|
■オープニング本文 遠い故郷の記憶。 幼き心に忌まわしい記憶を刻み付けたまま、気がつけば神楽の都に住み着いていた。資質を見い出され、流れるままに開拓者になるべく修行の道を歩み‥‥アヤカシを操る術‥‥使うべく気持ちの整理がつかぬまま日々が過ぎる。 阿鼻叫喚の村。逃げ惑う幼き足。魔に呑まれる森。時は流れても、惨劇の記憶は消えない。 「多恵ちゃん!」 手を固く繋ぎ、必死に走る仲良しの幼い女の子達。その片割れはあの日の自分だ。村を襲ったアヤカシから逃れようと、散り散りに走る村人。両親ともはぐれてしまい、気がつくと幼馴染の多恵と二人で逃げていた。木の根に転び、藪に袖を引き裂かれ、傷だらけになりながらもただ恐怖と本能のままに走ってゆく。お互いの手の温もりだけがまだ生きているという証明だった。 二人を追う鎧武者の骸骨。今にも追いつかれそう。励ましあい、崩れそうな膝をひたすらに前へと‥‥。 しかし突如として力の消えた手。 前方に立ちはだかる木の幹に降り注ぐ血飛沫。友の胸から突き出した槍の穂。『恵み多く育ちますように』そう願われた子の命は無残に奪い去られた。 「いや、いや、いやぁ!」 捕らえた獲物の身体を貪り喰うアヤカシ。もう痛みすら無くなった、ぽかんと開かれた口、見開いた目、血塗れの顔。正視に耐えず、無我夢中で走った。 何処でどうやって大人の手に辿り着いたのか‥‥脱出の船に乗るまでの日々は記憶から抜け落ちている。 じっとりとした汗で寝巻が肌に張り付いていた。夢はそれから毎日のように続いた。 夢かうつつか。何も手につかず、わからなくなる日々。 (あの樹が‥‥切られちゃったの。誰かが‥‥) 丑三つ時になると現れる幼き日の姿のままの友。血の色に染まった着物を纏い、枕元に座って泣きじゃくる。 理穴に蠢くアヤカシの影。その戦に呼応するかのように内に潜んだ瘴気を次々と呼び覚ましてゆく忌まわしきモノ。 まだ誰もそれに気付かない。 (暴れてる!暴れてる!助けて!) 頭がズキズキと痛む。ここ数日ほとんど眠れていないのだ。多恵の声が耳の奥で響き続ける。その声は夜毎に悲痛さを増してゆく。 (鍋のふたなの、鍋のふたなの‥‥お願い‥‥気付いて) どういう事‥‥?何をすればいいの?どうすれば多恵の涙を止められるの? 「アヤカシが暴れてるらしいぞ!開拓者が憑り憑かれてしまったらしい!」 「刀と鍋のふたを装備してるらしい。やられないように気をつけろ!」 騒々しい騒ぎが、長屋の前を駆け抜けてゆく。 「鍋のふた‥‥?」 不吉な胸騒ぎに、現場へ駆けつける開拓者達の後を慌てて追った。 往来のど真ん中で武装した男が暴れ、突然の事態に逃げ惑い叫ぶ人々。血塗れで息も絶えそうな者を誰かが介抱している。 混乱の渦の中心で、武器を構えた開拓者と、刀を構えた男が対峙している。蒼白くやつれた顔に目だけが爛々と狂おしく輝き、この世の者とは思えないおぞましい雄叫びを上げる。 (探して!あれは‥‥瘴気の塊。ここにあっちゃいけないの‥‥) 冷たい小さな手が首筋にすがりついたような気がした。 熱に浮かされるように開拓者ギルドへと走り、まるでうわ言のようにその鍋のふたを持ち込んだ職人の居所を職員から聞き出すと礼も言わずに、またひたすらに走った。 「貰ってくれっていうから貰ったんだ!俺は何も知らねぇよ!」 件の鍋の蓋を持ち込んだ小間物商は、突然に自分のせいと詰られ、怯えていた。 彼は、鍋の蓋を抱えた旅人からタダで鍋の蓋を受け取り、他の道具を納める傍ら、開拓者ギルドへこれまた無料で寄進したのだという。 鍋の蓋を持ち込んだのは、アヤカシに憑り憑かれた何者か。それとも人の姿をしたアヤカシそのものだったのか。旅人は何処へともなく去って行き、消息は無い。 「原因は鍋のふたよ!」 突然ギルドに飛び込んできた女の叫び声に目をぱちくりとさせるギルドの職員。もどかしく、故郷の夢や多恵の幽霊、木工職人の話を伝え、必死に理解させる。 既に神楽から旅立ったであろう何者かを追う事は叶わない。とにかくこれ以上被害を及ぼさない為にできるのは、あの瘴気を材料としたモノを神楽から取り除く事だ。 件の職人から納められた品は五つ。どれも開拓者ギルドの支給品として、既に配られた後らしい。 「いいから支給された鍋のふたを持っている人に呼びかけて!」 あと四つ。これ以上誰かが憑依される前に、それを処分しなければならない。 |
■参加者一覧
当摩 彰人(ia0214)
19歳・男・サ
美空(ia0225)
13歳・女・砂
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
佳乃(ia3103)
22歳・女・巫
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
榊 志竜(ia5403)
21歳・男・志
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
天月 遠矢(ia5634)
25歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●長屋 依頼に書かれた連絡先を訪ねると、単衣姿のやつれた女性がぽつんと座っていた。 「カズハさんですか?貴女の依頼を受けた開拓者で自分は天月 遠矢(ia5634)と申します。後ろに居る者も同じ依頼で参りました。お邪魔させて戴いてよろしいですかな?」 「ごめんなさいね、大勢で押しかけて」 入ってすぐは土間があり、その奥は四畳半一間だが物はほとんどなく隅に布団と長持が置いてあるくらい。全員が車座に座るくらいの場所は何とかあった。 「依頼‥‥受けてくださりありがとうございます」 静かに頭を下げる姿は聞いていたよりは落ち着いているように見える。事件のあらましを聞くに淡々と、ただ時折何もない宙に頷いたり妙な行動はあるが語ってくれた。 「ところでカズハ殿‥‥多恵ちゃんは今どこにいる?」 沢村楓(ia5437)の問いにつとカズハが目を移した方向には何もない。 意識を集中し、辺りの気配を伺う。カズハは楓の微妙な表情の変化に気付く余裕もなく、気を悪くした様子はない。横顔は何もない場所を見つめたままだ。生者の気配は今ここに居合わせる人数と一致する。もし多恵がアヤカシなら楓のやや青みがかった瞳にその気配も映るはずだ。そうではない、という事しかわからなかった。 「‥‥ふむ」 幽霊が本当に居るのか否か。それを客観的に証明するのは難しい。楓の疑問は消えない。 だが、それでもこれだけは言えるかもしれない。楓はカズハを力付けようと想いを胸に仕舞い、膝を正してその蒼白い顔を見つめた。 「その見抜く力は、友達が貴女に強く生きろと与えてくれた力かもしれない。多恵殿はきっと貴女が笑顔である事を望む。人を助け多くの笑顔を見れば貴女も笑顔になれる。アヤカシに襲われる民の大きな助けとなるのだから、その力を今後も皆のために活かしてみないか?」 これがもし彼女自身の能力であったなら、開拓者として生きるには恵まれている稀有な才能である。事が起きる前に見抜けるのなら、それは無辜の犠牲を一人でも減らす為に大いに役立つ。退治の依頼が出てからでは‥‥救えない者も居る。先日、憑依されてしまったばかりに通りで暴れ倒される事となった不運な開拓者のように。 「‥‥大丈夫。お前達は私達が守ってやるから」 見えない多恵にも伝わるように言い、もふもふした触り心地は気が休まるからと、持参してきたもふらさまのぬいぐるみをカズハの手に抱かせる。 依頼を受けた開拓者が持ち込んだ鍋のふたは三つ。 「家に置いてあった気がしたけど、見つからなかったであります」 残念げに呟く美空(ia0225)。 「まぁ、持っていればという事でしたから。あるものだけでもまず鑑定して戴きましょう」 楓が持ってきた一個。これには何も憑いていなかったようだ。ほっとするような残念なような。 「俺は二個持ってきたぜ」 若獅(ia5248)が荷物を取り出すと、カズハの蒼白な顔から更に血の気が失せる。力の入った指先にもふらさまの顔がつぶれて歪む。 「アヤカシ‥‥血が!血がっ!いやああっ多恵ちゃん!」 ぬいぐるみを放り出し、空を掴み何かに縋ろうと。彼女の目には何が映ったのか。側に控えていた榊 志竜(ia5403)ががっしりと抱き止める。 「どっちだ?ちょっと離してみてくれないか。カズハ殿、落ち着いて‥‥まだアヤカシは暴れていない、大丈夫」 あやすように慰め、腕は解かないまま志竜のあぐらの上に座らせる。導かれるままにカズハは目を瞑り腰を下ろす。 「ゆっくりと目を開けて‥‥まず右の方を見て」 かぼそい身体を抱き止めたまま耳元に優しく囁く。志竜の声を聞いたのか多恵の言葉を聞いたのか、怯えた目が再び鍋のふたへと向けられる。蓋を手に持って部屋の隅に行った紬 柳斎(ia1231)の姿が映る。 「違います、これではありません」 「深く息を吸って。まず心を落ち着けて。怖いかもしれない‥‥でも多恵殿の声が聞こえる貴女の務めなのです。教えてください」 反対の隅に蓋を手にした若獅。金色の瞳がこちらをじっと見据えている。 腕の中の身体がびくりと震えたのを志竜は感じ取る。 「それ‥‥」 錯乱は堪えたものの極限の緊張に耐えかねたカズハはそのまま気を失ってしまう。志竜の腕にぐったりと身を預けて呼吸も浅い。 「とりあえず隔離しておこう」 若獅は持参した木箱に問題の蓋を封印し、紐で厳重に固く結んだ。なるべくカズハから遠ざけるように土間の隅へ安置する。 布団を敷き、カズハの身体を横たえて、一行は見守る。目を覚ましたカズハに佳乃(ia3103)が優しく声を掛けた。 「興奮させてごめんなさい‥‥。問題の鍋のふたを見分けられる貴方様の身に何かあれば、この騒ぎを鎮められなくなります故‥‥どうかここでお待ちになってください」 実際また蓋を目の前にした時に錯乱して暴れ出したら相手も心配である。さすがにそれは口に出しては言えないが。 「とにかく落ち着くであります。美空たち開拓者に任せるでありますよ」 土間の小さな竃に火を入れて美空がコトコトとおかゆを煮る。その間も布団にぺたりと座り込んだカズハに話し掛ける事は忘れない。 「それ、脱いだほうがいいんじゃないのか?」 若獅の歩兵用に作られた簡素な胴丸と比べ、ずいぶんと重そうな甲冑に身を包んだ少女。当世具足、天儀の最新技術を駆使して隙間無く金属で覆われたそれは背丈のある男の体重ほども重い。囲炉裏の火にあたり、ほのかに熱を帯びて蒸し暑そうだ。 「美空はこの格好が落ち着くから心配ご無用なのであります」 目深に被った兜の下から滴る汗。青い髪の端が華奢な首の上に振りかかっているが、その表情は陰となって見えない。 「さて、できました。鍋のふたが見つかる前に貴女が倒れてしまったら元も子もないでありますよ?」 柳斎が近くの井戸で汲んできた水を茶碗に注ぎ、口に含ませる。その間に美空は粗熱を冷まそうと匙にすくった粥をふうふうと吹く。 「さてここに大勢居ても邪魔になるし、美空に任せて探しに行こうか」 「美空さん、ここはお任せ致しますね。すぐに戻ります」 「はい、任せるでありますよ」 ●捜索 「皆で手分けして探そう。まだ神楽内にあれば良いのだが」 「わたくしは皆さんの連絡役を致しますね。それと開拓者が集まりそうな鍛冶場や修練場も覗いてきましょう」 袴の裾を翻して佳乃が急げとばかりに駆けてゆく。 予めの打ち合わせに従い一行は開拓者ギルドと万屋を手分けして蓋の捜索へと向かう。 合戦に関連した依頼も多く、最新情報を携えた伝令役が出入りしていたり、通常よりは慌しい雰囲気に包まれている。 新しく貼り出される依頼を見つめる者、募集終了と墨書きしていく職員、ふらりと報告書を読みに来た開拓者等、様々な人に溢れている。 ギルドの相談窓口に居た職員に一応の断りを入れてから、それぞれの開拓者に声を掛けてゆく。顔見知りの者は他の依頼に忙しいか既に戦地に出向いているのか、見慣れた顔は居ない。 遠矢が爽やかな笑顔で呼びかける。 「鍋のふた、お持ちですか?」 怪訝な顔で振り向いた女性に、どうしても必要でもし持っていれば譲っていただきたいのだが、と慇懃丁寧に頼み込む。代価は支払っても構わないと交渉する。 「いえ、これはただで戴いた物ですから。お役に立つのでしたらどうぞお持ちください」 一見感じの良い優男の物腰に好感を持ったのか、微笑みを返して鍋のふたを提供してくれた。後で返却に行くかもしれないからと、さりげなく名前も聞いておくのは相手が美人であったからか。 「アヤカシ憑きの鍋のふたが出回ってるらしいので、回収させて欲しいんだ」 若獅の言葉がざわめきの隙間をついて響き、場が一瞬静寂に包まれる。遠矢と柳斎がそれぞれの交渉相手から振り返ったが、過剰な反応をする者はなく、ギルド内は再び元通りのざわめきへと戻った。アヤカシという単語はこの場所では聞きなれたものだろう。それほど深刻には響かなかったようだ。 「何ともなければ返しに行くよ」 「いや別に要らねぇから来なくていいぜ。捨てるのもためらわれて扱いに困ってたんだ」 まだ勿体無いからと持ち歩いている者は良い。売り払って生活の足しにもならないし、適当に捨てといてくれと投げ渡すぞんざいな扱いの者もいる。 「そんな事言ってるからアヤカシにつけ込まれるのだぞ」 無造作に鍋のふたを渡してくれた男の背中に、小鼻を鳴らしたくなる気分で呟く柳斎。 万屋へ急行した志竜は店主へ事情を話し、在庫していた支給品を押さえる。問題の物があればそれは処分して構わないと店主は頷く。楓は店の前で鍋のふた回収のチラシを通りすがりの開拓者達に配る。何故か手書きのもふらさまの絵がついていて可愛いからと受け取る者も居る。ちょうど持ち合わせていた者からは蓋を預かり、万屋から借り受けた蓋も抱えてギルド組と合流した一行はカズハと美空が待つ長屋へと急ぐ。 ●焦燥 二人きりでカズハと向かい合い、時間だけがじりじりと過ぎる。多恵と話しているのか虚ろな目はこちらを見ていない。断片的に漏れる言葉の羅列は、意味の聞き取れないものが多い。目がさきほどと変わってきている。 「もう待てないであります。こっちからも行くでありますよ」 カズハの背丈は並というところだが、食事もろくに取らなかったので痩せ細っているせいか案外と軽い。それでも鎧の上に背負っているのだから、ずいぶんな重量だ。よろよろと立ち上がるが、つぶれてしまう。 「む、むりでしたね‥‥。では手を引いて」 為されるがままのカズハの手を引き、火の始末を確かめてから長屋を後にする。戸締りはこのような場所だ、中に居ればしんばり棒を立てるくらいしかないような安普請だから致し方ない。閑散と人気はないが、アヤカシの箱を盗む者はいないだろう。そう考えて道を急ぐ。半病人で注意散漫なカズハを転ばぬように急がせるのは難しかったが、腰を抱えるようにして二人三脚の要領で、都の大路へと向かう。 (ダメよ‥‥行っちゃダメ‥‥) 「でも‥‥私が‥‥しないと‥‥」 美空の頭の上で呟く言葉はカズハの物しか聞こえなかった。 ●怨霊 「ようやっと集めてきたっておい、連れてきたのか!?」 「早くしないと、カズハさんが衰弱して間に合わないですよ。倒れたら誰も鑑定できなくなってしまうです」 一行が抱える掻き集めてきた鍋のふたはざっと二十はあろうか。 カズハの目が大きく見開く。吸い寄せられるように伸べられた手。 「多恵ちゃん‥‥これ‥‥?」 「触ってはいけません!」 慌ててカズハの手を払いのける佳乃。羽交い絞めにして背中から抱き止める。 しかし、開拓者の手から飛びだした鍋のふたを止める事はできなかった。それ自体が意思を持つ生き物であるかのように一直線に飛び込んでカズハの胸を強く打つ。声にならない呻き。佳乃の腕の中で身体がぐらりと崩れ落ちる。助け起こそうとする佳乃を思わぬ力で振り払い、自らの足でしっかりと立つ。 虚ろな目から光が消えたような気がした。鍋のふたを拾い、ゆらりと口元が邪悪な笑みへと変わってゆくカズハ。 「カズハさん!?」 「佳乃殿、離れてください!」 カズハの表情の変化を見取った志竜が、尚も助けようとする佳乃の手を引き後ろに庇った。鍋のふたを構え、懐から符を取り出して笑みを浮かべ続ける女は依頼人とは別物となってしまったと考えてよいだろう。だが身体はカズハのままである。先陣を切るべきか構えた槍の穂先が一瞬惑う。 取り憑かれてしまった以上、最早手遅れ。覚悟を決めた柳斎が両手に大斧の柄を握り締める。元に戻す手段がないのだから仕方あるまい。 「御免!」 せめて苦しまぬよう一撃で倒してやりたい。心身共に傷めながらも先ほどまでは同じ開拓者、人間として生きていたカズハの身体を切り刻むのは胸が痛む。大斧は鍋のふたで受け止められ真っ二つに割れる。 一行が抱えた鍋のふたは臨戦態勢に武器を取った為、地面に散っていた。その中から飛び立つ物があった。 遠矢のすかさず放った矢が的を射るかのように鍋のふたの中心に突き立つ。同時に怨霊のような声が脳裏に響き、遠矢に苦痛を与える。 「運がないと思って諦めなさい。神楽でこれ以上暴れさせはしませんよ」 精神を苛む攻撃を堪え、アヤカシを睨む遠矢にすかさず佳乃が駆け寄り、淡く光る手が背中に当てられる。振り返った柳斎が矢の突き立った鍋のふたを打ち壊すように叩き切る。 飛んできたアヤカシを盾で払った楓は刀で切りつけた。相手は木材、バッサリとはいかない。その間に飛んできた式が楓の外套に貼り付き、体力を吸い取る。 「む‥‥」 「骨法起承拳!」 若獅の放った渾身の一撃が楓の相手する鍋のふたを打ち砕く。 式を放ったカズハの背中に美空が体当たりする。一緒になって転がり、その鎧の重量でしがみつきカズハが地面に縫い付けられる。 「このような形になって済まない‥‥」 志竜の炎を纏った槍が倒れた女のかぼそい胸を貫く。 小さな女の子のすすり泣く声が聞こえたような気がした。 「そうだ。箱に封じ込めておいた奴は‥‥? 長屋に戻ると箱はそのままに置かれていた。鍋のふたは確かに入っている。幸い、未だアヤカシとして目覚めていないようだ。 「他と一緒に都の外へ出て処分しよう」 「これで四つ‥‥終わりですね」 都の郊外、集めた鍋のふたを地面に置き、柳斎が大斧で粉々になるまで打ち砕く。さきほどの戦いで壊れながらも原型を留めていた蓋が今はただの木片となってゆく。寄せ集めた木屑に火を放ち、灰燼と化すまで見届けようと立ち尽くす。蓋に憑いていたアヤカシは退治し、これで後顧の憂いは断たれる。 哀しみの表情で燃える野火を見つめる一行。 「被害はこれ以上は広がらない‥‥それだけでも」 安心という言葉は喉がつかえた。カズハの犠牲は、色々と不運が重なっただけに過ぎないが。後味はほろ苦い。 ●葬列 長屋でひっそりと暮らし、身寄りも親しい友人も無かったカズハ。彼女の名が紫野一葉だとは、開拓者ギルドの名簿から判明した。 師匠も既に他界し、かつて同じ村から逃げた者も彼女亡き今消息は知れず、ささやかな葬儀はこの度関わった開拓者達の手によって営まれた。近所に住む店子も開拓者ばかりで今は理穴の騒動に動員されていて、留守を預かる差配人が長屋を代表して参列したのみであった。 「彼女に憑いた幽霊も‥‥逝ってしまったのだろうな」 一行は寺の敷地の片隅に立てられた質素な卒塔婆を見つめる。 「カズハさん、多恵さん、感謝しているよ。二人が居なければもっと大変な事になっていただろう。二人が生きた証は拙者達の胸にしっかりと残っている」 「一緒に働きたかったけど‥‥貴女の故郷もきっといつか私達が‥‥取り戻せるように頑張ります」 |