【直姫】猪鹿蝶
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/01 22:09



■オープニング本文

●萩の花が咲く庭で
 小春日和。
 ポカポカと暖かい陽気は冬を越え、春の訪れを錯覚させるような日だった。
 その女性は萩の花が咲く庭にてイライラとした面持ちで何度もその部屋の前を往復する。
「有為様、小春日和とは言え、そろそろ中に入られなければお体に触ります」
 侍女の言葉にスッと赤い目を部屋に向け、チラリと日を見る。
 相変わらず空は青く、鳥達が思う存分自らの鳴き声を披露しながら飛んでいく。
 もう一度、部屋の方へ視線を移し、一つため息をついた女性、花菊亭・有為は目を閉じて暫し思案するが、やがて自分の侍女である秋菊の方を向いた。
「そうだな、此処で待っていても埒があかない‥‥ここは医者に任せ私は滞った執務を行おう。秋菊、決して私の部屋には誰も入れないように」
「急なお客様はいかがなさいますか?」
「貴公の一存で決められなければ全て私に伺いを立ててくれ」
 履物を脱いで秋菊に預け、羽織を受け取りつつ中へと戻る。
 磨き上げられた廊下を歩き、父の部屋の見える庭から自室へと戻る。
 不意に、不安そうにウロウロと歩き回っている自分の弟の姿が目に入り、全ての表情を無へと返す。
 姉上、と声をかけられる前に、有為は口にした。
「父上の容態は回復へと向かっている。伊鶴はこの時間なら剣術の稽古の時間だろう、直ぐに師範代の元へ戻りなさい。それが花菊亭家へお前が出来る一つの事だ」
 口を開いた弟、伊鶴の言葉を遮るようにその脇を通り過ぎて自室の中へと入る。
「秋菊、私の部屋には誰も通さぬように」
 ピシャリと閉めた扉は硬く閉ざされた。

●牡丹は愛でるか否か?
 日も落ち、夜という闇が時間を支配する頃。
 長引いた執務に疲れた目を軽く押さえながら控えめに声をかけられ、有為は顔を上げた。
「有為様、文が届いております」
「‥‥差出人は?」
「伊鶴様です、午後に一度いらしたのですが」
「話は聞いている。秋菊が気に留めることはない、最終的に門前払いの命を出したのは私だ」
「いかがなさいますか?」
「受け取ろう、丁度、キリのいいところだ」
 秋菊から文を受け取った有為は揺れる灯りの中でその文字を読む。
「ふむ、狩り、か」
「有為様」
「秋菊、狩りの準備を。獲物は猪だ」
「伊鶴様には」
「不要だ―――と、開拓者ギルドに依頼を。何故と聞く必要もあるまい」
 そう言って有為は実弟からの文を文箱に収める。
 狩りには常に危険が伴う、有為が向かう事に決めた山にも最近、アヤカシの出没が確認されていた。
 とは言え、そこの獲物が美味であるというのもまた、事実。
「かしこまりました、直ぐに手配を」
「頼む」
 それに、興味があるのもまた、事実。
 志体を持ちながら、自分とは違った生き方をする開拓者。
 他者を知る事で自身の益とする。
 かくして、一つの依頼が開拓者ギルドに舞い込んだ。


■参加者一覧
鷺ノ宮 月夜(ia0073
20歳・女・巫
虚祁 祀(ia0870
17歳・女・志
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
布施 綾乃(ia5393
17歳・女・弓
不知火 凛(ia5395
17歳・女・弓
陛上 魔夜(ia6514
24歳・女・サ


■リプレイ本文

●直姫降臨
「皆様、本日はよろしくお願いいたします」
 口火を切ったのは布施 綾乃(ia5393
 時刻は夜明け前。
 まだ、集合には早い時間だ―――にも拘らず、開拓者達は大きな家を見上げていた。
 花菊亭の家の門には家紋と守り神よろしく鎮座したもふらさまの飾り。
 いつもは和み系の顔も何処となく凛々しく思えるのは石作りの所為か。
 こうして早くに到着するのには訳がある‥‥依頼人である有為が非常に厳しい人物、故に安達 圭介(ia5082)の提案で早めに到着する事になったのだ。
「家でけぇ!拙者もこんな感じの丈夫そうな家に住みたいでござる‥‥」
 物珍しそうにキョロキョロするのは鎧の塊‥‥もとい、鎧に身を固めた四方山 連徳(ia1719)である。
「それにしても、寒いなぁ‥‥直姫さんもまだ来ぇへんし」
 欠伸をかみ殺しつつ言ったのは琴月・志乃(ia3253)だ、先ほど声をかけたにも関わらず、まだ内部からの連絡はない。
「なんだか屋敷の様子を見るにつけ、かなり忙しいみたいだけど‥‥多分、ただの遊興じゃない、のかな?」
 虚祁 祀(ia0870)が内部の様子を感じ取っては小さく呟く。
「そうですね―――あら、綺麗な萩の花が咲いてますね」
 庭を見て、笑みを溢したのは鷺ノ宮 月夜(ia0073)だ。
「猪狩りか、久しぶりだ。腕が落ちてなければいいけどね」
 不知火 凛(ia5395)は弓の具合を確かめつつ、そう呟く‥‥幼い頃から猟師たちに混じっていた彼女としては血が騒ぐのだろう。
「‥‥他人の家の前で何をしている」
 不意に現れた女性、開拓者達とは門越しに向き合う―――
「有為の依頼を請けた開拓者です」
 口を開いたのは今まで冷静に状況を把握していた陛上 魔夜(ia6514)だ。
 纏め上手は伊達ではない。
「有為は私だ、待たせたか‥‥?中に入れ―――」
 家紋の付いた羽織をなびかせながら有為自ら中へと招く。
 キョロキョロと周囲をものめずらしそうに見るのは四方山だ。
「まっ、待つでござる!」
 埃一つない廊下にパタパタと、もといガシャガシャと鎧の音が響き渡った。

●時は流れて
「秋の山は実に楽しい。が、同時に危険も多いからね、はしゃぎすぎないように」
 時は数刻後へと進む。
 忠告したのは不知火だ‥‥風向きを調べては、先導して動き易い場所へと向かう。
「直姫は狩りの経験あるのかい?」
「無論だ。今は鬼籍に入られたが、お爺様がご存命の頃はよく狩りへ向かった」
 有為は完全に任せることにしたのか、自分の得物を確認しては注意深く周囲を見回す。
「では、姫の護衛はお任せします」
 そう口火を切ったのは鷺ノ宮。
 それに付け足すように虚祁も口を開いた。
「結構深部に入ったからね―――」
 得物を握り、直ぐに戦えるようにしながら周囲を注意深く二人は見回す。
「瘴索結界を使いましょうか‥‥早く終わらせたいですし」
「お願いするよ、私も心眼で確かめてみる―――獲物が近くにいるかもしれないしね」
 頷きあう鷺ノ宮と虚祁。
 淡い燐光を発し、構築されていくアヤカシを特定するための結界―――風が鷺ノ宮の黒髪を靡かせる、感じる瘴気。
 片や、虚祁は意識を研ぎ澄まし、張り詰める生命の動き、気配を辿っていく。
 二人の黒の瞳が開かれた。
「私達9名以外に10の気配」
「瘴索結界で辿れたのは9体です」
 導き出される敵の数‥‥一瞬の視線の交差、刹那の殺気と一瞬で抜刀し、響き渡る鈍い音。
 雪折を放ち、叩き伏せたのは虚祁、叩き伏せられたのは狼のようなアヤカシ。
「多いですね―――報せますか?」
 鷺ノ宮の言葉に一瞬の逡巡、状況を打破したのは鷲の目で命中を高めた布施の矢。
 その場に崩れ落ちたのは蛇。
「乱戦になりましたか」
 冷静に言っては有為を庇う位置に立っては太刀で薙ぎ払う陛上。
 その横では四方山が地縛霊を仕掛ける。
「ほな、姫さんには獲物を狩ってもらうとして、俺達は俺達の獲物を狩りましょか」
 琴月の咆哮、響き渡る雄たけび、そして迫ってくる7体のアヤカシ。
 開拓者は8名、勝てない相手ではない‥‥一直線に琴月へと向かう猪型のアヤカシに鷺ノ宮の石鏡の杖が鼻っ面を殴打する―――此れは痛い。
 魂喰が蛇に向かって放たれる―――シューシューと威嚇音を上げた蛇が仰け反り、赤い腹を見せる。
 それでも更に踏み込んだ蛇型のアヤカシは地縛霊に絡めとられ、瘴気を噴出しつつその場に崩れ落ちる。
「ジルベリア風に言うとビンゴでござる!」
 パチンと指で音を立てた四方山は何処となく得意そうだ。
 他の者達も負けてはいない。
「矢を番え、弦を引き、よく狙い、離す―――」
 突進してくる狼型のアヤカシにひるむ様子なく、冷静に、しかしピンと張り詰めた中、弦を引き絞るのは不知火。
 強射「朔月」‥‥次の瞬間にはグルルと唸り声を上げてのけぞる狼型のアヤカシ。
 その横で守るように動いていた陛上の表情が一瞬、歪む。
「―――っ!」
 その後ろ、忍び寄る蛇‥‥歪む視界、熱を持つ患部。
 膝を付くわけには行かない、彼女は理解していた‥‥戦いの中で膝を付く事の不利を。
「解毒しますね―――」
 疲弊していく開拓者達を爽やかな風で包み、神風恩寵を使用していた安達が直ぐさま表情の変化に気付いて解毒を施す。
 精霊によって淡く光る陛上の身体‥‥ありがとう、と礼を言う代わりに一つ礼を。
 そして振り向きざまに彼女は両断剣で蛇型のアヤカシを一刀両断した。
「‥‥数が多いな、此れほどまでとは」
 不意に呟く有為、その瞳の奥に燃える冷たく赤い炎。
 矢を番える、弦を引き―――一歩、前へ。
 戦う開拓者に影響を受けたのか、それとも自身の力量を試したいのか、その瞳は鋭い‥‥そんな彼女の肩に、ポンっと置かれる手。
「直姫様、ここは自分達に任せて下さい」
「姫さんは本来の獲物を仕留めてぇな」
 かけられた安達と琴月の言葉。
 小さく息を吸い、深く吐いた有為は頷いて弦を引き絞る。
 鷲の目使用、そして狙眼。
 狙うのは大型の猪‥‥父上の為の、手土産。
 逃げるために駆ける猪、放った矢は、胴体に深く突き刺さる。
 一本、二本、三本‥‥
 その横では瞬速の矢が狼の眉間に刺さる。
 仰け反った狼を、鷲の目で命中を高めた不知火の矢が止めを刺した。
 突進してくる猪型のアヤカシ、そして忍び寄る蛇型のアヤカシ。
「さあ、最後の仕上げやな」
 琴月の長槍「羅漢」が漆黒の残像を描いて振るわれる、横っ面を張り飛ばされる猪型のアヤカシ、鷺ノ宮の杖が振り下ろされ、布施の矢が突き刺さる。
 穏やかに舞うのは安達、神楽舞「抗」の補助を受けた開拓者。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
 陛上が呟いて、太刀で蛇を払う‥‥瀕死の蛇は鎌首を持ち上げたが、やがてグッタリと身体を横たえた。

●帰るまでが行楽です
 全てを仕留め終えた開拓者達。
 四方山や安達が治癒符、神風恩寵でその傷を手当していく。
「皆、ご苦労だった」
「怪我がなかったようでよかったです」
「戦おうとした時は驚きましたが」
 陛上の言葉に頷き、安達の言葉に有為は苦笑する。
「私も甘いな‥‥」
 苦笑気味に呟いた彼女の言葉に布施が口を開く。
「責任感の強さ、だと思いますよ‥‥姉も、そうでした。責任のある方はそうなのでしょうか?」
「どうだろうな、責任を求められる事はあるが‥‥」
 故人を懐かしむような、そして過去形の言葉に何かを感じ取ったのか有為は苦笑しつつ、呟く。
「自分が自分でいられることが、一番なのだろう」
「で、直姫の狩る猪は此れだけでいいのかい?」
 獲物の様子を調べていた不知火、動けない猪を見ながら呟く。
「ああ、元々父上に献上するものだからな‥‥これだけ大きければ一頭でも構わないだろう。構わないなら貴公達も参加して欲しい、これだけの大物、父上だけでは食べきれぬ」
 頷いた有為に虚祁が口を開く。
「じゃあ、今から行楽だね」
 かくして、紅葉の艶やかな山での暫しの休息が始まった―――
 適当な場所に腰掛けた開拓者達と有為。
「やっぱり開拓者はアヤカシ退治が主でござるが‥‥拙者としては研究もしたいと思っているのでござるよ」
 やはり警戒は怠っていないのか、ガシャガシャと鎧の音を響かせながら四方山が有為の持ってきた握り飯を頬張る。
「ほう、研究か‥‥陰陽師はアヤカシに興味があるというからな」
「アヤカシと言えば、この前白黒の猪と戦ったり―――あれは少々危なかったですね。後は、角の代わりに紅葉を生やした鹿なんていましたよ」
 そう言って笑うのは安達、それは奇怪だと突っ込まれつつ冷たい清水を飲み下す。
「それにしても、俺達は背負うもんもあらへんし、気楽なもんやね。開拓者やっとるんは生活の為やし」
 言いつつから揚げに箸を伸ばす琴月。
「ふむ、そんなものか―――」
「私は先日の合戦と‥‥後は兎の耳を象った飾りをつけて飲食店の手伝いをしました」
 それだけですがと肩をすくめた布施にその場の開拓者、兎の耳を付けた布施を想像してみる‥‥うん、中々可愛らしい。
「私は儀弐王と酒を酌み交わしましたね、理穴の温泉で―――」
 盃に映る紅葉を見ながら、天儀酒を飲みつつ陛上は口を開く‥‥無論、何かあったときのため、警戒は怠らない。
「強面の依頼ばかりでなく、緩急をつけた仕事を心がけていますよ」
「ふむ、そう言えば理穴の方面では大きな合戦があったな―――私達も兵を割ければよかったのだが」
 成程と頷きつつ、有為も冷たい水を喉に流し込む。
 歓談する一部の開拓者とは別に行動するものもいる。
「ああ、栗も落ちてるね―――山の恵みってやつだ」
 栗のいがに気をつけつつ、テキパキと拾っていくのは不知火。
 その隣では虚祁と鷺ノ宮が風に舞い散る紅葉を眺めていた。
「そろそろ、秋の景色も見納め‥‥でしょうか‥‥」
「そうだね‥‥と、言ったとおり、山菜もあったね」
 確かに山の恵みだと頷いて、全てを採ってしまわないように摘んでいく。
「空も、澄んでいて綺麗です」
 鷺ノ宮の言葉に、不知火が振り返る。
「空が好きなのかい?」
 その問いかけに、鷺ノ宮は首肯した。

●ぼたん鍋と宴会と
 さて、時間は流れ、夕食前。
「ぼたん鍋、楽しみだね」
 不知火の言葉に大きく首肯する四方山。
「楽しみでござる!」
「皆さん、食べ過ぎないでくださいね?」
 その様子を微笑ましそうに見ながら安達が忠告する。
「姫さんの奢りやさかい、精一杯食べなあかんって!」
 ニヤリと笑った琴月に程ほどにしてくれよと付け足す有為。
「父上の分が無くなったら本末転倒だからな」
 その呟きを聞いた、虚祁。
 何処か遠い目をして、目を閉じる。
「(大切なもの‥‥か。温かいね)」
「僭越ながら、私は調理をお手伝いさせていただきたいと思います」
 そう申し出たのは鷺ノ宮。
「お客様のお手を煩わせる訳には‥‥」
 有為の顔色を伺う侍女に有為は手を振って口を開く。
「好きにしてもらって構わない、恩人ならば、尚更要望を飲むべきだろう」
 かくして、厨房に一名ご案内‥‥という事になったのだった。
「さて、依頼成功に乾杯や!」
「美味しそうなぼたん鍋にも乾杯!」
 始まる宴会。
 酒を嗜むものには酒を、飲めないものにはお茶を。
 思い思い寛ぎながら盃を傾ける。
 ちょっとした小話や、依頼、妙なアヤカシ‥‥騒ぎながら飲む者も、静かに飲む者も。
「(開拓者‥‥不思議な者達だ。様々なものを背負うているのは、変わらずとも)」
 思いつつ、有為は合わせて作られた栗ご飯に箸を伸ばす。
「それは拙者の肉でござるよーっ!」
「早い者勝ちや!」
「ああ、二人とも‥‥お水を溢さないでください」
 勃発する四方山と琴月の肉戦争‥‥止めるのは安達。
「もっと大人しく食べられないものかね」
 ため息をつきつつ、漁夫の利、とばかりに肉を攫っていくのは不知火。
「全くですね」
 苦笑しつつ陛上は口を開く。
「それにしても、料理が上手なんだな」
 鷺ノ宮に有為が呟く。
「ありがとうございます」
「父上も元気になられるだろう‥‥美味しいものは一番の薬だと聞く」
 その赤い瞳は、父を思うのか、何処か遠い。
「また、貴公達の力を借りる時が来るかも知れない‥‥その時は頼むぞ」
 そう言って、有為は口元をほころばせた。