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■オープニング本文 ●伊織の里 龍の咆哮のごとき雷光が空を切り裂く。俄かに強くなった雨足が屋根を叩き、轟音が里を包んだかと思えば静まり返る。 黒い影が道筋を駆ける。叩き壊された錠前。荒らされた蓄えの倉。 不安を抱えた身を寄せて、眠れぬ夜を過ごす人々を尻目に。混乱と垂れ込めた薄闇に乗じて悪事を働く者達も現れ。 紐で幼い弟を背負った少女が、地味な着物姿の女性を慰めていた。 「お母さん、大丈夫、大丈夫だからっ」 「そうは言ってもお前‥‥外、一人で行くんじゃないよ」 壮年の男がびしょ濡れになって荷物を抱えて帰ってくる。護身に刀など佩いているが似合わぬ商人といった身なり。 「ひでえもんだ‥‥お、すまねえ。白湯でも冷えた体にありがてえよ」 差し出された古茶碗を干し、長い溜め息を吐く。 見回した辺りは明かりが灯っているというのに暗い。誰もが打ち沈んだ顔だ。 赤ん坊も周囲の大人達の不安が伝染するのか、火の付いたように泣いて止まない。 ●小さな勇気 ぴちゃぴちゃと泥水を跳ねて、小さな塊が駆ける。雨を凌ぐ蓑の塊から突き出た白く細い脚。 (んっと‥‥ここエリちゃんの家の前だから、右に行ったらゲンゾウ先生の家だったよね) 夜も更けきった暗い道。昼間いつも歩いていた路地も様相が違って惑う。 走っても走っても、本当に着くのか心細くなってくる。でも行かなきゃならない。 父や母も忙しい人だが、困っている人達が居たら放っておけない性格。他人の世話焼きに奔走していた。 ――アミはいい子だから、帰ってくるまでちゃんと留守番できるよね。おにぎりはたくさん作っておいたから、お腹空いたら食べるのよ。 困ったら、隣のお爺ちゃんのとこへ行きなさい。 そう言い付けられて、言われた通りにしていた、が。 薄い長屋の壁の向こうで大きな音がしてびっくり。どうしたの!?デン爺ちゃん!? 返事も聞かずに戸を開けて上がると、お爺ちゃんが苦しそうな顔をして胸を抑えて倒れていた。 「お爺ちゃん!デンお爺ちゃん!ど、どうしよ。アミ、誰か呼んでくるね!」 反対隣のジロウさんの戸を叩いたが、またお酒をたくさん飲んだのか高鼾でちっとも起きる気配が無い。 他はみんな留守の家だ。 自分がお医者さんを連れてこないと。お金なくてもゲンゾウ先生なら来てくれるはず。 「お爺ちゃん待っててね。お医者さん連れてくるから!これ借りるね!」 デン爺ちゃんの大きな蓑を被って、アミは雨の中に飛び出した――。 「っと、何だこの小さいの」 「‥‥ガキか。驚かすなよ」 大きなお屋敷の裏を通り掛かった時であった。板戸の向こうから次々出てきた男達とまともにぶつかったアミ。 皆、顔を隠して重そうな大きな風呂敷包みを背負っている。雨に濡れてとっても重そうだ。 「やべえ、見回りが来やがった。ずらかるぞ!」 「これどうすんよ」 「面倒だから一緒に持ってけ。ガキなんざ適当に売り飛ばせるだろ」 太い腕がひょいと伸びて、アミの脚が空に浮く。馬鹿力なのか軽々と蓑ごと脇に抱えられた。 灯りがいくつも揺れて近付く。 「待ちなさい、狼藉者!」 「ふん。待てと言われて誰が待つか。散れ、例の場所で集合だ」 抱えられて身動きの取れないアミは精一杯の大声を出した。口は抑えられていなかった。 「助けて!アミはカキバタ長屋のアミ!隣のデン爺ちゃんが苦しそうなの!お医者さん!助けて!」 幼い少女の甲高い声は小降りになった雨を通して夜道に響いた。 すぐに口を分厚い掌で塞がれる。 「殺しやしねえから黙ってろ」 (でも、デン爺ちゃんが‥‥) 自分の事よりもお爺ちゃんの事を何とかしたかった。カキバタ長屋って言えば、この辺の人なら判るはず。 駆けつけた見回りが他所から応援に来た開拓者だとは、アミは知らなかった。 「ちょっと、家の中が‥‥!」 雨戸の向こうに不自然に揺らめく赤い光。漏れ出る細い煙。 「火を放ちやがったな。中の住人を助け出さないと!」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
谷 松之助(ia7271)
10歳・男・志
ベアトリクス・アルギル(ib0017)
21歳・女・騎
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
アーニー・フェイト(ib5822)
15歳・女・シ |
■リプレイ本文 「火を放つとは、なんと非道な!今ならまだ、消し止める事が出来るかもしれません」 「うむ屋敷の中にまだ人も居ろう。急がねばならぬ」 駆け出すと同時に、意識を研ぎ澄まし谷 松之助(ia7271)は人の気配を探る。 騎士の誇りなど形に捉われては本末転倒と。躊躇無く、雨泥の中に漆黒の鎧を脱ぎ棄てるベアトリクス・アルギル(ib0017)。 火事場に飛び込むのに重い鎧は邪魔になる。 「火元に近い場所に二人。奥にも五人、固まっている。二人が居る場所に我は向かう」 「確認した!俺は五人の方に向かうなー。火消し頼んだよっ」 泥水を跳ね、雨戸へと一番に辿り着いた羽喰 琥珀(ib3263)が力一杯に両に開き、奥へと土足で駆けてゆく。 襖が傷もうが今はそんな事構っちゃいられない。手を掛けては勢い良く開き、使用人の寝室と思しき大部屋へ。 上等ではないが、それでも綿の布団を与えられて。湿気を帯びた蒸し暑い空気の中、その布団で巻かれ荒縄で縛られた女中達が。 「助けにきたぜー。今縄切るから待っててくれなっ」 抜き放った刀でひゅんと一閃。次々と女中達を開放してゆく。 苦しかった息を大きく吸い、布団から這い出てたくさんの空気を求めて喘ぐ。 「動けっか?火は今消し止めに行ってるけど、危ないから早く外に逃げて」 年配の経験を積んだ女中達ばかりで、琥珀の言葉をすぐ理解したようだが、まだ足元がおぼつかない。 「旦那様達のとこへ行かないと」 「そっちは俺の仲間が行ったから心配ないよ。少し濡れっけど外で合流するから」 火元の方にふらふらと行こうとする女中の袖を掴み、なっ!と言い聞かせ。 一番足取りの怪しい小柄な線の細い女中に肩を貸し、外へと誘導する。 「屋敷ん中居るのは七人で間違いないよな?」 「ええ。私達住み込みの五人と旦那様と奥様だけでございます。後は通いの人は夜間居ないので」 「今物騒だから、しばらく用心に男手も置いといた方がいいぜ。あいつらみたいな悪いのが居るからな」 たぶん、それを知っていて狙ったな。と逃げた悪漢達に腹を立て柳眉が立つ。耳がぴくりと怒りに跳ねる。 「そちらも全員無事か」 寝巻きながら裕福な身なりの老夫婦に抱えるように手を添えた松之助が外に出ていた。 「きつく簀巻きにされてたから苦しかったみたいだけど怪我は‥‥ないよね?」 頷く住人達。近所の者達も起きて、雨の中だというのに屋敷前の路地に集まってきている。 大半が野次馬だが一様に心配そうな顔を浮かべて。 火元の書斎へと直接外から向かった央 由樹(ib2477)。 「‥‥エラい事しおって‥‥急がなあかんな」 手で口元を覆っているが、近くまでくると咳き込みそうな濃さの煙。だがまだその程度なら。 木目の紋様も綺麗な板の引き戸を開けると、畳を炎が這い舐めて広がっていた。 「水を汲んでくるわ」 「いやそれより書物の救出や。まだ間に合うで。水は俺が何とかできるわ」 畳だけなら、いける。思ったよりはまだ火の手は小さい。 手刀から迸る水流が炎と戦い、視界に霧と煙が混じり溢れ。速やかに鎮火は行なわれた。 「書物にはお金に代えられない物も多いと言うのに」 中には主人の趣味で希稿本も混じってるやもしれぬ。 「結構な数だわ。近所の人にも応援を頼むわね」 誂え品と思われる壁一面を使った書棚には綴じ本が積まれ。ジルベリア製と思われる装丁の本も並べられて。 濡れないように覆える物も必要ねとベアトリクスは声を掛けに戻り。 「作りのええ屋敷や。壊さずに済んでまだ良かったな」 問題は、盗人どもが持ち出していった金品だが。趣味に手を掛けたこの部屋を見る限りでも結構な小金を持ってそうだから被害は大きいだろう。 「床板もこりゃ大工入れて修繕必要か見繕わんとあかんやろなぁ」 黒焦げとなり水遁を浴びてボロボロとなった畳を引き剥がしたが、その下も火に炙られ変色していた。 まだ燻っている箇所が残っていないか丹念に確認し。油も巻かず単に畳に火を放っただけのようだ。 「我らは強盗を追うが、何かあったらすぐこの呼子笛を鳴らしてくれれば戻ってくるからな」 火は無事すぐに消えたので、屋敷に戻った住人で後の始末はするという。 「なら運び出さなくてもいいかしらね」 書物を運ぶのに被せる茣蓙を借りてきたベアトリクスだったが。それはひとまず置き。 ● 「僕、デン爺ちゃんとこ行って来る!」 アミの懸命な叫びを胸に刻み、身を翻すアルマ・ムリフェイン(ib3629)。 考えるより先に身体が動いていた。助けて!ってあの子は言った。あの子が懸命に駆けてきたのを繋いであげなきゃ。 「お医者さんとカキバタ長屋‥‥」 だいたいの道筋は教えて貰っていたけど、何処に誰が住んでいるかなんて見当もつかない。 とにかく、近くにある家の戸をダンダンと叩き、大声で叫んだ。 「誰か!緊急なんだ!お願い教えてっ。お医者さんが必要なんだよ!」 何事かと寝巻きの浴衣姿で出てくる住人。アルマがガシッと腕に縋りついたので目を丸くさせている。 「僕は開拓者で、アミちゃんに頼まれたんだ。デン爺ちゃんが苦しんでる。お医者さんとカキバタ長屋、場所教えて」 「カキバタならあっちの角を曲がってえーと‥‥」 「あんた医者なら、二軒隣だよ。先生なら長屋知ってるから早く行きなさい」 しどろもどろの旦那より妻の方がしっかりしていた。 「ありがと!」 礼もそこそこに。とにかく教えてくれた戸先を叩く。鍵も掛かっていない安普請。 ゲンゾウ先生が出てくるのも、もどかしく寝所へと土足で飛び込むアルマ。 「先生、急患!カキバタ長屋だよ!デン爺ちゃんが苦しんでるってアミちゃんが!」 失礼とかそんな事は言ってられない。被っていた夜着を剥ぎ取る勢いで髭面の男を起こす。 「‥‥お、おう!?アミ坊が怪我でもしたか?」 「デン爺ちゃんだよ。カキバタ長屋、わかるよね!?」 まだ目をパチクリさせているが、そこは人の命を預かる職業。半ば無意識で羽織を被り下駄を引っ掛ける。 「走れる?僕、荷物持ってくから急いで」 「その箱、全部入ってるから」 「わかった。ね、早く早くっ」 背中を押すようにゲンゾウ先生を急かし。ずっしりと重い薬籠を背に担ぎ。 ぬかるむ路地を走る。 「割れるもん入ってるから転ぶんじゃねえぞ」 「大丈夫だよっ!」 傘も差さず雨具も纏わず、走るゲンゾウ先生の足取りはしっかりとしていた。 道をひとつも間違う事なくカキバタ長屋へと着き、勝手知ったる様子でデン爺さんの部屋へ下駄を蹴り脱いで上がる。 「灯り!二段目の紫の紙包みを出してくれ。それと水!おそらく心の臓の発作だ。倒れた時に強打してるな、痛ぇだろうがそれは後だ」 「はいっ!」 てきぱきと指示通りに助手を担う。土間隅に置かれた甕の水を柄杓で汲んでそのまま駆け寄って、デン爺さんに薬を飲ませる為に背中を支える。 「爺ちゃん痛いだろうけど、怪我は僕が治すから!これで薬、飲んで」 「‥‥うぅ」 「むせないようにゆっくり飲ませるんだ。しっかり溶いてからな」 薬を飲ませたら後は安静にさせておくしかない。かいがいしく寄り添い、気持ちを楽にさせる笑顔を作り。 「お爺ちゃん、僕が喋ってた方が楽?そう?うん、無理に返事しなくていいから。ほら、横になって」 隣のアミちゃんがね、僕達に知らせてくれたんだよ。僕は開拓者、そう町の見回りのお仕事をしているんだ。 今、外が物騒だからね。アミちゃんは心配ないよ。僕の仲間が家までちゃんと送り届けてくれるから。 歌を歌ってあげるね。綺麗な声?ありがとう。 この鈴は精霊さんが好きな音を出すんだよ。うるさくないでしょ。 「身体の痛みも取れた?よかった。精霊さんにね、僕、デン爺ちゃんの怪我を治してくださいってお願いしたんだ」 そのうちデン爺さんは子守唄にまどろみ、穏やかな呼吸で眠りについた。 「僕、戻っても大丈夫かなぁ」 「わしが泊まってくから構わんよ。ここに居るこたぁ、あんだけ坊主が騒いだから近所の奴らが知ってるわい」 「あは、ごめんね。もう僕、とにかくお医者さんを連れてかなきゃって夢中で」 「これ持ってけ。坊主の分とアミ坊の分だ。よく頑張った」 掌に乗せられた包みには小さな飴玉が入っていた。ひとつを口に含むと微かに林檎の味がした。 ● ――時間は戻り、強盗団の捕獲に動いた羅喉丸(ia0347)達。 アミを抱えた黒装束だけを見据え、常人の速度を超えた脚で瞬時に距離を詰めた羅喉丸。 逃げられないと悟った賊は、足手纏いのアミを無造作に投げつける。 「ちっ」 地面に叩き付けられるぎりぎりで身体を滑り込ませ、泥色の水溜りの上でその小さな身体を受け止めた。 そう重くないとはいえ豪腕で放物線を描かされた全体重の衝撃は、息を詰まらせ。 「もう、大丈夫だ」 助かったと自覚した途端にわんわんと泣きだす少女を抱き締めて、優しく背中を叩く。 「勇気を出して教えてくれてありがとう。デン爺ちゃんの方にも仲間がいったから大丈夫だよ」 「はっ、逃げよーたって、そうはトンヤがおろさねぇって言うんだよ」 ずらかろうとした賊の行く手に伸びた鞭が巧みな手さばきで波打つように跳ね上がり、常人には真似できないような不可思議な動きで絡みつく。 充分な長さで脚に纏わりついた細く固い革、痛みで悲鳴を上げる程にきつく縛りになるように引くアーニー・フェイト(ib5822)。 「てめーもだ」 別方向に逃げようとした賊の脚に突き刺さる菱の礫。たかが礫といえど志体持ちの放った威力だ。 耐え切れずその場で激痛に蹲る。 「悪ぃコトにはリスクがつきもんってね。大人しく捕まるんだな、ゴシューショーサマ」 小柄で非力そうなアーニー相手と侮って悪あがきをする賊。力比べでは確かに分が悪い。 懐に手を入れ、手品のような手つきでアーニーの手に構えられた掌サイズの拳銃。 冷たい銃口を眉間に零距離で突きつけて、賊の瞳の色が恐怖に塗り替えられる様に嘲笑う。 「エレメンタルロック式って知ってる?あたしもよく知らねぇんだけど雨ん中だって使えるらしーんだ」 ホントに撃てるかどーか、あんたの頭で試してみる?と引き金に掛けた指を僅かに動かし。 尚も続く軽口めいた脅し文句に。 賊の股下に新たな水溜りが生じ、生暖かい湯気と臭気が立ち昇る。 「なんてねジョークだよ、ジョーク」 大人しくなった賊を脱がせて自らの服で縛り上げ。腰に結わえていた袋を取り上げる。 中を覗いてひゅっと口笛。売り捌けば懐が潤いそうな宝飾品の類だ。 銀製と思われる対の意匠の指輪には、天儀人らしき男女のファーストネームがジルベリア文字で刻まれていた。 「こんな物まで流そうってのはゲスだね。さぁ、ゲスならゲスらしくアジト吐いて貰おうか」 違う方向に走った賊を追っていたキース・グレイン(ia1248)。 咆哮を上げるが、逃走の意思しかない輩。強そうな開拓者に立ち向かってくる者は居なかった。 荷物が多く逃げ損ねた賊を捕まえ、腕を捻り上げる。凄みを利かせて迫れば簡単に口は割った。 一度屋敷前に戻り合流し、賊の集合場所へと。しかしもぬけの殻。 捕まえた賊に問いただしても、互いに素性も知らぬし盗品を分配したらサヨナラの計画。 裏社会の伝手で集まった烏合の衆。話を流した奴はとうに里から姿を消していた。 ● アルマが戻った時には全てが終わっていた。 「キーちゃん!ひーちゃん!」 「お疲れさん‥‥って、おい」 全力で子犬、いや子狐のように甘えまくる。由樹に突撃しかけた身体をひょいとキースの腕が攫い。 「その勢いで突っ込んだら転ぶだろうが」 「全く元気有り余ってんねんなあ」 「痛ったぁ」 ベシッと額を叩かれて抗議の瞳で由樹を見上げるが、クールに鼻で笑われて終わり。 「逃げた賊全部は捕まえられなかったが、住人もアミちゃんも全部無事だ」 番屋に賊は引渡し。ようやく連絡が付いて駆けつけたアミの母が何度も何度も頭を下げる。 「大変でしたが、よく頑張りましたね」 顔を綻ばせてアミの髪を撫でるベアトリクス。子供の前だと自然優しい表情になってしまう。 賊の事は後は地元の役人達に任せる事になるが。 人の命を守ったこの夜の開拓者の活躍は、翌朝似顔付きの瓦版となって里中に配られたという。 |