【WT11】Death Line
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/15 23:51



■オープニング本文

「冴崎君、ダメだよ!いいかい、決勝まで忍耐強く待って。君がここで倒れてしまったら、何にも意味が無いんだ」
 慎重な鍛錬を重ね、白皙の肌の下で息づく筋肉。華奢に見える冴崎 深杉(さえざき みすぎ)の身体だが、そのすらりと伸びた手脚には強い力が潜められている。
 その腕をがっしりと日に焼けた逞しい友の腕が苦痛に顔を顰める程の力で押さえ込む。身を案じる熱い想いが、筋肉に喰い込む指先から伝わる。
 身体能力は抜群に高くても、ただひとつ――志体が欠けているだけで、試合へ登録する事すらできずにマネージャーとして皆を支える立場になるしかなかった。
 ゴール前に両手を広げて立ち塞がる姿は雄々しく、攻める者に絶望を与える壁のごとき。
 しかし彼、本庄 英児(ほんじょう えいじ)は試合に出場する事ができない。
 時には、ではない。常に再起不能者や死者が出続ける程の激しい闘い。
 人々は刺激を追い求め続け、命すら賭けや熱狂の対象として弄ぶようになった、この国で最もポピュラーな観戦プロスポーツ『サイオニクスサッカー』。
 ただ『サッカー』と呼べばそれを指す程に、日常の中に溶け込んでいた。命を賭けない試合はスポーツではなく子供の遊びであると。
 人でありながら人を超えた能力――志体、それを持つ者だけが選ばれた者として時には殺しあわなければならないのは幸せか、それとも不幸せか。
 能力なき者達が無責任に囃し立て、血に酔うて、絶対安全の場から歓声を飛ばす。価値観が変わり果てた世界で。

 仲間が苦しい闘いを繰り広げ、血を吹き上げては倒れゆく。淡々とそれを映し続ける中継モニターを前に、悔しそうに項垂れる深杉。
 白と温かく柔らかなクリームオレンジを基調とした病室の清潔なベッドの上。
 怪我での入院ではない。多くの人より安静に暮らす事は求められるが、無理をしなければ家庭で日常生活を送る事も可能な身体。
 彼の心臓は不安を常に抱えていたが、用心深く暮らしていれば学校にも行ける、勤める事もできる。
 だが志体持ちである故に出来る事が多く、サイオニクスサッカーへの憧れを募らせた深杉はジュニアリーグ選手への道を選び。
 抱えるものは不安から爆弾へと――。
 緒戦で無茶をした結果がこれだ。絶対安静での養生。事実上、病院への監禁。
 所属チーム『冥越ストライカー』のマネージャーを務める親友の英児だけが、今彼に与えられた唯一の人との接触であった。
 深杉の身を案じて、志体が無いにも関わらずこの血腥い世界に飛び込んだ少年。

 チームを勝利に導いたものの、試合終了と同時にグラウンドの中央で胸を抑えて倒れた深杉は、無責任な報道によって悲劇のヒーローへと祭り上げられ。
 リーグ最弱と常なら嘲られる『冥越ストライカー』はマスコミに踊らされる人々の熱狂的な声援を浴びて今期注目のチームとなっていた。
 層も薄くぎりぎりの人員。エース不在にも関わらず予想外の健闘を続け、まさかの上位喰い込み。
 この試合に勝てば、優勝の可能性が残されている。万年最下位と言われる自チームにとって今、夢の時が訪れようとしていた。
 他チームへの移籍は考えられない。この『冥越ストライカー』は彼にサッカーを教えてくれた師匠が立ち上げたチーム。
 荒れ狂う際限の無き暴力。争い続ける大人達。
 未来なんて何処にあるのだろう。考える事をやめて同じように暴力を振るう少年達へ力の使い方を教えてくれた人。
 それでもやっぱり血に塗れてはいるけれど。世の中は楽しくサッカーをする事なんて許してくれないけれど。
 あの人が、道を教えてくれたから――。
 ここじゃなければ深杉にとっては何も意味が存在しないのであった。
(僕の心臓はあと何年持つか判らない‥‥今年しかチャンスは無いかもしれないんだ‥‥!)
 今は遠い街へ行ってしまった師匠に見て貰いたい。
 白いシーツの上で震える拳。
「大丈夫だよ。仲間を信じて‥‥。冴崎君に決勝に出て貰う為に皆がんばるって誓ったんだ。きっと‥‥勝つから」
 友の微笑みに小さく頷き。ゆっくりと、その拳を開いて肩の力を抜いた。

 ◆

「おぉっと、また一人やられた。立ち上がれない、立ち上がれない!しかしウォルターが球を奪い返す!彼はまだ健在だ!」
 鎌鼬の踊る風。執拗に切り刻まれ、選手の身体から吹き上げた鮮血が宙を交差して重力に弧を描きグラウンドを紅く濡らす。
 生命を限度まで削られて耐える力を失った『冥越ストライカー』のディフェンスへ、容赦なく敵チームの落とした踵が胸骨を粉砕する。
「入った。一点入りました冥越!これで優勝をもぎ取る権利を手に!もう時間は残り十秒‥‥ああっ、ウォルターが円月の餌食に!」
 終了のホイッスル。勝利の雄叫びを上げるはずの選手が――全て地に倒れ伏している。
「なんと勝利チームが全滅している。これはどういう事でしょうか!冥越は勝ったのか!?」
「珍しいケースですね。点数は一対零で冥越の勝利には間違いありません。しかし選手が居ないと次の試合が成立するか危ぶまれますね」
「なるほど」
「次は最有力候補『陰殻ダークネス』との直接対決。試合は明日ですね、これを棄権しますと優勝の可能性はゼロ。何としても頭数揃えて出場条件を満たす必要があるでしょう」
「しかし冥越はこれまでにも消耗して、元々の層の薄さからレギュラー級の選手はもう一人も残ってないと」
「いいえ、忘れてはいけません。硝子のエース、冴崎 深杉が温存されています。とうとう彼の出番という訳ですが、まさかの彼以外全滅とあって勝てる要素が全く見当たりませんね」
「それはそれは‥‥せっかく冴崎が出るのにファンの皆さんには残念な事態ですね。補欠でどうにかは」
「無理でしょう。今日の東房相手でこれだけやられてるのです。強豪の陰殻相手に補欠なんかで太刀打ちするのは不可能ですよ。瞬殺です、瞬殺」

 ◆

「冴崎君を助けてあげて欲しいんだ。彼には‥‥もうチャンスは無いかもしれないんだ」
 突然の訪問。
 志体持ちではあるが、ストリートで好き勝手に刹那の日々を暮らしていた君達。
 土下座して頼み込む英児には見覚えがあった。
 ストリートに迷い込んで悪漢に絡まれていたのを、助けた事が。
 その時、他に何もなくてごめんと礼にくれた一個のサッカーボール。
 今は薄汚くボロボロに使い込まれたそれは、今でも君達の手元にあった。
 面白くもない日々を過ごす玩具。
 誰にも教わらず自己流の真似事であるが、君達はそれで技を磨き。心密かにプロにも負けないと自負していた。
「試合か。面白そうだ、やってみようじゃないか」
「私達が役に立てるのなら」
 不敵な表情を浮かべる。優しく微笑む。それぞれに反応は違うが――。

 ◆

※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
雷華 愛弓(ia1901
20歳・女・巫
アリカ・フェルブランド(ib0029
24歳・女・魔
桂杏(ib4111
21歳・女・シ


■リプレイ本文

「ふ‥‥頭数は最低限揃えたようだが。それで勝負とは笑止」
 聞こえよがしの嫌味な声。明確に嘲るような視線。黒装束の屈強な一団、陰殻ダークネス。
「はっ、アタシ達を馬鹿にすんじゃないよ。実戦ならストリートで毎日鍛えてんだぜ」
 長い金色の三つ編みをパンと後ろに払い、鼻でせせり笑い返す雷華 愛弓(ia1901)。
 昨日の今日、急な話で当日会場に来れたのは六人だけ。深杉を入れても人数の段階から圧倒的に不利。

「僕も出られたなら‥‥」
 ロッカールームでまだなお唇を噛む英児の肩を水鏡 絵梨乃(ia0191)が無言で掴む。
 彼女の志体検査の結果は超優良。他の面々もだが、何処の馬の骨とも知れぬ冥越の寄せ集めメンバーの第一級の選手達と並び立つごとき結果に係の者も唖然としていた。
 深杉と共にフィールドに立てない英児に今は何も言ってはやれない。
(‥‥けどその想い、深杉だって判ってるよ。ボク達がその願いを実現してあげるから)
 力強い瞳。
(信じていてくれ)

「またフィールドに立つ日が来るとは思わなかったよ」
 袖を通した清潔なユニフォームの懐かしい感触。色もそこに描かれたロゴも違うけれど。
 瞳にどこか暗い陰を宿した天河 ふしぎ(ia1037)をじっと見つめる深杉の澄んだ瞳。
「君は‥‥」
 デジャヴ。何処かで会っている。
「なんか名乗るのも気恥ずかしくてさ。いや僕があのチームに居た事は、思い出したくもなかった過去だった」
 直接同じフィールドを駆けた事は無かったけれど。ベンチからいつも君達を見ていた。
 楽しそうに笑いながら、どんな負け試合でも仲間を讃え合って頑張っている冥越ストライカーズが羨ましかったんだ。
「そうだよ。元ダークネスの天河さ」

 ひっそりとニュースどころかチームの専門誌にすら無視された引退。期待の新星なんて最初は騒いでおいて。
 何度も通ってきたスカウトだって去り際には冷たかった。
「監督と派手に喧嘩してさ。それでも未練があって腐っていた時に、言ってくれた人が居たんだ」
 アウェイで誰も知り合いなんて居ない街。チームは勝利に酔いしれ、盛り場へと繰り出していた。
 ふしぎにとっては故郷の街。けれど昔の知り合いになんて誰にも会いたくはない。
 こんな汚い仕事をしている僕を見られるなんてプライドが許さなかった。
 空港の傍の空き地で、飛び立つ軌跡を見上げ。たった一人で膝を抱えていつの間にか涙を流していた。
 ふしぎがゴミのように投げ捨てたボールを拾い上げた大きな手。
 夕暮れのその風景は今でも胸に焼き付いている。旅支度に身を包んだサングラスの長身の男。
「友達を捨てちゃいけないな。君、小学生リーグで活躍してた天河君だろ?私の事なんて覚えてないだろうけど」
 雨の日も泥まみれになって練習していたふしぎを見に来ていた男。脚の引き摺り方に薄い記憶があった。
 クラスメイト達に何しにきたと囃し立てられ、悪戯に泥玉をぶつけられても来るのをやめなかった。
 外国の旧友に招かれてこれから発つのだというその人は、ふしぎの横に腰を下ろしぎりぎりまで愚痴に付き合ってくれた。
「チームを辞める事には何も言わなかった。でも君のやりたかった事は皆が忘れている本当の夢なんだと」
 形になんて捕らわれなくていい。サッカーなんてボールさえあれば何処でだってできる。
 君の正々堂々とプレイする姿が、誰かの心を震わせる。それは対戦相手かもしれないし、馬鹿にしていた観客かもしれない。

「それは誰も言葉で教えられる事じゃない。志を胸の奥で貫くといい、君はもう進むべき道を知っている‥‥って」
 今まで誰にも言わずにいたのに、何故僕は今深杉に語っているんだろう。
 無言で聞いていた彼の表情が、ふしぎの言葉と共に驚きへと変化していた。
「‥‥その人が僕の師匠だよ。僕もあの人が導いてくれたからサッカーを続けられたんだ。冥越は彼が作り上げたチームなんだよ」
「え‥‥そうだったんだ。そうか‥‥ははっ‥‥そうか」
 故郷のストリートで未来も見出せずに居た所に話が舞い込んだと思ったら、そんな素敵な偶然なんてね。
「よし、僕は冥越で僕らしいサッカーを魅せるよ。よろしく!」

●前半戦
「きゃー、深杉くーん」
「待ってたぜ!深杉」
「お前ら頑張ってくれよ!勝ってくれ冥越!」
 入場するなり沸き立つ観客の声援。特に際立っているのはずっと不在だったエース深杉への声援。
 同じユニフォームを着た面々にも熱い声援が飛ぶ。
「陰殻、今日もぶっつぶしちまえ!」
「相手は弱小だ。派手に魅せてくれよ!殲滅戦ブラボー!ヒャッハー!」
 熱狂的な敵チームのファン。込み上げる複雑な感情を抑えて彼らを見上げるふしぎ。
 誰も自分の事など、覚えてはいない。アナウンサーが名前を読み上げても、全く誰も思い出す様子が無い。
 フィールドに向かい合ったかつてのチームメイト。その中に小馬鹿にするような笑い。
 ふしぎの指導役として、マンツーで付けられていた先輩だ。彼に『あの』技を仕込んでくれた鬼先輩。
「よう、どっかで見た顔だと思えば。天河じゃねえか。負け犬がフィールドが恋しくて戻ってきたのか?」
「ダークネスで教えられたのは、来る日も来る日もラフプレイと効率よく相手を潰す方法だけ‥‥僕はもういやなんだっ、皆の忘れてしまったほんとのサッカーがしたいんだよ!」
「まだそんな子供みたいな事ほざいてるのか坊や、甘いんだよ」

 キックオフ。

「ライン際を攻める陰殻、おっとここでパス。ディフェンスの天津君が走る、間に合うか。これを抜かれればゴールまで一直線だ」
 愛弓の位置は遠く、間は敵に阻まれている。桂杏(ib4111)も走るが、天津疾也(ia0019)がここで止めなければ不利に陥る。
 鋭い弧を描いて飛んだボールを空中で受けるシノビ。
 距離を詰められた。その隙を逃さず、芝を蹴り繰り出された疾也の長い脚。
「ボールごと殺ったるで」
 二人を包み込むように水柱が下方より迸る。――と直後。
 着地と同時に芝上に足を折る疾也、その切り裂かれた脛より迸る赤い鮮血。
 ボール越しの強烈な衝撃を受けて、背中より落下したシノビの手に握られた濡れたクナイ。
「はっ、このぐらいの傷なんぼのもんや」
 傷の痛みを無視して転がるボールを拾い、絵梨乃へと流す。
 立ち上がったシノビが再び振るう刃をくぐり抜け、その掌に刃を召還せずに回避専念で翻弄。
 距離を取るとすかさずユニフォームの裾を力任せに千切り、傷口を無造作に縛る。
「サッカーってこんな殺伐としたもんやったろうか‥‥まあ、フィールドは戦場というしなあ」
 整える荒くなった息。
 流れる血に酔いしれる観客。その雄叫びに苦笑を漏らし。

 敵がスライディングをかけてくる先手を取って不意にサイドステップ。
 爪先で拾い上げたボールを胸に一瞬乗せ、再び転がして走る。
 別の二人も絵梨乃を狙ってくる。人数が足りず全員がマークされた上に相手にはフリーがいるのだから、仕方あるまい。
「――深杉」
 あえて固くマークされている深杉にボールを放ち、瞬脚で追いつき、ふしぎへと迅速なパス。
「このボール、懐かしいな」
 サイオニクス公式ボールの独特の手応えに感慨が浮かぶのも束の間。
 一歩速く踏み出してボールを確保したふしぎに容赦なく浴びせられる四方からの攻撃。
 肘打ち、刃、火炎、刃。腎臓を打つ蹴り。それでもふしぎは手を返さない。堂々とボールだけを操る。
「だから、てめぇはいつまでも甘いんだよ」
 首筋への攻撃に意識が眩み、倒れる身体。容赦なく踏みつけられ。
 奪われたボールが運ばれてゆく。

「この先には行かせねぇっ!」
 疾走してきたオフェンスに真正面からタックルを仕掛けた愛弓が逆にいとも簡単に吹き飛ばされる。
 あっさりと存在を無視されてむかっ腹を立て。
「くそっ、あいつら舐めやがって!」
 ふっと敵の視界によぎった桂杏の姿が二重にぶれる。
「これは――空蝉か!?大蔵君の喉笛を狙った刃が空を切る!抜いた、静かに抜いた。ボールは今大蔵君が保持している!」
 大蔵君って誰?というかこの人居たんだ‥‥と思われるほどに気配を消しに消していた桂杏。
 出場登録の際に本名を記載させられていたので、普段は忘れられてるような名字が名簿に載り、アナウンサーはそれで呼ぶ。
「地味ながら無駄のない動きに見えますが、どうですか」
「カメラ的に華は皆無かもしれませんが、陰殻の連携攻撃を綺麗にかわしているのはさすが。教則ビデオでも見ているかのようです」
「なるほど、これから選手を目指すサッカー少年少女は今、食い入るように画面を見つめているかもしれません」
「こんな選手が野に埋もれていたとは‥‥ぜひとも今後のサイオニクスサッカー界に欲しい人材ですね」
 再び攻撃が繰り出される寸前、ロングパスを前線に放つ。そしてまたふっと柔の動きでマークから逃れようと。だがしつこい。
 しかしまた冥越ディフェンス側へ戻されるボール。
 パスすると見せかけてゴールへと一直線に向かうシュート。ディフェンダーは全員阻まれている。

「例えどんなに不利な状況でも、勝つ可能性がわずかでも残されているならそれを信じて戦うまで」
 滾る気合に広がる銀色の髪。ゴール前で両手を広げ立ちはだかるキーパー、アリカ・フェルブランド(ib0029)。
「‥‥この試合、絶対に勝ちますわよ」
 異国生まれの白い肌が灼熱を帯びさせるほどの眩しい照明に照らされて。
 カメラが彼女をズームアップし、再び戦局を観望できる視点へと切り替えられる。
 稲光を帯びて放たれるシュート、あえて彼女を痛めつけようと正面至近からの強烈な。
 突き出した掌に浮かぶ炎。紅蓮が黄金の光を食い止めて爆発するかのごとく弾き飛ばす。
 再び蹴り入れんとする別のシノビに愛弓が回り込む。
「雷華、これをカットするか。いやそのまま彼女をボールごと押し込む。止められるかフェルブランド!」
「1点たりとも入れさせませんわ!」
 爆炎を今度は自らの背中に。激しい熱風が吹き荒れ、揺らぐ炎が魔人のごとく大きな腕を広げる。
「これがわたくしの必殺技、名付けて‥‥『真・バーニングハンド』!」
 アリカが身体ごと受け止める雷華の腹でボールがきりきりと回転を続ける。
 勢いに両の脚がじりじりと芝をえぐり後退し――ラインぎりぎりで止まった。

 激しい攻防。互いに消耗しながらも脱落者は出ない。
 笛の音が前半の終了を告げる。

 慌しく傷だらけの仲間に治療を施す愛弓。
「無理すんなよ。アタシだって居るんだからな」
 一番心配なのは深杉。大丈夫だよと彼は微笑む。

●後半戦
(無得点のままか。こうなったら――)
 突き出された絵梨乃の腕が光り輝き、掌に現れたのは古めかしい陶器に入れられた酒。
 ぐいと一気に呷って、投げ捨てる。
「水鏡の動きが変わった!?これは予想もつかない、どういう事だ」
 まるで酔ってるかのごとくふらりと倒れ込むかと思えば、マークしていたシノビを抜いた。

 ふっと疾也の視界から敵の動きが消える。
「ボールは」
 爪先が捉えたかと思ったら、瞬時にして空中を舞っていた。
「おぉっと天津が吹き飛んだ。これは――何が起こった!」
 時を止めたシノビに防御姿勢を取る間も与えられないまま喰らわされた一撃。
 地面に叩き付けられる衝撃。
 顔を上げた時には深杉が囲まれていた。
 ボールはセンターへと戻されたのに、彼を狙う執拗な攻撃。ダークネス側の観客が興奮して吠え立てていた。
「やめろぉぉぉっ!」
 自らも時を止め、暴虐を尽くすシノビ達の中へ割り込むふしぎ。
 胸を抑えて苦しげな息を吐く深杉に覆い被さり、全ての攻撃を身に受ける。
「いい加減目を醒ませ!」
 ボロボロになりながらも深杉を抱き締めて叫ぶ。かつての同胞達の心に届けと。
「冴崎様、天河様――っ!」
 アリカの叫びが遠く聞こえる。

 一方冥越側のフィールドではボールを巡るせめぎ合いが続く。
 ポストぎりぎりに打ち込まれたボールを際どく弾いたアリカ。陰殻のチャンス。
「させるかぁっ!」
「冥越の雷華、なんと今度は顔面で受けた!手段を選びません!」
「へへ‥‥お前らばかりにいい格好させられねぇぜ」
 今度こそキープしたボールを桂杏に送る。
(まだ時間はあります。諦めない限りどんなに厳しくても‥‥)
「これ以上好きにはさせませんわ。‥‥さぁ、貴方の罪を数えなさい!」
 桂杏に術を放とうとしたシノビを羽交い絞めにするアリカ。炎の魔人の力が彼女を支える。
 その髪はいつのまにか白へと変わり、瞳は爛々と紅く輝いていた。
(時間まで‥‥一点でも送りこめたら)
「お行きなさい!私達は必ず勝つのです!」
 桂杏から疾也へと渡されたボール。友から友へと。
「この一瞬に全てをかける!これが俺の天辰だァァ!」
 シノビが駆け付けるまでの一瞬の間合い。
 全身を包み込み迸る力。フィールドのエネルギーも巻き込んで放つロングシュート。
 牙を剥く雷獣のごとく芝を切り裂いて飛んでゆき、キーパーの手も叩き弾き、ネットへ突き刺さる。
「冥越が一点を入れた!これはもう残り時間僅かしかない、陰殻巻き返せるか!」

 絵梨乃の身体から放たれる青い稲妻。同時にボールを蹴ったせめぎ合いに押し勝ち。
 そのままシュートを放つと思いきや。深杉にパス。
「お前が決めて、初めてこのチームの勝利だろ?」
 試合中初めて見せた絵梨乃の温かい笑顔。
「やるよ深杉、みんなの想いをこのボールに込めて‥‥」
 立ち上がった彼を支え、にっこりと微笑むふしぎ。
「受け取れダークネス、これが勝利のツインシュートなんだからなっ!」
 呼吸をひとつにして、ボールへと込められた二人の想い。
 それは――輝きを放ってゴールへと飛び込んだ。

 終了の笛。仲間の声も聞こえないような大歓声。
 三点、それは取れなかったが。友情に溢れた勝利。
 微笑を浮かべて力尽きるアリカ。勝利に手を取り合う者達。
 桂杏が振り返り、驚く。
「アリカさん‥‥!」
 駆け寄り抱き上げると、青い瞳を開きその穏やかな顔にほっと。
「良かった‥‥勝ちましたのね」
「ええ、勝ちました」
 優勝決定戦は持ち越されたけれど。それも一緒に頑張りましょうね。
 私達なら、きっと――できるはず。

 翌週行なわれた決定戦。それは史上最大の集客数となり。
 新聞の一面を飾ったのは深杉を囲んで華やかな笑顔をカメラに向けた君達だった。