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■オープニング本文 冥越との境界にほど近い東房海岸沿いにかつて有った集落、紫添(しそう)の里。 便宜上、里とは呼ばれているがほんの数世帯が寄り添って暮らす小さな集落。 アヤカシの侵攻により住民は新天地への移住を余儀なくされ、今はがらんどうになっている。 面した海岸にはそこでしか育つ事のない亜種の海草が幾種も発見され、かつてはその採取を生業としていた。 最初は興味で訪れ、海草の魅力に虜にされた学者の研究により生まれた秘伝の配合を為された薬。 彼は生涯をその薬の研究に費やした。村の者達も未知の世界に胸を躍らせ惜しみなく協力した。 それは改良に改良を重ね、絶妙なる配合の完成を迎え。 住民達の口は固く、それは未だ当世にあっても門外不出の知識として子孫だけに託されていた。 それは藻をドロドロに溶かし込んだ泥水のような姿をしているが。 美しい髪を保ち傷みから回復させ、より健康に輝かせるものであったという。地肌にも良い。 年に生産できる量も僅かに限られているので、市場に出回る事もなく。存在を知る者も少ない。 されど、貴重となれば噂は出回る。手に入れた者だって自慢がしたい。 美容の為には小判を山と積むのも厭わない富貴な夫人の間に密かに伝わり、運良く手にした者は羨望を浴びて鼻を高くしていた。 ――が。 原料となる数種の海草は、そこでしか採れず。 アヤカシの所為で、美髪の秘薬は製造不可能となってしまった。 住民は荷物を纏めて、去るしかなかった。彼らは特産を捨て、移住する事を決める。 いつしか戻れたらいいなあという願望を胸に仕舞い込んで。 近隣地域一帯がアヤカシの跋扈する勢力範囲となったが、まだ魔の森となって生態系が絶えた訳ではない。 そう聞いて、諦めきれない夫人が居た。どんな若い娘にも負けぬと自負する艶々の美しい黒髪を摘み。 元々、年のほんの僅かな一時期しか採れなかったもの。 危険を承知で雇われる開拓者なら、今年の必要分を採取してこれないだろうか。 原料さえあれば、紫添の元住民は秘薬を作れるというのなら。金は積みましょうとも。 「俺達ぁ、命が惜しいから。集落や海さ行くのは勘弁願うだよ」 元住民達は一様に首を横に振る。 材料はテダ、クダダ、オンダと地元で呼称される海草を用意すれば後は何とかなるらしい。 「オンダとそっくりなウルダもあるから見分けなきゃなんねえ。オンダはすぐ変質するから浜で煮なきゃならんのだが、ウルダがちょっと混ざってたら全部が台無しさあ」 人の背丈より少し高い水深の岩場にオンダとウルダは生えている。岩の隙間に細かい黒い藻が張り付いてたらそれだ。 判別は、空気中で陽射しに透かしてみないとできない。透かすと緑色っぽいのがオンダ。茶色っぽいのがウルダである。 テダは昆布に似たもので、浜に漂着している分は使えない。海底に根付いてるうちに採取する必要が。その量がなかなか。 テダの採取は嵩張り、何往復もする必要があるだろう。 赤みがかったクダダは貝に付着しているものが良い。乾燥すると分離が難しいので水を張った桶での作業になる。 「道具は集落ん中さ探せば、揃うさね。原料の扱いで知っとくべき事は行く前にみっちり教えるから心配せんでええ」 元住民達のやり方は、海へ潜る者と浜辺で作業する者に別れて朝から昼に掛けて素早く。 それも晴れた凪の日だけと決めていた。少しでも質に影響があるようであれば秘薬作りは行わない拘りを以って。 「笊も鍋も、使う前に井戸の真水でしっかりと洗って乾かしてくれよ。オンダは岩から剥がしたら数分以内に煮なきゃなんねえ。煮詰める濃度はこんぐらいだ」 と、葛粉を溶いて冷ました湯を指で掻き回し。 「後は火から下げて人肌くらいになったら、オンダ専用の陶器に入れてしっかり油紙と紐で密封すんだ。蔵ん中さ一杯あるからヒビがねえの選んでな」 テダは一昼夜、莚の上に並べて生干しにしてから鋏で細切れにして。水を換えながら煮る。 そしてよく水気を絞ってから、これもテダ専用の陶器に入れて封印。クダダは乾かした粉末状にするが、風で飛びやすいので注意だ。 おそらく浜辺で数日掛かりでの作業になるか。雨と風は作業に大敵なので天候にも左右される。 そして何よりの問題はアヤカシだ――。これについては元住民達も皆目見当が付かないので対策は立てようがない。 ちなみにどうでも良いが、元住民の女性から聞いたところによると。 秘薬作りで邪魔物扱いされるウルダは、煮溶かした液を塗りたくるとお肌がつるつるもちもちになるそうだ。 充分に吸収させて洗い流すまでは、茶色の絵具を塗ったみたいな怪しい姿になるが。 興味がおありなら浜辺で作業する間、顔でも全身でも塗っておくといい。 現地に到着して数日。荒れるという程でないものの、天候の条件に恵まれない日が続いた。 真っ暗な海に響く潮騒。そっと輪郭を見せた朝陽が水鏡を眩しく照らしゆく。 ――今日なら、作業ができそうだ。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
御桜 依月(ib1224)
16歳・男・巫
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 「あれ、今回は僕が黒一点でしたっけ‥‥?」 「依月は普段から女性らしい嗜みを心掛けていますから♪」 「僕はえと‥‥はぅ?この格好何か変ですか?」 さあサクサク海に入って始めましょうかと思い思いに脱ぎ始めた面々。 アヤカシがいつ出てもおかしくないような土地。せめて武器だけはと携えて。 首を傾げて呟いた雪切・透夜(ib0135)に同じように首を傾げてきょとんとした顔で返すネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)。 御桜 依月(ib1224)と違って、女物を着ているという自覚はない。天然さんのようだ。 別に誰も困らないんだから問題ない。これが逆だったら何か指摘する必要があるだろうが。 「いや依月あなた海に入らないんだから、別に水着になる必要はないのでは‥‥」 と言いながら自分もしっかり露出面積の多い水着姿のレヴェリー・ルナクロス(ia9985)。 ローライズを一枚履いてるか否かの違いなのだから、たいして変わりはない。 「レヴェリーさんだってウルダが楽しみな癖に〜」 「そ、そんな事。確かに遊女として働いてるんだから美容には気を遣いたいけどっ」 耳を真っ赤にして否定するが、依月には聞き流されてしまい無駄な抵抗を諦めて肩を落とす。 「あ、あまりこっちを見るな‥‥」 「まあ似たよようなものじゃし大丈夫じゃろうて、多分」 こちらは特に水着は用意して来なかった組、エメラルド・シルフィユ(ia8476)と神町・桜(ia0020)。 見るなと言われても、桜の視線は羨みというにはやや険を帯びてエメラルドの豊かな大人の曲線に。 同じような下着姿だというのに、何がこう違うのか。それはさておき。 「まずはテダじゃな。一種類ずつ順番に集めるのが間違いないじゃろ」 「え、ええ‥‥そう思います。テダは大量に必要でしたね」 こくこくと頷くエルレーン(ib7455)。女戦士としてかなり恵まれた体格を思わせぬ小動物のような動き。 数日を共にして既に打ち解けてはいるのだが、武器を構えていない時はどうもこの調子に戻る。 自然に脱いで自然にその格好でうろついているが、至って普通の海仕事をする村女の格好と遜色ない。 背に刀鞘を括りつけてる所は無論違うが。 (そうか恥ずかしがらなければ、別に恥ずかしくないのだ) 仲間の目を気にしていたエメラルドも開き直る。 気にしなくても、ネプは恋人の鴇ノ宮 風葉(ia0799)しか見ていないし。 透夜はさりげなく視線を外すようにしてくれている。依月は、‥‥あれは女だ。 ● 準備の手順については予め打ち合わせを済ませていたので滞りなく進む。 集落から運び込んできた道具を手早く並べ。予備を考えて持ってきたので結構な荷物だ。 「火を焚く支度はオンダを取りに行く直前でいいわね」 レヴェリーと依月は砂浜で待機。念を入れて道具の再点検だ。 鍋を載せる為の脚付の鉄板。年季が入って錆だらけだが、途中で壊れたりしない丈夫さも確認済み。 適した大きさの鍋を幾つか。これは蔵に保管していた物は腐食が進んでいたので家屋の台所から拝借した。 桶に盥に。貝からクダダをこそぎ落とす細い鑿のような器具。大量の壷一式と茣蓙。 道具は全部前日までに井戸水で丹念に洗って、不純物の付着が無い事にも気を遣っている。 「風が吹かないといいわね‥‥砂が混じらないように気をつけないと」 後で使う道具はしっかりと茣蓙で保護しておく。 「あー、あたしも運ぶの?」 「量が量だから、と言っても見張りも残って居ないと危険じゃの」 「水気を含んだテダを担いで浜辺まで泳がなければなりませんから、僕も運搬に回りますよ」 ゴーグルの密着具合を確認する透夜。本来防水用ではないが、細かい砂塵を防ぐ為に作られた品。 多少は浸水するだろうが、どうせ一度に長時間は潜れないのだから何とかなるだろう。 「今のとこ‥‥辺りには大きな気配はありません。魚とか、砂の上にも小さな反応が無数にありますけど」 エルレーンが生命を探知するが、魚も貝も何もかも生き物かアヤカシか区別はつかぬ。 「一応もっかい言っとくけど。アヤカシが出たら術で罠を設置するから。あたしが合図したらそこ近付かないよーにね」 腰に下げた天儀人形を不満げな顔でつまみ上げて、風葉が注意する。 「ったく‥‥水中じゃ符が湿気ちゃうし、こんな不気味な人形持ってくる羽目になったじゃない!」 「は、はぅ?可愛いと思うですよ?」 「か、わ、い、く、ないの!」 まずは皆で採取場の近くまで岩だらけの岬を迂回して泳いで行き。 「こ、怖いアヤカシが出ませんように‥‥」 空へ祈りを捧げるエルレーン。浅瀬の岩で待機する。 水深はたいしたものではない。水は透き通る美しさではないが、大人の頭より少し深い程度だから何かあればすぐ判る。 桜とネプが水底まで潜り、テダを根元から傷を付けないように剥がして。 水面に出たら今度はエルレーン、エメラルド、透夜が交代で浜辺で待機している者の所まで運ぶ。 手の空いている者は常に警戒を。 息を整えては潜り。何度も何度も。海は穏やかでアヤカシも現れる気配は無かった。 「‥‥次は何を集めればいいのですっけ?」 「クダダじゃの。貝殻に付いてる奴だから、貝ごと籠に集めるのじゃ」 「はぅ、了解なのです!」 貝が集まっている場所はエルレーンが幾つか見つけてくれた。心眼、こんなとこでも役に立つ。 「あの‥‥本物の貝かアヤカシか判らないから。一緒に潜りますね」 「私も手伝おう」 「僕も行きます」 女性達に背を向ける位置に透夜が潜ったのは。 桜の下着が水に浸かってもろに透けていたから。本人気付いてない様子なのでそっとしとこう。 もし知ったら採取どころではなくなるかもしれないとの紳士的な配慮だ。 これも同じような手順で採取専念と運搬を兼ねた者と分担して迅速に進める。 まだ何事も起きなかった。日はだんだん高く昇り、凪いだ海はアヤカシに侵食された地と思えぬ程に平和である。 「ふぅ、はぅ」 「結構な労働じゃの」 天候が穏やかなうちに急いでと。休憩もそこそこに続く採取作業。潜るのも泳ぐのも体力を使う。 「後は‥‥オンダと‥‥ウルダだけか」 「水中じゃ判別できんから適当に採るから頼むの」 ネプに次採る海草の説明を終えた桜。結局ネプはちゃんと覚えていなかったらしい。 そしてまた一同が潜った時。奴らは来た。 背中に回した手で鯉口を切り、刀を抜くエルレーン。それが合図となった。 同じように剣を抜き、一度水面に空気を補給に行くエメラルド。異変に気付いた風葉が海へ飛び込む。 エメラルドに頷き、水中に蠢く遠い影を確認する。まだ距離はある。 桜の手を引いて、入れ替わりに一度水面に戻るネプ。腕には海草の入った籠を抱えて。 透夜は彼らの護衛に傍で一旦は待機。他の者の動きを待って手隙となる位置へ向かう構え。 エメラルドがエルレーンに合流したのを見て、風葉の方の助勢に回る。 「ちぃ、やはり現れたか。迎撃の方は任せてわしらは採取を続行せぬとのぉ」 仲間達が迎撃の態勢を整えたのを確認して、再び籠を抱えて水中に戻る二人。 水底に手を付き、アヤカシと採取位置との間に罠を幾つも設置する風葉。 採取中の海草を巻き込まないぎりぎりの位置。これが防衛線。手を挙げ合図を送り。 ネプが頷いた。 (さぁて、シルフィユ達の方に半分向かったから‥‥こっちも三匹っと) 威嚇するように鰭を大きく動かし海中の砂を巻き上げるアヤカシ。視界が覆われる。 顔をしかめる風葉。透夜はゴーグルを頼りにそのまま彼女より前に出る。 息が続くうちに仕留めたい。濁った海中に現れる影。 まず一匹。確実さを狙って身を沈め、白い腹から垂直に突き上げる。 普通の生き物のように溢れる血潮が水中に糸を引いてゆらめく。 別のアヤカシが繰り出される刃のような速度で透夜の首筋を狙うが。 砂を蹴り、胸部から腹に掛けて巻いたさらしで受け流す。裂かれる布、走る痛み。 (毒‥‥?) 肌は掠めた程度だが、それ以上の痛感。 回避に専念した風葉。アヤカシの動きを見切る。 鰭での攻撃と砂を巻き上げる動作は、その前の姿勢が一瞬変わる。戦い慣れた開拓者の目ならそれを察知できた。 二匹を透夜が同時に引き受けているので、一匹なら間違いなく誘導できる。 桃木剣で牽制して、幻影で惑わし。罠の位置まで後退しながら引き付け。 アヤカシだけを包み込む猛烈な吹雪。ひんやりとした波動が肌を刺激し。 間髪入れず召還した巨大な蛇が動けなくなったアヤカシを呑み込み‥‥共に消えた。 (来たね!あっち、行っちゃえっ!) 戦闘となると打って変わって激しい表情で立ち回るエルレーン。 剥き出しの肌に傷を負おうとも果敢に挑む。毒の痛みも今は気にならない。 (くっ‥‥パニックになってはならぬ。溺れる事の方が怖ろしい) 肌を切る痛みにも冷静さを自分に命じて、戦うエメラルド。 二人で桜達から離れた場所でしかとアヤカシ達を刃に伏せた。 ● 「ただの野良犬‥‥じゃないみたいですよ、レヴェリーさん」 林の方から訪れる獣の気配。幾度か何かの気配を感じては瘴気を測っていた依月。 人が去って荒廃したとはいえ、野禽や獣は今も生息していて、ときおり姿を現すが。 火を焚いて作業している人間には様子見に近付いてはきても、大抵すぐに逃げる。 しかし今度は本物だ。舌を出して愛嬌たっぷりにゆっくりと寄ってくるが。 手にしていたクダダの張り付いた貝を桶に戻して、そっと離れる依月。 (できるだけ‥‥できるだけ離れてからだよ) レヴェリーに目だけで合図を送る。 背中に回した手で抜き取ったブレードファンを指先で広げるレヴェリー。まだ手は後ろのまま。 目はアヤカシを見据えて。霊剣と盾を一息で拾って飛び込める距離を測る。 対峙する間にはテダを干し並べた筵が。タイミングを間違えば、それが障害物となってしまう。 投擲と同時にできれば踏み込みたい。二匹現れたアヤカシの位置は微妙に離れている。 まだ擬態に騙されてると思っているのか、甘えた鳴き声を出すアヤカシ。 レヴェリーの手が素早く翻され、金属の扇が弧を描き。武具を拾い身構える。 その一動作の間に危険を察知したアヤカシも本性を現し、口をカッと開く。 迸る水柱がひとつは間近に迫った扇を叩き落とし、ひとつは筵の上を通過してレヴェリーを狙う。 身体がすっぽり収まるような盾に受ける強い衝撃。飛沫が盛大に散り砂を濡らす。 「悪いけど、此方は忙しいの!」 重い盾を構えたまま一気に詰め寄り、そのまま林の中まで勢いを殺さずに押し戻す。 中型犬の体重である。力技では敵わぬと身を翻して回り込もうとするアヤカシに霊剣を薙ぎ。 水撃はあえて盾で全部受け止める。外されれば、採取物に被害が出るから。 (私が全部受け止めないと‥‥っ) 依月を守りたいが、二匹同時の相手は難しい。引き寄せた隙を突いて駆け抜ける一匹。 「駄目よ!」 捻った身体。依月の放った力の歪みに捕らわれた一匹に突き通した確実な手応え。 天に水柱を迸らせながら断末魔の悲鳴を上げるアヤカシ。 無防備になった脚に突き立てられた牙。痛みを堪え、盾の縁を脳天に叩き込む。 「無に還りなさい!」 血に濡れた刃を力任せに引き抜き、翻してその胴を分断する。 盾を構え直す余裕も無く、まともに最期の水撃を浴びて崩れるレヴェリー。 「レヴェリーさんっ!?」 「‥‥大丈夫よ、たいしたダメージじゃないわ」 駆け寄った依月に笑顔を作る。鍛錬を積んだ身体。このぐらいなら平気。 「脚が‥‥。大事なお肌に傷跡残らないようにしなきゃっ」 問答無用でローライズを脱がせる依月。白だからすぐ洗わないと。 「ちょ、ちょっと!?」 いや下に水着は着てるけど!? 依月の腕に生じた淡い光が肌に吸い込まれ、アヤカシの牙跡は綺麗に塞がれた。 「良かった。すぐ消えたよ♪これでウルダも塗れるね〜♪」 ● 更に警戒しつつも作業は進み、後はオンダを煮詰めて封印するだけとなった。 いや、訪れた開拓者的にはウルダも大事である。 妙に桜が燃えている。 「ふ、これを塗ればわしとてお主には負けなくなるのじゃ!」 びしぃとレヴェリーを指さすが、彼女はウルダを全身に塗るのに夢中である。 「効果が楽しみだねー」 依月も一緒になって全身に塗っている。 「ついでだからお主も」 「いや僕は‥‥」 透夜に塗ろうとして断られた桜。他のターゲットと思うが、皆それぞれの世界だ。 「エルレーンも塗るか?いやこれは本当に効くのかという実験で‥‥その」 仲良く塗りあっこしているエメラルドとエルレーン。傷は桜が癒してくれた。 「鴇ちゃん‥‥えと‥‥はぅ」 「あによ?これ」 おずおずとネプが差し出した壷の中を見て、本当に何これ?という顔をする風葉。 「ウルダ‥‥?」 どう見ても泥水である。 「あー、つるつるもちもちになるとか何とか、あんた言ってたっけー」 集落の人の話は半分聞いてなかったが、ネプくんがそういえば道中うきうきしながら話してたかも。 「要らないですか、はぅ。皆さんに返してくるです‥‥」 しょんぼりと白銀の耳を伏せて、背を向けたネプの尻尾も力無く垂れ下がっている。 「ちょっと。待ちなさいよ」 「はぅ、塗るですか?」 がしっと掴まれた尻尾。嬉しそうに振り返るネプににんまりと笑い、壷を取り上げ。 「そんなに効果が気になるなら塗ってみればいーでしょが」 ただしネプの肌に。 「ほら、塗りやすいように筵の上に寝そべりなさい」 風葉が塗ってくれるのなら。嬉々として寝そべるネプ。ぶちぶち言いつつも手つきは優しかった。 さてその効果は‥‥? 帰り道ほくほくと自分の肌を撫でていたから、良い結果が出たのだろう。 なお美髪の薬は材料を受け取ってから加工にまた日数が掛かるとの事で。 分けて貰いたいというのは、今回残念であった。また今度の機会に。 |