【初依頼】スズメバチの脅威
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/01 20:38



■オープニング本文

 山へ果実摘みへ来ていた麓の村の親子連れの姿。
 野生の葡萄が豊富に生育していて、この季節ちらほらと見え始めた紅葉を数えながら自然の恵みを味わうのが、楽しみであった。
 他の地域等で栽培されているような葡萄は、都へ赴く事もまずない質素な暮らしに日々を送る村人達にとっては高嶺の花。
 どんなに酸っぱくて生食として売り物にはならないような代物であっても、充分なる恩恵であった。

「父ちゃん、栗もいっぱい落ちてるね!」
「気を付けて拾うんだぞ。手を怪我するからな。袖で包んで、そうだ強く握っちゃダメだぞ」
「この葡萄は帰ったら干すの?」
「ああ、お前の好物だからな氈Bたくさん作ろうな」
「うん、いっぱーい手伝うっ」
 ささやかながら幸せなひととき。ありふれた光景に終わるはずだった日。

 ブーン。ブーン。ブーン。ブーン。
 空気を細かく震わす嫌な羽音が次第に大きくなってくる。

 ――そこに見えたのは、スズメバチの大群。
 この時期、働き蜂は一番数を増やす。それは村人も知っていたし、たまには遭遇する事もあったが。
 幼少より襲われない為の知識は教わり、習性にも慣れているので問題になる事は滅多にない。
 この親子もみだりに取り乱したりはしなかった。
 だが。
 スズメバチの群れは防衛本能ではなく親子を包み込まんと迫ってくる。

「これは危ないな‥‥いいか、静かに離れるんだぞ」

 子供達を両脇に抱えてゆっくりと里に向かって山を下り始めた男。
 父親の太い腕から緊張が伝わり、幼き姉弟――巳緒と多吉は無言になって従う。
 頭がくらくらするほど大きくなった羽音。
 親子を囲んだ蜂達が纏わりつき――視界が覆われる。
「きゃあああっ」
「怖いっ、怖いよぉっ!」
 堪えきれなくなった子供達がとうとう甲高い悲鳴を上げ始めた。
「ダメだ‥‥。いいかお前達は走って逃げろ。村まで降りるんだ」
 愛する我が子を突き飛ばすように押し出した父親――久万吉は自らを贄としてスズメバチを引き離す。

 目まぐるしく回った視界。何とか転ばずに勢いで足場の悪い坂道を下った姉弟。
 聞くに堪えない絶叫が背中に響いてくる。
「父ちゃん――っ」
「多吉っ」
 振り返り走り戻ろうとした多吉を、抱き締めて止める巳緒。
「ダメっ。父ちゃんは‥‥行けって言ったから‥‥家に戻るよ」
 自分だって戻りたい、でも。私は、私は‥‥お姉ちゃんなんだから弟を守らなきゃ。
 ぽろぽろと零れた涙が多吉の髪を濡らす。

 泥だらけになって駆けてきた子供達を迎えた村は、突如として緊張と喧騒に包まれた。
 人手を集めようと半鐘まで鳴らし。畑から家から、何事かと血相を変えた人々が集い。
「父ちゃんと一緒に帰ってくるからな」
 少しでも落ち着かせようと笑顔を作って巳緒と多吉の頭をわしわしと撫でた髭面の男。
 おそらく聞く限りでは安否は‥‥絶望的だろうが。他に言ってやれる言葉が浮かばない。
 家で待っていた母親はといえば呆然としていたが、事態を理解すると卒倒して布団に寝かされてしまった。
 まだ幼い巳緒の方がしっかり者である。きっと父ちゃんは帰ってくるからと懸命に弟を励ましていた。

 蜂退治の支度をして村の男達が幾人か山に登り――しかし帰って来なかった。
 こんな事は村では前代未聞である。
「全員スズメバチにやられたなんて事はないよなぁ‥‥」
「もしかしてただの蜂じゃなくてアヤカシだったのかもしれぬ」
「どちらにせよ‥‥早急に何とかしないとならんの」
 勝手に誰も山へ登ってはならぬと固く禁令が出され、救援の求めが開拓者ギルドへと急ぎ伝えられた。


■参加者一覧
/ からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / フォルカ(ib4243) / 紅雅(ib4326) / S・ユーティライネン(ib4344) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 政宗(ib4744) / 陸奥 京(ib4796) / 奈李(ib4843) / 亜唯紗(ib4870) / 青江 又八郎(ib4874) / 山中 槐(ib4876) / 女郎花(ib4878) / レシオン(ib4879) / 一ノ宮 総司(ib4890) / 又宗(ib4924) / 祥雪(ib4942) / 鈴香(ib4945) / ぽんた(ib4952) / 翠麗嘩(ib4953) / 四季(ib4964) / 影 瞬時(ib5008) / しーぷ(ib5018) / のこりん(ib5032) / beatrice(ib5041


■リプレイ本文

「間に合ったのはこれだけ、か」
 最初に声を発したのは、黒水晶のピアスが光る耳を雄々しく立てた長身の精悍な神威人の男。
 射るような鋭い緑色の双眸を持つフォルカ(ib4243)。乱暴でありながら不思議と耳に快い声質。
 精巧な装飾が施されたヴァイオリンが荷物に無ければ、一見して吟遊詩人とは見え難い雰囲気を持っている。
 伊達者な装束が、秋色に染まった村の景色の中で舞台の華役者であるかのように目立つ。
「いやはや、たまたまギルドに居たら。こんな行軍をするとは思いもよりませんでしたよ」
 緩んだたすきを締め直して水干の袖を押さえ、長谷部 円秀(ib4529)は苦笑を浮かべた。
「しかし話を聞いては、知らぬ顔では居られませんでしたからね」
 ひぃふぅみぃと顔ぶれを数えてみれば、両手の指にも足らぬ。
 いや誰か先着している者が場を離れているとの事だから、もうちょっと居るのかもしれぬが。
 太刀を背に負い、鎧姿の勇ましい山中 槐(ib4876)。
 生真面目な表情でしかしながらほどよく力を抜き佇むその姿。侍の鑑を追い求めた姿勢。
(子供達に先に声をかけておきたかったですが。仕方ありません、後でしっかりと向き合ってあげましょう)
 秀麗な額の上で短く刈りそろえられた灰色の髪。きりりとした眉の下に意思の強そうな瞳を宿した少年、S・ユーティライネン(ib4344)。
 整った面立ちは初対面の者には少女のようにも思える。その細腕で扱えるのかと危ぶまれるような大振りの機械弓が得意とする得物。
「理想的とは言えませんが。‥‥やむを得ないでしょう」
「それでも、これだけ集まれたのですから存分に動けます。待っている猶予はありませんね」
 黄金色に陽に透ける美しい髪をさっと振り、レシオン(ib4879)が目指す山を見据え憂いて。
 急く心を宥めんと瞳を細める。
(今こうしている間にも、誰かの命の灯火が吹き消されようとしてるかもしれないのです)
「村に置き薬が無いのは残念。自然のスズメバチのようにアヤカシが毒を持たぬ事を願いたいですが」

「薬ってのは作るのに手間も掛かるし、高価になりがちだから仕方ねぇさ」
 まったく何もかも金の掛かるこった。こんな格好でアヤカシに立ち向かうなんて勘弁して欲しいぜ。
 愛用の三節棍を身体をほぐしがてら弄び、影 瞬時(ib5008)がぼやく。
 ギルドより支給された丈夫な仕事着一枚。私財をボロ雑巾にせずに済むのは有難いが、いざ実際にアヤカシに立ち向かう段となると心許なくも思えてくる。
 決して不安という訳ではない。腕っ節には自信があるつもりだ。
 それよりも彼を苛立たせるのは――。
(親父……ちっ、胸糞ワリィ事を思い出させやがって)
 父親が犠牲になったという知らせに掻き乱された心。彼にとって父とは‥‥。
 あくまで己の事と想いを振り払い。
 仕事仲間に動揺を悟られまいと、腹立ち紛れに蹴った石ころ。
 それは道を外れて遮る木の根に硬い音を立てて跳ねた。

 緊急の要請に、居合わせた者達は精霊門を抜け辺鄙な村へと駆けに駆けた。
 通常なら人の足で神楽から幾日掛かるか判らない道程である。
 利器の使用によりかなりの短縮をしたとはいえ、それでも。
 生まれ持つ志体のお陰か、常人より秀でた身体能力を持つ開拓者達だからこそできた所業。
 それでもまだほとんどの者の息は上がっている。本当なら登山の前に休みたい所ではあるが。
「歩き‥‥ながら呼吸を整えますから、私の心配は無用ですよ」
 日頃書物の山に埋もれ、体力には全く自信のなかった紅雅(ib4326)。陣笠を深く被り、笑みの余裕がない口元を隠す。
 さきほど飛び出してきた幼き子供達。
 邪魔をしてはならぬと大人に引き剥がされてしまったが、その腰に必死としがみついた感触を思い出し。
「待っていて下さいね。お父様の‥‥せめて仇くらいは討たせて戴きますから」
 大切な貴方達を守ろうとしたその意思を、決して無駄にはしない。
 誰にも聞こえぬ小さな呟き。
 慌しく聞いた事情の中でも彼らの父親について安否は絶望的。
 生きていて欲しいとは切に願うが、その望みの儚さに想いを至らせずには――真実から目を逸らしては道を誤る。
(この村の厄災をどうか少しでも‥‥)
 ふと指で触れた首飾り。自分の代わりに厄災を引き受けてくれると肌身離さず持ち歩く大切な品。

「おや、もう揃われていたようですね。村の方々には私達が戻るまで家から出ぬように念を押して参りました」
 先着していたからす(ia6525)と共に集落の各戸を訪ね歩いていた和奏(ia8807)。
「いくらなんでも二人だけ山に先行するのは無謀だからね。ひとまずは全員で行動しようか」
「初めて訪れて土地勘も無いですしね。アヤカシと対するに地形にも手間取るかもしれません」
 小柄な身体の腰に二刀を佩いた鈴香(ib4945)。
「その辺はまぁ行ってみてからだね。先に私達が敵を発見すれば地形の不利も減らせるさ」
 見た目の年頃に似合わず落ち着いた熟練の開拓者、からすの言葉。鈴香は真剣な顔で頷く。

●秋の山に群れる悪しき存在
 紛れも無い鼓膜を震わす羽音。否応無くその音量だけで、対する敵が多数である事が伺える。
「くっ。村人を見つける前に来やがったか」
「残念ながら共振ではアヤカシ以外は見つけられないからね。抜けられるようなら別れようか」
「修行だ。俺は戦わせて貰うぜ」
 闘志を剥き出しに身構える瞬時。素早く味方との間合いを確認し、暴れられる空間を確保する。
「できれば手当てのできる私が先に向かった方が良いかとは思いますが‥‥」
 具足に身を固めているとはいえ紅雅が一人で抜けるというのは無理がありそうだ。
 辿り着いた所で他のアヤカシに遭遇したら――。切り払える者の援護が欲しい。
「三人。そのぐらいなら抜けても、自分達で対処できる」
 強力な矢をぎりぎりと装填しつつ、ジークが淡々と告げる。
「突破口は作る」
 唯一の回復役が離れてしまう事に心配はしていない。自分達は開拓者だ、そのぐらい何とかなる。
「では私が。和奏さん同行願えますか」
 逡巡している余裕は無い。両手に剣を構えた円秀が紅雅を守るべく寄り添う。
「ええ、いつでも行けますよ」
 おっとりと答える和奏。別にのんびりしている訳ではなく、これが彼の常態。動きは決めたら速い。
「俺は戦う方はからっきしなんでね。頼むよ皆」
 羽音に対抗するように、ゆるりと奏で始められるヴァイオリンの優しい音色。
 柔らかくも勇ましく、心が奮い立つようなメロディを紡ぐフォルカ。
 囲むように押し寄せるスズメバチの大群に一切動じず、仲間を信じて演奏に没頭する。
「何の理由も無く人間を好んで襲うお前達の悪意ものとも打ち砕く」
 精霊の炎を宿したレシオンの刀が一閃して、軌道に居合わせたアヤカシを薙ぎ払い蹴散らす。
 逃れた蜂がその針を突き立てんと群がるのを、袖で払い大きく踏み込んで少しでも被害の軽減を計る。
(――っ。これしきの痛みなど!)
 皮下に達した毒は激しい苦痛を伴うが、目眩等の症状も無く、幸い身体の動きは阻害しない。
 気合で乗り切れると確信し刀を振るい奮戦する。
「頼みましたよ」
 深く息を胸に溜めた槐は空気を裂くように太刀を振り下ろす。
 切っ先より迸る衝撃波が木の葉を巻き上げてアヤカシを襲い木立の間を抜けてゆく。
 二本の矢の軌道が更にその道幅を広げ、追うように刀を振るい駆け抜ける円秀と和奏。
 ぴったりと後ろに付いた紅雅の背中を鈴香の双刀が守り、送り出す。
「行ったか。ったく、それにしてもどんだけ沸きやがったんだこいつらは」
 棍を縦横無尽に振るい、自分の被害など省みずアヤカシを片っ端から叩き潰している瞬時。
「この程度の雑魚にも梃子摺るのかっ!‥‥なんて弱ぇんだ、俺は!」
 救助に先行する者達の姿が見えなくなったら、さっそく吐く自嘲じみた言葉。
「痛ぇ‥‥っ」
「仲間を頼れ。独りで無理をするな」
 からすの投げかけた言葉に、やや後ろに下がるがそれでも果敢にアヤカシに挑む事は止めない。
「前衛の俺が引き受けなきゃ、おまえらのとこに行っちまうだろが」
「まぁね」
 懐に群がられては確かにやりにくいと肩を一瞬すくめ、次々と矢を放つ。
 正確無比の矢は着実にアヤカシを屠るが、この数の多さには一人では埒が明かない。
「ユーティライネン殿、そっちは大丈夫かな?」
「問題ありません」
 瞳に精霊の力を宿らせて、ひとつひとつの矢を効率的に放つジーク。手数の少なさは承知の上。
 一本の軌道で如何に最多数を屠るか冷静に判断して、着実にアヤカシを減らしてゆく。
 ヴァイオリンを弾く手を止めないフォルカには決して、敵を抜けさせない。
 その為に自分に向かう蜂に対して後手になるが、眉ひとつ動かさず次の矢を装填しながらその重量級の機械弓で直接叩き落とす。

「この先に山に入る猟師さんがいざという時に隠れる場所があるそうです」
「じっとしているなら、そこが可能性高いでしょうね。慣れた場所ですから」
 村人から得た情報を元に和奏が先導する。道から逸れ、油断すれば転げ落ちそうな斜面を下り。
「ここにもアヤカシが――!」
 十数匹。彷徨っていた小さな小さな群れ。
 勢いを殺さず木々を伝い降りる和奏と円秀が接触するより先に、紅雅が力の歪みにより駆除し瘴気と還る。
「おーい!誰か来たのか!?」
 野太い男の声。
「救助に参りました開拓者です。今、そちらに向かいますからじっとしていて下さい!」
 開拓者達の立てる物音に反応したのか、嫌な羽音がやや遠く聞こえてくる。
「始末してからじゃないと巻き込みますね」
 邪魔な枝を剣で払い、敵と対峙する場所を定める円秀。幸い羽音と人声は反対の位置。
 抜けさせなければ守りきれるか。
「回り込まれなければ‥‥ですが」
 不安に翳りかける切れ長の瞳。
「音に反応するようなら、私達が騒々しく動けば引き付けられるでしょう」
 色に対しても蜂と同じような視覚を持っていればいいのですけどね。
 扇子を手にし、漆黒の手袋に包まれた腕をこれ見よがしに振る紅雅。
(黒を好んで攻撃する‥‥これは幸い)
 和奏が投げつけた網に捕らえられた蜂を空間を歪ませて纏めて捻り潰す。
 質実剛健に作られた剣。炎を宿らせて円秀が木々の間を踊るように舞い薙ぐ。
 我が身に迫る蜂はミセリコルディアで払い。
「焼き払いますよ。殲滅しなければ彼らを危険に晒す事になります」
 すっと薙いだ和奏の刀から澄んだ気が満ち梅の香りと共に触れたアヤカシが浄化されてゆく。
「ふぅ、何とか無事に」
 逃げようとした最後の小さな目標を二つに裂き、円秀が息を吐く。
「どうにかなりましたね。皆さん大丈夫ですか?」
「ええ、私はお陰様で。さて村の方の様子を見ましょう」
 毒により消耗して動けなくなっただけで、目立った外傷は――刺され後くらいだ。
「手当てができればいいのですが、山を降りてからの方がいいでしょうね。ここは危険です」
 紅雅が施した精霊の力で幸い動くのに支障が無い程度には回復した。
 気休めですがと和奏が持参した紅葉虎衣を着せ掛ける。
「少々派手な柄ですが、よろしければ」

「まだまだ終わらないよ」
 気力を振り絞り、精度を更に上げて攻撃を続けるジーク。
(これ以上は――。だけどいつか強大なアヤカシと戦う。こんなとこで倒れてたまるか)
 矜持を胸に。元々少ない口数は減り、黙々と殲滅に専念する。
「刀が‥‥はぁ、はぁ」
 次第に双刀に振り回されるようになってきた鈴香。重すぎた――という自覚が次第に。
 上手く技が使えない。
「技には必要な型があるんだよ。習ったままの姿でやってみるといい」
 からすの言葉にハッと思い出す。そう、いきなり両手でやろうとしても上手くは行かない。
 長脇差を捨て、身を軽くした鈴香。呼吸を整え射線を定めて。
(動ける――これなら)
 振り下ろされた切っ先から迸る力。地断撃がアヤカシを一直線に衝撃に呑み込む。
「忘れていました。そうですね、身の丈にあった重量。本来の私の動きはこれでした」
 力のサムライ。といえども大事な動きには速さも伴う。
「お見事」
 助言をしながらも自分の手は休めないからす。さりげなく仲間をフォローする。
 奏で続けられているヴァイオリンの音色が力を開拓者達に注ぎ続けていた。
「あんたたちが倒れたら俺の身があぶねえ。無理しないでくれよ」
 奮戦する瞬時、槐、レシオン。かなりの刺され傷を負いながらも――何とかこの場のアヤカシの退治は終わった。
 最後に弦をピンと弾くからす。その閉じた瞳に、気配は映らない。
「終わったね」

●明日への道、子供達の心へ
 先へ進んだ一行を待っていたのは、惨い遺骸であった。
「きっと生存していると信じては居たのですが。このような結果とは」
 無念を思い瞑目するレシオン。帽子を深く被りなおして哀しみの息を吐く。
「まるで幾日も野生動物に餌に晒されたかのように惨い。これを子供達には見せられませんね」
 あのスズメバチ達が生存する糧となったのだろう。ただの虫ではない、人を喰らうアヤカシ。
「ここで荼毘に付しましょう。仕方がありません」
 槐の静かな言葉。そろそろ他の者が生存者を連れて合流するだろう。
 彼らをいつまでも山に残してはおけない。子供達も村で待っている。手早く済まそう。
「父が命を懸け子供達を守った行動に敬意を表し」
 そっと呟き、集めた小枝にそっと火を放つ鈴香。後ろで瞬時が腕を組み、無言で眺めている。
 その間からすは弓を手に周囲への警戒を忘れない。
 他にも幾つかの遺骸が。同じような状況であった。

 村に戻って労われる感謝の言葉。
 円秀が携えていた図鑑に村人も効能を知らなかった野草があった。蜂の刺され後もそれで処置がされ。
 後は時間が立てばそれは簡単に治る。生きていたのだから。開拓者達もその揉み込んだ葉を肌に擦り込み、自らの手当てをする。
 せめて幾人かの命だけでも救えた。そしてこの村の危機も。あのアヤカシがそのまま増えてしまえば、村はどうなっていたか。
 だが犠牲になった者。残された者。それをそのままにしては帰れない。
 葬儀もできれば私達に手伝わせて欲しいと申し出た開拓者。
 泣くだけ泣いた子供達の傍に寄り添い、できるだけの言葉を掛けてやる。

 親しい人々を失った辛さが少しでも和らげばいい。フォルカの奏でる鎮魂歌はどこか未来が見えるようで優しかった。
「今は悲しむなとは言いません。しかし、いつまでもそのままじゃいけませんよ」
 姉弟を両腕に抱き寄せ、槐が語りかける。
「貴方達のお父上は自分の命より貴方達の生きる未来を優先された。お父上が天の国で心配なされないよう、誇って頂けるよう、強く、しっかりと生きてください」
「そう守られた命を大事に。一人ではない‥‥互いに互いの大切にして生きていく‥‥それがお父様の死に意味を持たせてくれます」
 二人の心の中に、村のみんなの心の中に彼はずっと生きているのだから。優しく微笑む紅雅。
 いつの間にか歌声が添えられたヴァイオリンの音色。
 何度も何度も、耳にいつまでも残るほど繰り返されたその歌は、いつしか全員が口ずさんでいた。
 山の紅葉に掛かる夕陽に照らされて。