如何なる理由があろうと
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/14 17:42



■オープニング本文

「飛空船の上で空中披露宴なんざ派手なこったねぇ」
「まぁ、裏じゃ阿漕な交易で随分と儲けてるらしいし」
「大きな声じゃ言えないが泣かされた奴も数えきれないって話じゃないか」

 天涯孤独の裸一文から伸し上がったという豪商、藤原吉衛門。
 金の亡者と呼ばれた彼に晩年になって突如と持ち上がった祝言の話。
 この時ばかりは出費を惜しむ事なく、贅を凝らしての若き花嫁の披露となった。
 だが彼の周囲には様々な思惑や憎悪が渦巻いており、その宴が迎えた顛末は――。

 会場警備という名目で雇われ、全く縁も無い者達の披露宴にo席していた開拓者達。
 実際は警備の必要などある訳もなく、恐らくは自分は重要人物であるという見得を張る類だろうが。
 酔って甲板から落ちる者でも居たら困るから目を配っている、その程度の仕事であった。
 そんな風に招待客には豪勢に見せながらも根は吝嗇。
 依頼料の物足りなさを補うべく、宴席に並べられた山海の珍味を頬張っている時。
 花婿も花嫁も既に宴席から退いていて、参列者達も会場に残る者は少なく大半は船内に戻っている。
「すみません、ちょっと来て戴けませんか」
 遠慮がちに声を掛けてきた若い男は、真っ青な顔をして目が引き攣っていた。

「――!?」
 初夜の為に運び込まれ組み立てられたジルベリア風の大きな寝台。
 その中央に真っ赤な鮮血に濡れた上掛けが不自然に盛り上がっている。
 案内した男は後ろ手にカチャリと扉を閉めると、そのまま動かなかった。
 開拓者の一人が歩み寄り、そこにある物を脳裏に覚悟しながら布を捲り上げる。
 そこには驚愕か苦悶か目をカッと見開いたまま息絶えた花婿、吉衛門の姿があった。
 胸には滅多刺しにされた鋭利な刃物の傷跡。抵抗し争った形跡もある。
「誰がこんな事を‥‥」


●発見者の証言
 わ、私ですか‥‥。
 日頃からこの客船の取り仕切りをさせて戴いてます、金沢又吉でございます。
 はぁ、旦那様の部屋に行ったらあの通りの状態でして。何をどうしていいか判らず。
 上掛けですか、あれは私が部屋に入った時にはあの状態でございました。
 あの通りでございますから、皆様を慌てて呼びに行きました次第で。

●船員の証言
 あっしらは金沢さんから指示を受けた事をやっているだけで。
 旦那なんて言葉を交わす機会もございませんでしたな。ええ、直接の指示は全部金沢さんが。
 身の回りの世話とかはお付きの女中が全部やってるそうですし。掃除も女中です。
 まぁあの区画は誰が出入りしても判らないでしょうがねぇ。お客様も旦那に用があれば行くでしょうし。
 ん、この船で働いてる者の名前でございますか?
 操舵室に居るのが、丙助と蔵次郎。厨房に居るのが、土岐丸と舞子。あと機関士の権三と。
 あっしは雑用の秋照でございます。もう一人雑用がまだ子供なんですが‥‥そういや吉坊はどこ行ったかな。

●花嫁の証言
 夕実花です。って名乗らなくても宴にいらっしゃったものね、知ってるわね私の名前も。
 私は何もしていないわ。吉衛門の嫁だなんて、嫌々だったけど‥‥でも仕方ないもの。
 投資に失敗して大枚の借金を作って逃げ出した父の所為で、他に選択肢はなかったし。
 重い病気の母の面倒もちゃんと見てくれるって約束してくれたから‥‥。
 部屋には‥‥あまり早く行きたくなかったから、甲板でずっと外を眺めていたわ。

●女中の証言
 はい、旦那様のお世話を長年させて戴いてますユキと申します。
 宴が終わりました後も、旦那様のお言いつけでお客様の細々とした用事で船内を回っておりまして。
 船に酔われて気分が悪いという方の為に、確か舞子さんが薬を持っているのを以前に聞いていたので。
 でも厨房に行ったらいらっしゃらなくて。探してるうちにこのような騒ぎに‥‥。

●出席者の証言
 こんな事に巻き込まれて、非常に不愉快だよ君。私は吉衛門さんに招待されただけなのだからね。
 名前だと、何だね私の事を知らんのか。古物商の青山惣之助だ。商売で良く付き合いをさせて貰っていた。
 出元が吉衛門さんが人の弱みに付け込んで巻き上げてきた品や賊から買い叩いた盗品だと?
 誰だね、そんな不謹慎な事を言っているのは。私は知らんよ、そんな品だと知っていたら商売せんよ。
 単純な逆恨みじゃないのかね、ほら花嫁の友人だとかいうあの若い男。私はあいつが怪しいと思うんだが。

 式島浅尚って俺だけど。な、なんだよ。俺が怪しいっていうのか。
 夕実花の母さんも寝たきりでこんな場所での祝言に出席は無理だっていうから。
 せめて誰か出席してやらないと可哀想だろ。
 そりゃ夕実花の事‥‥ガキの頃からずっとさ‥‥だけど俺みたいな貧乏な職人じゃ。
 あの色気振り撒いてた女はどうなんだよ。夕実花の事ずっと睨んでてさ、吉衛門の財産とか狙ってたんじゃないのか。

 なぁに、アタシ?周麗南って名前だけど。吉衛門の商売仲間よ。
 元々愛人だった‥‥誰かしらねぇ、そんな事言うの。否定はしないわ。
 財産ねぇ、狙ってなかったと言ったら嘘になるけど。殺したら何にもなんないじゃない?
 ま、部下や女中も相当いびってたみたいだから恨まれてても不思議じゃないわね。
 共謀して口裏合わせてたって聞いてもアタシは驚かないわよ。

 お前達が怪しいんじゃないのかな。ほら武器なんて物騒なモンを持ち込んでからに。
 だいたい何してたんだね、警護で雇われたんじゃないのか?
 どこの馬の骨か知らないが、アヤカシだとか悪漢だとか殺すのに慣れてるんだろう。
 偏見?そうかね。私は開拓者に知り合いなんぞ居ないからな。
 そんな輩に名乗りたくもないが、高道営伍だ。ほら、もういいだろう。あっちへ行きたまえ。


■参加者一覧
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
月代 憐慈(ia9157
22歳・男・陰
ヴァン・ホーテン(ia9999
24歳・男・吟
久悠(ib2432
28歳・女・弓
ノクターン(ib2770
16歳・男・吟
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫
桂杏(ib4111
21歳・女・シ


■リプレイ本文

「これだけの傷を負わせて、返り血を全く浴びないということは有り得ませんよね?」
 血に慣れぬ者なら目を背けたくなるような凄惨な亡骸。
 通常と変わらぬ静かな水面のような表情で、顔を近付ける桂杏(ib4111)。
 まだ乾きもせぬ血が吐き気を催すような異臭を放っているが、臆した様子は全くない。
「仕事以外で一秒たりと、お付き合いしたいとは欠片も思いませんでしたが」
 このような状態で対面すると何か若干申し訳ないような気分にもなる。
「まさかこういう事になるとは思っていませんでした。我々が解決しないと面目が立ちませんね」
 亡骸を検分する桂杏の傍で、彼女が告げる口述を書き取っている繊月 朔(ib3416)が銀色の瞳を痛ましげに細める。
「上掛けは後から被せたものですね。全部同じ刃物による傷口と思われます」
 一通り入念な検分を終えた桂杏は頷く。
「背中の方も見てみたいのですが‥‥手伝って貰えますか」
 引き起こされた温もりを失いし身体。その下の敷布の染まり方は、やはり抵抗の後に倒れた状況のようだ。
「正面からだけのようですね。まず寝台の傍で胸への一撃で倒れ。他の傷口は真上から刺した感じ‥‥」
 吉衛門の身体を元のように横たえて、まぶたへと指を伸ばして閉じさせた桂杏。
「寝台の下は‥‥おやこれは?」
「上掛けがもう一枚ですか。倒れたとこにこれを掛けて刺したと」
 朔が広げた血濡れの布、刃物跡でボロボロである。
「ここで調べられる事はこのぐらいでしょうか」
 とにかく気が付いた事は全て記録を。筆先を熱心に動かしていた朔。
「そうですね。そろそろ聞き込みの方に回りましょう」


「さてと、もう一度話を聞きたいんだけどな」
 用意されていた寝室があの有り様。別の部屋をあてがわれた夕実花を再び訪れたノクターン(ib2770)。
 女中のユキも傍についているので、彼女に漠然とした疑惑を感じている御凪 祥(ia5285)が同行。
「できれば一人ずつ別に聞きたい。ユキさんは別の部屋に来てくれないか」
 祥の言葉に困惑したユキが、夕実花を開拓者と二人きりで残す事に難色を示したが。
 ノクターンの方が残るなら良いと判断したのか、渋々頷いて祥の後に続いて部屋を出た。
 護衛を依頼を受けた際、顔を合わせた程度で特に自己紹介をした訳ではない。
 恐らくは二人とも、ワンピース姿のノクターンを男口調で話す類の少女だと思っているだろう。

「よう、綺麗な花嫁さん。ちょいと話を聞かせて貰うぜ」
 砕けた調子で話しかけるノクターンに対して夕実花の表情は、直後の聞き込み時よりも強張っている。
「まずは二人の結婚の詳細についてもう一度さ。本当に恨んだりしてないのか?てめぇだけでなく母親も」
 関係ないかもしれないが一応な、と母親の病気について触れると彼女は悲しげに瞳を伏せる。
 もう医者も痛み止めを施すだけで、長くはないと夕実花には告げていた。
 時間の問題、それでも母には良い薬を飲んで、少しでも辛さを減らしてあげたい。
 それには結構な金が掛かる。父が吉衛門の持ち掛けた投資話に手を出したのも発端も元はといえば。
 だが結果的にはむしろ母の心労を増やし、嫁ぎ頃を迎えた娘の重荷である事を憂いていた。
「吉衛門が持ちかけたのかい。それは詐欺とかじゃなかったのか」
 今まで聞く限り、詐術を用いて人から金を巻き上げていてもおかしくはない人物。
 当然尋ねる。
「どう‥‥かしら。他所に借金してまで大損したのは、吉衛門ではなく父自身の考えだったから」
「で、母親はこの結婚に反対は?可愛い娘を因業爺に嫁がせるなんて喜びやしないだろ」
「最初はね。でも私が承諾を決めてからは何も言わなくなったわ」
 金も人手も潤沢に抱えた彼の世話になれば、娘は楽になる。本人がそれで良いのなら。

「廊下で立ち話もな」
 確認しておきたい事、このような場所で尋ねるのは憚られる内容もある。
 長年世話を続けている彼女は吉衛門の事を一番よく知っているだろう。
 器量は平凡といった年増だが、お手つきという事は考えられる。
 それなら痴情のもつれで諍いが生じていても、おかしくはない。
「妥当なとこで俺達にあてがわれた部屋か」
 全員調査に出ているから空いているはずだ。
 畳敷きの相部屋に上がり、ユキも座らせて淡々と単刀直入な質問を投げかける祥。
 彼女が語る吉衛門の人物像は噂とたいして違わぬ。
「それでもお気に召す働きをしていれば、時には土産物を戴いたりもしました」
「あんたが特別に気に入られていたからという事も考えられる。下世話な事を訊くが――」
 吉衛門の世話に、夜の相手も含まれていたんじゃないのか。
 否。だがユキの表情の変化を観察していた祥は、視線が少し泳いだのを見逃さなかった。

「そういきり立たずに。このままだと開拓者の面目丸つぶれなんで勘弁してくださいよ、旦那」
 見ようによっては軽薄。へらりと揉み手でもしそうな様子で青山惣之助に事情を尋ねる月代 憐慈(ia9157)。
(退屈な警護依頼と思いきや、なかなかどうして面白い事になったじゃないか)
 善だろうが悪だろうが。どんな因果な出来事だろうと経験は貴重な噺のネタになる。
 少々不謹慎かもしれないが、内心には期待の笑み。さてどんな話を掘り出せるやら。
「旦那はところで古文書なんかは扱ってるので?いやあ俺ってこう見えても、ほら固っ苦しいもんとか読みそうに見えないでしょ。でも歴史とか調べるのが好きで好きで」
 調子良くあちこちに雑談も交えて頑固者の頬も綻ばせ、唇を滑らかにさせる。噺芸で磨いた人の心の掴み方。

「この線は薄いかね‥‥ん、部屋を使ってたのか。これは失礼」
 誰も居ないつもりで憐慈が扉を開けると、部屋から退出しようとしてたユキに鉢合わせした。
 固い空気を纏った彼女に道を譲って見送り、祥に向かってニヤリと笑いかける。
「いつも通りの淡々とした調子で聞き込んでたのかい、御凪さん。それは効率が悪いってもんだね」
 女相手に聞き込むのに、とっておきのいい方法を教えてやろう。睨むのは厳禁な。
 井坂の妻とこれから話をしに行くという祥に、憐慈からの助言。

「舞子さんはこちらにいらっしゃらないのですか」
 朔が厨房を訪れると、土岐丸と秋照が後片付けに精を出してる最中であった。
「一回戻ってきたけど真っ青な顔してたんで、部屋で休ませてる」
「舞子さんが持っているという酔い止めの薬ですが、こちらにあると聞きました。減ってたりしますか?」
「持ち歩いてるとは聞いてるが。ここには置いてないよ」
「厨房内で無くなっていたりする刃物類は無いでしょうか?」
 その質問に非常にバツの悪い表情をする土岐丸。
 宴の支度にいざ調理を始めようと愛用の道具箱を開けたら包丁が一本無くなっていたという。
「いや船に乗る前に入れ忘れてきたのか自信が無かったから、言いたくなかったんだが‥‥」
 もし揃っていて盗られたのだとしたら、参列客ではない。彼らが乗り込む前に気付いたのだから。
 証言を記録した朔は、そこにしっかりと二重線を引いた。

「オウ、秋照サン。こちらだったのデスネ!」
 2mを超える大男のヴァン・ホーテン(ia9999)が入ると、厨房は窮屈に感じた。
 大きな手でちまちまと手帳に書き留める姿は愛嬌があり、威圧感は全く無い。
「どんなに小さい事でも構いマセン。雑用の観点でしか気付かないポイントもあると思うのデス」
「支度の時は吉坊はあっしと一緒に居ましたよ確かに。全部指示してやらないと、一人じゃまだね」

 さて舞子と吉坊を探しに行ったのは久悠(ib2432)。
 舞子の居所はすぐ判ったので、目下早急に確認したいのは誰も行方を把握していない吉坊。
 万が一事件に巻き込まれていたら‥‥。
 探してみれば何の事も無い、機関士の権三に保護されていた。船員でも入る用事はまず無い区画。
「関係者以外立入禁止って張り紙を見なかったのかね」
「失礼しました。犯人が誰かも判らないのに吉坊が行方不明と聞いてとても心配でして」
 丁重に無断の侵入を詫びる久悠。
 権三は偏屈な技術屋の典型といった風情だが、吉坊は可愛がってるようで柔らかい視線を向けている。
「怖い思いをしたらしくてな。ここに駆け込んでさっきまで泣きじゃくっておった」 
 まだ六つくらいだろうか、随分と小さい子を働かせているものだ。
 なかなか要領を得ない返答だが、久悠は質問を根気良く重ね。
「金沢殿より先に部屋に入り、亡骸を目撃したという訳ですか‥‥」
 吉坊が入った時、亡骸は上掛けに隠されてなかった。すると犯人はもう一度その後に来たのか。
 逃げ出した時、誰か女性に声を掛けられた気がする。が、誰だかまでは判らない。
「ふむ‥‥」

 従業員用の船室。
(花嫁と体格は変わらない‥‥でもそれは他の方についても言えますね)
 まだ顔色の悪い舞子に気遣いながら話を進める。久悠の質問に対して判らない、知らないの答えが多い。
「吉坊は宴が終わってから見掛けていないのですね?」
 伏せられた目線、落ち着き無く動かされる指。彼女が嘘を付いている可能性について疑う。 
「それと荷物の確認をさせて貰えないでしょうか。協力してくださると助かります」
 事件前後の頃合は気分が悪くなって。乗客の目につかないように甲板へ上がり、風に当たっていた。
(他の証言とまずは合わせてみてですね。どうも本当の事は言ってない気がします)

 吉衛門の仕事ぶり。周麗南から見た裏側はどうであったか。
「その‥‥男と女の仲だったと仰られる人もいる貴方に」
 矢継ぎ早に数々の問いを投げかける桂杏に麗南は特に渋りもせず答える。
 寝物語に商売を持ち込む人じゃなかった。
 花嫁の件は、もし何か裏を勘繰っているようなら見当違いだろうと彼女は言う。
「ありがとうございました。参考になります」

 刀剣商の井坂夫妻の聴取。夫の只宗に刃物について確認を取る桂杏。
 仲人役での出席で、一切商売物の持込は無い。
 憐慈の助言を思い出し、道乃に対して色仕掛け的な責め――いや尋ね方を試みる祥。
 奥様大喜びという感だが、残念ながら彼女が知っている事は多くは無い。
 夫の付き合いで仲人も引き受けただけ。吉衛門ですら面識は挨拶程度の仲。
 策を労したにも関わらず、特に有用な話は聞けなかった。

 胡散臭げに映る風貌に露骨に嫌悪感を示す高道営伍。
「確かに開拓者は色んな依頼を受けマスシ、色んな考え方の人もイマス。でも戦うだけがミー達の仕事ではありマセン」
 終始真摯な調子で説くヴァンに毒気を抜かれたのか。
 多少態度は和らぎ、積極的ではないものの協力を仰ぐ段まで運べた。
 が、彼が知る事はさほどない。
「ナルホド。好みのタイプには甘い人デスカ。ユーは犯人は女性だと思うのデスネ?」

「そう警戒すんなって。ちょっと話を聞くだけだぜ?」
 式島浅尚への質問でノクターンは花嫁の話の裏付けを取り矛盾の無い事を確認。
「少しは落ち着いたかい。今日はあんたが一番吉衛門に接してると思うんだが、何か不自然な事とか無かったか?」
 景倉 恭冶(ia6030)はまだおろおろしてる金沢又吉の肩をぽんと叩き、まぁ座って話しなよと促す。
 顔面の傷跡から剣呑な大男にも見えるが、気さくな笑顔を向けると温厚で頼もしく又吉の目には映っていた。
「船を取り仕切るあんたなら、皆の分担や持ち場なんかも把握してるやね。それと指示も思い出せる限り教えて欲しい」
 吉衛門は上機嫌で何の心配もある様子には見えなかった。
 近しい者を呼ぶだけの純粋な婚儀の祝宴で、商略の色は薄い。宴席と招待客の世話も細かい指示は無く。


「凶器を入手できた機会があった人間は絞る事が可能デス」
 皆が持ち寄った情報を改めて書き並べて示したヴァン。推理披露の段となったが、気の進む者は居ないようだ。
「大勢の前で、というのも趣味じゃないんでね」
 祥の静かな声にユキが驚いて振り向く。壁に寄りかかっていたので、その姿に気付いていなかった。
 甲板の上に呼び出されたのはユキと舞子、そして久悠が付き添った吉坊。
 部屋に入る事がもっとも怪しまれない人物、そして着替えててもお色直しとみなされるので変化が気付かれ難い。
 あえて、場の流れを作り出すべく当初考えていた犯人像をヴァンが述べて。この場に居ない夕実花の名を挙げる。
「と、ミーは推理するのデスガ?」
「夕実花さんではありません」
 きっぱりとした調子でユキが返す。
「ユキさん、あんたがそうなのかい。旦那とできてたけど寵愛の座を奪われてって随分と陳腐な筋書きだねぇ」
 憐慈のやや揶揄するような調子に、否定の言は返ってこない。
「部屋の余分にあった上掛け‥‥押入れの無い部屋です。上掛けなんて二枚も要らないですよね」
 そのような物を運んで、他の者だったら誰かが気に留めるだろう。彼女なら誰の記憶に引っ掛からなくても不思議ではない。
「吉坊、あの時に擦れ違ったのはユキさんじゃなかったですか?」
 確信を持てない吉坊は久悠を見上げるが。私ですよ、とユキが認めて微笑む。

「これで解決‥‥そうですか、あなたが」
 朔の呟き。桂杏がユキの腕を取り、終わるように思われた。が、ツカツカと歩み寄ってくる祥。
「そこは嘘じゃないだろう。でもやってもいない殺しまで背負うってのは違うんじゃないのかな」
「え‥‥?」
 彼が足を止めたのは、蒼白な顔でただ足元だけを見ている舞子の前。
「庇われてそれでいいのか、犯人はあんただろう?」
 覗き込んだ目が彼女とひたと合った。一瞬後、無言のまま身を翻して甲板の端へ駆けようとする舞子。
「それ以上行くな!」
 もしも何かあったらと控えていた恭冶の放つ剣気に、足が竦んで硬直する。
 立ちはだかった恭冶の目配せにノクターンが進み出て、彼女の身体をしっかりと掴む。
「言っちまった方が楽だぜ。降りた後にじっくり調べたらどうせ判るんだろ」
 吉衛門のお手つきだったのは、女中ではなく。料理人の二人も普段は船の仕事ではなく屋敷の者。
 言われてみればという程度でしかないが、花嫁と類型で言えば近しい風貌。そして似た年頃。
 何故自分じゃいけなかったのか。旦那様の事を、私は本気でお慕いしてましたのに。
 泣き出した彼女をユキが痛ましげな目で見ている。全部知ってて始末まで手伝ったのかと尋ねる憐慈に。
「同じ屋根の下で暮らす女同士ですから。悪いのは旦那様ですよ、舞子さんではなく」
「けどな。例えどんな理由があっても、やっちゃいけない一線は越えちゃ駄目さ」
 恭冶の言葉に舞子のすすり泣く声が激しくなる。
「残念ながら開拓者であるミーは罪に対して何も言えマセン」
「さぁて、犯人は判ったんだ。皆に告げて、ちゃっちゃと船を下に降ろしてもらおうかね」
 まぁ、妥当な原因の上の結果さ。興味の潮が急に引いていった憐慈が背を向けて先に歩いた。