白稜神社大祭音頭
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 39人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/17 00:32



■オープニング本文

 村へと訪れる時に必ず目にする遠く美しい稜線。
 それを背景に塵ひとつなく清められた広い境内。
 小さな村の規模に似合わぬ敷地。社はこじんまりとしているが、鈴なりの絵馬。
 ここ白稜神社は、土地の精霊ではなく書物の神様が祀られている珍しい場所であった。
 それでも豊饒の祈りが捧げられたり、村人と共に歩む社務は行なわれている。

 昔、この地には文字を読み書きできる者も少なかった。学というものは縁遠く。
 どんな僻地でもたいていは皆できるというのに。彼らの歴史に何があったのか、それは伝えられていない。
 それよりは働け、働け。地を耕すのには身体が元気であればいい。汗水垂らしていれば福は来る。
 婚姻も村の中だけで行なわれ、出てゆく者も加わる者もなく。
 永劫変わらないかに思われた地に変革をもたらしたのは一人の行きずりの旅人であった。
 趣味で書いている売れない絵物語。都では誰も手に取ってくれず才能の無さに気落ちしていたのだが。
 書物という娯楽自体を知らなかった村人達は喜んで手に取ってくれた。
 そこに書かれている文字は解読できなかったが、とても安易な展開はまぁ読めなくてもだいたい判る。
 自分の作品を見て喜んでくれる人が居る。それを目の前で味わえるのはどれほど幸福な事か。
 旅人が都に居た頃、紙漉き職人の元で働いていた経験が役に立った。
 商品にならない屑紙をただで分けて貰えるのが魅力で、勤めていただけであったのだが。
 教えられた技能をすぐに自分の物にする村人達の飲み込みの良さに驚嘆し。
 旅人も知らぬ工夫を自分達で編み出してゆく彼らは、素晴らしい腕であった。

 偶然迷い込んだ村であるが、先生と崇められ世話を焼かれ衣食住に不自由せぬ。
 学のない村人達に文字や絵の描き方を教えるのが生業となり、いつしかこの村もそこらの村と変わらぬだけの文化を手に入れた。
 そして男は村人達が作った紙に作品を綴り続け、その寿命を迎えるまで幸せに暮らしたそうな。

 安価で絵筆を滑らせやすい紙と、村にできた特産は一部の好事家達の口伝で少しずつ評判になり。
 繁栄を齎した男は神様と崇められ、僅かずつ貯めた銭を持ち寄って村人達は彼を祀る為の社を建てた。
 村自慢の風景と同じ名を付けられた神社は感謝を忘れない者達に敬虔に愛され続けた。

 春先に豊饒を祈る、年に一度の大祭。それは村だけのものであったが。
 珍しい書物の神様が祀られていると聞いて祭に日に訪れる者は年々増え。
 最初は祈願の絵馬を奉納し、村人達と一緒に舞い踊って楽しみ、帰るだけだったのだが。
 誰が始めたのか近年様相が変わった。
 縁日の屋台で駄菓子や遊戯に並び、自作の薄い本を売る者達。それを買い求めに来る者達。
 次第に規模が大きくなり、白稜神社大祭は一部の、極一部の同好者達の集まる場へ。
 多くの外来者が訪れるので、祭りの主行事たる社の巫女を囲む音頭も様相が変わり。
 中央に組まれた櫓で軽妙に叩かれる太鼓。
 踊るのは飛び入りも自由、様々な自慢の踊りを魅せる者達が櫓を囲み。
 最盛況な夜更けには、訪れた観衆も村人達も輪になって一緒に踊り。
 それも楽しみのひとつとなっていた。

 そして今年もその季節が近付いていた――。

 村の人口を超える大勢が一度にやってくるので、支度は総出の騒ぎ。
 一夜の夢を味わいに、年々訪れる旅人が増えてゆくので収拾がつかない。
 けれど苦ではない。彼らにとっても楽しみでしょうがない日なのだから。
「しかし、こう人が多いと不心得な輩も混じるのが困り者ですのう」
 屋台の場所取りは予め文を届けてもらって数を把握はしているが。
 その売り物の中身までは関知できない。
 由緒ある社の祭りで、相応しくない作品を持ち込む者も増えていた。
「中身まではひとつひとつ確認する訳にもいきませんから」
 だいたい当日まで予め出来上がっている出展者はまず居ない。
 中には村へやってきてからぎりぎりまで書いて、その場で売る者も居る。
 瓦版のような墨刷り程度なら原板さえ作ってくれば、村で職人達が写本を作る事もできる。
 これは近年都から仕入れた技術で、大祭の需要に備えて覚えた者が料金を取って対応している。
 公序良俗に反するような内容の作品は、自粛するように毎度お願いはしているが。
 それでも人の話なんて聞かずにやる者は後を絶たない。
「踊り手さんに触れる人や、人気の演者に殺到して押し合いする人も‥‥」
 去年はとうとうそれで怪我人も出てしまった。対策は考えねばなるまい。
 衣装に凝る者も居るが、肌の露出が度を越えていたり周囲に危険が予想されるようであれば境内での演技はお引取り願う。
 刃物を使った演舞も、見物人と線引きもできず入り乱れるこの祭では危険。
 神様の前で抜き身の武器を振るうのはそもそも感心できない。その辺は考えて戴きたいものである。
 村一の美少女という評判、社の跡継ぎの巫女はまだ幼いのだが祭りの時だけは参加するので固定の熱狂的な信者が訪れ。
 踊りに加わっているうちにもみくちゃにされ誘拐されかねない騒ぎにまでなった。
 ちなみに巫女の名前は寿々(すず)という。あまりの可愛さに実は人妖?と噂する信者も居るが、そんな事はない。
「村の者だけでは無理でしょう。手が足りませんから会場の警備は別に頼むべきかと」

 『祭りのお手伝い募集』と開拓者ギルドに貼られた紙。
 それを見て初めて村の存在を知った者も多いだろう。
 いやほとんどがそうに違いない。好事家の間では有名でも、小さな一田舎村の祭りだから。
「へぇ、依頼で行くのもいいけれど。これ普通に遊びに行ってもいいんだよね?」
 まだ屋台の場所取りも受付をしてるそうだ。抽選なので、募集はぎりぎりまでしているらしい。
 舞いや踊りが自慢の者は、それに参加するのもいいだろう。
 村で用意しているのは太鼓だけだそうだが、楽師も飛び入りで自由に奏でて構わない。
「屋台を巡るのも乙やなぁ」
 ただ単にそういう喧騒が好きな者もあろう。
 白稜神社は全てを受け入れる――。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 白拍子青楼(ia0730) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 秋桜(ia2482) / 周太郎(ia2935) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / ルーティア(ia8760) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 霧咲 水奏(ia9145) / 劫光(ia9510) / フラウ・ノート(ib0009) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リスティア・サヴィン(ib0242) / 明王院 浄炎(ib0347) / 琉宇(ib1119) / リア・コーンウォール(ib2667) / ノクターン(ib2770) / 華表(ib3045) / 月影 照(ib3253) / 鉄龍(ib3794) / ウィリアム・ハルゼー(ib4087) / 宮鷺 カヅキ(ib4230) / 長谷部 円秀 (ib4529) / シータル・ラートリー(ib4533) / 隠岐 浬(ib5114) / 緋那岐(ib5664) / ティエル・セシル(ib5921) / 咲宵(ib6485) / サフィラ=E=S(ib6615) / ミーツェ=L=S(ib6619) / アムルタート(ib6632) / 凹次郎(ib6668) / 泡沫 影華(ib6725) / 隼・風(ib6803


■リプレイ本文

●警備のお仕事
 会場警備の為に集まった顔ぶれ。お陰で巡回が行き届きそうな人数が揃っていた。
「まゆちゃんも警備か。俺は踊り会場の方へ行くけど一緒に行くかい?」
 棍を手にした大男、明王院 浄炎(ib0347)がよく知った顔を見つけて穏やかに目尻を下げる。
 ちょこんと丁寧な礼をする少女、礼野 真夢紀(ia1144)。どうしようかと小首を傾げるが、書物の方を回りたいからと。
「‥‥その、けしからん本もあると言うが、中を見るのは抵抗が無いでござるか」
 ちょっと女の子には刺激が強すぎる仕事なのではと懸念を告げる凹次郎(ib6668)。
 取り締まる対象はそれこそ子供には見せられない内容。だいたいの想像は付く。
 天儀特有の髪型と言える髷の形に結った細かいウェーブの掛かった金髪。口には香を仕込んだ煙管をくゆらせて。
 かぶいた格好をしているが、見た目に寄らず堅物ぶった物言い。彼なりの天儀人像を目指しているらしい。
 その意外な生真面目な顔に、おっとりと微笑みを返す真夢紀だが言葉はきっぱりと。
「耐性ありますから」
「なんと!?見た事あるでござるか、そういうのを」
 見かけによらないと自分の事は棚に上げて驚く凹次郎に、物語は風評に寄らずきちんと自分で中を見て判断していますから、と。

 物語が好きなりの考えだ。読まず嫌いをしては『もしも』の素敵な話を見逃してしまうかもしれない。
 事に自費で少数しか作られないような本は、二度と手にできないかもしれないから。
 本の大量流通は難しい。増版の面倒を見ていた商人に打ち切りを言い渡されて自腹を切って出してくれる人は有り難く。
 人気の作品は作者本人だけでなく、感銘を受けた者がその登場人物を使って新たな物語を紡ぎだす事もある。
 もしこの人が敵じゃなくて味方だったら。別の道を歩んだらこんな物語があったかもしれない。夢は四方八方へと思惑を超えて広がる。
 同じ本が好きで、もう終わった物語の登場人物の活躍を語っているものを手に取ると新たな喜びをまた見出せる。
 だからこういうお祭りは素晴らしい事。色艶だってそれを楽しみにする人が居るのだからいい。でも――。
 憤るのは内容に対してではない。場所や集まる層を弁えない売り人に対してだ。
 専用の場所をちゃんと確保して販売するなら構わない。でも小さい子も参加する祭りで公序良俗に反する本を確認もせずに売るのはダメ!
 そう真夢紀は思う。

 祭の運営要員と同じ『白稜神社』と墨字の施された腕章を配られる。特に警備の者という区別は無いらしい。
「係と思われて声を掛けられるかもしれませんが、判らなかったら社務所に誰か詰めてますのでそちらへ」
 没収した本も一時はそこで預かって返すから、屋台を回る者には引き換え用の記入用紙も渡されて。
「開拓者としてこれが初仕事になる訳でござるな」
 身に付けた腕章を摘まみ、呟く凹次郎。
 祭りの開始は明日だが。早く集まっている者をまずは仕切ろうか。
 希少本目当てで来るのはいいが、好き勝手にゴミを散らかし村の生活時間を考えず大声で話してるような輩も混じっていた。
 村内に用意された宿だけで捌ける人数じゃないので、夜営は迷惑を掛けない範囲で認められている。
「少し注意してくるでござる」
「私も何か手伝えるかもしれませんから一緒に参りましょう」
 和奏(ia8807)と連れ立ち、一人一人に声を掛けて回るのであった。悪気ない者は軽く注意するだけで大人しくなり。
 彼らが周囲に呼びかけもしてくれて自浄効果を齎してくれた。
 反省もせず突っかかる者も居ない訳ではないが、開拓者の気迫を軽く見せれば引っ込むような小心者。
 あまり荒っぽい扱いはせずに済み、ほっとする。

「目当てが決まってるなら案内もできますよ。中身はまだ判らないのですが」
 申込者の名簿。その番号が記された簡単な地図を貰っておいた和奏。
 これは前夜ぎりぎりに出来た物なので、訪問者の分までは用意できていない。
「え〜と、その方は三十八番ですね。どうしても欲しいからって他の方を押したり、無法な真似はしたらいけませんよ?」
 広げた地図を指さして、群がる人々の問い合わせに答えつ。走ると危ないからと注意も促す。

 まだ張られた縄の向こうでは、早朝から慌しく用意に明け暮れる屋台に当選した者達。
 到着が遅れたのかまだ空になっている場所もある。
 準備の始まってる店から早速巡回を始めている真夢紀。
 隠している本まで無理に出させはしないが。丁寧に売り子に協力を求め、内容が過激な物は滔々と諭して没収。
 引き換えの用紙に記入させて半券を渡し。風呂敷包みを抱える。
「終わりましたらきちんと返却しますから、ちゃんと会場の規則に従ってくださいね」

「こ、こんなけしからん内容の本を‥‥子供に悪い影響が出たらどうするでござるか」
 表紙からひどかったが中を改め予想通りの露骨な描写に赤面。だが精一杯厳しさを装い、没収する凹次郎。彼も包みを抱えて社務所へ向かう。
「‥‥凹次郎さん?」
 途中で真夢紀と一緒になり、風呂敷包みを預けてきたが。袖口の角ばった膨らみに怪訝な顔をされ。
 まずい‥‥と向きを変える動作が余計に不審で。捕まえられる。
「これはダメです。買うなら別の機会にですし、売り物を勝手に懐へ入れるだなんて犯罪ですよ」
 真顔ではっきりと言われる。
 表紙だけでアウト。誰がどう見ても成人男子向けの色本である。絵柄はかなり上等で即完売で入手は困難と察せられる。
 ええい、ここで言い訳するのも男らしくない。素直にすごすごと社務所へ引き返す凹次郎であった。
 作者さんの連絡先、後で聞いておこう。うむ。

 寿々の予定を聞いて、彼女が人前に出る時間まではぷらりと見物する事に決めた宮鷺 カヅキ(ib4230)。
 知り合いが見てもまずカヅキとは気付かないであろう。巧みに変装を施して温和な老女の装い。
 でも見る者が見れば、その手にある長い杖が実は泰の棍であると判るか。
 目ざとく見つけた武器マニアの屋台に声を掛けられていた。いい物持ってますねお婆さん。
 本当に好事家しか買わなそうな小難しい内容の読本だが。細かすぎるのも愛が溢れてる所以か。
 求められれば嬉々として見本品を立ち読みさせてくれて。
 広範囲に各地の珍しい武器を絵に独自の説明を加えて並べた一冊を、孫への土産と称して購入する。
 孫に?と驚かれるが、雑学の好きな彼女にはいいだろう。物語仕立てのエピソードが面白い。

 相棒の琴音を連れて、ふらりと見物客の一人のように雑踏を歩くからす(ia6525)。
 くいと小さな手が袖を引く。常と変わらず無表情な琴音だが心なしか気持ちが浮き立っているような。
 見知らぬ本がたくさん並んでるのはそれだけで知識の欲求が駆られるのであろう。
「見てもいい?」
 別に琴音の為にこうしているのだから、好きに行っても構わないのだが。
 澄んだ瞳で見上げ、主の意向を尋ねる律儀者。
 もちろんという意味の頷き。

 飄霖を肩に載せて踊りの領域を散歩調で巡る琥龍 蒼羅(ib0214
 ついでに演奏も聴けるのも楽しみつつ。
「混んできたな。飄霖、空に上がって貰ってもいいか?」

●立ち並ぶ屋台
「今日はお付き合い、本当に感謝ですわ。劫光お兄様♪」
 ところで双樹が走っていきましたけど、いいのでしょうか。
 血縁ではないが兄と慕う(ia9510)と村祭りを楽しめる喜びに浸るシータル・ラートリー(ib4533)。
「エレンに向かっていったからな‥‥アグネスも一緒だろうし大丈夫だろ」
 苦笑して後で回収するから気にしなくていいと告げる劫光。
「遠慮しなくていいんだぞ」
 疲れないように気遣いしてくれるのは嬉しいが、シータルと歩きまわるのは楽しいから。
「ん、こっちの本か?」
 シータルが手に取る前にさりげなく中を確認する劫光。表紙じゃ判らんのもあるからな。
 極普通の少女向け絵物語か。ほう、こういうのも読むのか。
 財布を取り出した手をシータルが止める。
「ありがとうございます。でも、自分で払いますわね。お気持ちだけ戴きますわ♪」


 彩堂 魅麻と自分がアヤカシに捕まりヌメヌメと卑猥な触手に色々されている本を製作してきたウィリアム・ハルゼー(ib4087)。
 本人に見られても引き攣った笑顔で許してくれるのを知っているから大丈夫。祭には来ないみたいだけど。
 部数は少ないが何と全編フルカラー。あんなことやそんなこと。
 首筋から胸に掛けては扇情的な下着にしか見えないおニューの桃色メイド服で売り子する彼女の店にはそっち方面の好事家が押し寄せていた。
「売り子さんだってサービスしちゃいますよ?」
 いやもうそのサービスで充分規制の範囲だと。開拓者を呼ぶまでもなく村人の係に見つかり連行されていったそうな。

「これは健全でセーフですよね?」
 飾り付けに拘って一畳のスペースを教会風に仕立てたエルディン・バウアー(ib0066)。
「内容は問題ないな。表紙はなるほど教会に興味ない者に手に取って貰う狙いか」
 通りかかったからすが積まれた一冊を開き、笑いを含み頷く。
 『危ない神父様』『神父様の秘密』と並べられたどちらも表紙はセクシーな構図の神父。しかし中身はとても真面目な内容である。
 パウロは店の前でのほほんとしている。口述で自分の本も作って貰ってご機嫌の様子。
 袋綴じに作られていてタイトルは『パウロのもふ日記』となっている。
「僕の手形付きでふ〜」
「からす、これ」
 琴音が興味を示したので、一冊戴けるかなと財布を取り出す。
「この場で閲覧しても良いかな?」
「お買い上げ戴いた品ですから、ご自由ですよ。実は私もその本の中身は知らないのですが」
 開いたからすがくすりと笑いを漏らしたので怪訝な顔をするエルディン。教えてやらない方が面白いだろう。
「琴音、良い選択だ」

「鉄龍様、これも可愛いですの。わたくし欲しいですわ♪」
「人が多いからな、俺の手をしっかり握って離すなよ?」
 興味を惹かれた物があると周りも見ずに夢中になる白拍子青楼(ia0730)。
 彼女と居ると保護者のような気分にもなるが、それも自ら進んでの事。
 身体だけは大人びて見えるがまだまだ子供と。右手はしっかりと柔らかい手を握る。
 自らの目的に夢中になってお互いに周りに不注意な者が多い。
 引き寄せてさりげなく雑踏から守ってやる鉄龍(ib3794)に誰かの包みの角が当たる。
「気をつけなよ」
「は、はいっ。すみません!」
 眼帯に傷跡も目立つ強面の大男に振り返られては、優しく言われても相手は縮こまる。
 青楼は背後に無頓着で、目を輝かせて飴細工の実演口上に魅入っている。
(ほっとくと、本当危ないな‥‥)
 薄い本も山と包んだ風呂敷の角が当たれば重量もあって立派な凶器。
「どれも可愛いですの〜。鉄龍様。鼈甲飴細工を買って買って買って欲しいですのっ!」
「兎か?それとも犬か?猫か?」
「ぜ〜んぶですの♪」
「ったく‥‥まあしょうがないか」
 せっかくの祭りだし、たまには構わないだろう。全種類揃えても大した額ではない。
 おねだりを受け入れて貰って幸せそうな青楼を見ていると頬が緩む。
「壊さないように俺が持っていてやろう」
「はい、ですの♪」

 同じように可愛い物に目が無い霧咲 水奏(ia9145)。
 恋人の周太郎(ia2935)、彼の相棒のニムファと一緒に屋台を巡って楽しんでいたのだが。
「おい‥‥ニムファ、あいつ何処行ったか見てないか?」
「うゅ」
「いや、うゅって言われても判らんのだが‥‥」
 参ったな、ちょっと目を離した隙に。この人込みじゃさっぱり。
 これは自分の読みたい本を探すどころではないと途方に暮れる。
 あいつも大人だし身の処し方は心配ないが‥‥可愛い物となると見境なくなるのが。

 幼い頃も柚乃(ia0638)とこうやって祭を見物したなと懐かしく回想する緋那岐(ib5664)。
 あの時は親父や兄貴達に怒られないようにこっそり屋敷を抜け出したから、八曜丸は居なかったが。
 相変わらず人込みが苦手なんだな。後ろに隠れて歩かれても見えないとまた心配。
 伸べた手におずおずと重ねられる妹の手。
 恥ずかしいけれど兄の気遣いが嬉しい。柚乃は柚乃で安須大祭の事を思い出していた。
 なるべく混んでない辺りを、途中で買い求めたおやきを半分こにして並んで歩きながら食べて。
「あ‥‥お土産の分も買わなきゃ!」
「戻るか?後でだと無くなっちゃうだろうし」
「うんっ」
 気ままに行ったり来たり。
「どんだけ買うんだよ」
「えっ‥‥ゆ、柚乃が一人で食べるわけじゃっ」
 いやそれにしても量が半端ない。おまけもしてくれて大きな紙袋に抱える程。
「おいらも後でまた食べたいもふ」
「八曜丸はさっき三個も食べただろ」
「帰ったらお腹が空くもふ〜。まだクリームのは食べてないもふ」

「あ、この絵すごくふしぎさんに似てます!空賊のラブストーリーだって」
 帯の文字を目敏く読んで興味深々の月影 照(ib3253)は天河 ふしぎ(ia1037)と共に屋台を巡っていた。
「へぇ、僕の読み物が…有名になったも‥‥わわ、駄目、駄目なんだぞっ」
 開いてみた頁がちょうど。慌てて隠すように立ちはだかり腕を振り回すふしぎ。顔が真っ赤になっている。
 内容としては接吻を交わしている程度の可愛いものだったが。
 照には見て欲しくないっ。別の誰かとだなんて。
 少し胸の奥でモヤモヤしてた物もこれを見て今だけかもしれないが吹き飛んだ。
「あっちの本も見てみようよ」
 ふしぎがそう言うなら別に見なくてもいいか。絵ばっかりみたいだし。
 それでも名残惜しげに振り返る照の手を握り、突き進むふしぎの足取りが速い。
「あんまり引っ張ると‥‥腕痛いよ?」
「ご、ごめん」
 同じ高さでまっすぐ見つめる澄んだ聡明な瞳を見ていると。‥‥ああ、もう。
「照、ちょっとこっち来て」
「ん、何?」
 ここならきっと誰も見てないから。我慢できなくなってぎゅっと恋人を抱き締める。これってさっき見た構図だよね。
 照となら‥‥で、でも。変に遠慮しているうちに。
「もう。ふしぎさん、目を瞑って」
「え‥‥むぐぐっ!?」
 心の準備ができる前に唇を強く押し付けられて息が止まるふしぎ。
 恋の積極性にかけては先に開き直った照の方が一枚上手であった。

「‥‥うわぁ」
 偶然木陰から見てしまったルーティア(ia8760)が顔を真っ赤にしていた。
「お子様なルーティアにはまだ早いな」
「う、うるさいぞチャールズ!ほら行くぞ!」
 相棒にドヤ顔をされてふくれっ面。
 別に覗くつもりじゃなくて。で、でも道に迷った訳でもないんだからな!
 実際は美味そうな匂いに釣られて近道をしようと思ったら、全然違うとこに出たのだが。
「本とかも売ってるみたいだなー。ちょっと見てみるか」
 空々しい言葉。食べ物はいいのかという相棒のツッコミもあえて無視する。

「あはは、いらっしゃい」
 狭い空間に手作りの簡易楽器を並べて本の説明をしていた琉宇(ib1119)。
 大まかにジャンルで区画割はされてるようで、この辺りは客も静かに興味の分野を巡っている。
 琉宇の屋台は音楽専門。
「えっと。この本、中身を少し見ても平気かしら?」
 フラウ・ノート(ib0009)がじっくりと腰を据えて読み、置かれた楽器と見比べていた。
「鳴らしてみようか。こんな音が出るんだよ。この曲は後ろの方に楽譜も載ってるよ」
 邪魔になんかならないから、ゆっくり見ていって。
 フラウが水を向けたから、ついでに珍しいこの祭りについて話をしたり。
 書物の神様が祀られているなら、楽器の神様が祀られている村も何処かにあるかもね。

「しゅ、周殿っ!これを買って行っても‥‥おや?」
 とっくに連れとはぐれた事に気付いていなかった水奏。
 手にしているのは子猫好きが集まって描いたほのぼの日常アンソロジー。この辺りは動物本が多く夢中になって巡ってしまったが。
 買ってから合流すれば良いかと、しかしたくさん買い込むのも自重せねば。結局悩みつくして時間を更に過ごすのであった。

 一部では窃盗の騒ぎもあり。駆けつけたからすが立ち塞がり破理戦で成敗していた。
 無論相手は一般人なので手加減はしているが、爽快な音が炸裂した。

●踊りの自由空間
「はわ〜っ。これが天儀のお祭りかぁ。ノク、ノクっ、好きなとこで踊っていいんだって。伴奏して〜」
 小麦色の肌に青い瞳をキラキラと輝かせてはしゃぐサフィラ=E=S(ib6615)。
 連れのノクターン(ib2770)は突拍子も無い誘いに一瞬片眉を上げるが、アル=カマルの曲調に挑戦するのも腕が鳴るとリュートを手に取る。
 賑やかな声に振り向いた人々がいかにも異国から来た踊り子という風貌の彼女を期待の眼差しで眺めている。
 エルフなんて初めて見るのに、これまたいい感じの美女だね。横のもすげえ美少女だな。おいおい、何かやるみたいだぜ。たちまち注目の的。
 傍に居るアムルタート(ib6632)とミーツェ=L=S(ib6619)も遠慮の無い男達の視線を浴び。
「やっほ〜♪みんな楽しんでる〜?」
 陽気に手を振るアムルタートとは対極的にミーツェは姉のサフィラを見る男達を睥睨してから、ノクターンをジト目で見つめる。
(あの吟遊詩人、女と思ったら実は男とかそれなんて詐欺でいやがりますか。姉様からもっと離れるのです、しっしっ)
 相当に姉っ子の様子。無防備なサフィラに悪い虫がつかないかと気が気でないらしい。
「合わせた事ないけど、いけるかな〜。失敗したらごめんね♪」
「大丈夫、ノリと勢いで何とかなるって〜っ!」
 可愛らしく舌を出すサフィラと繊細な外見で豪快に笑うアムルタートに魅せられて、練習だって言ったのにもう人が集まっている。
「来る前に教えて貰った曲でいいか?あれなら、すぐにできる」
(できないって言いやがれなのです)
 ミーツェの視線が刺さるようだが気にしない。イントロをさらっと奏でるノクターン。
「ミル、何でノクの事を睨んでるん?」
「に、睨んでなんかいないです。どんなテンポで弾くのか確認していただけ‥‥ほら、さっさと始めやがれなのです!」
 ほんのり不満だが姉の気分を害したい訳ではない。むりやり敬語を使う妙な口調に苦笑するノクターンがポロンと弦を弾く。
「弾き始めたら熱く、さあいくぜ」
 ジルベリアとも天儀とも微妙に異なる音階。合わせる弦や並べる順番が違っても音楽というのは共通だ。
 気合を入れた演奏はジプシー達の動きを妨げず、まだ完全ではない部分も勘でアレンジして引き立てる。
 常と違う跳ね方を入れてそのアレンジも自分の物にしてしまうサフィラ。
 打ち合わせも無いのにまるで示し合わせたかのような動きでミーツェが風のように絡み、一体の芸を披露する。
 奔放に踊るアムルタートは独立しているようで、不意に姉妹と交差し。宝珠を施した布が予測し難い動きを魅せる。
(忌々しいけれど、素敵な演奏でいやがります)
 踊りだすと高揚に溺れ。金色、銀色、桃色と。周囲の緑に反射した光を浴びて飛び跳ねる娘達に見蕩れて吐息が洩れる観客達。
「ん〜、気持ちいいね〜♪」
 無意識に精霊の力を集わせてしまうアムルタート。より魅惑的に。勢い余って観客の中に飛び込み。
「踊る阿呆に見る阿呆♪同じアホなら踊らにゃソン♪って言うんでしょ?さあキミも踊る阿呆になろうよ!」
 笑顔で手を引っ張られて円の中に連れ出されたのは長谷部 円秀(ib4529)。
 いや、サフィラの踊りを見物していただけだったのだが。固辞して下がるのも無粋かと見よう見真似で踊ってみる。
 そう簡単には彼女達のようにはいかない。が、次々とアムルタートが観衆を引っ張り込んでいるので恥は掻かずに済みそうだ。
「ははっ。まぁ楽しんだ者勝ちですねぇ」
 ノリで円秀の肩に手を置いたサフィラが、そのまま高く跳躍。それを補助してあげる。
 ミーツェの瞳に激しい炎が宿ったようだが。にっこりと微笑みで返し、彼女の跳躍にも手を添え男の力で高々と。拍手喝采。

「いい演奏でしたけど。それとこれとは別ですから覚えていやがってください」
 啖呵を切るミーツェだが、アムルタートに引っ張られて何処かへ行ってしまう。
「何かあっちも面白そうだよ。行ってみようよ〜」

「おやおや忙しない方ですねぇ。あっ、すみませんお預けしたままで」
「わっちは構わないでありんす。どうぞサフィラに渡しなまし」
 輪から離れて後ろから見物していた咲宵(ib6485)の手には葡萄酒の瓶。円秀が用意してきたご褒美。
「咲宵も来てたんだね〜。逢えて嬉しいよ。えっ、これ貰っていいの?」
 後でみんなで一緒に飲もうね!と花のような笑顔で受け取るサフィラ。

「見なんせ。はよう行かんと屋台の食べ物も無くなるざんす」
 サフィラに何か奢ろうと思ったんだがのうとごちる咲宵。
「あ〜っ。屋台巡りしたい、急いで行こうよ!」
「待てというに。あまり急くとはぐれるぞえ」
「色々な物があるから順番に見て行きましょうね」

 白の吟遊詩人と名乗るリスティア・バルテス(ib0242)と妹分のアグネス・ユーリ(ib0058)。
「皆!私の曲を聴けーい!」
 と元気な第一声から始まるリスティアのヴァイオリンの音色。アグネスの歌い納めだから張り切るよ。
「おひねり大歓迎よ♪一緒に歌ってくれてもオッケー。あ、触るのは禁止だけどね!」
 陽気に笑いながらブレスレット・ベルでリズムを刻み、奔放に踊るアグネス。
 今日は歌が中心。しばらくお別れだからあたしに歌える最高の歌を。でも身体は自然に動く。
 何曲でもやるよ。リスティアが曲に合わせてリュート、オカリナと楽器を変えてゆく。
(声の続く限りっ!)
(ありがとね、ティア姉)
 交差する漆黒と青の視線。二人の深い絆を噛み締めて。とびきりの笑顔で歌い続ける。

「楽しんでるかい?双樹」
 共演を見物しながら寄り添っている小さな影。人妖のエレンと双樹。
 相棒の劫光を放り出して、双樹は見かけたエレンの方にべったり。
「うん、エレンさんは演奏しないの?」
「今日はいいんだ。アグネスの歌をじっくり聴きたいから」
 あれこれ話しかけるエレンを丁寧に相手しながらも耳を傾ける。
(私は傍に居るだけ。何があっても)
 話し疲れ肩にもたれて眠ってしまった双樹がずり落ちないように気に掛けながら。
 エレンは二人の歌をじっと眺めていた。

「ここに居たか。余りうろちょろするな、心配するから」
 しゃがみ込んで見物しているリエット・ネーヴ(ia8814)の頭をぽふりと叩くリア・コーンウォール(ib2667)。
「あり?みつかっちった♪」
 いや、その大荷物を見れば判る。と言いたい所だが、屋台の方では似たような者で溢れていたので飲み込む。
 ぬいぐるみだけで何個入っているんだか‥‥持ち過ぎだろう。それで敏捷に動けるのがリエットだが。
「踊りに興味が?」
 今度は勝手に何処か行ったりしないように手を握ったリアに爛漫な返事。
「うん。面白い足運びなの!」
 リエットらしい答えだな。説教は要らないか。
 会場に着いた時の彼女の言動を思い出して苦笑いが胸に込み上げる。
「うきゅうぅ!祭だじぇ、野郎ども♪」
「何処で覚えてくるんだ、そんな単語を。あのな、判っているとは思うがな――」
 全力で腕を振り上げてそんな台詞を吐く従妹に呆れて突っ込んだのから始まり。
 言い聞かせようとした傍から突撃して目の前から居なくなってしまった。

「舞も巫女としてもまだ未熟者ですが、精一杯気持ちを込めて‥‥」
 おずおずと遠慮がちにしていて踊る場所をなかなか確保できない華表(ib3045)。
「高いとこ‥‥櫓は準備中で邪魔でしょうし」
「それならおいらと一緒に踊るなりっ!無かったら作ればいいぜよっ!」
 声を掛けたのは平野 譲治(ia5226)。体格も装束も近いので並ぶといい感じに見栄えがする。
 ニカッと笑うその手には陰陽師がよく使う符。つまりそれで舞台を作るという事か。
「ここに立つなりよ」
 黒く滑らかな壁が地面より沸き、二人を乗せてそびえ立つ。櫓より高い。
 降り散る桜の花びらの幻影が、注目を集め。
(高過ぎ‥‥ませんか。遠くの方が見やすいでしょうか、では動きは大きくしませんと)
 二人立ったら一杯。前後には動けない。
(これは技量を求められますね。頑張ります)
 華表の舞に合わせて布を動かす譲治。
「いち、に、さんで壁を消すなり。最後は綺麗に着地ぜよ」
「はいっ!」
 渡された大風呂敷を手にして。まるでシノビですね、これ。
 屋根より高い壁の頂きから。風を孕んで何とか着地。拍手喝采。
(思わぬ芸の披露になってしまいました。ふぅ)

「無粋な真似する奴は前に出ろ。ウチがとことん相手してやる」
 凛とした声に何事かと振り向けば隠岐 浬(ib5114)が演奏中に見かけた不埒な輩に笛を投げつけていた。
 見事な一撃に気絶している男の傍に膝をつき笛を拾い、周囲に事情を尋ねる蒼羅。
 なるほど人込みの中で痴漢か。
「判った。この男は連れていこう」
 目を醒まさないので担ぎ上げて。演奏を続けてくれと笛を返し、不埒者を発見してくれた事に礼を言う。
(こう無粋な者が紛れ込んでいると、持ってきた笛も吹く暇が無いな)
「さ、気を取り直して曲の続きいくよ」
 周囲の空気が醒めるのを惜しみ、蒼羅に不埒者は任せて演奏の続きを。皆に楽しんで欲しいからね。
 動きを交えて、途切れた音を忘れさせるように。笛を奏でながら浬はステップを踏む。

 寿々の登場に待ち構えていた男達が殺到する。
 何かあったらとカヅキが、護衛と悟られない距離を保ちながら付き添う。
 可愛い子を見て騒ぎ立てるのは、微笑ましく眺め。
 幼い寿々は、大きいお友達に可愛いと言われれば純粋に喜んでいる。
 安全への配慮は浄炎が傍に付く事で抑止力になっている。
 欲だけに忠実な輩も、彼に喧嘩を売ってまでという度胸はない。見るからに屈強。
 差し入れが出されれば預かり、危険がないか確認し。
 だが寿々が舞を始めると熱狂のあまり囲いが狭まり、一度箍が外れれば秩序も消える。
「喝っ!」
 いざとなれば崩震脚もやむを得ないかと思っていたが。ここまで狭まるとそれも危険。
 大地を打つ鋭い音で威圧し、その後に穏やかな声で自重を求める。

●最後は大祭音頭で
「天儀に来てやりたかったことのひとつ、達成です、にゃ」
 中心の櫓の上で太鼓を叩く主役はティエル・セシル(ib5921)。
 ドンドンカッカッと天儀のリズムを刻む。大祭音頭、単純なフレーズの繰り返しなので簡単に覚えられた。
 ティエルの刻む音に合わせて輪になった者達が動いているのが面白い。
「違うリズム叩いちゃダメ‥‥にゃよね?」
 反対側では華表と譲治が仲良く二人でひとつの太鼓を交代で叩いている。
 どちらも舞うような動きだが、個性が違っていて音もまるで微妙に違うかのようだ。

「で、ちゃんと財布の中身でおさまる程度の買い物だったんだろうな」
 やっと水奏と再会できた周太郎。半日結局離れ離れだ。
「さ、三冊だけでござりまする。周殿っ。気を取り直して大祭音頭を踊りませぬか?」
「話を逸ら‥‥まぁいっか。祭りもこれで終わるようだしな。どれ、踊りに混ざるか」
「そ、その昼間は申し訳ありませぬ。ついはしゃいでしまいまして」
 頬を掻く水奏の手を取って。
「で、音頭って振付も知らないんだが」
「村の方を手本にすれば良いかと思いまする」

「リエット、相手をしてくれないか?」
「う?うんっ!踊ろ踊ろ?」
「ありがとう」
 満面の笑顔で先に手を取ったのはリエット。その手を掲げて一礼を。
 男女で組んで踊る振付。身長差がむしろちょうどいいか。リアが男役のステップを踏んでエスコートする。

「お兄様、踊りのお相手していただけますか? 余り上手くはありませんが」
 劫光へ相手を願ってジプシー風のステップを踏むシータル。

 皆で踊れやの無礼講の最中。寿々と組めたのを幸いとそのまま騒ぎに紛れ抱え去ろうとする不埒な輩。
 浄炎もこの時は別の女性がしつこく絡まれていたのを仲裁していて。
 カヅキが動いた。
「おばあちゃんだからって高を括ってると痛い目みるわよ〜」
 さらりと奪還。不埒者を棍で軽く叩きのめし、寿々とその男を連れて社務所へ向かう。
 寿々も恐怖で涙目になっているので帰らせよう。不埒者はがっつりと説教でもしようか。

「ほら、まだ最後の踊りが残っていたぞ。一緒に行こう」
 あちこち回ってるうちに演舞に参加できる時間を過ぎてしまい、しょぼんとしていた青楼を連れて。
 舞とは違う動きに戸惑う青楼を鉄龍がしっかりとリードする。
 鉄龍に身を任せているだけで自然に踊りの形ができている。
「こういうのも楽しいですわ♪」
「久しぶりに良い息抜きが出来た、付き合ってくれてありがとな」
 そう言われてきょとんとする顔も、またいいか。余計な事は考えなくていいよ。

「一時だけでいいから、相手お願いできるかしら?」
 フラウに誘われて照れながらも踊りを組む村人。いやこんな異国の女性と踊れるなんて。
 光栄と張り切って踊る。後でしばらく自慢ができるな。

「こっちの踊りも面白いね〜♪こんな感じでいいんでしょ?」
 アムルタートも遠慮なしに村人達の中に突っ込んで。次々と相手を変えながら奔放に。
 見よう見真似って、リードするの逆なんだけど。村の男達が圧倒されている。

 夜更けまで篝火が尽きるまで、踊り続けて。解散してゆく人々。
 それを見送りながら。
「光華姫、祭りは楽しめましたか?」
 和奏は案内に歩いている事が多かったが。傍を離れるつもりがなかった光華。
 もっと構って欲しかったとその横顔が物語っているが。
 綺麗な簪を買って貰えたから、ありがとうと礼を言う。言い方はツンとしているが。

「何処行くんだ?」
 また単独行動しようとするリエットを抱えて。足をバタバタさせる姿に笑うリア。
「さ、一緒に帰るぞ」

 祭は、小さな波乱を含みながらも無事に終わった――。