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■オープニング本文 天儀は東にある東房の国。国土の約三分の二を魔の森に覆われ、今や冥越の後を追いそうに滅亡の危機と隣り合わせの土地である。 国の財政は寄進に頼る部分が多く占め、大規模な討伐もままならぬ。 だが‥‥指を咥えて滅びへと時が刻まれるのも見ている訳にはいかない。 時には開拓者ギルドからの有志による小さな調査団も、散発的ではあるものの送り込まれ。 魔の森片鱗部へ今回も送り込まれた僅かな開拓者。アヤカシを研究する学者も連れてのものなので、無理はできず。 とてもじゃないが中までは踏み込めない。そこまでは募集の際にも要求はされなかった。身の安全を処すのを第一義とし。 あくまでも、現状の偵察である。彼らが見たものは――。 「巨大な蟻塚‥‥?」 数々の情報が蓄積する開拓者ギルドの総本部にあたる神楽の都に据えられた建造物。 奥まった一室の机に埃臭い資料が山と積まれ。報告書を検討する者達。 「蟻に似たアヤカシって何か有名なのが居た気がするんだが‥‥」 「若いもんは知らぬかの。冥越に現れたじゃろうが‥‥ひどい大物が。それほどに昔の話じゃないぞ」 「あ‥‥当時の記録ってあるんすか!?」 老職員の視線がついと動いて、今扉より資料を抱えて入ってきた小さな娘の姿を捉えて留まる。 「彩堂殿」 「はいですのね。何でしょう?」 ギルド職員の羽織も板に付いてきた。青く長い髪を揺らして首を傾げる彩堂 魅麻。 元々は開拓者としてギルドに登録していたのだが、家人の反対を押し切る事ができず別の道を選んだ。 見た目は幼いが、こう見えても歳は十八を数えている。外で実際にアヤカシと対峙していた時は更に幼かったが見た目はその頃より変わっていない。 「もう随分と書庫に眠る文献の目録作りに取り組んでいたのじゃったな」 優しい祖父のような瞳で彼女を見る老職員。 窓口業務も時にこなしながら、陰でのこつこつとした地味な働きも厭わない魅麻に好感を抱いていた。 人から見える場所ではないので、労われる事も少ないが。 誰かがやらなければならないけれど、忙しさに紛れ後回しにされがちな。 「山喰に関する資料のまとめは進んでいたかな」 山喰――ヤマクライ――その名が資料の中で正式な呼び名と決まったのはいつの頃であろうか。 人の目に触れた歴史はかなり遡る。現王朝が成立し、数々の整備が始まる前については何も残されていない。 ただ風説のみが語り伝えられるのみ。 自然の生物の姿を象ったアヤカシは無数に存在し。蟻に似た姿を持つモノもさして特異ではない。 だがソレが人々に絶望的な脅威を与えたのは――尋常ならぬ群れを無限かのごとく産み出し続けたからである。 それら同族を統べる女王蟻と言ってもよい存在を呼ぶ名称でもあるが、大アヤカシ山喰の眷属全てを総じて呼ぶ名称でもある。 近代で唯一資料が残されているのが冥越が絶望視されて放棄された時期に目撃されたもの。 それは。軍隊と呼ぶに相応しい規模であった。文字通り山を喰らい尽くさんばかりに侵攻する巨大蟻の群れ。 鋼鉄に匹敵する外殻。地形の難を物ともせず、強靭な顎で全てを破壊に導く。 一体一体が、武器を構えた志体持ちと匹敵する強さを持ち。個体差はあるものの、黒く不気味な波は蹂躙の限りを尽くした。 彼らが通った後には、ありとあらゆる生命が消え去り。再生するものといえば瘴気に侵された植物のみであった。 不幸にも進路になった集落は、その廃墟すら残されていない。 冥越からの完全撤退から、それ以降の大規模な侵攻は無かったが。彼らは滅ぼされた訳ではない。 いつかは再び人々の存続を脅かしにやってくる――。 「その後の資料は少ないのじゃな」 「はい。現れたとしても単独、群れとして目撃された事は近年無いですのね」 上級、または中級と目される指揮官相当のアヤカシは冥越での激戦で深い傷を負って逃走している。 大アヤカシはその背後に鎮座していたと憶測されるが、直接の交戦記録は無い。 おそらくは今も着々と広がり続ける魔の森の奥深くで、充分な養分を得ながら眷属を産み出し続けているのであろう。 「奴の回復が完全に済んだという事は‥‥」 仮に凶鎧蟻と呼ぶ、当時の侵略を指揮していたアヤカシ。 ひときわ大きく他の兵隊蟻と比べて、そう例えるなら先のジルベリアの大戦で現れた巨神機と通常の駆鎧の差くらい。 「考えられますのね。でも憶測の域を超えるだけの材もございませんの」 「じゃな。アレが再び組織的な攻撃を加えてくるとなると‥‥しかしその先触れとも考慮せねばなるまい」 「調査は出すべきですな」 情報はまだ少ない。今回発見された蟻塚がどの程度の規模なものか。 「しかし魔の森か‥‥」 依頼として今回開拓者に提示されたのは、蟻塚の調査及び生息アヤカシの詳細についてである。 根本的な退治については、様子を見て可能ならという範囲。交戦はやむを得ない範囲で良い。 下手に巣を突付いて藪蛇の事態を引き起こしても、という憂慮もある。 そのような事態になった時対処できるような体力は――現在の東房にはない。 「ギルドからも誰か一人同行させたいところだが」 「調査でしたら、私が行きますのね。腕の立つ方は他の有事に備えて戴いた方が」 「確かに調査だけであるが、危険じゃぞ?」 「それは承知の上です。開拓者と一緒でしたら心配ありませんの」 魅麻の目には自信がある。今まで数々の開拓者を危険な地へと見送り、その笑顔が戻ってくる事への信頼。 「では依頼書を用意しますのね」 |
■参加者一覧
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰 |
■リプレイ本文 精霊門を抜け、訪れた東房の国。 都を離れると途端に閑散とし、目的地が近付くに連れ景色は荒野へと変わっていった。 既に視界には巨大な魔の森の片鱗が映っている。北の冥越より侵食が進み既に打ち棄てられた土地。 「風‥‥吹いてるね。そのアヤカシって匂いは判るのかな?」 龍水仙 凪沙(ib5119)が傾げた首と共に柔らかな桃色の長い耳がするりと髪の上を滑る。 「記録にはその辺について書いてる物は無かったな。判るものと警戒して動こうか」 時間の許す限りではあるが、ギルドに蓄えられた資料に目を通してきた羅喉丸(ia0347)。 「普通のアリさんについて研究した書物がないか探してみたのですが。そうですね私が読んだのは嗅覚と触覚が発達しているのだとか」 手に取った物にたまたま書かれていただけなので、その学者の独自の説かもしれないが。 何かの参考になるかと思って、と予め神楽の都にある大きな図書館まで行って調べてきた和奏(ia8807)。 彼も羅喉丸と一緒に魅麻が整理した文献で予習してきたのだが。 はっきり判ったのは個体毎に千差万別という事。 同じ種類同士で固まって行動する習性はあるが、強力な個体が指揮していた時はそれが複数連携している場合もあった。 眷属以外のアヤカシと同時に攻めてきた事はあっても混成で動いた例はない。 「一種類だけだといいんですけどね」 ギルドで所有する一番最新の地図を写してきたが、地形は既に変わっている。 魔の森は今も広がり続けているようだ。だいたいこの辺りだろうという参考にしかならない。 羅喉丸が用意した方位を示す磁石も森が近くなると、ゆっくりと回り出して役に立たない有様。 何もかもが歪んでしまった土地――。 「蟻塚がひとつだけなら、まだそれ程大事にはならないのでしょうけど」 懸念に顔を曇らせる静月千歳(ia0048)。先の調査でそこまで見て来れなかったのは惜しい。 あるかないかも判らない物も考えに入れておかねばならぬのだから、慎重を要する。 そして一種類で済まないのも覚悟はしておくべきと。もしも複数あるのなら。 「ありんこ あたまいい! ろうざ かくす おかし! いつも ありだらけ!」 「そうですね。ちょっと置いておいただけで‥‥蟻との知恵比べは大変」 思い出した出来事を大きな身振りを加えて悔しげに話すロウザ(ia1065)と相槌を打って微笑むレティシア(ib4475)。 「そうなったらお菓子は処分するしかなくて悲しいです」 「すてる もったいない だから ありごと たべた!」 どうだ頭いいだろうと満面の笑顔。レティシアの表情が一瞬だけ固まる。 「彩堂さん、蟻って食べられる種類も居るのですか?」 突然話を振られて、魅麻も困った顔をする。いつも書物に埋もれている人だから知っててもおかしくないかなと思ったのだが。 魅麻の事は書物萌えの先輩として親しみの篭った認識をしている彼女。今日も懐には戯曲集を携えていた。 「みーまと依頼に出るのも初めてですけれど」 妙に何だか馴染みのある顔ぶれが多いですねと仲間の姿を眺める趙 彩虹(ia8292)。 自らが率いる小隊『虎威隊』の隊員がこうも顔を揃えているとは。 「ホンちゃんが一緒なら安心して集中できるよ。ね、おねぇ」 傍らを歩く無口な少女、茜ヶ原 ほとり(ia9204)をおねぇと呼ぶのは新咲 香澄(ia6036)。 彼女達と凪沙、そして長い髪と同じく美しい青の短銃を携えた志士、浅井 灰音(ia7439)が『虎威隊』に所属している。 ● 「森の中に踏み込まないと視認は難しそうだな、先遣で見つけられた一個はあの辺にあるはずだが」 まずは離れた場所から様子を見ようという構え。 遠景や太陽との角度や見える範囲の森の特徴を告げて、レティシアに記録を任せる羅喉丸。 進む際も悪いが頼むよと。正確な記録を持ち帰れば本格的な掃討が行なわれる際の役に立つだろう。 その手帳に記された文字は暗号になっていて彼女以外の誰かが見ても判らない独自の記述。 「こちらの班の記録係は魅麻さんかな」 調査に踏み込む時は二班に別れる予定。灰音は魅麻に同行して貰うつもりだ。 「任せるですのね。その‥‥戦闘の役には立てないですけど」 「それは私達の役目だよ。後ろから支援して貰えるだけで随分違うさ」 この間にアヤカシが巡回でも行なうようなら観察できれば幸いと考えたが、彼らは森の外に出てくる様子はない。 他の蟻塚が無いか探す班。こちらは広範囲に渡り探索を行なう。 奇妙にねじくれた植物。垂れ下がる大きな葉や地を這う太い根が邪魔をして歩き難い。 一定の歩幅を保ち、どれほどの距離を進んでいるのか慎重に伺う羅喉丸。 その横でロウザが低く警戒するような獣のような唸り声を唇から幽かに漏らす。 「ここ やなやつ たくさん いる‥‥」 まだアヤカシの姿は無いが、森に満ちた瘴気がそう感じさせるのだろう。 鼻をひくつかせ、漂う濃い緑の匂いに異様な物が混じっていないか。 ひっきりなしに筆を走らせるレティシアの足元に注意しながら千歳は横を歩き。後ろを和奏が守る。 「これ みる あしあと!」 先頭のロウザの声に歩みをぴたりと止める。 指差した先にしゃがみ、下生えの中に隠れた複数の跡を調べる羅喉丸。 「脚の先端は鋭い錐状の爪になっているのか。周囲の根は傷があったりしないか?」 単独で何度も往復したのか一列縦隊で動いてるのかは知れないが、規則正しく軽い歩みと見える。 巡回か単なる二地点間の移動に使われた行路なのだろうと推測。 「根は避けて歩いているようですね」 「とりあえずこれを辿ってみるか。レティシア殿、方角はいいか?」 次第に増えてゆく足跡。巣が近い事を伺わせる。 「――っ!」 木々の遠く向こうの隙間に一瞬過ぎった黒い影。急ぎ音を立てずに身を潜める一行。 相当な距離があり、まだあちらは存在に気付いていないようだ。 「これ以上距離を詰めるのはまずいな。遭遇は避けたい」 「人魂で探ってみましょう」 森の色に擬態させた蛇の式をするすると奔らせる千歳。 アヤカシはその存在を感知しないのか無視しているのか、割合近くまですんなりと。 ぞろぞろと向かっていった先はやはり蟻塚。木々の間に大きな穴が複数。 魔の森の植生とは共存の態。むしろ入口を守るように繁茂していて。 運び込まれているのは瘴気が充満した周辺の植物。それで日々の食欲は満たしているのか。 獣の血肉を求めるなら確かに、森から離れなければ狩る事もできないだろう。 通常の生物には森へ入ってから一度も遭遇していない。 「他の方が向かわれた塚との位置関係は判りますか?もしかしたら地下で繋がってるのかもしれません」 時間が切れて蛇は消えてしまった。中にまで潜り込めれば良かったのだけれど。 もう少し近付けば可能だが、それは相手にこちらの存在を捕捉されてしまうリスクが伴う。 地に伏せたロウザは大地の震動を少しでも感じ取れないかと思ったが、人の耳でそこまでは感じ取れなかった。 ここが巣穴の通路の真上だったら相手が先に感じ取りそうなものなので、むしろ幸いなのであるが。 「出発地点と通ったルート、現在位置、それとふたつの塚の関係はこんな感じです」 レティシアが広げた手帳には判りやすく示されていた。予め引いた方眼の上に点と線が載せられ。 詳細や思った事は別の頁にそれぞれ書き記してある。今日だけで手帳を一冊使い切ってしまいそうだ。 「今食料を運んできたアヤカシが来たのは別の方角ですね」 更に探索を続行する。合流予定の頃合までにどれだけ探れるだろうか。 ● 一方、事前に発見された塚へと向かった組。こちらは森に踏み込むのは浅く済む。 人魂が届きそうな位置まで進み、そこで歩みを止め。 香澄と凪沙が式を走らせ、それぞれの思惑に沿った調査を開始させる。 子狐の姿をした式が身を隠すように動くのに対し、兎の式はむしろ気を引くように堂々と姿を晒す。 叢を揺すり故意に音を立て、アヤカシはどんな反応を見せるか。 「でてきた‥‥ってうわあ、ぞろぞろ」 先頭のアヤカシから順にキリキリと、傍に居る式だけが聞こえるような音を立て。 そして黒光りする塊が近付くと視覚も聴覚もふつりと消えた。 「うん、見て気持ちのいいものではないよね」 子狐と視界を共有させたまま香澄が呟く。兎は瘴気に還ってしまった。 出てきたアヤカシは数が揃うまでそこで待機しているようだ。人ほどの大きさをしたモノが、十、二十。姿はどれも同じ。 そこで式が消え、もう一度別の式を今度は空から、全部を視界に入れられるような梢に降りさせて。 「結構‥‥鈍感なのかな?」 本物の鳥獣ではないから何ともいえないが、音を立てず姿を悟らせず隠密に徹していれば人魂への反応は薄い。 発している音が意思疎通の合図なのだろうか。というか数が更に増えている。 一度にそんな数と遭遇したら。今別行動を取っている全員が揃っても相手するのは厳しいのではないか。 香澄の報告を聞いて、緊張に身構える面々。 綺麗に十ずつの組を作って放射状に動き出すアヤカシ。 「一隊がこっちに向かってくるよ。数は十匹!」 (今、空鏑を使ったら全部が向かってくるかしら。できるだけ巣から引き離してからの方がいいわね) 既に弓を構えていたほとりが胸の内で素早く算段する。 何度も戦いを共にしていて、その視線だけで言葉は通じた。彩虹が同意と頷く。 「みーま、なぎの傍を離れないでくださいね。かみちー、ほとりんの安全を頼みます」 それでも知らせの手は打たなければならない。他の方向へ向かったアヤカシの一団が別の隊を襲う可能性を考える。 「出てきた数だけとは限らないからね」 蟻塚の中はどれだけうようよしてるものかと、あまり想像したくないと灰音が頭を振る。 仲間から離れ警告の矢を空へ放つほとり。香澄が人魂でアヤカシの動向を警戒し。 「これは――あちらの隊が遭遇したようですね。急いで向かいましょう」 落ち着き払った声。和奏は非常時でもあまり表情と声色を変えない。焦燥とかは‥‥彼にとって少し遅れてやってくるものだ。 音の聞こえた方角からだいたいの位置を割り出し、レティシアがこっちから行きましょうと。 仮に既に戦いが始まっていたとしても、巣穴から離れる方向を目指すはず。 ● 「他のアヤカシ呼ばないように、注意して事にあたろう‥‥みんな行こうっ!」 香澄の明るい声が苦難の状況を励ます。 陰陽師や巫女を守る位置に立ちながら八尺棍を構える彩虹。 ギチギチギチ――。術が届くかと思われた範囲まで来た時、アヤカシ達が一斉に耳障りな高音を立てる。 「って、呼んでるみたいだね。迫った分だけでも片付けて引こうか」 腰の銃を素早く抜いた灰音が第一撃を放つ。森に響く発砲音。固い頭甲に命中し、弾かれる。 灰音の動きが僅かに軽く、魅麻が杖をかざして神楽舞で援護。 散開する事もなく隊列を組んだまま突き進んでくるアヤカシ。 凪沙の放つ雷閃と香澄の斬撃符が同時に命中し、先頭のアヤカシの動きが一瞬止まり。 横に出た二匹目の脚の節へほとりの矢が突き刺さる。 ここで火炎獣を使いたいところだが、森に火事を起こしては自分達も危うい。 「くぅ‥‥やっぱ硬い、ですね」 僅か体躯をずらされて甲殻をまともに叩く事になった彩虹。鋼鉄の鎧を打つような手応え。 衝撃に動じた様子はなく反撃の爪先が振るわれ、腕から鮮血が散る。 開かれた強靭な顎から身体を捻るように逃れ。ガキリと嫌な音が至近で聞こえた。 「結構な数だな」 何とか合流を果たした別働組。幸い他の集団には遭遇しなかったが。 「仲間を呼んだみたいだから、早く片付けないと他が来るよ!」 既に場は乱戦となっている。凪沙に迫っていたアヤカシに身体ごと飛び込むように拳を叩き付ける羅喉丸。 次の拳を繰り出すと同時に迸る紅い波動がアヤカシを包み、苦悶にもがかせた。 「外から叩くより、こっちの方が効くみたいだぜ」 薄緑色に輝く燐光を纏い、まどろみを誘うような声で歌うレティシア。 アヤカシの半数がそれで眠りに陥り崩れる。 「がるううう!」 地を蹴り空中で一回転したロウザが円状の刃が付いた長斧をアヤカシの背に力任せに叩き付ける。 その破壊力は、硬い甲も叩き割った。吹き出る瘴気を浴びて不快に顔を歪めるロウザ。毒になるような物ではないが。 相手の動きを見切った灰音が剣をその攻撃と共に諸刃な無防備となっていた口中に突き刺し、素早く引き抜く。 「なるほどね‥‥蟻とは言え、やっぱりアヤカシのようだ」 ほとりの矢に牽制されアヤカシの動きが封じられ、彩虹に攻撃の機を与える。 白い気を纏い猛々しく挙げる唸り声。自身が虎となりて、爪のごとく振るわれた棍が関節を砕く。 恐るべき速さで薙がれた和奏の刃。アヤカシの振るった脚が切断され、ぽろりとこぼれ落ちる。 そしてふわりと漂わせる梅の澄んだ香り。傍に張っていた枝が生気を失い項垂れる。 僅か浄化された瘴気の気配に明確な敵意を向けるアヤカシ。香澄に守られた魅麻を襲おうとしていた一体がこちらへ向きを変える。 「瘴気の濃度で外敵を判断されているのですか?確かに人は瘴気を持ちませんが」 一匹また一匹と屠られ、最後までしぶとく動いていたアヤカシに灰音が月のような弧を描かせてトドメを刺す。 「これで‥‥終わりだ!」 「まだ来ますよ。急がなければ」 人魂を飛ばし、動静を探っていた千歳が撤退を促す。次々と相手していては疲弊して圧倒的な数にいつか負ける。 「森の外へ向かうよ。出たら、‥‥一気に」 香澄と凪沙が瞳を見交わす。そして頷き。 「試したい事がまだあったが、またの機会だな」 少し惜しげな羅喉丸だが、身体が先に動く。皆、無事に帰さなきゃな。 森から離れた後ろを追ってくる一団。さっきよりも数は倍。 「ここなら‥‥凪沙、行くよ!」 「うん!」 香澄と凪沙、二人の手にした符が正面に掲げられ。 火炎を纏った二頭の獣が一直線に駆け抜け、アヤカシの集団を襲う。もう一度、二連の業炎が迸る。 それでも止まらぬアヤカシにはレティシアの齎すまどろみが。 ● 「数こそが最大の武器と言った所でしょうか」 千歳の呟きに皆が同意する。 連絡系統はあるようだが、今回出てきたのは指揮もなく下っ端だけか。特殊な能力もないし戦闘に連携の様子もなかった。 念の為とほとりがアヤカシと接触した者の傷を水で洗浄し、魅麻が治癒の術を施し。 心なごむような口笛の音がそよぐ風に混じる。 「参考になればいいんだけど、ね」 と書き留めた灰音が魅麻に手帳を預け。彩虹もそれに倣った。そしてレティシアの記録。 これが纏められれば、蟻塚の本格的な討伐が始まるであろう――。 山喰との戦いはこれから始まる。 |