寒河流鍛錬、銀狐と雪
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/06 05:52



■オープニング本文

●神楽の都にて
「里では雪が随分と降り積もったよ‥‥山深い土地なのでな」
 神楽の都に活動の拠点は置くものの、陰殻と往復を繰り返し中々腰を落ち着けられない寒河 李雲。
 しばらく放置していてたが、様子を伺いに手土産を持って訪れたのはとある商家の裏庭にある離れ。
 かつて縁あって救い出す事となった神威人の小さな姉妹達の、その後を伺いに来たのだ。
 茶を出し向かい合っているのは、この店の手代。
 主人が世話になった大事な客とあって、丁重な応対をしている。
「親御の行方は手を尽くして調べさせてはいるのだが、成果がはかばかしくなく申し訳ない」
「何でも他所の儀へ渡る船へ売り渡されてしまっただとか手紙にて伺いましたが」
「出航してしまった後でな。別の儀ともなると我々の手には余る。頼むなら開拓者ギルドとかがよかろう」
「しかし‥‥あの娘達を保護した経緯もあまり表沙汰にはできませんからねぇ」
 黒い噂があるとはいえ、堅気の商売人の屋敷を強襲して連れ去ってきたのだ。
 例え救い出さなければ娘達が辛い目に遭っていたかもしれないと予測されてはいても。
 一度裏から手を回した話。真っ向から争えば店の商いにも響く。
「うちが関わってると知れたら、叩き潰されるかもしれませんからねぇ。あちらも手広く商売をしてらっしゃいますし」
 世間の情はこちらに肩を入れてくれるだろうが、面倒ごとは避けたい。
 それに。
「一応娘さん達の手前、親御の捜索をお願いはしましたが‥‥」
 濁される語尾。本音は判っている。もし両親が見つかれば娘達は返さなければならない。
 主人がそれを望んでいるかといえばそうではない。手代としては主人の意向を優先したい。
「まぁ、その話は置いておこう」
 気持ちを察した李雲は話の流れを娘達の近況へと変える。
 手付け金だけは貰ったが、事情を汲んだ動きをしてくれる李雲への礼金として相手も承知の出費。
 返さなくて良いのなら、それはそれでいい。
「あの通り、主人の家族として丁重に扱われておりますよ」
 障子を細く開け、隙間から伺う庭の様子。ひんやりとした空気が流れ込む。
 上等な着物を纏って駆け回る小さな娘達。銀色の尻尾が元気に揺れている。
「ただ一番上の娘が、ですね‥‥」
 志体持ちで泰拳士の素質を持つ長女、咲季。
「家を出て、寒河殿の元で修行がしたいと言って聞かないのですよ」
 今屋敷を訪れていると知ったら、制止を振り切ってここに飛び込んでくるだろう。
 主人がうっかり口を滑らせていないといいのだが。
「シノビの暮らしはあまり薦められるものじゃない。ここで暮らすのが本人にも良いと思うのだが」
「でもずっとここに置いておく訳にも行きませんしねぇ。いずれ店で働かせるか、外に出すかしないと」
 いつまでも養い子では、本人達の将来を考えるとあまり良くないだろう。
 主人は呑気に甘やかして暮らさせているが、苦労を積んだ手代はそれも憂える。
「神威人も都に増えたから、店に出すのは支障ないだろうが」
「‥‥内の手伝いくらいはさせてみましたが、向いてないんですよあの子は」
「開拓者にでもなればいいんじゃないのか」
「それには修行が必要でございます。で、修行する先も色々探してはみたのですが本人の気が乗りませんでしてね」
 預かって貰えないだろうか。一人前に開拓者として働けるくらいになるまでで構わない。
「うちで預かるとなると、それには合わないよ。シノビの里とはそう簡単に外へ送り出して貰えるものではない」
 里への忠誠、それが第一である。里の認めがあってこそ自由な活動が容認される。
 今、開拓者として一線で活躍している者達だって、そのような事情を背負ってる事が多々見られる。
「でも噂で聞きましたよ。寒河さんのとこでは広く開拓者にも公開して里の若手を育成していると」
「まぁ確かに‥‥」
 事実を突いているのだから苦笑いするしかない。
 閉鎖的な里の改革を夢見て、それを実行しているのだから。長も好きにしろと言ってくれている。
「承知した。その代わり資金の提供は――」
「都度ご相談という事で。ではご了承戴けたならさっそく主人に話して参ります」

●雪中で訓練しよう
「という訳で咲季殿も訓練に加わる事になったのだが」
 李雲と同じ色合いの真新しい忍び装束を纏った咲季。弾む心を抑え、神妙にしている。
 他にもやや幼さを残した若いシノビ達が。
 開拓者と一緒と聞いて内心震えてる者も中にいるようだが。
 以前にも開拓者と訓練を行なっていた時に居た者だが、何か嫌な記憶でもあったのだろうか。
「これより雪中にて活動する修行を執り行う」
 開拓者へ合同訓練を依頼する分の資金協力は咲季の後見人より取り付けた。
 やはり実戦に長けた者達と一緒に行なう方が、効果が見込まれるから。
 場所は神楽より少し離れた山中。ほどよい地形が存在したのでそこを利用する。
 何処の人里からも離れていて派手にやっても心配は無い。

「それぞれ開拓者と一人ずつ組になって貰い、川を挟んで二手に分かれて貰う」
 二人一組できつく足首を結んだ荒縄。二人が離れられる長さは1m程度しかない。
「縄が解けたり切れたりしたら、そこで失格だ。それと判定役に何人か動いてるからそれを攻撃したら減点」
 それぞれの警護対象として、まずは陣地に雪像を作って貰う。それの破壊が終了条件。
 見通せる場所に作れば、やり方次第では射撃や術によっても破壊される恐れがある。
 武器や術の使用は無制限とするから、そこは知恵を絞る事。
 防壁を立てるのは自由。ただし使っていい素材はそこにある雪のみ。
「全員志体持ちであるから、行動不能になるまで攻撃するのは構わない。実戦訓練だ、加減は要らぬ」
 薄氷の張った川が流れる谷を境に100mほど離れた場所がそれぞれの陣地である。
 高台の陣地同士は見通せるが、その間は急傾斜で起伏した地形や針葉樹の繁りの為に視界は悪い。
「呼子笛が鳴ったら、それが合図だ」
 ひとつめで雪像製作開始。ふたつめで他の行動を開始。みっつめで訓練終了。
 ふたつめの笛が鳴るまでは、壁も作れないし相手の妨害もできない。
 それに事前に罠を仕掛けたり偵察に行くのも不可だ。
 あんまりゆっくり雪像を作って相手を寒い中で待たせたら、それも減点。
 見通せるので、だいたい同時に作り終えるように配分するのも大事だろう。
「合図と判別が付かなくなるからな、呼子笛の使用は禁止させて貰うぞ」
 若手だけでは、開拓者には手応えが無いだろうから。李雲も訓練に加わる。
 相手側にも相応の能力の持ち主が里より来ている。
 さていったい、どのような訓練になるのだろうか。
「ああ、勝った組にはささやかだが知人より貰った大福を進呈する。安心していい。普通の栗餡だ‥‥味は保証するぞ」
 浮かべられた穏やかな微笑み。普通じゃない餡の時もあるのか?


■参加者一覧
静月千歳(ia0048
22歳・女・陰
露草(ia1350
17歳・女・陰
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
エドガー・リュー(ib4558
16歳・男・サ
洸 桃蓮(ib5176
18歳・女・弓
葛籠・遊生(ib5458
23歳・女・砲


■リプレイ本文

「流石に山中は、街よりも冷えますね」
 ほっと吐いた静月千歳(ia0048)の息が白い霧となり散る。
 外套に手袋としっかり身を固めているので、身体には応えないが装束一枚で居るシノビ達がいかにも寒そうだ。
「真夜さん、その格好で平気なのですか」
 組む相方となった女シノビはやや開いた胸元に網地の下着を覗かせているが。
「寒いですけど、これも修行の内に含みますから私の場合」
 紅を差した唇に笑みを浮かべているが、無理をしている。早く身体を動かさせてあげよう。
「縄もしっかり結びましたし、私達の支度は整いましたが‥‥李雲さん、やはり随分と懐かれているようですね」
 新咲 香澄(ia6036)と既に足首を結びながらも、なかなか李雲の傍を離れたがらない咲季。
 積極的に香澄が打ち解けようと話しかけ、少しは落ち着きつつあるようだが。それでも緊張に固まっている。
「これで開拓者を目指したいというのだから、不安だな」
「実戦訓練は初めてだものね。まだこれからだからっ。ボクなりに手伝うから頑張ろうね!」
 ぐいと力強く握った拳。咲季ちゃんの事は任せてくれて大丈夫だよとニッコリと李雲に笑みを見せる香澄。
 実績もあっての事だが、その瞳は見る者を信頼させる力を持っている。

「うちの組は大きな雪兎‥‥か」
「ええ、簡単ですし可愛いですからね。単純な分、しっかりと固められます」
 御凪 祥(ia5285)の呟きに答える千歳。
 一応図案については組分けが決まった時点で開拓者同士は打ち合わせしてあり、それぞれの脳裏に叩き込まれている。
「人形師としての力を存分に見せてあげるよ!」
 袖を捲らんばかりに気合の入った香澄。捲っても寒いだけなので実際はしないけれど。
 単純な形といえども、いや単純故に余計に職人としての気概が胸に燃えるのであった。
 造形に関して手抜きなど断じてありえない。例え壊される運命であろうと愛情を注いで作るべし。
「咲季ちゃんの訓練に役立つかはともかく‥‥として、覚えておいて損は無いよ♪」
 懐から出された包帯、手にした忍刀。はて何をするつもりか。

「細かい細工は女性陣に任せるとして。ふむ、割と男手は敵方に偏ったのだったな」
 開拓者では祥一人だ。シノビも女性は紺組だけに偏っている具合。
「では私も雪を集める方に回りましょう、一色さんとの息合わせを確認したいですし。そ、それに‥‥」
 洸 桃蓮(ib5176)がぶるりと身を耳の先まで震わせる。
(李雲さんは防寒着が要るとは言ってませんでしたが。そうですよね、雪中訓練なのですから言うまでもなく)
 皆して用意しているというのに迂闊だったと心の中で呟く。
 桃蓮だって別に薄着をしているという訳ではないが。
 しっかりと外套を着込み、毛皮の手袋も用意してる人達のに比べたら。という程度である。
(関節を暖めて準備運動を入念に‥‥二度目の笛までに、弓の構えに支障が無いようにしませんと)

「ふぁ、寒い‥‥っ」
 黒く垂れた耳をぶるりと振った葛籠・遊生(ib5458)。
「宜しくお願いしますね。私、頑張りますからっ」
 相方となる追影にぺこりと頭を下げ、外套の前を合わせ直す。
(あ、無口な人なんだ‥‥足引っ張ったら睨まれそうだな〜)

 おっとりと会釈する和奏(ia8807)の顔を見て悪いものを見たという表情で目を逸らす鄭。
(顔色が宜しくないようですが、お腹の具合でも?)
 心当たりの全くない和奏は首を傾げる。
「お前ら、別の訓練でも一緒だったんだってな。だから今回も相方にしといたぜ」
 豪放に笑う多羅 仁汪が二人の方をバシッと叩く。
「あいたた‥‥多羅さん少々叩き方が強すぎです」
「何だ、気合が足らんぞ。なあ、エドガー!」
「ははっ。戦い方が違えば鍛え方の種類も違うからのう。わしより遥かに熟練の開拓者じゃぞ」
 早くも仁汪とすっかり意気投合しているエドガー・リュー(ib4558)。既にタメで呼び合う仲。
 暑苦しいノリは嫌いじゃないどころか気に入った。ちょっと暖まるかと準備運動代わりに拳まで交えて。
「蘭輔、べっぴんさんの陰陽師と組んだからって甘ったれんじゃないぞ。しっかり動かんと俺が殴る!」
「私がそれほど走れませんから。ご容赦くださいまし、ね?」
「うむ。嬢ちゃんはしょうがない。だがこいつは訓練だからな。いざとなったら盾にしてやってくれ」
 澄んだ瞳で見上げる露草(ia1350)には一瞬目尻を下げるが、ぼさっと立っている部下には容赦無い。

「さて全員縄もしっかり結んだし、始めっかね多羅よぉ」
 両の腕を天に伸ばしたエドガーが首をコキリと鳴らす。
「うむ、向こうも支度が出来た按配だな」
 李雲が手を振るのを見て、仁王も中間点の河原で待つ判定役に合図を送る。
 蒼空に響き渡る呼子笛の音。
 判定役も林影に消え、双方の参加者が高台の上で一斉に動き出す。

●雪像作りの時間
「一色さん、それではまず右に動いてみま‥‥げふっ!」
 視界がいきなり空の色に変わり、衝撃に目玉が裏返りそうになる桃蓮。雪上とは言え既に踏んで固まっていた場所。
 初っ端の蹴り足から逆。
 つまり、桃蓮が固く結ばれた方の脚を一歩目の軸にしようとしたのに一色はその脚から踏み出し。
 体重を載せていた方まで前に引っ張られたのだからバランスを保てずに、後頭部からモロにすっ転んでしまったのである。
「痛ひ‥‥」
 目尻に涙が滲む。つい反射的に弓の方を守ってしまったので受身も間に合わなかった。
(下敷きにして折ったりしたら最悪ですもの)
「申し訳ない」
 情けない顔で手を伸べて起こしてくれた一色に真顔でいいですかと桃蓮が動きについて注意する。
「こうして里から訓練に選ばれてるのですから、一色さんも素質はあるはずです」
 聞いて頭で考えるより身体に馴染ませてしまえばとも思うが、反射的に逆に行くのならまずひとつずつしっかりと叩き込まないと。
「敵と対面すれば声を出す訳にいかない場合も。手の合図もままならぬ事もあるでしょう。まず意識を集中して私の動きを見てください」
 目線の動き。表情の変化。身体を密着させて僅かな身体の捻りも感覚で捉えさせる。
「‥‥わかります?」

「在り合わせでも無いよりマシだろう。左右から持つなら縄の長さはぎりぎりか」
 李雲が持っていた風呂敷を雪運びの道具に。力のある二人が左右で落とさぬよう持てば割と効率良く運べる。
 相棒の動きを見計らって最初は慎重だったが。
 李雲が寸分のズレも無く合わせてくると確信できると祥も伸びやかに動く。

 紺組は兎。形の基本こそ伏せた楕円の椀型だが。香澄が細工を施して雰囲気を出す。
「そうそう耳のとこは刀で深く刻み目を入れてね。白一色だからもっとくっきりさせて」
 咲季に指示しつつ、自分は包帯を使って全身の表面を毛並みの流れを意識して仕上げる。
 つるつるよりこの方がいいよね、うん。

 茶組はもふら。
「おもいっきり大きなのを作ってみたかったんです」
 無邪気に何度も言う和奏。生家では他の子供のような外遊びはさせて貰えなかったので、憧れだったようだ。
 最初は雪だるまのようにゴロゴロと転がして。
 反対側の高台からは遊んでるようにしか見えない。仁王とエドガーが上げる気声は丸聞こえである。
「よし、ここに固定ですね」
 これでもかと氷柱を周囲に打ち、冷気の余波でカチカチに下部を固める露草。
 氷柱が直撃した場所は結晶が破壊されて粉雪と化している。
「えへっ。いい化粧雪ができましたねっ」
 もふもふ感を出そうと遊生がそれを全体にまぶして。器用な手先で作った雪の花飾りを頭に載せる。
(実は粉雪になるのは計算外でしたけど‥‥)
 術の破壊力は侮れないと、露草が唇に指を当てて考え込む。自意識の無い式にそこまでの加減は要求できないか。
(それなら周辺を全部さらさらにして滑りやすくしてしまいましょう)
「‥‥和奏。てめぇ、何かそれ季節が違わねぇか?」
「えっ?」
 最後は飾り付けと、おもちゃかぼちゃ、パンプキンステッキ、更に南瓜の被り物。背中に小物入れ『雪だるま』も載せ。
「そういえば秋頃の祭りの名残っぽくなりましたね」
 気にした様子は無くのほほんと微笑む和奏に、エドガーが呆れた顔をしている。

●いざ雪中訓練の時間
 二度目の笛の音。
「うおおおおおっ!ぜってぇに勝ぁつ!」
 雄叫びを上げながら全速力で雪煙を上げて駆け下りていくエドガーと仁王。
「お、追影さんっ!ちょっとまってくだ、さいっ」
 必死に縄の距離を保ちながら前を行く相方に付いてゆく遊生。
「私は合わせられますから、ご随意に」
 添う影のごとく息を合わせて進む和奏に鄭が一瞬目を大きくするが、頷いて進む。
 その後ろでは露草が氷柱を乱発して、防衛線の用意を始めた。

 鳥の式で空中から偵察を試みる千歳。
 視界は鳥に合わせているが、真夜に手を引いて貰って河原付近へと足早に向かう。
「露草さんが陣地の足元に何か細工をしています。注意してください!」
 その声は林間を進む味方の背中に届く。

「迎撃か、切り込みか。どちらも面白そうだが」
 不敵に笑う祥。どちらでも構わないと李雲に判断を仰ぐ。
「林間で迎撃。おそらく仁王が先頭で突っ込んでくるだろう。止めるのは新米の手に余る」
「承知。多羅さんか‥‥それは止め甲斐がありそうだな」
 ふと一巡り前の冬に出会った姿を思い出し苦笑。
 あの筋肉の塊が突撃してくれば未熟なシノビ達は蹴散らされるだろう。

 目の前を過ぎる茶の装束。木陰に一度動きを止める桃蓮。一色と背を合わせ。
 足袋の色を確認したいが、捉えられぬ。不規則な軌道を描く矢を放ち、相手が当たりに動く、それに単体なのを見て判定役と確信する。
(危ない‥‥当たられる所でした)

 エドガーの上げる咆哮に身体が反応して向かってしまう咲季。李雲以外の紺組のシノビも皆同じだ。
(仕方ないね)
 香澄は平気だったが、縄で結ばれた身。彼女に合わせて進む。
「狙うならエドガーさんだよ!無理しないで」
「おう、六人が相手か。いっちょやるぜエドガー!」
「お前さんがたは逃がさんよ、終わりまでわしらに付き合って貰おう」
 不敵に笑い刀をぶんと振るうエドガー。これも訓練だ容赦はしない。
 桃蓮がバーストアローで視界を雪で覆い、一色に目で合図を送る。
 香澄が火輪で仁王を牽制し、千歳の斬撃符が二人の間を狙って放たれる。
「接近したらわしらの勝ちじゃっ!」
 一色が拳の重い一撃で昏倒。すかさずエドガーが縄を絶つ。
 更に真夜と千歳の縄も絶つが、千歳が式でエドガーの縄も切ったので相打ち。
「残ったのボク達だけか。雪像を壊しに行くよ、咲季ちゃん!」

「そういう組み合わせで来たか。作戦変更かね?」
 他が皆、エドガー達に向かったならその隙に攻めてくる者を抑えねばなるまい。
 祥の問いに李雲が頷く。
「なら陣まで下がるか。視界のいい場所で待ち受けた方がいい」

 人の気配を避けて陣へと迂回してきたのは和奏。川を越えるのも問題無かった。
「っと、そこまでだぜ和奏さん」
 打ち放った雷鳴剣が和奏を捉えるが、足止めまでは至らない。
 苦無を構えた李雲の懐に飛び込むように刀を振るい、打たれる前に先を取る和奏。
 鄭が至近から放つ手裏剣を槍の一閃で弾く祥。足払いは後ろに飛ばれるが、そのお陰で和奏も下がる。
「雪像へ攻撃を」
 人を倒すのが目的ではない。刀に炎を纏わせ防御に徹し、像の近くへと回り込む。
 懐から木の葉隠れのごとく花札を舞わせて、流れる動作で死角へと身を沈める祥。
 李雲が手裏剣を身体で止め、苦無を和奏の刀と打ち合わせた瞬間に合わせ、下段から穂先で縄を切る。
「あ‥‥やられてしまいましたね」
 残念という顔で素直に刀を鞘に収める和奏。規則だから素直に従う。
「大福は残念ですけど鄭さんの訓練にはなりましたか。李雲さん傷大丈夫です?」
「次鋒が来たようだ。手当ては後だな」
 遊生達の姿を見て、構え直す祥。李雲も平気な顔をしている。
「使える物は使うか」
 小柄な鄭の襟首を掴んだ祥が何をするつもりか察して、李雲が止める。
「そこまでやると、こいつが再起不能になるから勘弁してくれ」
 真っ青な顔をした鄭に少し同情の瞳。開拓者恐怖症が悪化したら困る。
「狙い撃ちですっ」
 二丁の短銃を撃ち、装填の隙は追影が補う。
 息の合った動きで同じ方向に飛んで駆ける祥と李雲。
「縄、頼む」
 重なる二人を一気に薙ぎ、一歩遅れた遊生を穂先の餌食に。
 追影の刀が祥の腕から鮮血を。傷を受けながら再び放った遊生の弾丸も。
 血を流しながら沈着に二人を相手する祥が李雲を自由に。遊生の縄も切られた。 
「くっ‥‥勝てませんでした‥‥」
 戦いながらも何発かの銃弾が雪像に命中していたが、破壊までは至らなかった。

「あらあら咲季さん、お久しぶりですね」
 呪縛符を放つが相手も陰陽師では分が悪い。蘭輔対咲季では能力的にも負けている。
 千歳の偵察によって足元は危険と判っているので咲季に前に出ないよう指示。
「縄をしっかりと守って!さあ、主砲発射だよ!火炎獣!」
 露草の放つ術を受けるのも構わず連発して雪像に撃ち込む香澄。
 飾り立てたもふら雪像は粉砕されて第三の笛が山間に鳴り響く――。

●終わった後は皆で暖と美味しい物を
「咲季ちゃん頑張りましたね。ご褒美あげますよ〜」
 負けは負けと気持ちを切り換えて、治癒を施し笑顔を向ける露草。
 訓練だから容赦なく咲季にも式を放ったが。よくやったと抱き締めて、クッキーを渡す。
「あら、あちらで焚火を始めましたね。一緒に行きましょうか」

 総合評価。判定人攻撃の減点は無し。雪像評価は同点。破壊と縄切りを合わせて紺組が大きく上回っている。
 さて大福食べ放題は。皆で食べた方が楽しいからと結局全員でという事になったが。
 甘味より燗酒と煽るエドガーを中心とした賑やかな輪。
「負けたんだから潔く雪見酒だ」
 遊生も大福にありつけて幸せ顔。和奏が雪を溶かして茶を作り配っている。
 千歳と桃蓮が若手シノビ達と一緒に反省会をし、今後の為に講釈を。

「色んな開拓者見れたと思うけど、どうかな?これでも開拓者を目指したい?」
 咲季に問う香澄。深く考え込むのを眺めて茶を飲む。答えを急ぐ必要はない。
「目指したいなら、きっと先輩達が力になるからね!」
 その時はまた。開拓者達にきっと相談が来る事であろう。
 年の暮れ。有意義な訓練は無事に終わりを告げた。
 露草がさりげなく耳打ちした一言に、鄭がまた顔を青くしているのは置いておくとして。