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■オープニング本文 散々お節介にかしましかった隣のお隈が帰ってから、家の中はしんとしていた。 「‥‥美味しいかい、セトラ」 「はい、庸介さん」 一言交わす度に会話が終わる。後は黙々と秋刀魚を食す。 茶碗に盛った雑穀飯を咀嚼しながら、セトラの頭を眺めてるとその動きが止まった。 「ああ、すまぬ。見てる気配がしたら食べ難いか」 「いえ、そんなこと」 盲目の猫又。病弱で身体も小さい。気性はいつもおどおどとしている。 セトラが四十路の開拓者、下河原 庸介(しもがわら ようすけ)の同居人となったのはこの夏。 まだ先の相棒チャトラが寿命の尽きるのを感じつつも共に暮していた頃である。 しとしと小糠雨が降る夕暮れに、ぷらりと拾い子をしてきた。 「庸介、庸介。今朝方の饅頭がまだ残ってたろう。ちと、持って来てくれい」 どっしり落ち着いた姐御肌の猫又、チャトラにしては珍しい切羽詰った響き。 何事かと戸棚の饅頭を手に庸介が土間へ出ると、小さな猫の冷え切った身体を懸命に舐めていた。 人の気配を感じてうっすらと開くが、その瞳は濁って瞳孔は針の穴ほどのまま。 「あ‥‥」 「無理に喋らなくていい。この上ない良い奴じゃから安心しろ」 喋るなら猫ではない。チャトラと同じ猫又か。 介抱されて飯も貰い、やがて人心地がついた小さな猫又。実際にまだ子供であった。 白い身体に、背の一部だけが濃色で縞模様。 名も無いというので、その姿からセトラと庸介が名付けた。チャトラが笑う。 「何とも安直じゃが、まあ粋な響きだから良かろう」 「はい、気に入っております」 母の腹より出た時から虚弱で、瞳も最初から。 人知れず都に近い野で、ひっそりと母と隠れ暮らしていたがアヤカシと遭遇。 身体を張って都の中へお逃げなさいという母の声に従い、必死に走った。 見えぬ目で転げ、身体を打ち、危ねえ大八車に轢かれたいのかという人足の罵声を浴び。 力尽きて民家の床下に潜り込んで倒れた所が、ちょうど雨宿り中だったチャトラの居場所という按配。 まもなくアヤカシは開拓者ギルドに通報されて討伐された。 「若い嫁も悪かなかろう。庸介はそろそろ独り身になるしの」 何処行く当てもないセトラを引き取ろうと言ったのはチャトラだった。 世間知らずのセトラにあれこれと教え。楽しく賑やかに暮らし。 ――チャトラは暑い盛り、眠るように息を引き取った。 チャトラの居ない暮らしに慣れようと思うが。セトラが気にする。 姐さんならこうしただろう。姐さんならこうできるのに。 気に病むなと言っても気に病む。気を遣わせまいと庸介も気を遣う。 (どうにも上手くいかんなぁ‥‥) さっきもお喋りなお隈が比べるような余計な事を言ったから。 セトラはセトラでいいんだと。言葉で心までは上手く伝わらない。 (二人きりでずっと顔を付き合わせているのも良くないか) セトラは外に出ないので友達も居ない。近所の人間だけが全てだ。 危険な場所へは連れていきたくないし、アヤカシと戦うといえば母の最期を思い出すだろう。 だから仕事の時は独りにしてしまう事になる。それも良くない。 自分が居ない時に安心して預けられるような所が近所以外にあればいいのだが。 セトラ自身が知らぬ人の所へ預けても、この性格だ。気を許せずに疲れるだろう。 そもそも庸介自体が無趣味で、人付き合いの範囲が狭い。 (まずは共通の友人を作る事から、か) 「で、どのようにしたら良いだろう」 相談に行く先は、思い当たるのは常に世話になっている開拓者ギルドの職員であった。 色々見聞きしてる彼らなら良い知恵はないだろうか。 「セトラさんの友達作りですのね。開拓者同士なら生活も似ているし話しやすいのじゃないかしら」 相棒を連れて親睦という事であれば、いい時期だし風光明媚な場所でお弁当とかどうか。 春や秋になると、そういう依頼も舞い込む。便乗するなら支度に金が掛かる心配も無い。 「あ、でもセトラさんは見えないんですのね‥‥」 「しかし外の空気というのは良いかもしれない。香り豊かな場所とか考えてみよう」 「何かセトラさんを連れて行ける良いお話があったら紹介しますのね」 「ありがとう」 ●訪れた機会 親族の娘を預かる事になったので臨時雇いが欲しいという依頼が舞いこんだ。 半日昼間だけの事、庭の紅葉をたいそう気に入っているので愛でさせてやりたい。 しかし、その日はどうしても外せない仕事があるのだ。間が悪いが仕方がない。 動物好きな子だが犬も飼っておらぬ。開拓者の相棒ならしつけも心配ないだろうし頼めないだろうか。 何、ちょっと屋敷の庭で一緒に焼き芋でもしてくれていればいいのだ。それすらした事ないのだから。 虚弱故に過保護に育てられ、外で遊ぶ事も許されずに友達を作る機会も無く。 不憫だが他家に口出しもできぬ。せめて預かる間だけでも自由にさせてやりたいのだ。 庭でなら管理も行き届くだろうし、後で叱られても何とか納めよう。観弥子の為だ。 庸介とセトラにうってつけの易しい依頼である。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
汐見橋千里(ia9650)
26歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 「あうう〜、ミーアも悲しいのですぅ‥‥」 「そんな声出すなって。草葉の陰で見守ってるチャトラばあちゃんが心配すんぜー」 初夏に縁あって関わった猫又の名が思わぬところで出てきたが、庸介も新しい伴侶を得たようで。 しゅんとした様子のミーアを励ましながら、件の屋敷へと向かう村雨 紫狼(ia9073)。 「セトラって随分と大人しい子らしいが、頼むぜ仲良くしてやってくれよ」 「はいです〜。お会いするのが楽しみなのです〜。あ、マスターあそこに居るのは!」 「おう、あん時も一緒だったな〜」 前を歩いているのは、よく目立つ風貌の男。淡い桃の長髪にふわふわと揺れる同色の尻尾。 霧雁(ib6739)と、負けずに体積的な意味で存在感がある相棒のジミー。 「今日は楽しい日にしたいでござるな、誰にとっても」 「‥‥そうだな。あ、お前姐さんの事思い出して泣くの禁止な。って洟啜ってんじゃねえ」 先に追いかけてくる男に気が付いたのはジミーであった。霧雁はまだ回想の世界。 「おい雁の字。いい物見れるからちょいと小腰屈めて振り返ってみろ」 「こうでござるか?」 ジミーの口元がにんまりとした。雁の字、これだから大好きだよ。 「よう、二人とも元気にしてたか〜!?」 バシッ。 「ごぶふぁあっ」 「のわぁ、背中軽く叩くつもりだったのにっ。すまんすまん」 元気よく叩いた掌がジミーの誘導に素直に従った霧雁の顔面に。はい、お見事。 「ひゃはは、引っ掛かったな雁の字」 「いや失礼したのは拙者の方で。悪いのは全てこのジミーでござる」 「辛気臭い顔したまま屋敷に行こうとしてたから、だ。中で泣いたりしたら後で鼻に噛み付くかんな?」 「悲しい顔したらいけないってマスターも言ってたのです〜。笑顔、笑顔なのですよ〜」 笑顔と決めたら満面の花咲くような笑顔。今日も可愛らしいミーアであった。 ●お屋敷にて 「お先に始めてたよ。こちらが観弥子殿だ」 「お、さすがはからす姐たん。お茶の支度もばっちりだね」 障子戸を大きく開け放した庭に面した客間で茶の湯の支度をしていた、からす(ia6525)。 鬼火玉の陽炎燈を傍らに。優雅ながら無駄のない手つきで新しく今訪れた者の分も注ぐ。 「初めまして。観弥子と申します。皆様お忙しい中ご徒労頂きまして‥‥」 「堅苦しい挨拶は抜き、抜き!って、もうみんな自己紹介済み?」 三つ指までついて畳に頭を深く下げようとするのを遮り、底抜けに明るい声で手を振る紫狼。 「少々お約束の時間より早く着きましたので。青藍は皆様揃ってからの方がよろしいかと思ったのでまだですが」 淑やかに微笑む朝比奈 空(ia0086)の隣には酒々井 統真(ia0893)がゆったりと胡坐をかいている。 その背中に隠れるようにして、こちらを覗いているのは。彼の相棒、人妖の氷桜。 同じ人妖でも和登は、汐見橋千里(ia9650)の傍から離れてセトラに構ってはしゃいでいる。 「和登。ちゃんと撫でてもいいかセトラに聞いてからにしなさい。お前だって突然触られたらびっくりするだろう?」 行儀が悪くてすまないなと、触れ合う相棒達を話題に庸介との会話の端を拓く。 「このような機会を今まで持たなかったから有り難い事です。セトラ、撫でられるのは平気かな」 「は、はい‥‥和登さんですか?私でよろしければ‥‥」 観弥子よりこちらの方が固くなっている。 「揃ったみたいだな」 じっと見つめる観弥子の瞳に、初めて見る修羅は怖くないだろうかと不安を抱いていた刃兼(ib7876)。 神威人さんですか、と尋ねられた。神威は知っていたが、修羅は耳にした事もないようであった。 知らぬ事を恥じ入る様子だったので、雑多な人々が集う神楽の都でもまだ結構珍しい方の部類だと教え。 「陽州の事を書いた本も少ないだろうなあ。せっかく会えたんだし、聞きたい事あったら遠慮なく聞いてくれよ」 「今日は、初めて目にする事柄ばかりです。開拓者と聞いたから、どのような野の人がいらっしゃるのかと‥‥」 「野の人、ね。依頼の中身によっては野を駆け回る事もあるから間違いではないわね」 フェンリエッタ(ib0018)の首筋に襟巻のように収まっていたカシュカシュが動くのに目を丸くする。 「狐さん動くのです?」 「管狐って聞いた事あるかしら。普段はこの宝珠に隠れてるのだけど。今日はよろしくね」 「かしゅなの。よろしくなの」 「カシュさん」 「カシュカシュっていうのよ。一緒に遊んであげてね」 「遊ぶの。みんなとお友達になるの」 しばし茶を囲み、歓談を楽しみ。外へ出たいという観弥子の要望に応え。 屋敷の庭は、紅葉した木々の中に池も配して、そぞろ歩きを楽しめる程に広く造られている。 「少し重いかもしれないが、温かいと思うから。冷えたら無理せずにすぐに言ってくれよ」 自分の着ていた護身羽織を優しく着せ掛けて、観弥子の供をする刃兼。 「割と野の趣に作られているのだな」 「はい、叔父様が自然を好む方で。私もこのお庭が好きです」 「山とか海は‥‥?」 「絵では見た事がありますが、本物はまだ‥‥」 「そうか。陽州は海に囲まれた場所でな。家からも歩いてすぐに海岸に出る事ができる」 「泳いでるお魚も見られるのですか」 「ああ、水が本島よりも明るく覗けてな。この紅葉よりも鮮やかな色をした魚がたくさん居る」 「まあ。それはさぞかし綺麗な光景でしょうね」 「まるで宝石が泳いでいるみたいだぞ」 キクイチは同胞のセトラに興味があるようでそちらの輪に加わっている。 「ふむ。背中に縞模様があるからセトラはん、でありんすか」 「はい、庸介さんが名付けてくださいました」 「わっちは市場の菊が綺麗だったから、その名を貰いんした」 「菊‥‥?」 「花の名前でありんすよ。こんな形と大きさをした」 土の露になった場所を選んで、爪でちょいちょいと深めに刻み花の形を描く。 跡を壊さないようにゆっくりと柔らかな肉球でなぞるセトラ。 「姐さんのお墓に庸介さんが供える花と似た形です」 「そうそう、それや。菊って言うんやで」 「せとら、遊ぼ」 いつの間にかフェンリエッタから離れたカシュカシュが二匹の傍へ。 「落ち葉踏み、気持ちいいよ?」 踏みとか言いながら、気ままに転がり綺麗な毛並みを落ち葉だらけにしている。 枯れた葉のたてる音に誘われるが、躊躇うセトラの背中にジミーの手がぽふりと乗る。 「よう。たまにはやんちゃに転がって汚れて庸介に世話掛けたれや」 返事も聞かずに組みついて、一緒の毛玉となって落ち葉の中へ豪快に転がる。 「キクイチも加われ〜」 「承知でありんす」 「かしゅも、かしゅも〜」 「青藍‥‥出ておいで。ほらお仲間がたくさんですよ」 「空の傍、離れないんだな。まぁ、うちのも同じだが」 後ろ髪をぽりぽりと掻く統真。空の足元にすぐ隠れてしまった青藍に苦笑い。 氷桜も統真の裾を掴んだまま離れずなので。 「人多いの、やっぱり駄目か?」 「慣れよう‥‥とは思いますの」 「観弥子は意外と社交的みたいだな。外に出してやればすぐに自分で友達たくさん作りそうな感じなのに勿体ねぇ」 家柄の何のと大人の勝手な事情が色々あるんだろうが。子供にあれこれ制限ばかり掛けて、それが親のする事かね。 「お身体が弱いから心配が先に立つのでしょうね。このような機会を増やして差し上げられたら良いのですが」 「俺らみたいのとの接触も、いい顔はしないんだろうな。幸いこの屋敷の主は一般の感覚を少しは持ち合わせるらしいが」 「無理をすればその僅かな機会さえ奪ってしまう事になりますから。これがせめてもの‥‥」 「焚火でも始めるみたいだぜ。呼んでるから行くか」 「ええ。青藍、よろしいですか。私の事は気にしなくていいのですよ」 召還状態を維持する事に負担が大きいのは確かだが。今日ぐらいはたくさんの時間を人前で過ごさせてやりたい。 憂い気味に見上げる青藍。空の身体の気の流れを、自らに吸い上げてしまっている事に申し訳なさが立ち。 「火を付けるの、やってみるか?」 何度石を打ち合わせても上手くできないのを辛抱強く見守り、火口の葉を燃やすのを手伝う刃兼。 「ほら出来ただろ?風下は煙を吸うからな、こっちに来るといい」 ただ焼き芋を作るというだけで観弥子は初めての体験と嬉しそうにしている。 特に自分で何かするというのが普段させて貰えないので楽しくて仕方ない様子。 「ピ」 「陽炎燈さんは煙出ないのですか」 「火は火でも本物の火じゃないからね。熱くないから触ってごらん」 恐る恐る手を伸ばした観弥子の頬がほんわりと綻ぶ。 「温かい。優しい温かさですね。抱いてみてもいいですか」 「ピ」 どうぞとでも言うように色の変化で告げる陽炎燈。表現は意外と豊かだ。 炎の明るさ、揺らめき方。それが言葉であるかのように巧みに紡ぐ。 「和登も〜」 「あ〜ん、ミーアも抱っこしてみたいです〜」 「だ〜、順番順番っ。俺だって我慢してんだから!」 其処此処で抱っこ合戦が繰り広げられ。 「次、和登はみやこお姉ちゃんと抱っこする〜」 「拙‥‥ごふっ」 「何だ雁の字、文句あるのか?セトラ、お前も庸介に突撃だ〜」 「こ、こうですか?」 気配だけでジミーの真似を試みるセトラ。庸介が顔を綻ばせ落ち葉だらけのセトラを受け止める。 「な、嬉しそうだろ?お前はお前で庸介の大切な存在なんだからベタベタ甘えていいんだぜ?」 「わっちも。刃兼はーん、とりゃあっ」 「キクイチ、お前な‥‥」 肩に飛び乗られた勢いで番をしていた焚き火に顔を突っ込みそうになる刃兼。 焼けるまで時間が掛かるから、遊びながら待ちましょうと空がしりとりでもしないかと提案し。 「か‥‥かしゅ!」 「ゆ‥‥ですか?浴衣はさっき言ってしまいましたし‥‥」 「観弥子殿、先程私が預けた荷物は何処だったかな。茶を淹れるついでに取ってきたいのだが」 「お荷物でしたら、奥のお部屋に‥‥あ、弓」 本当に茶を淹れに向かったからすが、くすりと笑う。 「ほら氷桜の番だぞ」 「み‥‥みやこさん?」 「それだと『ん』で終わっちまうぞ」 「‥‥みやこ」 どきまぎしながら上目遣いで答える氷桜と目が合って微笑む観弥子。 時々『ん』で終わりながらも、それも楽しく。 「そろそろ頃合かな」 「ええ、ちょうどいい焼き加減かと思います」 懐中時計を手に取り頷く空。 「焚火に当たりながら、皆で食べましょうか」 「芋は熱いから直接手で触らないようにしろよ」 竹串を刺して、生焼けが混じってないか確認する刃兼。観弥子にこれもやってみるかと。 「割らなくても、刺した時の手応えでな。焼けていれば串もすんなり通る」 おやつの間も話題は尽きなかった。 陽州の潮騒の話、修羅の話。霧雁が獣人について語れば、からすが朋友の豊富な知識を披露する。 開拓者達の経験、他の儀の様子。どれも興味深く目を輝かせていた。 「楽器ですか‥‥お琴でしたら家で学んでおりますが」 「折角だ。触った事ない楽器も試してみたらどうだ」 この際、何でも触らせてやろうと統真が水を向け。氷桜も和登に誘われて自分も何かやってみようという気になってるし。 「これをシャンシャン鳴らすの‥‥あれ?」 上手くベルを鳴らせない和登と二人で懸命に綺麗な音を出そうと首を捻り。 「ん、みやこ鳴らして。和登はひおと歌う〜」 「ここで聞いてるぜ」 統真が笑って頷くと氷桜は和登に握られた手に力を込め、澄んだ声を紡ぐ。 「マスター、顔がにやけてるです〜」 「おい、かわいこたん達の合唱を神妙に鑑賞してるだけだってば」 「琴の素養があるならリュートもきっとお手のものでござるな」 「私がフルートで合わせよう。曲は所望に応じれると思うよ」 「拙者も十代の頃はよく仲間と合奏したものでござる」 「あ、何それ。そのポジション美味しくねぇか?」 観弥子を胡坐の上に抱きかかえ、二人羽織のような調子で指使いを教える霧雁。 次第に慣れて初歩の童謡を奏でる観弥子に合わせ、からすがフルートの音色を添え。 「マスター、はいセトラちゃん。ミーアは庸介さんのお膝行くのですぅ」 「とと、私なんぞで良いのかな」 「庸介さん、重かったら遠慮なく降ろしていいからな」 「ミーアは乙女だから軽いのですぅ!」 (いや、お前。素材が素材だから庸介さんより余裕で体重あるだろがっ) ジミーが合奏の音色に合わせておかしな踊りを披露して場を賑わせる。 庸介も釣られて大笑いしていた。不思議そうにしているセトラに説明をしながら。 「こんな動きしてるんだぜ。な、おかしいだろ」 紫狼がセトラの腕を取り、ジミーと同じように実際に動かして教えてやっていた。 ●夕暮れ 約束の時間はあっという間に過ぎた。 「お土産は頂戴してはならないと言いつけられておりますから」 頑なにそれはできないと固辞する観弥子。無理に持たせて彼女が困るというのなら、仕方ないか。 「これなら今ここで作ったものだし。元からお屋敷の物だから、ね♪」 押し花状にした紅葉の栞。フェンリエッタのその言葉には頷いた。 まだ乾燥して完成するには時間が掛かるけど、読書に良かったら使ってね。 「かしゅが選んだの」 誇らしげに胸を張るカシュカシュ。ありがとうと撫でられ一瞬びくとするが受け取って貰えたのを喜び。 「庸介さんも、これお土産に。セトラもお揃いよ」 彼らには秋らしい柄のお手玉を。鈴も入ってるからきっとセトラも楽しみやすいはずだ。 「おいセトラ、今度一緒に散歩しようぜ。何ならうちの雁の字も付ける、暇人だしな」 「家に遊びに来るといい。いつでも歓迎するよ陽炎燈の他にも紹介したいし」 思い出になどせずに、これからも友達として。観弥子殿の方は機会を作るのが難しいかもしれないが。 文の送り先も教えた。必ず返事は出すと約束した。その時は今日話せなかった事も書いてやろう。 籠の中の鳥‥‥保護の枷から放ち自由へと飛び立つにはあまりにも弱い存在かもしれないが。 例え飛べなくても。鳥はいつだって空を心の中に見ているのだ。知らない空は果てしなく広い。 「そうだな、陽炎燈」 「ピ」 「うちも少し似たようなもので」 何となく庸介と肩を並べて歩く形になった千里。胸の内を明かし小さく笑う。 「このままで良いのだが。大事に思い過ぎるというのも難しいものだね」 しかし家族なんだから遠慮してては進まない。距離をこちらから壊してあげるのも大事だよ。 ほら、もう次の約束をたくさん抱えて嬉しそう。セトラは決して怖がってなんかいないよ。 今日は和登にとっても良い経験になったようだ。と前を歩く小さな身体に目を細め。 「今日はね、和登は千里と一緒にお仕事出来て嬉しかったの」 大人同士?の会話を邪魔してはいけないと氷桜と一緒に居る和登。まだ手を繋いでいる。 夕暮れの陽射しに伸びた影は、大人びた姿が並んで歩いているようにも見える。 「私も‥‥お仕事できて良かったと思うのですの」 「空、大丈夫か?少し足元が危なっかしいぞ」 「青藍に少しでも長い時間を皆様と過ごして頂きたかったですから」 深く疲労はしているが、青藍が他の相棒達の輪に溶け込んでゆくのを見るのは楽しかった。 初めは尻込みしていたけれど、少しずつ距離は縮まっていった。睦まじげに話すのは先かもしれないが。 まだ積極的にとはいかなくても。他人と触れ合う楽しさを覚えていってくれたらいい。 観弥子も庸介もセトラも。私達も。皆一歩ずつかもしれなくても、絆を深める事ができたのだ。 明るい日だった。 (どんな綺麗な景色が目の前にあっても‥‥私には真っ暗で何も見えない時がある) 凛とした瞳を瞼に閉ざすフェンリエッタ。指先がカシュカシュの眠る宝珠を弄ぶ。 心を開いていれば。きっと世界は向こうから開けてくる。私もそのようにあれたら。 (もっともっと、前に踏み出して‥‥いこうね) それは誰への言葉であったか。自分への励ましだったかも、しれない。 |