龍、二人は確実に弓術士の息を止める。
 後方に位置する飛行船の方も、熾烈を極めていた。
 襲撃に当たった4名の中で形状が違えば嫌でも目につく。
「敵が多いな―――狙いっちゃぁ狙いだが」
 龍の翼を狙い、空波掌を繰り出す酒々井だったが2名、前と後ろで囲まれると突っ切るのも難しい。
「とーま、大丈夫?」
 御速靴で飛行船に近づく敵を払いながらルイが酒々井を振り返る。
 近づいてきた敵を一息に三回攻撃する―――泰練気法弐で確実に事切れたのを確認したところで大丈夫だと返答した。
 無防備になった偽志の左胸を有為の矢が確実に射抜く、まるで何を置いても息の根を止めるのが肝心だと言いたげな行動。
 横から仕掛ける偽志は飛行船を狙う事にしたのか、ギシリギシリと怪しげな音ともに斬撃符が仕掛けられる‥‥それを空波掌で牽制し奇襲班へ視線を移した。
 奇襲班は突撃班の奮闘の甲斐もあり、襲い来る偽志は少ない。
 驚いた声を上げ、呼笛で合図しようとした偽志の手を四方山の斬撃符が襲う。
「装備をモリッと新調することによって、文明開化した拙者がズビズバーっと解決したりしなかったりするでござるよ!」
 気合は十分、チャージで力を溜めたきしゃー丸が風斬爪で攻撃する。
 遠くから駿龍に乗って援護とばかりに矢を放っていた此花が得物を変更し、チャージで力を溜めさせては四方山に続いて攻撃を放つ。
「残念ながら、逃がす事は出来ません。覚悟はしていたのでしょう‥‥?」
「逃げる気は無い、全て終える事が出来れば―――」
 手綱を握る手が掲げられ、身体が捻られるような此花の身体に痛みが襲う。
 間違いなく、相手は巫女だ―――手早く片づけようと全力移動で近づき居合で斬りつける。
「待って下さい、全て終える‥‥?」
 安達が神風恩寵で傷を癒しながら、近づいて声をかける。
「奴等の飼い犬には関係ない!」
「何か勘違いしているようですが―――っ!」
 鋭く振るわれた偽志の駿龍の爪を後退する事で回避し、労わるように相棒を撫でながら手綱を握り締めた。
「回り込みますよ!」
 斎利に全力移動を命じ、回り込んではその鋭い爪でクロウを命じるが、相手は高速回避で避ける。
 続いて放たれた咆哮に相手がサムライだと気づく。
「斎利、落ち着いて下さい!」
 引きつけられた斎利を押さえようと手綱を引くが、珍しく闘争本能に火がついたのか中々収まらない。
 ならば、攻撃に移るのみと、胸の重石を取りはらうように深く息を吐いて爪で攻撃させた。
「きしゃー丸が暴れたがっているので助太刀するでござるよ!」
 同じく引きつけられたのか、四方山のきしゃー丸が飛び込んでは風斬爪で攻撃する。
 続いて回復とばかりに四方山も砕魂符を放つ。
 2名に挟み撃ちにされた偽志が回転切りで突破口を開こうとするが、珍しく好戦的な斎利が爪で黙らせる。
「姫君をお返しすれば、穏便に済ませますが‥‥そんな気はなさそうですね」
 やり取りを聞いていたダグラスも、相手の意志が強い事を知ると同時に不穏な空気を感じ取りつつパトリシアに全力移動を命じた。
 同じく全力移動で回り込もうとした偽志にフェイントを浴びせる。
 虚を突かれた偽志は攻撃の照準がぶれ、パトリシアに合わせて回避したダグラスは平突を叩きこむ。
 まともに入ったのか、口から吐血する偽志に二度目の攻撃を浴びせた。
 敵の偽志も負けてはいない、弱点を狙うように霊破斬で非物理攻撃を仕掛ける。
 パトリシアに向けて精霊の力が解放され、不意を突かれガクリと揺れた。
「パティ、持ちこたえて!」
 言葉と共に、ほど近い場所にいた四方山がニッと快活な笑みを向け、治癒符を使用した。
「貸し一つ、でござるよ?」
「わかりました―――では、いずれ」
 大きく頷いてダグラスが四方山に礼を述べる。
 ダグラスの放った平突、そして四方山の斬撃符が偽志の一人を屠った。

●形勢逆転、そして反転
 傷つきながらも、徐々に敵戦力を減らしていく開拓者達だったが、敵も志体持ち。
 自分達に疲弊が来ている事は否めない。
 特に、一人で二人を受け持っている風雅の疲弊は大きかった。
「しぶといですね‥‥」
 神風恩寵で傷を癒していた巫女が呟く。
「ですが、目的さえ―――」
 達成すれば。と呟いた刹那、敵の巫女の駿龍が全力移動で宙を駆ける。
 不味い、と極光牙を急がせる風雅だが、志士が立ちはだかった。
 それをスカルクラッシュで迎撃するが、頭突きを食らわせたところに流し斬りが入る。
「此処は、通さない‥‥」
「それでも、通らなきゃならねぇんだよ」
 すかさず硬質化を使用し、防御させるがまともに入ったのかダメージは少なくない。
 手早く片付ける為に、桔梗突を使用しつつ片手で刀を一閃させた。
 ピィーっと呼笛の音が響き、偽志達が笑う。
 仲間を半分失って尚、彼らの眼には輝きがあった。
 狂気にも似た、純粋な輝き。
 背筋が冷えるような視線だと、安達は思う。
「武器を捨てろ‥‥姫の命が惜しくば」
 ナイフが既に頂点から西へと動いた太陽の光を受けて鋭く光る。
「何故にこの様な事をしたのですか!お金だけが目的で、こんな大それた事を‥‥?」
 疑問に思っていた事を此花が口にした‥‥聞いてみたかった事だ。
「金など、いらない―――ただ、自分の犯した罪に懺悔するのなら」
 震える姫を腕に抱き、偽志は熱に浮かされたような口調で続ける。
「私欲の為に、最愛の人をなぶり殺された痛みを‥‥」
 知ればいい、と口にした偽志を見て静かに口を開く者がいた。
「それで、満足できるとは思えませんけどねぇ」
 井伊に続けて、安達も静かに言った。
「憎しみを繰り返して、得られることなどありませんから―――」
「でも、まあ‥‥人質を取られるとどうしようも無いんだよな」
 頭を掻いては苦笑気味に手を上げる酒々井、降参、と口にした時、人質を取った巫女の背後から紛れさせたルイが偽志の後頭部へ蹴りを放つ。
 その場に倒れた姫を守るように、立ちはだかった。
 それを合図のように酒々井と有為の乗った飛行船が一気に距離を詰める。
「広川院の姫をなぶり殺したところで、全く意味のない事だ」
 即射にて射程を延ばした有為の矢が真っ直ぐに巫女へと向かう。
 それを受け止める為に術を使って防御を高めた巫女だったが、防御を優先させた為一人の存在に気づくのが遅れた。
 もっとも近いところにいたダグラス、パトリシアを急がせる。
「大丈夫ですか?私は姫を助ける為に雇われた、開拓者のシエラ・ダグラスと申します」
 怯えた様子の姫に穏やかな口調で話しかけ問いかけた。
「ええ、大丈夫です」
 広川院の三女だと名乗ったその姫は、来た開拓者が女性である事にかダグラスの物腰が丁寧な事にか、震えながらもしっかりと礼を述べる。
「必ず、お守りします」
 そう宣言したダグラスはパトリシアに姫を乗せると離脱を図った。
 人質がいなくなれば、遠慮はいらない。
「降伏、してくれますか?」
 或いは幾ばくかの期待を持って此花が口を開く、が―――偽志達は静かに首を振った。

●最期の聖戦
 酒々井が巫女に泰練気法弐を放つ。
 嫌な感触が手に伝わった―――逃げろ、と咆哮を使用し、引きつけようと試みるサムライ。
「取引や交渉は含まれていないでござる」
 涼しい顔で、攻撃を凌いだ四方山が符を構えて斬撃符を放つ。
 互いに情けは無用、と言う事なのかもしれない―――少なくとも、これは生死をかけた戦い。
 瀕死の巫女に斬撃符が突き刺さる。
 崩れ落ちた巫女は、何故か笑っていた。
「男なら、やってはならねぇ事くらい、わかってるだろ?」
 敢えてサムライへ向かった風雅が極光牙にスカルクラッシュを命じ、体当たりを食らわせる。
 そしてそのまま桔梗突を放ち、敵の怒りにも、悲しみにも似た白刃を刀で受け流した。
 泣いているような、サムライの瞳に目を細める。
 此花も飛び込んでは、二本の刀を操り変則的な攻撃を放つ。
 上から、下から―――風雅の刀が偽志の腹を貫き、此花の刀が頸椎を捉え、サムライは言葉にならない言葉を、紡ぎ絶命した。
「せめて‥‥」
 道連れに、と陰陽師が吠える。
 陰陽符を構え、全力移動で移動する敵の駿龍。
 人質救出の為に意識が逸れていたのは否めない、しかし反応が遅れたのは明らかに有為の失態だった。
 飛行船へ向かう偽志を迎え撃つ為に弓を引き絞る、有効射程、だが焦りがその腕を鈍らせる。
「直姫様!」
 大丈夫ですか、と斎利を突撃させ敵の駿龍の軌道を逸らした安達。
「大丈夫だ」
 短く答えて、有為は息を整え、渾身の力を込めて命中を上げる―――真っ直ぐに飛んだ矢は駿龍の喉笛に突き刺さり、痛みにより一瞬の隙が出来た。
 偽志は治癒符で治癒を行うが、離さないとばかりに斎利がしがみついている。
「道連れは良くないですねぇ、敢えて心を鬼にしますよ、僕は」
 赤鬼の名を具現するように、鋭い眼光が偽志を捉えた。
 せめて、痛みなく、と刀を振り下ろす。
 ガクリと崩れ落ちた陰陽師の手から、陰陽符に紛れて緋色のお守りが落ちた。
 何かと拾い上げようとした井伊の手を滑り落ちていく―――それを追いかけるように、陰陽師の身体が宙へ投げ出される。
 二つの影はゆっくりと、落ちていった。
 邪魔される事のない、場所へ‥‥

●ただ、その為に
 ヤマモトの奏でる曲が、静かに響いている。
 切ない調べは鎮魂歌だろうか?
 戦闘が終わり、死亡を確認した有為は『何か』を麻袋の中に放り込み開拓者達にひとまずの礼を述べた。
「直姫様、犯した罪、とは?」
 安達の言葉に有為は飛行船の傷を見ながら彼を見据える。
「広川院の罪については、私が知る由もない」
「全て終える、とは?お金はいらないと言っていましたが」
「偽志についても私が知っている事は無い、敢えて言うのなら怨恨だろう」
「偽志さん方には―――何かあったのでしょうか?何か伝えたかったような、気がするのです」
 此花の言葉にも表情を変えることなく首を振り、有為は姫の方へと視線を向けた。
「怪我は大したことがないみたいです」
 ダグラスに心許したらしい、広川院の姫はかすり傷などを手当てしてもらった後、もう一度龍に乗りたいと騒ぎだす。
「私は、構わないのですが―――パティ?」
 どう、とダグラスはパトリシアに声をかける。
 チラリと姫を見たパトリシアは機嫌悪そうに鼻を鳴らす。
「―――姫様、私の飛行船にお乗りください」
 見かねた有為の言葉に、しぶしぶ頷いた姫は唇をとがらせながら飛行船に乗り込む。
「では、俺が後方で護衛にあたろう」
 極光牙を駆る風雅が飛行船の後ろに付く。
「飛行船の中なら俺たちに任せろ」
「私だって、役に立つんだから」
 酒々井に続いてルイが口を開く。
「拙者も護衛するでござるよ」
 生存している龍がおらず、がっかりしていた四方山だったが、ダークヒーローの証とばかりに陰陽符を置いていくのだった。
「放蕩息子とはいえ武家出身の身。綺麗事では家名も立ち行かないのは分かりますが‥‥まぁ程ほどに」
 飛行船を操縦する有為の横に並び、帝釈に乗った井伊が口にする。
 怪訝そうに眉を上げた有為に向かって彼は続けた。
「あと、『家』には有為さんも含まれてるのを忘れないで。無理して心身ともに壊さないように‥‥。何かあったら力(と、この胸も)貸しますから」
「―――その力、頼りにしておこう」
 有為は暫し考えた後、静かに口を開き、閉じたのだった。

●後日談
「そうか、姫は生きて戻ってきたか―――惜しい事を」
 暗い部屋の中、蝋燭の明かりが揺れる。
 麻袋に入れられた八つの臓物を見ながら広川院当主は続けた。
「三女とはいえ、姫が死ねば花菊亭家に悪い噂も経っただろうに。まあ、憂いを絶っただけ良しとしようか」
 まるで、家の為なら何も惜しまないと言いたげな口調。
 傅く侍従も感情を押し殺す。
「では、当家で『処分』しますか?」
「いや―――まだ、使い道はある」
 茶碗の割れる音、小さく悲鳴が上がり‥‥足音が遠ざかる。
 険しい顔の侍従を目端に捉え、妙に落ち着いた恰幅のよい男、広川院当主は盃に酒を注ぐのだった。
 ‥‥一方、花菊亭家。
 当主である父の元を訪れた有為は淡々と口上を述べた後、父が手を上げ報告を制した。
「有為、お前が広川院の侍従に話を流したのか?」
「何故、そう思うのです」
「随分と、タイミングが良いと思ってな‥‥」
 父の言葉に、有為は微笑む。
「父上、考え過ぎです‥‥証拠はどこにもありませんよ『広川院が言うままに』私は行動しただけ―――姫は開拓者の働きにより無事救出しました、今のところ広川院に目立った動きもありません」
 今、広川院の姫が当主の考えを知ったら、どうなるのだろうかと有為は心の中で思う。
「では、失礼いたします」
 静かに父の部屋を後にした有為は暗い廊下を歩き、取り壊された広川院の屋敷の方角を見据える。
 所謂、愛人が住んでいたのだと聞く‥‥そこに集うのは無くなった女の怨念か、それとも生き延びた男の憎悪か。
「食おうとするなら、食ってやるまで」
 怨念も憎悪も関係ないとばかりに、有為は足を進めるのだった。