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■オープニング本文 ●暗雲 神楽の都、開拓者ギルドにて。 板張りの広間には机が置かれ、数え数十名の人々が椅子に腰掛けている。上座に座るのは開拓者ギルドの長、大伴定家だ。 「知っての通り、ここ最近、アヤカシの活動が活発化しておる」 おもむろに切り出される議題。集まった面々は表情も変えず、続く言葉に耳を傾けた。 アヤカシの活動が活発化し始めたのは、安須大祭が終わって後。天儀各地、とりわけ各国首都周辺でのアヤカシ目撃例が急増していた。アヤカシたちの意図は不明――いやそもそも組織だった攻撃なのかさえ解らない。 何とも居心地の悪い話だった。 「さて、間近に迫った危機には対処せねばならぬが、物の怪どもの意図も探らねばならぬ。各国はゆめゆめ注意されたい」 ●奇談 「どういう事だ‥‥?」 夜な夜な蠢く亡霊。その出づる元はいつも同じ方向。 現れる姿はいつも村の住人に生き写し。しかし都度、その姿は変わる。 ある時は、里の器量一の娘の装いで可愛らしい微笑みを浮かべ。 また別の夜には、健脚の頑固爺さんがそっくりな仕草で顔を顰める。 共通項はといえば、その日に河原に用があって行った者ばかりである事。 犠牲者が現れなければ、それは怪談で済んだ。 おかしな話があれば見に行ってみたくなるのが好奇心。 村の中で急速に広まった噂を、度胸試しに使う若者達。退屈に満ちた冬である。 最初は良かった。怯える姿を見て満足したかのように消える亡霊。 だが護身に草刈り鎌を持った者が行った、あくる日‥‥。 ひたひたと流れる冷たい水面。そよ風になぶられて舞う粉雪。 洗濯に行ったはずの母が昼になっても戻って来ないと心配した男が見たのは。 顔を浸すように川の中へうつ伏せに倒れていた老女の姿であった。 年も年だから急に心の臓でも痛めて倒れたかと慌てて駆け寄り抱き起こす。 「血が飛び散っている‥‥?うわぁあああっ」 無残にぱっくりと開いた喉笛。 鋭利な刃物で裂かれた傷跡が生々しく、男は腰を抜かした。 風に運ばれた雪が惨劇の痕を隠すかのように、うっすらと積もっていたが。 その下には大量の血が流れ、既に赤黒く凝固を始めていた。 誰が何処で何をしているか。そんな事は簡単に把握できてしまうような小さな村である。 北面の首都に近く、交通の便がいいというそれ以上の特徴は無い。 その日に限っては、朝から河原に行っていたのは老母だけであった。 今時期の洗濯は骨まで痛くなるような冷たさではあるが、潔癖な彼女は日課を変える事なく。 おはよう、今日は洗濯の日かい。寒いのに相変わらずだねぇといつもの挨拶を受けて。 農作業の無い冬と言えど、働き者の村人達は朝から何かしらの仕事をしていた。 街道と行き来する便宜もあり、人家が密集した集落。 誰かが河原へ向かおうとすれば、必ず隣家の前を通るので目撃される。 老母が洗濯物を担いで向かった時もちょうど玄関前で雪掻きをしていた者が居た。 入れ代わり立ち代わり誰かが何かしら、外を歩いていた。良い天気である。 まさか見知らぬ旅人がいきなり河原に現れて老母を襲ったとは考え難い。 河原は街道とはまるっきり反対側にあるのだ。 いや有り得るのだろうが。そんな不可解な行動よりは。 「ま、ま、まさかなぁ‥‥」 前の晩に度胸試しをした若者が青い顔をしている。 「でも現れるのって夜だけだっただろ」 「もしかしたら、変わったのかもしれないぞ」 「お前、昨夜鎌持っていっただろ。あの傷はそうじゃないのか?」 このところずっと起きていた怪奇な出来事。 とうとう犠牲者が出てしまっては、ただの不思議では済まない。 ●幻惑 調査を依頼された開拓者が探索すると、河原の上手に丈高い藪に隠れた洞窟があった。 昔々、旅の陰陽師がアヤカシを退治した後そこに住み着いたという伝え語りはあったらしい。 村人との交流も嫌いそれきり姿を現さなかった為、何処か去ったのだろうという話で終わっていた。 だいたい、開拓者が根気強く村の長老より聞きだすまで、誰もが知らなかった話である。 語った当人も、洞窟に云われがないか開拓者に聞かれるまで思い出さなかったのだから。 瘴気が澱んでいるのなら、既に事件があってもおかしくないのだが。 何故今頃になって突然に。 最近の不穏なアヤカシの活発化と何か、関係があるのだろうか。 「芯まで冷えるね‥‥空気が肌に刺さるみたい」 「冷気っていうか、何か敵意みたいな。気のせいですかね」 何か惑わされた気がする。二手に分かれた道を過ぎてから違和感が駆け抜ける。 そう、一緒に歩いていたはずなのに。 「ちょっと待てよ。何でお前が俺に‥‥」 味方に武器を向けるってどういう事だ? 「‥‥」 違う。これは友じゃない。虚ろな笑み。容赦の無い殺意。何か足りない生気。 辿り着いた開けた空洞の中で、困惑に満ちた戦いが始まろうとしていた。 「奥で何か光ってますよ。何かあれから嫌な気配がします」 そう言った仲間に釣られて向けた視線の先。 岩肌に填め込まれた鏡のように磨かれた小さな銅板。この洞窟の中で初めて出遭った人工物。 人の頭くらいの大きさであろうか。手にした光源とは全く無関係に内より鈍い光を放っている。 「あいつが亡霊を生み出している本体か?」 「だとしたらいいんですけど‥‥しかし」 仲間だと思っていた亡霊が邪魔をする。 彼らを倒さねば、どうする事もできないだろうか――。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●左の洞 踏みにじられ、むせるような煙を溢れさせて消える松明。 何か急変がと振り返った雪切・透夜(ib0135)。先頭を歩いていた彼の瞳に様子の違う仲間の姿が映る。 丈長き外套の足元から静かに伸びた黒い影。浅井 灰音(ia7439)へと伸びたそれと同時に懐より出でた両の指が、傍に居た露草(ia1350)の小さな身体を掴む。 真亡・雫(ia0432)に瞬時に迫る白き虎の影より繰り出される八尺棍。冷たく眼を光らせる覆面のシノビ。 不意打ちの苦無を反射的にかわして、抜いた刀で根を遮った雫。だがもう一人、鎧を纏った猛虎。三人目の攻撃までは止められず熱い血潮が傷より湧き出る。 激しい苦痛に身を沈める雫。 どういう事か。判断よりも先に、とっさに身を割り込ませて姿勢を崩した雫を追撃から庇う透夜。 「なるほどね、そういう事。いつの間にか私の知る彩と入れ替わってたという訳か」 影の呪縛にとらわれながらも灰音が白き虎の注意を自分へと向け、数手を合わせるうちに別物と灰音は疑いを強くしたが。 瞑った片目を再び開き、薄い微笑みを浮かべる。 互角の腕力では逃れられぬ露草が、牽制に放った神威人への斬撃符。傷口から血の代わりに散った黒き瘴気。 奥から銅鏡が淡く照らす薄ぼんやりとした闇の中でも、それは視認できた。 「雫さん、灰音さん、透夜さん。この四人は偽物です。でしょう?あなたたち」 「透夜くん、ありがとう。恵那さんの偽物か‥‥でもこの強さは本物並み。だとすると、きついですね」 たった一撃だというのに。振り下ろされた刃に鍛えぬいた身体は深く傷つけられた。 治癒の符が癒してくれるが、これはそう何度も受ける訳にはいかない。連続で受けようものなら、この洞に倒れるだろう。 混戦を避けて攻撃を受け流しながら後退し態勢を整えなおす四人。接近戦に弱い露草を守るように壁を背に半方円の陣を組む。 対する相手はシノビ二人を後方に従えた雁行陣。中衛の虎拳士が、急接の一撃を放っては位置を変え居所を留めない。 「理由はどうあれ、彩と戦える‥‥私にとっては願ってもない機会だね」 複製なら遠慮は要らない。全力で挑ませて貰おう。 「武器を持っている者に出会ったから、写し身も武器を持つことを覚えた、と」 そして開拓者を写し取った強力な敵。もし私達が討ちそこねたら‥‥。露草の瞳に決意が滲む。 (私達が入ってしまった為に‥‥これが村へと繰り出したら恐ろしい事になります) 本物の仲間はどうしているのだろうか。彼女達もまた、私達の複製を相手にしているのだろうか。 シノビ二人の動きを無視してまずは、最大の脅威である血花のサムライを沈めよう。 一撃の強力な彼女をまず何とかせねば、こちらの戦力が瞬時に減らされてしまう。 少しでも刀の流れを鈍らせようと放つ呪縛の符。 灰音は夢中になって友の姿を象った敵と手を合わせる。いや心の何処かでは冷めたままだが。 それでも溢れる高揚。できればサムライの牽制に加勢したいが、虎拳士の動きがそれを許さない。 影の呪縛によりしばし防戦一方だったが、それも終わる。 しかしシノビ二人の手が空いている為、虎拳士に陣を突破させない事がまだ精一杯であった。 斧を手にしながらも、術を放ち続けるシノビに苦無で牽制する事も忘れぬ透夜。 「やれやれ、フェイクとは趣味の悪い事です。本当に、ええ、全く」 密やかに隙を突いて抜けようとした赤髪の影。雫を狙った飛び道具を斧で叩き落して身を挺して進路を塞ぐ。 「雫くん。一人で受け止めようなんて考えちゃだめだよ」 回避困難とも思われる一撃。サムライの兜を捉える寸前でしかし硬い音と火花を放つのみで衝撃を流され。 「ぐっ‥‥」 幾つにも分身して見えた切っ先。本命の刃は透夜の鎧の隙間へと突き立てられた。 それを抜き構えなおすまでの一瞬の時。 雫の手から月のような弧を描き、恐るべき速さの刃が迸りサムライの身体を捉える。確かな深い手応え。 「露草さん、透夜くんを‥‥頼みます!」 掴み取った攻勢の機。相打ちになりかねぬ勢いで連続の刃を繰り出し、散るのが敵の瘴気か自らの血か。 ふわりひらりと柔なる動きでその機を待ち受けていたが、今こそ一気に畳み掛けるべき。 一転して雫の動きが激しい攻めへと変わる。 間に織り交ぜた桔梗の名を持つ技で、迫るシノビをも翻弄し。だが反撃もやってくる。 苦痛に歪む表情を鬼面の下に伏し、手当てを受け動きを取り戻した透夜と共にサムライを瘴気へと変えてゆく。 「確かに強い、だがそれだけとも。残念ながら、綺麗に連携とはいけますか、ね」 ふっと透夜の呟きが薄闇によぎる。 赤髪に避けられる事を仮定して放った苦無をまともにくらった影使い。自らも前に出てきたところへ斧で徹底的に一点攻撃を仕掛ける。 火遁に皮膚の焼ける異臭。次々と打たれる術に耐え抜く前衛を支えるべく、露草はほぼ治癒役の専念に回っている。 彼女のその献身の支えがあればこそ、敵の猛攻にも誰一人倒れる事なく。 崩れ落ちたサムライ。その装備も肉体と一緒に瘴気となって――消えた。 耳が痛くなるような残響。灰音が伸ばした左手から放たれた銃弾。 「待たせたね、彩。さあ、私を楽しませてくれるよね?」 抉られた虎耳。身を立て直した静かな仮面の下の瞳は虚ろ。あの生き生きと輝く青ではない。 数を減らした敵。ようやっと、シノビの邪魔を受ける事なく対峙に専念できる。 術を受ける度に身体を覆っていた灰色の地場。精霊の加護により、灰音は自らの弱点を克服していた。 (最初の影は‥‥不意打ちにやられたけどね) 右手の剣での攻撃に切り替え、動きの速い拳士と死闘を重ねる。 「怪我は耐えられるよ。できれば‥‥動きを止められないかな」 その言葉に術を切り替える露草。 恐らくは無数の痣になっているだろう身体。敵が武器に纏わせた白い気。獣のような咆哮。 「これは‥‥!だけど、私が勝つよ!」 見切れるだろうか。だが、この技を放つ時、大きな隙が生まれる事も知っている。今、相手は単体だ。 激しい打撃に息ができぬ痛みを呑み込みながら、呪縛により増幅された隙へと虚心から繋ぐ刺突。 薔薇の柄が埋まる程に深々とした貫きが敵の胸を捉え、背中から盛大な瘴気を迸らせる。 「早く消えなよ。偽物のとらさん」 塵と変わる白い毛皮。それは、大切な友たる彼女だけのもの。 その時にはシノビ達との激しい戦いも終わっていた。 ●右の洞 「違うのハイネ!話せば解ると思うの!」 突然の攻撃に焦った声を出す趙 彩虹(ia8292)。 「彩虹さん、それより身を守らないとどうにもならないっすよ」 対照的に冷静な声の以心 伝助(ia9077)。内心少々腹立たしくはあるが。それは表には出さない。 (偽者なのか操られてるのか知らないっすけど、敵対するならすることは一つっすね) 醒めた判断。同じ開拓者だろうと任務の邪魔立てするならそれは、仲間ではない。 仲間なら、何故この場面で武器を抜く必要があろう? 「鏡映しか、成る程のう」 手にした松明を静かに壁際に置き、東鬼 護刃(ib3264)が身構える。ちらりと見やった銅鏡。 (あやつの仕業、とすれば本体はそちらか。じゃが‥‥) 明らかに鏡を守るような動き。つまりこやつらを倒すのが先決という事か。 「へぇ、アヤカシか。ふふ‥‥なら遠慮なく斬れるし、楽しませて貰おうかな」 しばし遠慮がちに加減して刀を打ち合わせていた鬼灯 恵那(ia6686)。 相手の傷から流れた黒い瘴気を見て、嬉しげに口の端を広げる。 「厄介な相手だというに随分と。‥‥やれやれ」 豹変した恵那の様子に肩をすくめる護刃。 無尽かとも思われる勢いで術を放ってくる陰陽師。素早い志士に固い騎士。それにもう一人は剣と銃使いか。 身を伏せた伝助の至近頭上を鉛弾が抜け、洞の壁を打つ。 苦無での反撃に、切り込んでくる洋装の志士の腕をくぐり抜け、距離を保ち続けるが再び短銃を撃つ余裕は与えない。 (下手に接近したら、場合によっちゃ一撃っすからね) 敵が減るまでの間は引き付けておく事に専念か。一人他に向かわせないだけでも違う。 もし写し身が彼女そのままの能力ならと試しに放ってみた鉄血針。灰色の地場が浮かぶのを見て内心ほくそ笑む。 それほど効いた風には見えないが、その影響は零ではないし守れば守る程に敵は消耗する。 (倒すのは難しくても、時間は稼がせて貰うっすよ) 隙間を縫うように瞬時に陰陽師へ迫ろうとする彩虹。だが阻む騎士。斧の柄を突き上げるように棍を下段から放ち懐から弾き飛ばそうと。 だが体格も力も相手が上。打撃を与えながらも、妨害を逃れるまでは至らず。そのまま一対一の戦闘へと移る。 「ん、あなたの順番はもうちょっと後だよ」 蓮冥鎧を纏った志士に傷を受けても余裕の笑みを浮かべて進む恵那。痛くない訳じゃない。切り払いを避け後ろに下がるのを無視して進む。 避けて間に合わないなら仕方ない。後で何倍にもして斬ってあげるからね。 「せっかく楽しそうなのに邪魔なんだよね、それ」 斬撃の式を受けて自らの血に塗れながらも消えぬ陽気な表情。いきなり初撃から放つ奥義。 秋水清光の切っ先が迸ったかと思えば、分身に惑わされる敵の受けようとした笏を悠々と抜け。 毛皮の外套を無慈悲に切り裂き、綺麗な顔を覆った面を割って次々と瘴気へと変える。 接近してしまえばこっちのものだ。他の三者は仲間が抑えていて陰陽師の防衛に回れない。 その間に、恵那は相手を完全に滅した。 「二人相手はきついですね。何かやっぱ闘いづらいかもですし‥‥」 葛藤を振り切れるまでの間、彩虹の攻撃に冴えがあるとは言い難かった。だがその想いを振り切って。 「これは敵です。アヤカシなら倒す、そうですね」 伝助の相手する、仲良しの友に似た敵を一瞬横目で見て、改めて思う。 (こんな偽物ごときに苦戦してるようじゃ、後でハイネに笑われてしまいます) 「さてわしも前に出て参戦じゃ」 陰陽師の抑えが終われば、後は一体ずつその動きを仕留めるのみ。彩虹に加勢して、護刃は騎士の相手をする。 その斧の攻撃をまともに受けてなどいられないが。身軽に術を駆使して消耗を計る。 「冥府魔道は東鬼が道じゃ。わしの焔が三途の火坑へ案内してやろう」 背後にするりと抜けて振り向き様に放った炎が敵の身を炙る。 「おっと火炎で足りぬなら、ほれ水の刃もくれてやろうぞ」 身が燃ゆるのも構わず斧の重い斬撃を繰り出す騎士。立ち上がれぬ程の反撃に苦しみながらも術を連発し退ける護刃。 「あはは、そこまでだよ」 恵那の刃が間に合い、騎士と護刃の間に割り込む。 残る力を振り絞って術を再度叩き込む護刃。純白の少年の姿をした喉から迸る絶叫。 「なんだ、斬り足りないうちに倒れちゃったね」 「おぬしばかりに働かせる訳にはいかないからのう」 (雫様は回避型・・‥それなら) 相手の薙いだ瞬間を狙って一気に低い突きを伴って踏み込む彩虹。 敵の刃が返るより先に間髪入れず叩き込む連撃。鬼面の下の整った唇からごぼりと瘴気を吐いて姿勢を崩す志士。 百虎箭疾歩が決まった。 それだけで倒しきれぬ相手に、次の技で精霊の力を呼び集め自慢の八尺棍に纏わせる白い気。 自然と猛々しい唸り声が虎面の唇から洩れる。壁面まで吹き飛ぶ鎧を纏った細身。ガシャリと崩れると、その姿が薄れてゆく。 「お楽しみは後一人だけか〜」 避けきれぬ接近に漸刃で返した伝助。恵那の援護までの間、充分に守りきった。 彼女もさすがに息が切れつつある。自身の流した血の量も多い。 志士の刃を受け、さらに血を流すが繰り出す手は止めない。だが限界は近い。 「あっしはまだ倒れてないのに無視するってのはあんまりっすね」 恵那に気を取られて見せた隙。鎧の隙間に苦無を突き込み、刃を回し傷口を更に抉る。 がくりと下がる頭。美しい青い髪も毛先から順に消えてゆく。 ●過ちの封印 「この銅鏡を壊しちゃえばお終い‥‥でしょうか?」 彩虹が首を傾げる。何もしてこないとは拍子抜けだが。壁に寄りかかって座り、恵那はもう飽きたという顔。 呆気ない破壊。鏡部分を壊しただけで岩盤も一緒になって消えた。 「本物だよね?」 岩盤が消えてみればその向こうには、仲間の半数が。 全員がひどく血を流し。ようやっと右側の道を辿った者はこれで露草の治療を受けられた。 塵と消えた岩盤の下より、現れる古い遺骨。村人が言っていた陰陽師のものだろうか。 何か残された物は無いかと休むのも惜しみ調査する開拓者。 取り散らかる雑多な破片の中に混じり、時代が明らかに違うと思われる畳まれた白い紙。 怪訝に思い、伝助が開いたそこに書かれていた文面。暗闇の中でも彼の眼なら文字も読める。 『無能な王よ。おまえはこのようなアヤカシも放置しているのか。 いや有能な配下を集めるような能力を持ち合わせていないのだったな。 つまらぬ手土産だが私が知らせてやろう、頭を垂れて感謝するがいい』 署名は無い。北面王に対するあからさまな嘲笑。これは人為的な事件なのか‥‥それとも高等な意思を持ったアヤカシの仕業なのか。 掘り返された跡。人間の手により破られたようにも見える幾つもの古い紙片には、式を使役する符に似たような紋様が描かれている。 「元々はこの方の研究だったのでしょうか。式を器物に封ずる為には瘴気を操るという諸刃の行為を行なわねばなりません」 時にはそれが失敗する事も。だけれどこの方は対処できる手段も知っていたのでしょう、完全に瘴気に戻す事はできなかったとしても。 意図を超えて手に負えないモノを生み出してしまった陰陽師が自分で封印したのだろうと言う露草。 研究の書の類は見当たらないから推察でしかないが。この手紙を残した何者かが持ち去ってしまったのかもしれない。 「足跡を消した痕跡があるのう。どう考えても最近の跡じゃ」 「とりあえず持ち帰ってギルドに報告っすかね。あっしらがいきなりこんな物を仁生の奉行所に届けても悪戯扱いされそうな」 「頭の固いお役人さんに揉み潰されては、犠牲者が浮かばれませんしね」 頷く雫。原因を突き止めずに終わらせる訳にはいかない。これはただの怪談で済む話じゃないのだ。 帰路に着く一行。内心は様々。 身を守る武器を持ったが為に悲劇となってしまった皮肉に想いを馳せる露草。 事件の行く先が白日の下に解決する事を願う雫。 どうせなら自分自身も斬ってみたかったと残念そうな恵那。 もう少し戦闘面も鍛えやせんと、と胸中ごちる伝助。 まぁ、様々である。それだけ開拓者は多様に溢れ。だが向かう先は交差する。 それはさておき。 その報告は、最近のアヤカシ活発化の懸念に関わるとして大伴定家の手元まで上る事となるのであった――。 |