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■オープニング本文 見聞を広めるという名目で神楽の都に腰を落ち着けている青年、寒河 李雲。 喧伝もしないが、別に陰殻の里シノビという身分を隠して暮らしている訳でもない。 力ある四大流派等と違って、彼の属する寒河の里は元々名の知れた衆でもない。部外者は知るよしもない弱小の類。 それと何かと外部との接触も多かった昨今、里の渉外役として顔も出ているので隠れ住む意味が無いのであった。 まあ、ともあれ誰かから伝手を辿ってきたのであろう。 管理をしているはずの差配人もあまり顔を出さない放任主義の疎らに空いた長屋の一室。 李雲の質素な住まいへ、茶菓子を手に訪ねてきた男があった。 ごくありきたりの商家の番頭か手代かといった身なりである。羽振りは悪くなさそうだ。 「はて、どこかでご縁があったとも思えないが‥‥どのような用件ですかな」 李雲の方も適当な古着姿で町人風。今は武器も少なくとも見える範囲では身に帯びていない。 「お初にお目に掛かります。突然に押し掛けて失礼かとは思いましたが、あいにく先にお約束を取り付ける機会もなかなか見つけられませんでして」 毎日何をしているか判らないし、基本的に留守がちである。そんな李雲を捕まえるには確かに直接居る時を見計らって押し掛けるのが一番手っ取り早いだろう。 実は手前の主人が親しく交友のある知人から貴方の事を聞きまして、商売のご相談をしたいと。 「‥‥商売?」 「お噂は聞き及んでおります」 シノビですよね。開拓者ギルドとはまた違う契約形態で雇える、本当に金で買い切り秘密厳守で雇い主に場合によっては命まで売る。 にこやかな商売人の微笑みを張り付かせたまま男はさりげなく唇から言葉を紡ぐ。 こちらも穏やかな青年といった仮面を被ったまま、李雲も改めて訪問者の品定めをする。 シノビの腕に用とあらば、肝を据えて聞く必要があるだろう。 市井の個人でシノビを雇わなければならない用事とは一体何だ。 どんな小さな用事でも開拓者ギルドに相談に行った方が、よっぽど簡単だ。 一番有り得るのは後ろ暗い仕事。汚れ仕事を裏で片付けるには、わざわざシノビを使うというのは考えられる。 「まぁ汚い所だが茶くらいは出せるので、どうぞ中へ入られよ」 素っ気無い口調で李雲に迎え入れられた狭い居室、空気が僅かに固くなったように男には感じられた。 「金さえきちんと払えば、シノビというのは事の善悪を問わず、引き受けてくれるものなんですかねぇ」 持参した茶菓と一緒に茶を楽しみながら、のらりくらりと言質の取り難い交渉が続く。 お願いするとも引き受けるとも言わない。互いに線を何処に引くか。他愛ない雑談のようでいて腹の探り合い。 働けども働けども貧乏な里。報酬が良いなら多少の黒い仕事も目を瞑って引き受けても良いだろうと様子を窺う李雲。 やがて訪問者の方も決心し、用件を告げた。 『金に糸目は付けぬから巷で噂の神威人を是非とも傍に置きたい。連れて来る手段は問わぬ』 それが訪問者を使いに仕立てた依頼人の意だそうだ。合法的に連れてこれるならそれに越した事はないが。 「手前の主人は大変性急なお方でしてなぁ」 攫ってでも構わぬから今すぐ。見たいったら見たい。侍らせたいったら侍らせたい。その耳や尻尾を存分にもふ――。 報酬の条件は良い。早ければ早い程上乗せするとの話もある。そこは口約束だから何とも言えないが。 まぁ貰った前金だけでも割のいい仕事ではある。問題の神威人さえ見つけられれば。 幸い都では探すのも大変という程ではないが――有名な所では万商店にも居るくらいだ――絡む人間も多ければややこしくなる。 できるならば最小の手口で、関わる者も少なく。密やかに。 ――そして。 手下の者も使って情報収集した結果、神楽からそう遠くない村の郊外に神威人らしき子供が住んでいるという噂を得る事ができた。 どこぞの金持ちの別邸らしいが、あまり芳しくない御仁なのか屋敷には山賊紛いの人相の悪い男達が頻繁に出入りしている。 そこに滅多に外から見えるとこには出てこないが、何処から連れて来られたのか獣の耳を持った子供が何度か見かけられた事があるらしい。 まぁそんな場所なら攫ってもあまり後味も悪くないかなと、李雲は自ら足を運んで様子を見に屋敷の近くへ密かに訪れていた。 屋敷の持ち主らしき人物は姿を現さないが、常駐している人数も多く警護は固い。 夜にでも、再度様子を見に来てみるか‥‥と外から陽光の下で窺える部分を隈なく検分して去ろうとしたその時。 「あの娘っこ、逃げやがったぞ」 「探せ、捕まえるんだ!」 にわかに騒がしくなった邸内。屈強な男達が血眼になって動き始めた。 詳細は判らぬが巻き込まれてはかなわぬと撤収を決めた李雲の聴覚を何者かが草を分けて近寄る気配が刺激する。 即座に身を隠した目の前を、垣根を潜り抜けてきたらしき引っ掻き傷だらけの小さな影がよぎる。 鈍い銀色と純白の混じった狐様の尖った耳とふさふさの尻尾。おかっぱ頭の麦藁色の髪。 (ふむ‥‥?) 逃げた娘、とはこれの事か。 「‥‥声を出すな。追っ手から匿うから大人しくしろ」 よろめきながら駆ける背中に瞬で追い付き、動きと口を封じて耳元に顔を寄せて囁きかける。 (まずはこの場を離れるしかないか‥‥) 回り道を重ね、随分と離れた街道の宿。疲労の深い眠りから醒めた娘が李雲の袖に縋る。 「あ、あの‥‥」 「どうした?」 「妹達も‥‥助けて欲しいんですっ!」 |
■参加者一覧
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
露草(ia1350)
17歳・女・陰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
リア・レネック(ib2752)
17歳・女・騎
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志 |
■リプレイ本文 「すみません、すみません。どなたかいらっしゃいますか」 しっかりと閉ざされた門扉の前。背丈より高い板塀が正面からの目隠しになっていて中の様子は窺えない。 「なんでぇ。うちは旅籠でも何でもねぇぜ。何のようだい、道に迷ったんならもう少し行ったら村があるからそっちに行ってくんな」 扉越しの柄の悪いダミ声。 「ご紹介で、特別なお得意様だけに口入れを回っている者で。さる方からこちらで人を求めていると聞き及んだのですが」 下手に相手の化けの皮を剥がぬうちにいきなり売り飛ばしに来た等と言うのもどうか。何とかまずは門を開けて貰いたいものだが。 「ん、うちは人は足りているぜ。帰ってくんな」 「それが、ちょっとそこらでは中々お目に掛かれない貴重な神威人の娘なんですよ。今を逃したらすぐ行き先が決まってしまいますよ」 神威人‥‥その言葉に門の向こうの男が少し沈黙する。畳み掛けるように売り口上を並べる五十君 晴臣(ib1730)。 大人しく晴臣の半歩後ろで、不本意に連れられてきているが諦めた感じを装っている杉野 九寿重(ib3226)。 地面に置いた晴臣の手荷物。実際はどうでも良い物ばかり入れた風呂敷包みだが、結び目のあたりに九寿重の刀が鞘に収められた状態で。 いざとなればそこから抜刀が可能なように。 押し問答の末にようやっと扉が内側から開く――。 「この娘か?」 出てきたのは一人。見た感じから随分と強そうな、晴臣と九寿重だけでは手に余りそうな。しかも九寿重を上から下まで眺めた反応はいまいち。 「ふぅん、もうちっと若いのなら雇ってもいいんだがなぁ‥‥」 そんな事を言われるが九寿重は充分に若い。これ以上若いとなると少女を越えて幼‥‥ああ、本当に趣味の悪い主人なんだなと晴臣の目が半眼になりかける。 「悪ぃが雇えねぇよ、うちはもっと子供のうちから躾けるようにしてるんだ」 躾、ねぇ‥‥咲季の話を既に伝え聞いてるだけに呆れて物が言えない。 口調は乱暴だがそれなりに言葉を選んで頭は回る男のようだ。これ以上の押し問答は効果が無さそうだ。 「仕方ありませんね。では今後ともよろしくという事で手土産をひとつ」 懐に手をやると同時に九寿重へと合図。物陰で待機していた静月千歳(ia0048)も構える。 不意打ちの斬撃符が刻む。九寿重の抜刀は動作を見抜かれてかわされたが、千歳の放つ呪縛符が捉えて動きが微かに鈍る。 「なんだてめぇらっ。おい曲者だぞ!皆警戒しろ!持ち場を離れるんじゃねぇぜっ!」 屋敷中に轟くような咆哮。 (もしかして、一番強いのに当たってしまったのでしょうか) 表情を僅かに曇らせる千歳。策を施さずに奇襲を掛けた方が良かったのだろうか。それは結果論だ今はここで最善を尽くすしかない。 面倒なのを門まで呼び出してしまったようだ。千歳と晴臣は精神を振り絞り挑発を免れたが、九寿重の頬にカッと赤みが差す。 「青龍九寿重、本気でいかせて戴きますっ!」 漆黒の獣毛が逆立つ。突進した切っ先を払われ。反して受け止めた剣撃が重く、刀を弾かれて負った傷から熱い血が滴る。 陰陽師二人に新米の九寿重。数では勝っているが分が悪い。 晴臣も備えて小具足を纏っていたが志体持ちの屈強な相手にまともにやり合うのは厳しい。 「くっ‥‥」 九寿重を軽くあしらった男が晴臣を先に始末せんと迫る。 緋の装束を切り裂き肉へ喰い込む刃。傷口を押さえ下がろうとする晴臣へ間を置かぬ一撃が繰り出される。 「させませんよっ」 それでも果敢に身体を割り込ませた九寿重。横踏で紙一重の回避を試み、何とか浅い傷で済む。 (術もなかなか耐える相手のようだし、持久戦になってしまうかな) 戦力分散の配分を誤ったか。この三人だけでの強行突破は難しい。 晴臣が取り出した焙烙玉を男に叩き付けるように力一杯投げる。避けられるのを見越して、だ。 それは敷石に激突して炸裂音と共に飛散した。 焙烙玉は元より裏からの突入組にも良く聞こえるようにと意図したのだったが。 澄み渡る空に響き渡った音は思わぬ波及効果まで及ぼした。屋敷は村の畑地からそう遠く離れている訳ではない。 「なんだなんだ」 「こっちの方角から聞こえたよな」 「お屋敷で何かあったんだろか」 野良仕事に精を出していた村人達が驚きと好奇心を持ってやってくる。 (うわぁ〜、これは困りましたねぇ〜) 道端の林に隠れて主人一行の到着を警戒していた只木 岑(ia6834)だったが。計算違いにさてどうしたものかと。 仲間は皆屋敷に突入した頃合だから、対処は一人でやるしかない。 主人一行以外に人が通ると想定していなかったので道には罠が張ってある。 大怪我をさせるような類の物ではないとはいえ無関係の者を巻き込むのは。自分にはできない。 まだ主人一行が現れる気配はない。彼らに弓を向ける訳にもいかないから姿を現して止めるしかないか。 思わぬ時間を取られてしまった。 ● 警戒に轟くダミ声。刺激的な爆音。 一人先行して屋根裏へ潜入して隠密行動を試みていた野乃原・那美(ia5377)の元へもそれは届いた。 単独で忍び込むだけなら結構容易に済んだ。小柄で機敏、そして音を立てずに動き回るのはお手の物。 ずっとこそこそしてるのは性に合わないけれど。斬れるのなら準備は楽しい。 (なんか予定と違うような気もするけど。ん〜、ま、いいかな。襲撃開始♪) 嬉々として先程から狙いを定めていた見張りへ真上から胡蝶刀を構えて体重を掛けての落下。 襖を染める血飛沫。故意に外して肩から腕を抉るように裂いたので即命を奪う物ではない。 激痛に上げられる絶叫――をすんでの所で塞ぐ。 さっさと喉を掻いてやりたいが、殺しは避けろと依頼主に言い含められているので仕方が無い。 手捌きは淡々と、しかし表情は場に不似合いな程に明るく台所でご飯を作るかのような気軽さ。 物足りない手応えであっけなく倒し、近くに居るはずのもう一人の始末へ。 こちらはもっと弱い。 畳返しの目くらましと同時に上へ飛ぶ。立てた畳を足掛かりに天井の梁を蹴って反動を利用した蹴りを放つ。 何が起きたか判らないうちに強い衝撃を喰らって昏倒。 「んふふ、そのまま倒れていてね。抵抗してもいいけど命の保証は出来なくなるんだぞ♪」 さてと人質救出。 あまりにも目まぐるしい動きに何が起きてるのか恐怖も湧かずぽかんと口を開けている女の子。 「はーい、助けに来たんだぞ♪正義の味方ではないけどもね♪」 周囲からはまだ誰も駆けつけない。笛はまだ吹かないで隠れながら合流を目指そうか。 現時点で裏庭に出ている用心棒は三人。 天を突くような体格といってよい景倉 恭冶(ia6030)より高い塀、と言っても近くには登れるような木もあったので確認は問題なく。 庭は案外広く葉の繁る木々に隠されて屋敷までは窺えないが、出てきたら粉砕すれば良い事。 リア・レネック(ib2752)の装甲と恭冶の荒ぶる双刃、露草(ia1350)の強力な式。この組合せなら充分に力押しでいける。 裏口の木戸から一列に庭を駆け抜ける。一番固いリアを先頭にしたいとこだが、足の遅い重装騎士。 「リア、庭の牽制は頼む。露草、蹴散らして走るから女の子の確保を頼むやね」 「了解よ。退路からは引き離しておくわね、任せて」 経験の差はあるが、守り耐える事に専念するなら熟練の開拓者でも敵わぬ強さを発揮する。純白の甲冑に刀を正眼に構え。 「掛かってきなさい。我が身未だ鉄壁には及ばずとも外道の剣を通しはしないっ」 この場はリア任せて剣気に怯んだ相手は無視して突き進む恭冶。これぐらいで動けない奴なら構わない。 屋敷への突入。障子、襖、外れる程の勢いで開けると同時に飛び込み、がむしゃらに中心部を目指す。 恭冶の背中を追うように露草も走る。 「申し訳ないですが、大人しくしていて下さいね」 立ち塞がった用心棒にしっかりと呪縛の式が効いたのを見て、合口の鞘を擦れ違い様に手首に叩きつけ。 物騒な獲物を持っていても相手は素人同然の動き。白兵を得意とせぬ露草でも身のこなしが上回っていた。 「晴臣さん、先へ行って下さい」 自分の身を晒して危険を背負うのは全く趣味じゃないのだけれど。白鞘を抜き前へ出る千歳。 人魂を使役する晴臣を行かせた方が‥‥自分が抜ければこの二人だけで持ち堪えられるとは思えない。 「見つけました。安心して下さい助けに来たのですよ」 銀色の耳にふわふわの尻尾。一目で目標の神威人の少女と判別できる。 さあ一緒に参りましょうお姉様の元へ。騒ぎに怯え戸惑いの瞳を見せる少女を露草は優しく抱き締める。 「動けますか?あ、ところでお名前聞いてもいいですか。深季ちゃんかしら、愛季ちゃんかしら?」 話し掛け、そして相手の名前を呼ぶ事で少しでも緊張を和らげようと。 「‥‥あき、です」 「深季ちゃんは他の人が連れて後で会えますからね。さ、参りましょう」 恭冶が呼子笛を一度だけ強く吹き鳴らし、露草を今度は前にして脱出を開始する。 「あ、やーっと来た。この子をお願いね、ボクはちょっと斬ってくるのだ♪」 人魂を先行させて安全な経路を辿るうちに那美達の姿を捉えた晴臣が合流する。 狐耳の少女、深季を預けて。那美はこれでやっと斬り放題遊べると喜んでいた。 「行くなら表側に。苦戦してるから」 「は〜い♪」 斬り甲斐あるかな。嬉しそうに言うなり軽快に廊下を駆けてゆき、高らかに吹き鳴らされる笛音。 背負うには身体が少しきついかな。まだ血も乾かぬ傷口がひどく痛む。でも途中で転ばれるのも怖い。 「汚れるけどしっかりと掴まっていてほしいんだ。我慢してくれよ」 眦を決めて深季を背負い、白隼に先導させて慎重に進む。 (弟にこうしてやったのはどのくらい前だったっけ‥‥) 懐かしい重みと背中の温もりが、少しは傷の痛みを忘れさせてくれるか。 「う〜ん、弱すぎだね。手加減は面倒なんだよね〜」 玄関へ辿り付くまでに那美の前に立ちはだかった用心棒は役に立たなかった。 「間に合いましたわ」 千歳の唇から漏れたほっとした声。相手から余力は既に削いだ。 だが笛の音が聞こえたのに撤退する隙が未だ掴めていなかった。 格段に実力の上回る相手に奮闘して疲弊の極限にあった九寿重。志士の面目として悪党相手に一歩も引かぬと果敢に挑んだ。 「斬り心地はどんなかな〜て、あ〜っ!」 今度は屋敷と違う方角からの長い合図。主人一行の到着を警戒していた岑だ――。 ぷぅと那美の頬が膨れる。 「那美様。最後に一太刀、それで撤退しましょう」 素早く踏み出して突きされた九寿重の刀。那美の刃を受けて痛みに一瞬動きが止まった男の脇腹へと決める。 「これは暇を告げる挨拶代わりです」 「時間切れだからこの辺にしとくね。じゃあね♪」 「何者だ!曲者め」 「ええい探せ、探せい」 道脇の林の中を素早く位置を変えながら岑の次々と放つ矢が翻弄する。 人間相手だあまり傷は負わせたくない。故意にぎりぎりで外す腕前を披露しながら姿は捉えさせない。 屋敷の方角へは決して行かせない。ご一行と言うに相応しい大仰な人数だ。先にこちらが着けて良かった。 (ちょっとは肝を冷やしてもらおうかな?) 血眼に動き回る他に主人の傍を離れない用心棒が壁となっているが。意識を研ぎ澄まし一矢。 ヒュンッ。 悪趣味なまでに派手な金糸で彩られた頭巾が貫かれ顔色を蒼白にする主人。頬をくすぐる矢羽根。 「な、な、な、お前らも追えっ!」 岑を狙う人数が更に増えた。そろそろ逃げないと囲まれてしまいそうだ。 (うーん、結局ボクは屋敷に入れませんでしたねぇ) 計算違いは色々あったけれど、これだけの人数と戦う羽目にならなかったから作戦は功を奏したかな? 最後は林に撒菱をさりげなく散らして追手を阻み、岑は姿を消した。 三人を相手取って庭での大立ち回り。屋敷と裏口を結ぶ線から巧妙に遠ざけたリア。 避けきれぬ攻撃は鎧で受け止め、手数を相当受けた割にけろりとしている。 「下衆が。そっちには行かせないわよ!」 露草が手を引き、晴臣が背負い、駆けてゆく。 「お疲れやね」 恭冶が加わってリアと二人で用心棒達を払い除けて充分な時間を稼いだ上で追えぬ程の手傷を負わせて殿で脱出。 「誰も‥‥追っては来ないわね」 「中に居たのもたぶん片付いてるからな。すぐには来れないはずさ」 ● 姉妹の護送。寒河 李雲と咲季も加わり優しい兄さん姉さん達に囲まれて無邪気な道中。 他人の勝手に振り回され続けている境遇の彼女達が不安にならないよう気を遣い。 「ほら、うさぎさんが愛季ちゃんの肩に乗りたがってますよ〜」 人魂で可愛らしいふわふわ真っ白の式を呼び出して、露草が和ませている。 両親の行方は判らず。姉妹に尋ねても余計辛い想いをさせるだけに終わったので今はその話を避けていた。 「親御の事は私から預かり先には進言しておこう」 何とかしてやりたいと願う開拓者に対して李雲が答えてくれたのはそこまでだった。 都度、指示毎に雇い主に金を積ませて動く。情を優先して里の益を損なうような事はできぬ。 が、理と本心が乖離しているのか瞳は逸らされている。根から冷酷な男ではないのだ。 困った顔をしているのはそれだけが理由ではないが。 姉妹再会に安心した後は李雲にべったりと張り付いている咲季。張り付かれている方は非常に迷惑げ。 「まさか寒河さん小さい娘さんが好きとかそういう趣味じゃないですよね」 真面目な顔でさらりと悪気の無い発言を言ってのける岑。きっぱりと否定された。 できれば助けて欲しいんだがと密かに訴えかけられた空気に岑は全く気付いてなかったり。 李雲はそれとなく何度も開拓者の方へ押し付けようと試みたが当人の抵抗に遭い失敗に終わっている。 「依頼されたら、またその時は声を掛けて貰えるのかしら?」 「もし探せと言われたなら、な」 リアの問い掛けに答えながら李雲は足を止める。さてここまでだ。 上品な佇まいの問屋風の店構え。開拓者と別れの時間が来て深季が寂しげな顔をする。 「もう二度と会えない訳じゃありませんよ」 千歳の手が優しく深季の髪を撫でて乱れを直してあげる。 姉妹を閉じ込めるような真似をするような人じゃありませんよね今度は。 「では、ちょっとここで待っていてくれ」 姉妹を連れて李雲が暖簾を潜る――。 「いやぁ〜ん可愛い☆もふもふじゃない、もふもふっ!それも三人も!」 表路地まで盛大に響き渡ってくる若い女性の声に開拓者達は顔を見合わせる。 あれを着せたいわ、これを用意しなさいな。お菓子は好き?お腹空いてないかい? 色々全部丸聞こえである。 怪しかったけれどこの保護先で大丈夫‥‥なのかな。 |