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■オープニング本文 工作部隊を率いる長は目的を達したら、我の命令を待たず各地に潜み活動を続けよ。 好き勝手に退却してよい。その場合も破壊は怠らず。補給はしない。追われたら戻るな。 『人間は無視しろ』 『十一号了解』『三十二号了解』 疑問を差し挟む部下は居ない。死ねと命じられればその通りに。力は備えどもその程度の者。 女王を除いて、この我に意見できる存在は居ない。 顎から胸にかけて深く刻まれた亀裂に赤黒い肉が盛り上がる。甲に走る無数の細かな傷。 かつての戦いで矛や剣は刺さったまま放置し、既に身と一体となって装飾と化していた。 年月を経た再構築の間に、柄と刃の位置は翻り。針鼠のごとく鋭利な鋼鉄が外界を睨む。 鈍く輝いていた黄金の身体は、冥越で見られたその姿から異形へと変化を遂げていた。 金阿剛という名を女王より賜った。元は三号と呼ばれる個の無き存在。 地上に現れた時は最前線に立ち、冥越と人が呼ぶ地でその地形すら完膚なまでに破壊する采配を取った。 その威容を誇る女王は大勢の後衛に取り巻かれ、巨大故に恐怖をしかと植えつける象徴となったが。 実際侵攻の指揮を取り地を切り取ったのは自分であるという自負がある。 女王が鎮座する限り兵隊は無限。その山喰の頂きで命ずるのが金阿剛。腕であり脚であり頭脳である。 同じだけの年月を経た同格の輩も居るには居るが。力任せではない采配を取れるのは金阿剛しか居ない。 『慧索、どう見る』 番号を持たぬ個体。小さな身体。金阿剛が信を置いている老蟻は人間の子供程度の大きさしかない。 元より女王の卵より産まれた精鋭ではないが、兵隊蟻出自らしからぬ知能の高さに一目置いていた。 こいつは自分で考える頭を持っている。力が全くないのが残念だが。 しばらく傍に置いてたっぷりと瘴気を喰らわせてやれば、もしや化けるかもしれぬ。 できれば女王の一手を担うくらいに育って欲しいものだな……。 『人間は厄介ですな、出れば叩かれる』 カシカシと牙を摺り合わせるように紡ぎだされる静かな言葉。それは山喰だけの言語で他が聞けば雑音に紛れる。 『おそらく工作隊は使い捨てになるな。目的を達するのが精々という能の奴らだ』 『だから戻るなと命じたのでしょう』 『うむ』 ●出動要請 荷役の街道を狙って散発する山喰の攻撃。北面の街道全てに守備を配置するのは志体持ちの数が足りない。 それよりも抑えねばならぬ要所への攻撃を警戒せねばならぬ現状で。 護衛がついた隊列そのものを狙わない。彼らが通らなければならない道筋の破壊活動に勤しむ。 人間の居ない場所刻限を選んでは、道を陥没させ芳香も濃厚な黒い花と燐粉を残して潜伏する。 それは小さな小さな、それそのものが魔の森の芽であった。 故に単純に焼き払ってはならぬ。焼けば魔の森として再生を阻む手立てが見当たらなくなってしまう。 過去に焼き討ちで魔を払おうとしても成功した例は聞いた事が無かった。 「この道を押さえられては、この奥にある里が北面国内と分断されてしまうですのね」 山喰対策班としてこの魔植物の対処に専念するよう命ぜられた彩堂 魅麻。 新たに来た出没の報告は頭の痛めるものであった。 そこは陰殻方面からの軍勢をもしも要請するなら、進軍の補給拠点にも使える場所である。 首都からも離れ、有事の際の兵糧を蓄えているその里は……元はといえば陰殻と事を構えた時への備え。 近年の政治情勢では各国の関係も穏便で、その心配は少なくなっていたが。 砦はその向こう、陰殻側にあって里からこちら国内方面は無防備となっている。 「あちらはあちらでアヤカシが出ていて対処に追われてると連絡があったですの」 対処が済めば里の民と物資は砦に避難させる方針であるのだが。こちらはこちらで放置はできぬ。 街道の確保は開拓者に任ぜられた。 ●魔の燐粉 『人間、来た』 『少ない』 『勝つ、襲え、進め』 命令を完遂した後は好き勝手でよし。兵隊蟻達は開拓者とそうでない者の区別など無かった。 番号持ちの偉い長も割り振りして命じただけで、作業は末端の分隊長格単位で各地に出ていた。 頭数で勝るなら襲う。作業中に襲う。単純にそう、考えたのである。 街道を含む一帯が根こそぎ荒らされ。 休憩に良い日陰を提供してただろうなという木立が根を見せて、強い嵐に遭ったかのごとく倒れている。 地中にあった礫が、土と交じり合い。嫌がらせとでもいうかのように大きな岩塊も複数鎮座して。 そこに点在し根を薄く張り咲く黒い花。春かと錯覚するような強い芳香が風に乗る。 魅麻が言うには東房でも同じような植物が山喰と巣を共にしていた。 この魔植物の封印が第一の任務。花粉が散った周辺の土も考慮せねばならない。 それにはかなりの練力と労力を費やすであろう。 精霊の力を借りたとしても、山喰に掘り返された土の裏側までは単純にはいかない。 街道も今後に支障の無いように、復旧しておかねばなるまい。 尚、研究の為に極少量を容器に密閉して持ち帰って欲しいと魅麻より要請されている。 岩清水か何かの空瓶に花粉一粒たりとも洩れないように厳重に封印して。 作業を開始してより、それは地中よりやってきた。 移動せずにその付近の地下にそのまま潜伏して巣を張ろうとしていたのか。 花と同じ濃厚な匂いを漂わせた人間大の蟻型アヤカシが十体。ギチギチと顎を鳴らして襲撃す。 |
■参加者一覧
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 「なあ、これやっぱりあやつらの仕業なんか」 この寒空の下、何でこんな事せなあかんのやろかと、呆れ果てた表情でぼやく八十神 蔵人(ia1422)。 まったく嫌がらせとしか申しようのない程の荒れ果てた状態である。 まあ旅慣れた身軽の身ならば通れなくもないが。これじゃあ荷車もまともに通れやせんわなぁ。 「地中からの工作、山喰の眷族なら得意中の得意でしょうね。ええ、厄介ですが」 「先日も村の真下から襲撃してきたしな。下手に出れば潰されると奴らも頭を使っているんだろうが」 ついこないだも予想せぬ形で眷族との対面となった静月千歳(ia0048)と羅喉丸(ia0347)。 蔵人とも志藤 久遠(ia0597)とも東房にて発見された眷族掃討の作戦で、経験を共有している。 巣穴の奥にあった黒い花についてギルドに報告を上げていたが、その情報が今回山喰の仕業であろうという推測に結びついていた。 早々に情報が齎されるなり、絞られた対策が派遣される開拓者に提供されたのは専門に担当している彩堂 魅麻の判断である。 詳細を知る者が現地に赴くなら識別は容易であろう。事前の打ち合わせで初めて関わる者も必要な要素が頭の中に入っていた。 花粉を吸わぬように口元を覆い、決して素手では触れぬよう。 「全体に瘴気の濃度がやはり他の地域と違うようですね、反応が少し疎らではありますが」 結界での観測を担当しているのは嶽御前(ib7951)。さて何処から手をつけましょうかと皆の顔を伺う。 「黒い花もそうだが、街道を荒らしたものの痕跡が見られるというのならまずそこから確認しておこうか」 荒らした奴らは何処へ行ったのか。まだ近くに居るのならば、それも警戒せねばなるまい。 「足元からいきなり襲われるというのは、遠慮したいものだからな」 ロック・J・グリフィス(ib0293)が踏めば崩れ沈み込む足場に眉を険しく顰める。 「それでは濃度の高い地点へ行ってみましょう」 「なるほど土の表面に花が混じっていますね。瘴気の元はこれでしょうか嶽御前さん」 「どう……なのでしょう。周囲の土との違いが私には。未熟故申し訳ございません」 まだ開拓者になって日が浅いからと控えめな調子で答えるが、千歳はその所為ではないと制す。 そもその術では濃度を測る事しかできないのだ。アヤカシが居ても同じ組成である式が居ても、判断は難しい代物である。 「土の中がどうなってるか調べてみないと判断できません。実際見てからで良いでしょう」 羅喉丸が膝を付き、慎重に花の構成物を傷つけないように周囲を園芸等で使われる小型の円匙で掘り返している。 「空気は乾燥してるのに、この匂い……」 作業を始めるにあたり判断を待ち、思索に耽る鞍馬 雪斗(ia5470)。 似たような植物とは符合しない。魔の森の植物は自然界よりも多様で、地域や関わるアヤカシにより千差万別。 匂い自体にも何らかの作用があるか判断できぬうちは、あまり深く吸い込まない方がいいだろうとは思う。 しかし気になる。他所から運ばれて既に瑞々しさは失ってるようにも見えるが。いやこの状態が生来の姿という可能性もある。 まだこれは……『生きて』いるのだろうか? 「バラバラだな。根もあまり伸びていない。巣穴で見たのとまるっきり同じ姿ではあるが……」 「あれはしっかりと巣穴に根付いていましたね」 「土の中にも花ごと埋まってるのもある。畑の堆肥みたいに混ぜ込んでいるのか?」 「可能性として考えられますね。自分達の能力を最大限有効に使う……それなりの知能があるのなら故意にそうするのは」 あるいは適当にやっつけ仕事で投げ出していった可能性も捨て置けませんが。 「どういう指示だったのでしょうね。目的はええ、見事に叶えていったようではありますが」 道の破壊は単純で荒っぽい所業だが。補給路や進軍路の寸断は地味に堪える。直接の襲撃よりあるいは厄介かもしれない。 全ての地域を警戒して人員を配置しておく事など現実にはできないのだから。人の営みは点と線で構成されている。 線をズタズタにされれば点はただの点でしかなくなる。孤立させてからひとつひとつ奪ってゆくのは遥かに容易になる。 (しかも、魔の森に発展したならば……私達は不用意に手出しができなくなってしまう) (これが芽ならば……絶対に成長させる訳にはいきません) 奪われた故郷。暮らしは過酷であろうともそこには自分の居場所が確とあって、心を育み、身体を養ってくれた。 山喰……鬼啼里 鎮璃(ia0871)の故郷を完膚なまでに奪い去った衆の一員である。同じ事を繰り返されては堪らない。 「他の瘴気が濃い地点も同様なのでしょうかねぇ……と、千歳さん何か蠢く気配が?」 地面に耳を当て、音を探っていた千歳は顔を上げて判らないと答える。 「未だ蟻が潜んでる可能性もあるかと思うのですが。こう土が柔らかくては探れませんね」 どれ程の深度から掘り返されているかも。実際掘ってみないと判らないというのも随分骨折りである。 「警戒しながら作業を進めてゆくしかないでしょう。妙に地中の物が掘り出されていますし」 「大きな岩石までごろごろ転がってますものねぇ。こんなのどうやって掘り出したのやら」 苦笑したくもなる。大の男なら非力でもなければ持ち上げれるが、量が半端じゃない。 「下っ端の兵隊でもわしらと取っ組み合える体格はあるで。何や、これ有効に使えば城くらい作れるんやないの作り方知ってれば」 自分で言っておきながら薄ら寒い気分になる。 山喰も好き勝手やってるようやけど、鬼を率いてるようなんと手組んで土木工事専門に働き始めたら…あかんわそれ。 「とにかく手を付けない事には、ここで野宿になってしまいますよ自分達」 倒木に手を添えた雪斗がどの程度破断すれば最小の手順で効率良く片付けられるか計算しながら、呟く。 「そやなぁ……できれば日暮れ前に帰れるんならそうしたいわ」 ● 奇襲があっても対処できるよう、互いにすぐ動ける範囲に身体を置きながら作業を進める。 鎚や斧、円匙と。借り受けてきた土方道具一式。ひたすらに肉体労働、地道。日は高く照っているが風は冷たい。 「石清水を振り掛けて…浄化の効果、あるんでしょうか?」 「ああ、それ魅麻さんが。採取の容器に手頃だからって言ってましたよ」 「そういう意味でしたか」 「わし、酒瓶しか持って来なかったで。どうせ入れて密封するだけなら同じ事やから」 「またそれは八十神さんらしいですねぇ」 土を落として花だけを封印した物と、別に周囲の土も一緒に採取して皮の水筒へ入れた物を用意する鎮璃。 研究材料は複数の条件を持ち帰った方が良いかと。何か違いがあるかもしれませんしね。 途中で零れる事のないように厳重に固く紐で口を縛り上げる。 「さて採取が終わったら、問題は浄化ですよね。これだけの土、何処までできるでしょうか」 大きな懸念である。 「黒き花が瘴気で出来ているのなら、塩に変えることでその存在を無害に変えてみせるとしよう」 騎兵槍に聖なる精霊を集わせ、その力によって瘴気を薙ぎ払うロック。 鎮璃と久遠もまた同様に自らの得物に芳しい香気を伴う力を纏わせて、花の瘴気を消し去ってゆく。 「はぁ、案の定お出ましやで。あれは工作担当やな?」 「戦闘向きじゃないな。こないだ村を襲った奴らと同じ形だ。あの数なら余裕だが……足元気をつけろよ」 「動いたら足取られるわな。わし引き付けるから、攻撃と補助は頼むで」 「……これだけ、ですか」 「僕の見える範囲にはもう何も居ませんね」 心眼で気配を探るが、今襲ってきた以上に現れる気配はない。 主にアヤカシの攻撃が集中したのは蔵人で、久遠も鎮璃も位置をほとんど変える事なく一匹ずつ片付けたに終わった。 「今回は指揮官は無しですか」 「今回は……って初めてです?」 「哨戒の時でも小隊単位で動いてたのですが、変ですね」 「工作が目的なら撤退命令が既に出てたのか。でも何故これだけ残っていたのやら」 不審な面持ちの久遠。あまりにあっけなさ過ぎやしないか。 「居ないなら、それに越した事はないが」 浄化に使う力を削がれる程出てこられては支障あるから、幸いとも言える。槍捌きだけで充分であった。 「なぁ、前に遭った時こんな匂いしてたかこいつら?」 嶽御前の手当てを受け一息吐く蔵人。自分の記憶が確かか当時一緒だった久遠に確認する。 「いや記憶に無い。東房の森では……影も形も無かったな」 「単純に種や植木を運んで植えただけなら、花の匂いなんてつかん筈や。ひょっとしてこれ魔の森広めるだけやなくて何かしらの採取目的の作物ちゃう?」 ふと思った疑問、蔵人が口にしたそれを嶽御前が真剣に手帳へ書き留めている。 「あいつら蟻やし、蟻蜜とかありそうやな」 蟻自体が魔の森を広げる種、というのは懸念であったか。いや違いはある。 倒したアヤカシの変化を観察していた千歳。 消え方自体は変わらない。徐々に瘴気と還元して空気に混じり区別が付かなくなってゆく様。 だが塵のような花粉はアヤカシと別なのか消えてゆかない。風に流れ飛散し土と混じる。 一部はアヤカシが完全に消える前にその体表から採取し、瓶ひとつそれだけを入れた物を作った。 延々と続く土木作業、瘴気の浄化。作業、浄化。疲弊が蓄積してゆく。 復旧は何とかなりそうだ。この道を使える見込みが無ければ迂回路を模索しなければならないかとも思われたが。 元々そこを通らざるを得ない地理だからの一本道である。他の選択肢は大量の物資や人員の輸送には難がある。 そうならずに済んで良かった。 瘴気回収も駆使して。その後の濃度変化を観察したり。夜も明かす事になってしまったが順調であり。 除去した瘴気は除去されたまま。 人里といえど余程に清められた環境が整っている場所でも無ければ瘴気は皆無ではない。 問題視する程の瘴気はアヤカシと花の除去によって薄れていた。 「本当にこれで済んで良かったと言うべきか……。最悪の惨事は……想像したくないな」 外套に包まり、顔を出した朝陽に眩しげに目を細める雪斗。大事に抱きかかえた瓶へと視線を落とす。 ● 神楽に持ち帰られ、開拓者が自ら書いた報告や、雑感も含む詳細な記録と共に提出された幾種もの採取物。 研究の成果が出るまでには時間が掛かるかもしれない。 それでもこの大きな成果はきっと、何か光を見い出す事だろう。 手の内を晒した奴らに人間の努力というものを。こちらの武器として、返してやろうではないか。 |