【陰影】届かぬ手
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/18 04:01



■オープニング本文

●眠らぬ街に届く闇
 楼港、深夜―――その日は雨が降っていた。
 吐く息は白く、その足は地を蹴り闇に紛れる。
「冗談じゃない‥‥アタシ達は捨て駒だっていうの?」
 出来る限り早く、遠くへ、その一人のくのいちは追ってくるアヤカシに飛苦無を投げる。
 ドンと音がして明らかに闇の人間とわかる相手とぶつかったが、そんな事は気にしていられない。
「(せめて、開拓者ギルドまで―――)」
 ズルズルと引きずるような闇の塊に周囲は気付かない。
 煌びやかな人々は自分たちの事で精一杯。
 知らぬが仏、皮肉なものだ。
「あっ―――」
 追いつかれる、気配が迫る、牙が立てられる、その足に絡み付いてくる。
「助けて‥‥アタシを助けて!」
 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ、何事かと現れた楼港の開拓者ギルドのギルド員。
 一番に近づいたのは黒い服を纏った人間だった。
「ああ、傷だらけだ―――兎に角、戻ろうか、ミズネ」

●闇に揺れる紺
 陰殻、蝋燭の光が朧に揺れては複雑な陰影を作る。
 そこに存在する二人の人間は光の悪戯が生み出した暗い闇の化生のよう。
「どうぞ、報告してください」
 紺の外套を纏う女、北條・李遵は血色の悪い口を開く。
「はい、何事があるかは存じませんが、楼港でアヤカシ被害が頻発している事は確かのようです」
 顔色一つ変えぬ、爬虫類を思わせるような濃紺の瞳に見つめられて冷たいものが走る。
「女子供を狙い―――数日後に、残った血縁のものが狙われると‥‥ミズネが集めた情報では、『姫さま‥‥』と言う声を聞いたとか。ミズネ自身も毒を受けました、手帳によれば蛇のようなアヤカシ三匹と、人型のようなアヤカシが一体―――放ったシノビ達五名は全員死亡」
「そうでしょうね‥‥結局は何処まで鍛えても志体がなければアヤカシとやりあうには不足なのでしょう」
 手帳に書き起こすなど、未熟なものですと深く被ったフードの中で李遵は微笑む。
「もう、下がってよいですよ、また、機がくれば」
「はっ、失礼します」
 下がらせた配下のシノビを見ながら、李遵は細い顎に手を当てて小さく笑い、書を綴り始める。
「餅は餅屋‥‥そう言えば、大切な者がないのなら、狙われることもないのでしょうね」
 大切な者など、自分には関係ないこと。
 次の日、一枚の依頼が開拓者ギルドに届いた。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
鬼啼里 鎮璃(ia0871
18歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
千麻(ia5704
17歳・女・巫


■リプレイ本文

●楼港に訪れる光
 その日も楼港は相変わらず人通りが多く、まるで事件など何もないように振舞う人々。
「今回は随分と、特徴的な標的を狙ってますね‥‥」
 呟いたのは鬼啼里 鎮璃(ia0871)だ。
 なにやら考え込む鬼啼里の横を霧崎 灯華(ia1054)が通り過ぎていく。
「あたしはソロで動くわ、名探偵っぷりを見せてあげる」
 事前に打ち合わせしたとおり、一匹狼の彼女は一人で動くらしい。
 それを知っている開拓者達は頷いて各々、顔を見合わせる。
「アディオス、アミーゴ」
 夜にと付け足した喪越(ia1670)に苦笑しつつ、犬神・彼方(ia0218)も軽く手を上げる。
 家族同然の二人、犬神は家長として心配だったがそれ以上に実力を知っている。
 楼港は広い、散開して手がかりを掴むほうが確実。
「では、よろしく頼む」
 そう言って、己の得物、珠刀「阿見」を手渡したのは風雅 哲心(ia0135)だ。
 得物を手放すのに抵抗があるのかその指先は少し柄を撫でて離れる。
「ええ、しっかりと、受け取りましたよ」
 真珠朗(ia3553)が頷いて手荷物へと加える。
「さ、あたし達も行きましょ」
「ええ、ママ」
 促した鴇ノ宮 風葉(ia0799)とそれに頷き返す千麻(ia5704
 総勢八名が楼港の事件解決に乗り出した開拓者達だった。
「人の不幸は蜜の味って話なんでしょうねぇ。言葉通り」
 そう言って自嘲的な笑みを浮かべた真珠朗。
 彼は今、犠牲者が最期に訪れたという玩具屋に来ていた。
 手に握られたのは犠牲者のメモと足取り。
 特に共通した点は見当たらない‥‥敢えて言うなら、楼港でなくとも新婚の夫婦、子供の生まれた夫婦が訪れそうな所だ。
「おや、お客さん新郎さんかい?」
「ええ、そんなようなものです」
「(―――セコくヤらせてもらいますよ。相応にね)」
 聞き込みの為にはそれ相応の人間を演じる必要がある。
 世知辛さを彼はよく理解していた。
「やや子が生まれましてねぇ、どういったものがいいんですかね?」
 手に取ったでんでん太鼓を適当に揺らしながら問いかける。
「ああ、そう言えば今、楼港で妙な事件が起きているとか―――怖いですねぇ」
 そう言った真珠朗の言葉に大きく頷いて店主はいくつかの玩具を持って来ては呟く。
「そうですよ、贔屓にしてくれたお客さんもここででんでん太鼓を買って帰ったその帰り道ですからねぇ―――」
 気をつけてくださいよと口を開いた店主はハタと気付いたように手を打った。
「そう言えば、反物屋の奥方さんなんて孫まで亡くなったって―――随分と嘆いてましたよ」
「その反物屋は何処に―――?」
 所変わって、女性二人は楽しげに道を歩いていた。
「そういえば、ママとこうして二人で街を歩くのって、初めてなのよ」
 弾むような足取りで歩くのは千麻、その微笑みは純粋に喜んでいる。
「(不謹慎かもしれないけれど、ワクワクしちゃうのよ)」
「今回はお仕事で来てるんだから。ちゃんと調べなさいよネ?」
 そう言って釘を差しつつ、集めてくる千麻の情報をまとめていくのは鴇ノ宮。
 年の近い義理の母親と娘は随分と仲がいいらしい。
 実際、道行く人々は千真の『ママ』発言に大いに首を傾げていたり、華やかな二人に目を奪われていたりするのだが、鴇ノ宮の無言の圧力に沈んでいたりする。
「うーん、皆バラバラみたいね」
「共通してんのは新婚って事だけなのかしら」
 首を傾げる女性二人‥‥行き詰まったかに思えたが、千麻が口を開く。
「ママ、兎に角注意してまわるといいと思うのよ」
「そうね、そうしましょ」

●光の射さない陰の元で
「ああ、頭領もこっちに来たのか」
「んぁ、喪越じゃぁねぇか‥‥やっぱり此処に辿り着くよなぁ」
 オンボロ屋根の下、進む暗い路地の奥。
 その場所に根を下ろした人間がいた。
「で、お客さん、買うのかい?」
「俺ぇが出すよ―――で、内容は?」
 チャリンと音を立てた通貨に毎度ありとヤニのついた歯を見せて笑ったのは楼港の情報屋。
「姫様ってぇのはアヤカシ達が言った言葉でさぁ、とんと綺麗な女性を見たとかなんとか―――でも、不思議なことにそのねぐらを知っている者はいないと」
 アンタ達なら分かるだろ?と情報屋は眉をあげてニヤリと笑う。
 ふむと考えた開拓者二名、思考は同じ所に行き着く。
「ああ、そういやぁ、どうも、夜にばかり狙われているらしい」
 所変わって楼港の酒場。
「そう、邪魔したわ」
 そう言って店から出てきたのは霧崎、その表情には凄惨とも言える微笑み。
「関係者の生き残り、ねぇ―――当たってみましょうか」
 そう呟いて霧崎が向かったのは反物屋。
 やや不機嫌な表情を浮かべるのは、数分後。
「ああ、霧崎さん」
 そう言って声をかけたのは鬼啼里、同じくして真珠朗も厭世的な笑みを浮かべる。
 対照的な二人の笑みを冷めた目で見ながら霧崎は中へと進む。
「あたしは集団行動は嫌いなのよね」
「僕達は『たまたま』出くわしただけですよ」
 鬼啼里は言葉と共に、メモを見せる。
 場所や時間、どれも夜―――
「開拓者様、必ずや‥‥あの子達の仇を討ってくだされ」
 浮かばれませんと腰の曲がった老婆は泣きながら一人ひとりの手を握っては頭を下げる。
「ええ、必ず―――ところで、何か気付いた点はありますか?」
 一番初めに手を握られた鬼啼里が口を開く。
 関係ないと言いたげな霧崎、あらぬ方向へ視線を向けて我関せずの真珠朗に内心苦笑する。
「アヤカシの仕業と言ってますねぇ―――鍵もしぃっかり、閉めていたのに」
「立派なお店ですからね」
「あたし、周囲を見回ってくる」
 遂に霧崎が根を上げる、空は夕暮れ茜色―――大禍時、転じて逢魔が時。
 アヤカシが跋扈する時刻、とは言えアヤカシ達は昼でも雨でも非常に元気なのだが‥‥
「まあまあ、もう少しで時間ですからねぇ」
 そう言って真珠朗が引き止める。
「そうね―――(楽しみだわ)」
 真珠朗の言葉に軽く相槌を打って、鬼啼里の方を振り向く。
 楽しみなど不謹慎かもしれない、けれどそれは事実‥‥歩んだ生き方が彼女をそう変えた。
「ええ、必ず、敵は討ちますよ」
 そう言って鬼啼里は老婆の手を離す。
「行きましょうか、そろそろ集合の時間です」

●陰に対抗せし光
 暗闇を静々と男女二人が歩いていた。
 周囲に人気はなく、シッカリと戸締りされた扉が事件の凄惨さを物語っている。
「何処へ行かれますか?‥‥風葉は、貴方とでしたら何処へでも」
 口を開いたのは鴇ノ宮、慎ましやかな着物に身を包み、綺麗に髪を結い上げた彼女に昼間の面影は見えない。
 そっと袖を引っ張って、しおらしく手を繋いでみたりと、本物の夫婦のようだが、勿論演技。
 元々お嬢様育ちである彼女にしてみれば猫を被るなど簡単なこと。
 尤も、それを嫌って飛び出したのだが―――その時の技術が此処で発揮されるなどとは本人も思ってはいなかっただろう。
「とにかく、早く戻ろう。何か落ち着かんからな。‥‥もちろん、お前も心配だし」
 心配そうな声音を出したのは風雅、中々の演技である。
 歩調を鴇ノ宮に合わせたりと演技しつつも周囲の警戒は怠らない。
 離れた場所で同じ依頼を請けた開拓者達が見守る。
「―――風雅と風葉‥‥これぞまさしく、『ふうふ』ならぬ『ふうふう』コン‥‥いてっ!」
「ママは風雅とコンビじゃないのよ!」
 扇子「巫女」を振り下ろした千麻が眉根を寄せて言い切る。
「おお、メンゴメンゴ」
 こんな状況でもリズムとギャグを忘れない喪越、刻むステップは戦いへの序曲か―――それは本人だけが知っていた。
 所変わって鬼啼里と霧崎。
「どうですか―――此方は特に異常はありませんが」
「此方も異常はないわ」
 研ぎ澄ます直感、肌を刺すような殺気も、アヤカシの気配もない。
 首を振って霧崎は異常なしを告げる。
 その表情は何処となく残念そうだ―――もちろん、暗闇でそれをうかがうことは難しいが。
「尾行てぇのも、気ぃ使うな」
 犬神が声を落として呟く。
 その横には闇に溶け込む衣装を纏い、肌の露出を控えた真珠朗。
「そうですねぇ―――特に奇妙な所も‥‥おや?」
 一瞬感じた殺気。
「犬の神に従い、我が敵に喰らいつけぇ!斬撃符!」
 犬神は既に察知したのか、シキを放つ―――形成された敵を喰らうためのシキが真っ直ぐに暗闇に向かっていく。
 夜空に上がる発煙筒‥‥それと同時に囮である風雅と鴇ノ宮の元へ真珠朗は走り出した。
「何者かは知らねぇが、俺の妻に指一本触れられると思うな!」
 鴇ノ宮を後ろに、風雅は声をあげる。
 暗闇に溶け込むような姿をした、人型と、纏わりつく蛇。
 どちらも闇色をしている―――そう、知覚すると同時に犬神の斬撃符が一体の蛇を切り裂く。
「風雅さん、得物です!」
「感謝する‥‥」
 真珠朗から受け取った得物をスラリと引き抜く風雅。
 その後ろでは既に鴇ノ宮が得物である扇子「巫女」を広げて火種を使用していた。
 その灯火は暗闇を照らし、視覚を有効にする。
「ほらほら、演技でも旦那やったからには、確りアタシを守りなさいよネ!」
 既にいつもの彼女、やれやれと肩をすくめた風雅は刀を真横に振るう。
 銀閃が仄暗い闇を走る。
 真珠朗はゆらりゆらりと身体を動かし交わしながら、間合いに入った蛇を空気撃で攻撃する。
 バランスを崩して悶える蛇に風雅が止めを刺す。
 最後の力を振り絞り、纏わり付きその肌を噛む蛇。
 風雅の表情が歪んだ次の瞬間には、彼は光に包まれていた。
「はいはい、確りしなさいよネ!アタシがついてんだから」
「お待たせしました―――」
 先に現場についたのは鬼啼里、そう言っては飛び掛ってきた蛇を賊刀で薙ぐ。
「やっと現れたわね。探したんだから楽しませて頂戴!」
 そう言って術を放った霧崎、シキが斬撃符となり真空刃を形成する。
「ふふふ、細切れにしてあげるわ」
 瘴気の塊が地面に落ちる様を見ながら確かに彼女は嗤っていた。
「遅くなっちまったな!」
 真打登場とばかりに笑って術で牽制する喪越。
「うぅ‥‥アヤカシとは言え、蛇なんて気持ち悪いのよ‥‥」
 眉を顰めながら、その後ろから追ってきた千麻が鋭くも凛々しい舞を踊る‥‥神楽舞「攻」全員が揃った。
「ぐっ‥‥ああ、やられましたね」
 叩き込んだ拳を食む蛇をそのまま叩きつけながら真珠朗が呟く。
「精霊よ、力を貸して!」
 千麻が解毒し、鴇ノ宮が神風恩寵を使用する。
 蛇は全て倒した、味方は全て揃った、後は―――
「行くぜ、野郎共、抜かるんじゃねぇぞ!」
 犬神が声をあげ、味方を鼓舞した。
 倒すだけ。

●光が追う、陰が逃げる
「逃がしませんよ?」
「此処までさせた責任は取ってもらわないとな」
 不利を悟った人型の影、宙を浮くように滑る―――それを追うのは真珠朗と風雅。
「あたしから逃げようなんて考えないことね」
 先に回り込んでいた霧崎が雷閃を放つ。
「此れが僕達の仕事ですから」
 鬼啼里がか弱い子供の姿に変化した影を逆袈裟に切る。
「こりゃぁ、気付かねぇ筈だ―――犬の神に従い、我が牙ぁに其の牙を重ねよ!霊青打ぁ!」
 長槍「羅漢」がシキを纏い、振り下ろされる。
「何だか、か弱いって者に変化するってのが根性腐ってるわ」
 気に食わないと言いたげに鼓舞していた鴇ノ宮が呟く。
「卑怯には卑怯、ですねぇ」
 真珠朗が打ち込む骨法起承拳。
「(―――姫さま!姫さまの為に!)」
 響くは呪われた声、地の底から沸くような本能的に危機を感じるその声。
「あんたに興味はないわ」
 そう言って吸心符を放つ霧崎、風雅の刀が青く輝く―――精霊剣。
「一気にしとめてやる」
「アディオス!」
 振るう青の刀、喪越が叩き込む術、千麻が攻撃を高める舞を踊り続ける。
「(―――姫さまぁっ!)」
 憎憎しい悲鳴と共に、子供の姿をしたアヤカシが崩れ落ちる。
 肉片となったアヤカシは瘴気を上げていく。
 ‥‥終わった、そう、誰かが呟いた。

●影はいつも傍に
 ミズネを供養するため、無縁仏を祭る小さな寺に赴いた喪越。
 だが、そんな者はいないと、住職は首を振るだけだった―――その姿を見る影が一つ。
 早駆でその姿は消えていく。
「煙草が不味い。こういう時は良くない事が起こるんですよねぇ。どうにもこれからキナ臭くなってきそうだって話で」
 その外では真珠朗が呟いて煙草を吸っていた―――その表情は晴れない。
 そして少し離れたところではなにやら不思議そうな表情をしている犬神と霧崎。
「どうしたんですか、お二方?」
 鬼啼里が家族の白うさぎ、林檎へのお土産とばかりに買った雑貨を片手に問いかける。
「いや、なぁ―――ちぃと、気になることがあってよ」
「何だか、妙な影がいた気がしただけよ」
 二人して首を振る‥‥その姿に追求を諦めた鬼啼里は雑貨を覗き込み、待っているであろう林檎へと思い馳せる。
「今度は、お買い物しに来たいね」
 ねーママと千麻が鴇ノ宮に微笑みかける。
「ったく。今回の報酬よりお金使ったら、燃やすからね?」
 そう言いつつ、同じく楽しそうな鴇ノ宮。
「やれやれ‥‥演技というのも疲れるもんだな」
 肩をすくめて得物を鍛冶屋に整えてもらっている風雅、女性二人と邂逅する。
「ぁ、アタシにはちゃんと恋人も娘もいるからね。今回のことは忘れないと承知しないわよ?」
 此れは幸いとばかりにビシィっと指をさして言い切った鴇ノ宮に、風雅は頷くと静かに鍛冶屋へと入っていくのだった。
 光の当たらない場所、その場所で、一人の男が口を開く。
「李遵様、どうやら、ミズネの仇は取れたようです」
「と言う事は、アヤカシは倒されたのですね―――下がってよいですよ」
 暗闇に蝋燭の灯りが揺れる‥‥暗雲は、確実に近づいていた。
 血の雨を降らすために―――