もふらさまとやらないか
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/06 15:15



■オープニング本文

「‥‥何を?」
 依頼主が持ち込んだ貼り紙に大きく書かれた文字を見て。
 開拓者ギルド職員の彩堂 魅麻の唇から、開口一番でたのはその言葉だった。
 その直前の挙動は、絶句という表現が妥当であろう。客の為に注いだ茶がうっかり溢れるとこであった。
「その下に書いてある通りでございます」
 明らかに呆れられたとしか思えないような反応を見せられても、その男は動じなかった。

『もふらさまとやらないか』
 のたーっと寝そべっている大きなもふらさまの絵の上に踊るその文字に目を奪われていたが。
 確かに読めば、きちんと説明が添えられている。

 巷では龍が飛び、グライダーが飛び、船だって空を飛び交っているこの世の中。
 我らがもふらさま。愛するもふらさま。彼らだって大空を舞ったっていいのじゃないか!?
 宝珠が無くたって滑降するだけなら、手作りでできそうだ。丈夫であれば凧だっていい。
 やれない事はないはずだ。
 やる気さえあれば。特にもふらさまの。

 そんな言葉が並べられた下に競技の日取りや場所だとか、細かい段取りが丁寧に綴られている。

 ‥‥空飛ぶもふらさま競技会。そういう事なのだろうか。
「本気でやるおつもりですの?」
「それも書いてある通りでございます」
 改めて問う魅麻に自信満々に答える男。茶を美味そうに啜り、熱い吐息をひとつ。
 聞くまでもないような熱弁が延々と始まり――付き合わされる魅麻の笑顔はだんだん引き攣っていった。
「わ、わかりましたですの。ギルドでは参加者を募集すればいいのですね?」
「よろしくお願いします。開拓者の連れるもふらさまなら、より素晴らしい競技となりましょう」

「ところで、この貼り紙の題を決めたのは貴方ですの?」
「はい、もちろん私でございます!」
 いい響きでしょう。胸の熱くなる響きでしょう。
 嬉しげにどうしてこの言葉が題に決まったか語りだそうと身を乗り出してくる。
 書類を見るフリをして紙を盾に、飛んでくる唾から身を守る。
(もふらさまが好きなのはわかるけど‥‥何なんですの、この方のノリは)
 誰かに席を代わって貰おうにも皆忙しくしていて、無理な様子。
 いや、忙しいフリを急に始めた人も居るに違いない。
 とりあえず開拓者に押し付け‥‥じゃなくって仕事を引き受けて貰って場を収めよう。
 物好きな事に空飛ぶもふらさまが見たいと出資した者達が居るようだ。
 協賛と並んでる名前は、聞いた事もないどこぞの村人達だろうといった感じだが。
 そこに何気なく『万の夢を売る彩堂屋』と書いてあるのが目に入った。
(お、お父様!何やってるんですの!?)
 魅麻の実家である。商売の傍ら道楽でよく妙な物に金を出す人だとは前から判っているが。
 こんなところにまで‥‥。

 いつまでも自分の熱い想いを語ろうとする男を何とかお引取り願い。
 何とも言えない貼り紙をそっと、依頼の掲示の隅に貼り付けて。
 脱力しきった魅麻はそのままギルドの奥へと消え、その日は表へと戻って来なかった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 氷(ia1083) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 喪越(ia1670) / 雷華 愛弓(ia1901) / 周太郎(ia2935) / 鈴木 透子(ia5664) / 景倉 恭冶(ia6030) / からす(ia6525) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / ルーティア(ia8760) / 和奏(ia8807) / 霧咲 水奏(ia9145) / リーディア(ia9818) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 不破 颯(ib0495) / 燕 一華(ib0718) / 鹿角 結(ib3119) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 浅石奈々(ib5261


■リプレイ本文

「さあ、まずは皆で道具作りから始めましょう〜」
 一人で作るより皆で手分けした方が効率的だし楽しいから。
 ジルベリア神教会の正装に身を包んだエルディン・バウアー(ib0066)がにこやかに針を動かす。
 グライダーの翼やら落下傘やら縫う物は大量にあるので進んで引き受けていた。
「そういえば前にも空を生身で飛んだ事があったな。あれは面白かった」
「ビビッって泣いてたって聞いたんだが」
「記憶にないぜ人違いだ」
 チャールズとお喋りしつつ自分の使うグライダーの骨組みをとにかく軽くしようと削るルーティア(ia8760)。
「あいたっ。自分の指を切った〜」
「そんなとこに手を添えたらダメですよ。ほら持つのは刃の先じゃなくて」
 慣れた手つきで見本を見せる燕 一華(ib0718)。細かい部品は琥龍 蒼羅(ib0214)が分担している。
「力の要る作業は俺がやるぜ。もっと軽い物を運びな」
 自身の飛行用の板に蝋を塗る手を止めて、巴 渓(ia1334)が材料運びをしていたリーディア(ia9818)に手を貸す。
「あ〜、懐かしいですの」
 ちまちまと裁縫を手伝いながら、地元の島の光景を思い浮かべる礼野 真夢紀(ia1144)。
 あまり得意とは言えないけどこれぐらいの作業なら。
「島で見たのはもっと凧みたいな物ばかりでしたけど。晴れた日によく滑空している人がいましたの」
「長閑な風景ですね。そんな場所で暮らすのも素敵だなぁ〜」
 パウロに付ける白い羽根を真夢紀から受け取って微笑むエルディン。
「今日は一日風の流れが不安定かなぁ。危ないから飛びたくないけど、八曜丸はどうする?」
 精霊に呼びかけ瞼に天の動きを映していた柚乃(ia0638)が傍らに居る藤色のもふらさまに問いかける。
 飛ぶ事にはとても興味を示しているようだが。たくさんの仲間と遊びたい方が先で、それほど強い志望でもないかな。
「貼り紙に釣られて来てしまいましたが。もふらと飛ぶなんて面白い試みです。ね、結珠さん」
 大きな弩にも似た装置を組み立てて、相方に語りかける鬼啼里 鎮璃(ia0871)だったが。
 振り返ると結珠は我関せずという顔で陽だまりに丸くなって寝ていた。

 放牧されているもふらさま達の上で、旋回するぶち太。その背から雷華 愛弓(ia1901)が本日の相方を物色していた。
「よし、触って決めようかな。ぶち太、傍に降りて」
 やる気満々に待機しているもふらさまの身体に抱きついて感触を確かめ、一番筋肉質に締まった子を選ぶ。
「ウホッ、キミ良い体をしてるね!」
 妙な声を上げて勧誘する愛弓。その答えは。
「おいおい、いいのか俺にホイホイ声を掛けちまって。もちろん、やるもふよ!」

●もふらさまと飛ばないか
 さて支度は済み。
「斜面が荒れる前に飛んでしまうか。おやっさん、そんな格好ですまないな」
 雪の上を滑るような板を足に付け、縄でぐるぐる巻きにしたジョーカーを背負った渓。
「構わないさ。男はタフでなくては生きてゆけないのだから」
 渋みのある低い声で、ただそれだけ答えるジョーカー。
 油と蝋をたっぷり塗りこんだ板が柔らかな草の上を滑り降り、崖から飛び立つ。
 姿勢が崩れる前に靴から板を振り外し、相棒を結んだ縄を思い切り振り回し。
 荒っぽい扱いを無言で堪えるジョーカー。
 地上に落ちた時には‥‥無表情を保ったまま気絶していた。
「思ったより飛距離は稼げなかったなぁ」

「『神教会へおいでませ号』、出発ですよ」
 頭に輪の飾り、白い羽根。彼が信じる神の使いの姿を模したパウロを背に結んで、だぶだぶの衣装を纏ったエルディン。
 小さな四輪を付けた簡易台車に伏せ、緩い傾斜の草を蹴って速度を上げる。
 後ろへ向けた杖から放たれる猛烈な吹雪。勢いの役に立ったかは判らないが。
 派手な演出に喝采の声が上がる。
「あいきゃんふら〜いっ!」
 崖ぎりぎりまで粘り、台車を蹴り飛んだエルディンが大の字に身体を開く。モモンガの皮膜のように手脚の間に広がる布が空気抵抗を受けて膨らむ。
 もちろんそれだけでなくパウロの背から開いた落下傘もある。
「ははは、どうです、パウロ。いい気持ちでしょう」
「もふ〜、飛んでいるでふ〜。神父様も僕もスゴイでふ〜」
 距離は稼げないが、気持ちよさなら抜群だ。エルディンの背の上ではしゃぐパウロ。
 そのまま地上まで大の字に。パウロの体重まで受け止めて、天の国を垣間見たのはご愛嬌だ。

「風が随分と強いですが‥‥向きは最適です。それでは参りますね」
 旗袍に身を包んだリーディア、その格好で空を飛ぶのはちょっと難があるので下にズボンを着用していた。
 二輪の車軸を付けた座席付きの大きなグライダー。なかなか大掛かりな作業だったが皆の手伝いもあり上々の仕上がり。
 前方に蝶々翅の飾りを背負わせたもふリルさんを乗せ、自分は操縦棒の付いた後部座席に収まる。
 グライダー自体も黄色い蝶を模して色彩が施されている。
「さあ、もふリルさん。飛びますよっ」
 村人に押して貰った機体が急斜面を駆け下り、風に乗って浮かび上がった。
「もふ〜♪蝶々もふ〜♪風にのるもふ〜♪パウロくんに続けもふ〜!」
 それ自体の重量もあり、かなりの低空飛行であるが。巧みな操縦で姿勢を安定させ。
「あら‥‥」
 動かし過ぎてぽっきりと折れてしまった操縦棒。素人造りだからこんなものか。
「まぁ、何とかなりますわね‥‥きっと。ふふっ、もふリルさん綺麗ですよ」
「あたしきっと前世は蝶々だったもふ〜♪」
 風を浴びて楽しそうにしている相棒の姿に微笑みを浮かべる。
 着陸と同時に車輪も壊れてしまったので一回きりだったが、いい想い出になっただろうか。

「結珠さん暴れないでくださいね、空中で落ちるといけないですから」
 もふらさまと身体を結びつけ、襟元に結珠を仕舞い込んだ鎮璃。
 弩もどきに矢の代わりに装填された背付きの板に乗り込む。
「ではお願い致します」
 村人に装置の操作を任せ、斜め上に射ち出される。風運は悪く向かい風。
「あまり距離は行きませんね。でも火薬を使うよりは安全ですし気持ちのよい空中散歩です」
 自身ともふらさまの背から開いた複数の落下傘がゆらゆらと。
「空の旅はどうですか?」
 懐の相棒からも景色が見えるように襟を大きく開き。
「なかなか風光明媚ないい土地ですよ」

 打ち合わせ通りに崖に向かって全力疾走するもふらさま。本気だと意外と速い。
 後方上空から急接近するぶち太の前脚ががっしりと掴み、そのまま飛行。
「これぞ伝説の朋友合身、駿龍もふら‥‥!」
 感慨深く呟く愛弓。だが失速は早くほとんど降下一直線。
「あ〜、向かい風だなんて。ぶち太頑張って!」
 そのまま田んぼへ墜落。雷華は薄情にもぶち太の背からジャンプして、無事に着地していた。
「やっぱり無理でしたか〜。実験失敗です」

「よし、僕のパートナーはこの子に決めたっ!」
 村一番の大柄なもふらさまをビシッと指差した天河 ふしぎ(ia1037)。
 その勇ましさに野太い歓声が沸く。何で手伝いに出てる村人達は一様にガタイのいい男前ばかりなのか。
「おう嬢ちゃん、いい目をしてるな。こいつは俺の自慢の子だ。サクラっていうんだよろしく頼むな」
「もふっもふっ、おら空を飛ぶんだもふっ!」
 ついでにもふらさまも何かもふらさまらしくなく妙にやる気満々である。
「ぼ、僕は男だってば!サクラか、よろしくね。空へ挑戦したいだなんて素敵な夢だね!」
 男と聞いて、やけに村人の視線が熱くなったような気がするが、ふしぎは気付いていない。
 もう心は空を飛ぶ事に向かっていて瞳をきらきらと輝かせて、相棒になるもふらさまに語りかける。
 僕も空は大好きなんだ。一緒に一番を目指そうねっ。
 抱きっとしがみつくと、既にテンションの舞い上がってるもふらさまは勢いよく駆け出した。
「っとと。まだ支度が出来てないから、待って待って!」
 自前のグライダー、天空竜騎兵を携えての参加。
 ふしぎに合わせて設計された軽量級。そのままではこの大きなもふらさまと一緒では飛べない。
「ねぇ、この丘で一番しなる丈夫な木ってどれかな?二本あってその延長上が開けてると完璧なんだけど」
「しなる木かぁ、一体どうするんだそんなの。あっちにある奴が条件いいかねぇ」
「折れないといいな‥‥教えてくれてありがとっ」
 二本の木に丈夫な縄を外れないようにぐるぐると巻きつけ、張り具合を入念に確認する。
「サクラ、ちょっといいかい。その板に突撃してみて」
 嬉しそうに突進してゆくもふらさまが縄に当たって木をしならせ、びよ〜んと弾き返されて転がる。
「よし、できそうだね。じゃ縄を固定して。これをサクラに背負わせて‥‥と」
 さきほどエルディンにも手伝って貰った特製の落下傘。ちゃんと開くといいんだけど。怪我させちゃいけないからね。
 グライダーの角度はよし。ゴーグルを額から下ろして。板のとこで待機しているもふらさまはワクワクしている。
「それじゃ、仕掛けを切るよ」
 いざ出発!
 縄を固定していた仕掛けをスッパリと断ち。しなった木の反動を利用してすっ飛んでいくもふらさまに引かれるグライダー。
「行こう、あの空のもっと遠くまでっ!」
「すごいもふ〜っ」
 宙に弧を描くもふらさま。そのまま投石器の弾丸のごとく地上へと落ちてゆく。
 揚力を得たグライダーがガクンと引っ張られ、その勢いには対抗できず一緒に落下へ一直線。
「う、うわぁ〜っ!?」
 そこへ風の悪戯、突如発生したつむじ風がもふらさまもろともグライダーを巻き上げ、パニックになるふしぎ。
 何が何だかよくわからないうちに地面が迫り――。
 アクシデントにも幸い落下傘が絡まず軟着陸したもふらさま。
 と、結ばれていたはずのグライダーは乗り手もろとも田んぼの中に埋没していた。
「救助隊、急げ〜っ」

「あの飛び方は勘弁してくれ。普通に飛べよ、普通に」
「あんな事したら、空中分解しそうだ。それは嫌だ」
 チャールズの言葉に割と素直に頷くルーティア。
 見た目こそグライダーだが、適当にあり合わせの材料で作った物だ。職人が精を込めた特注品と同じ扱いをしたら即壊れるだろう。
「重さに耐えられるかな〜。そうだ、チャールズの毛を刈れば軽くなるんじゃないだろうか?」
 鋏、鋏っと誰かさっき使ってたよな確か。思い立つがままに借りに行こうとしたルーティアを慌てて止める相棒。
「おいやめろ馬鹿。むしろお前が服を脱げばいい」
「そうか、その手があったか!」
 妙案じゃないかと狩猟服に手を掛け。
「って本当に脱ごうとすんなぁ!」
 チャールズの回し二足蹴りが背中を直撃して、グハッと息を吐く。
「お前の裸なんか見たくもない。もっと大人な色気漂うねーちゃんで頼む」
「このエロもふらがっ!」
「ほら遊んでないで早く始めるぞ。後が詰まってるじゃないか」
「わ、わかった。行くぞ」
 二人乗りのグライダーで一緒にダッシュしてゆく付き合いのいいチャールズ。
「ぶ、風が!?ってうわ、うわあああああっ!?」
 急に変わった風は正面から吹き付けて。
「崖に当たるってば。ちょっ、待って。地面、避けて避けて!?」
「地面に避けろって何を無茶言ってんだ。諦めろ」
 崖に引っ掛かったグライダーには固定されていたチャールズだけが残され。単体で更に転げ落ちていったルーティアを呆れた顔で見下ろしていた。
「救助、救助!」
 村人達が担架を用意して反対側の坂を降りてゆく。
 藪のど真ん中に人型の穴があいている。転げたはずなのにどうやって器用に‥‥。
「ほっとく訳にもいかないか‥‥陽淵、あのグライダーを掴んで安全なとこまで運ぶぞ」
 ゆっくり上空から見物していた蒼羅が慎重に陽淵へ指示を出してチャールズを保護して地上へと降りる。
「サンキュ、落ちるよりはマシだったぜ。ついでで悪いけどこれ外してくれないか」
「ああ、自分じゃ無理だろうしな」
 働いて貰った陽淵に自由を言い渡し、チャールズの身体から外したグライダーを担いだ蒼羅。
「心配だろうしお前は主人のとこに行っていいぞ。俺がこれを運んでおくから気にするな」

「木陽〜、木陽〜。ほらボクらの番だから起きてっ」
「‥‥もふぅ」
 一華に揺り起こされて木陽は欠伸をひとつ。穏やかな陽射しが気持ちいいと草むらにごろりと寝返りを打つ。
 薄い緑と白のふわふわの毛並みに草がたくさん絡みついて。
「気持ちいいから‥‥僕はここでお昼寝‥‥」
「空に上がったらもっと気持ちいいですよ♪」
 用意した丈夫なさらしを抱っこ紐に。木陽は別に嫌がりもしない様子。一華の温もりを枕にちゃっかり頭を預けている。
 動くのが面倒なだけなようだ。素直にされるがままにしているが――やはり半分寝ている。
「さあ、飛燕の如く大空に向けて飛び出しちゃいましょうっ!」
 高い崖の上で風が強く吹き付けるのを待って立つ。村の男達が補助に付き添って持ち上げる準備を。
「せーのっ!」
 ふわりと大きなグライダーがてるてるぼうずをぶら下げて舞い上がった。
 一華と木陽の重みにたわむ骨組み。鎖と細縄でしっかりと帆布と結ばれた竹の板が大きくしなる。
 腕だけでその重さを全て支えているのはきついが、普段から薙刀を振り回して鍛えてある腕だ。
「おっと横風ですかぁ〜。どこに飛んでいってもいいですよね、気持ちよければ」
 返事はふわぁ〜と欠伸ひとつ。身じろぎもせず抜群の安定感。
 風の向くまま気の向くまま。重さにより結構な速度で降下してゆくけれど、無事に着地はできるかな。
「んん〜、ちょうどあの原っぱに着きそうですね。木陽、ちょっと衝撃があるかもしれないけどごめんね」
 ぐいと重心を後ろに傾けて最大限に空気抵抗を受けての減速。
 危ないからと着地の直前にグライダーを離し、木陽を抱えてごろごろと草の上を転がる。
 鼻腔をくすぐる秋の香りにまみれて。
 ようやく止まったので抱っこ紐を解き。そのまま再びまどろんでしまった木陽に背を預けて空を見上げる。
「呼ばれるまでここで昼寝もいいかな?いい気持ちでしたね」

「それじゃ行ってくるから、頑鉄は見守っていてくれよ」
 岩肌のような相棒の首を撫で、意気揚々と村のもふらさまを連れて大筒の中へ乗り込む羅喉丸(ia0347)。
 頑鉄は来るはずだった人妖の代理だ。考え直せと最後まで言っていたが、家で今頃やきもきしているだろうか。
 祭で使うような巨大な釜を改造した大筒。予め打診したら、村の鍛冶師が連日不眠不休で頑張ってくれた。
「言われた通りの仕様だが保証は無い。俺、農具しか作った事ないし。だが面白そうだから気合入れて作ったぜ!」
「火薬よく用意できたな‥‥ってか多くないか?」
「あと二人ほど同じような事をしたいって言ってきた奴が居たからな、その分だ」
 さすが後援協賛に大商人が付いているだけの事はあるな。これ結構金が掛かってるだろ。
(頼んだのは俺だけどな)
「火ぃ付けるぜ」
「おう、頼んだ」
 がっしりもふらさまを抱え、きりりとした表情で砲身の中で構える羅喉丸。
 発射!
「綺麗に飛んだな。うむ、いい作りだ」
 相棒の浮舟の広い背で茶を飲みながら見物と洒落込んでいるからす(ia6525)。
 道具作りに精を出していた者達にさきほどまで煎餅と茶を配り歩いていた。
「もふらが飛ぶなんて夢のようでありますよ。でも浮舟は飛ぶならのんびり飛びたいであります」
「君は『飛ぶ』よりは『浮く』だよね」
 まぁ、それぞれさ。おやそろそろ頂点に達したかな。
 崖の上から斜めに打ち上げて更に高度が。
「落下地点、確認」
 身体をひねり、軌道をわずかながらの調整。
 俺の畑だからやっちまえと言ってくれた村人の立ててくれた旗を目掛けて落下。
 縄で結んだ布が大きく広がり風をはらむ。それでも殺しきれない勢い。
「泰斗人間砲弾!」
 もふらさまを抱えた両拳を突き出して、深い藍色の篭手から放たれた紅の波動。脆くなった土に抉り込むように突き刺さる人間砲弾。
 立ち昇った土煙が風に流されてもまだ姿が見えない。何処まで埋まったんだ。

「俺?」
「もちろんですわ。好きなの選べば良いと先日紙を見せましてよ?」
 いや三択と見せかけて、それは選択肢ではなく一択の命令。
 どピンクフリフリのお姫様土偶のジュリエットとその下僕、あ、いや相棒の喪越(ia1670)。
「申し込んだ覚えなんてないぜ」
「モコスが昼寝してる間にワタクシが魅麻さんへ連絡しておきましたわ。準備が要りますし」
「『一番いいもふらさまを頼むぜアミーゴ』と書いてあったから、てっきり喪越様の意思と思ってましたが」
「モコスの意思で間違いないですわ」
 手伝いに駆り出されたものの特にする事なく佇んでいる彩堂 魅麻にジュリエットが勝手に答える。
「さっさと入りなさい。何でしたら、ワタクシが手伝って差し上げてもよろしくてよ?」
 な、何で蹴りの素振りをしてやがる。とぼとぼともふらさまと一緒に砲身へ乗り込む喪越。
「お星様を眺めるにはまだ早い時間ですわね」
 つぶらな青い瞳を空に向けて夢見るような表情をするジュリエット。
 喪越が何かぼやいているが、無視のようである。全く聞いていない。
「お嬢様、どうぞ私めとご一緒に点火願います」
 ノリがわかる村のいい男がジュリエットの前に跪いて、火の付いた松明を差し出す。
「あら殿方とキャンドルサービスだなんて恥ずかしいですわ」
 楚々とした仕草で手を添えて、大筒の下へと着火。
 勢い良く飛んでいった喪越には目もくれる事なく、村のいい男と歓談に興じ始めるジュリエットであった。

「火薬の用意が計算間違えたかな。ちょっと足りないか?」
「いや俺いいですよ、別に飛ばなくって」
 先に飛んでいった者達を見て、腰が引けていた景倉 恭冶(ia6030)。
 さあて空で見学しようかな〜と夢彈の背に手を掛けたところで、肩を掴まれた。
「もふらさまが残念そうにしてるじゃないか、一緒に飛んでやれ。男だろ」
 真面目な言葉だが全力爽やかな笑顔、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)。恭冶が飛ばない?そんな事は俺が許さん。
 振り返れば期待の眼差しで恭冶を見ている面々が居る。ちょっと待て。
(‥‥てか、あいつら俺を肴にいちゃつきに来てるのかよ!?)
 敷布の上にお重を広げ、箸であーんと周太郎(ia2935)の口に出し巻き卵を運んでやっている霧咲 水奏(ia9145)。
 甘い空気がそこ一面にだけ漂っている。崑崙とニムファは二人だけで何処かに遊びに行ってしまったようだ。
「おや、次は景倉殿が飛ぶ番でござりまするな」
「それは見ておかないとな。その前に水奏、ほれお返しだ‥‥あーん」
 今度は自分の箸で水奏手製の出し巻き卵を小さく切って、水奏の口へと入れてやる周太郎。
 べったり寄り添っている二人を見ていると、何か見てない間に飛んでやりたくなるが。
「よしもう行くっ。火を付けてくれ!」
 しかし火力不足。しょぼい飛び方ですぐに落下するかと思われたが。
「こんな事もあろうかと」
 陽光を反射させた伊達眼鏡に手を掛け、不敵に笑みを浮かべる焔騎。
「多少の問題は爆塵させて片付ける志士、天ヶ瀬だ。いくぜ、黒焔!」
 主が鎖の手綱を掴んで飛び乗ると同時に、溜め込んでいた力を一気に出し猛烈な速度で後方から迫る黒焔。
 その鋭い爪がしっかりと、もふらさまを抱えた恭冶を掴み上げた。
「和奏さん、もふらさまのキャッチは頼んだぞ!」
 手にした業物に紅葉の燐光を散らせ、空に美しい残像を飾る。
「もういいぞ、黒焔。離せ」
「ちょ、待ておいっ!?」
 焦ってもふらさまから手を離してしまった恭冶。離れ離れになる。
 颯の背に乗り様子を伺っていた和奏(ia8807)がもふらさまの落下地点を目指して地上に先回り。
「お布団は用意致しました。ん、ずれていますか?」
 颯が端をくわえて、ちょっと位置修正。
 最高級ふかふかのもふらの毛が詰まった布団の上に、これももふもふの毛のもふらさまが落下。
「持ってきて良かったです。役に立ちましたね」
 ほっと息を吐く和奏の肩をちょいちょいと颯が鼻で突き、遥か向こうを示す。
「あ、景倉殿が‥‥」

「随分飛んだなぁ〜」
 額に手を翳し、飛んでいった恭冶を見やる周太郎。反対の手は傍に寄り添う水奏の肩を抱いている。
「しかし周殿、もふらさまは既に着地しているから計測外でござりまするな」
「あれはどちらかっていうと天ヶ瀬さんの得点だしな。なぁ、それよりニムファ達、何処まで行ったんだ?」
「そろそろ崑崙を呼び戻しまするか。きっと一緒でござりましょう」
 その頃すっかりニムファに髭を玩具にされていた崑崙は。
 寄って来たもふらさま達と一緒に日なたでまどろんでいた。ニムファを頭に乗せたまま。
 主人の呼ぶ笛の音に頭をもたげ、小さな友に注意を促すと周囲を起こさぬようにゆっくりと飛び立った。

「結殿」
 空を悠々と飛ぶ駿龍の姿。その背には鹿角 結(ib3119)と言ノ葉 薺(ib3225)の二人。
 小さな身体とはいえ刀我にとっては力を必要とする重荷。無理はさせず結は不意に備えて手綱に手を添えただけで、風任せに飛ばせている。
 空飛ぶもふら達を眺める遊覧飛行。
 恐る恐る結の腰に腕を絡ませた薺。危ないから遠慮せずに、とは言われたが。触れる事には逡巡があった。
 でもしっかりとしがみつき、その温かな背中に頬を乗せて物思いに耽っていたが。その視線の先に映ったのは。
「‥‥どうされました?」
「あそこに白い月が。もう昇っているのですね」
 薺の指し示した先にはうっすらと半月が浮かんでいた。それを見てふっと頬を綻ばせる結。
 大切な友である二人にとって月は、少しだけ特別な意味を持つ。心を一つにした演奏の想い出。紅と蒼を纏い。
「もう競技は終わってしまったようですね。ずっとこうして居たかったのですが」
 寂しげに溜め息を吐く薺。話したい事は一杯あったが。途切れ途切れだった空中散歩の会話。
 ほとんど龍やもふらさまの事を話していただろうか。当たり障りの無い所を彷徨う言葉達。
「刀我もそろそろ疲れてきたようですし。戻りましょう。あなたの銀蘭さんも待っていますよ」
「はい‥‥」
 忍犬の銀蘭は今も命に従い伏せたまま、主人を忠実に待っているのだろうか。早く戻ってやらねば。
 だけど最後にこれだけは。また地上の浮世に戻る前に。
「結殿‥‥私は、結殿のことが好きですよ」
「‥‥」
 言わなければ良かったか。風に消えてくれれば良かったか。結が今どんな表情をしているかは見えない。
 銀色の尾がただ左右に振れるだけ。
 皆が賑やいでいる地上がもうそこに――迫っていた。ああ、楽しい時間が終わる。

●さて飛んだ後は?
 ちょっと大変な目にあった者も、柚乃の癒しの光を浴びて治療を施されていた。
 真夢紀、鈴麗と一緒にお弁当を広げて観覧を楽しんでいたが、気が付けばそこに人の輪が。
 酒肴やら茶菓子やら持ち込まれ、どうやらこのまま皆でお疲れ様の会といった風情か。
「滞空距離だと直線じゃないが一番だったのは、燕さんと木陽さんの組かな」
 恭冶の時以外はずっと計測係を務めていた焔騎からの発表。
「おめでとう!」
「うわぁ、やったね木陽。ボクらには充分過ぎるから一座にも送ろうか?」
 景品の米俵を担いできた村人達から熱烈な握手を受けながらにっこり笑う一華。

「それとバウアー様に特別賞ですのね。村のもふらさま達がぜひ同じ方法で飛びたいと人気を集めていましたの」
 魅麻が言うなり、主催の男が進み出てきてエルディンの手をがっしりと握る。
「ぜひ、しばらく滞在して村のもふらさまを飛ばせてやってください。お願いでございます!」
「え、いやあの‥‥そうですねちょっとパウロと相談しましてから」
 村に滞在がてら神の教えを布教するのも悪くないかな?ねぇ、パウロ。

 日も沈みかけた丘の上での見学者も交えた宴会。
 それぞれに気の合う者と賑やかに、あるいは和やかに笑い語らっている。
 いつまで経ってもまだお熱い二人もいるようだが。
「水奏を抱きかかえて飛ぶのも悪くないかな。大筒は遠慮するが」
「拙者はもふらさまではありませぬよ、周殿。でもそれも楽しそうでござりまするな」
 周太郎の言葉につい光景を想像してしまい頬を染める水奏。

「おやっさん、お詫びと言っては何だが。村秘蔵の酒を少し分けて貰ったぜ」
 皆から離れた場所で遠い稜線を眺めていたジョーカーの前に盃を置く渓。
 無言でちびりと酒を舐める相棒の傍で木に寄りかかり。美しい夕焼けに飾られた風景に目を細めた。