美しき音の夕べ
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/24 00:05



■オープニング本文

「なんですって!?」
 脳天を突くようなソプラノの声が、きぃんと屋敷内に響き渡った――。
「どういう事なの、もう一度言ってごらんなさいシーバス」
 真紅に染め上げた羽根扇で執事の照り輝く見事な禿頭をペシペシと叩く、ドレス姿で立つ中年の婦人。
「は、はぁ‥‥ザウヘリヤお嬢様が喉を痛めまして。お医者様が仰るには一週間くらいは様子を見て、声を張り上げてはいけないと」
「音楽会はもう明後日なのよ。一体どうするつもり。今更できませんだなんて恥ずかしくて言えないわ」
 ペシペシペシペシッ。
 慇懃に腰を折って畏まった執事の頭がこれでもかと叩かれる。羽根扇だから別に痛くはないのだが。
「何でも良いからファルツェン家が恥をかかないように、何か方策を考えなさいな」
「かしこまりました。急いで何か方策を‥‥」
 ようやっと羽根扇の攻撃が収まったので、急がねばなりませぬから失礼させて戴いてと柔和な顔を崩さぬまま退出する執事。
 その頭頂には一枚の真紅の羽根が乗っかっていて、なんだか滑稽な姿である。

 ザウヘリヤ・ファルツェン。
 この町が輩出した有数の偉人と言われる、といっても小さな田舎町なので他に有名人も居ないだけの事だが――音楽家の亡きファルツェン氏の一人娘。
 他ではいざ知らず、この町に住んでいてファルツェンの作った曲を耳にした事のない者はもぐりだと言われるほど。
 舞台で奏でられる複数の楽器を合わせた物から子供達が遊びながら口ずさむ簡単な流り歌まで、幅広い作品が今も町のどこかで流れている。
 さきほど執事の頭を叩きまくっていたのは、その未亡人でザウヘリヤの母オリガ。ちょっと気位が高くて扱いの面倒な人である。
 
 話はザウヘリヤに戻し、彼女自身も評判の高い歌姫である。その歌声だけでなく色んな意味で評判の。
 まず話題に上がるのが、雌熊に例えられる事の多い筋骨に恵まれた長身の体格。
 なかなかの怪力で少女の頃から何度も執事を投げ飛ばしてきたという逸話は幾つも信憑性をもって広く信じられている。
 さすがに外では両親の体面もあったのでそのような振る舞いを見せた事はないが。噂はきっと事実だと皆は言う。
 そんな話からはどんな女性かと会った事のない者は想像を逞しくするが、その膨らませたイメージは間違っている事が多い。
 がっしりと大柄ではあるが要所は女らしい曲線を描き、鼻筋の通った顔立ちは少々母似で険が強いが気品に満ちている。
 豊かな肉付きは、どんな条件の場所でもその歌声を響き渡らせる必要な活力を維持する為のもので決して醜い太り方ではない。
 まぁ強いて言えば彼女が好んで着るフリルやリボンが大好きで少女趣味に溢れたドレスは‥‥似合っているかという疑問が。
 デザインがどれもこれも小柄で華奢な娘向きなのである。

 彼女に似合うように作れば同じ素材を配しても結構映えると思うのだが、頑として自分の趣味に拘って譲らず。
 いつも腕前の最上を尽くしてドレスを用意してくれる贔屓の職人を陰で嘆かせ、舞台の観客を苦笑させている。

 そんな彼女ではあるのだが。発せられる圧倒的な声量、水晶のように研ぎ澄まされた美しい高音。
 聴き慣れぬ難しい歌でも、練習をちょっと重ねるだけで自分の物にしてしまう天性の音感と情感。
 父の作曲の才は受け継がなかったのだが音才にやはり恵まれていて、彼女が出演する音楽会があれば人が集う。

 今度の音楽会も開催日が迫って、ザウヘリヤ自身も入念な最後の調整に心を砕いていた。
 身体も至って健康で、突発的に声が出なくなる事態が発生するなど全く誰もが考えていなかった。
 朝起きたら声が出ない。むりやり何か言おうとしても掠れていて無理に絞れば喉に負担が掛かる。
 慌てて懇意にしている医者を呼び出して診させたが原因は全く判らない。声が出ない以外は何の異変もない。
 とりあえず喉への負担をできるだけ避けながらしばらく様子を見ようという事になった――が。

 ザウヘリヤは音楽会を楽しみにしていった人達の為に、ただ中止というのではなく何か代わりにできないかと。
 歌は歌えないかもしれないが、出来る限りの演出を凝らして集まった人が不足を感じぬように。
「とはいえ私も奥様も音楽の事はさっぱり判らず‥‥」
 代わりにお嬢様の出演のお手伝いをしてくれる知識のございます方はいらっしゃらないでしょうか。
 そんな急な用件にうってつけと紹介されたのが開拓者。このような場合にも頼りになる者というのは不思議と揃うものである。
 今日も今日とてオリガに何か当り散らされたのか、頭頂に紅い羽根を載せた執事のシーバスが玄関へ現れ、屋敷内へと迎え入れた。

「お嬢様は音楽室に皆様をお招きしたいとの事でございます」
 屋敷内には音響的な気配りを施した専用の部屋があり、かつてファルツェン氏が愛用していた楽器が飾られている。
 ザウヘリヤは幼少の頃から父の音楽に触れて育ち、一番多くを過ごしたその部屋に居るのが心が安らぎ寛げる。
 想い出の詰まった大切な場所で、初対面の者を入れる事など滅多にないが今回は特別だ。

「‥‥」
 淡いピンクのワンピースを着たザウヘリヤが椅子から立ち上がって裾を摘まんで訪れた開拓者に優雅な礼をする。
 さて、どうやって彼女の出演を彩ろうか――。


■参加者一覧
美空(ia0225
13歳・女・砂
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
燐瀬 葉(ia7653
17歳・女・巫
キオルティス(ib0457
26歳・男・吟
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
ノクターン(ib2770
16歳・男・吟
アリス・スプルーアンス(ib3054
15歳・女・吟
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志


■リプレイ本文

「‥‥で、美空アンタやっぱりその格好のまま舞台に上がるわけ?」
 別にいいんだけどさ、アタシは全然気にしないし。まぁ‥‥理由があるのも知っているしね。
 気だるげに佇んでいた鴇ノ宮 風葉(ia0799)の声に、美空(ia0225)はこくりと頷く。いや、横に首を振る。
「当日は少し考えるであります」
 小さな身体にがっつりと重い鎧を着込んだ少女。このような依頼には確かに不釣合いな格好ではあるが。
(だって着てないと、美空は不安なのであります‥‥)
「アタシもいつもの格好のが良かったんだけど。しょーがないから着替えてみたけどさっ」
 シーバスから借りた燕尾服がとても似合っている。少し丈が合わないかと思ったけど、脚の長さぴったりじゃん!
 うん、アタシの脚が長いって事よね。
「風葉お姉さん、男前やね」
「それ褒め言葉と受け取っていいのか微妙だわ」
 燐瀬 葉(ia7653)はあえてジルベリアの地に、純天儀様式の神職の装束で揃えてきた。楽器も持参の横笛。

「これサイズ直しちゃダメかな〜。僕もこれで出たかったんだけど。もっと小さいのってないよね?」
「あいにく私も何十年とこの体格でございますから‥‥ですがお嬢様の為、直す事も厭いません」
 燕尾服をもう一着。こちらは風葉が着ている物よりは少々古いらしいが大切に保管され、見た目はほとんど変わらない。
「私が初めて旦那様のお手伝いをさせて戴いた時に作って下さった服ですが。お嬢様が初舞台に立たれる時にも新調して戴いたので‥‥」
 故ファルツェン氏の服では大きすぎてどうにもならない。ここはシーバスのお嬢様の為という言葉に甘えて仕立て直して貰おうか。
 琉宇(ib1119)の体格では少し袖や裾を詰める必要がありそうだ。それくらいなら職人に頼めば一晩で綺麗に仕上げてくれるだろう。
「いいの?」
「あ、そうだ。仕立て直してくれるんならついでにさ、お願いしたいんだけどいいかな――」
 先程からザウヘリヤと彼女自身の出演について提案を持ちかけていた風葉。
 傍から見てると風葉が一方的に話しかけているようにも見えたが、用意された小卓を前にしたザウヘリヤは筆談で返していた。
(こっちの文字も読めない事は無いんだけど、何よこのやたら丸っこい文字は。いや達筆で書かれてもアタシが判読に困るけどさ)
 ファルツェン氏の燕尾服も参考に見せて貰ったが、ザウヘリヤなら着こなせるはずだ。たまにはドレスじゃなくって。
 彼女もそのやり方に興味を持って快諾してくれた。
「このアタシが演奏するってんだから、腕のいい相方の一人くらい居ないとねっ」

「これ本当に使わせて貰っていいのかい?旅暮らしじゃ、ハープも軽量なのしか普段は触れないからなぁ」
 音楽室に飾られた数々の楽器。キオルティス(ib0457)の指先が優しく触れた滑らかな曲線。
 自分の背丈よりある四十七弦のハープ、彫刻も施されていない実用一点張りな作りのようだが。
「腕が鳴るねぇ」
 ピンと弾いた高音の弦が澄んだ音を立てる。
「ホールまで運ぶのはちょっと一仕事だな。琉宇、そっちは動かせそうかい?」

 壁際に設置された巨大な宝石箱に脚を付けたような楽器。ヴァージナルと呼ぶらしい。
 長方形の箱の蓋に当たる部分を開くと、横向きにたくさんの弦が張られている。
 手前にある鍵盤を叩くと鳥の羽軸が弦を下方から弾いて繊細な音が出る仕組みだ。
 琉宇はこれを使って秘策を実行するつもりであった。自分ならきっと‥‥できるんじゃないかな?
「少しでも衝撃を与えたら音が狂っちゃうからね。慎重に運べば大丈夫かな、四人くらいで持てば問題ないと思うよ」
「こっちも運ぶのに二人は要るし、後は大型楽器使う奴はいないんだよな?」
「はい、私はこちらの胡弓は自分だけで運べますので」
 言ノ葉 薺(ib3225)が振り返り見上げて微笑む。
「僕は笛だけだから運搬手伝いますよ。こう見えても結構力ありますし」
 拳をぐいと握り、細腕を固く引き締めた鹿角 結(ib3119)が銀色の尻尾を振る。
「俺もその箱の運搬だな。後は琉宇と葉で四人か」
「え、うちも!?」
 ノクターン(ib2770)が振った役割分担に燐瀬が自分の顔を人差し指で示す。
「身長のバランス悪いと運び難いじゃないか。俺でも上から数えた方が早いなんて事もあるんだなっ」
 女の子のような声で笑う。
 ネネ(ib0892)もそうだが、確かに一番小柄な組では運ぶ品と同じ高さである。
 この中ではまぁ妥当な人選であろう。風葉は体調が万全ではないようだし。

 搬入の下見に訪れたホールの内部。
「ふぅん、壁をごつごつにしてあるのはわざとなのかな」
 ざらりとした壁を掌で撫でる琉宇。触ってみると固い石ではないようだ。
「石膏‥‥?そっか、なるほどね」
 石材の上に丁寧に厚く塗り重ねられているその素材、その表面には指先が入るような窪みが無数に壁中を覆っている。
 これは吸音の為に後から改装されたもの。故ファルツェン氏が健在だった時代にコンサートに適したホールへと変貌した。
(そういえば入り口にそんな説明が書いてあったかなぁ。ははっ、町の人はみんな知ってるんだし誰も読まないと思うけど)
「案外と外の温度の割にはひんやりとしてますけど、当日は人が一杯入って暑くなりますよね」
 氷なら幾らでも作れるけれど。繊細な楽器に悪影響を与えてはいけないし。設置場所について考え込むネネ。
「座席の下だと休憩時間に交換できないですし、客席の壁際ですかね。入れた桶が邪魔にならない場所っと」

 後は猛練習あるのみ。風葉は簡単にザウヘリヤと音を合わせたら後は当日のフィーリングと適当にサボりつつ。
 交代で音楽室を使用して、入念な準備を。
「二人だけの方がいいから。どんな仕上がりになるかは当日のお楽しみだよ、あはは」
 一番長時間篭っていたのは琉宇とザウヘリヤだった。出てきた時の彼女の充実した表情。汗をびっしょりとかいている。
「水分を補給しませんと。喉は何ともありませんか?」
 ネネの差し出した蜂蜜入りの飲み物を嬉しそうに飲み干す。喉は使っていないと身振りで心配を解き。
「アタシも一杯ちょーだい。術も使ってみたんだけど、やっぱり医者の言う通り気長に待つしかないみたいだね」

 突貫で練習を重ねて迎えた音楽会前夜。
「ふ、不本意なのでありますが‥‥仕方ないのであります。ぐっすし」
 重装でも踊りに支障はないのであるが、人様の舞台である。雰囲気を壊すような事はしたくない。
 いつもの鎧達磨といった格好に比べれば軽装だが。小具足を眺め、寝室で彼女なりの一大決心に悩む美空の姿があった。

●音楽会当日
 厚く重い幕が客席との間を仕切っている。
 ザウヘリヤの評判に加えて町の者にとって初見となる開拓者達の演奏。期待の囁きがざわめきとなって、こちら側にも伝わってくる。
「会場の光量を落とし終わりました‥‥いつでもどうぞ」
 消えた幕の向こうのざわめき。係員の囁き声が舞台袖からネネへ。
 月夜をイメージした柔らかな音色と共に、幕がゆっくりと左右に開いてゆく。
 人魚の民話を彷彿とさせる青で統一された衣装。流れる海のごときドレス。外套に鱗のように施された装飾がランプの灯りを反射して煌く。
 連なる真珠の首飾りの先端で、母より受け継いだ指輪が小さく存在感を示す。
「波の向こう、佇む月の光――」
 さざめく波音のように細かに、繰り返し奏でられるハープの音色。
「青い水の底の底、貝がその光を抱いて‥‥いつしか白い珠へと変える‥‥」

(なんとしても薺さんの足を引っ張らないように)
 横笛を構えた結の銀色の狐耳が緊張にピンと立っている。
 胡弓を手にした薺も弓がうっかり弦に触れてしまわぬよう瞳を一点に固定して心を澄まし。
 青と緑の瞳を見合わせて、頷き。静かに憂いを帯びた胡弓の音にゆるやかな笛の音色が重ねられ――。
 色違いで揃えた神威族の民族衣装、『満月』と名を冠した厚司織。
 青と白を基調とした結の胸元には翡翠が飾られ、真珠が散った髪飾りがその長い黒髪を彩る。
 対する薺は黒と赤を基調に。飾るのは琥珀色の宝珠。

 長い組曲が始まる。
 打って変わり力強く奏でられる胡弓。ここは狼の場面。爽快に草原を駆ける様を。
 入れ替わるように穏やかな笛の音色が森で寛ぐ狐を表現する。それぞれの姿にちなんだ独奏部分。
 薺が再び弦に触れると、二人はゆっくりと足袋を滑らすように舞台の上を歩み。
 二つの音を絡ませて出会い、戯れを。弧を描き位置を入れ替わり主旋律がいつの間にか結から薺へと移され。
 曲は次第に高まり、汗が額に滲む程に激しく。そして旅立ちを予感させて終わりを告げる。
「天儀は神威族の集落に伝わる戯曲のひとつ、『森の狐と草原の狼』でした」

 拍手の渦の中、入れ替わるように燕尾服姿の風葉、そして仮面のザウヘリヤが舞台に立つ。
 無言でオカリナを唇にあてる風葉。
(見世物にされるのって好きじゃないんだけど。やるからには徹底的にいくよ)
 並ぶとあまりにも差があるので、三歩ほど奥に立ち、リュートで伴奏するザウヘリヤ。
 故ファルツェン氏作曲の町ではポピュラーなメロディを我流でアレンジした物。
 激しく挑戦的な曲の後に、優しい子守唄を。馴染みのあるリズムに観客の身体が自然と揺れている。
 一礼、次の番のノクターンと交代し。

 鷲頭のリュートを携えた装飾的な真紅のワンピースを纏い。同色のリボンで結い上げられたツインテール。耳に光る雪の結晶を象ったピアス。
 英雄譚を朗々と歌いだしたその声も澄んだハイトーン。観客は誰もその舞台の主が少年だとは気付いてないようだ。
 だがその弦を奏でる細い腕は力強い。長い楽曲を疲れる事なく続ける。
 女声で謳い上げられる男の物語。苦しみ戦い抜き傷つきながら立ち向かう。将軍との一騎打ちの場面では激しく弦を掻き鳴らし。
 引き込まれた観衆の熱気を撫で冷ますように、姫へと語りかける甘い囁き。
 エレメンタルローブをひらりひらりと靡かせて、美空がその物語を舞で表現する。深く兜で隠されたその表情は見えず。動きだけで彩りを添える。
 物語は男が姫と手を携えて君主の栄光を手にした所で終わりを告げ。良く伸びた高音の残響が残る中、幕は閉ざされた。

 長いプログラムに挟まれた小休憩。ネネが客席の隅々に設置した氷の交換に回り、燐瀬は岩清水を振る舞って歩く。
 その間にステージの幕裏では会場の係員達にも手伝って貰い、後半に使用する大型楽器の準備を。
「いよいよであります‥‥」
「そんなに緊張するなって。メインダンサー宜しく頼むぜ」
 再び開かれる幕。大紋を腰脱ぎに、肩を露出させた漆黒のフリルシャツ。そこへ掛けられた純白の羽。艶やかな紅髪の上には銀の豪華なティアラ。
 ジルベリアの中に天儀風も織り交ぜた派手な格好のキオルティス。
「さぁ楽しむとするかねぇ!」
 幕が開き始めると同時に足首に結んだブレスレット・ベルが軽快なリズムを刻む。
 満員御礼の観客の間から感嘆の声が洩れる。質実だった屋敷のハープには色とりどりの花が飾られ。脇には無人のヴァージナルが。
 小具足も脱ぎ捨てた美空が軽やかにくるくるとステージ狭しと舞い踊る。
「輝く満月、煌く星空、さぁ夜のパーティの始まりだ!」
 前衛的とも言えるオリジナルの楽曲。激しく掻き立て身体が疼くようなノリ。
 主題部分に近付くに連れて曲は更に熱くなる。持てる技術の限りを尽くして四十七弦を最大限に活かした複雑な演奏。
「立って踊ってもいいんだぜっ!――レッツショータイム!さぁ皆で繰り出そう!レッツダンシング!さぁ皆で踊り狂おう!」
 美空が固定されたランプの前を打ち合わせた角度で踊りながら過ぎり、光と影が目まぐるしく会場を変化に富ませる。
「そう、夜は始まったばかり。イェーイッ!」
 突き上げられたキオルティスの拳と共に、ピタリと美空がポーズで決める。

 するすると閉じられる幕と同時に会場の後ろから聞こえてくる異国の笛の音。燐瀬の登場だ。
 この曲の間に急いでステージでは楽器の入れ替えが行なわれた。出番を終えた大型ハープを隅に寄せて。
 客席の間に設けられた暗い通路をゆっくりと抜けて、一段高いステージへと燐瀬が足を掛ける。
 開く幕の後ろからは別の横笛の音。再び結が舞台の上に。先程までキオルティスが腰掛けていた椅子に。
 灯りの中に立った燐瀬の姿。巫女袴に白い狩衣。朱と枝垂れ桜の簪が、鴉の濡れ羽のような黒髪を飾る。
 物珍しい純天儀の装いの少女に観客の視線が奪われていた。笛を唇より離し、袂より取り出したる紅葉の散る扇子。
 ここからは舞の披露。戦場で味方を鼓舞する力強い神楽舞の型。それに祝詞のような歌を乗せる。

 そして最後の楽曲となった。
 街に既に噂は流れていたのであろう、燕尾服姿の琉宇にエスコートされた淡い黄色のフリフリのドレスに身を包んだザウヘリヤの登場に会場がどよめく。
 楽器は持っていないが、歌えるのか。一礼して琉宇はヴァージナルの前に着席した。ザウヘリヤは微笑みを浮かべて中央に堂々と立っている。
 古風な主題にアレンジを加えて琉宇が即興曲を鍵盤で奏でる。微動だにしない主役の姿にまだ会場はさざめいている。
 ミュートされてゆく長い和音が曲の終わりを告げる。
(ここからが本番だよ)
 胸一杯に息を吸い込んだザウヘリヤがいつものように情感たっぷりの動きを交えて、しかし声は無い。
 だがその唇の動きと一致するかのように琉宇の手から旋律が紡がれる。強弱も伸びも全てまるでザウヘリヤ自身が歌っているかのように。
 反対側の手で伴奏を添えて。予想外の演出に曲の最中でありながら会場に大喝采が沸く。
 そう彼らが聴きたかった歌姫ザウヘリヤのコンサート。無声の歌い手と演奏者が一体となって創られた音の空間。
(練習した時と一瞬のズレも無い。さすが評判の歌姫、僕も完璧に奏でるからね)

 彼女の声は最後まで出る事は無かったが、コンサートは盛況に終わった。
「本当に皆様、ありがとうございました。お嬢様は元通り歌えるようになったら今度は恩返しに神楽まで出向いてコンサートを開きたいと仰ってます」
「それは楽しみやなぁ。その時はギルドに大々的に宣伝してや、ぜひ聴きに行きたいわぁ」
「どうせなら一緒に演奏しようよ。開拓者楽団のバックバンド付き!なんてね」
 屋敷で開かれた和やかな打ち上げの席。いつか、その約束を果たせる日が――早く訪れるといい。