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■オープニング本文 神楽からほど近い漁業を生業とする小さな村。 そのあばら家には老人と小さな男の子が暮らしていた。名を日吾作と吉次という。 漁の腕は良いが偏屈で知られる老人は村では持て余され気味で一度も結婚した事などなかったが、かつては遠い故郷に血縁があり、アヤカシに両親を奪われた一人の子供が係累を辿って老人の元へと送られてきた。 最初は気難しい老人との暮らしに途方にくれた子供も年月のうちにすっかり本来の溌剌さを取り戻し、老人も突然できた可愛い孫に次第に愛情を感じていった。昨今は漁獲も乏しく貧しい暮らしで、老人を敬遠する村の人々ともあまり交流はないが、二人はそれなりに幸せに暮らしていた。 しかしその陽溜りのような温かさも翳るような兆候が顕れた。 長年潮風に晒され深い皺が刻まれた老人の顔はすっかり生気が衰え、やがて長い眠りも近いかと思われる床に伏していた。ここ数ヶ月はもう自分では起き上がる力もほとんど無くなってきている。 時間の問題という事は本人も含め、誰もが考えていた。 「お前の立派になった姿をこの目で見たかったんじゃがな・・・・」 差し伸べられた子供の白い手を撫でるように握り、老人は無念を滲ませる。 数えて若干八歳という小さな身体では、まだ荒々しい男達に混じって海に出る事も適わない。 海は漁師の戦いの場である。潮を読み波を乗り越え、幾多の魚達と駆け引きをする。船を漕ぐのも網を操るのも非常な重労働だ。いつ天候も突然の牙を向くかわからない。 港の近場でそれなりの漁もするが、村人はこぞって大物を狙い沖へと漕ぎ出す。逸品が獲れた時に備えて村と約束を交わしている卸商も居る。小さな船で鮪を釣り上げる事が一人前の証と見なされ、大いに持て囃された。 老人もかつては身の丈十尺、重さ百貫を超える大物を何度も港に持ち帰り、村の漁師達から羨望とやっかみを受けたものだった。 子供はその自慢話を何度も聞かされ、自分も鮪を獲って立派な漁師になるんだと決意していた。 育ててくれた老人の前では気丈に振る舞っていた吉次は、人気の絶えた岩場に腰を下ろし、ぽとりと涙を落とした。 じっちゃに、じっちゃが生きてるうちに望みを叶えてやりたい。 「船に乗りたい!じっちゃにおいらの獲った鮪を見せてやるんだ」 しかし村人は誰もが首を横に振る。 思い余った吉次は商人から聞いた開拓者達の話を思い出し、ギルドへ依頼する事を思い付く。 どこまでが本当かわからないが頼んでみよう。 魚卸商の手代だという男が開拓者ギルドに手紙を持ち込んだ。 『おねがいです。おいらといっしょにふねにのってください。まぐろをとるのをてつだってください。じっちゃがしぬまえにみせてあげたいんです。おかねはないけれど、きっととれたまぐろがたかくうれます』 たどたどしい筆跡。書いた子供の一生懸命さが伝わってくるような字だ。 「うちの旦那がこれ読んで涙しちゃってねぇ。まだ小さいってのに健気じゃありませんか。ぜひ手伝ってやっちゃくれませんかね。報酬はうちの旦那が出しますし、鮪が獲れればまた別途報酬を出しますんでよろしく頼みますよ」 「みっちゃんごめんね、こんな事頼んで」 「他にも何かできる事あったらいうんよ。きっちゃんが海に出てる間の事はあたしに任しときんしゃい」 日ごろ何かと疎外されている吉次に優しくしてくれる、みつという年上の女の子が胸を叩き請け負った。 留守中の日吾作老人の世話は心配がないであろう。 「ところで鮪って何を食べるん?」 「蟹とか蛸も食べるらしいけど。釣った新鮮な魚が一番かなぁ。そうだ魚の餌を用意しとかなきゃ」 「あたしも手伝うよ!」 |
■参加者一覧
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
一ノ瀬綾波(ia2819)
17歳・女・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
汐未(ia5357)
28歳・男・弓
ロックオン・スナイパー(ia5405)
27歳・男・弓
スワンレイク(ia5416)
24歳・女・弓
バロン(ia6062)
45歳・男・弓 |
■リプレイ本文 「マグロ〜!うにゃあ、マグロはすぐ腐るから価値が低いと言われるが美味いのにゃ。脂身はとろける味で素晴らしいぞ」 「ま、お涙頂戴に釣られんのは柄じゃねーけどよ。俺様もまだまだクールっぷりが足らねーなぁ」 「この健気な想いには何も必要ありませんわ。アヤカシ退治だけが開拓者じゃありませんもの!」 ロックオン・スナイパー(ia5405)の言葉に瞳に熱き炎を燃やすかのごとく返したのはスワンレイク(ia5416)。思わず拳を握り締めてしまっている。 あんな小さな子も手伝いに来たのか。吉次とそう年端も変わらなく見える奏音(ia5213)の姿に村人は驚いた目をする。ここの村人は実際に依頼でやってくる開拓者を目にするのは初めて。幼い姿をしていてもそこらの大人より高い能力を持つ者は多いのだが。 「まず船が動かせるかどうかですね」 打ち捨てられた船が使えるというが、あまり傷んでなければよいが。 「時間も掛かるだろうし、わしはその間に釣具の点検でもしてこようかの」 「私も荷物を浜に運んできますね」 船の状態を入念に確認し始める者達にこの場を任せ、バロン(ia6062)とスワンレイクは日吾作と吉次が暮らす家へと向かう。 「あらあら、大漁旗までそのままにしてあるなんて、勿体無い事しますね」 一ノ瀬綾波(ia2819)が船の隅に丸めてあった薄汚れた布を広げる。洗う暇はないだろうが、せめて綺麗に畳んで海へ持っていこう。 「その間に俺達は爺さんの船の支度をしとくぜ」 ロックオンと汐未(ia5357)はぷらりと村人達が船を寄せて置いてある場所へと歩いてゆく。 「ああ、吉次に依頼を受けた開拓者だ。よろしくな!」 村の男達が何人か作業をしていた。見慣れない奴が来たと、手を休めてじっとこちらを見つめる。 「日吾作さんの船はどれだい?ちょっと使わせて貰いたいんだが」 ロックオンの尋ねに一人の男がぶっきらぼうに指を差す。胡散臭い目を向けて、よくこんな辺鄙な村まで依頼をこなしに来たなあと呟く。 「報酬とかそんなのじゃないさ。じーさんに恩返しをしたいと聞いて手伝いたくなった、それで足りないかい?」 村人の冷たい態度にちょっとばかりムッとした汐未だが、そこは堪えて笑顔で答える。 「じーさんが亡くなったら吉次は一人になるんだよな。疎遠だったのはわかるが吉次はまだ子供だ、皆で護ってあげれないもんかねぇ、あいつも村の一人だろ?」 ところで釣りは素人なんだが、どこで釣ったら良いか教えてくれないかと男達の素っ気無さを無視して気さくに話しかける。少し話すうちに閉鎖的ではあるが、割と気のいい男達である事がわかった。 二人のくだけた雰囲気ながらも礼儀を忘れない態度に、警戒を解いた男達は親切に釣りに適した場所や、海に出た際の注意点等を素人にわかるように簡単に噛み砕いて教えてくれた。 小さなあばら家。大人数で押し掛けては入りきれなかっただろう。二人でちょうど良かったかもしれない。 中には、くたびれた布団に横たわる老人とかいがいしく世話をするおみつが居た。初対面の挨拶を済ませ、丁重に日吾作老人の道具を拝借する事を断りを入れる。 老人が使っていた漁具は吉次が最近もずっと手入れしていたらしく、埃は積もっていない。 年期が入った竿の握りを確かめたバロンが道具の良さに感心する。 「糸も古いが弾力は落ちておらんな‥‥充分に使えるわい」 「銛も。状態は大変よろしいようですね」 スワンレイクは縄を引き傷みがない事、やじりのような先端がしっかりと柄に固定されている事を確認する。 「日吾作さん、すまないがお借りするぞい。これだけ良い道具が揃ってるんじゃ、吉次の漁はきっと上手くいくからの」 老人の力ない手を優しく握り、心配ないという事を目で伝える。 「おみっちゃん、吉次さんが海に出ている間よろしく頼みますね」 銛を腕に抱え戻ってきたスワンレイクは、皆に混じって修理の手伝いをする吉次の姿を見つめる。健気な想いはいじらしい。だが想うだけで願いが叶うほど‥‥哀しいが現実は甘くない事も知っている。彼の選ぶ道、自分達が命を賭けてアヤカシと戦うように、彼はこれから長い道、海と戦っていかなければならないのだ。弓術師にとって弓の手入れは自分の一部であるように‥‥彼はどう船と接していくのか。その見守る瞳に、彼の船に触れる手は好ましく映った。 積みっぱなしだった網を降ろし、老人の小さな船で浜辺からそう遠くない海上に漕ぎ出す。一緒に船に乗ったバロンとロックオンに櫂を任せて、汐未が吉次が集めた虫餌を用いて釣り糸を垂れる。潮の加減が良いのか、村人から聞いた場所で面白いように小さな魚が餌に食いついてきた。これに気を良くして釣れた小魚を餌に少し大きな物も釣れないかと試みる。魚だけでなく、動く生餌に惹かれたイカも釣り上がった。水を張った小さな槽に釣果が収められてゆく。なるべく活きのいい状態のまま沖へ持っていきたいものだ。 「仕事で来たが‥‥たまにこういう風に過ごすのもいいものだな‥‥さてそろろそ戻るか」 「大きな鮪を釣りましょうね」 巫 神威(ia0633)が吉次の頭を優しく撫でる。 「奏音は〜みんなみたく〜お手伝いできないと〜思うけど〜」 一言ごとに合間に波音が混ざるのではないかという間延びした口調で喋り出す秦音。 「吉次も〜自分にできることをね〜頑張ればいいと〜思うの」 彼女なりの応援の言葉にいざ船出と緊張に固くなった吉次が頷く。 重い網や漁具を積み込んで九人も乗ってみたら、作業をしたりする事を考えたらあまり余裕もない大きさ。 「前に朱藩で一本釣りをした時は船の上で解体したんだけど、これだと鮪を乗っけたら船が沈んでしまいそうだなあ」 「おいらの村では網で引いて帰ってきて浜で解体してるよ。鮪を船に乗っけるなんてすごいなぁ、そんな大きな船もあるんだ」 何気に呟いた江崎・美鈴(ia0838)の言葉に吉次が目をまん丸にする。確かにこの村にはそのような大きな船は置いていなかった。これと同じような大きさか、それよりも小さな船ばかり。港とは言っているが、夏には水遊びにも適しているのではないかと思えるただの砂浜だ。桟橋らしき物もない。 「鮪を獲ってきた時の手配はわたくしめがしておきますので、ご心配なく」 開拓者ギルドに依頼を持ち込んだ手代が村を訪れていて、船に手を振る。 ● 「ひゃっほーい。大海原の潮風が気持ちいいぜ!」 舳先に片足を掛けて立つロックオン。これで水着のお姉ちゃんが居たら最高だったのだが。残念ながらその季節は過ぎてしまっている。 「そんなとこに立っていたら、波が来たら落ちてしまいますよ」 沖へ沖へと漕ぎ出してゆく船。左右に据え付けられた櫂を握るのは綾波と神威だ。交代で船を漕ぐ一番手だ。 「少し風が強くなってきたな‥‥」 「雲は‥‥大丈夫なようです。嵐にはならないでしょう」 空を見上げる神威。沖へ出るにつれて、うねりはゆったりと大きくなってゆく。持ち上げられては乗り越えを繰り返す。 「きちじ、怖くないぞ。しっかりと掴まっていればこのぐらいで船はひっくり返ったりしない」 ここまで沖へ出てきたのは初めてなのだろう。大きく揺れる船に吉次の顔が強張っている。その手をしっかりと縁に掴まらせ、美鈴が励ます。 「お前の夢は漁師か?きっとお前は良い漁師になる。なぜかって?おじいちゃん思いだからだ」 とりとめもなく話し掛け、緊張をほぐそうと笑顔を向ける。自信たっぷりに決め付けた口調にようやっと吉次も美鈴に笑みを返す。 「そろそろ釣り糸を垂れるかね、ほら吉次、お前さんが釣るんだから竿をしっかり持ちなよ」 ほどよい位置に釣り糸を飛ばした汐未、竿を手渡し役を与えられた吉次が顔を輝かせる。 鮪はなかなか現れなかったが、太陽が天頂に来る頃には波も大分落ち着いた。 「皆様、そろそろお食事でもしませんか。空腹では鮪に力負けしてしまいますよ」 「刺身なら、お醤油は持ってきたのだ」 美鈴が用意良く持ってきた鍋の蓋を逆さに、スコンと船の中央に据え付ける。醤油は揺れにこぼれたりしないように、まだ手に持ったままだ。 「簡単な料理だったら、じっちゃに教わったからおいらができるよ」 割と馴れた手先でイカの皮を剥ぎ、塩水でさっと洗う吉次。懐から取り出した縄切りなどに使う小刀で綺麗に太さの揃った刺身を作る。綾波が用意してきたおにぎりと水もあり、腹は充分に満たされた。 「吉次君、お爺さんのお話、聞かせてくださいな」 綾波が話を振り、老人がどのように大きな鮪を仕留めたのか、その武勇伝に皆が聞き入る。 小さな身体で力仕事には向いてないからと、大人しくちょこんと座っていた秦音がここは自分の出番と立ち上がる。 「う〜ん、なかなかやって来ないから〜秦音がマグロさんを〜探しにいきましょう〜」 秦音が陰陽術で作り出した小さな鰯をちゃぽんと海に落とす。共有された感覚で彼女の瞳には海中の様子が映る。魚の目だけあって距離感はわからないが、広くほとんどの方向が視野に収まる。 「こっちかな〜くるるん〜ぎゅ〜ん〜」 自分が泳いでるかのような気分で鰯を操る。ぼんやりと回遊する群れや、大きな影。 「マグロさんみ〜つけた〜」 術の効果は短かったが、秦音の得た情報を頼りに船をゆっくりとそちらへ向ける。 櫂を美鈴に手渡し、吉次の垂れた釣り糸の周囲に魚をばらまく神威。 「撒き餌で呼び込む方法は‥‥前に教わりましたの」 水中の大きな影が船へと寄ってくる。綾波も網の投入を準備すべく、秦音に櫂を預ける。 竿を握った吉次が身体ごと海へと持っていかれそうになる。バロンが背中から抱えるようにがっしりと吉次の竿を支え、糸が切れてしまわないように鮪の力を解放するように誘導する。 「ほれ、大物相手に力で戦ってはいかん。連れてかれてしまうぞい」 綾波と神威が網を力いっぱい海面に投げ入れて、鮪を捕獲しようと懸命に引く。 水面を破るように飛び跳ね、糸や網から逃れようとする鮪。一瞬見えたその体長は八尺はあっただろうか。ザブリと波が起き、船が大きく揺らされる。 「よお、大物だぜ!」 船の揺れにこらえながら、銛を投げつけるロックオンと汐未。 「少し〜大人しくしていて〜くださいね〜」 秦音の放った式がふわりと水へ潜り、網をすり抜けて鮪の身体に絡み付く。 ズシリと重い事には変わりないが若干網に反発する手応えが小さくなったように思える。突き刺さった銛に力も次第に弱くなっていく。 「殺したら鮮度が落ちてしまうし、このまま港まで引き摺っていったほうがいいのかしら」 「うみゅ、手代さんが港で解体の支度してると思うし、なるべく活きのいいまま持って帰ろう」 櫂を交代し、力強く動かし続けるはロックオンと汐未。鮪の重量が加わってなかなか進まないが、折りよく追い風となり、波も味方する。残る七人でしっかりと網を持ち、大収穫に満足して浜へと向かう。 「よくやった、よくやったぞ」 バロンが吉次の誇らしげな小さな身体をぎゅっと抱き締めた。 銛に大漁旗を括り付けた綾波が力いっぱい浜に向かって振り続ける。 ● 支度を告げる手代のきびきびとした指令に浜の気配は慌しい。 「じっちゃに知らせてくるっ!」 船から飛び降りるなり走り出す吉次。その後を綾波と美鈴が追い掛ける。 港の騒ぎが聞こえた日吾作はおみつに助けられ、床の上に身を起こしていた。 綾波と美鈴に身体を支えられながら、よろよろと浜辺へと歩む。日吾作爺さんに見せるまでは待てと、鮪を囲んで眺めていた人垣が割れる。砂浜に並べられたすのこの上に、堂々と横たわる大きな鮪。 「吉次‥‥よくやった。お前は充分に一人前の漁師じゃ‥‥」 少年を抱き締める老人の頬に涙がはらはらと零れ落ちる。その力無い腕に包まれた少年もぽろぽろと大粒の涙を零す。 貰い泣きする者もいる。感動の場面を演出できた嬉しさに綾波の頬を涙が伝う。 「な、泣いてなんかいないぞ!」 赤く泣き腫らした目を背けて頬をうっすら恥ずかしさに染める美鈴。 「何か小さなお手伝いでも良いから、この子に海の仕事をさせて戴けないでしょうか。すぐには‥‥確かに足手まといかもしれませんが、ぜひ漁師になる修行をさせてあげて欲しいと思うのです」 集まった村人達に向かって深々と頭を下げるスワンレイク。 「おみっちゃんも、吉次さんを見守ってくださると嬉しいですわ。宜しくお願い致しますね」 「うん、約束するよ。あたしは絶対きっちゃんの事見てる」 まるで大人のようにお願いされ、顔を輝かせるおみつ。 「きっちゃんが一人前の漁師になったらね、あたしがお嫁さんになってあげるよ!」 言った傍から自分で顔を赤くしてしまう。やんやと村の男衆達が喝采し笑う。 「おみっちゃん、きっといい奥さんになるよ」 綾波が笑顔で保証する。 手代に指揮された村の男達がせっせと鮪を解体し、手頃な大きさに切り捌いた赤身を醤油の樽に漬けてゆく。 「そうそう、これはうちの旦那からの差し入れでございます。脂身は売り物にはなりませんからね、どうぞ皆さんでお好きに始末してくださいませ」 紐で結わえた長葱の束。 「ねぎま鍋!」 すかさず反応したのはさすが、マグロ好きの美鈴。そう、寿司や刺身で食べるのも良いが、鍋でほどよく溶け舌に絶妙の感覚を残して消える脂身、そしてその脂をたっぷりと吸い込んだ葱も美味い。夕暮れに冷え込んできた浜辺の村にはぴったりだ。 村衆が荷車に樽を積み込み終えると、手代は彼らを連れて都へと出発する。 思わぬ成果に気を良くした親方が開拓者達の為に宿を提供してくれ、日吾作も暖かい半纏に包まれて今夜は一緒に泊まる事になった。吉次やおみつ、開拓者の皆に優しくいたわられながら、冷まして貰った椀を匙で口に運んで貰い、孫の獲った最高のごちそうをゆっくりと味わう。鍋をつつきながら綾波が海での吉次の頑張りを語って聞かせる。 全く縁もない子供の為に一生懸命やってくれた屈託ない開拓者の笑顔。涙を浮かべる日吾作と無邪気な吉次の姿に、村人達のしこりもずいぶんと薄れた。 「吉次さん、これ差し上げます。よろしかったら海に出る時のお守りにしてください」 翌朝、都へ戻る旅支度をしていた神威がずっと肌身離さず身に着けていたお守りを吉次の手に握らせる。貰っていいのかと戸惑いの顔を向ける。微笑む神威が頷き、床に身を起こした老人に良く聞こえるように耳元に顔を近付けて囁く。 「良いお孫さんですね」 ゆっくりと頷く日吾作の視界がまた涙に滲む。 「ほんに、良い孫じゃあ‥‥吉次、お前と暮らせてわしゃあ‥‥幸せだで」 |