【負炎】義よ届き給え
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/19 22:12



■オープニング本文

 血や汗に汚れ破れ綻び、男も女も戦う中で、衣類は需要があるであろう。
 売り物や古着を集めて、理穴で頑張る者達の援助とならないだろうか。
「この有事にわたくしめも何かお手伝いできないかと。できる事といえばこのぐらいでございまして」
 反物を商うその商人は、戦う者達の為に何かできないかと駆け回った。仲間の商人に声を掛け、職人達の協力を仰ぎ、皆の心意気によって支援物資の調達は整った。
 肝心の問題は理穴国内の輸送であった。
 アヤカシが跋扈し、輸送路がズタズタにされている現状。衣類に限らず、全ての物資が不足している。かの地に大軍が襲来して以来、無事に届ける事が非常に難しくなっているのだ。
 護衛の同行が必須となり、開拓者へのその手の依頼も急増していた。

 これも、そのひとつである。

 一台の大八車に山と積まれた‥‥『褌』
 明るい陽射しに輝く白が眩しい。ちらほらと彩り豊かな褌も数は少ないが混じっている。
 中には斬新な意匠に凝ったあげく誰にも受け入れられなかった売れ残りも‥‥誰が使うというのか。
 何かと他の用途にも流用できそうな『さらし』も一緒に積まれている。怪我人の手当てに布の類はあればあるだけ役に立つだろう。
 それにしても、極彩色に彩られたけばけばしい褌とか、もふらさまが呑気に草原に転がる刺繍を施した褌とか、誰が考えたのであろう。赤褌かと思えば全面に細かく薔薇の刺繍が施されていたり‥‥。
「懇意にしてる褌職人が一番協力的でございまして、数が揃いました。下着は一番肌に触れて汚れやすい物でございますからね、あって困るという事はないでしょう」
 良識が少し心を咎めてるのか、斬新な意匠の品は目に入らないように視線を他へ向ける。
 もう一台には単衣や袴等、安価で手に入る衣類が同じように山と積まれている。

「車を引く者は志願してくれました。戦いはできないが肝は据わった者達ですので」
 筋骨隆々とし、志体があれば立派な開拓者となってたであろう男が二人紹介された。
 何故か白褌一丁である。普段も車を引いて走り回ってるのか、よく日焼けしている。
「おう、車さ引いて走るにはこの格好が一番いいんでさあ」
「おなごや生っちろい奴なら車に乗って構わんぞ。俺らが引っ張ってやらあ」
「ただアヤカシは御免だな。俺らにゃ何もできねえ」
「よろしく頼むな」
 ニカッと笑った男の白い歯が褌と同じように陽射しに輝いた。


■参加者一覧
幸乃(ia0035
22歳・女・巫
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
クロウ(ia1278
15歳・男・陰
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ
荒井一徹(ia4274
21歳・男・サ


■リプレイ本文

●褌輸送隊出発
「男もんの下着の山‥‥あんまり色気あらへんなぁ」
 気乗りのしない言葉の割には戦地へ物資を届けるという使命感が胸に湧いている琴月・志乃(ia3253)。自分達の届けた褌で勝敗が決まる、そう考えてみるのも粋だ。
「なんたって‥‥倅を守る最後の砦やしな‥‥」
「そうだな緑茂の里が落ちてしまっては大変な事になる。この善意、しっかり届けねぇとな」
 小耳に入った独り言を微妙に聞き違いをした荒井一徹(ia4274)が、こちらは最初からアヤカシとの戦闘を楽しみに胸を躍らせている。
「別に女でも褌は着けるですよ〜」
「全部が男物とは限らないでござる」
 王禄丸(ia1236)の提案で目立つ色合いの衣類はなるべく中に隠すようにと、積荷を一度解き品を選り分けて積み直すカンタータ(ia0489)と四方山 連徳(ia1719)。
 次から次と出てくる奇抜な褌にクロウ(ia1278)は目を丸くする。
「こんだけあるとなんかすごいよねぇ‥‥うわぁ、そんな物もあるんだなぁ」
 驚きを通り越して感心というところか。こんな意匠の物を誰が身につけるのかという品もあるが、そこは深く考えてはいけない。派手派手な褌一丁の野郎を想像しても何も嬉しくない。子供向けの絵柄の可愛い熊さん褌まである‥‥これも人をかなり選ぶ気がする、身に着けるのが子供じゃないとしたら。

 さて出発の準備は整い二台の大八車を囲むように歩く一行。
 先頭には威風堂々たる体格の王禄丸。2mを超える大男は、開拓者の面々の中でも一際目を引く。どちらかといえば小柄な幸乃(ia0035)やカンタータが並べばまるで子供のような背丈に見えてしまう。辺りを警戒するように睨みながら一行を先導し、大股に歩を進める。
「お言葉に甘えて失礼させて戴くわ」
 その小柄な二人は車上の人だ。ふかふかの衣類の山は、綿座布団を積み込んだ輿に乗ったような気分で心地が良いかもしれない。生活資金が無いから‥‥と褌運びという言葉に捉われず引き受けた幸乃、できれば疲れないほうがありがたい。もちろん任務だ、後方の監視は忘れない。
「フンドーシな人力車ですね〜」
 褌の山に埋まるようにして脚を伸ばしたカンタータ。いざとなれば褌を括り付けた荷縄に掴まって立ち高所からの監視も可能であろう。
 モヤシ扱いで問答無用で放り投げられるのではないかと屈強な引き手からちょっと身を引いていたクロウだが、積極的に女性陣が乗り込んだのでそのような事態は起こらなかった。蒼白く華奢に見えるが上背は割とある。ガリガリに痩せてるといっても、見かけよりは体力もあるから長時間の行軍で倒れる事はないだろう。
「拙者も大八車に‥‥は無理でござるよな」
 もう一人の女性陣‥‥引き手の側を歩く重量級の甲冑に身を固めた連徳が振り返り、ちょっと羨ましげに車上を眺める。さすがに大の男一人分の重さを誇る装備である。これがドスンと後ろに載れば、二輪の軸である、いかに屈強な引き手といえども下手したら足が浮いてしまうのではないか。
 身軽な皮鎧に身を包んだ秦拳士、樹邑 鴻(ia0483)は後方からの奇襲を防ぐべく警戒する。

 見晴らしの良い平原に続く道に散乱する破壊された木材。風化しきっていない乱れた足跡。
 さすがに死体こそ放置されていないが、何やらここで先に襲撃があったのは明確である。
「嫌な感じだなぁ〜このまま進むのか?」
「このまま行くのが一番近いんだが‥‥少し遠回りにはなるが、林の合間を抜ける他の道もある」
 引き手が太い眉根を寄せる。
「可能ならそちらの方が良いな‥‥。少しでも身を隠せた方が」

●混成軍団襲撃
 林が途切れ途切れに続く、道の周囲は開けているが見通しのあまり宜しくない地域。迂回路といえども、予定していた道とは条件はあまり変わらない。警戒する王禄丸の目に蠢く大量の生命体の気配が映る。ここまで平穏に来たと思ったが、どうやら集団化して新たなる獲物を待ち構えていたようだ。八人ではあまり広い防衛陣は組めない。林を抜けて後方に回られた分はそちらで撃退するしかないか。
「来るぞ‥‥数は‥‥最低三倍か」
 警告を発した王禄丸が、長槍を両手に身構え、戦いやすいように大八車から少し距離を取る。白兵戦に巻き込まれないよう少し後ろに式神人形を手にしたクロウが立つ。
 引き手の側に待機する連徳。幸乃とカンタータは引き手が手を離す前に車上から滑り降りて後方を警戒する。その前には守り手の鴻が構える。
「今更引き返しても、そっちには居ないとは限らないよなあ」
「走り抜けたとしても、きっとそのまま追ってくるで」
 左右に構える一徹と志乃が、大八車を背に数歩離れ、仲間達との間合いを確認する。

 錆びた刀や槍等を手にボロボロになった衣に肋骨が透ける狂骨。隆々とした体格に棍棒を手にした鬼。奇声を上げて手斧を振りかざす小鬼。特に指揮する大物もいない烏合の衆と見えるが、雑魚といえども数の差が圧倒している。アヤカシの大軍勢が理穴に寄り集まっているだけあって、人里を離れた場所に跋扈する遊軍の数も並ではない。優勢を利用して囲むようにして獲物にありつこうと迫る。

「褌満載の大八車を襲うとは‥‥お前等も物好きだな」
 鴻は刀を振り下ろす狂骨の肘を叩き折り幻惑するように身を沈め、次の瞬間には別の鬼の懐へと飛び込む。的確な打撃を与えながら、敵の足止めを最優先して目標を切り替えてゆく。
「バインドシ〜ル」
 カンタータも呪縛符で足止めし、手裏剣で敵を撹乱する。
「樹邑さん、後ろ!」
 味方の声に振り返る事なく後ろ蹴りを入れる。胸に強打を喰らった小鬼が倒れたところに剣を抜いたカンタータがトドメを刺す。後衛とは言ってられないくらい敵が迫っている。ショートソードを手に自分への攻撃をかろうじて防ぎながら、陰陽の術で確実に相手の体力と動きを奪ってゆく。
 サポートで動きが楽になった鴻が着実にアヤカシを破壊し、大八車へ近寄る事を許さない。
「抜けさせるものかよ。こっちにも意地ってモンがあるからな!」

 押し寄せるアヤカシの群れ。混戦の最中。
 小柄な小鬼が三体、乱戦の合間をすり抜けるように手斧を持って大八車へと迫った。徒手徒拳の引き手が両の拳を固めて顔を強張らせる。気丈に足を踏み締め身構えてはいるが、その頑丈な筋肉に包まれた背中を冷たい汗が伝う。
「おっちゃんは絶対守るでござるよ」
 引き手を庇うように前へ踏み出た連徳は腕に括り付けられた盾で手斧を柄ごと弾き飛ばし、至近距離から斬撃符を無防備な腹に叩き込む。小鬼の顔が大きく歪み腹から胸にかけて深く切り裂かれた無数の傷口から飛散する血が連徳の鎧を濡らす。
 残り二体の攻撃も鎧で受け止める形となったが、耳に痛い金属音でひとつは弾かれたようだ。しかし、隙間に命中した一撃が脇腹に熱い痛みを伝える。だが力の弱い小鬼、命中したところでたいした傷ではない。引き手の勇敢な体当たりで、その一体は連徳の背後から一瞬だけ離される。
 危機を見取った幸乃が外套を翻して飛び込み、再び振り下ろされようとした手斧を杖と盾を使って受け流す。二人の開拓者の激しい動きに長い黒髪が揺れ舞う。
 態勢を立て直した連徳が先ほどの体当たりの余勢で膝をついた男を襲おうとしていた小鬼の背中を式で切り裂く。手斧の軌跡は逸れ、肩の肉を削がれた引き手が苦痛に歯を食いしばる。
 自分に群がる狂骨を叩き散らし牽制した鴻が遠方から援護の気功波を放つ。動けない男の脳天を叩き割ろうと腕を振り上げた小鬼に命中し、大八車の側から吹き飛ばされるように倒れる。
「そうは問屋が卸さない‥‥ってな!」
 迫る敵を足払いで退け、横目で成果を確認した鴻は向き直り別のアヤカシに躍り掛かる。
 残る一体を連徳と幸乃が相手する間に仲間の引き手が負傷した男を大八車の陰に引っ張った。いかに普段男らしさを誇ろうとも、情けないがこの状況では一般人は隠れるぐらいしか足手まといにならない方法はないようだ。
 ようやく二体一となり連徳と幸乃の攻撃により、残る一体も倒れる。
 小鬼に放った吸心符で脇腹の傷を癒した連徳が血に塗れた甲冑姿で威嚇するように立つ。指に挟んだ符はいつでも式を放てるように。思わぬ乱戦に疲弊したが気力は衰えていない。幸乃がその間に引き手に駆け寄り手当てを施す。精霊の力が輝き、男の表情が苦痛から解放される。
「すまねぇな、足を引っ張っちまって‥‥」
「ここに居て隠れていて。アヤカシは私達が撃退する」
 杖を護身用に手渡し、背に用意していた弓に持ち替え、前衛がどうにか防いでいるアヤカシ達を見据える。構えた両の手首に群青色の腕輪が煌めく。

「アヤカシ共、こっちへ来やがれ!俺が相手したるわあ!」
 背丈よりも長く、鎧ほどの重さもある長槍を振り回す志乃が雄叫びを上げる。その声に威嚇の唸りを上げたアヤカシ達が殺到する。
「きっついが‥‥気合入れてやったるで」
 総鉄の長柄で狂骨の喉笛を叩き割り、側面から迫る鬼を勢いのまま鋭い穂先で貫いて、蹴倒して引き抜く。槍を構え直す暇もなく次々と敵が攻撃してくる。
 熟練の前衛陣だけあり、同時に来る攻撃もいなしているが、数を減らすのは一体ずつ。混戦故に味方の位置も変わり、巻き込みかねないような術も使い難い。

「さぁ!次はどいつだ!さっさとかかってきな!」
 左手に構えた波打つ剣が深い手応えで鬼の身体を切り裂く。仰け反った喉笛を刀の切っ先が狙う。脇から寄ってきた狂骨の槍を肩当で受け、一徹はアヤカシ数体を同時に相手しながら暴れ回る。
 志乃に攻撃が集中した反対側を援護しに行きたいが、間に大八車という障害がある。王禄丸が援護に向かったようだ。
接近戦をそれほど得意としないクロウだけでは前方を持ち堪えられない。着実に受け持ちのアヤカシを倒しながら、徐々に移動してゆく。

「いけっ!」
 烏の姿を模した式神人形から分身するかのように同じ姿をした白い式が鬼へと襲い掛かる。狂骨には黒い烏を。脚の骨を啄ばむように砕き、クロウの元へと羽ばたく。
「このっ、あっちいけ!」
 大八車の右翼へと重心を移動した王禄丸の隙を突くように迫った鬼を相手に人形の代わりに賊刀を構えたクロウが奮戦する。左翼を蹴散らし、疾風のように飛び込んだ一徹の刀が間に合い、倒す。
 それを確認した王禄丸が長槍を振り回し、志乃を囲む群れへと走る。鬼と遜色ない体格の大男が叩き付ける総鉄の槍に進路を阻む狂骨が砕かれる。次々とアヤカシが槍の餌食となり倒れてゆく。

「ちょっと進んでから一息つくか‥‥」
 数えるのも嫌になりそうなアヤカシの亡骸が散乱する戦場。ひどい有様だ。邪魔になりそうな亡骸だけ、道から排除する。激しい戦いに身体は疲弊していたが、気を引き締めて歩を進める。前方に別の林が見え、少しは目立たない場所で休めそうだ。警戒を怠らず王禄丸が隠れたアヤカシが居ないか気配を探知する。
 そう強くもないアヤカシとはいえ一番数を引き受ける事になった志乃がぐったりと背中を木の幹に預ける。

「おっちゃん、おっちゃん‥‥陰陽寮で仕入れたいい滋養強壮剤があるけど良かったら飲むでござるか?」
 懐から竹筒を取り出した連徳が場を和ませるような笑顔で勧める。血塗れ姿で勧められると何とも怪しい光景ではあるが。中身はれっきとした符水である。
「いや俺達より、そっちの方が戦って疲れているだろう。遠慮しとくよ」
 大八車の前に胡坐をかいて汗を拭う男達が白い歯を見せて笑う。肝が冷えて強張った顔も、今は気色を取り戻している。肩に傷を負った男もさきほど幸乃に手当てして貰ったお陰で痕も残らず完治している。ぐいと腕を上げて感触を確かめて、精霊の力を操る巫女の術に感嘆している。腋を広げるとかなり汗臭いのはご愛嬌、命の危険に晒された緊張で嫌な臭いの汗が滲んだ。しかしそう簡単には落ちない開拓者が浴びた血臭の方がよっぽど濃い異臭なので誰も気にはならない。
「川でもあれば水で洗い流すのでござるが‥‥これは里に着いたら手入れをしないとダメでござるな」
 血糊や脂の付いた刃と同様に全身に浴びたアヤカシの血飛沫を積荷のさらしを拝借して拭い取るが、乾いた布ではこびりついた擦り跡がどうしても残る。綺麗にしたところでまだ道中は残ってるから、この程度拭えば充分だろう。

●褌輸送隊到着
 その後は無事、緑茂の里までの道中は順調に進んだ。
「ああ、そうだ。欲しい物があったら持っていけよ。あれだけ働いて貰ったんだ、好きなの持っていっていいぞ」
「フンドーシ〜」
 何か精霊の加護が施された逸品が紛れ込んでやしないかと荷を漁るカンタータ。黙々と牛をあしらった意匠はないかとこだわりの物色をする王禄丸。嬉々として白地に草原に寝転ぶもふらさまの刺繍をあしらった牧歌的な褌を広げているのは連徳だ。
「いや、俺は結構‥‥」
 一徹はさりげなく視線を逸らす。確かに褌は愛用しているが、奇抜な物を身に着けるのはどうか‥‥。
「う〜ん、逸品は無いですけど、これは少しは丈夫そうですかね〜」
 カンタータが選んだのは赤地に金糸で五紡星をあしらった褌。陰陽師っぽいといえばそうだが、いかにも怪しい。
 白地に墨で染め抜いた牛の角が両端に描かれた褌。意匠としては印象が弱く少々落胆したが、無難な線で王禄丸はこれを受領する。
「これを戴いて良いかな?ありがたく頂戴する」

「支援物資隊、ただいま到着〜」
 里に見える人影に手を振るクロウの空色の髪が揺れに任せて舞う。
 途切れがちだった補給路を強行突破してきた開拓者の姿が、里で戦支度をする者達を喜ばす。先の合戦で重傷を負った者もあり、救護に使える布はすぐさま運び込まれる。
 褌は?きっと‥‥役に立つ事でしょう。最前線で戦う者達の為に。