【砂輝】暴虐の砂塵
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/09 00:17



■オープニング本文

●砂漠の戦士たち
 神託は正しかったな――。
 調度品の整えられた白い部屋の中、男は逞しい腕を組み、居並ぶ戦士たちを前に問いかける。男が多いが、女性も少なくは無い。
「さて、神託の続きはかの者らと共に道を歩めということだが‥‥」
 皆が顔を見合わせてざわつく。俺は構わないぜと誰かが言ったかと思えば、例え神託と言えども――と否定的な態度を見せる者も居た。お互いに意見を述べ合ううち、議論は加速する。諍いとは言わないが、各々プライドがあるのか納得する素振りが見えない。
 と、ここで先ほどの男が手を叩く。
「よし。皆の意見は解った。要は、彼らが信頼に足る戦士たちかどうか。そういうことだな?」
 一度反対した者はそう簡単には引かない、彼らも彼らなりに考えがあってのこと。であれば。
「ならば、信頼に足る証を見せれば良い‥‥そうだろう?」
 だったら話は早いと言わんばかり、戦士たちは口々に賛意を示した。男はそれを受けて立ち上がり、剣の鞘を取り上げて合議終了を宣言する。男の名はメヒ・ジェフゥティ。砂漠に生きる戦士たちの頭目だ。

●或る民の反応
 ただ砂塵だけが煙る。今日は風が強いようだ。
 遮蔽するものといえば砂丘。しかしそれも日々姿を変え、位置を移し。
 無数の星々の瞬き、同じ方向から昇り沈みゆく太陽。そして培われた経験が無ければ一定の目標へと至るのも難しい。
「そこへ異郷の者と共に赴けというのか‥‥?」
 足手纏いだとしか思えない。
 信託を受けたという神の巫女とも繋がりの薄い小氏族ネイガ。いやこの地に暮らしている以上繋がっていない訳などないのだが。
 好き勝手に流れ歩き、国家という体制も煩わしいものとしか思わない彼らにとって、やはり何か蜃気楼のような存在でもあった。
 日々新たに入ってくる情報、どちらかといえば閉鎖的な気質の彼らだが活発な交易を是とする営みの上で新たな大陸との接触という騒ぎはそれなりに変化を齎していた。
「いにしえの巨大船の話も絡んでくるとなると私達も無関心という訳にもいかないでしょう?」
「どんな商売の種に将来繋がるか判らない。時代の波に乗り遅れるというのも癪ですな」
 極彩色の高価な布をふんだんに巻きつけた年齢不詳の女。身に付けた大粒の宝飾品の数々からも、その態度から。
 この氏族の中では一際地位が高く扱われているのが知れる。そしてその名がネイガと呼ばれる事からも――。
 側近と思しき老商人がすかさず相槌を打つ。そしてさざめく追従の笑い。
 甘ったるい薫りの香木が焚かれた大きな天幕。
 彼らはペドウィンと呼ばれる砂漠の民の端くれである。定住する地を持たず、オアシスを結ぶ広大な砂の海に荷を動かし人を運び、糧を得ていた。

 メヒ・ジェフゥティの名で持ち込まれた依頼。だが彼も身体はひとつである。
 いにしえの巨大船の中を調べる等とアヤカシの巣窟になっているという噂も考えれば、手は多い方が良い。
 返り討ちに遭って誰も有益な情報を持ち帰る事ができなければ何の意味も齎さないのだから。
 それで腕に覚えのある者はできるだけ向かわせよと、しかし腕に覚えがあるだけでは過酷な砂の海を横切って船に辿り着けるかさえ危うい。
 ネイガの民も話に乗ってみないか――と。何、船の中まで同行する事はない。行きと帰りの案内だけできればいい。

「まぁね、何人かは出すけれど。あんた達の命と引き換えにするような話ではないわね」
 かといって協力しないのも後々あちこちの街での心証にも関わるから。そこそこ手伝っておけばいい。
 打算ではあるが、依頼には応えると返事を出した。
「他の人達も行ってるんでしょ。いい、私達が連れてくのは船の近くまでだけよ?」
 時間になっても戻って来ないようだったら。
 全滅したか。そうじゃなくても約束を守らない輩と付き合いなんてする気になれない。

●旅の道連れとなりて
 アヤカシが出れば全力で逃げるだけの実力と勘はある。だが正面から戦う程の技量はない。
 そんなネイガの水先案内人を付けられて、いにしえの船へと向かった開拓者達。
 彼らが心を許していないのは肌で感じる。そう同じアル=カマルの民だって氏族が違えば彼らには他人。
 旅から旅の一期一会の暮らしをしている彼らにとってはそれが処世術なのかもしれないが。
 過酷な灼熱を縫うように、朝と夕の過ごしやすい時間を選んで移動を繰り返し。
「案内はここまでだ」
 同行最後の野営。砂しかない地は日が沈めばあっという間に熱を奪われる。
 火を焚き囲み。
「朝までは俺達が見張っているから、お前達は寝ておけ」
「日が昇ったらその方向に向かえばいい。帰りは沈む方向。夜までには戻ってこいよ」
「夜明けまでは待っていてやるが。その後は知らんからな」
 といいながらも、念の為と目印になる星の配置を砂に棒切れで描き示す男。
 万が一、日が沈んでしまったら。星を見て戻って来い。
 空が雲に覆われる事は、滅多にないから。


■参加者一覧
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
西光寺 百合(ib2997
27歳・女・魔
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志
シヴェル・マクスウェル(ib6657
27歳・女・ジ


■リプレイ本文

「さて、いにしえの船と、天儀とやらのジンの力を拝ませて貰おうかな」
 次第に荒れ狂い始める風にも動じず、褐色の肌を嬲られるのも楽しそうに笑みを頬に湛えるシヴェル・マクスウェル(ib6657)。
 長き時に渡って打ち棄てられていた伝説をこの目でやっと拝めるだなんてね。
 着慣れたシャルワールがバタバタと過酷な環境で鍛え上げられた肉体を叩く。波乱を予兆させるそれもまた心を昂ぶらせ。
「ジン‥‥?」
「そちらでは志体持ちとかいったか?」
 彼女の隣を歩く千見寺 葎(ia5851)。小柄な黒い影。土地の気候に合わせ首から下をすっぽりと覆う単筒の外套に身を包み。
 頭から首までターバンを巻きつけて、更に眼鏡と。風貌からは誰だか区別が付かないような装束。
 燃える炎ような紅髪を無造作に抑えるように巻いただけのシヴェルは、やはり慣れているのだろう。
 上から降るような声に、前を見据えたまま答える葎。いや脇目を振れる程の余裕がこの度は無い。
 ともすれば変化の無い景色に方向感覚を失ってしまいそうだ。
「ええ、僕達の儀ではそう呼びます。ジンとは何か力強そうな韻を持つ言葉ですね」
「力、そうだな力か。腕っぷしだけとは限らないが、強く生きる為に自然がくれた力かな。魔人が与えてくれたなんて言い伝えもあるけどね」
 風と共に暮らすようなシヴェルみたいな者には特に重宝される力。共同体に属さず生きるジプシーは特に自分自身が資本。
 自由を謳歌する事は、縛られて生きるより厳しい。恵みより試練を多く齎すアル=カマルの自然。
 だが天儀には天儀の試練が、彼女の知らない何かを見て越えてきてるのだろうと、果敢に前を歩く二人を温かい眼差しで見やる。
 遥かな未知を目指して遠く空を越えてきた彼らに敬意を表して、任せるよと地元育ちのアヌビスはその歩みの先端を譲った。
 
 先頭を歩むは一行の中でも一際小柄なベルナデット東條(ib5223)。そして皆の盾にならんと守りの大剣を携えた雪切・透夜(ib0135)。
(熱砂の海もなかなか面白い‥‥)
 一面変わらぬ景色は故郷ジルベリアとも通じるような、全く異質のような。正反対でありながら既視感を覚える不思議な感覚。
 この暑さには参るが。水分を含まない熱気を帯びた風も地味に体力を奪ってくれる。
「水は惜しんだらいけないよ。残しておくのは大事だが、身体が無理を感じてから飲んでも遅いからな」
 シヴェルの言葉が心強い。予め知識では判っていても不安はある。体感でそれを知っている彼女の助言が選択を迷わせなかった。

 目的の船はいつ見えるか判らない。次第に強くなってゆく陽射しと風に休む頻度は上がる。
 幾度目の休憩になっただろうか。
「百合さん、これ預けといていいかな?」
「え‥‥?」
 千代田清顕(ia9802)がふと差し出した包みに、青いオアシスのような瞳を僅か戸惑いに揺らした西光寺 百合(ib2997)。
 目深に被った帽子の影になり、その揺れは清顕には見えなかったが。水を飲む為に解いた布の下に隠れていた美しい唇が映る。
「俺、落としちゃうかもしれないしさ。百合さんに預けておけば安心かなって、はは」
「‥‥そう、それなら私が預かっておくわ」
「っとと」
 百合の両手から溢れ零れ落ちそうになった包みを抑えようと、思わず手が重なってしまいお互いに慌てて離れる。
 何でもない事なのに彼が、彼女が相手だと変に意識してしまう。
「そ、その。俺が怪我したら優しく回復してくれると嬉しいね」
 誤魔化すように言って背を向けゴーグルと忍び頭巾で顔を覆い直す清顕に、ほっとする百合。
 何というか、彼とどんな距離を持っていいのか。ストレートな好意を示される事に悪い気はしないのだけれど。

(進む程にひどくなっていくわね、良くはならないのかしら)
 ずっと無言で歩んでいた茜ヶ原 ほとり(ia9204)が仮面の下で目を細める。
 その瞳は先頭を歩む義姉妹と誓い合った少女ベルナデットの背中を心配げに見つめ。
 欲を言うなら一歩先に未知の危険が溢れる場所で前を歩かせたくない。
 かといって弓が武器の自分が代わるのは皆に迷惑を掛けてしまうともどかしい想いで留まる。
 後ろから援護するのが自分の役目。異変の兆候を見逃すまいと目を凝らす。
「何とも酷い状況だな。皆はぐれるなよ」
 最後尾から掛かる清顕の声。轟と鳴る風が姿どころか声さえも消してしまうかのよう。
 すぐ前を歩いている百合の凛とした背中さえ見失いそうな暴れまわる砂塵。
「ここらは砂嵐が酷いな‥‥まるで人が近づくのを拒んでいるようだ‥‥なんて、詩人みたいかな」
 ヴェールを取り出して、顔をしっかりと覆うシヴェル。
 このぐらいで怖気づくようじゃ砂漠の民なんてやってられないよと、手強ければむしろ心は燃え立つ。


 乾いた砂とは異質なぐにゃりとした感触。粘土を踏むようなと思った時にはベルナデットの足は絡め取られていた。
 足袋を染む痛みを伴う濡れた感触。
「皆、下がって!」
 くぐもった叫びは届いただろうか。剣を抜いた透夜にもさわさわと蠢く砂が寄る。
(砂に擬態したアヤカシ‥‥ですか。それはまた厄介ですね)
 晴れていればまだ。そこかと振り降ろした剣が砂を叩く。風の流れに沿って蠢く奴ら、地に潜っているうちは判別し難い。
「シュラムの巣に踏み込んだってとこか。残念ながら、優雅な舞を披露とはいきそうにないな」
 両手に形の異なる短剣を独特の形に構えたシヴェル。足元に寄ってきた一匹に深く突き立てぐいと捻り、不敵な笑みを浮かべる。

 側面を受け持つほとりの右手側に味方は居ない。杖を手にした長身の影が距離を詰め、矢の餌食にならない位置に入った。
 オラース・カノーヴァ(ib0141)は合理的に動ける男だ、と思う。
 滑らかに会話上手、都会的な空気を纏わせた男で人見知りをするほとりには苦手な部類だが。そう、戦場では信頼できる。
(狙うより数を撃った方がいいわね、今は)
 そう頭が働くより先に第一手は放たれていた。
 意識を研ぎ澄ませば‥‥風の目を縫い間隙を貫く事も不可能ではないが。
 矢の雨を降らせば不意の位置に居るシュラムを貫き、奴らがそれを消化するまでの間目印となる。

 焙烙玉の炸裂する音。葎か。吹き飛ぶ砂塵と火薬の匂いに塊、シュラムも混じる。
 反対側でも。こちらは百合。ひらりと嵐の中を影絵のように舞う動きの後方を狙い。
 砂塵の影絵、大柄な獣のようにしなやかに跳躍するシヴェルは次々と場所を変える。
 晴間の余熱を含む熱砂と冷たいシュラムの感触。互いに敵を認識する前には脚を移していた。
(天儀ともジルベリアとも全然違う。出てくる敵も然り、戦い方も然り)
 ジプシーの流儀は軽妙迅速を是とする点ではシノビと近しくも感じられる。
「おっと!」
 複数の方向から同時に跳ねたシュラムを伏せてかわし。腹の下から強く突き上げる砂。
「なるほどね、そういう事か」
 刀を砂に潜らせるように突き立て身を翻す。引き抜いた刃が水に濡れたように砂がびっしりと付着して。
 時が経てばさらさらと落ちる。乾燥が速いのか、それともアヤカシの体液が瘴気と還ったのか。
 身を隠す陰も無き場所で、刃の短き武器を手に踊るように位置を変え続けて戦うというのは、倣う点がある。
 砂が――邪魔だ。
「シヴェルさん、あまり隊から離れないでくれよ!」
「わかってるさ。それよりおまえは魔術師さんとやらを守ってくれ、そっちまで手が回らないよ」
 ホーリーアローを駆使して着実に仕留める百合だが、地中から複数同時に懐へ入られては。
 砂漠の戦士のような動きを役割の全く違う彼女に求められない。任せろと清顕が駆ける。
 逆にシヴェルは群れを守るような集団での戦い方では育っていない。
(これから覚えるさ、必要なら。だから今は慣れたやり方でやらせて貰うよ、それが一番だろうから)

 突如として嵐が終わり、カッと射す眩しい太陽。
「これはまた‥‥」
「砂嵐の中で襲われなかったのは、不幸中の幸いというべきかな」
 肩を竦めるオラース。立ちはだかる人の上半身を象ったような巨大な砂。顔の中央に鈍く輝く紅。
 こんなとこにもゴーレム、か。
「ベルちゃん、下がって!」
 振り上げられた腕の届く距離に大事な人が、ほとりの顔色が変わる。
 とっさに翳した鉄傘に激しい衝撃。転がるように逃れるベルナデット。
「砂の化物め‥‥こんなのが出るなんて聞いてないけどね」
「行って。私も撃つわ、間違って当たっても害はないから安心してね」
 後で案内人に文句言わないととおどける清顕にくすっと笑い返す百合。
 オラースが掲げた杖先から迸る氷雪の嵐がその進路を別世界へと変える。
 微かな冷気の余波を感じながら懐に飛び込み牽制する透夜。
(あの時――)
 脳裏によぎる冬の雪山で戦ったアイスゴーレム、そしてフローズンジェル。特性は異なるが状況はとても似ている。
「顔の中央にあるアレが核ならば、それを狙えば‥‥」
 一撃は重いが、二本の腕が武器。と、身体を構成していた砂が滝のように降り注ぐ。
 砂といえども圧倒的な量と怒涛の勢い。だがとっさに身構えた透夜は衝撃に耐える。木靴が深く砂に沈む。
 その間もシュラムの奇襲は続き、デザートゴーレムへ攻撃を集中する事を阻んでいた。
「シュラムの牽制は僕が」
「悪いね」
 火遁、水遁と手を変え、火の方がまだ効率がいいと踏んだ葎。
 ヴォトカを振り撒くのも試したが。奴らは身体自体に水を含み触れた存在を取り込む性質を持っている為、引火の材料としてはいまいちだった。
 苦無で確実に仕留めつつ、寄らば焼き落とす。水分を奪うより先に、生命となった瘴気を飛散させて砂と水、ただの物質に還る。
 葎と入れ替わるように前へ出た清顕。呼吸を感じさせぬ奔走に継ぐ奔走。降り注がれる砂を潜り、刃を浴びせ。
 深く切った手応え、だがその傷は新たな砂が吸い込まれるように塞がれる。
 態勢を整えなおしたベルナデットはほとりと協力してシュラムの相手。
 耳を裂くような空気の乱れ。戦い続ける彼らを囲むように発生した無数の竜巻が膨大な砂を天上へと巻き上げる。
 中に混じる塊は全部シュラムか。ぞっとする程の数が吹き飛ばされ地に叩きつけられてゆく。
「なんだい、まさかこいつみたいのが大量になんて言わないよな」
 百合の治療を受ける為に一度退いたシヴェルが呆れた声を。その声には震えもなく。
「今のは俺の術だ。心配は要らないよ」
 祈りに集中していた瞳を開き、人好きのする笑みをクーフィーヤの下で浮かべるオラース。
「これが‥‥とんでもない術を使うんだな魔術師ってのは」
 やるじゃないか、これは一緒に戦うのも楽しいねえ。勇ましい笑いを残して再び前線に復帰するシヴェル。

 着実に攻撃に姿勢が低くなった時を狙って核を狙う透夜。
 狙いが清顕に向けば、大剣にオーラを纏わせ撃ち放つ。
「余所見なんてさせませんよ。相手は僕です」
 後衛達の援護攻撃を受けられるように巧みに位置を誘導しながら。二人が直線上から離れれば術が飛ぶ。
(大分、ダメージは与えられ――逃げる気ですか!)
 暴虐を振るいながら砂に埋もれるように沈んでゆくゴーレム。これを逃せば後に遭遇する者が厄介だ。
 清顕が一歩早かった。捨て身を承知で腕を踏み一気に駆け上がり、忍刀を怪しく光る紅へと突き立てる。
 断末魔の攻撃を浴びながら深く深く抉り込み。
「大事な物は慎み深く隠しとくもんだよ、砂の化物さん」
 巨大な腕に引き剥がされ、どさりと砂の上に投げ出される。
 同時に透夜のオーラショットが既に鈍く消えかけていた核を貫いた。

 後は一帯に残るシュラムを排除するだけであった。
「お義姉ちゃん、もう大丈夫だってば」
 傷を手当てするほとりを言葉では止めながらも、表情は嬉しそうなベルナデット。
「きちんと手当てしないと体調を崩したら困るわ」
 先に百合の術を受けてもう回復しているのだが。それでも心配でたまらないのだろう。

 限界まで疲弊しながらも丸薬を飲み、傷ついた者全員に術を施す百合。
 歩くと言って渋る清顕を押し止め。
「もう少し休まないと‥‥」
 困ったような表情を浮かべている。

「あれがサンドシップですか」
 砂丘に埋もれるように朽ちかけた大きな人工物。これ以上近付く余力は無い。
 それはまた別の機会だ。姿は見えぬが巣食うアヤカシ達は周辺の比ではないのだろう。
 葎の横にはシヴェル。あくまで伝承だけど、と砂の上を奔る様子を夢見がちに彼女に語る。
 同じ時を過ごして、気分は既に同胞。すっかりと打ち解けて饒舌になっていた。
「おまえたちと一緒に乗ってみたいな。さぞかし爽快だろう」
「ええ、気持ちいいでしょうね」


 帰路もまたシュラムの襲撃に遭い。砂嵐に妨害され。沈む太陽には追いつけなかった。
「さあ、彼らが太陽にご挨拶する前に間に合わせないとな」
 容赦なく砂漠から退却する熱気。時間と共に空気は肌寒く。
 用意した外套に身を包み、松明に火を灯し。
「あれがネイガの人が言っていた目印の星だね」
 ベルナデットが指差した先に瞬く無数の星々。その中に見つけた並び。
「時期によって方向が違うらしいけどね。ペドウィンはそういうの詳しいから間違いないだろう」
 シヴェルが頷く。気ままなジプシーはむしろ動きに物語を見出すが。あれは何て名前だったかな。
「急いで帰るよ。商売を生業にしてるだけあって約束は確実に守ってくれるが、違えば冷たいからね」

 合流できたのは真夜中だった。起きていた見張りが熱い抱擁で迎えてくれる。
「夜が明けたら予定通り出発する。ちゃんと寝ておけよ」
 それだけ言うとまた外套に包まり、闇夜の砂漠を見つめ。
 口数の少ない彼らと交流を結ぶのは、どこかの集落に落ち着いてからだろうか。

 別れの前に、宴という訳でもなく‥‥ただ別々に食事をする理由もないからとだけ。
 集落の傍に建てられた天幕に開拓者達は招かれる。
 改めてネイガの民に自己紹介を済ませ。行程の前にはもう会わぬかもしれぬからと聞く耳も無かった彼らだが。
 彼らの土地でアヤカシを倒し苦難を乗り越えてきた今は、言葉は少なだが受け入れてくれてる空気を感じた。
 同じ壷から注いだ蜜の味がする飲み物を舐めながら、アル=カマルの文化を聞き天儀の話をし、ジルベリアの話をし。
「もしよろしければ絵のモデルになってくれませんか?」
 透夜の申し出に困惑しながらも、別に改まる必要もなく自然にしていればいいと言われて承諾。
「何やってんの?へぇ、私で良ければ何枚でもいいわよ?さぞかし値打ちが出るように描いてね、坊や」
 しなだれ絡んでくるネイガに、あの離れてくれないと描けませんからと辟易しつつ。
 進呈した一枚には満足してくれたようだ。

(お互いに知る事から第一歩。人と人を繋げるのも、僕の目指すべき騎士の役割ですよ――)