【人妖】踏み外した絆
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 難しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/01 19:35



■オープニング本文

●朝廷軍、東の砦にて
「未綿の兵は寄せてきたか‥‥」
 緩やかな丘陵の高地に建てられた砦。その中には朝廷に属する兵三百が現在駐屯し遭都防衛の一端を担っている。
 矛を収める事なく遭都を目指す敵勢の先鋒は二手に分かれ、それでも対峙しなければならぬ相手はおおよそ三倍は超えようとの事。
「西の砦にも、同様の軍勢が向かっています」
「合わせてもまだ‥‥後ろに控えが残っているのか。忠恒と例の人妖は?」
「探索を続行していますが、前線の指揮は忠恒ではなく別の者が執っている模様」
「そうか」
 伝令の報告に、ひとつひとつ頷き。予想を裏切らぬ事態の進展の確認を終え、男は労いの言葉を掛けて下がらせた。

 出づる日を背に、まもなく砦の物見櫓からも視認できる距離までへと到着するか。
 周辺の全ての行路を見届ける位置に砦はあり、林の類は旅人が休む梢こそあろうものの、軍という単位で隠れる蔭は無い。
 九十九折の丘陵の陰となる位置から出れば夜陰に乗じぬ限り、弓が届くよりも早く発見に至る。
 日あらば奇襲の手はおおよそ通じぬ。ただし、こちらも砦から出れば兵の動きを隠すのは困難。

 大机に広げた地図。この砦の周辺だけを描いたそれを静かに見つめ、無言のまま額を翳らす細面の壮年。
 この砦を預かる将、窪内 昌尚。
 武門の嗜みとして槍は操るが、才は凡。かといって頭脳が切れるという訳でもない。
 なお、容貌も凡。戦装束を纏っていなければ、うだつのあがらない官吏の類といった風貌である。

 己一人の力の限界を弁え、広い視野を忘れず、よく聞き入れる耳を持つ。
 個性という意味では没するかもしれないが、物静かに細部まで心を配り、いざの場となれば肝を据えて悠然と待ち構える彼。
 別働隊の作戦遂行までの間持ち堪える事。それが課せられた任。
 一兵卒に至るまで備えを怠らず、己の領分を黙々とこなし待ち構えている。
 後方には既に圧倒的多数の精兵を従えた本陣が控えており、狼煙を上げれば一気に押し迫る手筈。
(できればその前に降伏を望みたいのだがな‥‥無駄な血が流れる)

「朝餉は開拓者達と共に取ろう。おそらくこの後は戦が終わるまで悠長に話し合う時間もなかろう」
 全員を呼んで欲しい。代表者を決め、その者と話し合うだけでも事足ろうが‥‥できれば全員の顔をもう一度見ておきたい。
 彼らを危険に晒すのだから。その指示を出すのは私なのだから。

 砦が持ち堪える間が最後の希望である。
 誰にとっての希望か‥‥未綿の民を殲滅せざるをえないというのは朝廷としても避けたい事態であった。
 しかし被害の拡大をこれ以上は看過しえない。
 今後の民心を考え、寛大な処置で済ませたいのは確かだが。それにも限度がある。
 砦が陥落する兆しがあらば、呵責なき戦端の緒を切る。全ての抵抗が終わるまでB

 千の勢など赤子のように捻られてしまうであろう。
 権力の側による一方的な蹂躙。例え正当であっても。
 人の心は理だけでは動かない。後に禍根を残したくなかった。

「寡勢の守り戦で無茶を申している事は承知の上だ」
 それが必要とあらば何をしても構わぬ。兵も全権を預けよう。
 例え思わしき結果とならなかろうと全ての責は将である自分が負う。
 だから、開拓者には。

「未綿の里の民をできる限り助けて欲しい」

 朝廷に反乱の矛を向けた。一度そうしてしまったからには、もう戻れる場所は無い。
 例えこの戦に生き残ろうとも待ち受けるのは不名誉な処刑。
 思い詰め背水の覚悟を決めた彼らに対して、手加減して太刀打ちできるものではない。
 わずかな迷いや隙があらばこちらが血に斃れる。
 だが、それでも。死累を積む意味がこの戦いの何処にあろうか。
 元凶を断つのを待つ間に出る犠牲は仕方ないとでも言うのか。

『流れに身を任せるしかなかった』

 誰が聞いた言葉であっただろうか。ならば流れそのものは変えられないのか?
 我々は変えられる力を持っているのではないか。
「窪内様‥‥どうかお顔を上げてくださいませ。私達にそのような‥‥」
 三百の兵と砦を預かる将ともあろうものが。
 我々は頭を下げられずとも。為すべき事は為す。
 それぞれの想いを抱えて――。

●未綿軍、東の陣にて
「本当に後悔していないのだな」
 未綿の里の軍勢の一部には、本来は従軍しないはずの訓練兵、そして兵の家族までもが先陣を希望して従っていた。
 邪魔はしないから、足手纏いなら即座に捨てていいから。
 どうか連れて行って欲しい。もし未綿が終わりだというのなら、自分も共に挑んで果てたい。
「もう後には引ける道が無い‥‥そう仰ったのはあなたではありませんか」
 きりりと巻いた白鉢巻、同じ色の紐でしっかりと結われた後ろ髪。手には嫁ぐ時に父より贈られた白鞘の守り刀。
 甲冑に身を包んだ雄々しき壮年のサムライに半歩後ろを従う妻女。
「私は最期まであなたと添い遂げたいのです」
「千代、おまえ‥‥」
 深き絆に結ばれた夫婦。
「乱を起こしたのは我ら兵であって‥‥暮らす民に罪はないのだぞ。朝廷もそれは判ってくれよう」
「ですがあなたは行ってしまわれる」
「忠恒様の命である。仕えた主君に最後まで従うのが義。わしの選んだ道だ」

 何も語らず弓を取り、馬上の師に添い従う紅顔の若武者。床の間の刀を手に隠居より戻りし老いた志士。
 志体のある者、なき者。経験の深き者、浅き者。全てに共通するは、里を愛する心。
 それが誤まって導かれたものであったとしても。

 軍勢の後ろで能面のような表情をした男が指揮を執る。忠恒が信を置いていた将が一人。
 人妖更紗が忠恒の傍に現れてよりその言動が豹変したが、軍備の増強と同時期の事で気に病む余裕も周囲には無く。
 常に沈着で面白みのない男だが、豪胆な忠恒と意外と馬が合い酒盃も交わす仲。歯に衣着せぬ直言も心通じてのもの。
 この度の件は諌めると誰しもが思ったが、むしろ賛同の熱弁を振るい武力蜂起を推し進めた。
 頭脳明晰な彼がそう判断したのなら‥‥今までだって従っていれば間違いなかったじゃないか。
 忠恒様のご判断に我らが指揮官が太鼓判を押したのだから、そう。
 きっと我々一兵卒には判らないような、深遠な考えがあるんだろうよ。
「威晋様、まもなく予定の地点となりますが‥‥」
 馬を寄せた側近の声に顔を向ける事もなく静かに告げる。
「全軍小休息の後、突撃に移る‥‥皆、頼むぞ。シノビ部隊は別働を開始せよ」
 百五十の騎兵隊を本陣に温存し、弾避けの茅束を手にした志士が重装のサムライと共に駆ける。
 鉄槌に掛矢を持った部隊は土塀を破壊突破するつもりであろうか。それを援護する射撃部隊。

 戦は始まる。
 導く者に齎された異変。それは導かれる者に悟る機もなきまま――。


■参加者一覧
/ 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / ヘラルディア(ia0397) / 真亡・雫(ia0432) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 皇 りょう(ia1673) / 水月(ia2566) / 各務原 義視(ia4917) / 平野 譲治(ia5226) / 御凪 祥(ia5285) / 新咲 香澄(ia6036) / からす(ia6525) / 趙 彩虹(ia8292) / 村雨 紫狼(ia9073) / 茜ヶ原 ほとり(ia9204) / 千代田清顕(ia9802) / 雪切・透夜(ib0135) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 国乃木 めい(ib0352) / 不破 颯(ib0495) / フィン・ファルスト(ib0979) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 千鶴 庚(ib5544


■リプレイ本文

 未綿の兵が猛攻を始める前に砦外へ展開した部隊。門は一度固く閉ざされた。
 策の遊撃を行なう者とは別に、朝廷の兵を一時預けられた開拓者が待ち構える。
「打って出るが‥‥孤立に気をつけよ。では行くぞ!皇家が当主おりょう、いざ参る!我等に武神の加護やあらん!」
 当世具足に身を包み兜の緒を締め、珠刀を高々と掲げて鬨の声を上げる皇 りょう(ia1673)。
 凛々しく頼もしい女志士に従うは、砦の中でも精鋭の猛者達。
 斬り込み撹乱を行いながらも、無用な流血を避ける事が要求される。
(アヤカシの相手ならばいざ知らず、まさか同じ天儀の民の命を天秤に掛けねばならぬ時が来ようとはな‥‥)
 飛来した銃弾を弾き払い、刃の背をもって先頭の兵へ鎧袖の上から痺れるような重い一撃を叩き付ける。
 技量を見極め、後は周囲の兵に任せ乱戦となった中に身を捻じ込み矢や銃弾の飛来を避け。
「部隊長は何処におるか。私がお相手つかまつる」

「攻めて来たからには覚悟はできてるんだろうな!」
 遠目でも戦慣れした視点で見れば判る。明らかに訓練のできていない者まで混じっているのが。
 気に食わねぇ‥‥と酒々井 統真(ia0893)の唇から小さな呟きが洩れる。
 これは戦である。戦えない者に戦わせない為に戦士ってのは居るんじゃないか。
(てめぇら、守るべき奴らを引き連れて矜持ってものはないのかっ!)
 いや‥‥守られるべき者が戦士の矜持を踏みにじって無理に出てきたのかと自ら打ち消す。
「どちらにしても、気に食わねぇな」
 けれど――。見知った仲間達の顔が次々と浮かぶ。彼らを救いたいという想いを叶えてやりたい。

「っしゃ!ほとりたん、香澄たん、ヒラジョー、準備はいいか?ぐるっと一回り行ってくんぜーっ!」
 張りつめた空気をほぐすような陽気な声。その主は村雨 紫狼(ia9073)だ。一番危険な役割を引き受けた緊張を感じさせぬ不敵な笑み。
「ちまちま命なんて惜しんでられっかよ。あんの変態ロリコンジジイの配下ってもな、あの人達にも家族居っからな!」
「全力で行くなりよっ!」
 小柄な身体を馬の背に伏せた平野 譲治(ia5226)。その手には手綱と共に藁人形と符が。
 縄を持った兵の一隊にぐいと拳を上げて行ってくるね頼んだよと飛び乗った新咲 香澄(ia6036)。
 それに合わせて茜ヶ原 ほとり(ia9204)が鐙で馬の腹を蹴り、疾走の合図を出す。
 柚乃(ia0638)が触れた手から注がれた精霊の加護。淡い輝きはもう消えたが、その力は続いている。
(お願い‥‥ここで戦う誰もが待っている人の元へ帰れますように)
 どちらが勝利しても多くの人が傷つき、命を失う者が出る。判ってはいるけれど。でもそう願わずには居られない。
「見送ってる場合じゃないですね、もう戦いは始まっています」
 決死の覚悟で迫ってくる相手。まなじりを決めて兵士の間に混ざり精霊砲を撃つ。

 飛び交う怒号。剣戟に未綿兵の鉄砲を放つ音が混じる。
「深手を負った方は下がって術師の治療を受けて。押されても時がくれば返せますから無理はしないでください」
 自ら先頭に立ち、熟練の志士と刀を打ち合わせる真亡・雫(ia0432)。玉石混合の兵質が同等であれば数で優る相手に敵わぬ。
 倒す事よりも、味方を倒させない事に主眼を置き。ひらりと身を翻しては別の相手の武器を弾く。
 兵に守るように囲まれ、そしてその兵を癒しの力で守るヘラルディア(ia0397)。
「いいですか、術の届く範囲から離れないでくださいね。そこまで突出する必要は今はありませんから」
 サムライの放つ地断撃が自らを巻き込んでも怯まず、味方の傷の負い具合の把握に専念し、反撃は任せる。
「このぐらい‥‥私はいいですから、その兵を止めて」
 衝撃に息を一瞬詰まらせながらも、祈りを捧げ淡い光を纏い雫の後ろで血に濡れ崩れた兵達にも届くよう力を放つ。

 ひらりゆらりと時には激流を模し流水のごとく舞い、北斗七星の杖に埋め込まれた宝珠が朝陽を照り返す。
(人々の希望‥‥説得に応じてくださる気配はなかったもののまだ希望は残されています。どうか気付いて)
 白き狩衣に揺れる漆黒、それを追うようになびく白とも銀とも見える絹糸のような髪。
 家に伝わる由緒正しき舞いに精霊の力を乗せて、立ち向かう者達を援護する六条 雪巳(ia0179)。
 それを前で守る兵と共に、雪切・透夜(ib0135)と琥龍 蒼羅(ib0214)が立つ。
「シノビが混じってるとは。相手するので琥龍さん、他を頼みます。まだ居るかもしれない」
 急所を狙った苦無を寸前で止め、炎を纏って飛び込んできたシノビを身体を張って止める透夜。
「抜けさせはしませんよ」
 後ろの雪巳を狙って雑兵に精鋭を忍ばせてきたか。鎧を纏った兵の多い中で遠目にも彼の姿は目に付くだろう。
 背丈よりも大きな剣を横に薙ぎ、その重量で他の兵の武器も叩く。落とせば幸い、落とさぬならもう一度振るうまで。
 大振りで進路を塞ぐと見せかけて、シノビの攻撃をかわしながら別の兵を盾として脚を狙う。
 骨を砕く手応え。一撃で行動不能を狙うならやむを得ない。叫び転がる兵に一瞬動きを阻害されたシノビにすかさず鎧の肩を当て。
 脇から繰り出される別の槍を無視して櫛状の刃でシノビの利き腕を挽く。それでも戦意は失われない。
 逆腕で放つ苦無を難なく弾き、意識を失う程の重傷を負わせてようやく動きを止める。
 透夜や他の兵を狙う攻撃を手裏剣で牽制し立ち回る蒼羅。刀を鞘に収めたままと見て飛び込んだ兵の槍を紙一重で潜り抜け、瞬時の抜刀で脇腹を薙ぐ。
 近付く者を皆手負いにさせ、整える呼吸。表情を消した黒き瞳が未綿の兵達の眼を捉える。柄に手を添え寄らば斬るという無言の威圧。
 一歩踏み出せばじりりと未綿の兵の草鞋がたたらを踏む。

 騎乗の部隊が孤立しないよう前方に突出して引きつけては整然と退かせ、兵を指揮する千代田清顕(ia9802)と御凪 祥(ia5285)。
 馬防柵を用い背後には敵が回り込まないよう。
 祥の槍技に未綿が隊列を組めば清顕が撹乱し、合わせた兵が剣を振るう。
 清顕は砦の前に出ていたが、予め指示していた内部に待機した兵が即席の櫓に立ち土塀に寄せた者に土砂を浴びせる。
「次から次と、捕縛できる暇もないねぇ。ほれ、お前さん前に出過ぎだぜ」
 刃を交えた相手に誘われ孤立しかけた兵を助けに行き、水遁で道を割る清顕。


「もういいんじゃねーか。無理、無理、諦めて下がろうぜっ!」
 たった四騎。いや各務原 義視(ia4917)も騎馬で合流していたので五騎。
 常に止まらず位置を変え続けたとはいえ短時間で満身創痍。馬をやられなかったのは幸運か。
「やーいやーい、お前らの大将変態ロリコン幼女マニアーっ!」
 そんな罵声を紫狼が飄々とした声で上げ続けていれば、それは集中して馬上を狙われるだろう。
 その逆上は実は咆哮で仕込まれたものであったが内容があまりに侮辱的な為、志体持ちも策に惑わされた。
「退却なりっ!」
 返す馬を追う先頭に龍の幻影を見せ、黒く滑らかな壁を突如地面から出現させて囲む未綿の兵が道を塞ぐのを防ぐ。
 義視の立てるしっとりとした白い壁。次々と一見適当に見える位置に二色の壁を打ち立てて分断してゆく譲治。
 突如消したり、また打ち立てたり。砦に残った兵が対応できる数十人だけを意識させぬままに引き連れ。
「ほとりたん、ヒラジョー、砦の中から頼むなっ」
 この囮は一回だけではない。紫狼と香澄はもう少し残って次に砦内へ送り込む兵を寄せ集める。
 ほとりは無言のまま答えないが、趙 彩虹(ia8292)と擦れ違う時にだけ小さく笑顔を見せた。
 笑顔を返す彩虹。
「後は任せて。早く砦の中に!」
 視界の外から来た攻撃を八尺棍で受け返し、腕を絡め取るようにして宙を舞わせる。
「ほとりんをこれ以上は追わせないですからね」
 開いた門に便乗して殺到しようとした兵を押し返す彩虹、できる限り武器を落とさせるように努める。
 まるごととらさんを着込んで奇矯にも見えるがかなりの強者。
 無理な相手と知っても飛び込んでくる少年兵に彩虹の瞳が哀しみの色を映す。
「今からでも遅くはないですから。お願いですから里へ無事な身体で戻ってくださいっ」
 向かってくるからにはこちらも武器を振るわなくてはいけない。ありふれた修行の型ままの軌道の先手を取り、跳ね上げ。その腕をぐいと引く。
 次々と打ちかかってくる相手をいなし、倒れてもなお果敢に掴みかかる少年が巻き込まれないようむしろ片腕で抱き抱えて守る。
「未綿はこんな事で終わったりしないのです」
 一瞬だけもう一度彼の瞳をしっかりと見て。傍に駆け寄った縄を持つ兵へ少年を預け、瞬脚で更なる救助へと。
 入り乱れた雑踏の中で傷つき倒れた者が敵味方問わず無尽に転がる。せめて戦場の中心から逃れさせる事ができたら。

「これ以上は通さない‥‥あなた達を止めるんだから」
 なだれ込む兵がそれ以上入らないよう立ちはだかり、長柄の槌を振るうフィン・ファルスト(ib0979)。
 内側に待機させた兵は練度の低い者や後方支援を得意とする者で構成されているので自分が頑張らねば。
 志願した開拓者は別として、志体持ちの兵は激戦が予想される砦外への配置が優先された。
(ごめんね‥‥)
 小手調べに力を加減したとはいえ、それでも武器を振るえば志体無しの者が鍛えた肉体を遥かに凌駕する。
 見た目から信じられぬような怪力は、加減しなければ素手でも衝撃だけで鎧の上から殺してしまいかねない。
 それほどまでにいつの間に自分もこんなに強くなったのやら。

(戦は戦。やらざるを得ませんが。後味の悪い戦にはなりそうですね)
 銘の刻まれた刀を手に、本来穏やかなはずの瞳を真剣に変え。長谷部 円秀(ib4529)は正面に立つ。
 振るわれる度に地に散る紅い燐光。それは正確に無力化させる為だけに使う。
 相手を殺す為ではない。どんな動きで向かってきても脚や腕、それしか狙わない為に。
 立派な黒漆塗の具足に陣羽織と身を固めた姿はまるで指揮官のようにも見え、首を討とうと迫る者も居る。
 本物の窪内の顔を知らないにしても若すぎるとすぐに気付くだろうが、誤解に任せてもいいだろう。
 自分が囮になる分には構わないと、罠へ向けて身を翻す。

 からす(ia6525)が指揮し、突貫で用意させた罠が有効に発揮されている。
 転倒を狙った浅い落とし穴に足掛け縄。それぞれ逃げる進路に合わせて覚えさせておいたが。
 自身が用意した物は縄に連動して無人の物陰から矢が放たれるようにした仕掛けもある。
 殺傷力を抑える為に先端を丸く加工したので、フェイントの一種と言えるだろうか。
 驚かせ一瞬余計な判断をさせた隙に、反対側で待機していた兵士が飛び掛かり捕縛する。

 小さな身体がぽつりと馬場の入口に立つ。そこまで辿り着いた者は僅かだったが。
 大勢の収容と救護に用意された場所へ殺伐の空気を纏ったままやってきた者は水月(ia2566)の術によって穏やかなまどろみへと誘われて、その場に崩れ落ちた。
 傍で待たせていた兵達にこくりと頷く。音色にうっかり聞き入りそうになっていた兵達がハッして縄を持って走り回る。
(諦めないでください‥‥大切な人達が待っている里へきっと返してあげますから)
 ぐったりと荷物のように運ばれてゆく人々。幾ら縄があっても足りないから数珠繋ぎに手首を後ろ手に結んだだけであるが、哀れな姿だ。
 そのまま転がされるだけであるが、手当てが必要な者は広く用意された救護所の方へと運ばれてゆく。
 そこでは莚の上で呻く両陣営の兵達の間を縫うように、傷を検分しながら歩む国乃木 めい(ib0352)の姿があった。
 次々と運ばれる負傷者に手当てが追いつかない。できるなら救護の側にも手を増やして欲しいが、そうも言っていられない状況に未だある。

「私の手当ては後でいいわ」
 他の人を優先してと示してそっけなさも感じる仕草で断るほとり。見知らぬ相方を乗せて頑張ってくれた軍馬を最後に一撫でして兵士に預け。
「あちら側の指揮が足りていないようだ。頼んでいいかな‥‥せめてこれを飲め、もたないよ」
「‥‥ん、ありがとう」
 からすが放ってくれた符水を一気に飲み下して、弓を手に走る。呼吸も合わせぬ矢雨を降らせて相手に抜けられているのを立て直さなくては。
 その背を一瞥で見送って。
「次の合図まで乱射の手数を優先、紫狼殿達がこちらに一気に駆けてきたら左手側の足元に斉射」
 小さな女の子とは思えない威厳。からすの静かな声が次々と復唱され端まで伝達されてゆく。


 本陣近くの櫓の上に控え、正確な狙い撃ちで牽制し援護する千鶴 庚(ib5544)。
 簡単な陣幕を周囲に巡らせているだけなので、ここからは総指揮の窪内の姿とその周辺の動きがよく見える。
「私達を信じて任せてくれてありがとう。貴方が総大将で嬉しい‥‥いえ、誇らしいわ」
 今のところ敵方からの暗殺が来る気配はない。こちらと同じような手を使ってこないとは限らない。
 警戒は怠らず。見えない場所に天河 ふしぎ(ia1037)が護衛に控えて万が一の備えはしているが。

 砦の正面方向に緩く開いた二股の錘形を一瞬の時間差で描いて燃え上がる火線。
「さぁ、火計だよっ!殺したりはしないけど、ごめんね」
 兵に用意させた荒縄の上を香澄の火炎獣が走る。短時間でしかないが運悪くその線上に居た者を巻き込んで分断。
 声を嗄らさんばかりに咆哮を上げ続ける紫狼の傍を離れ、手薄と思われる場所まで一気に火線に沿って馬を走らす。
「援軍に来たよ、援護は任せて」
 炎の獣を自在に使役する香澄が加わり態勢が逆転し、疲弊した兵の気勢も上がる。

「私が囮になりますから、もう中へ」
「俺はこーみえてもサムライだぜ。巫女さん残して下がれねーよ」
「ならば一緒に。それぐらいはさせて下さい」
 力の歪みで攻めにも加わる雪巳。平気と言い張るが既に満身創痍の紫狼を守るように杖を振るい敵の槍を受け止める。

(どのぐらい捕縛できたやら‥‥俺や他の開拓者の奴らはまだいけそうだが、兵の限界が近いな)
 大量にばら撒いておいた撒菱での阻害も焼け石に水。効果は確かにあったが敵の数が多すぎる。
 部隊に持たせておいた目潰しの香辛料も既に尽きた。
「俺達は皆殺しにする為に戦ってる訳じゃない。頼む‥‥降伏してくれれば道は開けるんだ。君らにも希望の道が!」
 一人、また一人とねじ伏せながら羅喉丸(ia0347)は声を限りに勧告を続ける。
「命を無駄に枯らすんじゃねえよっ!」
 自殺的とも思える大上段に振りかぶって斬りかかる敵の無防備な胸をあえて突かず、鎧胴へ叩きつけるように槍を振るう。
 それだけでふらついた相手に柄を首筋に振るい一撃で昏倒させる。
「俺が倒してくから捕縛を頼む。まだ元気な奴だけ一緒に前へ出てくれ、倒れちまったら助けられる奴も助けられなくなるぞ」
 打ち寄せる相手は手強い奴も混じっている。手加減なんて甘い事を考えれる相手じゃないと迷いを振り払う。右を躊躇えば左から刺される。
(終わらせる為にはな、誰かを切り捨てる覚悟もしなきゃいけねぇんだよ)
 縦横に振るう槍の穂先が誰かの血飛沫を上げても、手を止める訳には行かなかった。

「千代田さん?」
「来るみたいだぜ本軍。‥‥成功したのかな?」
 耳を澄ませ脚を止めた清顕の傍で槍を振るう祥。
 戦場を駆け抜け、気が付けば端に位置する丘まで来ていた。傍に一人の兵も居ない。
「呼子笛の合図が微かに聞こえた。馬蹄の響きが聞こえる頃には、ここから姿が見えるだろうね」
 天をも切り裂かんという一撃で近くの木を倒した膂力に、囲みは広がり睨み合いとなっている。
 二人の囁く会話は遠巻きに囲む者達の耳までは届かない。
「相手の士気が崩れてから始めようか」
「ああ、そこからが‥‥窪内さんの心配していた事態が」
 今は少しでも呼吸を整えて。

 それから少しして。

「始まったみたいですね‥‥」
 総攻撃の合図と聞いていた狼煙が昇り、馬蹄の音が丘陵に轟く。
 綺麗な水で傷口を洗い柔らかく揉み潰した薬草を当て。手にすっかり色も臭いも染み付いているが気にも留めず、絶やさぬ笑みを患者に向けていためいが顔を上げて表情を一瞬だけ不安に曇らせる。
 再び怪我人の顔を覗きこむ時には表情は戻されていたが。傷ついた者達の前で見せていい表情じゃないと自分を嗜めて。
 空気に晒され冷たくなりかけた額の汗を拭う。重傷者には医薬品だけでは足りず術も施して、彼女には休む暇もないのだから。
 武器になりそうな物は全て取り上げられているとはいえ監視も怠れない。ここで死なせてくれと治療を拒否する者も居て、どうにも説得ができぬと呼ばれる事もあった。

 怒涛の波。丘を埋め尽くす圧倒的な数の武装した騎馬が押し寄せる。朝廷の印を掲げた無数の旗。
「ああ、これで‥‥」
「よし、最後の華だ。未綿の名を例え汚名でも歴史に残してやる。我らここにありと」
 様々な声が未綿の兵から洩れる。
「礼を尽くすなら介錯してやるのも情けのひとつかもしれぬが。悪いが死に花を咲かせてやる訳にはゆかぬ」
 捨て身の死兵となった者達の突撃。その想いを受け止めて跳ね返すりょう。
「‥‥命を捨てないで下さい。貴方がたの主が何故こんな事を始めたのか見届ける忠臣が誰も居なくていいのですか」
 忠恒の後ろで手を引いていた者が居るとしたら、それを討つ機を待ち敬愛する主君を悼んで欲しい。
 雫も最後まで生きて欲しいと志士の観点から説得を続ける。主君を想うならこの気持ちは通じるはず。
「てめぇら、諦めるのはまだ早いんだよ」
 統真も瞬脚を駆使し、空気撃で傷つけず倒しながら敵を叱咤する。
 この時を待って馬を待機させていた庚が急ぎ、拾える者は拾う。少し乱暴だが襟首を掴んでは放り出し。戦闘を強制的に止めさせる。
「ぐずぐずしてないの。愛してんなら生きなさい」

 死に物狂いで攻撃を仕掛ける者。朝廷の本軍が来ても尚武器を振るう者は容赦なく討ち倒されてゆく。
 それが命令だから。
「お願いだから、やめてもう。投降して!」
 これ以上血を流す必要なんか誰にもない。
 砦から離れ、無駄な抵抗を続けようとする未綿の民達に必死に呼びかけるフィン。
 むしろ朝廷の軍の無慈悲な矛先を止めるべく、いや両方に呼びかけようと混乱の最中に入り叫ぶ。
「里と共にっていうのも分からなくないけど、家族や仲間を道連れにしてする事じゃないでしょ!?」
 里が無くなっても住む人が生きてれば未綿だってまた蘇らせれる。だから生きる事を考えて。
「武器を捨てて。そうしたら誰もあなた達をこれ以上傷つけたりしないんだから。ねぇ、そうでしょ朝廷軍の皆さん!」
 フィンの言葉を信じて武器を捨てて棒立ちになる者が現れれば、朝廷の兵も矛先を控え。
 それを見た者達から静かに波が広がってゆく。

「‥‥っ、御凪さん、あそこの二人!」
 我が身も省みず早駆で喧騒を抜ける清顕。まだ諦めない者達の攻撃を払いながら祥が追う。
「死に急ぐな。里は民のもの。忠恒が未綿なんじゃない。君達が未綿そのものなんだ」
 間一髪、胸を刺し違えて自害しようとしていた男女の刃を打ち払う。
「邪魔をするな。ここがわしらの死に場所なのだ」
 止めている間も他の者達の自害の連鎖が。
「やめろっ!!」
 次々と血に濡れてゆく光景に、いつにない激昂を見せる祥。きりが無い悪夢。
 助けられないのか、いや一人でも多く助ける。助けなければ。

 指令した者は最初から総攻撃を予期していたのか。
 いや勝てぬ戦とは、判っていたのだろう。だから。
 阿鼻叫喚と化しかけた時期を狙って突如として雌伏を破った一団。別働隊のシノビが混乱の中、砦の壁を突破する。
 シノビ返しは配している者の、味方を踏み台にして数段に及ぶ跳躍はそれを越えた。
「来るとは判っていたんだ。やらせないよ」
 無音の初撃で一人目を昏倒させて、ふしぎが立ちはだかる。兵は捕虜に手を取られて自由に動ける者は本陣に居る少数の伝令のみ。
 自分以外の時が一瞬止まったかのように見える瞬間に次々と体当たりを仕掛けて。
「‥‥帰さない。誰一人死なせないんだぞっ」
 既に捕縛の方に加わっていた譲治、水月やからすが気が付きふしぎを援護する。水月の子守唄に落ちる者も僅かに居た。
「愚か、愚か也。此処で犬死して何になるというか」
 無表情で丸めない穂先の矢を次々と射るからす。こうまでして突入してきた実力ある者に加減は要らぬ。
 だが死なせはしない。腕を脚を。決して致命傷にはならない位置を次々と射抜く。
 その間に一人また一人とふしぎがシノビ達を昏睡の海へと沈める。
「譲治君、この人達も治療してあげて」
「承知なりっ」


「お前達はここで待て」
 温存されていた騎兵にも突撃命令を出さぬ指揮官に怪訝顔をする未綿の精鋭達。
「威晋様?」
 何か熱のとれたような表情で、一人騎馬を進める未綿側の指揮官、威晋。
(私は何を間違っていたのだ‥‥いつの時点から一体‥‥?)
 術、何者かの術に呪縛されていたというのか。今それが解けた。
(忠恒様はどうされているのだろう)
 彼がどうなったか、この前線まで報は現時点では届いていない。だが。
「後は頼んだぞ」
 そう言い残して戦場を駆ける一陣の騎馬。狙う矢も見事な捌きで弾き、前へ進む。
「全軍、戦闘停止!指揮官は私だ、私を討つならそれでもいい。私の首を差し出して終わるならそれで終わらせよう!」
 その声は届いたか。彼の号令に最後まで奮闘していた兵も抵抗をやめる。
「指揮官か?投降するのだな?ならば武装解除せよ」
 言われるがまま武装を解き、身を委ねる威晋が連れられるのを戦場に居た開拓者も見届けた。

 残された兵士達へ、呼びかけは続く。無為な戦いは終わっても、これで全てが終わりじゃない。
 故郷を想うならば生き延び、語り継げ。未綿は決して無くならない。

 今しか言う機会は無い。この混乱の最中で朝廷軍の上層部への直訴は難しいが。
 せめて窪内に伝えて貰おうと、この度の戦いに加わった未綿兵達の助命嘆願と彼らの里の復興を進言する透夜。
 どうなるかは判らない。でもその願いが届く事を今は信じて。
 その約束を胸に声を掛けられる者達を励まして回る。
「上には必ず掛け合う。家族や仲間を守るつもりがあるのなら、復興の為に生きてみせろ!」

 双方の兵に重傷者も多数でた戦。それでも死者が二割程度に留まったのは開拓者の貢献があっての事だあろう。
 まずは生きている者の治療を。命を落とした者達の弔いを。
 全ては――それからだ。何があったのか真相を彼らが知るのも。そして未綿のこれからを彼らが考えるのも。