小さな村の温泉にて
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/02 01:54



■オープニング本文

 明るく天気も良い朝。
 見附屋のちょっとだけ内気な小女キリが、お使いに向かいながらふと覗き込んだ道端の天水桶。
 風のさざなみも無く、そこにはいつもの化粧っ気も全くない自分の顔が映るはずであった。

「‥‥え?」
 見ず知らずの幼い娘。十にも満たないくらいだろうか。
 ふわふわの金色の巻き毛に珊瑚玉のような丸いつぶらな瞳。
 にっこりと笑われて何事かと桶に手を掛けて、目を凝らす。
 しかし幻だったのか、それは一瞬にして消えていた。
「幻ですよね、それにしても随分可愛らしい女の子でした」
 特に何かあった訳でもなく、店の者に話しても笑われるだけなので、その日はそれで終わった。

 ちゃぷん。

 洗濯物を干していると後ろで水が跳ねるような音がした。
 振り返ると誰も居ない。水というと、まだ片付けてないタライの中だろうか。
 何か少し生臭い。誰かいたずらで魚でも入れたのか。
 腕白盛りの広明坊ちゃんの仕業なら、しょうがない。おシズさんに叱って貰おう。
 そう考えながら、ひょいと覗き込む。

「‥‥いやああああっ!?」
 肝を冷やして、地べたに腰を落として絶句しているキリ。
 手放してしまった洗濯物が、土に汚れてしまった。

「た、タライの中に‥‥」
 化け物の姿が映ったの。金色のもじゃもじゃした生き物がぱっくりと珊瑚色の口を開いて。
 悲鳴に駆けつけた店の男達が指さす先を覗き込むが、別に何にもいない。
「キリちゃん働き者だから疲れてるんだな」
「いつも細々と先回りしてくれるからな。どれ親父殿に私から言ってあげよう」
 男衆に混じり様子を見に来て、鷹揚に笑う着物姿の青年。
 キリが密かに慕う見附屋の跡取り、孝明までもがきてしまったので慌てる。
「そ、そんな。孝明様まで‥‥私の粗相で申し訳ございません!」
「気にするな、と言ってもお前なら気にするか。――ふむ」

「母殿が、温泉に浸かりたいと言ってたのだが供が決まってなかったな‥‥」
 袖からひょいと手を出して顎にあて、思い出したような顔をする孝明。
 そのまま優しい瞳をキリへと向ける。
「ちょうどいい。お前も一緒に行って骨休めしてこい」

●奥様と温泉行き
「賑やかな供が一緒だとやっぱりいいわねぇ」
 おっとりと人に仕えられる事に慣れたお嬢様育ちを感じさせるが、人が良く開拓者にも気さくに話しかける見附屋の奥様。
 道中、物騒な事があってもいけないからと護衛に雇った開拓者も同行している。
 成人した息子が居るのだからそれなりの年のはずだが、肌も瑞々しく三十路を越えていないと言っても通用しそう。
 今回赴くのは、新しく入った丁稚の田舎だという小さな村。あまり知られてないが、いい湯が自然に滾々と湧いているそうな。
「栄助、まだ遠いのかい?」
「日暮れまでには着きまさぁ。奥様、お足は大丈夫でやんすか?」
「ええ、平気ですとも。こう見えても昔はお転婆でしたのよ、足は丈夫」
「そうは言ってもまだ長いでやんすから。少し行ったら井戸と小屋があるんで、休んでいきやしょ」
「そうね、喉が少し渇いたかしら」
 そういって着いた小屋。といっても東屋みたいな物だ。
 壁も無く粗末なものだが、都へ行く村人が休憩に使うのであろう。
 無骨な作りの長椅子に埃まみれの薄い座布団が置いてある。
 それをパンパンと叩いて、敷き直し。
「奥様、皆様、どうぞお座りくださいまし。私、水を汲んで参りますね。ほら‥‥小用足したいんでしょ、今のうちに行ってきなさい」
 耳打ちするキリにえへへと笑う丁稚の栄助。キリから見たらまだ子供だ。
 さっきから言い出せないのを気付いていたのだろう。ぽんと背中を押して、懐から出したたすきで袖をたくし上げ。

「‥‥」
 盆に湯呑を並べたキリが蒼白な顔で戻ってきた。配る手が震えている。
「どうしたんだい?キリ」
「何でもございません奥様、ちょっと草むらに蛇が居たものだからびっくりして」
「おやおや怖がりだねぇ」
 奥様の前では別になんでもないと言い張り続けたキリだったが。
 村に着き世話になる栄助の実家――彼は村長の四男坊だそうだ――で奥様が歓談を始めて、下がると。

 何があったか言ってごらんと優しく問いかける開拓者に、彼女はぽつりと話した。
 水を覗き込むと、時々何か居る、と。
 それは可愛らしい姿だったり、怖い姿だったり色々ある。
 必ず目に付くのは金色と珊瑚色。鮮やかな色だけがはっきりと記憶に残る。
 これから奥様と温泉をご一緒するのにどうしよう。入らないと頑なに拒んだら奥様が気を悪くするかもしれない。
「最近何かあった?見るようになってから必ず身に付けているものとか」
「孝明様から先日戴いたお土産の簪くらいですけど‥‥そんな、孝明様から戴いたものが」
 貸してごらんと言っても触らせてくれない。彼女にとってそれはそれは大事なのであろう。
 金色に磨かれているが銅製か。先端に少々いびつな珊瑚玉が付いているだけの割と地味に見える品。
 キリによく似合っているが‥‥。
 それがアヤカシならば、早急に何とかせねばなるまい。
 脅かすだけで満足してるうちはいいが、いつまでもそんな風にはしていないだろう。

●鄙びた露天風呂
 キリから簡単に簪を取り上げられるチャンスは入浴時であろう。
 しかし奥様は開拓者を労って先に入るよう勧める。
「私って終い湯じゃないと落ち着かないのよ、我侭申してごめんなさいね」

 村長宅の裏手にある、一度に四人も入れば芋洗い状態になりそうな小さな岩風呂。
 囲いも何にもなくて開放的である。周囲はほったらかしの藪。
 柱掛けの提灯が四方から照らし、足元も問題ないが周囲は真っ暗闇。
 その気なら覗き放題だが、村人にそんな不心得者は居ないだろう。
 ちなみに効能は美肌、だそうだ。
「さて、どの順番で入る?」


■参加者一覧
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
綺咲・桜狐(ib3118
16歳・女・陰
彼岸花(ib5556
13歳・女・砲
りこった(ib6212
14歳・女・魔
泡雪(ib6239
15歳・女・シ


■リプレイ本文

「温泉〜。温泉いいですね〜♪」
 今回の依頼に志願した目的はこれである。商家の奥様の護衛とか書いてあった事はまったくもって脳裏からすっ飛んでいる剣桜花(ia1851)。
 いや、そもそも文字が目に入ってすらいなかったのかもしれない。温泉という二文字しか。
「湯はいつでも入れますので、どうぞ」
 その言葉を待っていましたとばかりに、真っ先に裏庭へ。
「あんまりはしゃぐなよ‥‥はしたない」
 無造作に脱ぎ捨てていった抜け殻をエメラルド・シルフィユ(ia8476)が呆れた顔で眺めている。
 自分も無論楽しみではあったが。キリの話が頭の隅に引っ掛かっている。
 もしアヤカシが入浴中に出現したらとも思うが、温泉に剣を持ち込むのは無作法であろう。
(まぁ‥‥その前に剣にとって良くないがな。錆びてしまいかねぬ)
「シルフィユ殿、大変良い湯加減ですよ〜」
「早いな桜花は。ふむ、掛け湯を先に浴びるのだったよな」
「そうそう。あと手拭いは湯の中に漬けっぱなしにしちゃダメですよ」
「知っているぞ、もちろん」
 卵の腐ったような匂いが微かに漂うが、さほど濃厚でもなく湯も透明に近い。
 囲む岩肌は微かに赤みを帯びた結晶がこびりつき。
「そ、そんなにじっくり見ないでくれ。恥ずかしい」
 遠慮なんてものはとことん無く。エメラルドの抜群のプロポーションをくまなく眺めてにんまりしている桜花。
「おっきぃ胸ですねぇ。触っていいですか?」
「貴公もさほど変わらぬだろうが」
 堂々と伸びてくる手に苦笑い。泰拳士の修行を積んだ桜花も引き締まった筋肉に支えられた柔らかな胸の豊かさが目立つ。

「食事はまだちょっと時間が掛かるでやんすけど、ゆっくりしててくんなせぇ」
 襖を細く開けて遠慮がちに声を掛ける栄助。女性ばかりのご一行、一緒に居るのは落ち着かないようだ。
「キリ、あまりこちらにご迷惑も掛けられないから手伝いは頼むわね」
「はい奥様。では皆様、私も失礼致します」
「あ、キリ様。私も一緒に参ります。シルフィユ様がお酒を所望でしたから熱燗をお持ちしようかと」
 台所を借りたいからと立ち上がる泡雪(ib6239)。こんな所でもついついメイド根性が出てしまう。
 何もしないでいるより働いている方が落ち着く。
「あたしも手伝うよ〜。手は多い方がいいよね♪」
 ささっと立ち上がり二人についてゆく御陰 桜(ib0271)。キリには目を配っておかないと。
「彼岸花ちゃん、どうする?」
「ボクはここに居ます。奥様、本当に一緒に入ってもご迷惑じゃないですか?」
「じゃ、りこもここに居る〜。えへへ、温泉楽しみだな〜」
 人懐っこい笑顔で彼岸花(ib5556)にべったりと付いて離れないりこった(ib6212)。
 狼と犬という違いはあれど同じ系統の獣人、そして似た髪の色。しかし全くもって雰囲気の異なる二人。
「かえってこちらこそ嬉しいわ。やっぱり娘も欲しかったわね、うちは男の子ばかりだから」
 静かに話す彼岸花と、ころころと表情を変えるりこった。二人との雑談を奥様も心底楽しんでいるよう。

 その頃、綺咲・桜狐(ib3118)とペケ(ia5365)はどうしてるかといえば。
 少し外の空気を――と称して、温泉の傍の闇に潜んでいた。
 キリの話だと、きっと何かが起こるはず。丸裸の者だけで対処するのも危険だから、何があってもいいように。

「シルフィユ様、お酒をお持ちしましたよ」
 湯気の向こうから聞こえる泡雪の声。
「炙り干魚は奥様からの差し入れでございます。よろしければこちらもどうぞ。浴衣はこれからお持ちしますね」
 こちらはキリの声。ひたひたと近付く草履の音。
 あえて誰も止めなかった。出てしまうなら今、この時に出てしまってくれと。
 片付けるなら早い方がいい。そうしたら後は気兼ねなく楽しめるから。

 湯の中に滲み出るように浮かぶ金色。一筋ずつ伸びる糸が骨となり膜を張り何かを形作ろうとする。
 湯気に阻まれて、湯の外に居る者達にはまだそれが見えていないようだ。
「キリ殿、下がれ!」
 ざばりと湯を弾いて立ち上がるエメラルド。
 その気配で咄嗟に傍に居たキリを片腕で抱え、湯から離れる泡雪。
 このような状況でも反対の手に乗せた酒徳利の盆は揺らがない。むしろ神経は半分くらいそちらに集中している。
 つい、酒好きの性である。

 入れ違いに踏み込んだ綺咲がアヤカシを見つけるより先に。
「私の大事な鑑賞タイムの邪魔をするなー!」
「こら桜花‥‥」

 ドバッシャーン。ペシンッ。ドガッ。

 雷雲が突如訪れたかのごとき轟音と迸る青い閃光。そして続く湯を派手に跳ね上げる音。
 瞬時にして大量の気を練り、極限まで満たした精霊の力を蹴りに込めた桜花。
 アヤカシの沸いた位置が悪かった。風呂の縁。
 勢い余って手応えの無さ過ぎるアヤカシと一緒に囲む岩まで蹴り砕いてしまったのである。
 これは弱すぎるアヤカシが悪い。‥‥のか?
 
 駆け寄ったペケが予想以上に湯びたしになった泥の上で滑って仰向けに転ぶ。
 そこへペシャリと降ってくるアヤカシ。なんという事か思いっきり開いてしまった股の上に見事に。
「はわわっ、変な感触‥‥」
 水から逃れられないのか、ペケのそんなとこの上でピクピクと瀕死の体。

 提灯の灯りに照らされた綺咲の放った幻龍の雄々しき姿が虚しい。
「う‥‥うん、何だけど。とりあえずさっさと邪魔者はヤっちゃいましょ」
 少々気合を削がれた御陰だが、印を結び水の刃をアヤカシに浴びせかける。
 水を得て、微かに動きペケからずり落ちたアヤカシ。
「まぁ、その。トドメだ」
 やり過ぎだろうかと自問しつつ、青白い光を帯びた素足でプチッと踏み潰すエメラルド。
 一体どのような姿を見せていたのか、それを知る事すらなくアヤカシは消滅した。

 騒ぎに駆けつけようとする住人を押し留めてるうちに、出遅れたりこった。
 杖を持って駆けつけた時にはどうやら終わっていたようである。
 まぁ、これで良かったか。桜花とエメラルドが素っ裸で立っていたのだから。
「た、多分、ど、動物が出たんだとお、思います」
 言葉をつっかえながらも茶を入れ直し、奥様をごまかす彼岸花は広間で時間を過ごしていた。

 惨状。奥様が入る頃までには元通りにしたいものである。
「酒を飲み損ねたな‥‥まぁ後でもいいか」
 念の為に心眼を使うが、怪しい気配は無い。
 そして簪が壊れずに済んだ事にほっとするエメラルド。
 幸い囲む岩の一角が壊れて湯が流出しただけで済み、手頃な石で修復は即座にできた。
 ただ‥‥自然に湧く量にも限りがあり、湯面の高さが元に戻るまで多少時間が掛かるようだ。

「今回はこの程度で済んで良かったです。ですが、もしキリ様になにかあったら、きっと孝明様は一生、ご自分を責められたことでしょう」
 事態に固まっているキリの身体を撫で、優しく諭す泡雪。
 ほらまずこれで気持ちを落ち着けてと、エメラルドに運ぶ予定だった熱燗を口に含ませさせてるのは気のせい。
 もちろん飲めるかどうかは先に聞いている。飲めるのなら心の動揺を宥めるには酒が早道、いやそれは自分の事では。
「後でその簪が本当にもう心配ないか確認してからお返ししますね」
 簪は一度預かる。アヤカシを倒したとはいえ、心配の根は絶っておきたいから。
 神社か何処かできちんとお清めを受けた方がいいだろう。彼女がこれを決して手放したくないのなら。
 大切な品を触られたくない気持ちはわかるが、命をまず第一にという事を考えて貰いたい。
「そんなに落ち込むな。孝明殿には内緒にすると約束する。その必要が無ければ私とて野暮ではない」
 エメラルドが横から口を添える。納得したキリは開拓者達に簪を預けた。

「私のおっぱいは守りました♪」
 満足げ。でも起きてしまった結果には少し申し訳なく思っている桜花。
 湯量の足りなさを補う為と、次に入る者達とも一緒に浸かっていた。眼福も兼ねて。
 ペケのむっちむちな胸。御陰のやっぱりむっちむちな胸。
 自分と見比べて、綺咲がちょっと小さく落ち込んでいる。
 そんな事は意に介さず、持ち込み酒を堪能する泡雪。
 ぎゅうぎゅうといった感じで入ってるお陰で、湯は肩までちゃんと温まれる。
「んー、温泉気持ちいいです。はふ、ずっと入っててもいいかも‥‥」
 落ち込んだまま表情は変わらないかのように見えるが、尻尾は正直。
「うんイイお湯だよね♪って、桜狐ちゃんくすぐったいよ♪」
「ごめんなさい、つい‥‥」
 狭いので綺咲の揺れる尾がさわさわと御陰の尻に触れていたようだ。

 そして奥様と一緒に入浴する彼岸花とりこった。
 背中の流しっこをしたりして、奥様が微笑ましく湯船から眺めている。
「り、りこった君‥‥」
 尻尾を触られて赤面している彼岸花。

●宴会、そして朝へ
「あら皆様お待たせしてしまったわね。先に始めてて良かったですのに」
「いや、奥方を差し置いてそのような」
 浴衣姿でそれぞれに寛いで座った面々。憂いも解けて料理を前に笑顔。
 奥様の長湯に付き合った彼岸花がほわ〜とした顔でぺたんと腰を下ろす。
「ささ、天儀酒にヴォトカ、甘酒にお茶もございますよ」
 キリと一緒に酌をして回っているのは泡雪。が、途中で御陰に裾を掴まれ座らされ。
「泡雪ちゃんもほらほら飲んで〜。働く時間は終わりだよ♪」
「はい、いただきます」
 とっぷりと注がれた杯を軽く空けてしまう。
「お、いける口だね♪」
「キリも座って食べるといい、ここ空いてるぞ。飲めるなら酒もどうだ」
 と、自分と綺咲の間に座らせて料理を勧めるエメラルド。ヴォトカに興味を示した彼女に自分の杯で味見させ。
「飲み口は少々天儀の酒よりきついかもしれんが。嫌いじゃなければちびちびやるといい」
 甘辛く煮付けた豆が意外と合うと、つまみも分けてやり。
「この油揚げ美味しいです‥‥幸せ」
 酒を嗜まぬ綺咲は料理を中心に、というかこんがり狐色に焼いた油揚げばかり食べている。
 魚に目を輝かすりこったに甲斐甲斐しく骨を取り除いてるのは奥様。彼女がお気に入りの様子で離さない。
 彼岸花の傍には桜花。色々と話題を振って、大人しい彼女をさりげなく独り占め。
 酒が回るに連れて、いやその前から目線が浴衣の襟元しかいってないが。
 飲んでないはずの彼岸花も部屋に満ちてくる酒香に気持ちが更にほわほわとして。
 そこから彼女の記憶はない――。

 平和な夜更け。
 帯だけで辛うじて身に残っている浴衣。彼岸花の露になった胸に満面の笑みを埋めてすやすや寝息を立てる桜花。
 キリに両腕を絡ませながら仲の良い姉妹のように枕に頭を並べた泡雪。
 りこったに用意されたはずの布団に潜り込んで、一緒に眠ってしまった奥様。
 別室が用意されてたはずだったが、本人も酔って忘れてるのだろう。
 栄助も呼びに来ない。この部屋の騒ぎはそっとしておくに限ると思ったのか。
「桜狐ちゃんの尻尾ふわふわ〜♪」
 酔ってないけど周囲の空気に便乗して綺咲の毛並みの感触を楽しみながら、眠りの訪れを待つ御陰。
 その向こうでは、すっぽんぽんになったペケが大の字に、掛け布団の上に寝ている。
 風邪を引かぬようにとペケに別の布団を掛けてやり、そっと部屋を抜け出るエメラルド。
 真夜中、月を見上げながらの一人風呂を堪能し。

 朝陽を浴びて美肌の湯にゆったりと浸かるペケ。昨夜の酒気はからりと抜けている。
 そこへ連れ立ってきた桜花と彼岸花。御陰に綺咲もやってきて湯船は満員御礼。
 裸のお付き合い。女の子同士だから恥ずかしい事はない。
 洗いっこしたり代わる代わる湯に入ったり。
「やっぱり温泉さいこ〜だね。うん、お肌もつるつる♪」
 こんな温泉と宴会三昧の依頼もたまにはいいね。

 縁の修復の跡は目立たない。ちゃんと謝ったし家の主も笑って許してくれた。
「また来たいわね。女の子の供と一緒で私もつい昨夜は若返ってはしゃいでしまいましたわ」
 帰りも上機嫌の奥様は、後で別に礼を届けますからと言って開拓者の供を連れて立つ。
 憂いも消えてキリも明るい笑顔だ。
 泡雪と話が合うのか、口数も増えて屋敷での普段の仕事の話などを交わしている。
「依頼で村に寄る事があったら、また温泉を楽しんでいってくんなせぇ」
 栄助がそう言ってるのは社交辞令ではない‥‥はず?