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■オープニング本文 「あの通りの朴念仁だから、許婚を決めておくぐらいで丁度良かったと思いますが」 常は豪放磊落を信条とする多羅 仁汪(たら におう)が珍しく柔らかに言葉を連ねる。 この男もこんな話し方をする事があるのか、と日頃しごかれている部下は意外な顔をするかもしれない。 他の人間には誰一人として、一歩だけ格が上であるという扱いの寒河 李雲(かんが りうん)にさえも見せはしない。 彼が正式に里長の跡を継いだら、この相手に対すると同じように接するのかもしれないが。 寒河の里の上忍である彼が唯一気を使う相手は言うまでもなく里長である。 「決めてなかった訳じゃない。うむ‥‥だが、あの後すっかり忘れておったのは否定せん」 優秀な甥を跡継ぎとして、自身もまだまだ現役でありながら早くも決めた頃。 いつ何があるか判らぬ。身内同士で争っても始まらぬから上下を示しておくのは早いうちがいい。 幸い李雲という里の誰もが一目置く心身共に群を抜いていた青年が白羽の矢の対象として存在していた。 身内だったのは偶然である。贔屓などではない。 同じ里に生まれ、シノビとしても嫁としても文句のつけようのない娘を許婚と決めた。 任務第一な李雲は全くの無関心だったようだが、娘の方も情は一切挟まず似たようなもので。 まぁ、似た者同士も良かろう。里の発展に有望であればそれで良し。 時がくれば――と思っていたのも、束の間。 許婚の娘が護衛の相手に見初められ、そのまま表向きは手活けの花、実際は優秀な護衛も兼ねて買い取りたいと。 大金も積まれ、雇い主も今後繋ぎを取っていて損は無く。里としては悪い話では無かった。 本人もあっさりと承知。許婚の話はそのまま霧散解消したままで。 そうか、結構経っていたか。 李雲自身は覚えているのか覚えてないのか。 いや覚えてはいるだろう。記憶力のいい男だ。しかし何も言わない。 基本的に身の回りの事は全部できる。そのように男女問わず幼少から仕込まれている。 女の身に興味が全くない訳ではないが、色香を用いて迫られればそっと逃げる程度の苦手意識。 自分から口説くなど‥‥そういう任務を与えたらやるのかもしれないが。 任務でなければやれといっても拒否するであろう。 「‥‥任務なら、李雲も嫌とは言いませんな」 「だが予め判れば先回りして布石を打つだろうに」 「欺くには味方からと申しましょう。教えず悟らせず、です」 「口実が浮かばぬが。仁汪、できると申すか?」 「やってみせましょう。里の為ですからな」 恭しく頭を下げ表情も無に保ったまま、仁汪は内心にやける。 要するに『楽しそうだ』それだけの事である。そのついでに里に寄与できるなら言う事はない。 「社交的な場面でらしく振る舞う訓練か‥‥確かに今まで武の面にばかり偏っていた向きはある」 「だろ?うちの里は確かに戦シノビばかりだが、そればっかりじゃこれから先いかんよな」 まだ里に染まりきっているとは言い難き若者達なら、染め直す手間も省けるしな。 これからの時代、戦うだけじゃ食っていけないだろが。等と適当な事を並べ。 神楽の都にある李雲の仮住まい。 大きく胡坐をかいた仁汪は、李雲が淹れた薄い茶で喉を湿しながら語る。 「‥‥ところでおい、出涸らし過ぎないか」 「客ならちゃんとした茶を出す。喉を潤したいだけなら用は足りるだろう?」 別に悪気はない。気を使わない仲というだけだ。 「して、長も賛成なのだな?」 「うむ」 開拓者ギルドにそっと出された依頼は、集団見合いの参加者募集だ。 そこには寒河の一文字も無い。まったく別件として、そしらぬ顔で仁汪の指示で変装した部下が手配していた。 李雲と彼の周囲に居る部下には一切悟られてはならぬ。 彼らには社交の修行として開拓者と懇談茶会を行うと知らせてある。場所も期日も直前まで未定と。 真新しい綺麗な畳、何処からか流れる柔らかな琴の音。庭は小さな森となっていて散歩道まで設えられている。 高級旅館の貸し宴会場。里に弱みを握られている者が密会によく使う宿だったので顔が利いたのが幸い。 旅館としても、今後も表沙汰にできない始末に対して里へ無理をお願いできるのでありがたい。 部屋代も酒茶果菓の類も、請求はそちらに回せばいいので開拓者も参加費は男女共に無料。 しかも寒河の里から協力費も貰えるという、美味しい話。 日時が決まったと知らせた後に李雲だけに変更を告げ。 他のシノビ達は別の場が用意され、本当に社交修行だったりする。 さて、どういう事になるのだろう‥‥。 騙した事は開始時点で悟られる事必至。そこからは実力行使なり言いくるめるなり。 開拓者にそうされれば李雲も諦めるのではないか。 「あの、お客様‥‥お暴れになられると困るのですが‥‥」 ●紹介しておきますね 彼女達も同じように募集された開拓者である。 「西 京香(にし きょうか)で〜す。よろしくね!」 少年めいた短い黒髪に手足の長いスレンダーな肢体。気さくな笑顔でノリのいいお姉さんは泰拳士だ。 「恋人?うん、気が合うならそれもいいんじゃないかな〜。でも特に考えてないよ」 「神楽坂 紗那(かぐらざか しゃな)、職業は陰陽師よ」 無邪気っぽい笑顔。煌びやかな簪、姫系装飾に身を包んだ雛人形のような少女。 いや少女に見えるが実際の年齢は判らない。実は玉の輿狙いの腹黒。騙されてはいけない。 次期頭領の嫁に収まれるかも。でも集まった男性陣にもっと条件がいいの居たらそっち狙おうかな。 「城崎 結(きざき ゆい)なの。甘い夢を見る人は粉々に打ち砕かれたらいいと思うの」 間違った動機で参加している。ダメだこの人、何とかしないと。 漆黒で整えたジルベリア風の格好をした砲術士。無表情でスカートの中から短銃を取り出しても違和感が無い。 ‥‥案外、シノビ頭領の嫁とか合ってるかもしれない。李雲が可哀想だけど。 どう?この中から、くっつけてみる? それ‥‥とも? |
■参加者一覧 / 静月千歳(ia0048) / 白拍子青楼(ia0730) / 鳳・月夜(ia0919) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / エルディン・バウアー(ib0066) / ラシュディア(ib0112) / 白藤(ib2527) / 一 千草(ib4564) / 緋那岐(ib5664) / 黒木 桜(ib6086) / 拝 一刀(ib6446) / 赤水晶(ib6452) / 優風(ib6457) / 紫月♪(ib6466) |
■リプレイ本文 「他人事とも思えないっすねぇ‥‥」 小さく、誰にも聞こえないような声で呟く以心 伝助(ia9077)。 改めて集まった場にて依頼の詳細を仁汪より説明されて、頭をぽりぽりと掻いて遠い目に浮かべるのは故郷の里。 同じような事を言われた記憶が新しい。個人の情報屋として独立した生計を立てているので、表立って里と繋ぎを取る事は李雲に比べれば少ないかもしれないが。何かと機があれば突付かれる。そうは言われても自分から色事に手を出す気にはなれない。形だけでも、このような催しに参加する事でその矛先が和らげばいいのだが。 「よくわかんねーけど面白そうな企画だよな。司会進行は別の人間がやった方がいいのか?だったら俺やっちゃうけど」 喋ると軽い。黙って立っていれば良家の座敷育ちの世子といった雰囲気の緋那岐(ib5664)だが、屈託無く笑うと親しみやすさが滲み出る。 大人びているのか子供じみているのか捉えさせない。 「おう、引き受けてくれるんならありがたい。無骨な俺じゃあ雰囲気も何もないからな!」 適任と即決する仁汪。一応紋無しの使い古した羽織袴なぞ着ているが、せいぜい宴席に出てきた野武士といった感じにしか見えない。 「名司会よろしく頼み申し上げる。それでは拙者は盛り上げ役に専念させて貰い。何でも屋の心意気、しかと遂行してみせようぞ」 太刀を背に自信に満ちた笑みを浮かべる男、拝 一刀(ib6446)。 与えられた舞台に見事な華を咲かせて盛り上げてみようじゃないかと意気揚々。 「さて、どうなるかな‥‥?無理にっていうのは嫌いなんだけど‥‥」 少し困ったような瞳をしながら、ふわりとした笑みを浮かべる白藤(ib2527)。絶やさぬ笑みはしっとりと、心に彩りを添えながらも決して強く自己を押し付けない花を連想させる。 まるで彼女の伴侶、いや陰供のように後ろで控えている、すらりとした長身の青年は一 千草(ib4564)。似ぬ容貌故、一見そうとは見えないが彼女の実弟である。 シノビの修行を薦められ、姉とは違う道を選んだので掟と束縛のやたら多き暮らしは知らぬ世界ではないが。 それは家族を守る技を学ぶ為であり、生まれながらに里の定めを負ったシノビというのは、また違うものなのだろう‥‥と思う。 李雲が一族にそこまで命運を託されている事にある種の羨望が胸に微かによぎるのは、切り捨てたはずの過去の所為か。 「跡継ぎというのも大変なんだな‥‥」 ただその言葉だけを漏らした。 「まぁ、本人次第だね。悪い気がしないようなら私も応援するつもり‥‥駄目かな?」 千草の方を振り向いて悪戯っぽく笑う白藤。それでいいんじゃないかなと千草も微笑を返す。 その頃、会場へと向かう道端。 「寒河さまと一緒に修行ですね。一緒に頑張りましょう」 既に何度か李雲達の修行に付き合っていて、顔馴染みとなっている和奏(ia8807)が拳をくいっと見せる。 「対人関係改善は大事ですよね。小石とか塩辛入りの大福を差し入れられるような意地悪をされないよう」 無邪気な調子でさらりと言ってのける。本人には全く以って悪気は欠片も無い。 「あれは‥‥うむ、悪戯だろうが。どうも私はそういう遊びの対象にされやすいようだな」 苦笑いで応える李雲。本日は着物に袴。後ろ髪も高く結い上げていて戦闘修行の時とは装いも違う。 小奇麗な浪人といった雰囲気。和奏と連れ立って路地をのんびり歩く姿は道場の仲間連れのようにも見える。 「千歳殿は今更、そんな修行も必要ないのではないかな?」 後ろを楚々と歩く小柄な知己の女性を振り返り。 「たゆまぬ鍛錬は必要な事です。また趣向の違った修行ですから、知った顔が居れば里の若手の皆様も余計な力が入らずに済むでしょうし」 彼らは別の場所へ向かっている事を知っている癖に。何食わぬ顔でそう応える静月千歳(ia0048)。 騙せるところまで騙してしまうというのも面白いものです。さて発覚した時、どんな顔をするやら。 そんな内心は微塵も見せず。桜の蕾も綻びはじめて趣がありますねなどと、にわかに歩みより始めた春へ関心を逸らす。 「そういえば、あの旅館は李雲さんは利用された事があるのですか?」 「このような真昼間に訪れるのは初めてだが。仕事で何度か来てはいるよ」 木々に導かれるように奥まった落ち着きのある外観の建物。雑多な店や市のひしめく通りからも遠く離れ閑静な佇まい。 神楽の都を行き来する庶民や市井の開拓者にはあまり縁のない場所である。 「‥‥李雲さんですね。仁汪さんは支度にお忙しいから部屋まで案内致しますの」 上がり框に三つ指を付いて出迎えた巫女袴の少女。服装から旅館の娘ではないとは判るが違和感の無い礼野 真夢紀(ia1144)である。 「会の参加者の方かな。修行といってもそこまでしなくていいのだぞ。座敷でのんびりしているといい」 「でも‥‥まだする事もありませんでしたから」 支度のほとんどは旅館の者が行なっているし、真夢紀は特に打ち合わせする事も無い。 なんとなくついお手伝いを、と。 「礼野さま、先日はありがとうございました」 突如和奏に言われて、きょとんとする真夢紀。 良いお嫁さんになれますよと言おうとしたのだが、李雲が横に居るのに今言うのはまずいかと言葉を止める。 左右に膳と艶やかな座布団が並べられた、茶会にしては少々大仰な用意が施された広い座敷。約束の刻限通りに人は集まってきている。 きっちりと正座して既に待ち構えているのは白拍子青楼(ia0730)。 お菓子を戴ける会と聞いて、何が出てくるかと楽しみに待っていた。 「全員が揃ったら始めようかと思ってるけど、とりあえず男性はこっち。女性はこっちに座ってね。あ、俺は本日司会役を仰せつかった緋那岐って言うんだ。あんたが李雲か、よろしくな!」 とても初対面とは思えない調子で既に場を取り仕切っている緋那岐の言葉に従い。李雲達も適当に腰を下ろす。 黒地に血のような鮮やかな紅と金粉を散らした着物に身を包んだ少女が、値踏みするような視線を列席した男性陣に向けている。 白いフリルを施したミニドレスで無造作にぺしゃりと座った無表情の少女はつまらなそうに。 少年めいた風貌のお姉さん、京香はさっそく隣の青楼とどんなお菓子が出てくるか楽しみだねと交流を始めていた。 「エルディン、どう?俺、あのお姫様みたいな美人さんにアタックしてみようかな〜なんて思ってるんだけど」 さっそくもうチェックが入ってるラシュディア(ib0112)。隣に座った友人、エルディン・バウアー(ib0066)の袖を引く。 「私はそうですね、どなたも良いと思いますよ。素敵な女性ばかりです」 視線が通った女性全員に輝くようなスマイルを浮かべ、博愛主義を実行しているエルディン。 今日も神教会の皺ひとつ無い正装で臨み、金髪碧眼の好青年は当然一度は視線を集める。 ●まずはお昼ごはん 緋那岐の流暢な司会で始まった――見合いの会。 配下の姿も見えず訝しげにしていた李雲も、仁汪に一杯食わされたとそこで気付く。文句を言おうにも当人は雲隠れして座敷に姿を見せない。 「寒河さま、修行なのですから中座するのはいけないと思いますよ」 腰を浮かしかけた彼の裾をしかと抑える和奏。穏やかな微笑みのままだが腕に込められた力は存外強い。 機を逃した隙を逃さず、じゃ順番に自己紹介〜と話を進めてしまう緋那岐。 一番に当てられたのは黒木 桜(ib6086)だ。慌てて立ち上がる。 「初めまして、巫女の黒木 桜と申します。ご近所の方がどうしても出てほしいと言われて来たのですが‥‥」 そこで言葉が詰まる。彼女も李雲同様、全く本件を教えて貰えなかった口。 (‥‥お、お見合いだったのですね。そんな事教えて貰えませんでした) とりあえず空いてしまった間を笑顔で取り繕い。 「このような場は初めてなので緊張してますが、宜しくお願いします」 丁寧にお辞儀して、腰を下ろし胸に手を当ててほうっと深い息を吐く。いきなりだから緊張したっ。 「ほら楽しくやる場だぜ。そんな堅い顔すんなって」 俺は最初から見合いとしか聞いてなかったぜ? 「おいおい大丈夫か?今からそんなガチガチでどうするよ」 反対側から李雲を宥めるのは、着流しに眼帯といった格好で胡坐をかいた優風(ib6457)。 そう言われれば肝を据えなおすしかない。集まった開拓者相手に、場にそぐわない行動を取るのも戴けない。 (へぇ、責任感の強い生真面目さんか。ま、それなら誘導もちょろいもんかな) 優風の調子に合わせて、それなりに状況に身を任せる事を選んだ李雲。 しかし何だか、和奏と李雲の演劇のような会話を聞いてると笑いが込み上げてくる。 端から見ると、天然と朴念仁の会話である。この二人一緒に置いとくと眺めてて飽きないかもしれない。 そんな事を考えつつ。二人にしきりにちょっかいをかける。 恙無く自己紹介の時間を乗り切り、籤で席替え! 料理も運ばれてきて、場に会話も弾み始める。 「折角の機会です、ここは経験と思っていろんな方とお話してみるのはどうでしょう?」 ふんわり穏やかで、まだ李雲から見れば子供とも感じられる桜が隣になったので明らかにほっとしている。 このぐらいの年頃ならそう意識せずに済む。 が、反対側に座った青楼が何かと世話を焼きたがり、箸に取った小付の胡麻和えであ〜んとか持ってくるので閉口。 着崩れた単衣の襟元から白い肌がたっぷりと覗いてたりするので余計に。 本人は後で出てくるはずのお菓子に心が飛んでいるので、服装の乱れとか意識していない。 (指摘するのも失礼であろうし‥‥むむ) そこはさりげなく示唆するとかできる器用な男ではない。 もし彼を逃がしたらお菓子が食べられなくなる。そんな想いでじっと大粒の黒い瞳を向けてくる鳳・月夜(ia0919)。 それもまた彼をたじろがせている。彼女も子供といえば子供だが、そんなまっすぐ見つめられては。 横でエルディンが月夜に話しかけているのだが、淡々とした返事。会話がいちいち切れてしまう。 (咲季ちゃんと変わらない年頃ですが‥‥物静かで相性が良いかもしれませんね) 月夜の視線を李雲に対する興味と勘違いして、後押しを算段する千歳。 「こればかりは、なるようにしかならないでしょうが」 ●芸のお時間 「さあさあ、皆さん上手くいったらご喝采!」 景気の良い声を張り上げ、太刀を鞘より抜き高々と翳す一刀。手拭で目隠しをして。 余興の相手役に指名された男性陣が頭上に林檎を乗せて姿勢よく正座して並ぶ姿は滑稽だ。 慣れたもので微動だにしない伝助。穏やかな笑みを顔に浮かべて見せる余裕もある。 (無表情じゃ、場にそぐわないっすから。こんなもんでやすかね) 千草は‥‥さすがに耳を切りそうなので指名されなかった。 「ただ座っていればいいのですよね」 よく判ってない和奏。その横に座ったラシュディアは気合が入り、凛々しい表情。 (ここは度胸を見せて、頼りになる男をアピール!) 畳に摺り足。感覚だけで目標の位置を見定める一刀。ゆっくりと腕を構え。 真芯を捉え、振り抜かずにきっちりと止め。半切になった林檎の上部がコトリと落ちる。 二個目――三個目――。 「一刀の見事な林檎切り、大成功!」 間髪入れず緋那岐が声を上げ、皆の手から大きな拍手が沸く。 「あ、次はあたしの出番〜。おいしいご飯は食べれたしっ。いってきます!」 傍に座った伝助にしきりに話し掛けていた赤水晶(ib6452)がぴょこんと立つ。 人懐っこさ全開の彼女の勢いに押されていた伝助がほっと息を吐く。 (話すのは苦手じゃないっすけど、どうも意識するとあっしはダメでやす) ガン無視で座っている無表情の結の方が、まだ楽だ。構って欲しそうな様子も無いのでただ隣に座っていればいい。 「おにいさん、本当にこれ使っていいの?」 「ええ、笛の出し物をされるという事ですから。是非に」 和奏が貸してくれた哀桜笛を嬉しげに捧げ持つ赤水晶。 殿方の笛を借りちゃうなんて間接キッス?ちょっと頼りなさそうだけど素敵な人だよね〜。 舞台に立ち、唇を当てるとその名の通り哀を帯びた音色が紡がれる。 彼女の立ち振る舞いから陽気な音を鳴らすかと思えば、意外なしっとりとした曲。 懐に忍ばせたブレスレットベルが、踏み出す毎にしゃらりと涼やかな彩りを添え。 ――いつの間にか、遠く襖の向こうより流れていた琴の音が彼女の曲に合わされていた。 「次は青楼だったね。このまま舞台に上がっちゃって」 緋那岐に手を差し伸べられて青楼は頬を染めて恥じらいを見せる。 その重ねられた手に何だか胸がきゅんと痛む桜。 (あれ‥‥?) 桃色の瞳に浮かぶ惑い。 青楼が歌いながら神楽舞を披露する間も、桜の視線は片隅で気を配る緋那岐に奪われていた。 「桜も舞が得意なんだよね」 急にこちらを向いた爽やかな笑顔に、慌ててこくりと頷く。 「やってみてよ、俺も見てみたいな」 「は、はい!」 同じように差し伸べられた温かい掌。軽くきゅっと握り返すと驚いた顔で振り向く。 「ご、ごめんなさい。あの」 逃げるように小走りに上がった舞台。 ドキドキして最初はぎこちなかったが。次第に扇子の動きも滑らかになり歌声も伸びやかに。 太幅のリボンで結い上げた黒髪が綺麗になびくように意識しながら、見事な舞をやってのける。 ●かっぷりんぐ? 気になる相手の名前を書いてと紙を配られ。鼻歌交じりに集めて回る仁汪。 「‥‥名前書けばいいの?」 さらさらと李雲の名前を書く月夜の手元、温かい眼差しで見守る千歳。 厠へ行くそぶりで席を立った李雲の後をさりげなく歩く白藤。 案の定と玄関へ足を向けた彼の腕をがしっと縋るように掴む。 「お疲れ様です。逃げるのは駄目ですよ?」 桜と蝶の模様が入った薄萌黄色の着物に身を包んだ妙齢の女性。 長い髪も着物と揃いの簪で飾り纏め、いかにも見合いにふさわしき佇まい。 そんな白藤にきっと見上げて笑顔を向けられては無下に払えない。 「と、とりあえず。話してみるだけでも!ね!ほら今後、何かに役立つかも知れませんし!」 「役に‥‥か」 「誰か気になる人は?居たら応援します!居ないなら‥‥振りするのは駄目なのかな?」 自分で良ければ、ね、それっぽい形になりますよと。 「あ、ああ‥‥」 連れ戻されてきた李雲に同情の眼差しを向ける伝助。李雲も何か仲間を見つけたような顔をする。 安心していたら結の口撃の餌食に遭っていたようである。 本気か定かはともかく名を書いた者は別として。開票が別室なのをいい事に適当に仕込む緋那岐。 「これは‥‥」 纏めた結果を見てくつくつと笑う仁汪。 何がひどいって――。 趣を凝らした庭に面した個室に。 李雲。白藤。月夜。青楼。男一人に女三人。これは苛めですか、いいえ花園です。 その隣室はどうやら密談の影護衛の為に用意されてあるのだろう。板間に覗き穴の仕込まれた部屋。 こちらに居るのは優風、千歳、真夢紀、仁汪。そして何故か結。 「どうなるか見学というのも面白いですの」 誘ったのは千歳。彼女は月夜を応援している。なので邪魔する可能性は排除すべしと。 和奏は赤水晶とこたつの部屋で。仲良く蜜柑を剥きながら、お喋りな妹に付き合うお兄ちゃんといった雰囲気。 「何か間違って‥‥ないか?」 「‥‥間違ってる、と思う」 見頃も終わりの梅と寄り添い咲きかけの桜。寄り添う対の木を眺めながら香り高い春の茶。 並んで啜る一刀と千草。女性にもありうる名前なので間違えられたのか。いやきっと悪戯だ。 「‥‥俺のお菓子食べるか?」 「ああ、ありがとう‥‥」 「茶のお代わりも入れてやろう」 「ああ‥‥」 何だろう、この虚しさ。 「神楽坂さん、その簪とてもお似合いですよね。選ぶコツとかあるんですか?」 お目当ての紗那と二人きりになったラシュディア。基本は身嗜みを褒める所から! 「これは貰い物ですわ」 「俺にも選ばせてくれませんか。ジルベリア風のとかは好まれます?神楽にオープンしたばかりの店、今度一緒に」 「そうね、素敵ですこと」 脈があるか!うっとりとした流し目の手管に有頂天。 ふと幼馴染の姿が脳裏に過ぎるが、目の前のチャンスに脇へ押し退ける。気のせいだきっと。 張り切って話を進めているがよく考えて欲しい。ラシュディア、貢がされるぞ。 「もふら、好きですか?可愛らしさに心奪われまして、もうジルベリアには帰れません♪」 こちらは男二人に女一人。慈愛に満ちた笑顔で会話を絶やさず京香と甘酒を傾けるエルディン、と伝助。 「あっしはそろそろお暇を」 「お気遣いは無用ですよ。ほら三人で一緒にこたつで温まりましょう」 細やかな気配りに更に好感の目を向ける京香。神父さんにますます心惹かれたようである。 伝助、残念ながらエルディンの引き立て役になっている。 恥ずかしげに頬を染める桜と並び、ぼうっと庭を眺める緋那岐。無造作に菓子を口に運ぶ。 悪い気はしないけど、まだ恋とかそういうのは‥‥実感が湧かない。 「友達なら構わないよ。俺あんまり遊ぶ場所とか知らねーけど」 「はい、私も‥‥」 お菓子が出た!と幸せそうな青楼。菓子もひとつひとつ色や形が違い。李雲の手にある物をじーっと眺める。 「食べるか?」 「はい♪」 渡そうとした手に指ごとパクっと。凍りつく李雲。 真夢紀の心の中でバツ印が付く。あくまでシノビ次期頭領の嫁、としての評価だ。 仁汪が用意していた三人で最初考えていたのだが、彼の立場に必要なのは恋人ではないと。 それに越した事は無いんだろうけど。万一の際には夫の代わりの立場も務めるんだろうと推測する。 すると‥‥月夜や白藤はどうだろう。 月夜が何か言いたそう。でも言い難そうにしているのを察して白藤が青楼を連れて手洗いに立つ。 (今です――!) 勘違いしている千歳。しかし月夜の唇から出たのは。 「恋って何?」 自分も判らないが、と素直な心情を吐露する李雲。ぽつりぽつりと誠実な一問一答。 結局二人とも何だろうねと確認しあうに終わるが。 家族以外の男の人とお話してみるのも悪くない、と月夜は思った。 「先に判ったら教えてくれる?」 「判ったら、そうだな‥‥文でも出すよ。宛先はギルドに託していいのかな」 「うん」 ●収まるとこは収まった? 結局、李雲の嫁候補という話は先延ばしになった。 彼はまだ望んでいないし。考える機会を持たせただけでも、まぁいいかと仁汪は呆れた息を吐く。 「なんか周囲の方がいい雰囲気になったのが何人が居るみたいだな」 帰りに私の教会へ寄っていきませんかと誘うエルディンと楽しそうにしている京香。 そっちは首尾どうだった――という友の目配せにぐっと親指を立てるラシュディア。 今すぐデートという訳ではないが。紗那の連絡先はしっかりゲットできたようだ。 「あ、寒河さま。例の大福の話をしましたら赤水晶さまもお店を覗いてみたいそうですが」 「大福!?行きたいです〜。李雲様、私も連れていってくださいませ♪」 和奏が大福と言った瞬間にパッと表情を輝かせて青楼が李雲の腕を取って甘える。 「うむ、構わないが‥‥」 見回すと俺も私もと、甘味好き達の手が挙がる。 どうやら、二次会もあるようである――。 「よう、そっちの道には目覚めなかったのか?」 一刀の肩を叩く優風。はぁ?という顔をする一刀。お前か仕込んだのは? 「無実、無実。俺は何もしてねーよ!」 「そっちの道って何だー?」 耳聡く割り込んでくる緋那岐。意図してないが千草と同室にした犯人は彼である。 「ふふん、坊やもじきにわかるさ」 「俺、そっちの道には興味ない‥‥」 ぼそりと呟いた千草に帰宅してから事情を聞いて白藤は大笑いしたのであった。 「銃撃ちたいから付き合って」 「えぇ!あっしでやすか!?」 何故か結に捕まった伝助。この後、図らずも彼女の修練に付き合わされるのである――。 銃の的として避けまくるという。災難。 |