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■オープニング本文 ●花ノ山城 魔の森の近くには、どこの国でも、アヤカシを食い止める砦がある。 伊織の里や高橋の里も例外ではない。 「敵襲ーっ!!」 がんがんと櫓の鐘が鳴り響く。眼下を見れば、「花ノ山城」へ向かって、凡そ荷車ほどの大きさはあろうかと言う化甲虫が、まるで鋼鉄のアーマー部隊の様に整列して迫っていた。 どうやってかはわからないが、各地の砦近くに、甲虫達が、忽然と姿を現したのだ。 そんな甲虫達の群れを見下ろすのは、それらの中でも、さらに大きな個体。 「さぁおいき、可愛い子供達。たっぷりとね」 その上部には、会話を交わせるほどの形となった、美しい女性の姿が埋まっていた‥‥。 ●緩谷の関 さほど急峻な地形ではない。緩やかな起伏の森の合間に通った道に設けられた関である。 取り締まりや国の境といったものではなくアヤカシの動静を伺う砦の連絡網を兼ねた出張所といった態。 小屋に毛が生えた程度という警備に寝泊りする建物は普段は、雨に降られた旅人等に供されていた。 だが、そこにも。 異形。 地を行進するのは紛いなき化甲虫。大きさもそのアヤカシとしては特異なものではない。 大小様々の混成で、一番大きいのでも3mくらいといった感じだろうか。 だがその一部の背にあるのは。 あどけない童女の哂う首。愛らしい小さな素足。野の花のように開いた掌。 それらが無秩序に悪趣味な生け花のように飾られている。人という生き物を馬鹿にしたかのように。 生気は無い。出来の悪い人形のような質感を持ったそれは、瘴気が自然に産み出したのか。 はたまた悪意を持った知性ある個体が実験したのか。いや、そんな事はなかろう。 彼女――と仮に呼ぶ――の軍勢に混じっていたのは偶然である。少し不細工な子と選り分けられていた虫達。 押し寄せる軍勢の背後から突如、飛び越えるように現れたそれを直視してしまい。 反吐の出るような光景に、里に愛し子が待つ父親もそうでない若者も同時に顔を歪めた。 遅く産まれた我が娘をばらばらにしてアヤカシの背に植えられたようで腹立たしい。 「怯むな。これも奴らの作戦に違いない‥‥時間を稼ぐんだ」 士気を維持せんと年長の兵が声を挙げるが、元々圧倒的な量と対峙して無勢である。 この方面の警備に回されていた兵士は二人。既に疲弊して限界を迎えていた。 平時より増強と、開拓者がここにも臨時に配備される事になっていたが。 彼らが到着する寸前の出来事である。 かろうじて侵攻を遅らせる役にも立たぬ状態であった。陥落突破は既に現れた時点で明白。 経験の浅かった若い兵は、戦いに必死になるあまり開拓者の援護を待たずして既に重傷を負い。 「いいか、こんなつまらん戦いで死ぬんじゃねえぞ、幸太」 「し、しかし泰蔵さん‥‥」 「生きる道を探すんだ。どうせ勝てはしねえ」 利き腕を砕かれ、血潮の溢れる太腿をきつく包帯で応急に縛った幸太を庇いながら。 泰蔵は鍛えられた腕で長槍を払い後退する。これでも元は一線で活躍していた熟練の志体持ち。 人数を割けないが、砦や周辺の村を繋ぐ大事な路。若い兵士の教育を兼ねながら警備していたらこれだ。 血気盛んだが未熟な幸太に手本を見せながら、時折ふらりと現れるアヤカシを退治して。 雛人形のような顔。鉢巻と鎧を付けても上品な武者人形にしか見えないが。この若者、素質と根性はある。 将来が楽しみであった。いずれきっと前線で活躍する猛将へと育つ。俺が育ててやる、と。 脚を休める旅人達とのんびり話し、各地の世情と古い武勇伝を交換する日々も今日で終わりか。 アヤカシの一体や二体同時に相手しても見事な捌きで、関の周囲に繁る木々を盾に、負い手を連れて逃れまわる。 兵が多く詰めているであろう砦は何処からも遠く離れていて、応援は望めない。 いやこれでは砦そのものも怪しい。もう、全体の状況がどうなってるかも、この場では把握できぬ。 これと同じ軍勢がもし同時に攻め入ってたなら‥‥。 この関を突破されたなら、この軍勢も花ノ山城の包囲に加わるに違いない。 せめて少しでも長く、持ち応えたい。しかし戦えるのは今一人だ、何ができる。 もう、奴らの大半は泰蔵と幸太を無視して進軍しようとしていた。 「うっ‥‥く」 加えて。同胞の犠牲を何とも思わぬ寄せ手。 後ろから波状に飛び立った群れから吐かれた液が空にぶちまけられ、滴が悪趣味な飾りを半溶させる。 「ダメだ。げぇっ、うげぇ‥‥」 もうこれ以上吐く物もなく。水のような汚液を端正な唇から滴らせ、空の嘔吐を続ける幸太。 化甲虫の黒い鋼鉄のような殻はてらてらと光り、浴びた液を滴らせ。何事も無かったように行進する。 そしてまた宙を舞う。 淡々と後から押し寄せる化甲虫が、過ぎてゆく。 黄色い液が吐かれ、泰蔵と幸太は粘る液に絡められ二人の身体が離れず、泰蔵の動きが更に鈍り。 別のアヤカシが炎を吐き、森のあちこちに着火して煙を上げる。 下草が焦げ、枝がちろちろと小さな火を辿らせる。一匹が低い枝に突っ込み、燃料と化し嫌な匂いを上げる。 そして火の粉を纏ったまま進軍して、炎の種を拡散して力尽き地面に崩れた。 「アヤカシにやられるか、火に巻かれるか‥‥どっちが早いかって、畜生め」 「泰蔵さん、俺なんかもう置いていってよ‥‥一人なら‥‥」 身体を引き剥がそうと試みる幸太。だが傷口から更に血が溢れるのが早まるだけ。 「何言ってんだ。大人しく俺の左腕に抱かれてろよ。むさいおっさんで悪いがな」 二人は今、――その混沌の波間に命を終わらせようとしていた。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟 |
■リプレイ本文 「こ、此れは一体如何したの!?警備兵達は何処に!?」 目前の光景に愕然とした声を迸らせるレヴェリー・ルナクロス(ia9985)。 「‥‥これは。間に合わなかったなんて事はないと考えたいね」 応援のはずが救助になってしまった。依頼には二人しかここには常駐していないとあったと脳裏に文面を蘇らせる。 (この状況。生きてるかな?‥‥生きてるよね‥‥生きてて欲しいなぁ) 優しげな瞳を痛ましく細める九法 慧介(ia2194)。職務に忠実な兵は脱出を図る時間はあっただろうか。 「此処まで来て助けられないとか‥‥嫌だね」 ともあれ急ごうと仲間の顔を見る。その表情は沈着な仕事の顔へと変わってゆく。 「探すにも、突っ込むしかねぇな。用意はいいか?はぐれないように陣を組んでいくぞ」 「煙には注意をした方がいいわ。鉄龍、あなたもこれ使って」 懐から出した布をびりりと割き、水筒の水で濡らした物を仮面の上から巻く。 「ああ、使わせて貰おう」 レヴェリーから受け取った布を同じように口元へ巻く鉄龍(ib3794)。 「みんなも!父ちゃん(養父)から教わったんだ。こういう時は火より煙の方が危ないんだって」 小伝良 虎太郎(ia0375)も他の仲間に勧め、森を抜ける煙に備える。 低く飛ばせばアヤカシの餌食になり。乱れ舞う火の粉の上を羽ばたく白隼。 上空は乱流が渦巻き、思うように偵察が進まなかった。 ぐるぐると巡る二重映しの視界。 「御子、走る事を優先して」 「うん」 激しく竪琴を掻き鳴らし、遅れそうになった蒼井 御子(ib4444)の背中を押すように腕を回す五十君 晴臣(ib1730)。 彼女が呼んだ精霊の力が身体に吸い込まれる。前を切り拓く者達の勢いに、その背中から離れない事が今第一だ。 淡々と行進速度を変えぬアヤカシ達。攻撃を受けたアヤカシだけが開拓者の道を阻み、他大勢は無視を決め込み。 背後に位置してようやっと得体の知れぬ液や炎を浴びせかける攻撃に移る。 「むしろ後ろからの攻撃が激しい訳じゃが‥‥わしだけでは抑えられぬぞ」 最後尾を担うのは両手に大薙刀を構えた巫女装束の娘、神町・桜(ia0020)。 飛翔するアヤカシを歪みに捉え、着地点を狂わせる。液を切り払う刃からは柄を伝い濡れる滴が素肌の手指を爛れさせていた。 「くっ‥‥武器は幸い何ともないようじゃがの。肉を溶かされるというのも参るのう」 どうせ瘴気で生成されたモノ。甲虫の中身など何で出来ているか知った事ではないが。 敵も味方もなく無差別に浴びせられる液は、一部のアヤカシの背に飾られた悪趣味な生体の部品も崩れさせていた。 (そういうつもりで産み出されたのかもしれぬがの――) 幼子の頭や手足が溶けるのを間近で見せ付けられるのは、やはり気分が悪い。 溶けて崩れて見せつける為だけに。不要なものを付けおって。 正面ではレヴェリーが大声を張り上げる。悲壮の響きが戦場に呑まれる。 「生きているのなら返事をして、お願いっ!!」 視界を遮るアヤカシに力任せにハルバードを叩きつけて、道を拓く。 何処か醒めた瞳で下した杖の先。凍てつく精霊の息吹を迸らせるオラース・カノーヴァ(ib0141)。 「ちょっと、むやみに撃たないで!」 「しかし撃たねば埒が明かぬだろう。炎の中に無策に突っ込むつもりか」 既に鉄龍のように我が身を省みず、突入している者も居る。 禍々しい漆黒のオーラを纏い、自らが槍そのものとなり地上を駆け、飛び込んでいた。 彼だけを突出させてはいけないと、他の者も続いて駆ける。 「無茶だと判ってるけど‥‥警備兵が何処に居るかもまだ‥‥!」 「何処に居るんだろ‥‥」 「泰蔵さん!幸太さん!」 一団となって進むが、地上の視界は大きなアヤカシ達の身体とくすぶる木立で遮られ。 自分達に注意を引きつけられればとも思ったが、指揮を執るアヤカシが居るのか居ないのか。 前進という命令を絶対としたアヤカシ達は犠牲を出しながらも、隊列を崩さない。 「真ん中に突っ込んだから、今更右も左も難しいな、全員で動くしか」 こうなったら晴臣が飛ばす白隼が見つけてくれるのが頼りだ。その前に見つかればいいが。 少しでも近付いていると信じたい。すぐそこに彼らが居ると。 「この声届いて、お願い!」 しかし濡れた布が邪魔をする。自分の命綱が、むしろ邪魔立てするというのはもどかしい。 「居た!こっちだ」 晴臣の声に、希望が見えた。 列の前を横断しようとする開拓者達に浴びせかけられる炎、粘着の液、溶解の液。 「俺が盾になる。行け!」 身体を張る鉄龍。脚の速い虎太郎に向けられた粘着液を割り込むように浴びて気声を上げ。 オラースの投げた焙烙玉がアヤカシへの攻撃と兼ねて救助の存在を、警備兵達に。 (近ければ聞こえるはずだ‥‥) 「助けに来たよ!」 返事は無かった。氷嵐によって火の消えた黒い梢の下。 若武者を抱きかかえるように、中年の男が倒れていた。 「桜!」 「見つけたかの!」 「私も手伝おう」 息をしてるかも判らぬ二人に。望みを賭けて。 仲間達が盾となり、そこへはアヤカシを近づけさせぬ間。 白き精霊に降臨を請うオラース。杖に白き光が集い、倒れた者に吸い込まれてゆく。 傍に跪いた桜の腕も淡い光を帯び、胸に当てた手から力を注ぎ込み。 「‥‥」 泰蔵の唇が僅かに動いたかと思われたが、そこでがくりと事切れた。 元より失血が激しかった幸太は間に合う兆しさえなかった。 「そんな‥‥」 死体となった二人を抱えて動ける状況か。 「参ったね‥‥可哀想だけど、御免。ここで待っていてくれよ‥‥必ず戻ってくるから」 「行くか」 「ええ。二人が頑張ったこの関で‥‥アヤカシ達を止めないと」 「判った。このまま前方まで突破するぞ」 「もはや力を温存する理由も無くなったか‥‥彼らの無念、ぶつけさせて貰うからな」 胸に煮える想いをアヤカシにぶつけるように鋭い突きを放つ慧介。抉り込んだ槌先を捻り、一撃で脚を使えなくする。 抜く動線に沿い、蹴りを放ち脇へ避けさせ。吹き出るのは紅椿ならぬ黒い瘴気の色をした液体。 「そこ、どいてよ!ていうか魔の森に帰れ!」 この先にはまだ守るべきものがあるんだ。そう頑なに自分に言い聞かせ、前へと突き進む虎太郎。 金色に燃える瞳が、向きを変えるアヤカシの一瞬の隙を見切り、小さな身体を滑り込むように潜らせ。 鋼鉄の爪がその甲の節目を狙って突き上げる。弾力のある膜を破る感触。滴る黒い体液が腕を汚す。 潰されるよりも先に両の爪を振り上げ、その体躯を受け止め小柄な中に秘められた力で押し返し。 突然軽くなる。 桜の放つ白い光弾が長い角を弾き、中から崩壊させ。レヴェリーの斬撃が掬い上げるようにアヤカシを横転させた。 続けて振り下ろす重い刃が、蠢く顎を叩き潰す。 その横を吹雪が抜け、余波の冷気が頬を凪ぐ。 寸で逃れたアヤカシの前に突如現れた式が牙を剥き、喰らい尽くす。 嵐の目となりて開拓者は只ひたすらに前へと突き進んだ。 オラースの放つ真空の嵐が、戦場に吹き荒れる。炎も滴も全てが乱れ引き千切られる。 「少しでも減らさないとね」 遊びの時間だ――とは口に出すのは憚られた。全力で竪琴を掻き鳴らす御子。 五本の指が踊るように奏でる激しい狂想曲。短く切られた青い髪が、動きに合わせて揺れる。 辺りの精霊が彼女の音色に反応して、動きを乱す。 持てる力を全て放出して惑い狂う精霊がアヤカシを巻き込む。瘴気と激しくぶつかり合い。 人には聞こえぬ絶叫が辺りを無秩序に舞う。けれど悲鳴ではない。 甲高い声を上げて走り回る子供達のごとく。騒がしくも彼らなりの喜びを全身で表して。 彼女の周り、仲間達の周りだけは精霊達はいつものように穏やかに漂っていた。 (ごめんね騒がせちゃって。思いきり遊んだ?さあ、遊びの時間はそろそろ終わりだよ‥‥) 前方まで突破を遂げ鬼気迫る開拓者達の攻撃に、アヤカシ達も動きを変えていた。 御子の呼び起こした精霊が彼らの秩序を既に突き崩していた。 対象を失って、同胞を破壊に導くアヤカシ。その間も開拓者は戦い、減らしてゆく。 これ以上幾ら損害を出しても前に進めぬ。 軍勢の秩序を取り戻したアヤカシに判断能力はあったのだろうか。 進軍、それだけを目的とした集団は瓦解した。 散開し、飛び去るアヤカシ達は花ノ山城へ向かうのを諦めたようだ。 ――開拓者の追撃を逃れたのは極少数と思われる。それほど開拓者達の攻撃は凄まじかった。 「警備兵の亡骸を葬りに行きましょう」 吐息と共に唇から洩れたレヴェリーの言葉。惨々たる戦場からアヤカシの姿は消えゆき。 戻る足取りは重い。 進軍は阻止した。大多数を撃破した。 だが、助けたかった二人の命は失われた。 (何が‥‥何が足りなかったというの私達に) 「守りた‥‥かったな」 纏うオーラが薄れてゆく肩が下がった鉄龍。 警備兵の亡骸は穏やかな顔をしていた。 開拓者が来てくれるから大丈夫。最後まで信じていてくれたのだろう。 「でも、おいら達は‥‥花ノ山城と一緒に泰蔵さんと幸太さんも守りたかったんだよ」 拳を打ちつけた灰混じりの土は冷たかった。でも温もりを失った人間の身体はもっと冷たく感じた。 煤けた岩に腰掛けて、明るい鎮魂曲を爪弾く御子の前で、泰蔵と幸太は清められ横たえられた。 「ん、少しでも足取りが軽くなる曲で送ってあげた方がいいかなと思って」 せめて魂が恙無く二人の故郷へと、家族の元へ、会いたかった人の元へ帰れるように。 |