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■オープニング本文 田んぼの引き水に使っている小川がどうも夏頃から枯れ始めたらしい。 上流にある山から自然に流れてきてるものだが、これが無くなっては来年の田作りを始める時期には困り果ててしまう。他の川から水を引くとなれば、近くまで用水路を掘って水を導いて来なければならなくなる。 川が元通り流れるように何とか原因を突き止めてきてくれないか。 そんな依頼がある日開拓者ギルドに届いた。 意気揚々と枯れた川跡に沿って上流へ進む開拓者の天満と風見。依頼を受けた時点では他に二人居たはずなのだが、どうも直前になって投げ出したらしい。 「いくら薄謝だからって無責任なものだな」 「まぁ、調査だけで危ない事もないから二人だけでもいいんじゃないですか」 調査をするのが目的で、別に何か居たら退治せよとは頼まれていない。改めて退治依頼をするよう村へ戻って報告すればいい事だ。 途中は伏流になっているのか筋は途絶えたが、すぐ近くにそれらしき水の元とおぼしき池があった。 六畳ぐらいの広さはあるだろうか。 「ここから来てるんだとしたら、中の土で流れが詰まったのかな」 「でしたら下の筋まで掘って道をつければ元通り流れそうですね。この池は新しいようです。周囲と同じ草が水に沈んでいます」 地中を水脈が通っているのか、それより上流は何処から水が向かって来ているのか痕跡はない。 「掘るのは俺達の仕事じゃないな。という事で帰るか」 ちゃぽん。背を向けた池から何か音がした。 池のほとりに姿を現したのは、藻のような色合いをしたぶよぶよとした半透明の塊。自重で少々形が歪んでいるが、丸々と転がっている。 身構えるのも束の間、塊は鞠が跳ねるように飛び、後ろに居た天満へと襲い掛かった。 とっさに刀を抜いて切り弾いたが、腐った水のような臭気を放つ飛沫が身体に降りかかる。 露出した肌に粘液が付着し、皮膚を刺すような痛みが走る。慌てて手拭いで拭き落としたが、軽く火ぶくれのような跡が生じていた。 地面を見ると、半透明の塊や飛沫が触れた部分は草が焦げ爛れていた。 「げ、何これ。アヤカシかよ!?」 「天満、距離を取ってください。火輪の式を打ちます」 素早く後ろへ飛びのいた天満を掠めるように、風見の手から輪を描く炎のような姿をした式が半透明の塊へと飛んでゆく。 「お前打つの早過ぎ!危ねぇよ!」 態勢を整え、刀を構え直した天満は炎魂縛武を発動し、飛沫を浴びないように切り掛る。 二人の呼吸の合った連携に寄って倒され、アヤカシは黒く縮んだ塊となって朽ちた。 「一匹だけで良かったな。疲れたし少し休んでから村へ戻るか」 二人掛かりでたいした怪我も負わずに倒せたが、術を使ったせいもあって身体を休めたかった。 「アヤカシって確か、喰えないんだったよなぁ」 「食べたいと考える人が居る事も初めて聞きましたが」 「え、居ねぇの、お前さんの周りには」 「拙者の知人では天満ぐらいですよ、そんなに食い意地が張っているのは」 呆れ顔をする風見。あんな物を見てどうして食欲が沸くというのだろうか。 「だってなんか、水羊羹みたいで美味そうじゃね?」 「よ、羊羹と聞いただけで拙者は・・・・おぇっ」 尋常の嫌いという程度を超えて甘物が大の苦手な風見は、想像しただけで胸が悪くなったようだ。 身体を二つに折って、木陰に何やら見てはならない物を始末している様子。 見ぬが戦友の情け。天満が視線を逸らした方角に先ほどと少し変化した不審な風景があった。 池の反対側のほとりにぶくぶくと泡が吹いているのが見えた。ここからでは水の下の様子は見えない。 (さっきの奴の仲間が居るのか・・・・?) そろりと水端を避けて迂回し、泡立っていたと思われる地点を覗き込む。 (・・・・!?) 川底の石のようにごろごろと。ひい、ふう、・・・いつつ。襲い掛かってきたアヤカシと同じような大きさの、藻のような色をした半透明の塊が沈んでいる。 もしこれが一斉に襲い掛かってこようものなら二人で迎え撃つのは難しい。しかも今の風見はとても戦えるような体調ではない。 下手したら、見ただけで水菓子を連想して卒倒してしまうのではないか。 塊はどういう感覚器官を持っているのか、幸い覗き込んだ天満の存在は気付かれていないようだ。 そっと風見の側へ戻った。山を降りてから詳しく説明するからと、まだ蒼ざめてふらついている相棒を引き摺り掴んで歩み去る。 再び開拓者ギルド。 僅かばかりの上乗せ金を貰い村からの再依頼の手紙を携えた天満は、係員に状況を詳しく説明した。 「俺も行くつもりだったが、帰ってきてから相棒が寝込んじまってなぁ。悪いが誰か代わりに退治する奴を派遣してくれないか」 漬物石大の水羊羹・・・・。アヤカシの水羊羹・・・・。いつつの巨大水羊羹・・・・。 里へ降りた後に説明を受けた風見は悪夢のような幻影にうなされ、長屋の煎餅布団でしばらく再起不能に陥っていた。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
六道 乖征(ia0271)
15歳・男・陰
箕祭 晄(ia5324)
21歳・男・砲
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
火那(ia6274)
18歳・女・シ
阿雅丸(ia6535)
17歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●農具担いで村の為 「荷車かあ、あるにはあるが山道だべ。肩に担いでいったほうがいいと思うんが」 退治してくれる上に川の水も元に戻してくれると聞いて、村人達は喜んで道具を貸し出してくれた。 「良かったらこれも持っていってくだせぇ。たいした物じゃないが昼飯にでも」 半搗きの米を炊いた握り飯を笹の葉で包んだものが差し出された。収穫の時期とあって村もそれなりの潤いがあるのかずいぶんと気前が良い。 鍬や鋤を担いでなだらかな山道をゆっくりと歩む。要らなかったかな‥‥と思いながらも阿雅丸(ia6535)と火那(ia6274)は更に空いた手に水桶をぶら下げている。物騒な刀や弓等が無ければ村人が野良仕事にでも行くかのような光景だ。秋の柔らかな陽射しに心地よいそよ風。 「一発目の出番が水羊羹‥‥か」 「困ってる村の為にアヤカシ退治。誇りある仕事じゃぞ」 開拓者につまらない仕事などないと若者に諭すような口調で阿雅丸を宥めるバロン(ia6062)。 「そうは言うけどね‥‥何とも冴えねぇ話だなあ」 血沸き肉躍るアヤカシ退治‥‥というには確かに様にならない出発の格好だ。意気揚々と歩けというのもちょっと難があろう。 「甘いものは嫌いじゃないが、夢見が悪くなりそうだな」 先の調査で姿を確認されたのは、水羊羹状のアヤカシ。天満とかいう者曰く『美味そう』という事だが‥‥緋桜丸(ia0026)がその姿を想像してみるに、美味そうなどという単語は一切浮かんでこない。神楽で未だうなされて寝込んでいるという開拓者‥‥名前は風見だったか‥‥に同情し、思わず苦笑いが零れる。 「それにしても‥‥今回は結構な労働になりそうだな」 各々担いだ農具に目を移し、神鷹 弦一郎(ia5349)が退治後の事を考える。 「雑事も色々してきましたが、私も鍬や鋤を握るなんて初めてですね」 肩に担いだ鍬を握り直し、火那が応える。 ●いざ水羊羹退治 順調に枯れた川跡を遡り、その問題の池に辿り着く。六畳と聞いていたが八畳くらいはありそうだ。 先日に他の開拓者が来た時からアヤカシが幾らか動き回ったのか、それとも水嵩が変わり根が腐ったのか、池の周囲を覆う草は枯れている。池のほとりから離れた箇所は枯れていないので、そう広範囲には動き回ってはいないのであろう。 「これなら、いざという時大丈夫でしょうか‥‥」 初陣の地に不安を抱き、延焼を懸念していた火那が呟く。池の周囲は動き回るには充分な広さがありいざという時に炎の術を使用しても問題なさそうだ。 村から借りてきた荷物を邪魔にならないように、離れた木立の陰に纏めて置いておく。それぞれに獲物を手にし、臨戦態勢に表情を引き締める。 「なぁに、これだけ揃っておるのじゃ。相手は五匹のみ、油断なく行こうではないか!」 バロンが初任務に緊張する者を鼓舞しようと明るい声を張り上げる。自身も開拓者としての仕事は今回が初めてで緊張に力が入っているが、年長者として余裕を見せようと悠然と弓を構え、足を踏みしめる。 アヤカシはまだ姿を現さない。池の中でじっと獲物が近寄るのを待ち構えているのだろうか。 散開する弓術師と陰陽師の射線を遮らないように緋桜丸を中心に御神村 茉織(ia5355)、火那、阿雅丸が壁となるべく池と距離を取って布陣する。 「いっくぜぇ〜!」 箕祭 晄(ia5324)の手から勢いよく放り投げられた焙烙玉が宙を舞う。一、二、三、四、ドカン! 狙い通り水面ぎりぎりの位置で爆発し、無数の陶片と鉄菱が小さな水柱を上げて高速で池に飛び込んでゆく。近過ぎてあまり広範囲には散らなかったか。一瞬静まり返る水面。 バシャリ。バシャリ。藻のような色の濁った水羊羹状のアヤカシが池から飛び出してくる。破片が突き刺さったモノもいるが、たいしたダメージを受けたようには見受けられない。ふるりと身を震わせて破片はその場に捨てられる。 「‥‥甘味はこんな臭いしない‥‥」 腐った水のような臭いに六道 乖征(ia0271)が眉を微かに顰める。 待ち構えていたバロンと神鷹、一瞬遅れて弓を構え直した箕祭が一斉に中央のアヤカシへと矢を突き立てる。一体はそれで動きを鈍らせ、六道の放った毒蟲の餌食となり朽ち果てる。 「まず1匹‥‥」 残り四体が身体をぶるぶると震わせて勢いよく跳躍する。 御神村と阿雅丸の周囲を木の葉の幻影が舞い眩惑するが、成功しなかったかアヤカシはまっすぐに飛び込んでくる。 阿雅丸は飛手を着けた腕で払い除けて、横へと跳躍する。顔に降りかかった飛沫は少量ですぐに拭い取り火傷は免れる。 「そう簡単に惑わされたりしない‥‥ってわけか」 第一撃を避けられたアヤカシは身構える阿雅丸を飛び越えて後方の箕祭を狙う。 「待て、待てよ。やべぇって」 接近戦には滅法弱い箕祭は即座の判断で後方へ飛び退いて攻撃を避け、その射程から逃れようと走る。 身を割り込ませた阿雅丸が飛手を振るい、飛沫を外套で受け止めながら追撃を断つ。 「おう、ありがとありがと。まぁ、俺が本気を出せば余裕だったけどね」 軽口で不敵な表情を取り戻した箕祭が再び矢をつがえる。 「んだよ、うにょうにょしてて気持ちわりいなぁ」 鋭く打ち込まれた矢に一瞬動きを止めたアヤカシに拳を叩き込む。降りかかる至近の飛沫が被い切れなかった素肌を焼く。 「痛っ‥‥やってくれるじゃねえか」 火傷にひるむ事なく容赦無く何度も飛爪を振るい、アヤカシを大地へと還す。 「胸焼けどころじゃ済みそうもねーな、この水羊羹」 御神村は右手に構えた短刀を使って弾き、間合いを取る為に後退する。外套に少しばかり飛沫が降りかかったが目に見えた影響はない。 「これならどうかな」 吹き上げるように再度舞う木の葉、飛び込むように身を低くし、御神村の左手に手裏剣が握られる。本体の位置を掴み損ねたアヤカシがやや上に跳躍しすぎる。 狙いを誤らず突き刺さった手裏剣が藻色の液体を飛び散らせる。何度目かの攻撃に跳躍する事も叶わなくなったアヤカシに短刀を振り下ろす。 盾を構えた緋桜丸の頭上を飛び越えたアヤカシは後方で矢をつがえようとしていたバロンへと襲い掛かった。しかし狙い定めていた六道の放った式がアヤカシに絡み付き、仰け反ったバロンの回避が寸前に間に合う。 「僕が止める‥‥ばっさりやっちゃえ‥‥」 「お前の相手は俺がしてやるよ!」 振り返った緋桜丸が駆け寄り、美しい波紋の刀を叩き付けるように黒い鬼と絡まったアヤカシに斬りつけ重傷を負わせる。態勢を立て直し素早く矢を装填したバロンがそれ自体が敵を射抜くかのような眼光と共にトドメの一撃を放った。 火那はアヤカシが体当たりする寸前に身体の周囲に炎を巡らせて、潜り抜けるように回避する。火遁に巻き込まれて焦げたアヤカシの一部が黒く燻り、異臭を漂わせている。 再び飛び掛るアヤカシ。木の葉に隠れるようにして火那が手裏剣を打ち放つ。 「何処へでも跳ねるがいい‥‥神鷹の矢はお前に喰らいつくまで何処までも追う!」 神鷹の手から精霊の力を借りて瞬速で放たれた矢が空中のアヤカシを貫き通す。べちゃりと地面に落ちたアヤカシの身体はもう動く事はなかった。 接近戦を挑む事となってしまい、飛沫を多く浴びた阿雅丸以外は特に怪我も無く。 「‥‥火傷‥‥治してあげる‥‥」 六道の手から表れた無表情の小さな能面がすいと火傷を負った肌に吸い込まれ、痛みも消える。 ●始末顛末流るる清水 「飛沫のついた布は良く洗っておいたほうがいいぜ」 「あのようなモノが潜んでいた割には意外と綺麗な水だな‥‥」 「恐らく地面の下から沸いているのじゃろう。天満殿の報告で聞いてたより、池が若干広いような気がするわい」 持参した手拭を濡らそうと、手を浸した清水がひんやりと心地よい。浴びた飛沫を拭い、これでアヤカシの脅威は全て無くなった。 「さぁて、アヤカシ退治も終わったことだし、田んぼの引き水を元に戻すとしますかねぇ」 「そうだ箕祭殿‥‥あれほど鉄菱が散るとは思わなかった‥‥米作りに影響あるかもしれぬから掃除したほうが良いのではないか?」 「うわぁ、やっちまった‥‥!」 何気ない火那の言葉に水路復旧作業に気合を入れようとしていた箕祭が大げさに頭を抱える。 「いやいやアレのお陰で水中からの不意打ちは避けれたのだからな、良い策だった。始末は私も手伝おう」 火那は質素な面から覗く紫の瞳を細めて笑いながら鋤を差し出して、自分も一緒に池のほとりで作業を始める。池底の土砂をすくうように鉄菱や破片を浚い、少し離れた場所に盛って乾かす。 「適当に散らして均しておけばいいでしょう」 「余計な仕事増やしてごめんな」 「専門外だからよくわからぬが、にわか作りの水路だ‥‥簡単に崩れたりしないように、板か石で補強した方が良いだろうか」 ふと御神村が思いついて提案する。雨が降っただけで崩れるようでは、この作業もすぐに無駄になってしまう。 「板か‥‥斧や鉈なんぞ借りて来なかったしのう。元々の川は恐らく大丈夫だからの、どれ手頃な石でも集めてきて繋いだ箇所だけでも並べようか」 「力仕事なら俺に任せな!バロンは腰を痛めないようにあんまり重い奴を持つなよ?」 「なんの、わしはまだまだそんな年寄りじゃないぞ。鍛えた筋肉を見せてやるわい」 緋桜丸とバロンが賑やかに掛け合いながら、頃合いの良い石を探しに周囲を探索に行く。 「いや、こっちも充分に力仕事なんですけどね‥‥」 「火那!あんまり無理なさんなよ、力仕事は男連中に任せときゃいいんだ!」 小柄な身体に鍬をよっこらせと担いだ火那へ、行きかけた緋桜丸が振り返り優しい声を飛ばす。 鍬や鋤を手に、枯れた川と池を繋ぐべく掘り進む。集めてきた石を土に埋めるように並べ、浅く細いながらもなかなか立派な短い水路が作られる。 「‥‥弦は引けても、穴を掘るのは得意にはならんな」 握りも考慮されていない簡素な鍬を振るい続けて痛めた掌を開き、神鷹が呟く。 「繋ぐ前にちゃんと試行をしないとな」 用意していた水桶で池の水を試しに流し込む。地形の傾斜に従い、水はゆっくりと枯れた川へと土を濡らしてゆく。 「‥‥最後の鍬‥‥入れよう‥‥」 六道の振るった鍬が残っていた池との境界を掘り崩す。堰を失った清水が水路を浸し、小さな川は再び潤いを取り戻した。 「ああ、ずいぶんと慣れぬ労働じゃったなあ。酒でも飲みたい気分じゃわい」 車座を組んで村人が用意してくれた握り飯を頬張る中、バロンがごちる。 「そうだな‥‥しかし残念だ、酒を持ってくるのを忘れた」 酒と聞いて阿雅丸がニヤリと笑う。言われれば急に飲みたくなるものだ。 「残念じゃな。どれ、神楽へ帰ったら美味い酒でも飲みに行こうかの」 「賛成!もちろん俺も混ざっていいよね?」 二人の会話に箕祭が喜んで手を挙げる。 「無論、せっかく依頼で一緒になったのじゃ。皆で成功の打ち上げでもしようじゃないか」 「んー‥‥帰ったら本物の水羊羹‥‥」 「ああ、いいですね‥‥あれを見たら、帰ったら食べたくなりました‥‥」 甘党は甘党で話に花が咲く。六道の言葉に同意したのはさて誰だったか。 水も無事、川下へと緩々流れてきていて村人達が歓喜の声を上げてる所への帰還となった。 「アヤカシ退治してくれた上に水路まで直して貰って、大変助かりますだ」 「あくまで応急処置だ。ま、後は宜しく頼むな」 穏やかに微笑む御神村。依頼を完璧に解決してくれた開拓者達に村人が節くれた手で握手を求める。 「アヤカシさえ居なければおら達で何とかなるべ。お礼は後でギルドに送るから、たいした額じゃないかもしれんが受け取ってくだされ」 憂いの無くなったのどかな田園。笑顔の村人達は、開拓者の背中が見えなくなるまで手を振り続けた。 |