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■オープニング本文 南瓜を祈り植え、南瓜を愛し育て、南瓜に感謝を捧げ祀る村。 畑を見守る精霊様、すなわち村の神様も南瓜の姿をしていると、この土地に生まれ育った者達の間では信じられている。 決して一個たりとも粗末にしてはいけない。もしかしたらそれは神様なのかもしれないから。 「なぁ、咲子。この南瓜様が熟したらいよいよ俺達も祝言だな」 「大きく育ちましたねぇ、雄大さん」 村には独自の風習があって、深い縁を結ぶ事を誓った男女は小さな実が姿を現し始める季節に自分達の祝い南瓜を決める。 畑は村の共有財産だから、誰のという権利もない。辺り一面に広がる畑から、これはという運命の一個を決めるのだ。 無事立派に育てば、祝福の御印。そうでない時は無理に話を進めず、穏やかに次の年を待つ。 神様の示してくださる吉凶を信じず、これを守らなかった者は。 ささいな喧嘩から仲違いしたり、添い遂げる前には思いもしなかった相性に悩まされたり。 更には不慮の事故で新婚早々に伴侶を失ってしまったなど。 良くない事が身に降りかかると言われていた。 雄大と咲子が、運命を託すのは何と十年ぶり。 長雨に腐ったり、アヤカシに壊されたり、二人の選ぶ南瓜は毎年不運に見舞われ。 互いに十六の時に心を決めてから、長い時が過ぎ。一度は雄大が村を出て行った。 最初は丁寧に熱い想いを綴って戻ってきた返信の手紙も次第に間隔が開き。 ――言葉の擦れ違いが続くうちに途絶えた。 それでも咲子は待っていた。齢三十を数えても、ただ雄大だけを胸に想い続けて。 誰の言葉にも耳を傾けず。ただ南瓜を作り続ける事に勤しんだ日々。 そして。 一人前の開拓者になっていた雄大と再会したのは春先の事である。 アヤカシに襲われた村。 救援に駆けつけた開拓者の中に、見違えるように逞しくなった雄大の姿があった。 とうに別の男と契りを結んだであろうと思っていた咲子が、未だ自分を想って待っていた事に驚き。 「あの頃結ばれても、きっと上手くいかなかったと神様は教えてくれたんだと」 村の暮らしに飽きていたんでしょう。新しい広い世界を見たかったんでしょう。 きっと、我慢できなくて結局貴方は出て行ったと思うの。 一緒に行くなんて言えない私の事、見透かしていたんだわ神様は。 追いかけて神楽の都に行くなんて勇気、なかった。私にはこの村が世界の全てだった。 貴方を愛して、元気な子供を産んで、畑を耕しながら死ぬまでみんなと笑いあう。それだけしか要らなかった。 雄大さんの見たい世界の事なんか、これっぽっちも考えていなかったんだもの。 「俺は充分に見てきたよ。この村が懐かしくてしょうがなかった」 大勢の知らない人達を助けて、それは充分に意義があったけれど。 でもそれよりも村の人を守りたい。俺はその為の力を付けてきた。 「今からでも遅くないだろうか‥‥咲子」 村で暮らす為に、開拓者を引退した雄大。縛られていては、守りたい物の傍にずっと居られないから。 昔上手くいかなかったのが嘘のように。二人の決めた南瓜はすくすくと育った。 「開拓者はやめたけど、祝って欲しい奴らが居てさ」 収穫の時期も近付き、後は祝言の日の朝を待つだけ。 雄大が生死を共にして戦った仲間が、この日の為に村まで駆けつけてくれた。 ●当日の朝 アヤカシというのは空気を読んでくれないものだ。 何もこの日に現れなくったっていい。それはアヤカシの方も同じ事が言えたかもしれない。 襲撃した日に何も開拓者が居合わせなくても。 たまたま、雄大と咲子が村の入口まで開拓者を迎えに来ていた時である。 「くっ、こんな時に!」 棒切れなどの貧弱な武器を構えた小鬼達は、強そうな開拓者達の姿を見るなり戦意を喪失。 腹立ちまぎれにキィキィ声を上げながら、畑の南瓜を盗んで逃げ散っていった。 食べたい訳じゃないだろう。単に目に付いた、それだけであろうが。 「いやあっ、それだけは持っていかないでっ」 「まて、おまえらっ。それは俺達の大事な南瓜!」 小鬼達の抱えた南瓜の中には、大事な大事な‥‥二人の儀式に使う為の南瓜が。 いやそれ以外の南瓜も村の人達が育てた大切な南瓜なのだから。無事に取り返さなくては。 ここで傷物になったりしたら、二人の門出が台無しである。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ヴィオラッテ・桜葉(ib6041)
15歳・女・巫
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫
泡雪(ib6239)
15歳・女・シ
魚座(ib7012)
22歳・男・魔 |
■リプレイ本文 「大事に育てた南瓜返しなさい!」 日頃荒げる事のなさげに見える礼野 真夢紀(ia1144)の唇から鋭い声が飛ぶ。 農作物を荒らすモノには、怒り心頭。彼女の地元も農業中心なので、村人の痛みが身に積まされる。 仕方ないと笑ってはくれるだろうが、内心どれだけ悲しむ事か。 「咲子さんはここで待ってて!ってちょっとナニやってんのさ!」 武器も鎧も身に付けてないってのに、真っ先に小鬼にすっ飛んでいった雄大にムカっときた魚座(ib7012)。 春来た時もそうだったけど、今はもう開拓者じゃないでしょっ!? 「あれはしょうがない。援護行くぞ」 呆れ顔の山奈 康平(ib6047)だが、まぁ雄大の大事な南瓜だしな‥‥と止めはしない。 止めた所で時間の無駄だ。奴の猪っぷりは嫌という程に知っている。 真夢紀が雄大に術を使ったので、自分はまず他の者に使うか。 「ったく、もー。アイヴィーバインドーっ!!」 突き出した魚座の手から迸る精霊の力。てんでばらばらに逃げる小鬼の足元から伸びる蔦。 勢い余って転ぶ一部のドジな小鬼の手から放物線を描く南瓜。 「絵梨乃様、お願いしますっ」 早駆で回り込む泡雪(ib6239)と瞬脚で迫る水鏡 絵梨乃(ia0191)の腕が伸びる。 地面へ叩き付けられる前に無事に受け止め。 「ヴィオラッテ、ごめん持ってて」 雄大を追いかけたヴィオラッテ・桜葉(ib6041)。一瞬逡巡するが、ここは自分の役割と南瓜を受け取り下がる。 すぐにそれは康平に引き渡された。 「やらせてやればいい。嫁さんも許してくれそうだしな」 「いいえ!雄大様、無茶をなさらないでください。貴方は婚礼を控えた身なのですよ」 その時にはもう拳で小鬼を殴り飛ばしていた。一線を引いたとはいえその膂力は一般人を凌駕する。 小鬼程度一匹相手なら確かにまぁ素手でも充分な破壊力があるだろう。 「危ないっ」 しかし南瓜しか頭にない雄大。防御がガラ空き。 真夢紀の放った白霊弾が命中していなければ、一撃を受けていた。 「戻りますよ。私より強いでしょうが、引退した雄大様は他に優先する事があるでしょうっ」 無事二人の南瓜を取り返して笑顔の雄大に厳しい顔でぐいと腕を引いて連れ戻す。 「え、いや、あ」 ぐいぐいぐい。決然としたヴィオラッテに引き摺り戻されてゆく大の男。 「さて南瓜を取り返したら殲滅です」 呟きと共にふっと二重映しになる淡雪の姿。惑い動く小鬼をさくさくと倒す絵梨乃。 「大切な物を奪うとどうなるのか、その身に叩き込んでやろう」 「はい、始末の仕上げ〜。くすくす」 キェェェッ。 電撃を浴びて朽ちる小鬼。全滅はあっという間であった。 女性二人に厳しく叱責されて反省している雄大にからからと笑う康平。 久しぶりだが変わってないな。この年になってもこれだからなぁ。 「その、つい‥‥」 「確か守りたい者の為に開拓者辞めたんじゃありませんでしたっけ?アヤカシが出たらまずその人を逃がす、守る事優先させませんと」 真夢紀に言われて大きな身体をすくめている。 「追いかけるなんて絶対駄目ですからね」 「南瓜も嫁さんも無事だから今日はよしと。そろそろ許してやれ桜葉、礼野」 その厚い背中を叩き、うっとりしている咲子の方へ押しやる。 叱られてようが、自分達の南瓜の為に飛び込んでいった許婚の雄姿で頭が一杯か。 熱を帯びた視線に表情を緩めるヴィオラッテ。幸先が心配ではあるが矛を収める。 春に二人が再会した時の眩しい想いが胸に蘇る。まだ自分に自信が持てなかったあの頃。 飛び出したっきりの雄大を何年も想い続けた咲子はとても芯の強い女性に思えた。 でも、ちょっとどうかしら。素敵、素敵だけでは生活していけないと思うのだけれど。 「ん、どしたの?ぼーっとして」 「‥‥春の事を思い出していました」 「あの時はびっくりしたよね。結婚が決まって本当に良かったよ♪」 春の依頼の時、魚座もその場に居た。二人の長い間柄を聞いたのはもう帰る頃であったが。 ようやく今年祝言を挙げられると知らせが来た時は感激で涙に目を潤ませてしまった。 「咲子さんみたいな女性は絶対幸せにならないとおかしいよ」 「さ、晴れの日です。とんだ邪魔が入りましたが支度に入りましょうか」 「天儀の服って良く判らないけどー、これでいいの?」 「‥‥良くない。長着の襟は見苦しくなく揃えろ」 自分の為に新調なんて事はなく。村で使われている南瓜紋を白抜きした揃い一着。 とはいえ村長の息子の婚礼の際に仕立てた物だから、品は新しい。 男の着替えに手伝いもたいして必要ないだろうと思いきや。雄大は晴れの着こなしも無頓着。 紐もそれでは駄目だ。ゴロ付かないよう、緩まないよう締めろ。房は鳩尾の前だ。締めすぎだ、皺にするな。 康平が口うるさくなるのも仕方がない。このまま花嫁姿の咲子の横に並べるのは情けない。 対して衝立の向こうでは咲子の方は真夢紀と泡雪が世話を焼いて、楽しげな笑い声が交わされながら進んでいた。 「事前に着付けを勉強しておいて正解でした」 白帯を結んでやりながら、聞こえてくる隣の様子にくすりと笑う泡雪。あれだけ言われているなら私が行かなくても問題無さそうですね。 「お化粧は初めてですか。まゆが仕上げますので自然に座っていてくださいね」 他愛のない会話をさりげなく混ぜ、幼なじみの二人の想い出話などさせながら。 咲子の緊張をほぐし、白無垢の花嫁姿に仕立ててゆく。 純白の布で覆った祭壇の支度を終えたヴィオラッテが身を引き締め凛と立ち、待つ。 こちらも儀式用の緋袴で正装。本日は神主役の任を務める。 それぞれに付き添われて花嫁花婿が祝言の間に現れる。 「果報者め、しっかりしろよ‥‥頬緩み過ぎだぞ」 花嫁姿の咲子を見て、それは締まりのない顔。康平に言われて慌てて唇を引き結ぶ。 咲子の打掛の袂を整え、下がる泡雪。祭壇に向かい二人の鎮座した後ろに、少し離れて一堂が背筋を伸ばし並ぶ。 「それでは‥‥」 村の定型の祝詞を朗々と諳んじ、役を務めるヴィオラッテ。ここで次の儀というとこだが。 少し遊び心というか、二人の為に特別な誓いを用意した。 「雄大様は、なにはなくとも家庭と家族を第一に、何事にも考え、落ち着いて行動することを誓いますか?」 「え、ああ‥‥誓います」 「咲子様は、たとえ伴侶であろうとも、後先を考えない間違った行動を取ろうとするならばこれを嗜め、思い留まらせる事ができるよう努力することを誓いますか?」 「はい、誓います」 恥ずかしげに俯き、真剣な眼差しを上げる咲子。先程の開拓者達のやり取りを思い出す。ああいう場面ではそう、私が止めないといけないのですね。 無言で微笑みヴィオラッテは大きく頷いた。 (咲子様は判ってくださったようですね。雄大様は‥‥咲子様がこの様子なら大丈夫、と思う事にしましょう) ● 手早く割烹着に着替え、長い黒髪を邪魔にならぬように纏めた真夢紀。 儀式用に作る料理の下準備は既に神楽の自宅に居る時から始まっていた。 大切に抱いていた包みより取り出した二重の容器はまだ術の名残でひんやりとしている。 外側は氷を入れていた物。水気を拭き取った中の容器の蓋を開け、一匙。まずは味に変異の無い事を確かめ。 新鮮な卵を買い求め、昨晩しっかりと手を掛け作っておいた。丁寧に酢と混ぜ合わせた卵黄に、他の材料をひとつひとつ順番に馴染ませ。 油と一体化した珍しい調味料である。独特の風味で色々な物に合わせて美味しい料理が作れる。もちろん南瓜も合うはず。 「うん、大丈夫ですね」 万全の扱いで持ち運んでも劣化してはいない。料理に関して日頃から関心の高い真夢紀はその辺妥協を許さない。 人様に、ましてや今日は神様にも差し上げる物だ。 「使い心地の良さそうな台所ですね。道具も一通り‥‥これは咲子様が使い込まれた物でしょうか」 他人の家ながら勝手知ったる動きで次々と必要な道具を取り出してゆく泡雪。 必要な調理器具が、普段料理する者ならすぐ判る合理的な場所に仕舞われているので、手際に支障なく。 「絵梨乃様、南瓜を切っている間に竈の火加減をお願いできますか」 「うん、ボクに任せて」 泡雪の頼みなら喜んで。二つ返事で竹筒を手に取り竈の前にしゃがむ絵梨乃。 「作られるのは羊羹でしたね、餡を裏ごしするまでは一緒ですから私がやりましょう」 「あれ、私も蒸し終わるまで手持ち無沙汰かな〜」 「いや、魚座。七輪を用意するとかあるだろう。竈はひとつしか無いし、三人を余り待たせる訳にも行かぬし」 「そーだよね。天ぷらには火力が要るしっ。スープは七輪でも出来るからね」 「あ、お隣の七輪も借りてあったよね。ボクもひとつ使うから用意お願いっ。今こっち手を離せないんだ」 「了解♪」 土間に据えた二つの七輪をぱたぱたと団扇で扇ぎ、火を熾す魚座。 袖に襷を掛け、井戸から新しい水を汲み運んできた康平。今度は天ぷらの準備に取り掛かる。 泡雪が取り分けておいた南瓜を手に、末広に綺麗な形になるよう薄切りに包丁を動かす。 取り寄せなくてもある材料で、という事で小麦粉と卵を椀に用意し。 水を柄杓でひと掬い、精霊に働きかけて氷の塊にして木鉢に水の中に浮かべ。 竈が空くまでの間に揚げる下準備を済ます。 田舎の一軒家で広々としているとはいえ個人宅の台所。五人も入って作業していれば火も使ってるし蒸し暑い。 「魚座、蒸しあがったよ〜。ん、いい匂い」 「は〜い」 寒天を煮立ててる横で、スープ作りの開始だ。一杯分の少量だから、ささっとあっという間。 「うわ、甘い匂いがこっちまで来る」 各自の料理の匂いが入り混じって美味しそうなんだけど、何とも混沌。 「絵梨乃様、冷やすのお手伝いしましょうか?私、氷作れますので」 「助かるよ、真夢紀」 真夢紀の南瓜サラダは既に出来上がって、皿に美しく盛られている。黄色の小山の周囲に飾られた細やかな緑が鮮やか。 「お待たせ致しました」 しずしずと神妙な面持ちに戻り、三方を白い折敷で飾った儀式用の小膳を運ぶ。 五つの膳を祭壇に並べ下がる。畳に手をつき頭を下げる一同。ヴィオラッテ、雄大、咲子も礼を返す。 すぅと息を深く吸うヴィオラッテ。 南瓜色の紙垂を結んだ玉串を一、二、三と振る。 「これの神床にませまつる。健やか綾に育ち南瓜の大前にかしこみかしこみももおさく」 芳しき匂いの漂う中、凛とした声が室内に響き。 村に伝わる祝詞を一字一句間違いなく、諳んじる。再び訪れる静寂。 「お二人の麗しく健やかなる家事の事々。祈りまして南瓜を頂きましょう」 祭壇の前で一礼。玉串を中央に捧げ置き、小膳を順に居並ぶ新郎新婦の前に並べてゆく。 最後に隅に置かれた南瓜色の塗り箸を両手で捧げ持ち。 「それでは、雄大様」 ぎこちない動きで雄大が箸を受け取り、まずは天ぷらから手を付ける。 摺り足で下がり正座に戻るヴィオラッテ。 (この大事な場面で落とすなよ‥‥) 緊張が頂点に達してるのか危なっかしい箸使いに、見てられないと内心ハラハラする康平。 表情は端然と変わらぬままだが。 「雄大さん、懐紙を」 「あ、ああ‥‥」 咲子の方が悠然としている。忘れてたらしき懐紙で箸を拭うという所作をさせ受け取って。 村の婚礼に出席して慣れているのであろう。洗練された仕草で花嫁の番を済ます。 「泡雪さん、どうぞ」 「はい、お二人の末永い幸せを祈りまして頂きます」 小さく分けられた羊羹を一斤、箸で取りとくと舌の上で転がして味わう。 各一口ずつ味わい、異国風の味付けが施されたスープの椀も咲子に倣い懐紙で拭い、茶の湯のように膳へ戻す。 「絵梨乃様」 「真夢紀」 「魚座様」 「山奈さん」 最後にヴィオラッテが箸を取り、懐紙で拭うとまずは箸を元の位置に。 ひとつずつゆっくりと膳を再び神前に戻す間、皆静かに口元を引き結んでいる。 玉串を手に再度祝詞を上げ、一同も唱和。 「改めまして、おめでとうございます。雄大様、咲子様。お二人の未来に数多の幸あらん事を」 ● 「こらこら魚座。咲子さんとべったりお喋りしてないで配るの手伝って」 「はーい」 雄大に淡雪と二人で付きっきりで調理指導していた絵梨乃。 さ、蒸かしたての美味しいのを配ってこなきゃ。子供達が楽しみに待ってるだろな。 宴会料理は南瓜三昧でありながら豪勢な物になった。 真夢紀が腕を振るい、天儀伝統の物からジルベリア風の村人が口にした事のない物まで並ぶ。 村の奥さん娘さん達に調理法を聞かれるままに教えながら、すっかり可愛がられつつ。 酒の肴は康平の手尽くし。わたも種も余す事なく。 真夢紀進呈の祝酒の樽が、威勢の良い掛け声で楽な着物姿に戻った花婿花嫁の手で打ち開けられ。 「わーい、みんな春依頼だね元気だったー?はい、飲みねぇ、飲みねぇってね♪」 めでたいめでたいと村人の輪の中に飛び込んで陽気に酒を酌み交わす魚座。 どんちゃん騒ぎの夜である。 「結婚‥‥いいものですね絵梨乃様」 ぴとりと寄り添う淡雪を抱き寄せて、しみじみと二人が祝福されているのを眺めながら喉を潤す。 「良いものだなぁ‥‥」 「雄大さん、飲み過ぎてはいけませんよ」 「おっと、そうだな。咲子疲れてないか、休みたくなったら言ってくれよ。たぶん朝まで続くだろうからなぁ」 「このグラタンという料理、食べました?こんな美味しい物が都にはあるのですね」 「いや都でも珍しいと思うぞ。俺も食ったの初めてだ」 「唇の端に残ってますよ、ほら」 指で拭う咲子。 「ん、勿体無い」 手を掴んで指先を舐める雄大。 ヒュッ。 「こ、康平。見てたのかっ!?」 「何の事だ。ちょっと興に乗って口笛を試してみただけだが?おや魚座が来た」 「咲子さんお酒はイケるほう〜?ささ、一献どうぞ♪」 「おい待てって」 「咲子さんの傍に座ってろ。そこの色男と二人きりで残してく気か?」 「いや、その、むむっ」 「咲子さんの旦那様も飲みねぇ、飲みねぇ。このぉ幸せ者め〜」 |