【直姫】盃をかかげろ!
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/31 00:41



■オープニング本文

●雪の降る屋敷で
 カラリと音がして、障子が開く。
 深く礼をしたのは深い藍の髪を持つこの家の長女、花菊亭・有為。
「父上、ご快復お喜び申し上げます」
「ああ、有為、ご苦労だった―――久しぶりに良い牡丹鍋を食べることが出来た。‥‥と、伊鶴はどこだ?」
「今は稽古の時間ですので、中庭にいるかと」
 チラリと視線を中庭に移す二人、父と娘。
 華美な衣服を纏った、銀の髪を纏めた初老の男性、花菊亭当主。
 その面影を受け継ぐのは藍の髪をみつあみにした有為。
 父とは違い、質素を好む有為は大紋、そして単衣に袴姿。
「それにしても、お前がわたしの元へ訪れるのは珍しい―――」
「はい、父上‥‥つきましては、ご快復祝いを行いたいと思いまして。こうして、馳せ参りました次第です」
「ふむ‥‥だが、諸貴族を招くほどの財力が今の―――」
 その言葉に有為は首を振る。
「私は開拓者を招こうと、こうして父上の言葉を受けに来たのです」
「‥‥開拓者?」
 有為の父は眉を顰めていかにも心外だと顔を背ける。
「ごろつきと変わらぬではないか―――雅な衣装も、教養も持ち合わせていない」
「父上っ、そんな事ないですよ!皆さん優しくしてくれました!」
 稽古が終わったのか、ハチマキを巻いたまま飛び込んできた有為の弟、伊鶴に父と娘は眉を顰める。
「伊鶴、お前は大人しくしておきなさい―――父上、開拓者とは言え、様々な者がいます。アヤカシ蔓延るこの世の中、最近も理穴で大規模な討伐が行われたと。決して、味方にしておいて損はないかと思います」
 むぅと唸る当主、その顔を見ながら有為はもう一押しだとばかりに口を開く。
「年の瀬、臣下にも労いが必要でしょう―――年の瀬はただですら、人々が混乱する時期、今、こうして距離を縮めておく必要があるかと」
「‥‥確かに有為、お前の言うとおりだろう、だが、その開拓者とやら、信用できる者なのかね?」
「信用できますよ、父上、僕は何度も助けてもらいました!」
 力説ついでに土足で上がってきた伊鶴の足を有為の手がピシャリと叩く。
「伊鶴、履物は脱いできなさい―――父上、確かに様々な者がいるでしょう、しかし、開拓者ギルドと契約した者達です、権利を放棄して今の花菊亭に刃を向けるものは少ないでしょう」
 硬い表情をしていた初老の男は口を開く。
「有為、お前に任せよう―――その代わり」
「何かありましたら、この有為、この身を持って贖いを受ける所存でございます」

●悩みは
 静かに障子が閉められた。
 こめかみを押さえながら、芯まで冷える寒さに息が白くなっていることを知覚する。
「姉上っ、風邪を引きます、お着物を!」
 どうぞと伊鶴から差し出された暖かそうな羽織に一つため息をついては受け取る。
「伊鶴、自分で持ってきたのか?」
「はいっ!一番暖かそうなものを持ってきました」
「次からは侍従に任せなさい、お前は花菊亭跡取り、そんなことはしなくていい」
 寒さで鼻を赤くしている伊鶴に持ってきた羽織を着せてから有為は自室の方へと向かう。
「有為様っ!伊鶴様―――っ!」
 足音もなく、歩くにしては速い足取りで来たのは有為の侍女、秋菊。
「貴公か、伊鶴、お前は次の稽古の用意を―――波鳥!」
「かしこまりました、有為様‥‥さあ、伊鶴様、参りましょう」
 振り向きつつ、波鳥に連れられる伊鶴を見て、良かったのかと言いたげな視線を秋菊は向ける。
 それに首肯して、有為は口を開いた。
「用件は」
「宴を催す為の資金が、今では少々厳しいかと―――」
「母上の鎧や剣を売却すればいい」
「よろしいのですか?」
 問いかける秋菊に、有為は自嘲めいた笑みを溢す。
「構わない、父上の御心は既に、母上から離れていらっしゃるのだ」
「本当に、よろしいのですか?」
 もう一度問いかけた秋菊、その言葉の意図を知りながらも、有為は口を開いた。
「くどいぞ、秋菊―――言ったとおりに手配を頼む」
 深く礼をした秋菊を見て、視線を庭へと移す。
「雪降れど 古今の記憶 隠せずに―――知る我が心 白へ隠れる」
「(―――雪が降っても昔の記憶も、今の記憶も隠すことはないのに‥‥雪が降っていることを知っている私の心は隠れていくのだな)」
 そんなことを思い、有為は身を翻す―――綴った紙に宴の知らせ。
 翌日、その知らせは開拓者ギルドに舞い込んだのだった。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 井伊 貴政(ia0213) / 犬神・彼方(ia0218) / 橘 琉璃(ia0472) / 柚乃(ia0638) / 篠田 紅雪(ia0704) / 虚祁 祀(ia0870) / 暁 露蝶(ia1020) / 七神蒼牙(ia1430) / 喪越(ia1670) / 四方山 連徳(ia1719) / 嵩山 薫(ia1747) / ルオウ(ia2445) / 犬神 狛(ia2995) / 斉藤晃(ia3071) / 真珠朗(ia3553) / 安達 圭介(ia5082) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / ペケ(ia5365) / 設楽 万理(ia5443) / 難波江 紅葉(ia6029) / 夜叉刀(ia6428) / からす(ia6525) / 濃愛(ia8505) / 舞賀 阿月(ia8658


■リプレイ本文

●開幕
 雪のちらつく日、元来なら厳重に警備されている門扉もその日は開かれていた。
「大騒ぎで、忙しくなりそうですから手伝います。落ち付いたら客間に戻りますので」
 早めに花菊亭家に訪れた橘 琉璃(ia0472)はそう言って侍従の持っていこうとした御膳に手を添え、足を進める。
 腕を組んでその様子を見ていた宴の主催者が口を開いた。
「客間へ案内しよう、宴会の間は此処から少し離れている」
 問いかけは受け付けないと言わんばかりの仕草に橘はその後をついて行ったのだった。
「宴だ、酒盛りだー楽しんでぇいこうかぁね!」
 そのようなやり取りが屋敷内部で行われた数刻後、楽しげに北條 黯羽(ia0072)の肩を抱いて声をあげたのは犬神・彼方(ia0218)である。
 子供のように無邪気なその姿に無意識に北條は笑みを零す‥‥女性同士ではあるがこの二人は夫婦だ。
「本日はお招きいただきましてありがとうございます」
 彼方達よりも早く屋敷についた井伊 貴政(ia0213)は菊や鶴亀などと言ったお手製の干菓子と栗羊羹を手土産に侍女と歓談していた。
 以前よりも閑散とした屋敷内だが、会話上手な彼の周りにはおのずと侍女たちが集まってくる。
 本人もまんざらではなさそうだ‥‥浮名勃発も秒読みか?
「ご当主の快気祝いとお聞きしましたので」
 つまらないものですがと前置きして暁 露蝶(ia1020)が差し出したのは季節の果物の詰め合わせだ。
「お、露蝶じゃねぇか!」
 その後ろから身を乗り出して果物の入った籠から真っ赤なリンゴに手を伸ばしたのはルオウ(ia2445
「あら、貴方もいらしてたのね」
「おう、で、俺の格好、変じゃねぇ―――」
 暁と共に中に入った彼はそのまま侍従に引っ張られていく。
 何やら侍女が騒いでいる‥‥これはどうやら、着せ替え人形になっているかもしれない。
 思わず苦笑しつつ、暁は宴会の間へと案内されるのだった。
「こうやって派手に着飾れるのも宴会の醍醐味よね」
 豊満な肉体を艶やかな秦国風の衣装に包んだのは嵩山 薫(ia1747)だ。
 足運びも軽やかに侍従の後をついて行く。
 目を奪われている侍従もいたが、その恋が叶うことはないだろう。
「あまり気品のあるような服は苦手なんだけどねぇ。ま、気にしないし、いいかねぇ。食って呑めればそれでいいさね」
 そう言っていつもよりも高級な巫女装束に身を包んだ難波江 紅葉(ia6029)は見知った顔を見つけて微笑んだ。
「ああ、薫も来てたんだねぇ」
「あら、あなたはタダ酒目当てかしら?」
 華やぐ宴会の間、中には既に盃を傾けている者もいた。
「おぅ、今回宴会に参加する事になった夜叉刀だ、よろしくな」
 手作りケーキ持参で訪れた夜叉刀(ia6428)が気さくに声をかける。
「お、いらっしゃい」
 北條を後ろから抱きしめたまま、手をあげて彼方が口を開く。
 雪のちらつく日にも関わらず、徐々に増えていく参加者たち。
「ああ、冬だな‥‥」
 灯り火が揺れる庭ではちらつく雪に手をかざし、神鷹 弦一郎(ia5349)が空を見上げる。
「そうですね‥‥この綺麗な雪を持っていきたいですね」
 そう言って横に立ったのは花菊亭の跡取りである伊鶴、彼の侍従である波鳥が静かに近寄って二人に羽織をかける。
「伊鶴様、神鷹様、冷えますのから中へ‥‥わたくしめは外を見てきますので」
 中へ入ってくださいねと二度、繰り返すと足音も立てずに波鳥は去っていく。
「あ、申し遅れました、僕、花菊亭・伊鶴です」
「ああ、こちらこそ‥‥神鷹 弦一郎だ」
 仏頂面のまま口にした神鷹に困った様子の伊鶴、微妙な雰囲気が流れる中に現れる救い主。
「はいはい、二人とも入りましょうね、と、伊鶴君が考えてたのはやっぱり花を贈った相手かな?」
 にやりと口元を笑みの形にして現れた井伊、その言葉に真っ赤になった伊鶴をからかいつつ二人を室内へと導く。
 一方、門扉では‥‥
「ここが直姫さんのお家か‥‥」
 ギルドから借りた地図で場所を確かめながら舞賀 阿月(ia8658)が天儀酒と散らし寿司を片手に立っていた。
「つまらない物ですが、宴会の足しにしてください」
 ありがとうございますと口にした侍女は中へと舞賀を促し、次の客に視線を向ける。
「歓迎は、されているみたいだけど‥‥」
 何か試されているみたい、と心の中で呟いてからす(ia6525)は豊かな黒髪を揺らす。
「綺麗ね」
 侘び寂びが感じられる庭を見て感嘆の息をつく姿は彼女をずっと大人のように見せた。
「私も武家の生まれで所謂『家柄』はあったけれどもここまでしっかりしたものではなかったわね」
 正装に身を包んだ設楽 万理(ia5443)が侍女と話しながら口にする。
「お父さん、元気になったんだね。猪狩りについていった甲斐もあった、かな?」
 そう呟いたのは虚祁 祀(ia0870)だ。
「こんばんは、お久しぶりです」
 そう言って礼儀正しく頭を下げたのは安達 圭介(ia5082)彼も猪狩りについて行った者の一人である。
「久しぶりです」
 虚祁もそう口にすると、二人で世間話をしながら宴会の間へと向かう。
「雪見酒とくらぁ」
 ぐいっと酒を呷ったのは斉藤晃(ia3071)既に盃は枡に変更。
「あんたもよく飲むねぇ」
 難波江がその様子を見て負けてられないとばかりに酒瓶を呷る。
 既に酒瓶は数十本転がっているが、まだ宴前である、念の為。
「おお、飲んでるねぇ!俺もご同伴っと」
 そう言って菱形に楓の大紋を着て現れたのは七神蒼牙(ia1430)だ。
 挨拶もそこそこ、次々瓶を開けていく面々に交じっていく。
 ジルベリア、大酒飲みコンテスト優勝は伊達ではない。
「誘いを受けてくれたこと、感謝する‥‥」
 恋人と連れ添って来たのは犬神 狛(ia2995
「丁度、身が空いておったゆえ」
 ゆっくりと頭を振って篠田 紅雪(ia0704)が口を開いた。
 肩が触れ合えば少し身をかがめ、互いに顔を見合せば苦笑する―――進展はゆっくりと、それでもいいと思えるのは醸し出す雰囲気が酷く優しいからだろうか。
 奇しくも思う事は同じであった。
「失礼しますよ」
 そう言って姿を現したのは真珠朗(ia3553
 周囲を見回しては、できる限りゆっくりと歩く。
 手をあげてにやりと笑った斎藤に軽く会釈を返す。
「うわぁ、人が沢山いますね」
 そう言いながら素早く自分の取り皿に料理を取っていくのはペケ(ia5365)だ。
「これは?」
「ああ、それは自分が作りました」
 そう言いながらいつの間にか割烹着を着た橘が柚乃(ia0638)に告げる。
 小さく頷いて柚乃はその創作料理を口にはこぶ。
「うん、美味しい」
 紡ぎだされたその言葉に自然と橘の口元も綻ぶ。
 料理人として最大の褒め言葉、飾らない言葉が心に沁みていく。
「うわぁ、冷えちゃいましたね」
 半纏を着せられ、半ばおもちゃになりながら伊鶴が戻ってくる。
「お初お目にかかります―――これをどうぞ」
 タキシードに身を包み、髪を纏めた濃愛(ia8505)が進み出る。
 伊鶴が差し出された千日紅の花束に無邪気に声を上げた。
「わぁ、綺麗な千日紅!」
「ご存知でしたか、花言葉は永遠の友情です」
 にっこりと微笑む姿に安心感を覚えたのか、受け取っては飾る。
「おや、花束ですか‥‥そういえば、どうなりました?」
 同じく侍従に連れて行かれて半纏を着せられた井伊が問いかけた。
「あ‥‥えっと、その―――うう、何とか言ってください、神鷹さん!」
「俺は旨い酒と肴があればそれで良い」
 同じく侍従に怒られた為、親近感が湧いたのか救いを求める視線を神鷹に送るが見事にかわされる。
「そうや、酒とツマミがあれば万万歳や!」
 斎藤が手をあげ、犬神もニヤリと笑う。
「俺ぇの女房に手ぇだしたらおっかけるけどな」
「彼方が何もしなくてもいいっての、肴ならスルメがあるぜ」
 北條が着物の合わせに滑り込もうとする犬神と手を叩きながら笑う。
「では、ご同伴にあずかろう」
 ススーっと歩いて行く神鷹に苦笑しつつ、喧噪を見ていた安達が呟く。
「同じ匂いがします」
 巻き込まれ体質、何かを嗅ぎつけたか?
「盛り上がってるかーい!?」
 ノリノリステップで宴会の間に入って来たのは喪越(ia1670)だ。
 いつものリズムにさらにキレが出ているのは宴会仕様だろうか。
「揃ったか―――私が主催の花菊亭・有為だ。本日は父上の快復祝いに来てくれた貴公達に感謝する」
 家紋の入った大紋に身を包んだ有為が堂々たる威風で口を開いた。
「心行くまで楽しんでほしい‥‥それが唯一、宴の礼儀だ」
 開拓者達が口を開こうとした時、ガシャガシャと金属音が突如響き渡る。
 即座に戦闘態勢に入る開拓者達。
「こりゃあ、アヤカシってやつは年中無休ってやつかぁ?」
 夜叉刀が眉をひそめて得物にかけた紐を解く。
 得物を持ってきていない者は酒瓶を片手に敵襲に備える‥‥が、もちろん、飲み食いは止めない。
「あ、あれ、どうして皆そんなに殺気立っているでござるかー」
 宴開始時間ギリギリに飛び込んできた最後の参加者、四方山 連徳(ia1719)が開拓者達を見ては呟く。
「‥‥ツッコミは入れんぞ。入れないからな!」
 神鷹が器用な周囲を見つつ、宣言するが既にそれはツッコミである。
「四方山さんでしたか、驚きました」
 溜息をついて安達が得物を片付ける。
「わ、わかってましたから!」
 ペケが凍りついた雰囲気を更に加速させた。
「こういう事もありますよね」
 真珠朗が天儀酒を傾けながらボソリと呟いた‥‥もちろん、敵襲に備えて得物を構えていたのは言うまでもない。
「俺はサムライのルオウ!よろしくな!」
 周囲の飲べえに囲まれながら酒を調達しようと四苦八苦しているルオウが口を開く。
「よろしくでござ―――」
 言うよりも早く、侍従達が動いた‥‥動きは一瞬。
 あっという間に連れて行かれる。
「手練れですね」
 暁が遠い眼で呟いた。

●仕切り直し
「ぜぇーはー、戻ってきたでござる」
 深緑の着物に身を包んだ四方山が戻ってくる。
 それを見届けてから『宴司会者』と書かれた鉢巻きを頭に巻いた喪越が盃を掲げた。
 ちなみに、鉢巻は面白がって犬神と北條が作ったものである。
「んじゃ、次はー弟の方に挨拶してもらうかね!」
 とたんに視線が集まって困惑する伊鶴。
「え、ええっ、えっと―――ち、父上は色々で来ませんが、せ、誠心誠意楽しんでください!」
 どんな楽しみ方だとツッコミが来そうだが、此処は百戦錬磨の開拓者。
「ま、戦いの息抜きにゆっくりさせてもらおう」
 夜叉刀が空の酒瓶を増やしていく。
「ええ、タダより高いものは無し‥‥思う存分贅沢させてもらうとしましょう」
 嵩山は呟いて次々と運び込まれる料理をパクパクと食べていく。
「よく食べるねぇ本当に。‥‥まぁ私も人のこといえない位に酒を呑んでいるからねぇ」
 その横では難波江が枡で酒を飲んでいる。
「どうぞ、一献」
 からすが空になった盃に丁寧にお酒を注ぐ。
「おお、ありがとな、俺ぇの娘になるかい?」
 なみなみと注がれた酒に口をつけて彼方が笑う。
「そうですね、考えておきます」
 クスッと笑っては、次にからすは柚乃の湯飲みが空になっているのに気づいて微笑みかける。
「お茶は、いかが?」
「あ、ありがとう―――美味しいです」
 誰かに入れてもらったお茶は格別、和やかな雰囲気の少女たちにうんうんと頷いて喪越が宴会道具をガサゴソ――――何が出てくるかは彼だけが知っている。
 口々に述べられる礼に一つ一つ返事をしながら有為は侍従や侍女に指示を出していく。
「お父上のご快復誠におめでとうございます。この様な席にご同席させていただいたことを光栄に思います」
 設楽が気品を感じさせる口調で一息ついた有為に口上を述べた。
「ああ、堅い挨拶は抜きにしてくれて構わない」
 その言葉に設楽は頷いて口を開く。
「弓術師とは、同じ弓術師として腕前を拝見させていただきたいものですわね」
 ギルド員から聞いた情報を思い出しては小さく微笑む―――その姿に有為は少し笑って酒を飲みほした。
「そうだな、いずれ、機会があればこちらこそ拝見したいものだ‥‥」
 修練は怠らないと口にして設楽の盃に酒を注いでいく。
「よぉ、有為。楽しそうな宴への招待、ありがとな‥‥ここでは直姫って呼んだ方が良いか?」
 親しげに有為に笑いかけるのは七神、侍従の視線がキツくなっているがそんな事は気にしない。
 そのまま伊鶴に視線を移してさらに口を開く。
「成る程、あの少年が弟殿か。確かに以前語ってた様な強い家の復興を背負って立てる様には見えんが、お前さんも弟と一度腹を割ってトコトン話し合ってみちゃどうだ?」
 その言葉に手酌で飲んでいた、有為はチラリと視線を伊鶴へ向け、七神に戻す。
「私は道を敷いているだけ、役目が違う‥‥あれは道を歩くものだ」
「そうは思わないけどな―――弟殿も道の歩き方がわかってないんじゃないか?」
 肩をすくめてこの話は終わりと無言で告げた有為は緊張しつつも楽しそうな伊鶴へと向け目を閉じた。
「ま、自分で道を敷ければ、それが一番いいんでしょうがねぇ―――敷かれた道を走れない人間よりは、走れる人間の方が優秀だって話で」
 会話の内容を知ってか知らずか、真珠朗がつまみに刺身をつつきながら呟く。
「お、いつもの真珠朗節やな?それにしても、今日も一人寂しいんが好みか?」
 斎藤の言葉にそういうものじゃないですよと肩をすくめる真珠朗。
「うーん、敷かれた道がどこに続いているのかも気になりますよね‥‥僕は自分で行き先を決めたいです」
 内容はいま一つわかっていないが、伊鶴はコクコクと頷いて二人の盃に酒を注ぐ。
「色々と苦労してるみやいやけど、なんぞ愚痴でもあればきくでぇ?」
 肩を叩いた斎藤の頼もしい言葉に嬉しそうに伊鶴は笑うと首を振る。
「愚痴、はないです―――あ、でも時々お稽古とかは嫌になりますけど」
「そりゃあ、遊びたい年頃やからなぁ―――と、湯豆腐にたこ焼き、バッチリやな」
 運ばれてきた料理を見て、頷いていた斎藤はつまみ始める。
「はい、父上は美味しい料理が大好きなんです―――あ、この散らし寿司美味しいです、甘くて」
「お口に合いますでしょうか?」
 ニコニコしながら言ったのは舞賀、当人の手で作られたふわふわの錦糸卵は伊鶴の味覚に丁度よかったようだ。
 世話焼きな性格なのか、テキパキと他の開拓者達に配っていく。
「なかなかいい味をしてますね―――隠し味に梨ですか?」
 料理好きな橘は興味を持ったらしい、ゆっくりと味わうと作り方を思い浮かべていく。
「よくわかりましたね、果汁を酢と混ぜて甘みを出しています」
「やっぱり、人の心がこもっている気がしていいですね」
 暁の呟きに頷く濃愛。
「実においしい料理ですね」
 微笑んで口にしては、次々と飲んでいく飲べえ達の酌をする。
「ありがとうございます。さぁ、貴方もどうぞ」
 注がれたお酒を飲みほし、舞賀は濃愛に酌をする。
「俺も俺も!」
 ルオウが声をあげて死守した盃を掲げる。
「今日だけですよ?」
 仕方がないと言いたげな舞賀にふてくされたような表情をするルオウだったが、少しだけ注がれた酒を飲み干す。
「あー美味い!」
「私もお願いします」
「じゃあ、私がお酌しますね」
 ペケの差し出した盃に酒を注いでいくからす、宴会には甲斐甲斐しい賓客も必須である。
 そして、もう一つ、宴会にはかかせないものがあった。

●最高潮
「さて、頃合いかね―――アミーゴ、楽しんでるかい?ここで俺が一曲踊ろうじゃぁねぇか、男も女も踊らにゃ損、損!ってな。折角の浮世じゃねぇか。精一杯楽しもうぜ」
 喪越が宴会道具から出したのは天狗のお面、それを被っては奇怪な踊りを始める。
 ゆらゆらと動く腕、対照的にかくかく動く足。
「ひゃー、踊りなら私たちがしますのに!」
 遅れてやって来た侍女達、奇怪な踊りに混じって狂言を踊る。
 空気を読んだ喪越、まるで示し合わせたかのように侍女と舞い始める‥‥天狗が舞い、天女が舞う、般若が笑い、おかめが泣く。
 此れも儘ならぬ世の中、浮世の出来事。
「皆さん、賑やかですねえ?たまには、はめを外すのも良いかもしれません」
 橘も侍従手伝いから賓客に早変わり、微笑みながら盃を傾ける。
「見事ですね―――宴ということで、柚乃も一興」
 黙々と食べていた柚乃が横笛を取り出し、舞いに合わせて奏でれば夜叉刀も笛を取り出す。
 奏でる音色に二つの音が重なると、ある者は一緒に踊り、ある者は箸で音を奏でる。
「いやぁ、やっぱ宴は酒と音楽だな!」
「おう、一丁前に言うやないか、わしと飲み比べでもするか?」
「ナメんなよ?もちろん勝つに決まってんじゃねぇか!」
 ルオウが酔って赤い顔で頷けば、ニヤリと斎藤が笑う。
「俺は酒は呑んでも呑まれねぇからいくらでも呑むぜ?」
「じゃあ、お姉さんも参加しようかねえ」
 夜叉刀が装備を盃から枡へと変更する。
 難波江が酒瓶を揺らしつつ、ニヤリと笑ってルオウの頬を押す。
「何すんだよー」
 宴は最高潮、誰もが楽しげに微笑む姿を見ながら、静かに呟くからす。
「茶を飲み時を忘れゆるりと過ごせ。次の為に。次の次の為に」
 時を忘れるほど、楽しんでもらえれば宴を開いた方も嬉しいものだ。
「いずれは、同席してもらえるぐらいに信用してもらえれば嬉しいけど」
 不意に呟いた虚祁に察したのか、有為は出し巻き卵をつまんでから目を閉じる。
「父上は気難しいお方だから」
「そう、でも―――有為は、開拓者に、悪い感情はないのよね?」
 問いかけは曖昧な微笑みで誤魔化し、虚祁の盃に酒を注ぐ。
「貴公達こそ、こうして来てくれたと言うことは悪い印象を持っている訳でもあるまい―――不味い酒は飲みたくないだろうからな」
「‥‥そうね」
 しばらく目を閉じて考えていた虚祁だったが、自分の思ったことを紡ぐ―――返事が返ってくると思わなかったのか、それとも別の意味があるのか、有為は瞬いた。
「あ、大切なことを忘れていたでござる!お招きいただきありがとうござい―――もしゃもしゃ―――うめえ!」
 四方山が口に料理を頬張りながらうんうんと頷く。
「ツッコミ待ちかい、セニョリータ?」
 喪越が問いかけ、散らばった料理は安達が片付ける。
「お疲れさまです」
 真珠朗が声をかけるが、もちろん手伝う気はない。
「うーん、甲斐甲斐しいね」
 井伊も言うが、もちろん手伝う気はない。
「‥‥皆さん、その言葉が心に突き刺さります」
 ボソリと呟いた安達に設楽が追い打ちをかける。
「うん、いいお嫁さんになれると思うわ」
「主夫ってやつでござるね‥‥と、お招きいただきありがとうございます――――付きましては霊験あらたかなこのお札を納めていただくといいと思うのでござる」
 そう言って符を差し出した四方山。
「呪殺符だなぁ、そりゃ」
「呪殺符も魂こめりゃぁ、なんとやらってやつかい?」
 彼方と喪越の突っ込みにそうでござったと声を上げては片付ける四方山。
「危険な時はお守りしましょう」
 さり気なく井伊が女性陣にうさぎ饅頭を差し出す。
「ああ、感謝する。可愛いのだが、食べ辛いな」
 と言いながら容赦なく齧る有為。
「可愛らしいな―――」
 白い手で受け取った篠田はこういうものもいいなと呟き、つぶらな瞳を見つめる。
「そうだな、可愛らしい‥‥」
「(紅雪の方が―――)」
 などと言えるはずもなく、ただ寄り添いぬくもりを感じる。
「すまんな、いつも甘えさせて貰って‥‥」
「そんな事はない。もっとも‥‥甘えているのは、私のほうなのだろうが、な」
 気遣うように紡がれた狛の言葉に少し照れくさくなっては明後日の方向を向いて口にする。
 その鋭利な横顔を眺めながら狛は静かに盃を傾けるのだった。
「‥‥と、視線を感じるのだが」
 不意に呟いた篠田、狛の視線だけではなく不意に振り向くとバッチリ伊鶴と目が合う。
「す、すみません―――えっと、その、参考にしようと色々と、あの‥‥」
 しどろもどろになる伊鶴にニヤリと笑って彼方が呼びかける。
「俺達を参考にするといいぜぇ?」
「彼方、変なこと考えてないだろうねぇ?」
 北條の疑わしい視線もなんのその、彼方はひらひらと手を振って北條の肩に首を乗せた。
「考えてないさぁね」
「本当かねぇ?」
 ちろりとちろりとスルメを炙りながら北條は心地よい温もりを堪能する、もちろんそんな事は言わないが。
「伊鶴さんは、好きな人がいるの?」
 焙烙玉を放り込んだような柚乃の言葉に一気に伊鶴の顔は赤く染まる。
「おや、真っ赤だねぇ」
 それも酒の肴とばかりにカラカラ笑いながら難波江が呟く、若いわねと嵩山が視線を向けた。
 ―――成熟した女性組、安全圏で堪能する姿はなかなか侮れないものである。
「ふむ‥‥では一杯の味噌汁のために山賊共を壊滅させた話など‥‥」
「お味噌汁一杯ですか、何物にも勝るって言いますよね」
 伊鶴の酌を受けながら、神鷹が依頼の話を語り始める。
「‥‥言うのかな」
 柚乃が呟くが、そのツッコミはキョトンとした表情の伊鶴にボケ倒された。
「お味噌汁は大切ですよ」
 ペケの更なるボケが積み重なる。
「まあ、大切ですけどね―――」
 微妙な表情で安達は呟くのだった。

●宴も潮引き
 月が真上に来ては沈むと宴も終盤へ。
「よぅ頑張ったのぅ」
 酔いつぶれたルオウを見ながら相変わらず斎藤は枡を傾ける。
「いやぁ、なかなかだったな」
 七神もいつの間にやら枡へと装備を変えては飲み続ける。
「あんたもお酒、強いのかしら?」
 難波江が有為へと問いかけた。
「ある程度は自重していた‥‥酔いつぶれるわけにもいくまい」
「酔い潰れたら枕になりますよ」
 井伊の言葉に器用に片眉をあげてみせる。
「夢ばかりなる手枕に、か」
 それを聞いたか縁側に腰かけて酒を飲んでいた喪越がぼそっと呟く。
「―――降り積もっては消えていくあの雪みてぇに、今を繰り返すしかないんじゃねぇかね、人って奴はよ」
「そうかもしれないな、今は途切れず続いていく」
「『誰かのため』『何かのため』なんてのは、言い方変えれば、『誰かのせい』『何かのせい』って事なんでしょうけどね。ま、酔漢の戯言なんですが。人は己のためだけに生きるが良いとあたしなんかは思うんですがねぇ」
 酒を飲めば本当の姿が見えるという、酒の勢いを借りて口にするのもまた一興。
 残る言葉は心に残り、戯言は戯言として笑って片付けられる。
「ま、面倒くさいことは抜きにしてまた今度って笑えたらいいな」
「もちろん、酒と一緒や」
 七神と斎藤も続ける。
「笑っていられる為に、今の道を敷かねばと思う―――私は、おそらく欲張りなのだ」
 眠り込んだ伊鶴に羽織を掛けて有為は呟く。
「女は欲張りなものよ」
 嵩山が最後の一口を食べ終えてご馳走様と手を合わせた。
「見事に無くなりましたね」
 暁の言葉に橘も頷く。
「ええ、片付け、手伝いましょう」
 キャァと侍女から黄色い歓声が上がる。
 客の前だと声を低くする有為に彼女の側近とも言える秋菊がまあまあと諌めた。
「お暇をもらった侍女や侍従も多いことですし、甘えてしまいましょう―――ありがとうございますとお願いするのも可愛らしいものですよ」
 可愛らしいと言われて微妙な表情をする有為だが、仕方がないとばかりに頷く。
「ああ、では頼む」
「じゃあ、拙者は魔除けを―――」
 そう言って呪殺符を取り出した四方山にツッコミが入る。
「あれよね、ある意味よってこないかも」
 少しずれた発言をする設楽、行動も突飛なら言葉も突飛なのか―――何か裏があると考えていた彼女だったが宴は終焉へと近づいている。
「では、お開きにしようか‥‥今宵は楽しい宴だった、また、機会があれば訪れてほしい」
 その言葉に、思い思いに連れ立っては帰っていく開拓者達。
 夜は既に明け、太陽が顔を出していた。

●終幕
 静まり返った屋敷内。
「父上、宴も無事に終わりました」
 そう言って頭を下げるのは有為、それに頷き当主である初老の男は髭を撫でながら呟いた。
「そのようだな、お陰で臣下達も休めただろう‥‥高い給料だったが」
「未来への積み立てとお考えになればよろしいかと。父上もお好きでしょう、華やかな宴は」
「嫌いではないがね―――宴の費用はどこから捻出したんだ?」
「‥‥ご心配なく、父上の大切な物には一切手をつけてはいません」
 小さく息をついて有為は感情を殺す。
「お前がそう言うのならそうなのだろう」
「ええ、私は失礼いたします‥‥」
 静かに扉を閉めると静寂、佇む姿に苦笑する。
「秋菊か」
「お疲れでしょう、お休みになられますか?」
「羽織を手にして言う言葉ではないだろう」
「長い付き合いでございますから、涙花様もお待ちです」
「わかった―――直ぐに向かおう、秋菊、人払いを」
「抜かりなく」
 先手を打ち続ける侍女の涼しい顔を見て、有為は歩を進めるのだった。