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■オープニング本文 この村には一風変わった奉納の儀が伝承として受け継がれている。 口伝を重ねるうちに起源はすっかり判らなくなってしまったのだが、精霊が村の神として祀られている事には間違いない。 風を裂き猛々しく草原を疾走する狼と、大いなる包容力で全てを優しく受け止めるもふらさま。 この一対の精霊は気質が随分と違うが、それ故にというのも人間においても良くあるもの。 とてもとても仲良しだったそうな――。 そこから始まる昔話は幾つもあり、この村で生まれ育った者なら誰もが知っている。 草原に放牧されているもふらさまは皆大きく育つのも、神様の加護のお陰と村人達は言う。 そんな神様へ日頃の感謝を込めて楽しんで戴こうではないか。それが今の村祭りの原型となっている。 ある日、山の上からコロコロと転がってきた丸い丸い石。 狼の神様がそれを蹴ると、もふらの神様が受け止めて。 もふらの神様が転がそうとすると、狼の神様がそこへ滑り込む。 そんな他愛のない球遊びをして楽しむ姿が描かれた昔話にあやかって。 祭りの日には奉納の儀を。神様を示す色として青と白の装束を纏って球遊びが行われるのが恒例になっている。 この神様達の社はない。 草原で風を浴びるのが好きだった精霊様達には壁も屋根も必要がなかったから。 その代わり、神様達が暮らしていたとされる村の傍の草原――現在はもふらさまの放牧地となっている――の南北に低い鳥居が建てられている。 木製の柱にはそれぞれ狼ともふらさまの姿が薄く彫刻されて。これがご神体代わりとなって村人達の拝む対象になっている。 もう一度言おう。 草原の南北に低い鳥居がひとつずつだ。 そこが村祭りの会場となる。 今年はもふらさまがたくさん生まれた。この地域の精霊力が非常に豊かな年のようである。 これは感謝の祭りも盛大にやらなくては、神様に申し訳ない。 よし、開拓者を大勢呼んでその盛り上がりで我々の喜びを神様に伝えようじゃないか――。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 蘭 志狼(ia0805) / 酒々井 統真(ia0893) / 斑鳩(ia1002) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 劉 厳靖(ia2423) / 辟田 脩次朗(ia2472) / 銀雨(ia2691) / フェルル=グライフ(ia4572) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / クララ(ia9800) / エシェ・レン・ジェネス(ib0056) / 玄間 北斗(ib0342) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 蓮 神音(ib2662) / 華表(ib3045) / セリエ(ib3082) / 牧羊犬(ib3162) / 小宮 弦方(ib3323) / GORI(ib3439) / 京宮 鈴徒(ib3454) / 吉岡 璃李(ib3457) / 紅のお茶(ib3498) / 黎黄(ib3514) / あいちぃ(ib3518) / ポンズ(ib3521) / バンドー(ib3523) / 大田 豊太郎(ib3529) / ちょぱ(ib3530) / ゅきんこ(ib3539) / 奈落(ib3545) / 堅斗(ib3553) |
■リプレイ本文 「厳粛に執り行う行事ですので、失礼ですが身に付けている品の確認を」 黒い神事装束を纏った村人達。詳細までは依頼書に記されてはいなかったが、それなりに村の掟は細々とあるらしい。 「といってもギルドさんへ依頼した際に言っておいた内容ですから、ご心配なく」 微笑む穏かな雰囲気の垢抜けない青年。一応、村の神主役の家の者だそうだ。 管理する神社がある訳でもないので普段は他の村人と変わらなく暮らしている。それらしくはちっとも見えない。 「武器になるような物を身に着けて参加してはならないという決まりがありましてですね」 開拓者の皆様にもそこはご了承願いたい。頷く一同。 「大事な品ですから、丁寧に扱ってくださいね」 その杖を拝借と頭を下げられた斑鳩(ia1002)が精霊の力が込められた杖を両手に捧げて差し出す。 「ああ、これはつい癖で着けてきたんだ。別に外して構わないぜ」 拳布もダメなのか?ま、決まりだっていうんなら素直に従うさ。 泰拳士にとっては肉体そのものが武器で、単に拳を痛めない為だけのものだが。 一応形式的な要求だ、応えて差し支えない。酒々井 統真(ia0893)も拳から解いたそれを黒装束の一人に渡す。 刀、短刀、木刀、弓、符、人形、手裏剣、撒菱、扇子、包丁。色々出てくる。 気合を入れて身を軽くして来た者、いつも通りの格好で来た者、十人十色だ。 皆の愛用の品を預かり恐れ多さのあまり、黒装束達の動きがぎくしゃくしている。 「入念な身体検査たぁ、ご苦労さんだねぇ」 そんなに緊張する事はない、その辺に纏めて放り込んでおけばいいんだと磊落に笑い飛ばす劉 厳靖(ia2423)。 「厳粛な神事だからな。幾ら念を入れても過ぎるという事はなかろう」 狼、そしてもふらさま。自らの名にもその一対と同じ字を冠している蘭 志狼(ia0805)。 「何やら他人事とは思えぬと参った次第。奉納に供する球も持参してきたので是非使って戴きたい」 「はっは、確かに他人事じゃないわなぁ」 厳靖の言葉は誰に向けたものか。 もふらさまへの親近感はさて。実はとても縁のある品を大事に身に着けているのだが。 あえてそこまでは申告する事もない。 狼の神様の使い、もふらの神様の使いに扮して。青と白。 風通しの良い丸首の神事装束。袷はなく頭から被るだけの半袖が縫い合わされた筒形。 誰でも着れるよう大きめに作られているので小柄な者だと尻まで隠れてしまいそうだ。 「この爽やかな晴天に服を着ねばならないというのか‥‥」 燦々とそそがれる太陽の恵みを恨めしげに見上げる牧羊犬(ib3162)。 言われた通りに青の衣装を着たが、布が素肌にサワサワと触れてどうも落ち着かない。普段から下着一丁で過ごすのが身上なのだが。 「奉納の儀故、神様に失礼の無い格好で臨むべき。まぁ、しばしの我慢だ」 腕を組み尤もらしく頷く志狼。袴に陣羽織、更に鎧兜とそのまま戦にも向かえそうな隙の無い格好をしている。 神事装束は胴巻の下に。 「で、厳靖。貴様も青組か」 「みたいだなぁ。しかし走り回るのは面倒だし、鳥居の守役ってのが一人要るんだろ?そいつは立ってればいいのか」 じゃあ俺がそれをやるか。他に誰も手を挙げる奴も居ないみたいだし。 「相変わらず適当な奴め‥‥」 まぁ好きにすればいい。真面目なんだか不真面目なんだか、適当そうに見えてやるべき事はしっかり抑える男だしな。 今日も何を考えているのか判らん奴だが。味方だからって油断してると何をされるか怪しいが、それはそれで構わぬ。 (壁でも盾でもどうにでもしてくれ。俺は俺なりに正々堂々と臨むまでだ) 背後が誰だろうと気にせず、守備の位置に徹するべく神妙な顔で構え。 「あれだろ?要はこの鳥居の位置に居て、ここから先に玉を通させなきゃいいんだろ?うん、それくらいは任せとけ」 からからと笑い、飄々とした様子もそのままに鳥居の正面に脚を開いて立つ厳靖。 「柚乃は白組がいいです〜。もふらさま、もふらさま」 向かう先がもふらさまが一杯放牧されている草原と聞いて、相方の八曜丸を連れてきた柚乃(ia0638)。 「帰るまでの間、一緒にお仲間さん達と遊ばせてもいいですか?」 傾げた首、一本に束ねたさらさらの青い髪が背中を滑り流れる。 これほど多くのもふらさま達と過ごせる機会。抱き上げられそうな今年生まれたばかりの小さな者から柚乃より大きな者まで。 思い思いに村のもふらさま達が寝そべったり転がったりしている。柵がある訳でもなく自由なのだが、皆ここで過ごすのが好きなのだろう。 「う〜ん、心安らぐほのぼのとした光景なのだぁ〜」 白装束の上にだらっとたれた狸柄を散りばめた甚平を羽織った玄間 北斗(ib0342)。 何だろう、彼の周囲にはゆるゆるの空気が流れている。 「おいらも一緒にほのぼのしようなのだぁ〜もふら狸なのだぁ〜」 「しかしよくまぁ、こんなに球が揃ったもんだな」 草原の中央に散乱した球の圧倒低な数を見て統真が呆れた声を上げる。 開拓者が各自持ち寄ってきた球、村人が先に数えておいてくれた所によると九十五個。 それに対して揃いの装束を纏って儀式に参加する者は各組八名、双方合わせて十六名。 「人間より球の方が何倍も多いじゃねぇか」 「万屋で一杯配っていましたからね〜。それにしても友達を足蹴にしても‥‥良いのでしょうか?」 そんな事を言っているが青装束の和奏(ia8807)、全然躊躇っている様子など無い。ちなみに一番大量の球を持参したのは彼だ。 奉納の儀、開始の合図。 黒い神事装束を纏った老村長が胸一杯に息を吸い込み呼子笛を長く吹き鳴らす。 双方の陣営から一斉に走り出す青と白の二勢力に分けられた開拓者。 張り切り過ぎて息が切れた村長、蒼い顔をして崩れ落ちてしまった。控えていた村人達が慌てて駆け寄り運び出す。 「そ、村長、息をして下さいっ。どなたか介抱してくれる巫女様いらっしゃいませんか〜」 「ふぇ、巫女‥‥ですかぁ?」 何処で見学したら良いでしょうか、おっとりと歩いていた礼野 真夢紀(ia1144)がその声に振り返る。 「ああ、良かったいらっしゃった。すみません村長が‥‥」 「はい治療ですね。できますよぉ」 小さな手から優しい風が吹き、蒼い顔の村長を包み込むが。怪我じゃないしどうなのだろう。 「このまま木陰で休ませてあげた方がいいですね。これどうぞ」 冷えた濡れ手拭を額に載せて。たくさん用意してきて意外なとこにも役に立った。 「ありがとうございます、巫女様。あ、どうぞ観覧なさって下さいまし。私達が村長の傍に付き添いますので」 「そうですかぁ、ではお言葉に甘えて。何かあったら呼んで下さいね?すぐに来ますから」 ●前半−青− 「まずは一点決めてやるさ」 一球目はこれ。自身が持ち込んだ球目掛けて迷う事なく走る巴 渓(ia1334)、青組。 いつもの赤を纏った雰囲気とは違うが、装束の下は戦闘服にブーツ。これは変わりない。 蹴る球と同じ速度でぴったりと駆けて、右へ左へ。 「おぉっと、急に転がったら危ないぜ。てめぇらにぶつける気はないからな」 試合が始まろうと全くマイペースなもふらさま達。じっとしてればただの障害物だが、気が向けば思わぬ方向に飛び出してくる。 ひょいと足の甲に乗せて跳躍。難なくかわして越えた。 開幕直後の白組は全員一斉の速攻攻め。序盤は数を多く入れる事に賭けたか。 (この一球まずは止めて見せますっ!) 両腕を広げ脚を草原に踏み締め、金色の瞳に熱い闘志を燃やす石動 神音(ib2662)。白組の鳥居を守るのは彼女だ。 「この神様の門は通しませんよ」 (右か左か‥‥よし、そこのもふ公、大人しくしてろよ) 鳥居の袂で丸々と手足を仕舞いこんで昼寝を決め込んでいるもふらさまへ球を蹴り込むと見せ掛け。 とっさに庇おうと身が動いてしまった神音。上回る脚力で追い付き回し蹴りの要領で低く脚を振るう。薙がれ散る夏草。 球は反対側の柱すれすれ目掛けて鋭角に撃ち込まれる。 鳥居の近くで見守っていた黒装束の一人が笛を吹き得点を告げた。 「よし、上手くいったぜ」 「くっ‥‥」 もふらさまの柔らかな被毛にぽふりと背を預けて余った勢いを削ぎ、神音は唇を噛む。 「次は入れさせませんからね!」 「おう、またすぐに来るからいい勝負しような」 軽く手を振り、また中央へと駆け戻ろうとした渓の視界に宙を舞い踊る幾つもの球が映る。 (おっと、次々球が飛んでくるな。序盤はとにかく蹴りまくりか――) 中央にまだ大量に残る球。人を避けて空いている球を片っ端から高下駄で力一杯蹴り飛ばしてゆく斑鳩。 青装束に旗袍の高い襟が覗いている。そしてその上に白い鎧を纏っているから一見どちらの組か判り難い。 しなやかに鍛えられた身体は金属甲の重量も感じさせず。舞踊の端であるかのように美しい脚が高々と上げられ、球を天空へ弧を描かせる。 ひらりひらりと切れ込みの入った長い裾が翻る。 とにかく飛距離優先、球を一つでも二つでも何でもいいから多くを前へ。 精度を度外視で次々と蹴り上げられた球の中には思わぬ方向に行く物もある。 「あ、もふらさまそこに居たら危ないです!避けてくださ〜いっ!」 避けてくださいと言って、すぐに避けてくれるなら問題はない。本当に身の危険を感じれば動くだろうが。 でも、もふらさまだ。草原の騒ぎも次々と宙を舞う球も気にした様子は無く、いつも通りの動きである。 すなわち面倒臭ければ動かない。 下降曲線に入った球の一つの着地点に二段重ねになった大小のもふらさまが陽射しを浴びていた。 「ああ〜ごめんなさいっ」 きゅっと握った手の祈りは通じたのか。青い影が奔る。 「ったく、何処向けて蹴ってるんだ。こんなとこに飛んでくるなんて思わなかったよ」 悪態とも愚痴ともつかぬ、しかし口調は至って楽しげ。紫の髪を靡かせて近くを走っていたのは銀雨(ia2691)。 行動線上の球は全て長距離を飛翔させ、自身の身体は縦横自在に。向かう先は気分任せ。 偶々、彼女がそこに居た。 単衣に青装束を纏っただけの軽装。疾走の勢いを殺さずに地を蹴り跳躍。 「たぁぁぁっ!」 確かな感触。二段もふらさまの頭上で足の甲が喰い込んだ球が一瞬だけたわみを見せて勢いよく飛んでゆく。 着地。 沈んだ膝をバネに休む間も無く、次の目に付いた球を目指して駆け抜ける。 ちらりと視線だけで脇を振り返った先には。 ころんと小もふらさまが転げ落ちたようだ。だが単に寝返りを打っただけのようで、仰向けにすやすやと寝息を立てていた。 「呑気だな。お〜い、そこ小さいのが転がってるからな。みんな、踏んだりぶつけたりするなよ。気をつけてなっ!」 言いながら鳥居に向かってまだ遠いが球を鳥居に向かって蹴り込む。これは神音にあっさり阻止された。 その間に牧羊犬が装束を自らが駆ける風の抵抗にはためかせ、球と一緒になり鳥居へと特攻する。 「疾風よ私についてこい。草原を切り裂きたまえ、青き狼の爪――」 その姿を具現化したかのようなピンと立てられた犬耳。揺らぎの無い暗色の尾。無駄なく目標を追い詰める。 青い装束が張り付き、細身の少年のような体躯の線を露に。 でも下は周囲で見ている方が恥ずかしい如何にも女物な趣向の凝らされた紐ショーツ一丁。 本人は全然恥じらいというものはなく、最大限にその脚を活かしとにかく真っ直ぐに突き抜ける。 「風よ霊よ一体となりて進め、立てよその鋭き牙を!風霊の舞、行けぇぇぇっ!」 球だけを鳥居を潜らせればいいのだが、もうその勢いは止まらない。 「う、受け止めて見せますっ!」 これも修行の一環です。そんな迫ってくる牧羊犬の姿に動揺も見せず、腕を開いて身を沈め待ち構える神音。 激突か。 否、低く払われた蹴りが球と同時に牧羊犬の両脚を薙ぎ、宙を泳がせる。戻される球。 その勢いのままでは牧羊犬の身体は前方に吹っ飛んでゆく所だが。 掴んだ腕、軽く当てた肩を軸に円を描くように力を殺し、柔らかい夏草の上にすとんと背中から落とす。 それでも一瞬の衝撃はあったが、痛みは覚悟していたより無い。 「これ‥‥反則になりませんよね」 「お見事です」 鳥居の守役は手を使って良いとはいえ、相手の組の人を掴んでも良かったのだろうか。 反射的にやってしまったが、審判役の村人はにこにこして笛を吹く様子もなく。 妨害というよりむしろ助けてるからいいのか。 「早く避けないと危ないですよ」 そうこうしている間に弦方が鳥居に向かってきているし、銀雨や渓が次々と球を蹴り込んでくる。 牧羊犬が転がり避ける傍を一球が鳥居を抜けて後ろの幹に当たり跳ね返る。高らかに鳴る笛の音。 抜けた球は審判役とは別の村人達が嬉しげに観戦しながら回収してゆく。 「いやいやこれは凄い。こんな奉納の儀は今までと比べるまでもなく一番さな」 「神様も喜んでくれてるといいねぇ」 (同時に見えても僅かな差はあるんだからっ!) 全部は止めきれない。だがこれを見事に捌ければ戦闘の極意にも繋がる。 「センセーが言ってた多敵之位ってこんな感じですね。しゅぎょーは大変だけど、こなして見せます」 「弦方、肩の力を抜いて行け。外しても終わりじゃないし一人じゃないんだ」 渓の言葉に小宮 弦方(ib3323)が球を靴で止めて、守役の神音の動きを観察する。整える呼吸、精神。 じりりと動いては、止まり。次々と鳥居に放たれる球を弾きながら神音も弦方の動きを警戒する。 (落ち着け、きっと上手くいく。落ち着け‥‥。落ち着け‥‥) 自己暗示を掛けながら、研ぎ澄まされてゆく感覚。必ず何処かに隙ができるはずだ。 (射撃と同じだ。一点を確かに射抜く。風の動きも相手の動きも読み‥‥激しい動の中にただ一つその刹那に狙う点を見出す) ほぐれてゆく四肢の緊張。弛緩ではない、ただ自分を無に置き。心の中の弦をぎりりと引き絞る。 銀雨の影が緩やかに天弧を描いて鳥居の上方へと飛んできた球を宙返りで頭を逆さにその爪先で捕らえる。 地面の反射を利用して垂三角に潜らせるつもりか。鳥居の真下を狙って。 前に出ては間に合わない。それを受け止めるべく神音が膝を草につく。 「今だっ!」 柱と笠木で構成された上方角を狙って弦方が球を蹴り上げる。 銀雨の攻撃を止めた神音が即座に飛ぶが届かない。伸ばした指先を過ぎる風。 「よし、見事な狙いだ。やったな」 激しい動きに息も乱さず片手を掲げた銀雨にパチリと手を合わせ、やり遂げた弦方の頬が綻ぶ。 「まだまだ行くぞ!」 「は、はいっ!」 ●前半戦−観− 草原の端にはあちこちに村の老若男女が行楽がてら弁当を広げて儀式を観覧して楽しんでいる。 その間をリュートを手に両組を応援する歌を奏でながら琉宇(ib1119)が渡り歩いていた。 「他にも色んなのを持ってきたよ。こんな楽器は見た事あるかな?」 術が込められた愛用の品の他に、横笛にブレスレット・ベルにブブゼラ。色々と用意してきた。 「あ、今鳥居に向かって走っているね。こうやるんだよ、行け行け、決めるんだ〜っ!」 シャンシャンシャンシャンと鳴り物で急き立てるようで軽やかな音。同じリズムでステップを踏む。 「あはは、やってみる?貸してあげるから鳴らしてごらんよ」 興味を示した自分と同じ年頃の少女の手首にブレスレット・ベルを着けてあげる。 最初は上手に音が出ない。丁寧に腕の動かし方を教えて一緒に一歩、二歩と草を踏む。 見よう見真似でぎこちない動きも琉宇に釣られてだんだん様になってくる。 「そうそう、踊るみたいな感じだよ。実際にやってみたら全然難しくないでしょ?」 頃合を見計らって琉宇は唇にブブゼラを当て。村人達の声援と鈴の音に乗せてヴェェェェーとその低音を草原に響かせる。 独特の文様が散りばめられた筒袖。この熱い陽射しの中で蓑を纏い、腕には錦の手甲。 いざ戦に行かんと思わせるような面頬に鉢巻が風に靡き。腰には二本差し。 まだ球も疎らに散る中央付近の脇に腕をしっかりと組み厳しい表情で仁王立ちしている男が居た。 倒れて木陰で休んでいる村長に代わって、辟田 脩次朗(ia2472)はまるでこの儀式の象徴といった威厳のある風情。 「皆、規則を守り楽しんでる様子で、村人にも神様にも恥じぬ良い奉納の儀を見せられそうですね」 もしも誰か羽目を外して危害が及ぶような事があったら‥‥そんな心配も杞憂だったようだ。 村人達も慣れたもので、流れ球や勢い余った参加者が突っ込んでくるような場所では見物していない。 ほのぼの、とした空気である。 「やあ熱いねぇ。冷たい茶は如何かな?」 他にも羊羹やら氷やらを詰めた竹製の箱を台車に載せて、ゴロゴロと押してきたのはからす(ia6525)。 観戦を楽しみながら売り子などをしてみている。 「よろしかったら、おむすびに胡瓜の糠漬け、凍らせた蜜柑もありますよ〜」 この陽射しですぐに溶けて水になってしまいそうだが、一緒に歩いている真夢紀がこのような場に便利な氷霊結を使えるのでまた氷塊に戻る。 冷え冷えの状態が保持されているので大好評だ。しかも売って歩いているのが対照的な雰囲気を持つ小さな女の子二人だ。 いつの間にか、村人が持ち寄った饅頭や団子等も礼代わりに加わって品揃えが更に豊富になっている。 「これだけ広いと一周するだけで一苦労ですよね〜。龍も連れてくれば上空から観戦できて良かったかも」 次、こんな機会があったら相方の鈴麗も連れてきて一緒に楽しむのもいいかと思った。村の仕切られてる方に後で言っておきましょう。 来年も、もしかしたら開拓者を招待して貰えるかもしれないですしね。 モハメド・アルハムディ(ib1210)は熱心にこの儀式の様子を手帳に書き留めている。 「タムリーナートゥ、練習を重ねれば志体が無くても興奮する駆け引きができそうですね」 氏族で用いられていた独特の言葉使いが抜けない。 装束もまた風変わり、都は様々な者が居るのでそう違和感もないが、村人達からはとても珍しいようで視線を浴び。 よくある事なので彼も気には留めない。 「ハカン、なるほど、足を使う事が多くなりますね。この遊戯に名前は無いのですか。では私はクラ・アルカダムと呼んでみましょう」 故郷の仲間達にも是非伝えたい。何か好まれて流行しそうな予感がする。 ちょい。 「ん、くすぐったい」 回遊していた琉宇に擦り寄ってきたもふらさまが戯れに押し倒し、頬をべろりと舐める。 「これに興味あるの?貸してあげようか。でもその口では吹けないと思うけどなぁ」 手にしていたブブゼラをその大きな口に押し付けてみる。 「もふ?」 フシュッ。 「ほら、やっぱり吹けないよ、あはは」 ぽいっとブブゼラを顎の強い力でもぎ取ったもふらさまが更に圧し掛かり、もふっもふっと柔らかい足先で土を叩く。 「うわっ怒った?重い、重いよっ。苦しいってば〜!」 ●前半−白− 「どれ蹴ってもいいの?初めてやる遊びだけど、わぁ〜面白いです〜♪」 小難しく退屈な話は聞き流し、ほんわりとした仕草で球を蹴って走るエシェ・レン・ジェネス(ib0056)。 ローブの長い裾を優雅に摘まみ上げ、木靴でとてとて。そんな非効率な外観の割には案外と速い。村人との競争なら余裕だろう。 「えっしぇちゃ〜ん〜。こっち、こっち〜っ♪」 球を鳥居にたくさん入れた方が勝ちなんだから、こっちに来たのは止めればいいんだよね。 変わった風習だけど、こんな土地もあるんだね。 とにかく知らない事を体験するのが楽しくてしょうがないというクララ(ia9800)。 「あ、えっと、このまま進んだら止められてしまいますか?」 笑顔全開で両腕を広げ突進してくるクララをかわして抜ける自信はない。 「よし、ここから蹴ります‥‥えいっ!」 鳥居まで届くか怪しいけれど。でも頑張るのです。力一杯脚を振り抜くエシェ。 「‥‥あっ」 すっこーん。 「あ、あぁ〜。背中に翼を生やした‥‥もふらさまが迎えに‥‥きたぁ」 球は頭上を越えたはいいけれど、すっぽ抜けた木靴がクララの額のど真ん中に命中。 あ〜れ〜昼間なのに視界にお星様がキラキラ、この中をもふらさまに乗って飛行なんて素敵だね。 と、思ったら視界が暗転して仰向け大の字にぱったりと。 「きゃ〜!ごめんなさ〜い〜〜っ!」 慌てて駆け寄って抱き起こそうとエシェが手を触れた所で、近くに立って居た黒装束が笛を鳴らす。 「え、え、これ反則ですか〜。わざとじゃないですし、怪我人ですよ、怪我人!」 「んまぁ、一応規則なので。はい、これ」 黄色い札を貰ってしまった。がっくりしながら靴をしっかりと履き直す。 「そこの‥‥うん、もふ吉。おいで。この子をあっちまで乗せてってくれないかな」 「もふ?おいら〜もふか」 近くに居たもふらさまがよっこらせと立ち上がりのそのそと寄り添ってくる。 気絶したままのクララを担いでもふらさまの背中に乗せて、指示を下した黒装束はやれやれと元の位置に戻る。 もふもふの背中に揺られてクララが別世界を見ながら観客の方へと旅立って行った。 (そっち‥‥お花が咲いてるみたい、あれいい匂いがする。ん〜、もふらさまの背中ってふわふわで気持ちいいね‥‥) 「てやぁああっ、球の一つや二つ!三つや四つ!蹴り飛ばすなんて朝飯前じゃ〜っ!」 遊んで報酬が貰えるなんてありがたいぜ。都に辿り着いたはいいものの放浪の果てに金は無し。 何でもいいからっと飛び込んだ先で紹介して貰った仕事に全力で取り組むバンドー(ib3523)。 「やるからには本気だぜっ!」 片っ端から球を蹴り上げ、勢いのままに全速前進。 「うわぁ〜本気なのだぁ〜。おいらも負けないのだぁ」 びゅんと風を切る長身、北斗。抜いたのが味方の白と見るや、バンドーがそちらへ球を飛ばす。 「頼んだぜ、狸ちゃんっ!」 志狼の巧みな動きに華表(ib3045)が阻まれて右往左往している。 打って出ては弾かれ、抜こうとしては回り込まれ、なかなかその後ろに控える厳靖まで迫れない。 「一人で無理をするな」 そこへ後ろから現れたのは雲母(ia6295)。煙管を咥えて不敵な表情でにやり。眼光は鋭く志狼を睨む。 「で、でも皆様の傍だと足手纏いになりそうで‥‥迷惑を‥‥」 「迷惑?無粋な事は何もしていないだろう?そんな可愛らしい姿、一緒に居れて嬉しいぞ」 「え、あのわたくし‥‥」 男なのに可愛いなんて褒められたのか複雑な気分だが。でも一緒に居て嬉しい等と言われると頬が薄く紅に染まる。 「ふん、壁は二人か。不足はない、ここから私が決めてやろう!」 私が蹴ったら一緒に走れ。いいな。 「随分な自信だな。‥‥だが、その程度の気迫では俺は抜けんぞ」 果し合いのごとく身構える志狼。身中より発せられた剣気が威圧する。 雲母も負けじと強く唇を引き締め。ぐっと踏み込まれた球。 「一撃を放つ、つまり足で球を射る。それが私のやり方!」 極北。最も脆弱な部位を見抜き、射抜く技。雲母の瞳がぎらりと怪しく輝く。 強く蹴り込むと同時に走り出す。球は抜けた――。 「なぬっ」 突進する雲母に触れんスレスレに身体を割り込ませて防ぐ。その反対側を華表が抜ける。 「行け!」 「はい、頑張ります‥‥!」 翻り華表を止めんとした志狼を遮り、雲母が壁となり邪魔を。 抜けた球は厳靖が弾いた。必死に走り込む華表の動きは一瞬視界から外れたが心眼で捉える。 「あ〜、ここでシノビだったら柱を借りるとこなんだがな」 三角跳びなら間に合いそうな距離。駆けて間に合うか。それでも一気に距離を詰め。 衝突もやむを得ず。だがそのまま華表が鳥居を駆け抜けた。足元にはもちろん球。有効の笛。 「や、やりました‥‥はぁ、はぁ‥‥うわっ」 止まりきれなくてよろめきながら木の幹と抱擁。 「ふむ。蹴る‥‥と言う事はある意味で射撃‥‥と、言う事になるわけか。そうかそうか」 自分の球は止められたが何か得るとこがあったか一人頷く雲母。さて華表を連れてまた次の球に挑むか。 ●後半戦 一旦休憩を置いて、儀式は続く。何のかんのと球は全て消化され、後半は一球のみで始まる。 「というか球が無くなるまで笛吹かなかっただろ、おい」 前半が長丁場になったのは、単に球数が異様に多かったからだ。 休憩中も何も食べずにぱったりと草むらで寝ていたバンドーの腹の虫がきゅるると鳴る。 「ああ、やっと判ってきました」 前半はほとんど右往左往していた和奏。 四十九対四十六。青組が優勢だがまだ挽回が可能。 笛の合図と同時に双方が駆ける。 フェルル=グライフ(ia4572)と統真が一心同体となって動く。斑鳩の舞が二人の脚を更に軽やかに。 青組の攻勢は渓が牧羊犬、弦方と共に陣形を組み。 僅かに球に触れた統真と離れフェルルがそのまま前へ。 瞬時地を踏み締めて驚異的な瞬発力で軌道を描き、奪わんと三方から連携で攻める青組を翻弄し。 「残像!」 飛び込みながら木の葉を舞わせ統真の視界を遮る牧羊犬。 弦方が行く手を塞ぎ、渓が瞬脚で滑り込み――だが統真の足元から球は消えていた。 傾きかけた陽に被るように弧を描く球が先をゆくフェルルの方角へ。 和奏には舞で速度を上げた柚乃が張り付き、防ぎに掛かったのは志狼と斑鳩。 「くっ、抜け出せねぇな。悪ぃが頼んだぞ!」 統真は三人を相手に振り切れず、だが一手に引き受け。点在するもふらさまを巧みに利用し。彼を自由にさせてはその速い動きが脅威だ。 隼人で斑鳩の先手を取り、不退転の決意で壁となった志狼と刹那攻防の末に抜き去るフェルル。後は守役一人。 「このちゃんす、絶対に活かしますっ!」 急と見せて緩。またその逆。表情を消した厳靖は乗ってこない。両手をだらりと下げ、無の構え。 大きく踏み込まれた利き足。蹴る瞬間、態勢が崩れてよろめく程に身体を捻り素早く反応した厳靖の裏をかく。 「決まっ‥‥た、きゃっ」 尻餅。 「やれやれ、やられちまったな」 くしゃりと髪を掻き揚げる厳靖。止めに前へ出たついでだ、とフェルルの腕を掴み引き起こしてやる。 「まぁまだ二点ある。こっちが勝たせて貰ぁわな、はっは」 今度は青組が球を確保した。 「たれたぬ忍法炸裂なのだぁ〜」 早駆で長身をぶつける勢いの北斗の急接近。真夢紀が手拭を振り振り友へと声援を送っている。 「火炎旋風ぅぅっ!」 接触の寸前で北斗が避けるより先に牧羊犬が火遁を纏って退け、そのまま駆け抜け。 撃ち込まれた球を神音が弾く。そこへもふらさまの影から突如、銀雨登場。 気配が無いと思ったら隠れていたのか。身体を赤く染め一気に覚醒状態へと。 「うぉりゃあああっ!」 鳥居の笠木を狙う正確な角度。反射を計算した牧羊犬が位置に走り込む。備える神音。 だが銀雨が手数の多さを発揮した。跳躍、球を踏み、鳥居を僅かに角度をつけて踏み、木の枝に懸垂の要領で回転して勢いを殺して着地。 笛の音が聞こえた。やったぜと腕を振り上げる。 その後も激しい攻防が続き、白が僅差まで詰め寄る。 だが青組が逃げ切った。五十対四十九で終了の笛が鳴り響いた――。 ●奉納を終えて 「たくさん走り回ったのだぁ〜」 「お疲れ様です〜汗拭きと水分補給にどうぞ〜」 草原にくたりと伸びた北斗。真夢紀がからすと一緒に皆に振る舞いを配って歩いている。 「ふぁ、おはよ〜。ああいい夢を見た‥‥ってあれ?」 目覚めたら終っていた。どうしようと焦るクララに弦方が冷えた手拭を渡して微笑む。 「青が勝ちましたよ。たんこぶ大丈夫ですか?一応、薬草と包帯は用意してますが」 「平気、平気〜。弦方ちゃんありがとね☆」 こつんと自分の頭を叩いておどけるクララ。傍にはエシェも居る。 「ごめんなさぁ〜い。靴痛かったですよね」 「全然!エシェちゃんのお陰ですっごい楽しい夢見たよ。もふらさまと一緒に空飛んでたの〜」 村人も交えて草原のど真ん中へ移動して皆で楽しく腹拵え。 お互いの健闘を称えあいながら、青も白も入り混じって談笑している。 「美味い、これも美味い、すっげぇ美味い!」 空っぽの胃に片っ端から詰め込んでゆくバンドー。その横には幸せそうな顔でおにぎりをパクつく神音。 「負けたが、身体動かして気持ち良かったな」 「三人も相手に翻弄して、統真さんかっこよかったですよ♪」 フェルルにまっすぐに褒められて、はにかんで茶を煽る統真。 そんな皆を華表が穏やかに蜂蜜水を舐めながら微笑み、眺めている。 「楽しかったか?」 空を見上げて誰にともなく呟くからす。その頭上には、もふらさまと狼の形をした雲が流れていた――。 |