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■オープニング本文 この手記は誰かの手に届く事があるのだろうか。書は日頃せぬ故、字の読み難き事はお許し戴きたい。 そんな文章から始まる乾いた血に汚れた巻紙が、差し出された。 ◆ まずは拙者の名から記そうか。商船『明日鷹』号の用心棒、佐脇 雪徒(さわき ゆきと)と申す。 生まれは北面の片田舎。幸いにして刀剣の腕を見込まれて都で職を得る事ができ、これで飯も不自由はしなかった。 たまに珍しき品を分け与えられたりすれば、里に残した弟妹達に有り難く仕送りもさせて戴いた。 今は冬。ここは東房と陰殻の狭間辺りの上空であろうか。 周囲の景色は、雪、雪、ただひたすらに白銀の尾根が続くばかりであった。 『明日鷹』の動力を担っていた宝珠が原因不明の不調を起こしたとかで、次第に高度が落ちてゆく。 焦っても騒いでもどうにもなるまい。宝珠そのものが原因では船に乗る誰にも修繕の仕方も判らず。 少年の頃よりこの道一筋だという船長は非常時でも肝が据わっていた。そして部下の信望も備えていた。 彼が居なければ最後まで冷静に船を動かし続ける事はできなかったであろう。 急峻な地形の谷間に『明日鷹』が何とか不時着を遂げたのは、その賜物であろうと信じている。 よくあの突き出した数々の岩塊に引っ掛からなかったものだと思った。 しかし山に住まうアヤカシは見逃してはくれず。獲物を嗅ぎ付けて雪の中から飛び立ったのだ。 黒い翼を持つ龍に似た‥‥いや姿は龍そのものか。白の世界に雄々しく現れた大きな影。 図体は普通の龍の五倍くらいはあろうか。全体に華奢な骨格だが異様に速い。 奴には絆で結ばれた龍の見せる友愛の欠片も無く。飢えに血走ったかのごとき紅の眼で睥睨した。 戦いの心得がある者は拙者を含めて数人。志体持ちとなると拙者一人だけ。 とても太刀打ちできるものではなかった。今こうして命を永らえているのが不思議なくらいである。 喰らうだけ喰らい。狩りに飽きると奴は、存分に傷つけた者達を振り返る事も無く迅速に去り。 手当てを施し励まし合い。身を寄せて懸命に暖を取った。 しかし体力の少なき者から果ててゆく。風雪は強さを増し、今宵の寒さを。 ◆ 文章は唐突に終わっていた。 手が動く限り、綴り続けたのであろうか。後半は震える穂先から墨が散ったのかひどく汚れ判読も困難であった。 「文には一言も綴られてはおりませぬが」 船に一羽愛玩されていた鷹、明日香(あすか)と名付けられていた。それが生き残っていたのだという。 鋭い鉤爪でまるで握り締めるかのように固く掴み。一番近い人里まで残る力を振り絞り飛んだのか。 衰弱しきった明日香は、村人の手当ての甲斐もなく数日で息を引き取った。 巻紙の扱いをどうしてよいか判らず村人は春先に訪れた行商に託したという。 それが巡り巡って――ようやく縁ある者の手元に辿り着いた。 依頼人は佐脇 布由(さわき ふゆ)と名乗った。雪徒のすぐ下の妹だという。 すぐ下と言っても兄とは年が離れていて、まだ十八を数えたばかりであるが。 彼女も田舎を出て、都で知人を辿るうちに兄の世話になっていた廻船問屋で働く縁となり。 「旦那様にお目通りを願い、この話をさせて戴いたところ依頼のお許しを戴き‥‥」 積荷の回収を条件に、店で一隻の船を捜索に貸してくれるという。ただし武装は無き故、護衛は必須。 仇については討てるものなら、討てたらよい。また奴が現れるとは限らず。 だがもし現れたなら――やはり。討って欲しいという気持ちには変わらない。 雪徒の遺した記録だけが頼りであった。 『明日鷹』は本来の行路から大きく離れた場所に不時着したと思われる。 明日香が辿り着いた村の位置から計り、この辺りではないだろうかという見当は広い。 既に緑も繁り、上空から見つけるのも困難であろうし地形は急峻という。船で傍に降りれるものではないだろう。 できるだけ近くに船を降ろせる土地を探し、そこからは徒歩か別の手段での捜索となる。 回収すべき物は、まず貴重な資源である宝珠。これは船から外して持ち帰って貰いたい。 積荷のほとんどは雑貨であるから、それは無視して構わない。 ただ一部に精霊の力を込めた装身具が含まれている。 数が数だけに全部合わせればかなりの額になり大損と諦めていたが、回収できるものなら回収しておきたい。 依頼は亡骸や形見については触れられていなかった。 布由もそこまで無理を願えないし、船を離れた場所までの捜索は広範囲に過ぎる。 とても許された僅かな人手と時間では。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
露草(ia1350)
17歳・女・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 「なるべく龍は隠しておいた方が、飛行中に見つけられる危険性は減ると思うが」 飛んでいる数が多ければそれだけ発見される可能性は上がる。もし移動中に見つかれば足の遅い飛空船は簡単に餌食になる。 「けど、もし見つかったら?」 「その時は囮になって、何とか逃がすしかないな」 万が一の際にはすぐ出せるようにできるだろうか。そう船長に尋ねる御凪 祥(ia5285)。 龍は二匹。酒々井 統真(ia0893)の駿龍と祥の甲龍。もし高空での戦闘になったら出せるのはこれしか居ない。 強敵と想像できる相手にできれば避けたい事態だ。 他の者が船上から援護するとなれば、当然船を戦闘領域に巻き込む事になってしまう。 戦うのならば、船を即座に地上に降ろしてから。 「明日鷹の宝珠が急に不調を起こしたってのが気になる。偶然ならともかく避けておくに越した事はないしな」 もしその場所に宝珠を狂わせる何かがあるなら。船はできるだけ早く降ろしておきたいと顔を曇らせる統真。 「大型の朋友を積むとなると貨物室しかないからな。いざとなれば飛行中に側壁を開け放して構わん」 軽く言ってのける船長。それでも問題なく動かせると自負があるのだろう。 操舵と船員に必要な最小スペースの他は最大限貨物を積めるように設計されている商船。 内部容積を大きく取る為に甲板は無く楕円形の船体の先端に操舵室がある。なお開拓者と朋友も貨物扱いだ。 「合図は送りあった方がいいでしょう」 朝比奈 空(ia0086)の言葉に露草(ia1350)が頷く。 彼女が船内では船長の傍に衣通姫とヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)と共に付き。呼子笛を持っている。 伝声管などという設備もないから、それで合図を送りあう事に。空は貨物室側の連絡担当だ。 「おお〜っ!なんとも綺麗な眺めじゃなっ♪」 操舵室が即ちこの船で最高の展望の場所。灰色の突き出た岩峰と新緑の樹林に覆われた衣に歓声を上げるヘルゥ。 格子に組まれた木桟をがっちりと掴み、並ぶ小さな板硝子に頬を押し付けるように。眼下の故郷とは全く異なる光景にはしゃいでいる。 「この窓は開かないのか、むぅ残念じゃ」 「あの、ヘルゥさんこの大きさでも貴重で脆い素材ですから、あまり顔を押し付けない方が‥‥」 宝珠ほどではないものの板状に綺麗に加工された硝子というのは高級な品である。 中古とはいえ飛空船。必要な部分には高価な部材が使われている。 露草も衣通姫を抱え上げて、初夏の美しい風景を眺めさせているが。 (この山並みの何処かに、明日鷹が‥‥何としても早く見つけてあげたいですね) 無念の想いで雪の中で帰らぬ人となった明日鷹の乗員達を思うと胸がやるせなく。 「あの辺りでしょうか、地形的に‥‥」 「何とも難しい場所に不時着させたものじゃな。あの近くは無理だぞ」 「ええ。安全に降ろせる場所にお願いします」 岩肌を見せる急峰が続く地形。雪徒が巻紙に書き記した場所に該当する谷間がありそうだ。 「開けた場所は‥‥なさげか。できるだけ穏やかに着陸するが少しは衝撃はあると思うから掴まっておくように伝えてくれ」 落とされる高度。樹林を多少は薙ぎ倒して着陸させるという判断のようだ。 「む、もう終わりか。では後ろの人達に伝えてくるのじゃ」 名残惜しそうに窓から離れて床板を蹴り駆けてゆくヘルゥ。 「船長の安全確保は任せるのじゃ。しっかり役割は果たすぞっ」 可能ならば少しでも偽装を――空の助言を入れて素早く活動を始める露草とヘルゥ。 「衣通姫は絶対に船長さんから離れないで」 忙しない皆の動き。不安そうに見上げる小さな瞳を安心させるように微笑む露草。 「大丈夫。私が守るから。だから必ず、船長さんの傍にいてね」 船の安全は彼女らに任せ、各自の役割を速やかに。まずは現れるであろう巨龍型アヤカシの憂いを断ちたい。 それに襲われる危険性があるうちは、探索には不安が付き纏う。明日鷹の捜索は長丁場になるだろうから。 まずは上空からの偵察と、鎗真の背に乗り飛翔する統真。 (仇は討てるに越したこたぁねぇ。信頼できる空もいるし、最初から気持ちで負けずに行くさ) ついで。ついでだとは判っているが強そうな相手と渡り合えるという期待に胸が躍る。 (目的は履き違えねぇけどな) 地上から向かう仲間達が目星を付けた位置に着くまでは、様子を確認がてらゆったりとした旋回を続ける。 「誘き寄せる戦場には障害物が多く欲しいが。翼の速度が自慢だというなら、木立で相手の動きを阻害できるかと思う」 具足に身を固めた凛とした勇士、皇 りょう(ia1673)。彼女の相棒、真名は‥‥横着して羽織の胸元に。 「そうですね。最初はこちらの存在を発見させず。統真さんなら」 囮となり急襲を浴びても彼ならきっと問題なく。即座に援護して連携できれば。 こちらは迅鷹の白鳳を頭に乗せた空。鋭い爪が少々痛いのだが‥‥この状況で単独で飛べとは言えない。 緑萌ゆる木立の下は飛行には適さず、かといって上を飛ばせば格好の獲物になりかねない。 ●黒龍の襲撃 一瞬の擦れ違い。大きな体躯が作り出す気流の乱れに煽られながらも、逆にそれを味方にして姿勢を整え旋回する鎗真。 擦れ違い様に引っ掛けた爪はアヤカシの固い鱗を抉り剥がしたが、それだけであった。圧倒的な体格の差。 掴めばむしろ巻き込まれて引き摺られて統真を落とされるだけと相棒を気遣う鎗真は無理をしなかった。 やるならば確実なチャンスを狙え。そうすれば背に乗せたこの相棒は絶好の時をモノにしてくれるはずだ。 鎗真が引き剥がされた瞬間、空の詠唱も終わり。放たれた術、ララド=メ・デリタ。 突如としてアヤカシの巨大な翼の一方と重なるように現れた鈍い灰色の光球。その様々な精霊の力を混合して生み出された強力な気は瞬時にしてその肉体の一部を灰塵へと変えた。 「幾ら俊敏であろうとも逃れる事は出来ません‥‥灰と消えなさい」 緩やかな風に異臭を漂わせ、朽ちた黒い灰が散る。剥き出しになる肉体と同じ漆黒をした骨の翼。 バランスを崩したように墜落する巨体。 追撃を浴びせようと加速して降下した鎗真だが、苦し紛れに吐かれた炎に軌道を一度変えざるを得なかった。 グギャアアアアッ。 怒りの咆哮。低空まで堕ちたものの、アヤカシは再び態勢を取り戻した。翼を半ば失って尚、強い瘴気の力はまだ彼を空に留まらせていた。 しかし動きは格段に落ちている。翼を破壊した事でその自慢の高速は封じられたかのように思われた。 「これ、早う岩場まで走れ!奴が地上に炎を吐きよるぞ」 真名の鋭い警告。息を整えるように首をもたげたアヤカシの動き。 間一髪で走り逃れる空とりょうが先程まで居た辺りを炎が嘗め尽くす。盛大に燃える樹木の群れが火の粉を散らす。 「くっ。無視してそっちかよ」 付きまとう小さな龍を鬱陶しいと言わんばかりに振り払い、岩峰の頂きに現れた女達を美味な獲物と炎を吐き続けたまま向かうアヤカシ。 もうひとつの影が舞い上がった。祥の駆る春暁。 「無理に近付くな春暁。奴の気をこっちに逸らしたら全速力でぎりぎりの位置まで後退しろ」 どちらのフォローにも回れるよう隠れた船長達と主戦場の間に待機していたが。炎相手に地上部隊が追い込まれるのを見て加勢を試み。 凍て殺すかのごとき鋭き眼差し。両手に握った槍を突きの姿勢に繰り出し、穂先より迸る静かなる雷刃。 それにより断続的かつ無差別に放たれていた炎が止み。敵に春暁も同時に牽制する動きが加わり僅かな隙が生じる。 が、やはり標的は地上と定めたようだ。詰めた距離に鎗真を懐に飛び込ませる統真。 地表もかなり近付きやや無謀な動きだが、りょう達との間に割り込んだ態勢だ。 「ぺかっと光るから三歩下がれ」 「真名殿、私は」 「まあ眼でも瞑っておれ」 「戦いの最中に無理を仰る‥‥」 白鳳と一体化し、更に精霊の力を自らに纏わせた空。その後ろにりょうが下がると同時に刀で予め定めた合図を祥に送る。 真名がくいと手を動かし。眩い閃光がその身体から放たれこちらを睨んだアヤカシの視界を奪う。 満たされ溢れる精霊の力。拳に装着した『龍札』の宝珠が桜色の燐光を振り撒いたかと思うと真っ赤な炎を迸らせる。 「ここで仕留めて‥‥やるよ」 鎗真を巻き込むつもりで降下を決めたアヤカシの心臓へ叩き込むように繰り出した拳。 精霊の炎が羽ばたきのように広がり視界を覆う。けたたましい猛禽の鳴き声が響き渡り。 確かな手応えと同時に巨体の勢いに鎗真ごと弾き飛ばされる衝撃。遠のく意識。 断末魔かともとれる叫びを上げ、振り絞るように炎を吐き落下するアヤカシ。 「ぐっ」 灼熱に苛まされながらも、小さき真名を庇うりょう。 「危ない。落ちてきます」 りょうの身体を抱き、その翼を活かし巨体から寸前にて逃れる空。硬き岩の破片を散らし地に堕つ。 「まだ動くかっ」 なお起き上がろうとする瀕死のアヤカシに、トドメを刺さんと駆け寄り、力を振り絞り命を断ち切るりょう。 戦いは終わった――。 かなりの痛手を負った者も空の術により完全に癒された。 「かたじけない」 「全く死ぬかと思うたわ。やれやれ、相変わらずの猪武者っぷりじゃったわ」 真名のほんのりだけ嫌味を交えた声は相棒のりょうに向けられたもの。いや実際瀕死寸前まで追い込まれたが。 庇ってくれなかったら本当に炎に焼かれ命を落としてたろうから、そこは感謝している。 天気は変わらぬかと思われたが、戦いの終わるのを待っていたかのように雲が流れ激しい雨が。 焼かれた山はこれで鎮火してくれるだろうか。雨が止むまで船に一度退避しようか。 ●若緑に眠る墓標 天候の回復を待って捜索は開始された。 先に統真が空を巡り、明日鷹が遭難した谷間を発見。尾根の合間を滑らせ最期に斜面を登らせるように曲線を描いたのだろうか。 今となっては雪も無く想像するしかない。僅かに残る木々の破壊された跡も緑に埋もれている。 当時はアヤカシとの戦闘も高く積もった雪上で行なわれ、痕跡は見当たらぬ。 地上より全員で向かう長い道のり。 統真は船長の元に残り皆が戻るまでの護衛を兼ねて、身体を休めさせた。 術で傷は癒したとはいえ、連日の捜索飛行で重ねた疲労は本人が思う以上に積もっていた。 途中、アヤカシに追われ貪られたのであろう骨が散逸した一帯があった。 既に時を経て、残されていたであろう肉片は地に還っている。 衣類や細かな所持品と思われる物も散見できたが。 個人を特定できるような品でもなく、拾い集め即席の塚と決めた場所に共に葬るに留めた。 跪き、犠牲者への祈りを捧げる露草。衣通姫も神妙な顔をして彼女の真似をして手を合わせ。 「あのアヤカシが持ち去ったとも思えませんし、ほとんど着の身着のままという状況だったのでしょう」 雪徒と思われる遺品はまだ見つかっていなかった。もし刀一振りでも持ち返れたらと空は願う。 依頼外ではあるが、そのくらいなら。 「木をよじ登らねば、中へ入るのは難しそうじゃの」 手を翳し、見上げるヘルゥ。 格好の目標とされる前に乗員は脱出し、移動を計ったのだろう。 開拓者達が乗ってきた船とよく似た形をしている。恐らく同じように戦闘には著しく不向き。 用心棒を一人しか乗せていなかったのも、最初から割り切った運用をしていたのであろう。 本来なら安全な航路を進むはずだった。 船体そのものは大きく破壊される事なく、原型そのままに打ち棄てられた姿を晒す明日鷹。 「ラエド、ここで待っておるのじゃぞ」 相棒の霊騎は是と言うかのようにいななきを上げ土を軽く掻く。 その首筋を撫で、船内へと向かう。 「まずは船内の捜索を優先して。余裕があれば周辺も範囲を広げて探してみよう」 りょうの言葉に一同が頷く。まずは宝珠と積荷の回収だ。 まずは露草が羽虫の人魂を作り、船の隙間から偵察に向かわせる。 しんと静まりかえった薄暗い船の中、雑然とした様子だけが伺われた。 特に怪しい気配はない。 念の為と武器を構えたりょうと祥を先頭に、船内へと乗り込む。 「同じ作りなら、宝珠が納められてるのは操舵室の真下ですね。異変を生じて‥‥危険が無いといいですが」 憂う露草。何事も無く持ち帰る事ができればいいが。 「錠前が掛かってるか。誰かが持ったまま去ったかもしれないし‥‥少々荒っぽく開けるのも止むを得まい」 扉自体は簡素な木製。祥が強い衝撃を加えると錠前は弾け飛んで外れた。 正面の壁に嵌め込むように作られた観音開きの小さな扉。 その中に、市場に出回るよりは大きめの宝珠が四つ綺麗に並んで安置されていた。 うちひとつは淡く輝き未だ稼動しているようだが。残りは完全に停止しているようだ。 「操舵室に装置を全部停止させる仕組みがあるそうじゃが」 もし船の宝珠が稼動中だった場合は。船長を避難誘導していた時に聞いていた話を思い出すヘルゥ。 「力が要るかもしれない。私もヘルゥ殿と一緒に行きましょう」 同行を申し出たりょうと共に、上へと登り。彼女達が戻ってくるまで宝珠には触れないで待つ。 しばしして、ひとつだけ輝いていた宝珠もゆっくりと光を失ってゆく。 丁寧に装置から外して、傷を付けぬよう丁寧に布に包み回収し。 「後は積荷ですね。貨物室の中を手分けして探しましょう」 整然と詰まれていたであろう木箱が不時着時の衝撃を物語るように天地を乱して重なり転がっている。 箱には番号が振られているだけで中身はひとつずつ確認していかないと判らない。 時間は掛かったが全部の箱を確認し、貴重品と思われる荷のみを回収した。 「皆で手分けして運んでも結構な量だな」 「しかしまた往復するとなるとかなりの道程。できれば一度で運びたい所ですね」 「ラエドの背にも積むといいのじゃ。嵩張るが重さはたいした事ないから大丈夫。木にぶつけるような真似はしないのじゃ」 この荷物では周囲の捜索まで手を伸ばすのは難しそうだ。何を優先するか。 雪徒と共に逃れた者達はどこまで船から離れたであろうか。 もし見つけてやれれば良かったが。 この広い山中、もし遠くまで逃れたなら点でしかない存在を見つけるのはそれは幸運でしかない。 (雪徒兄ぃ、それと名前も知らぬ兄ぃ‥‥姉ぇもおったじゃろか。その命を賭した想いに敬意を) ふわりと浮き上がる帰りの船の上でヘルゥは弔いの祈りを後にした山中に捧げる。 せめて、仇は討った。あのアヤカシが再び人々を襲う事なきように。 |