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■オープニング本文 ここは天儀の山の中。そう天儀の山の中。天儀‥‥そう、天儀ですよね。 山‥‥じゃなかった。私達は山を越え歩いていたのですけれど。 盆地、ですか。そうですか。 ここは決して、お空の向こうの砂漠の国なんかじゃないですよね。 いや砂漠の国はもっとこう、カラッとしているのではなかったでしたっけ。 何でこんなに暑いのですか。何でこんなに湿気が充ちているのに雨が降らないのでしょうか。 服がへばりつく。髪がべとつく。 ああ‥‥。 暑い。暑い。暑い‥‥。 くてり。 ぱたり。 ふにゃり。 一人、また一人とゆっくりと崩れてゆく。まるで蒟蒻のように、いや時間が経ち過ぎた麺のように。 まだ初夏だというのに局所的な熱波。まるで蒸し風呂のようです。 風からも見放された盆地には、こういう時に限って日陰を得られるような梢さえもありません。 たまたま依頼の帰りに通ったそこで、開拓者達は災難に遭遇していました。 これから山をひとつ越えないと人里は無いというのに。 水、水‥‥懐の荷物は陽射しのせいでお湯になっています。酒は温燗です。 夢でしょうか。幻でしょうか。 気持ち良さそうな泉が見えます。とっても小さいですけれど。 「あの水、冷たいかな‥‥」 「無理じゃない?思いきり陽射しを浴びて‥‥お湯だよきっと」 「もう、お湯でもいいよ‥‥肌べとべとで気持ち悪い‥‥」 素っ裸になって走っていきましょうか。 今どんなに明後日の方向であろうとも。全力を出さないと、もう動けない気がしてきました。 そんな魔が差しても、今ここに居る面々なら判ってくれそうな気がします。 だって。 暑いんですもの。 頭がかんかんに照らされて。身体は蒸しに蒸されて。 暑いんですもの。 ここは天儀の山の中。そう‥‥あれ? |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
シュネー・E(ib0332)
19歳・女・騎
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
レオ・バンディケッド(ib6751)
17歳・男・騎
アルゥア=ネイ(ib6959)
21歳・女・ジ |
■リプレイ本文 「う〜、あ〜。煮える〜っ!焼ける〜っ!」 触れたら、じゅ〜っとかいい音がするんじゃないかと疑いがもたげます。 言うなれば鉄の塊。その中で操縦しつつ悶えている少年が居ました。 見栄っ張りの依頼主に頼まれたレオ・バンディケッド(ib6751)さん。 とにかく派手に!という願いにアーマーは存在感があり、役に立ったのはいいですが、が。 (何で俺だけ、帰りは自力輸送なんだよ‥‥帰ったらぜってぇ‥‥) 百万文はぶんどってやりたいなぁと、少し煮えた考えに頭をぶんぶんと降り、目眩で。 ごちっ。 「痛ってぇ〜!」 人には見せられない様で頭を抱え悶えるのでした。 本人は見えてないと思っていますが、ただいまアーマー操縦中。見事に同じ動きをしてしまっていますよ。 「う〜、暑いよ〜」 「ええ、何かこう‥‥嫌な暑さですわね」 これ以上は脱げないという薄着。砂漠の国からやってきたフレス(ib6696)さん。 せっかくの初仕事なのに、何でこんな目に。 相槌を打つアルゥア=ネイ(ib6959)さんも同じ砂漠の出身で暑さ、いえ熱さには強いはずです。 彼女も同様にやはりへばっています。切ない吐息がハァハァと異性が見たら悩ましいのではないかと。 そんな二人の後を辿るベルナデット東條(ib5223)さんは既に記憶がぶっとぶ程にやられています。 確か一緒に依頼をこなしてきたはず、たぶん。 (あつい‥‥とにかくあつい。えっとアーマーなんて居たかな‥‥) いえ、レオさんは別の依頼の帰りにたまたま道が一緒になっただけなのです。居ませんでしたよ。 「隊長、さっきまで何の依頼してたんだっけ?」 むぎゅ。ずてん。ふぎゃ。 白い尻尾をいきなり掴まれ、普段なら平気なとこですが見事に仰向けに転んだ趙 彩虹(ia8292)さん。 隊長と言っても、依頼での役割ではありませんが。ベルナデットさんは同じ小隊なのでそう呼びます。 きりりとした表情――のつもり――でこのような暑さ平気ですという歩みをしていましたが、見せ掛けだったようでした。 ベルナデットさんが下敷きになって伸びているのに気が付いて慌てて立ち上がろうと、でもふらふら。 避けて転がるのがやっと。棍に杖のように縋って立ち上がります。 「ベルちゃん、しっかりしてください。私達は‥‥えっと、何でしたっけ」 忘れてしまいました。たぶん戦闘依頼だったような気がするんですが。 「鏡餅のアヤカシでしたっけ?」 それ違います。お正月、それも今年じゃありません。 「踊る依頼だよ〜。踊りながら、えっと何だっけ卵投げあっこ?」 フレスさん、それも違います。 「ああ、そうだ卵‥‥お箸で卵の黄身を百個掴み取る依頼だった」 ベルナデットさん、もっと違います。 「私が褒め称えられた事だけは覚えているわ。卵?鶏アヤカシの産む卵を次々と叩き壊し‥‥」 シュネー・E(ib0332)さん、やってもいない事を妄想しないでください。 「おぬしは覚えておろう?」 たぶん理性がまだ残っていそうな男へと話を振ったのは東鬼 護刃(ib3264)さん。 いやもちろん自分も覚えていないからですが。この男のボケも聞いてみたい気も。 それまで唇を開かず、ひたすら暑さに耐えていた風雅 哲心(ia0135)さんが面倒そうに答えます。 答えるのが面倒という性格ではないのですが、今は唇をできれば開きたくありません。 それだけで残っている体力が逃げていってしまいそうです。 ここはノリに合わせ‥‥る気力も残念ながらありませんでしたので普通に。 「卵泥棒の小鬼退治だ。まぁ‥‥感謝はされたな」 戦い慣れた開拓者にとっては至極簡単な依頼でした。 「ダメだ‥‥ちょっと団扇で扇ごう」 「ベ、ベルちゃん!?」 危ないって聴こえた気がしないでもありません。 ベルナデットさんが手に取ったのは団扇ではなく、どう見ても刀です。 (あ〜、風が温いけど少しは気持ちいい‥‥と思ったらそうでもない) 止めたいのですが、下手に止めたら本人には刀という意識が無いので怪我しそうです。 「――っ、そうだ。暑い時は全力で踊って汗流せば涼しくなるんだよ!」 気を逸らせて手を止めさせようと、いきなり情熱的なダンスの披露を始めたフレスさん。 何も暑苦しい動きの曲を選ばなくてもいいじゃありませんか。無駄に高揚を誘い代謝を高めるような選択です。 「おいっ、何やってんだよ!」 見てられなくてアーマーを止めて飛び出してきたレオさん。 今気付いたのですが、アーマーから出た方がまだ少しは涼しいじゃありませんか。 でも今度は直射日光が頭をがんがん照らします。本人は走ってるつもりですが、ふらふらと。 脱水症状を起こしかけているという自覚はありませんでした。頭はハイなので軽やかに走ってるつもりで。 ベルナデットさんから刀を奪う隙を伺って構えていた彩虹さんを巻き込んで、ぱたんと。 さっきから災難ですね彩虹さん。 「いけませんわ、水分を早く取らせませんと」 と、懐から出した水。いいえお湯。を素直に飲ませればいいのですが。 アルゥアさん、何を思ったのか火を起こし始めます。 (暑い時には熱いものと言いますわ。その方が身体にいいですわね) 「ああ、いいねそれ。涼しそうだね」 頭のネジが緩み過ぎて何処かに飛んでいってしまったのでしょうか。 刀を置き火に一緒にあたろうと彩虹さんの腕を掴んでずるずると焚火に向かうベルナデットさん。 「ええい、待て。ちょっと待つのじゃ!」 ばっしゃーんと水撃によって吹き消される焚火。 「それじゃなくても暑いのに火を焚くなんぞ言語道断!」 ぜーはーぜーはーと息を吐く護刃さん。 アルゥアさんは一瞬きょとんとして居ましたが、言われてみればそうかもしれませんねと大人しく支度しかけの紅茶を仕舞います。 「‥‥ん?」 無意識に使いましたけど、考えてみればこの術で涼を取れるじゃありませんか。 はたと気が付いた護刃さん。気付くの少し遅いとかそんな事はどうでもいいのです。 「ほっほぅ。これで一気に涼を取れるではないか。龍脈よ、我が術に応えん!水遁の術じゃっ!」 ざっぱーん。 適当な小石を的に、迸る水柱へ自分の身体も飛びこませます。水浴び、水浴び! 「は〜、これで少しは涼しくなるのぅ。皆も一緒にせ〜ので飛び込むといいのじゃ。そ〜れ、もうひとつ!」 ぼふぅっ。 「あつつ、あっつ〜。ひゃ〜ん!」 「すまんすまん、暑さで手元が狂った」 せ〜ので踊りながら飛び込んだフレスさんが見事に火ダルマになって土の上に転げます。 護刃さん、何をしてるんですか。それ水遁じゃなくて火遁ですから。 「つめた〜い果実水がスキップしながら去ってゆく〜。頭がき〜んとするような水菓子が翼を羽ばたかせ飛んでいく〜」 狂うように踊り続けて幻覚を見始めていたフレスさんに完全にスイッチが入ってしまったようです。 「あ、良く冷えた丸ごと西瓜が!逃げちゃだめ!いただきます!」 「違いますからぁっ!」 確かに縞模様ですが、それは西瓜じゃなくて虎の模様です。ついでに緑じゃなくて白です。 まぁるい虎の頭にがっぷりと喰い付いたフレスさん。まったくもって災難ですね本当に彩虹さん。 振りほどこうと勢いが余りました。 ぶっ飛んで、ようやく意識を取り戻しかけたレオさんと頭をごっつんこです。 それでも身体を抱き止めて自分の身体をクッションにしてあげたのは騎士道精神でしょうか。 「気をしっかり‥‥いや、俺が気をしっかり」 薄絹ひとつの女の子の熱い体温が直に伝わってきて、頭が違う意味でもくらくら。 (いやこんな小さな女の子にドキドキしてどうすんだ俺!) 「何ぞ先刻より蒸し暑くなった気がするのう。どういう事じゃ」 「せっかくの打ち水も、直後に火で空気を炙ってしまってはな‥‥」 首を傾げる護刃さんに静かにツッコミを入れる哲心さん。 (術か‥‥) 水遁の一撃は小さくとも、広範囲の術なら太陽の熱にもしかしたら勝てるかもしれない。 見ていてふと、そう思ったのでした。 「物は試しって奴だ。‥‥迅竜の息吹よ、って詠唱も面倒だな‥‥」 元より詠唱は気持ちの集中を促進する為のもので決まった形がある訳でもないのです。 術師によってそれが違うのは、それがそれぞれに編み出した、あるいは師匠から教わった己の最善の手段ですから。 呼び寄せる精霊だって人により形は千差万別なのです。地方地方によって祀られている精霊が違うように。 唇を動かすのも声帯を震わすのもだるいので、今日は省略してしまいましょう。 哲心さんの突き上げた短剣が太陽の光を浴びてギラリと光ります。じわりと汗に濡れる掌を伝い宝珠に注ぎ込まれる精霊の力。 絞り取られる水分と引き換えであるかのように、集まってくる手応えが身体に伝わります。 額の滴が睫毛に乗ったと感じた時、その力は充分に集いました。 「ブリザーストーム!」 「おおっ!?」 成り行きを見守っていた護刃さんの喉から希望の声が上がりました。 刃の先より純白の吹雪が空に迸り――。 ちょうどいい涼しさになって降ってきたりなんかしないかなと、甘い期待を少しでも抱かなかったと言ったら嘘になります。 容赦なく降り注ぐ眩しい光の中を掻き消‥‥す間もなく、キラキラと溶ける様がなんて綺麗なんでしょう。 「ああ、雪の冷たさよ。わしに降り注ぐのじゃ。さあ、ほれ!ほ‥‥」 両腕を万歳と広げ、駆け出した護刃さんでしたが。その形のまま固まりました。 光の粒子は空中で儚い夢を見せただけで終わったのでした。 「まぁ‥‥そんなものだな」 結果は判っていたさとでも言うように、淡々と腕を下ろして暑い吐息をひとつ長く。 「やっぱり大して変わらんか。仕方ない、我慢しよう‥‥」 「あら、残念ね。少しは涼しくていいかと思ったのに続けたら効果あるかもしれないわよ?」 いっそジルベリアの冬のような景色になってくれても良かったのに。 本気で考えたシュネーさんでした。見ての通りジルベリア人です。 いくら寒いの平気だと言ってこの格好で耐えられるのか。そこまで今の頭では回りません。 「なんで天儀の夏ってこんなに暑いの‥‥」 無理‥‥。ほら天儀の人もアル=カマルの人も倒れてるじゃない。 (空気が歪んで見えるわ。山も湖も歪んでるわね‥‥ん、湖?) 「水!」 びしりと指差した先。どう見てもちょっと頑張った水溜りと言った感じですが。 その向こう側に見えているはずの土は、シュネーさんの視界には存在していませんでした。 湖です。湖だと言ったら湖なんです。 「水浴びしない?みんなもどう?」 カチャリカチャリと、重苦しい防具を外し。ああ、ガードを外しただけでも少しは違うわ。 「こんな事もあろうかと、常に忍装束の下には水着を着ておったのじゃっ!」 立ち直りが早いですね護刃さん。ずばっと脱ぎ捨てて。 「って、熱湯じゃ〜っ!」 さすがシノビ。速いですね、もう飛び込んでたのですか。 たいした水量じゃありませんし、ツルツルした岩ですからいい感じに太陽熱が湯を沸かしてくれたようですよ。 「まぁ、温泉でもいいじゃないですか」 動じず微笑むアルゥアさん。男性なんて存在しないかのように躊躇なく胸の布を取ろうとして。 ますが、それより先にシュネーさんですね。 もう次々と装備を外してます。 「この服、一応防護用の鎧も兼ねてるから見た目よりは重いのよね」 「おい。男も居るって事完全に忘れてないか?」 「忘れてないわよ。別にいいじゃない。ってか暑苦しいわね、あなたも脱げば?」 「いや遠慮する」 「遠慮しなくていいわ。ていうか脱ぎなさい。鬱陶しいから」 強制しちゃダメですよシュネーさん。というか哲心さんも抵抗したらいかがですか。 「判った。自分で脱ぐから気にするな」 「そう?なら気にしないわ」 案外あっさりと引き下がりますね。 背を向けて律儀に褌一丁になる哲心さん。そのまますたすたと脱がない組の方へ向かいます。 あちらで暴走しているレオさんを止めてあげた方がいい気がしました。 「はぁはぁ‥‥なんてナイスバディな体なんだ」 私も水浴び‥‥と歩いていったフレスさんを見送り。その先に見えた肌色達が共演する楽園。 鼻血だらだらで恍惚と眺めていたかと思えば。我に返って自分に顔を拳で殴り目を醒まさせ。 いえ、醒まさせるつもりが余計に朦朧として。ひどい状態を繰り返してるレオさんが居ました。 俺は何て馬鹿なんだと悔し涙が鼻血と混ざって、それはもう散々な有様です。 その少し離れた場所には、ぶつぶつと何か呟きながら異様な行動を取り続けるベルナデットさん。 「風通しの良い服を着て、あと濡れた手拭を首に当てると少しは違うかな」 どこが風通しいいんですか、それ防寒胴衣。あと手拭じゃなくてもふら〜、ついでに言うと濡れてないし。 せめてこっちにしてくださいと彩虹さんが貸してくれた肌襦袢は重ね着しています。 そもそも防寒胴衣を肌襦袢に変えても、着込む事から間違っていますが。 皆、それぞれに色んな世界に行ってるのでツッコミも入りませんでした。 「私は絶対脱いだりしません。砂漠だって乗り切れたのですから」 倒れ込んでだら〜っとしたい。でもベルナデットさんが一緒なのでだれた姿を見せたくありません。 これでも私は隊長なのです。隊員の前でだれては示しがつきませんから。 「本当に暑いですよね。皆さんがだれる気持ちも判ります」 私だってまるごととらさんを着てなければ――。 ベルナデットさんに訓示を垂れているつもりでした。 途中から何か違う話になってますが。 「何ですか耐寒性能十度って」 アレですか、私への嫌がらせですか、挑戦ですか。改造したって暑いんですよ。 でも腕とか涼しいし通気性も確保したんです。だから夏でも砂漠でも全く問題無いんですよ? 「という事なのですよ、ベル‥‥誰ですか?あなた」 「それは岩だ」 通りすがりの哲心さんが真面目に答えました。 (‥‥ってかこの人まで脱いでる!?) 朦朧と歩いてるうちにアルゥアさんに脱がされたフレスさん。 「水浴び〜」 ごろごろしてますが、それ土浴びですよ。 「わははは〜これならどうじゃ、風神招来!」 真空を飛ばして遊んでる護刃さん。 「冷たそうでいいわね。ところで湖はどこかしら」 全裸でどこまでも歩いてゆくシュネーさん。 「街に戻れたら、冷たい紅茶でも如何?私のお店でご馳走致しますわ」 にこにこと熱泉で煮えているアルゥアさん、ところであの誰に話しかけているんですか? はてさて‥‥皆さん、無事に家まで帰れるといいですね。 |