傀儡少女
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/18 11:55



■オープニング本文

●伝承、そして今
 アヤカシ‥‥
 瘴気が形を成して、災いを成す、いわゆる“バケモノ”
 史実を辿れば、その存在は天儀歴前、1000年程から登場する。

 開拓者‥‥
 志体を持ち、アヤカシと言った一般人が刃向かう事の出来ない者に太刀打ちできる“イタンシャ”
 史実には、天儀歴前、500年に初の大規模戦争が行われたと言う。

 時は、今。
 “アヤカシ”も“開拓者”も身近な現在。
 ―――一つの小さな村に、異変が起きた。
 世界を見れば、些末事。
 それでも、其処に生きる人々にとっては、些末事で済ますには、大きな、コト。

●少女は得物を携えて
 その村は東房の北部。
 魔の森に程近い山奥にあった。
「―――様、―――様!」
 自分を呼ぶ声に、その少女は目を開けて意識を外界に戻す。
「ただいま、参ります」
 歳は十代前半と言ったところだろうか。
 毅然とした表情とはうって変わって、その顔は幼い。
 喪服に身を包んだその少女は、大切そうに自らの両親の遺髪を持って、粗末な家を出る。
 哀しく響く鐘の音、そして小さな棺。
 そして―――
「逃げろ、アヤカシだー!」
 カンカンカンと村の警鐘が鳴る。
「お嬢様、お嬢様、逃げますよ!」
 侍女が少女の肩を叩いて、逃げるように促した。
「‥‥‥お嬢様!」
 誰かの悲鳴が響き渡り、肉を裂く濡れた音が空間を染めていく。
「大丈夫。私も、父上と、母上の、娘、ですから‥‥‥」
 笑みと共に、少女は家から一つの薙刀を持って、アヤカシの方へと駆け出した。
 直後、狼のようなアヤカシが次々と少女に襲い掛かり―――侍女を振り返った少女の瞳には、生気は、もう、なかった。
 異質な赤が、ニタリと笑みの形に歪む。
 弾かれたように侍女はその場から走りだした。

●開拓者ギルド
 その日、ギルドを訪れたのは慎ましい身なりの女性だった。
 喪服を着込み、瞳を赤く腫らした彼女は、誰かを失ったのだと、想像に難くない。
 ゆっくりと自分の名前が呼ばれると彼女は、皮袋に入った多いとは言えない貨幣を見せて、震える唇で言葉を紡ぐ。
「お嬢様を、お助け下さい」
 そのまま泣き崩れた彼女に、そっと受付係は単衣をかける。
 墨を磨り、依頼文を書き記す。
”―――憑依された少女はもう、生きて助けることは、出来ない”
 ポキリと折れた墨が、不吉な予感を醸し出していた。


■参加者一覧
天寿院 源三(ia0866
17歳・女・志
柊・忍(ia1197
18歳・女・志
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
木綿花(ia3195
17歳・女・巫
スロット(ia3531
24歳・男・砂
暁 陽花(ia3968
12歳・女・志
祐(ia4271
25歳・男・陰


■リプレイ本文

●森の中は碧く
 深い碧の森の中を8名の開拓者達が歩いていた。
 間に二人を挟み、陣形を崩さずに。
 朝日に輝く木々や、差し込む木漏れ日‥‥元来なら感嘆して見とれるような神秘的な場所だが、その時間は開拓者達にはない。
 張り詰めた空気が、支配している。
「気をつけて急ぎましょう。急がば回れ、です?」
 天寿院 源三(ia0866)が刀で目の前の草むらを払いながら、自分に言い聞かせるように紡いだ。
「四、か―――」
 その言葉に頷き、賽子を振って出た目を見たスロット(ia3531)が呟く。
 それを見た、柊・忍(ia1197)も自分の賽子を振っては、出目を見る。
 一、二、三‥‥最弱の手。
「悪い運はここで使い切りだ、やってやるか」
 気合を入れる2名を見て苦笑しつつ、木綿花(ia3195)と皇 りょう(ia1673)は木に付けられた目印に気付いて立ち止まる。
 事前に侍女から聞いた、罠の目印だ。
 スロットの機転で猟師から仕入れた情報は等しく伝達されており、猟師同士で交わされる符号には、丁寧に罠の種類まで刻まれている。
「罠が、あるわね」
 木綿花の言葉に皇も頷く。
「迂回していこう」
「闘う前に緊張してしまうの」
 不自然な葉っぱを蹴り飛ばして罠を見せ付けてから、斉藤晃(ia3071)が呟くが、その表情は不敵な笑みを浮かべている。
「‥‥ああ、そう出来る程―――」
 祐(ia4271)の言葉を遮るように、心眼を使っていた暁 陽花(ia3968)が声を上げる。
「敵だよ、数は十!」
「距離はどれくらい?」
「20m、囲まれてる!」
 木綿花の言葉に暁が答え、無言でスロットが弓を射る。
 グゥと低い唸り声がして、狼型のアヤカシの横腹にブスリと矢が突き刺さった。

●群れに潜むもの
 刺さった矢も気にせずに疾走し、距離をつめてきた手負いの狼の首を皇の刀が一刀両断する。
「誇り高き御霊よ、天より御照覧あれ!」
 それに呼応したというのか、狼が咆え、それと同時に敵陣に突っ込んだ皇の刀が閃く。
 次々と現れた敵の姿に、柊が口角を持ち上げた。
「やってやろうじゃねぇか!」
 襲い来る狼を一刀の元に斬り伏せる。
 倒れる姿は目端で確認し、次の攻撃へと移る。
「無意味、です」
 淡々と呟きながら、祐の手からシキが放たれ、狼の動きを止める。
「往生せいや!」
 斉藤の長柄斧は狼の首を弾き飛ばし、地面に食い込んだ。
「うっ―――このっ!」
 長巻による受けに徹していた暁の足の横を疾走した狼の牙が掠める。
 すぐさま、手の中で持ち替えて背後から仕留めるように長巻を振るう。
「絶えず咲き輝けるを御心に―――神風恩寵」
 木綿花の柔らかな言葉が、響く。
 大丈夫と微笑んで、暁は狼の胴から長巻を引き抜いた。
 一匹、また仕留めた天寿院は驚きの声を上げた。
「皆さん、村が、見えてきています!」

●傀儡少女
 襲われた場所で、村は見えていなかった。
 なら、これは‥‥
「嵌められましたね」
 祐が呟いて、皇が頷く。
「相手の目的は罠にかけることでは無くて‥‥」
 罠に気を取られて消耗したところを襲う―――
 キ―ンっ
 金属音が響き渡る。
 不意打ちの攻撃を天寿院が受け止めた音だ。
 黒髪を靡かせ、口は裂いたように紅い、少女のアヤカシ。
「確認致します。お戻りになる気は?」
 一歩退いて、天寿院の足を払うように動いた薙刀が、答え、だった。
「天寿院、伏せろ!」
 横踏で交わし咄嗟に体勢を低くした天寿院の頭上を少女に向かってスロットの放った矢が飛んでいく。
 僅かに身をよじってかわそうとする少女だったが、ブスリと肩に突き刺さり、衝撃で背後に軽く飛びずさっては体勢を立て直す。
 痛みに顔を歪める様子も、ない。
 それは、完全に人であることを忘れた、否、少女はもう、人ではなかった。
「ったく、的が動くんじゃねぇ!」
「‥‥敵、ですから」
 矢の後ろを祐の呪縛符が追いかけ、完全に後ろ手に回っていた少女の手足に絡みつく。
 背後では、皇が狼2体を斬り伏せたところだった。
「埒があかないな‥‥」
「わし等は目の前の敵を片付けていくだけや!」
 斉藤の咆哮に引き寄せられ、距離をつめてきた狼の群れを斧が横に薙ぎ払うように動く。
「うん、アヤカシを倒す為に、彼女を、待っている人のところへ戻す為に!」
 避けるために身を低くした狼の胴を暁の長巻が真二つに裂く。
「その為に、今は―――」
 木綿花の力の歪みが狼を捻りつぶす。
 目の前で歪む仲間に怖気づいたのか、一瞬、狼が怯む。
 その瞬間を逃すほど、開拓者と言う人種は甘くない。
「いくぜ!これが俺の必殺技だ!」
 炎魂縛武によって、紅い炎のような光を纏った柊の刀が怯んだ狼を一刀両断する。
 肉片となった狼達はやがて、黒い瘴気へと還っていった。

●少女の手には
 大きく踏み込み、俊敏な動きで刀を真一文字に振るう皇。
 その切っ先は震えていたが、それでも、少女の腹部を抉るには十分だった。
 咄嗟に反応した少女のその背を、スロットの矢が射抜き、少女は地に伏す。
 それでも尚、少女の手から薙刀は離れない。
 完全に肉体を断ち切るしか、無いのか―――
 祐が一抹の希望をもって、砕魂符を放つ。
 理解はしていても、受け入れられないのが人。
 再び顔を上げて、立ち上がろうとする少女の瞳は、相変わらず生気のないアヤカシの瞳。
 その瞳に、二度と、親しい人が映ることは無い。
「見て、いられぬ」
 震える手に刀を持ち、振り下ろそうとした皇の肩を叩いて、斉藤は首を振った。
 そして、酒でも飲んで、弔ってやろう。
 振り下ろされた斧は、少女の首と胴を確実に切り離した。
 断ち切る骨の音は、空に悲しく響いて―――消える。
「例え昨夜寝所を一緒にした女でも酒を飲み交わした男でも今日の戦場であえば殺し合い。終われば夜は弔い酒。それでしまい。‥そうはでけへんのやろうな」
 自嘲か、それとも、世の無常さか。
 いつか、同じ目に遭うかも知れない―――小さく息を吐いて、木綿花は目を閉じた。

●彼女への手紙
 全てを終えた頃には、太陽が西に沈みかけていた。
 幸いと言うべきか、少女の身に付けていた衣服、薙刀は残っていた。
 木綿花はそれを大切そうに拾い上げる。
 その横では暁が薙刀の土を払いながら、黒い瘴気がゆらりゆらりと揺らめく少女の遺体に視線を彷徨わせていた。
「此れは―――」
 カサリと音を立てて衣服から落ちた紙を天寿院が拾い上げる。
 何気なく紙を開くと、達筆な字で文字が書かれていた。
「大切な私達の子供へ
 先に逝ってしまう私達を、どうか許してください。
 私達は、今、私達がこうなることで、貴女が安心して生きることのできる世の中。
 それが作られるのなら、この結末でも構わないのです。
 貴女は、身勝手だと言うかもしれませんね。
 でも、それが、親、なのです。
 貴女を産んだ、母と、貴女を望んだ、父なのです。
 どうか、貴女の未来に、幸があらんことを‥‥‥
 大切な、夢乃へ」
 読み終えた天寿院の茶色の瞳から涙が零れ落ちる。
「こんな事って‥‥‥」
「天佑のあらんことを―――」
 祐がそっと呟く‥‥彼もまた、アヤカシによって養父を失った。
「武器に、手紙に、衣服、か」
 スロットが集めた遺品を見ながら、呟く。
「村の内部も、見てみよう―――逃げ遅れた人も、いるかもしれない」
 暁の言葉に、静かに全員が首肯した。

●生者のいない村
「誰も、いないね―――」
 先陣をきって中に入った暁の言葉に辺りを見回した皆が頷く。
「血の臭いはしねぇな」
「心眼、お願いできますか?」
 木綿花の言葉に、頷いたのは皇だった。
「―――少なくとも、30m以内には居らぬ」
「逃げに徹していたようですから、殆ど死者はいないとは思いますが‥‥」
 侍女の話を思い出しながら、祐が呟く。
「探して、みましょう。せめて、村の様子だけでも、知りたいです」
 木綿花の言葉もあり、8人は歩を進めた。
 荒らされた村の中は、静かなものだった。
 土を踏みしめる音が妙に耳に付く。
「なんだ、これ」
 ボロボロになった木箱が足先に当たって、スロットが足を止める。
 中は空‥‥否、刀や弓が治められている。
「此れは―――白装束ね」
 白装束、死者に着せる、服―――そして、刀、弓。
 中身はない、されど‥‥‥意味することが理解できて、各々、小さく息をつく。
「これも、持って帰ってやろうぜ」
 ボロキレのような白装束を拾い上げ、柊がポツリと呟いた。
 誰も、異を唱えるものはいない。
 周囲を軽く見回り、他に死者がいないことを確認した開拓者達は静かに村を後にした。

●生きた証を
 後日、開拓者ギルドを訪れた開拓者達を迎えたのは、憔悴した侍女だった。
 無理に笑みを浮かべる姿が、酷く痛々しい。
「無事に、お帰り下さって、ありがとう、ございます」
 泣き叫んで嗄れた声が、妙に悲しくて、スロットは一言告げて、外へと向かう。
「お嬢さんの‥‥形見、です、あと、お嬢さんのお父さんと、お母さんの―――」
 おずおずと言った様子で、木綿花が遺品を差し出す。
「‥‥ごめん。何に謝るのか自分でもわからないけれど」
 眉尻を下げて、暁も言葉を発する。
「まだ割り切れへんのやったら、殺したのはわしらと思って恨んで生きる気力になるならそれもええ。ただその品見て少女がてめぇがどう生きて欲しいのかは、よう考えるこっちゃで」
 一つ一つ、自分にかけられる言葉に、侍女は頷いて弱弱しい笑みを浮かべた。
「旦那様と奥様のものまで‥‥ありがとう、ございます。お嬢様は、強い、お方、でしたから」
 細い声音を聞いて、天寿院は眼を伏せる。
 これが、最善を尽くした、結果だった。
 失敗ではない、これが、成功。
 それは、侍女も分かっているし、天寿院も理解しているが、やはり、心中には葛藤があった。
「良かったら、手を―――」
 言外に、泣いていいのだと込めて、暁は侍女に手を伸ばす。
 骨ばった白い手がその手を包み込み、侍女から静かに嗚咽が零れ始めた。
 外では、柊、スロットが賽子を弄びながら、白い鳥の飛んでいく空を眺めている。
「あー、やっぱ、俺には合わねー」
 柊の呟きに頷いてスロットの手から賽子が放り投げられる。
「博打でもすっか、おまえも、やる口だろ?」
「そーだな」
 賽子で博打に興じながら、空を三度、旋回する鳥を見上げる。
 視線が同じ所を見ていることに気付いて両者は苦い笑みを浮かべた。
「生きてる奴が、頑張らねーとな」
 ありふれた悲劇、そう言ってしまえば簡単。
 それでも、大切な事は忘れたくない。
 らしくない事を言っている。
 そんな事を思いながら、柊は出目を確かめた。
 博打に興じる二人に、侍女が礼を述べる、数秒前の出来事だった。