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■オープニング本文 夕闇の帳も降りかけた峠道。 「うわあぁああああっ!」 下っ腹を押さえて苦悶の雄叫びを上げる武装した男が、無様な動きで逃げてゆく。 その歪んだ形相は、もし見る者があれば悲壮感漂うものである事が一目で伝わる。 だが、今この場には誰も居ない。彼とアヤカシを除いては‥‥。 ガサガサガサッ。 「もうダメだ‥‥っ」 限界を悟った男は残された気力を振り絞って、道を外れて草むらの中に身を沈める。 纏わりつく冷たい夜霧。否、ほのかに光る白い糸状の無数のアヤカシ。 全身を駆け抜ける凄まじい悪寒。 長く伸びた夏草の影から立ち上がる事ができない男。 辺りに漂う生暖かい異臭。 なぶり嘲笑うようにアヤカシは、屈辱に震える彼の身体を侵し、生命力を吸い取ってゆく。 満を持して来ておきながら‥‥姿も捉えられないうちにやられた。 心眼がその気配を捉えるよりも先に。悔しい事に奴らの射程が上回っている。 ‥‥対峙した時には既に遅かったのである。 一人で太刀打ちできる相手ではない。いや勝てるはずだ‥‥手応えは予想を裏切りはしなかった。 自分の腕前なら本来なら余裕のはずである‥‥しかし、まさかこんな特殊能力が‥‥。 ● 厠の無い状況で、人間が腹を下した時のあの絶望感を味わうのが好きだとは。 ――随分と嫌なアヤカシである。 今のとこ死人は出ていない。 それほどの能力はないというのもあるが、絶望に満腹すれば生物の肉体を喰らうなんぞ興味はないようだ。 だが、奴らは増え続けている。確実に。 通りすがりの開拓者様!とおだてられ調子に乗って、そんなのちょろいもんだと乗り出したものの。 (‥‥話では数匹だったはずだ。絶望を喰らい続け‥‥増えているというのか?) 打ちひしがれて峠を反対側に下る男。その背中に漂う哀愁。 村人に合わせる顔も無い。あんな目にあったなんて‥‥誰にも言いたくはない。 ● 数日後、アヤカシを何とかしてくれという要請が開拓者ギルドに届いた。 村の近くにあるその峠は、彼らにとって大事な作物の交易路。 山を迂回する道は遠く、そちらを使えば幾日か余計に掛かりこの季節は暑さで傷みやすい。 「お前退治に行けよ」 「す、すまん俺は別の依頼で出かけなければならないんだ」 「あたくし、急に体調が‥‥」 腹下しアヤカシの退治‥‥他に選ぶものがあれば誰が行くだろうか。 だが放置する訳にもゆかぬ。村人は生活を脅かされて、困っているのだ。 誰か‥‥誰か、行ってくれる勇気ある者は居ないか。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
月影 照(ib3253)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 「誰も行こうとしないって聞いてたけど案外と集まったね〜」 アヤカシの被害にあっているという村への道程、好奇心豊かに目を輝かせた月影 照(ib3253)。 変わった依頼なら記事の種にしなきゃね。希少価値のネタには新聞記者の血が騒ぐ。 「なんつーか‥‥嫌ぁな嗜好のアヤカシもぉいるんだぁな‥‥」 「腹を下した時の絶望だけを喰らうだなんて‥‥凶暴とは程遠いけど、あまり笑えないですね。死人が出ていないと言っても下手したら命に関わりますよ」 犬神・彼方(ia0218)と並んで歩いているのは真亡・雫(ia0432)。 食あたりと似た症状を恣意的に起こすとは。そんなモノに近所を占拠された村はさぞかし大変でしょう。 「できれば、いえ‥‥必ず。一体残らず殲滅したいですね」 「そうだねぇ。数は不明だぁが、このぉ顔ぶれならまず心配ねぇぜ。油断なく行こーな」 魔術師の鴇ノ宮 風葉(ia0799)にオラース・カノーヴァ(ib0141)。広範囲に及ぶ火力も存分。 万が一は無いとは限らないが、巫女の雷華 愛弓(ia1901)も付いているから支援も充分に期待できる。 最後尾を歩くは少し頬の削げた日常は精悍な男、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)。 「んー、腹の調子悪いのか?何か顔色冴えないみたいだけど」 心配げに見上げたルオウ(ia2445)に頭を横に振る。 「アヤカシの対策だ‥‥腹だけを狙うというのなら、その対象を無くして向かうまでの事」 「ふーん、なるほど頭いいんだなぁー」 いや、どうなのだろう。素直に感心しているルオウだが。 ● 「決行は‥‥夜だな」 静かに呟いたのはオラース。 相手は昼も夜も関係なさそうな気がした。なら光って見やすいという夜の方がこちらに有利ではないか。 「その方が見逃しもなさそうですしね〜。まぁ、それまでは情報収集と仮眠ってとこかな」 情報収集は拙者の得意分野。張り切っていこうと手帳を取り出す照。ついでに面白い話でも転がっていればいいんだけど。 「下見するってぇも、敵と遭遇する危険性もあるしな。村人がいつも使ってる峠道ってぇんだ、まずは聞き歩いてみるか」 「アタシは行こうかと思ったんだけど。一人で行っても罠に飛び込むみたいで癪ね」 できるだけ囲まれない様な地形があったらよろしく。アタシが囮やるつもりだから。 さらりと風葉が告げると、慌てて猛反対したのは彼女を『だんちょ』と呼び、日頃親しくしている風世花団所属のルオウ。 「だんちょが囮やるの?待って、待って!」 「あによ、アタシじゃ無理だっていうの?」 「そーじゃなくて。流石に女の子がやるよーな囮じゃねぇだろっ!?そんなの俺がやるから!」 他愛ない意地の通し合い。決して雰囲気が悪くなった訳ではないが、押し問答では埒が明かない。 「だったら三人でやろうぜ。標的が集中しなければ、そう酷い事にもならないだろ」 焔騎が横から入れた言葉にルオウも渋々頷く。 「だんちょは俺が守るからな!無理すんなよ」 「わかってるわよ。‥‥気遣いありがと。天ヶ瀬、ルオウ、アンタ達も無茶しないでよね」 ● 風葉、焔騎、ルオウは準備の為に先に昼から峠へ。残りの面々は村で情報収集と二手に分かれる。 「ちょっと待ってよ、そこの脳筋達!じゃなくって‥‥あー、拙者がいい場所を聞いてきたので、それくらいは覚えてから行って欲しいのです」 思わず地が出て慌てて口調を直して止めた照。 (なーんも聞かずに行って、どうにもならないとこに穴掘られてもしょうがないじゃないっ) 「途中でよく休憩に使うって場所が開けてていいと思うんだけど、峠のこちら側だしね」 手帳に簡単に書いた絵図を頁を千切って手渡し。 「‥‥後で返して下さいね記事の資料に使いますから。尻拭きなんかに使ったら承知しませんよ」 「――っ!」 一瞬ぞくりと来る違和感。陽も高い長閑な峠道、敵の姿は無い。 「姿は見えないけれど、何処かに‥‥嗅ぎ付けて寄って来たみたいね」 「腹は何ともないか?」 焔騎の問いにルオウはへっちゃらという顔を見せる。 「んー、ちょっと悪寒がしたくらいかな。これくらいなら行けるんじゃね?」 鍛えぬいた開拓者には、散発的なアヤカシの攻撃くらいでは通じないようだ。 村人はともかくとして。先に訪れたという男もたいした腕では無かったのか。 「アヤカシの術に対抗するのも随分と慣れちゃったからね〜。これくらいじゃアタシ達何ともないよ」 「来た!これかっ」 細い糸屑のようなアヤカシ、身体の傍までふよふよと風に流れてくるように漂ってきて初めて存在を認識できた。 「襲ってきたというより、風に飛ばされてこっちに来ちゃったって感じね」 平然としてる姿には食欲も起きないのか、それとも恐れているのか? (そこまで高等な生き物じゃないか、これは) あっさりと一振りで消滅した程度のアヤカシ。ほとんど衣服に付いたゴミを払った程度の扱い。 「必要ない気もしてきたけど、さっさと穴掘っちゃおうか。力仕事はよろしくね、アタシは見張りしてるから」 「おっし、任せとけ」 「‥‥ちぃ、割と重労働、だな。かと言って今は断食タイムだ、気力でカバーするっきゃねぇな」 道具は借りてきたが、土は結構固い。人が隠れられる程の大きな穴を掘るとなると大変だ。 一個半も掘った辺りでかなりくたくたに疲れた。そこへ。 「うわっ。そろそろ腹が嫌な感じになってきた‥‥」 「アタシも笑えない感じになってきたわ、一度降りた方が良さそうね‥‥焔騎?」 「あ、あぁ‥‥結構きたな‥‥くっ。恐ろしいアヤカシだな‥‥」 既に脂汗を浮かべていた。胃腸が空っぽでも来るものは来るのだ。 いや空腹に運動の疲労。それはむしろ抵抗力を弱めていると思う。 「適当に払い除けながら帰るわよ」 「村には一個も持ち帰らないように気をつけないとなっ」 「‥‥あぁ」 ● 日もとっぷりと暮れて。 村人のもてなしにより湯漬けで簡単にではあるが戦前の腹ごなしも済ませ。 ‥‥焔騎だけはそれも断ったようだが。 「本当に何も食わなくて大丈夫なのか?」 「ああ。俺は俺なりの万全を尽くしたいからな。動けるから皆に迷惑は掛けないよ」 村で軽く仮眠を取って悪寒は回復した。 (食べた方がいいのに‥‥) そう思った雫ではあったが。 (まぁ、人それぞれのやり方ですし。必要とあれば助力を心掛けましょう) 「では行って参りますね。初めて会う敵なので自信はあまり‥‥期待しないで下さいね?」 愛弓の言葉に、見送りに来た村人達――というか愛弓の可愛らしさに付いてきた青少年達――は朗らかに声援の手を振る。 照と一緒に情報収集に回る間にすっかりと本人の意に関わらず虜にしていたようである。 「綺麗ですね〜。空飛ぶ素麺?不思議なアヤカシですね〜」 「やはり夜で良かったですね。これなら戦いやすいし、見逃しもなさそうです」 ‥‥けど、このちょっと腹に来るのはどうにかなりませんかね。内心少しだけ冷や汗の雫。 「地味な能力ですけど、これは脅威ですね。見える前から攻撃されるとは‥‥」 特に索敵の手段も施してきた訳ではない。射程外からの攻撃、耐える事だけに専念して。 この顔ぶれの中では術の抵抗はそれほど得意でもない方と言える二人は、それなりに効果がじわりと来ている。 大きなモノから小さなモノまで。 予定の場所に近付く前からアヤカシがうようよと集まってきた。 「作戦は無駄だったな‥‥」 ホーリーアローで大きなアヤカシを射止めながら、オラースのぼやき。 待ち伏せる前に奴らが寄ってくるので、ただひたすらに寄る傍からの殲滅。 「ここでは集団で戦うには適してません。予定の場所まで行きましょう!」 「場所は地図通りだったぜ」 「では真っ暗なので拙者が先導で走ります。足元に気を付けて付いてきて下さい」 シノビの修行により夜間の眠気は完全に払拭している。 仮眠を取ったとはいえ一夜では身体の調子もすぐには変わらないと考えて、その技を活かす。 暗視により細かい障害も見逃さず、正面に漂うアヤカシを手刀で払いつつ一気に曲がりくねった峠道を駆け昇る。 それ以外は無視、無視。 照の背中を追って、全員が開けた昼に用意した場所まで抜ける。 「もう、ダメ‥‥っ」 精霊の風を自らに纏わせる愛弓。体の力は持ち直したものの腹の悪寒は変わらない。 「覚悟はしてきましたが‥‥おのれ、この白刃がお前達を浄化してくれよう‥‥」 痛みではない苦痛に嫌な汗が。それでも雫は果敢に刀を振るう。こうなったら拙速でもいい、少しでも減らせば――。 「このアタシが腹痛なんて品がないにも程があるっての。さっさと終わらせるわよ」 瘴索結界を使ってはみたが。 「見えるのとあんまり変わらないわねこれ。木々の向こうにもやたら居るって判っただけだわ」 「雷華、穴に隠れてぇろよ。後で回復頼むからぁな。真亡もぉ一人で突っ込むなよ、腹は庇った方がいいぜぇ」 両手に構えた刀で豪快にアヤカシを蹴散らす彼方。 「‥‥我慢しきってやるよ!こっち来やがれええええっ!」 背水の覚悟を決めて雄叫びを夜気に轟かせるルオウ。 「って、本当に集まってきた。この、卑怯な手段を使う奴らめ‥‥なめんなああああああ!」 鮮やかな回転斬りに散るアヤカシ達。風葉やオラースの術を放つタイミングを読んで、その小柄な身体を半端に掘った穴に沈める。 直後に吹き荒れる氷の嵐。その組織をボロボロにされ、塵と消える大量の糸屑もどき。 視界が取り戻された時にはルオウの居た辺りの敵は見事に全滅していた。 「例え相手が奇抜異形であろうとも相手が同じ瘴気なら負けてやるつもりは無い志士、天ヶ瀬だ!」 自分に敵が寄るように腕に自らの獲物で傷をつけ血の匂いを。 (‥‥これで集まってくれれば滅しやすいんだが) しかし奴らの主な標的は咆哮で寄せたルオウと、腹の悪寒に苦しみ耐えている愛弓と雫。 「全く低級だな。ただひとつの本能だけに忠実か。ならば糸屑だろうが素麺だろうが攻撃あるのみ!」 昼に苦しめられた分、そして今仲間が苦しめられている分は百倍返しだ。 「喰らえ!朱雀悠焔、紅蓮椿!」 「拙者はほとんど見物で終わりましたね‥‥」 今はうずくまって動けない愛弓と雫が天然の囮となってくれたお陰で、峠にはびこっていたアヤカシはおびき寄せて殲滅できたようだ。 「私、あまりお役に立てず‥‥」 「いや一番役に立ったようだ。辛い役目だったな、良くやったよ」 そう言って愛弓を励ました焔騎もへたり込む。腹がやたら鳴っているのは、それはアヤカシのせいだけとは言えない。 「熱心に書いてるなぁ、それ記事にすんのか?」 腰を下ろして手帳に筆を走らせている照を覗き込んでいるのはルオウ。 「まぁネタは忘れないうちにね。ちょっと記録そのままじゃ盛り上がりに欠けるから何か他にも欲しいですが」 ● しっかりと休息を取り、村人に安心させられる顔を取り戻してから。 夜明けの爽やかな空気の中、峠を降りてきた開拓者達。 困った事態とあっても畑仕事を休まず朝から精を出していた村人達が歓声で迎える。 「さすが開拓者。助かりました!これで今日からまた村の特産を安心して出荷できるぞ」 さぁさ、疲れたでしょう。どうぞ村でゆっくりしていって下さいまし。 西瓜と胡瓜しかない村ですが。良ければ是非とも是非とも。 「近隣で評判だそうで。産地で取れたてを食べれるなんて嬉しいですね」 これも楽しみでした。お腹の調子も、もう大丈夫。思う存分戴きますよ!と笑顔を向ける愛弓。 「ルオウ、アンタ中々やるじゃない?‥‥ほら、アタシのスイカあげる。だんちょーからの御褒美、ってやつ?」 「ありがと!美味いなぁ〜これ。だんちょ、好きじゃないのか。こんな美味いのに一切れだけなんて勿体ないぞ?」 「アタシはいいのよ‥‥だって、マフラー汚れるの嫌だし」 ぷいと顔をそむけた風葉。黒い眼鏡をかけていつも通りの格好。 ちなみに山を登る時は、真っ暗で何も見えずに麓のうちから転んで早々に外していた。 その姿は汚点なので記憶から消し去りたい。 ぷっと吹き出したルオウ。 「だんちょはいつも通り、だんちょだな」 「久しぶりに食うと、こう‥‥幸せな気分になるな」 五臓六腑に染み渡る。丸一日以上断食していた焔騎は感慨に浸っていた。 「美容にも良いらしいし、思わず食べ過ぎてしまいそうです」 種を飛ばしたり遊びながら、愛弓が幸せ一杯な顔で西瓜を頬張り。その姿を見た村の青少年達が幸せそうな顔をしていたり。 「食べ過ぎ‥‥うん、ちょっと食べ過ぎたかもな。水気で腹が冷えた」 厠を貸してくれと全力で駆けてゆく焔騎の姿は‥‥しばらく帰って来なかった。 「さて帰ったら特産品もたっぷり宣伝しときますね!ごちそうさまでした」 「そろそろ出発しますか〜って、あれ一人足りない?」 アヤカシが居なくなっても、腹の調子にはご用心。 |