夏着☆披露争奪会
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/18 17:39



■開拓者活動絵巻

■オープニング本文

●彼女の事情?
「うちの店で直接取り扱いはちょっと難しいけど、お客様の斡旋ならできますのね〜」
 茶店の軒先に広げられた鮮やかな朱塗りの傘の下で、よく冷やされた甘酒を味わいながらそう答えたのは開拓者ギルドの職員、彩堂 魅麻。
 ギルドの中では蒸し暑いからと訪問者を誘って‥‥相談に乗るという口実をつけた半分さぼりである。
 知り合いの知り合い、そんな感じの紹介で伝手をHって魅麻の父親である雑貨商彩堂屋を訪ねてきたのは菜々乃という二十代半ばの女性。
「開拓者向けの着物を作って売ろうかと思うんです」
 そういう事なら開拓者の知り合いも多い娘の方がいい話があるかもしれないと、話は魅麻の方に振られてきた。

 地方の都で嫁ぎ先の呉服屋にて暮らしていたが、若い当主の放漫な経営に家運が傾きこのまま行けば借金への道かもしれないという所まで。
 菜々乃の旦那である当主は遊び人ではないのだが。珍しい物や流行が大好きで反物を次々と仕入れてくるが、如何せんそれを売る商才が無い。
 捌ききれない不良在庫が増えるばかり。目利きの腕は悪くなく品物はどれも一級品なのだが反物だけそのままあってもどうにもならない。
 注文があって針子に縫わせて、そして客に着物を納めて初めて商売が成立する。並べとけば売れるものじゃないのだ。
 お得意が居ても着物の新調なんてそう頻繁にはない。庶民は古着を買った方が手軽だし早い。
 持ち出しばかりが増えてゆき。このまま行くと店も畳む事になりそうだわと思っていた矢先、旦那が心の臓の発作でぽっくりと逝った。
 先代の夫妻は既に亡く、二人の間に子供も居ない。従業員も切り詰めて暇を出していたので菜々乃は一人きりになった。
 さてどうしたものかと途方に暮れていたら更なる追い討ちが。
 借金は無いと思っていたのに。実は店屋敷が抵当に入っていたのだ。旦那の血判で当代中に借金を返せなかったら屋敷を手放しますとの証文付きで。
 約束は約束証文通りにして戴くと厳しい金貸し。
 追い出された菜々乃は反物を積んだ荷車を引いて、志体持ちの弟が居るはずの神楽へと。
 そしたらまぁ‥‥弟は弟で修行に泰国へ渡ってしまったきり戻って来ないんだとか。
 そこまでは行けない。仕方ないからここで居を定めて暮らしの目処を立てるしかないかなと肩を落とす。
 元々は針子上がりの菜々乃。その気になれば女一人食べてゆくだけの腕はある。
 材料の反物だけはふんだんにある事だし。手放してしまうよりは自分で仕立てて旦那の集めた品に魂を付けてあげたい。
 神楽に来たんだから開拓者向けの着物を作って売ろうか。だけど宣伝もしないで知り合いも少ないこの土地で客はできるだろうか。

●本題はここから
 そんなこんなの前段はおいといて――。
 まぁ、ここまでの話は右の耳から左の耳へ流して忘れて貰って構わない。
「開拓者向けに依頼にも着ていけるような『お洒落なのに機能性重視』って軸はきっと売れると思いますのね!」
 宣伝しちゃえば開拓者の口コミの伝播力はなかなか。最初は知って貰う為に派手にいきましょう。
「資金はお父様にお願いして援助して貰いますのね!」
 私としては面白ければそれでいいですの。そんな胸の内のわくわくは笑顔に紛らせて。
「企画の詳細はお任せですのね〜。ど〜んと夏らしくやるですの☆」

「という訳で!」
 実際にどんな服だったら動きやすいかは現役の開拓者がよく知っている。
 菜々乃があれこれ頭を捻るより先に、当人達の意見を貰った方が売れる物ができるはずっ。
「色々意見を元に菜々乃様が作った試作品の披露会で開拓者に集まって貰って、ついでにいい季節ですから皆で遊びますのね」
 遊びの景品は試作品で。
 今回は菜々乃の存在を知って貰うのが目的の宣伝なので素材は惜しまない。
 提案によっては、まともに頼めば値の張るような材料を使った衣装でもありだ。
 それが何と遊びの競争で勝てば無料で手に入っちゃう。
「あんまりやりすぎると、でも菜々乃様が泣きますのね」
 ほどほどに。
「さ〜、依頼書を貼りますの。どんな会になるか楽しみですのね〜」
 海、海っ!
 走ったり泳いだりするかもしれないから、濡れてもいい格好をしてきてね。
 魅麻、何かもう目的を間違っていませんか。いや開拓者の皆さんがしっかりしてれば大丈夫なんですが。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 皇 りょう(ia1673) / 剣桜花(ia1851) / 荒屋敷(ia3801) / 景倉 恭冶(ia6030) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 浅井 灰音(ia7439) / 趙 彩虹(ia8292) / 秋月 紅夜(ia8314) / 井伊 沙貴恵(ia8425) / ルーティア(ia8760) / 和奏(ia8807) / 木下 由花(ia9509) / ルシール・フルフラット(ib0072) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ティア・ユスティース(ib0353) / 琉宇(ib1119) / 蓮 神音(ib2662) / 月見里 神楽(ib3178) / 観那(ib3188) / 羽喰 琥珀(ib3263


■リプレイ本文

「太陽か。ま、淑やかな大人の女を演出なんて面白いかなと思ってたけどな。これでもいいぜ」
 腰まで垂れた長い黒髪をふわりと掻き上げる巴 渓。
 普段は戦闘に向けた姿で髪も結っているので雰囲気が随分と違う。前髪も揃えて下ろし化粧まで施して、一瞬誰なのかと知人も目を疑うかもしれない。
「見せたいのは試着品であって中身じゃないからな、少し無個性に見せた方がいいくらいさ。服を引き立てる為の演出だ」
 そう言って手に取ったのは真夏の陽射しをイメージした眩しい白地に赤い縁取りが鮮やかな水着と羽織。そして半ズボン。
 なるべくなら落ち着いた系統を選びたかったが、黒を基調にした水着は剣桜花が真っ先に飛び付いて広げていたので。
「海、海〜。わたくしはこの水着を着たいです〜♪」
 ところで桜花の提案どこにも入ってないように見えますけど?
 いえちゃんと工夫がされています。変化は後のお楽しみと聞かされて、ルンルン気分。
 どんな風になるか試着する本人には先に説明をと菜々乃が何か言ったが、はしゃぎ過ぎてて聞いていない。
「夏祭の感じで踊ってみようかなと思いまして‥‥これを鳴らして」
 手首のベルを示して控えめに照れながら申し出たのはルシール・フルフラット。
「着たい人が多いみたいですので私は遠慮しますね」
 試着希望の方は少し早めに集合してねというので来てはみたものの。
 自分が出れば誰かができなくなると、そう思うと尻込みしてしまい。
 木下 由花がぺこりと頭を下げて早々に天幕から辞してしまう。
「私も衣装の考案を取り入れて戴きましたので、自分で着るよりはルシールさんに」
 ティア・ユスティースが手にしていたオカリナに目を止めたルシール。
「よろしいのですか。‥‥あ、もしかしてその笛で演奏を?」
「ええ、そのつもりでしたが。祭りの楽の音で雰囲気を作ろうかと思いまして」
 微笑み答えるティアに桜花がぽんと手を叩いて何か思いついた節。
「それなら、ベルと一緒に鳴らしたらどうでしょうか。服は一着しかないですが宣伝ですよねこれ」
「あ、そうですよね。どうでしょうか菜々乃さん」
 それで手伝いになるのなら是非にとティアが優しい金色の瞳を向ける。既に製作段階からあれこれと雑用を申し出て顔馴染み。
 年は少し離れているが短期間で打ち解けて話せる仲になり。菜々乃もいいですねと気楽に頷く。
「ではそろそろ他の皆さんも集まってくる頃ですので着替えをお願い致しますのね〜」


「色までは考えてなかったけど、へぇ出来上がってみたらこんな感じなんだねぇ」
 自分の意見がどんな風に取り入れられたのかなと気になっていたシルフィリア・オークが華やかな笑みを浮かべる。
 菜々乃がそれに答える。彼女の近くには何となく考案に加わった者達が集い、互いの考案を嬉しげに語りながら披露会を眺めていた。
「水着‥‥と呼ぶのかしら。泰の衣装なんて縫うのは初めてでしたけど、絵に描いて色々説明して下さったから助かりましたわ」
 形の基礎はシルフィリアの案だが応用と配色はルシールが考えた。吸水性も良い上にすぐに乾く生地を選んだので依頼中に濡れたり飛び込んだりしても大丈夫。
「そのままだと脚の付け根が露わ過ぎて安心して動けませんので‥‥」
 同じ配色で裾が大きく開いて風通しの良い半ズボンも揃いで用意して。羽織と三点で状況に応じて色々な組合せが楽しめる。
「泰の水着、ジルベリアの半ズボン、天儀の羽織。色んな文化が融合して開拓者らしいかな。面白いもんだねぇ」
「ところで羽織の生地、もっと薄くても良かったのでは」
「あれは浴衣にも共用できるように作ったのですわ。なので帯も一応。子供の体格ならあの丈で」
(本当に意見を全部取り入れたのだな‥‥取捨すればいいものを)
 胸の内でちょっとツッコミを入れたくなった、からす。
 子供丈の話をしたのは自分だ。ちょっと違うものを期待して提案してみたのだが‥‥まぁ、言ってみただけだ。

 砂浜を照らす眩しいまでの陽射し。真っ青な空と海を背景に均整のとれた長身が粋に歩いて絵になっている。
「ただの筋肉の塊じゃないからな」
 しなやかに伸びた脚で転回を決めて、砂上なのに揺らぎのない渓の動き。
 バサリッと青空に投げ上げた羽織が陽光を跳ね返す。思い切り良く開いた水着の背中や胸元は紐を幾重にも交差させて。
 まるで線が引いてあるかのように正確で均等な歩み。
 伸縮性のある織りで身体にぴったりとした白地。胸のふくらみからくびれた腰にかけて。赤い縁取りが女性らしい曲線を強調していた。
 そこから下は半ズボンなので目線が思わず追ってしまった男性は残念だ。別の機会でどうぞ。

「う〜む、これを着れば私も少しは‥‥」
 衆目の中で着るのはさすがに勇気が無かったのだが。戦の勇猛さとこの種の事では違う。
 このような一点物を注文すれば結構な高値であろうな、ぜひとも争奪戦にて。と拳を力強く握り締める皇 りょう。
 身体の線がくっきり出るというのは気恥ずかしいが、確実に女らしく見える‥‥はず。
 ワンピースに白い帽子。ぬいぐるみまで引っ提げた姿は充分に女の子に見えると思うのだが。
 この格好でまだ凛々しく見え‥‥まぁ世にはそういう男の子も居るか。

「二番〜、は〜い海の衣装なのですよ〜」
 たっぷんたぷんの胸を揺らしながら登場した桜花。厚地で艶のある黒い素材。肩は露出してるものの首から太腿まで布が覆って一見暑そう。
 よく見ると細かい部品で構成され、関節を動かせば繋ぎの部分が網目状に広がる。胸元もそれで調整が効き。案外見た目よりは涼しくて動きやすい。
「ん〜普通に歩くだけじゃ、せっかくの機能性を披露できませんか‥‥わたくし泳ぎますねぃ〜っ!」
 水着の機能性を強調するなら泳ぐべし。練り歩きで物足りなかった桜花は砂浜からいきなりダッシュして海に向かう。
「とぉ〜っ♪」
 ヒュルヒュルヒュルッ。えっ?
 誰が考えたこの衣装。ある一定より激しい動きをすると全身の紐が連鎖して解けるようになっていたのだ。
「おぉぉぉ〜?」
 しかしその下には純白の薄地の水着。船乗りな襟とリボンを模した線画の刺繍。
「全部‥‥と思ったのですがメイドは仕込めませんでした」
 残念で仕方が無いと菜々乃が首を振る。二重水着の仕掛けを仕込むのは腕の見せ所だった。
 派手な飛沫を上げて浅瀬に着地し、水滴を跳ね上げながら駆けて戻ってくる桜花。

「説明しましょう」
 キラリと光る眼鏡の縁を持ち上げて、井伊 沙貴恵が進み出て淡々と状況を解説する。
「開拓者というのは戦いの時にそれぞれ工夫を重ねた必殺技を使う時もあるわ――」
 ちょっと小難しく聞こえるような話へと進みつつ、要約すると内容は‥‥裸になりながら攻撃したら面白いじゃない、という事だ。
「その後すぐにまた元に戻ればいいけど、そこまでは無理な話よね。だから下の水着も必要」

 浜辺に上がって皆の様子の違いにきょとんとした顔の桜花。
 天河 ふしぎが顔を真っ赤に背け、荒屋敷はヒューと口笛を吹いて思わぬ目の保養を堪能している。
「桜花、私以外にそんな姿を晒すのは良くないな。ほれ、おいで。これに包まるといい」
 自身の傾奇羽織が濡れるのも構わずに掛けて、抱きしめるように包み込む雲母。
 純白の薄地が水に濡れると、それはそれはスケスケの事態。
「中の生地はどうやら改良した方が良さそうですね〜全部見えるのはちょっと問題かと」
 のほほんと、でもちゃっかりしっかり観賞していた和奏の批評。
 全く動揺も興奮もどちらの様子も見せないのは、冷静というより単に反応が鈍いだけかもしれない。

 なお、ここまでの音楽提供は楽師の腕を生かした手伝いを申し出た琉宇である。
 試着者の歩調に合わせたリズムで明るい軽快な曲をリュートで奏で。
 同じような調子に聞こえるかもしれないが、よく聴くと渓と桜花の時では個々の雰囲気に合わせてアレンジを加えていたり。
 誰か気付いたかな?でもそれと気付かせないのも主役を邪魔しない音を奏でる楽師の腕だよね。
 次第にフェードアウトさせた音にティアの美しく響く声が重なる。
「今年の夏は、粋にいなせに着こなしてみては如何ですか〜っ?」
 そして唇をあてたオカリナで村祭のお囃子めいた高い音色を奏で始め。

 シャンシャンとベルを鳴らしながら、鮮やかな若緑の法被の下は白いさらし姿。脚は黒地の半股。
 今まで女性用の水着が続いたが、今度は男女どちらでも着れる作り。
「天儀風の踊り方ってちょっと難しいかも‥‥」
 見よう見真似だけど動き方も随分と異なり、勝手が違う上におどけてるようにも見える動きは気恥ずかしい。 
 頬を染めながらルシールは砂浜の上で神輿行列の踊り子を演じた。

 反応は上々。今日は披露会そのものも試験的という事でこの人数だが。
「大勢自由観覧の前でやっても良さそうですのね。開拓者が集まりそうな催しの際に出展するのもありだと思いますの」
 さてここから遊びましょうっ。菜々乃の応援な名目だが魅麻の本命はこちらだったり。
 たくさん用意された瑞々しい西瓜。そして穏やかな海上には小旗の載った筏。
 羽喰 琥珀や月見里 神楽が率先して手伝ってくれたお陰ですっかり準備はできていた。
「遊びってのは準備から胸がワクワクすっからなっ」
 ぶんぶんと元気一杯に振られている琥珀の本物な虎尻尾に、趙 彩虹の視線が釘付け。
 今日は虎柄の水着姿。虎姿に人一倍の拘りがあるがやはり元々は身には無い物、限界はある。
「神威人の天然の尻尾はやはりいいですね‥‥」
 その視線が更に動いた先は。
「うっわぁ〜。海にいよいよ入れるのですね。初めてなので楽しみです〜!」
「にゃはっ。砂浜で運動会〜。一杯食べて遊べるんですよねっ!」
 無邪気に駆けている鼠と猫。いや鼠耳の観那が筒袖を放り出し、さらしに褌という姿。
 銀と黒の縞尻尾がぴこぴこ動いてるこちらは水着に腰布を巻いた垂れ猫耳の神楽。

「よし、いつでも始められるぜっ」
 にっかりと犬歯を見せた琥珀の肩には何故か円匙が担がれている。
「は〜い、では開拓者夏着争奪戦を始めますの〜。参加者は西瓜の前に集まって下さいですのね!」
「では行くか。桜花待ってろよ、私が必ず獲得してくる」
 持参した挑発的な黒水着に着替えた妻、桜花を抱き寄せて髪を撫でる雲母。
 肌を晒すのはあまり好きじゃない。
 最大限に譲歩して手首足首まで布で覆われた形の水着、ここまでが自己に許せる限界だ。


「神音、西瓜大好きだからうれし〜♪」
 顔が隠れてしまいそうな四つ切の西瓜に大喜びで唇を埋める石動 神音。
 その背中には大きく『貴方を応援し隊』と刺繍されている。着心地の良い真っ青な服が爽やか。
「割った方が食べやすいかな〜?」
 観那がのんびり割っている横で、酒々井 統真は裸の胸に汁が滴るのも気にせずに豪快にかぶりつき。
「参加するからには、絶対負けないんだからなっ!」
 黒い種が喉に引っ掛かるのを我慢して無理やり飲み込む天河 ふしぎ。
(優勝したら、観那に着てみせるって約束したしねっ)
 その種を頬袋のように溜めながら猛スピードで齧りつくルーティア。綺麗な顔立ちなのに膨らんだ頬はちょっと笑いを誘う。
 息継ぎすらなくアヤカシに向かうかのような形相で口中に西瓜が消えてゆく景倉 恭冶が一番か?
「え〜と、あれ、空いてる場所何処ですか?」
 立ち上がった背後には、猛然と西瓜に飛び込んでいった面々に一歩どころか何歩も遅れた和奏が。激突。
「ぶっ」
 堪えた、が。
「何人たりとも自分の前を走る事は許さん!」
 頬に溜めた種を掃射しながらルーティアが恭冶にぶつかりながら駆け出した。
「ごふぉあっ!」
「恭ちゃん汚いっ」
 盛大に吐き出された紅色の飛沫から自分の西瓜を守って飛び退く趙 彩虹。
「いくら何でもそれはお行儀が悪すぎますよ」
 勝負とあって今日は食べ物は良く噛んでという躾を脇に置いたりょう。行儀を気にせねば案外速い、もう終わった。
「ああ〜、早くしないと駆けっこに置いてかれてしまいます〜」
 次々と参加者が砂浜に駆け出してゆく中で和奏がようやっと西瓜にありつく。

 海辺に流れるリュートの音色が転調する。速い拍子が走れ走れと気持ちを煽る。競技の進行と共に曲を変えて盛り上げる琉宇。
 身体能力と勢いに任せて突っ走るルーティアに、砂地に適した脚さばきで無駄を排除した統真が迫る。
「抜かされるものか」
 勝負の為に手段は選ばぬ、腕をぶんと振るい進路妨害。だが察知した統真が砂を強く左右に蹴り、速度を落とす事なく回避。
 むしろ邪魔をしたルーティアの方が速度が落ちてしまった。
「彩、仕掛けるなら今だよ!」
 浅井 灰音の声が浜辺に溢れる雑多な音を貫いて彩虹の耳へと届く。本日は見物で、仲良しの彩虹が参加しているので応援だ。
 大きく潮風を吸い込み、白銀に輝く髪をたなびかせて。
 水着であるにも関わらず惜しげもなく脚を大きく開いて気合の追い上げ。その横でりょうも速度を上げる。

「魅麻さん、皆さんあっち行ってしまいますよ〜。一緒に行きましょっ」
「えっ、私はここでゴール待ちで‥‥って!」
 ぐいと魅麻の腕を引き、参加者を元気に追いかける神楽。
「実況解説はちびうさこ、ちびにゃんこコンビでお送りします♪」
「ああ〜。真夢紀様〜荷物をお願い致しますの〜」
「ふぇ?はぁ〜、見ていればいいですかぁ?」
 麦藁帽子を被って茣蓙の上で手製の弁当を広げ始めていた礼野 真夢紀。
 氷霊結を駆使して支度してきた上に、具材もこの暑さでも悪くならないように工夫されている。観戦がてら皆さんと一緒にと思ってたが。
 拉致されてゆく魅麻に荷物の番を頼まれてしまった。そんな真夢紀がぼ〜っと見守る中。
「きゃあ〜っ」
 ドシャッ。
 魅麻を巻き込んで盛大に落とし穴に嵌った神楽。
「あ、わりぃ。それ掘ったの俺」
 救助に走る琥珀。誰か引っ掛かったら面白いかなと思ったんだけど、まさか主催者がね。
「砂だらけ‥‥」
 濡れるのは嫌だけど砂でざらざらなのも気持ち悪い。
「海へ入って汚れを落としてしまいましょうか、魅麻さん♪」
「ええ〜っ。神楽様、私は水着じゃないですの〜」
「大丈夫です、大丈夫♪」

「どいつもこいつも頑張れよな〜」
 特定の誰かという事は無い。競り合って楽しい方がいいじゃん。琥珀も応援組に加わって声を張り上げ。
「私も応援です。応援は得意なのですよっ」
 広げた扇子を手に、唐突に神楽舞を踊り始めた由花。琉宇の奏でている曲調に攻の型に沿った動きが自然とはまっている。
 ‥‥ようだが、何か拍子がおかしい?
 速さは合っている。総合で見るとズレは無いような気がするけれど一挙一足の間の取り方が何処か違う。
「あっつ〜い、あっつ〜い♪」
 しかも踊りながら歌っている内容は、それは応援って言うのだろうか。気分が乗って暴走し始めると止まらない由花なのであった。
「あ〜でも特定の誰かを応援するってアテがないのは、ちょっぴり寂しいですねぇ‥‥」
 砂浜を駆ける参加者に片っ端から、特に後方で頑張ってる者から順に舞の力を送っていた。
「皆さん素晴らしい走りですね。私には無理かなぁ」
 おっとりしているのでスタートから置いていかれてしまいそう。
 案外とそういう人も中盤から良い位置に出ていたりするものであるが。そんな選手代表、和奏。
「風がとても爽快ですね」
 いつもと変わらない表情で余裕の疾走。お人形さんのような見た目と普段のぼんやりした様子に騙されがちだが実は基礎能力は先頭集団に次ぐ位置。
 子供の頃も同年代と駆け回るような経験をしていないし、退治だの討伐だのと依頼では純粋に走るだけ走るというのはなかなか機会がない。
(一度駆けっこってやってみたかったんですよね。こんな楽しい事、何でさせて貰えなかったんでしょうか)
 小さな身体でちょこまかと駆ける観那。
「う、脚の長さの違いが‥‥そこ、避けて下さいっ」
 正面に向かって放たれる空気撃。その先には荒屋敷の日に焼けた逞しい背中があった。
「おぉっと、危ないぜ。元気なお嬢さん、どうせハートを射抜くんなら違うやり方でお願いしたいね」
 かわし様に振り返りウィンクひとつ。


 火花も散りそうな熱い先頭集団。海岸まであと少しという所でルーティアが全力加速。水飛沫を上げて勢いのままに直進。
「くっくっく。やはり自分は最速かつ最強である!ふははははっ!」
 が、とても重要な事を忘れていた。足の付かない場所まで疾走体勢のまま勢いで進んだのは良いのだが。
「がはっ、ぶはっ、がぼがぼがぼ」
 雪深いジルベリアの山育ち。海での泳ぎ方なんて知らない。
 何をやっても人並み以上にこなせてたので、当然天性の直感で余裕であると‥‥自分が泳げないとは思ってもいなかった。
「ひ、ひぃっ!沈む!ぎゃっ足が攣った!誰か助けてぇぇぇっ!」
 まだ身長と同じくらいしかない深さでパニックを起こしてもがいているルーティア。
 滅茶苦茶に手足を動かしているうちに既に足の着く浅瀬まで移動してるのだが気付いていない。
「こんな事もあろうかと‥‥舟を用意していて良かったな」
 海岸までは真面目に走ったものの、競泳へ参加する気は最初から全く無かった秋月 紅夜。
 軽く運動がてら、とそれだけなので砂浜ダッシュで充分目的は堪能した。
 海上の安全監視でもしようかなと小舟を水際へ押して、さて漕ぎ出そうかなとした所で、早くも要救助者が発生。
「私が助けるから、競争を続けていいぞ!」
 ‥‥漕いで近付くより歩いていった方がマシか。コートを舟の上に残して、海中に降ろした足。波に合わせて少しずつ動く砂の感触。
 紺色の水着に水が染みてゆく。
 次々と他の参加者がルーティアを避けて沖へと泳いでゆく。
「暴れないで落ち着け‥‥ここは足が着くから立ってみろ」
 冷静な助言も耳に入らない状況のようである。
「仕方ない‥‥くっ馬鹿力が」
 背丈はそう変わらないが、がっちり筋肉サムライなルーティアを押さえつけるには頭脳派の紅夜には手に余る。

 沖合いにぷかぷかと漂う筏。その上で潮風に小旗が揺れている。
「よし、旗確保」
 全力で泳ぐのは気分がいいものだ。一番に筏に辿り着いた統真が休む間もなく再び水中に飛び込み、思い切り水を蹴る。
 水を掻きながら心眼で位置を把握、先を行く統真とは別の筏へと向かったふしぎ。
 固定されてる訳でもない筏は波に揺られてバラバラに位置を変えている。近い物を先に取った方が帰りも有利だ。
 見事なフォームで追い上げてきた沙貴恵の目前に散る、海面に光る桜色の燐光、紅焔桜。
 枝垂桜の軌跡がふしぎの後方に描かれる。
「あら、見事なものね。やるじゃない」
 演出に感嘆する沙貴恵。ガチ勝負もいいが、なかなかこういうのも燃える。
 一足先に筏へ辿り着いたふしぎが再び脚より燐光を散らして、身を翻す。
「桜吹雪が勝利の鍵だっ!」
 交差した瞬間、手にした旗に沙貴恵の腕が伸びる。が、紙一重の差でかわして唇に挟み、水中に潜る。
「逃がさないわよ、待ちなさいっ!」
 旗を咥えたままでは息がもたないはず。そこを狙って‥‥最後まで攻防を楽しめそうだ。

「残る旗はひとつか」
 体力を温存していた雲母。ここからが勝負。だが既に前方にはりょうが最も遠い筏に向かっている。
 その後方では神音が海中を潜行し、身体の脇に伸ばした手から放った気功波で至近の海水に衝撃を与えて進む。
 小さな波が幾つも立ち、海面を不規則に揺らす。
「よし取れた。これは良い鍛錬になりそうであるな」
 大きく息を吸い込み再び海中に身を投じた所で雲母に組み付かれる。
「持ち帰った者が勝ちだからな」
 そこへ神音と別の方角から迫り波を逃れていた荒屋敷。女子二人の組み手に喜んで身を投じる。
「よし取れたぜ!」
 両手を自由に戻る為に小旗は褌の紐へ。
「うぉ、やめっ、解け‥‥!」
「勝負故、許したまえ」
 恥じらいも遠慮も無く伸ばされた二人の手。小旗を取れたのは‥‥りょうだ。
 勢い余って荒屋敷の褌が解けたが、うん、海中で良かった。

「海はしょっぱい。それに目が痛いですっ」
「観那、取って来たぞ。最後まで頑張れよ!」
 自分なりのペースで頑張って泳ぐ観那に、戻ってきた統真が声を掛けてまた水を掻き分けてゆく。さすが速い。
 もう前方の集団が旗を取ってしまったみたいだけど。せっかくだから完走したいかな。
「よ〜し、私も筏まで行って戻ってきますよ〜」
「そうだねぇ、参加する事に意義がありかしら」
 シルフィリアも体力には自身があったが全員開拓者、捻った技でも使わなければなかなか歴戦練磨を相手には厳しい。
 それでも正々堂々と純粋に競争するのが気分がいいので今日はそんな時間を楽しもうと思っている。もう少し泳いでいたい。
「せっかく水着も新調した事だしねぇ」
 泰の技術を持つ職人に特注した抜群のボディラインを惜しみなく出した深緑に黒紐を配した水着。上下別のように見えてよく眺めれば一体。
 この紐の伸縮で体型で動きを制限されないようにした意匠は先の提案の際にも生かされていて、桜花が披露した『海』の夏着にも菜々乃の手で再現されていた。

「ふぅ〜充分に泳ぎましたね」
 競争って判っているのかいないのか、満足した和奏が旗が三つとも取られたのを見て引き返す。
 勝負は旗を魅麻に手渡すまでなので復路も含まれているのだが。どこまでもマイペースなのはいつも通り。
 たぶんまともに勝負していれば先頭集団と張り合えるのだが‥‥その速さで岸を目指すとルーティアがまだ暴れている。
 常人ならもう体力が尽きててもおかしくないのだが。
「ちょうどいい、押さえるのを手伝ってくれないか」
 困り果てた、というより呆れている紅夜。腰まで水に浸かった状態で手を出しかねて立っていた。
「押さえる‥‥ですか?」
 ひょいとルーティアの腕を回避して後ろから羽交い絞めに持ち上げる和奏。
 身体を垂直にされてようやっと落ち着きを取り戻すルーティア。
「それだけ暴れたら疲れただろう‥‥飲み物も用意してあるから休むといい」
 ああ、舟を放置したから流されてしまったな。戻しに行かなくては。
 背中を向けた紅夜にふと和奏の漏らした言葉が聞こえる。
「その形は女性用だと思ってたのですが、男性が着ても良いのですね。よく似合ってます」
 肩から腹までストンと落ちた上下一体の水着、下半身は海中なのでパッと見は判らない。
 た、確かに悲しい程に胸は無いが‥‥!
 紅夜の肩がぴくりと震える。

「ついでに俺も助けて欲しいやね‥‥あ、できれば和奏、頼む」
 何故か海草にがんじがらめになって沖から波に乗ってきた恭冶。一体何が起きた。


「よ、皆いい戦いだったな」
 一位を獲得して『夏祭』の衣装を獲得したのは統真。
 二着のふしぎは。あ‥‥女物しか残っていない。『海』の衣装を手に顔を真っ赤にしている。
「約束だから着るけど、後で観那も着るんだからなっ」
 最後に小旗を持って帰還したのはりょう。『太陽』の衣装を手に思案。
「ふむ、後で家でゆっくりと」

「はぁ、はぁ。気合入れすぎてフラフラです‥‥ハイネ〜」
 友の傍まで来たら安心して倒れこんだ彩虹の身体を灰音が優しく受け止める。
「負けちゃったぁ〜」
「頑張ってたのに残念だったね」
 濡れた身体を拭ってあげて。はい、お水‥‥と渡そうと思ったが。
「桜花特製の冷たいカキ氷、お安くしておりますよ〜」
「え、カキ氷ですか食べたいですっ!」
 急に元気になって起き上がる彩虹。
 苦笑しつつ灰音も屋台を眺めに。財布を出しながら。
「苺味に小豆味ですか、迷ってしまいますね」
「彩、ふたつ買って一緒に食べれば両方楽しめるよ?」
 灰音とお互いに『あーん』と匙で口に運ぶ図を空想する。それ妙案ですっ。
「これは‥‥?」
 気になって灰音が手に取った瓶には大人の味と張り紙がしてあった。
「それは食べてのお楽しみだ」
 くすりと笑って一緒に売り子に歩いていたからすが答える。
「じゃ、これと苺をひとつずつね」
 氷霊結で作りたての氷塊を削り器を使い目の前で盛りつけ。

「いっただきま〜すっ!」
 ん、不思議な香りと思いながらも半分まで食べた彩虹が、顔を赤くし崩れるように灰音の膝の上に。
「やれやれ‥‥」
 気持ち良さそうな寝息が聞こえる。果汁とヴォトカを割った味、激しい運動の後には効くよね。

 遊びを終えた心地よい疲労に熱い陽光が降り注ぐ。
 各自が持ち寄った飲食物を勧めたりしながら、菜々乃も交えてのんびりわいわいと昼食を。
「姉様、ちぃ姉様、お元気ですか?本日はギルドの依頼で海でのんびりと過ごしました――」
 書をしたためる真夢紀の横で琥珀が寝転がる。
「今度は海の家とか作ってもっと大勢で遊びたいな〜。菜々乃さんに揃いの法被とか作って貰おうぜ♪」