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■オープニング本文 ●魔の島と嵐の壁 ここに来て、開拓計画は多くのトラブルに見舞われた。 新大陸を目指す航路上に位置していた魔の島、ここを攻略するには明らかに不足している戦力、偵察に出かけたまま行方不明になってしまった黒井奈那介。 やらねばならない事は山積だ。 「ふうむ。なるほどのう‥‥」 風信機から聞こえてくる大伴定家の声が、心なしか弾んでいるように聞こえた。 「それで、開拓者ギルドの力を借りたいという訳じゃな?」 「えぇ。朝廷には十分な戦力がありません。鬼咲島攻略も、黒井殿の捜索も、開拓者の皆さまにお願いすることになろうかと存じます」 「ふむ。ふむ‥‥開門の宝珠も見つかり始めたとあってはいよいよ真実味を帯びて参ったしのう」 大きく頷き、彼はにこりと表情を緩めた。 「宜しかろう。朝廷が動いて、我らが動かぬとあっては開拓者ギルドの名が廃るというものじゃ。新大陸を目指して冒険に出てこその開拓者と我らギルドじゃ。安心めされよ。一殿、我らギルドは全面的に協力して参りますぞ」 「ご英断に感謝致します‥‥」 少女の頭が小さく垂れる。 当面の障害はキキリニシオクの撃破。 そしておそらく、嵐の門には「魔戦獣」と呼ばれる敵が潜んでいる筈だ。過去、これまでに開かれた嵐の壁にも総じて現われた強力な敵――彼等はアヤカシとも違い、まるで一定の縄張りを、テリトリーを守るかのように立ちはだかるのだ。 計画は、二次段階へ移行しつつあった――。 ●災い、現る 嵐の門を如何に打破するか。それを考えるにしても鬼咲島という存在が頭を悩ませる。 制圧せねば‥‥。道程は長い、避けたとしても後ろからキキリニシオクに強襲されたらどうすればいい。 開拓者ギルドから送り込まれてくる強き者達。まだ充分な数が揃わない。こちらから攻めるにはもう少し時間が掛かりそうだ。 島全体が魔の森。生半可な武力では意味のある攻撃に繋がらない。 「それよりも今は守りきる事の方が先決のようですね‥‥」 伊乃波島に係留する飛行船の存在は既に察知されたようで、散発的ながら獲物を狙うアヤカシが群れを為して飛来する。 なんとか先発で間に合った開拓者で追い払いはするものの。その場しのぎだ。 「未だ飛行船が無事なのが幸いですが、これでキキリニシオクが来たら守りきれるかどうか‥‥」 不安げに細い眉を寄せる。一三成にできるのは今、願い頭を下げる事だけ。 「再び来たら――」 「失礼致します。上空に怪しい影を発見!」 慌しく入ってきた伝令役。そのただならぬ声に思考を中断される。 「アヤカシの襲来‥‥ですか?」 「戦力はまだ不明です。今空に上がった者達が確認次第、報告が参ります」 今すぐ退避の準備を――いえ、無闇に空に上がっても標的になるだけですね。 ぎりぎりまで地上に隠れている方がまだ良いでオょうか。 地図を広げていた卓を見据えていた瞳をすっと上げて。三成の指示が本島より遠く離れたこの場では朝廷の命令。 決断は素早く慎重に。様々な者の命が左右される彼女の立場は重い。 「いつでも飛び立てるよう、龍で戦える者以外は全員各船内に。迎撃できる方は支度を。戦闘の判断は‥‥お任せ致します」 「あれは――」 龍を駆り、偵察に飛びたった者の視界に映ったのは。 鬼咲島の方から現われたる暗雲。否。アヤカシの群れ。その中に一際目を引く大きな姿。 蜻蛉の頭に鳥の胴体、孔雀のような尾。災いを運んでくるモノ。間違いない。この目を疑いたくはなるが。 「キキリニシオクか!」 襲来して欲しくなかった大物、そしてその上級アヤカシに率いられた群れ。これを抑えねば鬼咲島どころか伊乃波島の拠点まで失われる。 「戻れ、戻れ。人を集めろ!戦える奴全部だ!」 「キキリニシオク襲来、襲来――!!」 ●渦に呑まれて 「またもや‥‥」 魔の森の本格対策に向けて準備を進める今、伊乃波島の上空への侵入は何としても阻止したいが。 海端より流れ落ちてゆく滝が遠く目に映る。水に代わる雲海がその先に霞む。 背より撒き散らされる瘴気の毒。無策に飛び込めば瘴気に身体を侵される危険性。それに。 「今回は連れてきた量が半端じゃないな‥‥」 不恰好で黒い単色、キキリニシオクを模倣したにしては下手すぎる蜻蛉もどき。先程地上から見えた群れはこれだ。 擬態の変形もいまいちな雑魚アヤカシ。しかし群れを為せば飛空船をも墜とす力があるので油断はならない。 耳に障る不愉快な翼の音が空を占める。 それだけでも苦戦が予想されるのに。穏かな波間に映る、風になびく柳のような影の数々。 影を頼りに視線を中空に戻すと、半透明の何かが渦巻くように蠢いている。あれがそうか。 そしてアヤカシで構成された渦の中央にキキリニシオクが居た。 指令を下している様子も見えないが、迎撃に迫るそれぞれの編隊を蟲達が圧倒的な質量で包み込んで分断する。 「くっ‥‥近くに誰か‥‥居るか?」 龍を駆り、ひたすら切り進むうちにふと視界が開けた。アヤカシ達の渦に訪れた一瞬の真空地帯。垣間見えた巨体。 「キキリニシオク‥‥奴を退かせれば」 再び前後左右から迫る群れに呑み込まれる。キキリニシオクに届く位置に今、居るのは自分達だけ――。 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
氷(ia1083)
29歳・男・陰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●突撃部隊 「悪いがココから先には行かせないぜぇぇっ!」 逆境だろうが負けやしない。不屈を貫く志士たらんと燃える心。甲龍、黒焔の背で天ヶ瀬 焔騎(ia8250)が雄叫ぶ。 「キキリニオク‥‥キリリシシニク‥‥だぁ!言い難い!キサマは今からオニクだ!」 愛用の槍を疾風という名にふさわしく寸止の挙動すら無く乱舞させる。 「誰か近くに居るか!居たら集まって一斉に突撃するぜっ!」 声を嗄らさんばかりの怒号。白い長大な霧。厄介な奴が傍に居る。 「黒焔、周囲の蜻蛉は任せた。寄ってきた奴は全部叩き落せ」 流し斬りで着実に強そうな相手を穂先の餌食とする。一撃では屠れない。 自らの血が風に巻き上げられようとも休み無く次の攻撃を繰り出す。 「龍太郎、あそこだ。焔騎のとこへ合流して!」 全力移動を命じて小伝良 虎太郎(ia0375)が襲い来る敵を拳で払い除けながら、急ぎ合流を図る。 「龍影!鎮璃!ここだよ!」 小さな身体で腕をぶんぶんと振り回し、視界に入った小さな影達へ存在を主張。 龍を駆る者は皆、味方。そして朱鳳院 龍影(ib3148)の姿は見間違えようがない。 巨大な深紅の鳥のごとく見えるもう一体の龍も、あれはおそらく鬼啼里 鎮璃(ia0871)の相棒、華燐。 鮮やかな色が黒と蒼空の散りばめられた中で遠目にも映えている。 「あれが噂の――ん、あちらに。華燐さん、行きますよ」 少しでもキキリニシオクを弱らせておきたいが。一人では身を守るのもやっと。 鎮璃も合流を急ぐ。 「合流できるのはこれで全員か?」 刀で雑魚を払いながら朱鳳龍と自分の安全を確保し、合流した龍影。 たった四人、後の者は――。 ●陰陽師隊 「上級アヤカシまで出張ってくるなんて、随分と歓迎ムードだぁね」 分断され緊迫した状況にも関わらず。ふぁ、と呑気に欠伸をひとつ。 相棒、炎の騎乗で氷(ia1083)が表情を変えて気を引き締める。 のんびりやってられる状況じゃないから、ひとまず気合入れて身を守らないと。 「とりあえず、ほいっと」 炸裂する焙烙玉。まぁ近くに味方が居れば気付いて貰えるかね。 「ああ、ちょうどいいところに。あれは誰かしら?カナちゃんよろしく」 葛切 カズラ(ia0725)も一見普段通りの様相。これくらいで動じはしない。 冷静に周囲を分析し、即座に決断を下す。 (手近な所に居れば誰でもいいわ。まずこの単独って状況を解決しないとね) 「カナちゃん新しい玩具でちゃんと受け止めてね」 次々と符から飛び立つ見慣れた式、鏃状の触手達。蜻蛉モドキをあっさりと抉る。 それをすり抜けたモノは鉄葎の牙や爪で瘴気に還る。 「氷さんか、さっきの爆発は。陰陽師同士じゃ少し物足りないわねぇ」 火力で追い払うならもっと大人数がいいんだけど。仕方ないか。肩をすくめながらも式を飛ばして次々と雑魚達を粉砕するカズラ。 この混戦ではあと誰と合流できるのか。会えた者だけでも固まってれば何とかなるでしょう、きっと。 「まあ、アレ叩けば退かせられるかもな」 近くに居るのは‥‥ああ、なんか爆発したのが聞こえたな。焙烙玉っぽいが誰や? 「ほれ、行くで小狐丸」 八十神 蔵人(ia1422)が相棒を駆って合流したのは陰陽師二人。 「残りはちと遠いわなぁ」 ●弓術師隊 頭の芯が麻痺するような無数の羽音。乱舞する黒い影。 「崑崙、更に高度を取りつつキキリニシオクから距離を。頼みまするぞ」 灰に薄緑の混じった空の上に巌のような背中。相棒の崑崙に声を掛け、霧咲 水奏(ia9145)が理穴弓を引き絞る。 不細工に模されたそれはとても生物には見えない。無数に飛び交う子供程の大きさの歪んだ蜻蛉が次々と体当たりを仕掛けてくる。 ひとつひとつは大した傷にはならないが、視界を覆い尽くし。その中を蹴散らすがごとく舞い上がる甲龍。その頭部は同胞の骨で守られている。 仕掛け寄る敵は崑崙に任せ、乱射される矢雨。囲む蜻蛉が次々と落下してゆき、その視界が束の間、開けた。 (茜ヶ原殿――) クロエを駆り全速力で前進しながら乱れ矢を放つ茜ヶ原 ほとり(ia9204)の姿を捉えた。 呼子笛を唇に吹き鳴らしつつ、彼女に追いすがる敵の群れを精確な矢で射落とす。 ちらりと見上げたほとりの視野に映ったのは崑崙の色。風に流れた緑色の髪に見覚えがある。 (水奏さん――) 右足と左足でトトトンとクロエに意思を伝える。 地道な訓練を重ねた成果、ほとりの思うように龍はその脚となりて、速度を落とし大きな軌道を描く。 ほとりが射易いように右回りの旋回。 (同じ高度に並んでクロエ。彼女の射線の邪魔にならないようにね。そうよ、その位置) 風和 律(ib0749)もその笛の音を聞き、寄れる位置に居た。 「オニクゥゥゥゥゥッ!」 遠く黒く染められた空に響き渡る焔騎の怒号が小さく聞こえる。幾人かの鬨の声がそれに続く。 「遠いな‥‥そうか。では自分はこちらに回ろうか、行くぞ砦鹿」 乱れ降る矢、飛び交うアヤカシを掻い潜り。大剣を振るい道を切り拓く。 (くっ、一体一体斬り伏せても埒が明かぬ。目での合図もままならぬ混戦、距離も互いの龍がぶつからぬように‥‥か) 律の駆る砦鹿の動きを見て、水奏とほとりは前面への制圧に乗り出す。雨あられと降り注ぐ矢盾。 ●いざ決戦 「焙烙玉で散らしたら一気に突入するぞ!」 焔騎のその声は届いたかわからないが、その掲げた動きで虎太郎も同じ物を懐より取り出し、機を合わせて放り投げる。 飛び散る破片。空に拡散する黒い瘴気。突き抜けるように迫る白い霧状のアヤカシ。 (奴に攻撃を叩き込むには耐えられる時間を少しでも――) 何をすべきか。周囲を確認する律の視界に危険の兆しがよぎる。はっとして叫んだ。 「ほとり、飛び込みすぎるなっ!」 クロエを駆って激しい動きを繰り広げるほとり。その精確な射撃は蜻蛉モドキを確実に屠ってゆくが攻めに比重が傾き防御が甘い。 別の方向から迫る蜻蛉モドキを叩き落とし、大剣を振るって白く霞むアヤカシの進路を食い止める律。 一対一なら勝てそうだが、横槍がやたら入るのでなかなか決定打を与えられない。 だが、常に相対位置を変えながら近付くモノを払う事で常に自分の周囲では優勢を保つ。 「天ヶ瀬‥‥さんっ」 ほとりが一斉に突入する隊の戦闘を邪魔するアヤカシを撃つ。先頭をゆく焔騎が囲まれている。 それに気をとられて、左手から自分へと迫る存在への対応が遅れた。 「――っ!?」 装甲の無いクロエの胴への蜻蛉モドキの直撃。くぐもった唸り。衝撃で弾き飛ばされた騎上のほとり。 足腰に結わえた紐がきつく張り痛みが奔る。視界を一瞬回る蒼空。相棒と固く結ばれた紐が無ければ空中に放り出されていたか。 クロエが我が身も省みず、ほとりの救出にその下へと回り込む。更なる撃を受けての唸り。 態勢を崩したほとりが弓を構えなおすまでの時間を稼ぐべく、安定した直線の動きながらも高速でその場を離脱する。 砦鹿を強引に割り込ませた律が壁となりて追いすがる敵の進路を塞ぐ。 「お前達の相手は私だ、ほとりは追わせぬぞ」 「次は下から‥‥」 トン。相棒に合図を送りぎゅっと脚を絞り、急上昇するクロエの上で身を反らして一矢。天から放たれた黄金の光が貫く。撃墜。 その動きに無防備になった龍の腹を狙う敵は水奏が狙い違わず射抜く。 「弓術の真髄、たとえ二人為れどその一端をお見せ致しましょう」 焙烙玉の破片を突き抜けて襲い来る白い影。六体――。固まっていたか。 「そのまま行きなさいなっ!秩序にして悪なる独蛇よ、我が意に従いその威を揮え!」 カズラが符より召還した式。触手が絡まりあうように一体に形造られた大蛇。ヌルリとその体表を光らせて一直線にアヤカシへ牙を突き立てに迸る。 他の者も援護射撃を。だが全てを止められはしない。一体が身を翻した。 キキリニシオクへいざ突撃を仕掛けんと騎上で鎮璃が弓から刀に持ち替えたその隙。 半透明の長く尾を引くアヤカシが纏わり、吐き出された糸で縛り上げようと。華燐が加速するが逃れきれない。 「同じビャッコでも、狐は得意じゃないんだけどな。っと」 馴染みの白虎ならぬ九尾の白狐。氷から飛び立った獰猛な牙を剥いた式が華燐に纏わりつくアヤカシを襲う。 凄まじい一撃にアヤカシはまるで苦悶するかのようにうねり、内部からの破壊に姿が薄れてゆく。 突撃に加わりたいところだが‥‥相棒の小狐丸に無理を言う訳にもいかない。 「すまんな、わしもデカイの行きたいけどウチのが怯える」 相棒の気質を心得た八十神 蔵人(ia1422)。 (にしても何で他所と違ってうちの小狐丸はきゅーきゅー鳴くのやろか。‥‥まともに吼えた事がないんやけど) さすがに今は敵に囲まれた状況。健気に炎を吐き小狐丸は蜻蛉モドキを焼き払う。塵は速やかに風に流れて瘴気へと還り。 合流したカズラと氷にはなるべく遠距離の援護に専念して貰いたい。 水奏達とは離れ過ぎている。けどあちらには律の駆る砦鹿が付いているようだから。 (わしは陰陽師二人の傍から離れんとけば、まぁ何とかなるやろ) 大斧でまた一体、雑魚を叩き落として。 「小狐丸よ、無茶はせえへんでええけど。‥‥ここで仲間見捨てて怯えて逃げくさるような真似しやがったら」 ぽんと柄で相棒の首を小突いて次の敵を打ち払う。 「アヤカシやなくてわしが即刻、その首落とすからな?」 慌てて炎を吐く小狐丸。 「ははは、冗談や。御託は要らん、はようあの白いのに突っ込め。ガンガン行くで」 (やればできる子なんやでお前さんは。大丈夫、わしがついてるし皆も一緒や) 龍影がまず弩でキキリニシオクへの初撃を放つ。そして離脱。 突撃する三人へ牽制するかのように円盤から黒い瘴気が噴き出して、辺りを覆い尽くす。 背筋を走る悪寒。――耐えた。 「オニクめ、喰らえ!」 枝垂れ花火のごとく散り落ちる紅蓮。同時攻撃にも動じぬキキリニシオクの反撃が近付いた者全員を襲う。 「ごめん龍太郎、もうちょっとだけ頑張って!」 破軍で練り上げた気を込めて骨法起承拳を叩き込み続ける虎太郎。満身創痍。 「翼の根を――」 鎮璃の攻撃はだが阻まれる。相手も弱点と為り得る箇所は本能的に守るのか、そう簡単には飛び込ませてはくれない。 何か妙策を施さねばなるまいか。態勢を取り直そう。 「華燐さん、一旦離脱してください」 「ふむ、あの円盤から降る黒い瘴気の範囲は案外狭いようじゃな」 十メートルか。瘴気の雨を逃れ、矢を再装填しながら観察を続ける龍影が一人呟く。 「急ぎて律令の如く成し万物悉くを斬刻め!」 半透明のアヤカシをとにかく引き付けて式を叩き込み続けるカズラ。 氷の放つ白い虎を模した式が噛み砕く。蔵人の斧から紅葉の燐光が散る。 「悪いけど、もう少し無茶するぜ、レン」 相棒の炎、相変わらず主の氷は名前を覚えていないので呼び方は適当。治癒の式が吸い込まれる。 噛み千切り、焔騎と虎太郎を弾き飛ばし、頭部を狙った龍影の矢から身を翻した時。 「行きますよ!」 華燐の急降下。焙烙玉を投げて初回の突撃の再現をする鎮璃。武器を持ち替えて遅れて続く龍影。 「‥‥動きが変わったわ。避けなさいっ!」 カズラの警告の叫び。猛烈な速度で直進するキキリニシオク。 「龍太郎!」 慌てて軌道上から全速力で退避する虎太郎の頬を風が裂く。巻き起こった疾風に煽られて翻弄され態勢を整える黒焔。 急速に迫る頭部と当たり、予想よりも早く焙烙玉が爆発して鎮璃と華燐をも傷つける。 (避けれな――) 身体がバラバラになりそうな衝撃。 「鎮璃っ!!」 かろうじて回避した龍影。キキリニシオクは急には転向できないのかそのまま突き進む。 気を失い空中を舞った鎮璃の襟を何とか掴んだ。急増した重さに耐えかねて朱鳳龍が失速して高度を落としてゆく。 彼らを守るように小狐丸と龍太郎が脇を固めて、虎太郎と蔵人が好餌食と集まってくるアヤカシ達を払う。 「華燐、落ちるな!お前が落ちたら誰が鎮璃を乗せるんだ!」 錐もみ落下してゆく華燐には黒焔を急がせた焔騎が添い、声を嗄らさんばかりに叫ぶ。 持ち直した華燐が再び羽ばたく。 「白面九尾の威をここに、招来せよ!白狐!」 カズラが式を叩き込めば、害虫を撒き散らして撤退を開始したキキリニシオク。 「飛んで火にいる夏の虫か‥‥オレらの事じゃなければいいけど」 相棒に焼き払わせ、氷がぼやく。弓術師達の徹底した攻撃に配下も退き始める。 一体でも多く。鬼咲島へ帰れば奴らはまたやってくる。律は剣を振るい、最後まで屠り続けた。 飛び交う式。拳、剣、槍、斧、そして降り注ぐ矢。誰もがありったけの力を振り絞って最後の掃討を行なう。 黒き群れ。白き霧。巨大な禍々しき上級アヤカシ。全てが散るか去るかして、辺りの視界がようやく開けた。 誰もが酷い手傷を負っている。龍も帰りの体力を考えるともう限界だ。 これ以上追うのは‥‥無理だ。 だが追い払えた。キキリニシオクの動きも至近で見る事ができた。 次、会う時は――その身体を囲み叩き堕として瘴気へと還らせてやる。 二度と暴れさせてやるものか。そう、再戦を期して。 ●伊乃波島へ帰還 「なんとか島の手前で追い払ったな。オニクざまぁ」 「‥‥オニク?そんな名前だったっけ?まあいいや、覚えやすいし」 「面白い呼び方で。心に余裕持てた方が、萎縮する者も少なくなりまするか」 鎮璃を乗せた華燐を中央にして編隊を組み、伊乃波島へと撤退を開始する開拓者達。 焔騎と氷の適当な会話に水奏がくすりと笑う。 疲弊した相棒達に符水を飲ませ。 「ほんまこんなに発音しにくい名前つけた奴誰や」 誰にともなくぼやく蔵人。まぁ、それよりも帰るのが先。 「戻るまでに脱落したらあかんで。最後まで気を張っていこな」 小狐丸、お前さんもよう頑張った。帰ったら甘酒飲ましたるからな。優しく労って相棒の首を叩き。 「よしよし、次はもっと凄いとこ連れてったるからな〜♪」 労いに続いた容赦ない陽気な言葉に小狐丸がきゅ〜んと悲鳴を上げた。 他のはぐれた隊とも合流し。奮戦していたらしき白い顎鬚を伸ばした褐色の肌の男が龍を飛ばして寄ってくる。 「他からも敵が集中してこなくて助ったわ。キキリニシオクだけで大変だったから」 ほとりが礼を述べている。まだ戦に集中していた気分が抜けなくて淡々とした抑揚の少ない喋り。 「次はこっちから乗り込んでやろうぜ!みんなでオニクって呼んでやるんだ」 最後までそう呼ばわる焔騎なのであった。 「オニク、キキリシオニク、キキリニシオク、あれどっちだっけ?」 「キキリンでいいよ、もう」 肩の力が抜けるような調子外れのやり取りに、朗らかな日常の調子に戻ったほとりが別の呼び方を。 蒼空の中で傷だらけの身体も忘れて、皆が笑う。 「よ〜し、着陸開始だ。一番、天ヶ瀬行くぜ。皆続け〜!」 「はい、しんがりは拙者、霧咲にお任せあれ」 「龍太郎、ゆっくりでいいからね。傷に響かないように」 地上で心配げに迎えに出ていた者達に元気よく手を振る虎太郎。 「ただいま〜っ!オニク、撃退したよ!」 |