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■オープニング本文 都から遠く離れた或る山に茸を特産とする村と、筍を特産とする村が隣り合って暮していた。 元々は似たような暮らしをしていた互いの村。 春も秋も、山の実りを楽しみにする土地柄だがそれぞれの縄張り争いは熾烈で。 顔を合わせば何かといがみ合っては問題を起こすので、頭を痛めた村の顔役達は話し合いの席を設け。 恥ずかしくて記録にも残せない、様々なすったもんだがあった末に。 竹乃古村は春の柔らかな筍取りを。木乃古村は秋に風味香る茸取りを。 その時期はお互いに立ち入らない。掟を破る者は厳しく罰す。 協定を結ぶ事で決着を付けたのだった。それは今でも続いていて――。 「今年も里山様がいらっしゃる季節が訪れたのね」 涼やかな風の吹く河原。釣り糸を垂れる若者に肩を寄せて呟く娘。 「ああ、また騒がしい事になるんだろうなあ」 柔和な丸い顔に似合ったのんびりした声。 さらさらと流れる水面を眺めながら、娘の長い髪を撫でる若者。 竹乃古村で老いた母親と暮す岳壱と、早くに両親を亡くし木乃古村で祖父と暮す岐乃。 毎年避暑に訪れて滞在する里山様の世話が縁で知り合った二人。 気働きが良く、お互いにおっとりと争いを好まない性質。 なんとなく惹かれあった。言葉を交わす回数も増え、今はお互いに穏やかに想い合い。 村同士の仲は良いとは言えないけれど、二人は結ばれるだろうと誰もが認めていた。 どちらも老いた親を一人で残してはいけず、さてどっちに行くかとなると考えあぐねるのだが。 今は亡き岳壱の父親はいがみ合った全面闘争当時、血の気が盛んな急先鋒で。 それを覚えている老人が木乃古村に多い事を考えると、何ともばつが悪い。 自分は気にしないが、気の弱い母親にあんまり肩身の狭い思いはさせたくなかった。 かといって岐乃の未だかくしゃくたる祖父は、隣村のくそったれ爺と評判を取った論客。 本人は意気揚々と乗り込んでくるだろうが岐乃が苦労するだろう。 それはともかく。 「そっちの世話役は決まったのかい」 「ええ。お井代さんが腕まくりして張り切っているわ」 「ああ‥‥やっぱり、あの人が来るんだなぁ」 「そっちも。お松さんかしら?」 「うん。村で一番の料理自慢だからね。それに‥‥」 互いに村の沽券を賭けて、里山様に自慢の料理を出すのが恒例であった。 里山様滞在の間、一日交代で食事から何から世話を焼くはずだったのだが。 自分達の居ない時に取り入られてはたまらぬと結局両方が毎日押し掛ける。 里山様の前でこそしおらしくしてるが、世話女房達の戦いはかしましい。 「岳壱さんはいらっしゃるの?」 「うん。竈の薪割りとか力仕事はあるからね。岐乃ちゃんは?」 「お井代さん、掃除下手だから」 「ははっ、結局同じ顔ぶれだなぁ」 「でも今年はなんだか様子が違うみたいよ」 「何かあったかい」 「里山様が甥御さん達を連れてくるのだけれど‥‥」 格式高い武家に生まれながらも身体の弱い里山義太郎には、頭の上がらない本家があって。 贅沢放題、我侭放題に育てられた彼らにはほとほと手を焼いているらしい。 迷惑を掛けるのでと、供を雇ったという事だが。 「あてくちは、筍が嫌いだと言うておるのじゃ」 「茸は拙者の口に合わぬ。あのような物は下賎の食べ物」 「菓子は必ず毎日出すのじゃぞ。同じ物は却下じゃ。屋敷ではそのような怠慢をする者はおらぬぞえ」 「世話の者は器量の良い娘だけという慣わし。叔父上、里山の格式を無視するとは何と言う事ぞ」 口だけは達者に育った失笑を堪えたくなるくらい贅沢な着物を大人ぶって着た子供達。 分家ながら当主たる叔父の里山はともかく、他の者には垂麻呂の君、阿佐の姫と呼ばれぬと機嫌が悪い。 「まぁ多少の無礼は堪えてやって欲しいが‥‥度を過ぎるようなら叱ってくれまいか」 苦笑いする里山は、本家に気兼ねしてあまり強くは言えないようだ。 凛と背筋を伸ばして腰に刀を佩いた姿は立派な志士に見えるのだが、どうもこの男は頼りにならない。 陰のある美男で、三十路も近いが独身。 本家の齎す縁談をやんわりと断り続ける里山は、両村の娘達に期待を抱かせているが。 この男もどうなのだろう。 松も井代も熱を上げているが、二人ともかしましい。 身の回りの世話もできれば連れて来た供に頼みたいとの事だが。 その頃、村では垂麻呂の君、阿佐の姫のお気に召す料理や菓子を考案しようとやっきになっていた。 やはり我が村が一番。菓子も茸や筍をあしらったものにしたい。 当の松や井代がうんざりする程に、周囲の有象無象が燃えていた。 舶来の菓子を作るのに必要な鶏の卵じゃ、麦の粉じゃ。 旬の季節じゃなくても調理法を工夫すれば極上の料理になる。さあ新作料理を考案するのだ。 「「ああ、もうどうすれっていうのよ!でも里山様に褒められたいわ!」」 ふたつの村のちょうど中間に、先代里山様が建てられたこじんまりとした別邸が自然の野山を庭として佇んでいた。 隠居用の庵に客人を招いて宿泊できるようにしたもので、連れて来た供の寝る別間もある。 里山は夏の間しばらく滞在するのが常だが、甥姪はすぐに飽きる事だろうと七日と区切った。 供が必要なのはその間だけである。彼らの機嫌を損ねぬよう恙無く過ごして帰すのが仕事だ。 里山の部屋には大量の書物を運び込み。 子供達の部屋には、どう考えても山遊びにそぐわぬ衣装を詰めた長持ちを据え。 「ほれ、そこの。拙者の遊び相手をせい。おぬしはアヤカシ役じゃ」 「雪子、雪子は何処じゃ。あてくちの大事な人形じゃぞ。ぞんざいな扱いはしてなかろうな」 さっそく騒がしい。まったく困った子供達だ。 しかも親が、北面にある開拓者ギルド支部にも顔の利くお偉いさんというから難しい。 国には属さぬ開拓者ギルドといえど、地方に行けば地方の力関係があるから厄介だ。 来る時に支部の職員にも懇願された。まあ、ほどほどに相手せねばなるまいか。 |
■参加者一覧
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ |
■リプレイ本文 「おぬしじゃ、おぬし。そこのでかいの‥‥名は覚えれぬからよい」 「私か。魔神をご指名とは見る目があるね、若君。はっはー、相手になろうじゃないか!」 垂麻呂がびしりと指差した、でかいの呼ばわりされたのは瀧鷲 漸(ia8176)。 気を悪くした様子もなく豪快に笑い飛ばして。さあかかってこいと言わんばかりに両腕を広げる。 ボウンと自己主張する胸はたしかにアヤカシ級と言っていい。 「魔神か、うむ魔神退治じゃな。それは良い。家来、刀を持てい」 「はっ、垂麻呂の君様」 「ぬ‥‥その薙刀みたいのはおぬしの得物か。そっちを貸せい」 長持よりそそくさと垂麻呂愛用の装飾ばかり豪華な模擬刀を捧げ持った利穏(ia9760)だが。彼の荷物の方に興味を示したようで。 「こちらは本物の武器でございますし、かなり重量がございます。危険ですので‥‥」 「拙者には使えぬと申すか」 華奢な利穏が持つ武器なら自分にもと不満を露にする。だが子供には幾ら何でも無理な代物。 困惑するがどうせ持てぬだろうと、家来のごとく膝を付き、刃を仕舞ったままのそれを捧げ持つ。 「む」 多少武の心得はあったとしても、子供の腕力だ。何とか手に取ったはいいが盛大によろめき、利穏に支えられる。 「君のご愛用の刀がかの魔神に効くかと思われます」 「そ、そうか。おぬしの見立てを取り入れよう」 「ありがとうございます。君のご判断は聡明でいらっしゃいますね」 「兄殿、アヤカシ退治は外でやってくだされ。雪子が怯えるのじゃ」 「よし、あの竹薮あたりに行くか」 「瀧鷲さん、あんまり怪我しないような場所で‥‥」 「ふむ、なら川の近くがいいか。泥だらけになってもすぐ水浴びできるしな」 「私は食事の支度と打ち合わせに皆様の元へ行ってますね」 畳の上に指を揃え、丁寧に一礼する白 桜香(ib0392)。完璧な良家の子女という仕草を見せ、阿佐の前を去る。 「私が阿佐の姫様と一緒に遊ぶよー!」 とびきりの笑顔で手を挙げるフレス(ib6696)。 着いたばかりだから慣れた遊びからかな。お人形さんでどうしても遊びたいみたいだし。 物珍しげに上から下まで遠慮なく好奇心を表してる阿佐は、雪子の事より今はフレスが気になるみたいだが。 「いたた、これは耳だから引っ張ったら痛いんだよ。尻尾も同じ」 褐色の肌も神威、いやアヌビスのふさふさな耳と尻尾も、間近で見るのは初めてのようだ。 さきほどまでは大人達に囲まれて里山も傍に居たから、彼女なりには遠慮してたのだろうが。 「付け耳じゃないのか」 「うん、本物。触ってもいいけど、阿佐の姫だって耳引っ張られたら痛いでしょ?」 「痛いのじゃ‥‥」 そもそもそんな体験もないのか自分の耳を思い切り引いて。目に涙を滲ませている。 「ね!だから引っ張っちゃダメなんだよ」 笑顔だが言葉はびしりと。誰も教えてこなかっただけで、根は割と素直な子のように思える。 「雪子の友達におぬしに似たのは居ないのじゃ」 「どんなお友達居るの?紹介してくれたら嬉しいな。触ってもいいのかな」 「一人だけ触ってもよいぞ。あてくちがよいと言ってからじゃぞ」 ぷいとそっけないが謝る概念が無いのだろう。それは遊びながらかな‥‥と心の中で考える。 なーんにも知らないみたいだから、教えてあげなきゃ。 人形用の座布団に、桐箪笥に。小さな贅沢品が次々と長持から取り出され床を埋めてゆく。 「桃子と桜子は雪子の双子の妹じゃ。これが愛犬の若草丸。今日は若草丸と散歩じゃ」 取り出したのは見事な細工で毛並みまで再現された天儀犬。つぶらな胡麻のような瞳がフレスに向けられた。 名前通りの柄の着物を纏った桃子と桜子は見せてくれただけのようで。 フレスに触らせてくれるのは、どうやら犬の人形らしい。 「わ〜、綺麗だね。小さいのに良く出来てる」 「雪子の自慢の犬じゃ」 「ほーら睨み付けてちゃ、どんな美人でも台無しだぜ」 台所で手を腰に当てて呆れた顔をする若獅(ia5248)。 「仲良くお願い致しますね」 流れるような波打つ銀髪に氷蒼色の瞳。異国の美女ジークリンデ(ib0258)が浮かべる微笑み。 年端もいかぬとはいえ桜香のお嬢様然とした可愛らしさも戴けない。 完璧に負けているという想いが、伊代と松に新たな強敵という意識を植えていた。 同じ綺麗でも女性を全く感じさせない若獅は脅威でもないのだが。 「今日はどっちの当番だ?郷土料理は判らないから教えてくれよ。あ、俺は筍も茸もどっちも好きだ!」 「えっと‥‥今日は筍です。伊代さん帰っていいのよ」 「では私は里山様の身の回りの世話を」 「あー、静かに本読みたいからしばらく邪魔しないでくれって言ってたぞ」 「ジークリンデさんと桜香さんは‥‥」 「松さんのお手伝いしようと思います。参考になりますし」 「俺、子供達を食材採りに連れてこうと考えてるんだけど、下見付き合ってくれると助かるな」 「はい、ではご案内します‥‥」 「後な、二人とも大人なんだから考えような」 子供達に幾ら見えてないと思っても。結構敏感に判っちゃう事があるんだよ。 大人がモメてると、若様や姫様まで大人達のいがいがした気持ちを投影してしまう。 「本当に里山様や姫様達を心からもてなしたいなら、少しの間でもいい、歩み寄って、皆で楽しく過ごす事を考えような?」 「魔神、次こそは倒すぞ。松、飯をもう一杯盛れい!」 遊びに満足した様子の垂麻呂は漸がお気に入りのようで離れぬ。小さな茶碗で同じだけ食おうと張り合う。 初日は筍ご飯にあっさりとした煮付け。食後の菓子は桜香が作った葛饅頭であった。 茸の日も似たように過ごし。 「半日留守にするけど頼んだよ」 「はい、お気をつけていってらっしゃいませ」 里山様は相変わらず閉じ篭り。見送る岐乃と岳壱に任せておけば大丈夫だろう。 放置して欲しい人のようだし。伊代と松も初日に若獅に言われた言葉が効いている。 「あてくちは山菜採りなぞ嫌じゃ」 座り込んだまま動かぬ阿佐。お召し物を動きやすい物にと言っても動かぬ。 「田舎ならではの楽しみでございますよ、姫様」 桜香があれこれ水を向けようとするが駄々をこねる。 笑顔のまま説教モードに入ろうかと思ったフレスだったが。 ジークリンデが先に前へ出た。心積もりがあるから、とフレスに微笑みを向け。 「姫様、ここでは何ですからお部屋でお話致しましょう」 阿佐の姫様がきちんと教育を受けた素敵な姫君なら当然知っている事と持ちかけ。 知らぬとは言えぬ雰囲気を作ってから、これは当然の事と切り出す。 神楽の都には朝廷のお仕事に関わる方も大勢居て、その嗜みとして下々の者と一緒にレクリェーションをして尊敬を集める。 「レクリェーション、遊びを通じた交流です。人の上に立つ方が親しみや寛容を示すのは大切な事であり」 「判ったのじゃ。着替えるから手伝えい」 「判って戴けましたのなら喜んでお手伝い致しますわ」 「稲荷寿司、たくさん作りましたから申し付けて下さいね」 全体に薄味なのは同じだが、汗をかいて腹を空かせた子供達用にたんまりと。 「水分もたっぷり取っておくといいぞ。お、この魚美味いな、若君が釣った奴か」 「そうだ、拙者が釣った魚じゃ。明日は兎を仕留めに行くぞ」 「ほう‥‥狩りにも行くのか」 「里山様も、気分転換にお如何でございますか」 「少し私も身体を動かすとするか」 「明日の為に力を蓄えませんとね、若君。人参は滋養がございます、是非」 「うむ」 夕餉が終わると、利穏の小話が子供達を楽しませる。アヤカシ退治の簡単なお話。 その日の菓子にちなんだアヤカシを出して、最後は皆でそれを食べて終わる。 「白玉お化け、成敗じゃ〜っ」 「明日は里山様もご一緒に狩りに行くからお休みだよ」 二人で睦まじく火気に汗を流しながら風呂を沸かしている岳壱と岐乃へ知らせに行ったフレス。 だから二人とも羽を伸ばしてていいんだよ。 「ね、ね、交際宣言とかしないの?二人が頑張れば村ごと仲良くなれると思うの」 笑顔でものすごいストレートな子だ。 「といってもなぁ‥‥うん」 「だって喧嘩してたのって昔の話でしょ。お爺ちゃん達だって意地になってるだけだよ」 その仲を取り持つ場だって作ってあげなきゃ。二人ならきっとできるよ。 「岳壱さんも岐乃さんも素敵な人だから、みんな耳を傾けてくれるよ!」 「ありがとう、フレスちゃん。そうね、試しもしないでアレも駄目コレも駄目って言っててもしょうがないものね」 「他所から来てよく知らないのに、こんな事言ってごめんね」 「ううん、外から見た視点って大事だわ」 「藪でよく見えぬ。魔神、肩を貸せ」 本当は弓の練習はいつも家人を馬にしてばかりだったので、地面ではどうも上手く構えれないというのが理由だが。 快く小さな身体を肩車してやる漸。ぶっきらぼうにも関わらず、垂麻呂が懐いてるのですっかり担当だ。 漸も魔神、魔神と呼ばれて悪い気はしない。 「頭とか弓を引っ掛けないように気をつけろ。枝とか危ないからな」 「うむ」 (周囲の人が甘やかし過ぎただけなんでしょうね。漸さんの言う事は素直に聞くし、周りの大人が悪いのかな) 小さな主君の供といった風情で数歩後ろを歩く利穏が目を細める。 その横を淡々と歩いているのは義太郎だ。 「里山様、帰ったら教育係を付けてあげたらいいんじゃないですか。出過ぎた事言いますが」 「そのようだな。家にしがらみのない者を付けるのが良いかもしれん。家人はどうも親の顔色ばかり見ているからな」 仕留めた兎は血抜きの処理を施して庭先へ。 本日は、若獅の主導による泰国風の料理。 「筍や茸と相性いいだろ」 「はい、これは是非覚えて帰りたいですね」 桜香だけでなく地元の娘達も真剣に紙に作り方を書き留めている。 「麺の方は任せたよ」 「おかずの味が全体に濃いからこっちはあっさりにしましょうか」 こちらも彩りに筍や茸を薄く切ったものを浮かべ。他の具にもたくさん入ってるから本当に飾り程度に。 「伊代さん、味見して貰えますか?」 「あら、私でいいの?」 手打ちのうどんを切っていた手を止めて、清潔な前掛けで粉を拭き取る伊代。 「今日のお世話当番は伊代さんですから。家事は一応嗜んでいますが合格貰いませんと」 ほわりと笑顔を浮かべる桜香。 お手伝いはいいが世話役の仕事を取り上げてはいけないと、彼女を立てる事も忘れず。 「塩加減はこれでいいんじゃないかしら、麺は少し柔らかめにするし」 「里山様のお好みの固さとかあるのですか?」 「ええ。前に気に入って戴いた茹で加減があるのよ。珍しく次もこれで頼むと仰ってたの」 翌日はジルベリア尽くし。野兎を丸ごと煮込んで香草で整えた物を中心に。 バターの香りがする茸と筍が添えられた。 そしてデザートは阿佐と一緒に積んだ果実のソルベ。口の肥えた子供達もこれには目を丸くした。 「ほら、この赤い実。阿佐の姫が積んだ果実だ」 用意された物を食べるだけより、自分達で採ってきた物を食べるのは楽しいだろう? 「若獅が教えてくれた果実ぞ。山であんなにたくさん一緒に繋がってるのじゃな。すっぱい」 「まだ時期としては少し早いから。家で食べる甘いのと同じ種類だと思うぞ」 「おぬし、色々知ってるのじゃ。昨日の馳走も美味しかった」 「筍入ってるのに結構食べてたなぁ」 「は、入ってたのか!筍の匂いがしなかったぞ」 「かなり小さく刻んで混ぜたから気付かなかったか。そうか匂いが嫌なのか」 「口に入れた時のあの匂いが‥‥」 「あの風味がいいんだけどな。そっか」 バターソテーでも風味までは殺していなかったから、阿佐は先程も残していた。 上手く会話で乗せて一口齧らせるまではできたのだが。 「風味自体がお嫌いなら仕方ありませんね。でも人との会席ではきちんと食べないといけませんよ失礼になりますから」 淑女たるものというジークリンデの教育方針には、こくりと頷く阿佐であった。 きちんと理解してくれたのなら、今無理に食べさせる事はなかろう。 「作ってくれてありがとう。た、筍は残したが後は全部食べたぞよ」 「どういたしまして」 自分の為に労を割いた者に礼を言うのも常識。を実践した阿佐に優雅な笑みを返すジークリンデ。 「阿佐の姫、食材を用意して戴きありがとうございました」 「この食材どうしましょうか」 チョコレートなるものを見て途方にくれる松。村では見た事もない。 「これはそのままだと美味しくないんだよ。砂糖混ぜてない原料の塊みたい」 袋に一緒に入っていた注意書きを読んでいたフレスが鍋を出すように告げる。 「ん〜と、お砂糖はあったかな。温めながら溶かして混ぜるんだよ」 「お砂糖ならそこの壷に」 「あ〜、直接火にかけちゃダメ!大きな鍋で湯を用意して小さい鍋をそれに漬けて温めるんだよ!」 「利穏さん、今日のお話はどんなアヤカシですか」 「最後の夜だから村のお話でいいかなと考えてますけど。子供達も村の事知らないですし」 それに、きっと魔神が今日は垂麻呂に倒されてくれるだろう。 「それなら、茸と筍が仲良くなってめでたしめでたしがいいですね」 「そうですね。桜香さん、茸と筍の形にして貰えますか」 「それチョコと組み合わせるといいと思うんだよ!」 「おや、フレスさん」 竈の近くで松と一緒にチョコレートと格闘していたフレスが、二人の会話を耳に挟んで声を上げる。 「これたくさん作ったらお土産になるしね。両方の村にも配ろうよ、せっかくだから」 「筍はこんな感じでしょうか」 「チョコと逆じゃないですか?根元が白い方が筍っぽいですよ」 「茸は傘を全部チョコにした方が綺麗だと思うんだよ」 「こんな感じ‥‥ですかねぇ」 「あ、すみません。くっついたまま固まってしまいました!」 「ふふ、これ岳壱さんと岐乃さんにあげたらいいかもしれませんよ。茸と筍がくっついて離れないの縁起物です」 「それはいいわねぇ」 松まで一緒になって笑っている。 「甥達は‥‥」 「皆と一緒に村へ菓子を配りに行った。出発の刻までには帰ってくるさ」 重い本の包みも滞在の道具を詰め込んだ長持も軽々と荷車に積み込んでゆく漸。 その胸にうっすらと赤い跡があるのは昨日垂麻呂にトドメを打たせてやった名残。 (全力でぶっ叩かれるのは覚悟してたが、子供の力もあなどれないもんだね) ま、傷になった訳じゃないし、もう一日も経てば消える事だろう。 「来年も子供達を連れてくるといい。今度はきっと私達が居なくても心配ないよ」 両村の雰囲気も良くなっていれば玉の輿争いも少しは‥‥穏やかになるのではなかろうか。 |