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■オープニング本文 ●戦の気配 北面の若き王芹内禅之正は、北面北東部よりの報告を受け、眉間に皺を寄せた。 「魔の森が活発化しているとはまことか」 「は、砦より、ただちに偵察の兵を出して欲しいと報告が参っております」 「ふむ……」 唸る芹内王。顔にまで出た生真面目な性格は、時に不機嫌とも映りかねぬが、部下は己が主のそうした性をよく心得ていた。芹内王は、これを重大な問題であると捉えたのだと。 「対策を講じねばならぬようだな。ただちに重臣たちを集めよ」 彼は口を真一文字に結び、すっくと立ち上がる。 「開拓者ギルドには精鋭の開拓者を集めてもらうよう手配致せ。アヤカシどもの様子をよく確かめねばならぬ」 ●地底深くにて 人の耳であれば塞ぎたくなる異音の哄笑が、捻じ曲がる無数の根に覆われた巨洞に木霊する。 『我も利用するとはのう。あの小童め、楽しませてくれるのじゃろうな』 手土産、と称して運び込まれた無抵抗の肉塊を貪り吐き捨てた異形。顎に新鮮なる血肉を滴らせ。 言付けの使者として、夢うつつのまま伝令の言葉を携えさせられた一角を額に持つ少年は当初より正気を失っていた。 散々、弄ばれた後なのであろう。もはや術の効果など失せていように。 否、奴の事だから故意にあるいは気まぐれに、効果が失せてから送り込んできた可能性も考えられなくはない。 どちらにせよ、どうでもよい事だ。奴が何を企もうが思おうが、我らが領域を侵さねば好きにすればいい。 ほんの戯れの果実。絶叫の形に果てた死骸を無感動に放り出し。幾多と蠢く眷族がおこぼれに預かろうと群がる。 そうする間にも、別室より新たなる眷族が産まれ定められた戦場へと行進してゆく。 漂う瘴気より生成されたモノに比べ、濃密な瘴気の凝縮である女王の卵より直接産まれたモノはいずれ自我に近い知性を持ち有能な働きを齎す。 蟲毒のごとき同族同士の競争に生き延びた老獪で強大な個体だけが、その権利を得る訳だが。 女王を取り巻くのはそれだけで構成された最精鋭であり、取るに足らぬ戦に費やすものではなかった。 地上の覇権を本気で左右せぬうちの前哨戦など他のアヤカシに任せておけばいい。 今回の要請を、女王は侮蔑していた。我の軍勢を担ぎ出すにはまだ早過ぎるわ。 冥越とか人間共が呼ぶ土地ひとつ切り取るのに、我が眷族もそれなりの犠牲を払ったのだ。 盤石を固め、反攻を許さぬ軍勢の再び揃うまで機をゆるりと待てばよいではないか。 魔の森は順調に育っているが。女王の腕と称していい程の強大な個体は、まだ新たには育ちきっていなかった。 単体で本当に使い物になると評価できるのは、冥越の戦いを越した古参であり。 最も有望なモノは彼の侵攻で最前線に投入し、人々に恐怖を植え付けたが激戦の傷が完全には癒えていなかった。 だから、動かしたくはない。小童の要請ごときで我の計画に支障をきたしてはならぬ。 かといって現時点で小童と協調を欠いては、あれだ。程々に手を貸しておいてやろうではないか。 まずは、小手調べでな。不服があれば再度何か申してくるであろう。それからでよい。 『四十八号に三十六地点を真下から襲撃させよ。帰ってこなくてよいぞよ、喰らい尽くせ』 その絶対服従の命令は即座に無数の経路を伝い伝達された。 ●集められた檻 「どういう事だ……?」 長閑な北面の穀倉地帯。新米の詰まった俵が満載された荷車が並ぶ。 開拓者が呼ばれたのはその道中の護衛の為であった。――が。集められ過ぎではないか? それが山喰へ襲撃させる為の何者かが企てたお膳立てとは、開拓者ギルドも見抜けなかった。 後から考えればおかしいと思うが。この時期多数の同様の依頼に紛れ、ひとつの村に開拓者を誘き寄せるとは。 突き合わせたなら異常と気付いたかもしれないが複数の担当者を介して繁忙を利用し。 ひとつひとつは何の変哲もない依頼なので、疑問に思わず次々と送り出される。 村人はそんな要請は出していないと首を傾げる。 野盗やアヤカシから道中を守る為、一度に数人居れば護衛には充分なのだ。 事態は急変する。 集居した粗末な住宅地の周囲には収穫期の繁忙も半ばの田畑が広がり村人達が骨惜しみなく働いていた。 異変の兆候は、田地に残っていた泥水が地中に吸い込まれていった事であった。 視界にあった物が一定の距離だけ一斉に失せる。息を呑む間の陥没。 住宅地を円周状に囲むように、地表が人の背丈よりも深く。作業していた村人達を巻き込んで崩れ落ちる。 澄み切った秋晴れの空に響き渡る老若男女の悲鳴。 彼らの目の前には、黒く甲を光らせた蟻型のアヤカシ達が整然と抜け道を許さず、村の中心地を囲むように並んでいた。 その一体は遠めにも明らかに他の個体よりも大きく、姿も異なり。 銀色に陽光を照り返す四枚の巨大な刃を背に羽根のごとく広げて牙を鳴らしていた。 |
■参加者一覧 / 静月千歳(ia0048) / 羅喉丸(ia0347) / 鷲尾天斗(ia0371) / 鷹来 雪(ia0736) / 礼野 真夢紀(ia1144) / フェルル=グライフ(ia4572) / 氷那(ia5383) / 菊池 志郎(ia5584) / 炎鷲(ia6468) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / ティア・ユスティース(ib0353) / ミノル・ユスティース(ib0354) / ミーファ(ib0355) / 明王院 玄牙(ib0357) / 桐原 樹(ib0740) / 桐原 椛(ib0741) / 无(ib1198) / モヒカン(ib3127) / 杉野 九寿重(ib3226) / 長谷部 円秀 (ib4529) / リーブ・ファルスト(ib5441) / エラト(ib5623) / 凹次郎(ib6668) |
■リプレイ本文 (……岩屋城と似てますねぇ、ナイそう思いませんか) 無意識に懐の宝珠を指でなぞる无(ib1198)。そこには相棒が眠る。 あの時は、化甲虫と共に蟻型のアヤカシがやはり襲ってきた。それから――。 思えば顔ぶれが随分と重なっている。嫌な符合ではないか。 しかし今は想いを馳せている時間は無い。 (この数だけなら、居合わせた私達で撃退できます。即座に指揮を失わせ、ご退場願いましょう) 「山喰、か。ここで遭うとは思わなかったが。皆、聞いてくれっ!」 羅喉丸(ia0347)の腹に力を込めた大音声が響く。 「奴らは音で連絡を取り合い、瘴気の濃さで周囲を感じている!外殻は固いが、精霊に内部から働きかけさせる術は有効だ!」 「ただの大きな蟻のなりをしたアヤカシではなく山喰の眷族……なるほど」 瞳を鋭く細める長谷部 円秀(ib4529)。 「まんまと嵌められたと言う事ですか。手の込み様、山喰単独の仕業とは思えませんね」 こちらも東房にて眷族達と直接対峙した経験のある静月千歳(ia0048)。 整然と指揮に従い団体行動を取る知能はあるものの。ギルドに偽依頼を出してまで人を誑かす手立てを企てるとは思えない。 奴らが人間という存在をどういう認識の仕方をしているか。瘴気のない動き回るモノ、単なる餌であり敵たるモノ。 存在を認識したらただ襲い喰らうのみ。その為に土地の破壊も厭わない。ギルドまで来れるならギルドを直接襲いそうなものではないか。 (まぁその背後に居るモノは人間が集って発揮する力というのを知っているのでしょうけれど) 依頼の文を送ったのは何者か。澱みなくそれを書いた者は人間の言葉を理解していた。人間と同じ思考で策を企てる者の仕業だ。 (皆、行きました。私は隊長格へ向かう方々に従う事にしましょう) どうか御武運を。 きっと救助の手は足りると信じて、一際大きく存在をひけらかしたアヤカシへと向かう白野威 雪(ia0736)。 先頭では鷲尾天斗(ia0371)が魔槍砲をぶっ放し、道を切り拓いていた。 「しっかし蟻のアンだけデカイとコエーなァ。こっから見てもアンだけあるんだぜ」 笑いながら言うこの男も怖ろしい。目は本気なのに血の狂者のごとく笑い声を立てて、アヤカシを破壊している。 彼から見れば途中に居るモノは雑魚で障害物でしかない。そう言い切れるだけの実力を備えていた。 「羅喉丸さん、アンタの拳は雑魚相手に振るうまでもねェさ。ハァ〜イ!ソコ退かないと焼き殺しちまいますよォ〜」 ズドーンと腹に響くような砲撃が辺りに硝煙臭さを撒き散らす。 「ソコの羽虫!そこでじっとしてやがれよォ!今首貰いに行くからなァ!!」 豪快な有様に円秀の唇に苦笑が洩れる。お陰ですんなりと指揮官らしきアヤカシの元へと向かえたが。 「そも指揮を取ってないように見えるのは気のせいでしょうか。ここまで配下を導いてきただけのようにも思えます」 「ええ、命令を下してる様子は見られません。それに私が東房で見たモノより小さいですね」 巣周辺の巡回行動を率いていたモノよりは大きいか。過去に見たモノと胸の内で比較する千歳。 先頭で派手にやっていた天斗の身体が白銀に輝く風塵に包まれる。 「カハァッ。それなりに痛ぇぜ、これはよォ。返礼はこれだァ」 天斗を知らぬ者が見れば無謀とも言える速攻の突撃。精霊の力が超人的な身体を更に飛躍させる。 同時に羅喉丸も仕掛けた。 「ゼロショットだ、おらァ!」 羅喉丸の重い拳を受け止めた脚がへし折れてぶらんと下がる。至近の魔槍砲が体躯をよろめかせる。 血の代わりに黒い瘴気を浴びせ、天斗を弾くアヤカシ。再び白銀の刃が襲う。 その瞬間、背の刃は霧散し転送された瘴気が再構築されて無数の細かな刃の嵐となっている。 无はつぶさに見届けていた。魂喰の式が瘴気ごとアヤカシに牙を突き立てる。 隊長格との戦いは意外とあっけなく終わった。 雑魚の掃討。周囲に取り残されてる人は居ないか。即座に次の動きへと移る一行。 ●血と瘴気の円環 誰よりも速く地を蹴り、風のように駆けたのは氷那(ia5383)と明王院 玄牙(ib0357)。 常人では辿り着けぬ距離を一瞬にして踏み、今まさに襲われんとしていた村人の前に身体を投げ出す。 「……っ」 玄牙の肩より噴き出した血飛沫が、腰を抜かした老婆の顔にまで降りかかる。 痛みを堪えて釵を両手に捌き、押し返したアヤカシを真空の刃で退かせ、二体を相手しながら前進して引き離す。 老婆を振り返る余裕は無い。まずは持ち堪えている間に仲間の支援が間に合う事を祈り。 氷那の走りながら放った手裏剣が、アヤカシの牙を削り弾かれてぬかるんだ田に落ちる。 牽制に幾度も打ち放ち、その頭をこちらへと向けさせ。 「皆さんの事は、私達が助けますから」 動けないなら今はそこに居て。大丈夫。私が傍に居てあなた達を必ず守っていますから。 力強く、静かな言葉。眼差しはアヤカシを見据え微笑みまで向ける事はできないが。 稲藁の束を抱えたままどうしていいか判らず震える子供達を背に、立ちはだかる。 「怖いでしょう。終わるまで目を瞑っていていいのですよ」 アヤカシの硬い爪や牙と打ち合わせる音が、怯えさせる事は防げないが。 早く、少しでも早く終わらせてあげるから。倒すまでごめんね、待っていてくださいね。 威嚇の音を出さんと合わせた牙に、霧雲の刃を突き入れて身を捻る。 それにより氷那の防備は甘くなったが、肉を抉られても表情ひとつ変えず。 リーブ・ファルスト(ib5441)の放った弾丸が急カーブを描いて側方よりアヤカシの腹を打つ。 「くそっ。早く子供抱えて下がれ!俺がその間牽制する!」 早くしねえと他にまで手が回んねえぞ、おい。 氷那が身を翻し、子供二人を腕に抱えたとこで足の関節をひとつ、ふたつと砕く。 「よし、あんたの脚なら大丈夫だな。そこ、動けんならとっと蟻から離れろ、死にてぇのか!?」 別の方向へとガァンと響く弾丸と一緒に怒声を轟かせる。乱暴なようだがリーブなりの発破だ。 呆然としてるだけで、これで気付けになって動ける奴は一人でも動いてくれや。頼む。 次々と標的を変え、狙撃できる距離にあるアヤカシを牽制してゆく。 「私達が必ず護ります!皆さんは近くの開拓者に従って動いてくださいっ!」 咆哮に乗せて響き渡るフェルル=グライフ(ia4572)の声。 声を嗄らさんばかりに出し続け、胸に吸い込んだ息も無くなる程に。泥地を駆ける。 「私達が引き付けるから……中央へ逃げて」 擦れ違い様に声を掛けるだけで喘ぎが肺を責める。 「貴方達の相手は……私です……っ!」 黄金と白銀に輝く霊験あらたかな刃を抜き放ち、美しい瞳で詰め寄るアヤカシ達を屹と睨みつけ。 先手を取って隼の一閃。包囲の中に自分の立ち位置を作る。 外へ、外へ。背後を見せたアヤカシがからす(ia6525)に深々と甲の隙を射られ、動きを痙攣させる。 隊長蟻発見の声を聞いてそちらへ駆けた者は多い。この方とは反対の位置になる。 (狙うなら大物を、か。命令系統を撹乱された中で個々に暴れるアヤカシに村人をやられては意味がない) 冷静に分析して、弓の手を必要とするのはこちらと判断した。その判断は間違っていないと思う。 指揮系統を乱すべく音響攻撃を仕掛けているのは、ティア・ユスティース(ib0353)とミーファ(ib0355)。 地が唸るような轟音が、ハープの音色に焚きつけられた精霊達によって紡がれる。 「村の方々はこちらへ急いで!」 「命の尊さを知らない者達の為に奏でる調べなんてありません」 私達の紡ぐ幸せの歌は、命の尊さを知る者達にこそ相応しいのですから。 平素は優しい音色を奏でるハープを力強く掻き鳴らす。指先が切れそうな程に、強く、強く。 無辜の民を恐慌に陥れたアヤカシ達への怒りを腕に込めて。 「ティア」 「ええ、次の節は私はあの地点に」 「私はあちらを」 騎士のように鍛えられた長身の体躯に相応しい大きな手。幾つもの弦を同時に弾き精霊へと勇壮な力を送る。 ミーファの小さな手は負けじと速く激しく動く。太い弦を中心とした重い音が競うように空気を伝う。 (この曲の鍛錬においては、ティアに敵わないですね。それなら……) 楽器を腕に抱えて、段差を思い切り飛び降りた。ぐしゃりと靴が濡れた土を踏む。 駆ける、戦乱の激が響き渡る中へと。ティアもミーファの後を追う。手に今度はブブゼラを携えて。 ミーファから音がしない。しかし手はハープの弦を弾き続けている。先程よりも激しく。 「それは……」 ティアの瞳が温かみを帯びて緩んだ。精霊と心通わせる楽師なら修練を積んだかどうかは別にしてその動きを知っている。 瘴気だけに遠く遠くまで呼びかける音を紡ぐ秘技。怪の遠吠え。 「私も、同じです。手段は違えども」 胸一杯の空気を長く長く続く音へと変える。放ち続けるこれが私達の武器。人を救う為の。 別方面ではエラト(ib5623)が激情の炎を彫り込んだリュートを手に精霊を狂おしく舞わせていた。 冷ややかな人形のように整った顔の筋ひとつ動かさず。 演奏に極度の集中を遂げる彼女を守るように桐原 樹(ib0740)が自分へとアヤカシの攻撃を引き付け、全身全霊を込めて斧を振るう。 腕に固定した盾に喰らう衝撃。小さな身体が弾かれて、泥に汚れる。しかし精霊に惑わされるアヤカシは次の攻撃を見当違いの方向に放っていた。 「樹っ!」 身体より長大な弓を構えアヤカシを射た桐原 椛(ib0741)が駆け寄る。 「ん、僕よりアヤカシを。桐原 樹、このぐらいではくじけませんよ!たぁぁっ!」 大地を割らん気迫で片膝を付いたまま振り下ろす重き刃。衝撃波が泥を跳ね上げて一直線にアヤカシを薙ぎ払う。 「土の中から……」 抉られた土から現れた黒い脚。すかさず椛が這い出てくる瞬間を狙って眼を射抜く。 次から次へと、その数は僅かにしか減っていない。 「……。次は眠らせます」 額に伝う汗を拭うエラト。暴れた精霊を鎮静させるのには激しい消耗と集中を要求される。 今度はまどろみを誘うようなゆったりとした音色。幾体かのアヤカシが沈み、幾体かは動きを緩慢にさせた。 手傷を負いながらも涼しい顔で敵を切り払い続ける和奏(ia8807)。 「大丈夫ですよ私は平気ですから。気にする必要はありません」 「で、でも僕のせいで」 脚をくじいて動けなくなった男の子を懐に守っての戦闘。さすがに避ける動きは鈍る。 鋭い牙を突きたてんと覆い被さるアヤカシの顎を受け止める刃を、先の手で振り上げて割る。 「簡単には戻らせて貰えないようですね。ならばここで持ち堪えましょう」 手の届いたこの子には傷ひとつだって付けさせません。穏やかな笑みを男の子に向ける余裕もある。 「怖くないですか」 「うん……お兄ちゃんと一緒なら、僕怖くないよ」 「そう言って戴けるとは光栄です。今日のこの刃はあなたを守る為にあります。そうだ名前を聞いてませんでしたね」 「マユキ、まことの雪って書くんだ」 「いい名前です。そういえば今日ご一緒の開拓者にあなたと同じ名前の人が居ますよ……女の子ですがまことの字は一緒です」 優雅に洗練された刀の腕前を振るいながらも、何故かほんわかとしてるのは和奏らしく。 それが血生臭い中で子供の心を穏やかに保たせていた。 「かっこいいなあ……」 「ずっと続けていればできますよ。鍬を毎日振るうのときっと一緒です」 「鍬じゃそんな動きできないよ」 「鍛錬の中にはずっと木刀を真正面に振るい続けるのもありますよ、子供の時はそればっかりでした」 「お兄ちゃんでも最初はそうなんだ」 「ええ、だから真雪さんもできるようになりますよ」 満身創痍のアヤカシに脳天からの一断。お手本そのものというトドメに男の子は恐ろしさも忘れて目を輝かせていた。 (父様の故郷は無事であろうか。私がこうしてる間に別の襲撃を受けておらぬと良いですが) 北面に差し迫る危機がこのような形で訪れようとは。都方面の縁戚も心配であるが、王の膝元まさか大事には至るまい。 父も母も共に北面国内の出自という杉野 九寿重(ib3226)。決してこれは他人事には映らない。身に積まされる。 「討ち減らす事にて、今後の悲劇も防げましょう……ミノル、村の方から離れずにお願いします」 広範囲に散る村人に手を貸す為、降り立った地。今傍にある開拓者はミノル・ユスティース(ib0354)一人。 他は間にアヤカシを挟み、この場は二人で乗り切らねばならない。守るべき民は三人。 「ええ、九寿重さんも。しかしこの状況では大きな術は使えませんね味方を巻き込みます」 どの方向を見ても、その先には村人を守る開拓者がいる。 「一体ずつ確実にいきましょう。今立つ位置と村の方の距離を保ち、円で動きます」 留まっては押されるだろう。今以上に距離を詰められてはこちらの動きも村人を巻き込まぬよう束縛される。 アヤカシの一撃をさっと横に歩を踏む事で避け、刀を薙ぎ払いそれ以上の進軍を阻む。 心の中に描いた円の縁をなぞり、僅かな時間差を見極め次々と払い退ける。 ミノルは風の刃を武器に確実に当て。九寿重と対位置になる正円上を保ち続け。 瞬時空いた隙を、村人達に声を掛けて走り抜けたい逸る衝動を冷静に抑える。 このような状況でも動けるよう訓練された人々ではない。思い描いた通りに動けなければ。 今の位置を保ち続ける方が、彼らの身は安全だ。既に手負い、早く癒し手の元へ連れてゆきたいが。 「む……土の中から動きが!ミノル、位置を変えますよ。私が誘導しますから援護を」 戦いながらも心眼で気配を探っていた九寿重の瞳に、地下を蠢く存在が映った。 身を翻し、脚に傷を負った村人に肩を貸し、ソメイヨシノを振るいながら移動する。 「二人は私の背後にぴったりと添ってください。行きますよ」 「後ろは振り返らないで。俺が守っているから決してアヤカシは近付けさせません!」 「はっ!爺様よ、切り株に腰を下ろして休んでいてくれや。わしは此奴らを相手に暴れてくらあ!」 天を突くような偉丈夫のモヒカン(ib3127)。大きな鬨の声を上げて突撃した群れの中でその胸から上が見えている。 反対側でも凹次郎(ib6668)が咆哮を轟かせ、群れを引き受け。 剣を持つ手に腕を十字に添え、攻撃を押し返し。 「多勢でござるな。まずは一体、これを受けてみよ!」 大きく踏み出した脚が沈む。そこから身体をぶつけるように喉元へ突き上げた剣。 深き手応え。抜くのではなくそのままぐいと全身を使って押し、別の一体へと剣の先のアヤカシを鈍器代わりに当てる。 二体を巻き込んで転がる勢いで刃を抜き、再び叫び更に遠くへと。 まるで凹次郎に率いられるように連れ立って村から離れる方向へと進むアヤカシ達。 「来るでござる。来るでござる。拙者もののふ凹次郎が相手して進ぜようぞ!」 血を流し、凹に染め抜いた大紋を泥に塗れさせても、熱き侍の魂に燃える心は決して恐れを見せぬ。 正統の型に捕らわれぬ動きで、惜しむ事なく死闘を繰り広げた。 「皆さん、落ち着いて一緒に移動してください。皆さんは、開拓者がお守りします。……慌てなくて大丈夫ですよ」 菊池 志郎(ia5584)は避難誘導に専念していた。まずは辺りに居る者を一箇所に集め。 「ほら、あそこで集まってますから。急いで逃げて!」 精霊砲を惜しむ事なく撃ち続け、道すがら擦れ違う人には志郎の元へ向かうよう声を掛ける。 「そんなあんたみたいな幼い子を残して」 「まゆは開拓者ですから。身を守る術は心得ています。心配ないですから、ね」 長く話している余裕は無い。とにかく進まなきゃ。 予想外の事態に驚きはしたけれど。開拓者がこれだけ集まっていれば大丈夫。 でもあたしも前に出なきゃ。数が多すぎるもの。 一人でアヤカシを引き受けて傷を負っている仲間も居る。彼らが倒れる前に。 「ありがてぇ。貴公が来てくれれば百人力じゃ。さあさ、更に暴れるぞハァーハッハハハー!」 癒しの光を浴びて豪快に笑うモヒカン。さすがに囲まれて疲弊し苦戦していたが活力を取り戻す。 「ようやく。背後を気にせず戦えそうですね」 守りの盾を使う方が多く、じりじりと後退していた炎鷲(ia6468)が攻めに転じる。 味方の位置を測り、突出はし過ぎぬよう。 「まったく、よくもまぁ化けた依頼というところでしたが」 危機は脱した。自分がその場に居合わせながらにして誰かが無惨に殺されるなど。 そんなのだけは耐えられなかった。護衛?護衛には違いない。荷隊ひとつが村ひとつに大きくなっただけの事。 「さあこの土地は返して貰いますよ。きみらが来るような所じゃないんです。瘴気へと還りなさい!」 「落ち着いて。もう大丈夫ですから。順番に上へ登ってくださいね」 志郎が導いた人々も陥没の縁へと辿りつく。そこでは村中央に残された人々が協力して引き揚げる用意をしていた。 手本は玄牙だった。最初に彼が手持ちの鎖分銅を使って村人を引き揚げ。力のありそうな大人達に指示を下していた。 彼自身は同じ事ができるのを見届けた後、既に戦いの最中へと身を投じている。 「治療が必要な人は、一箇所に集めて手当てしてください。ひどい怪我の人は俺に言って、今すぐ癒しますから」 淡く志郎の身を包む生命の光が辺りに広がる。 「後で俺達の仲間も治療に加わります。さ、次はあなたが登る番ですよ」 まだ半ば呆然としている村人の肩をぽんと叩き微笑む志郎。傷口は塞がっていた。 戦いの続く場へと視線を投じた時にはその表情は鋭く変わっていた。 「俺も行ってきます。仲間がまだ戦っていますから」 まだ苦戦している一帯へと駆ける。 ●村は救われた 「ありがたや、ありがたや」 「そんな、当然の事をしただけですから。拝んだりしないでください」 照れたような笑みを浮かべるフェルル。癒し手の数は充分にあり村人だけでなく開拓者も全員が治療を施され回復していた。 自身の負った傷も、もう痛みは引き痕跡も消えている。 数を減らし撤退を試みたアヤカシもからすが見逃さず的確に撃ち果たしていた。 「巣を広げていると言うより、ここまで潜行できるという示威行為の色が強いですね」 千歳が感想を漏らす。 「示威行為ですか」 手当てを終え座り休む場所を求め、千歳の傍に腰を下ろした雪が尋ねる。 「確かに数が多くて厄介でしたが、あれは兵隊蟻というより働き蟻に近い形をしていましたね」 无の言葉に頷く。 「それでもこのような形で現れれば脅威と。見せたかったのではないのでしょうか」 「指揮官風のが居ましたが、あれは」 「襲撃の頭で間違いないでしょう。ただ捨て駒。巣を統べる大物には程遠い存在でした」 もし東房で見たモノと同じ格のアヤカシがここに来ていたら。全部が兵隊蟻であったなら。 村人を全員守りきれただろうか。開拓者を無傷で中央に残すというヘマはしなかっただろうか。 波状に仕掛けられた後に同じ事をされていたら開拓者の手は散っていて、間に合わなかった可能性もある。 犠牲者が一人も出なかった事は僥倖であった。開拓者達の命を想う強さの賜物――。 |