【四月】或る催しにて
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや易
参加人数: 19人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/18 16:50



■オープニング本文

(ここはどこだ‥‥?)
 昨夜、依頼から帰ってきて倒れるように長屋の布団に伏したはずだった。
「あれ、俺ったら鎧も着たまま‥‥」
 そんな苦笑いもすぐに消える。石床のような冷たい感触。土間ともまた違うツルツルの。
 自分は一体どこに寝たというのだろうか。
 伸ばした腕の先に柔らかく暖かい人肌の感触。
「ん‥‥?」
「おはよ‥‥何でお前ここにいるんだ?」
 半ば寝ぼけたまま身を起こした見覚えのある開拓者。口に出した疑問の答えもまたないうちにガバっと身を起こす。
「ちょっと待て。どういう事だこれは」

「あら、みんな起きたみたいね」
 街のお嬢さんといった感じの黒髪を肩のあたりで切り揃えた少女がニッコリと笑う。
 同じ顔をした娘が三人。それぞれ振袖、白い単衣、忍び装束といった格好をしている。
「氷納――!」
「私の事、知ってるの?」
 知ってる者は知っている。だが知らない者は知らないだろう。
 細かい説明は色々と抜きにして、天儀の片隅で暴れまわっている人型の中級アヤカシだ。
 吸い込まれそうな光を持たない漆黒の瞳。あれを見てはいけない。魅了や錯乱の術を使い開拓者も惑わす。
「なんか変な場所に飛ばされたのよね。なぁにこの会議室とかいう場所、殺風景だわ」
 つまらなそうな顔で辺りを見回す。脇には細長いテーブルが並べられ、簡素な椅子が整然と並べられている。
(まだ開会式が始まったところか?)
 開拓者の誰かがふとそんな事を思った。何故か頭にはすんなりと知らない言葉が浮かぶ。
 プレイヤーは何処へいったのかその疑問は。
(ここだ、お前の中に居る‥‥解決しないと元に戻れないんだ。ぐっ‥‥すまん苦しくてもう話せない)

「ところで、これ燃やしたら楽しいかしら?」
 二人目の氷納が振るのは紙で出来た四角い箱。カサカサと何か軽い物が入っている音がする。
「そ、それはどさイベ籤――!」
「やめてください、それには私の夢が――」
 すっと三人目の氷納が動く。
「あら、動いちゃだめよ。この人達がどうなってもいいの?」
 冷たい刃物を突きつけた先に転がっているのは猿轡を噛まされ縄で両手両脚を縛られたスーツ姿の男女。
「いいっていうまで動いちゃだめなんだからね」
 楽しげに笑う少女達の声が揃う。
「ただ戦うのじゃつまらないわ。貴方達の方が数が居るもの」
「追いかけて捕まえてごらんなさい」
 縛り上げた一人を姿に似合わぬ腕力で軽々と片腕で抱えた氷納が部屋から出て行く。
「こんなの誰が奪い取りに追ってくるのかしら」
 小首を傾げ、抱き枕を手に去ろうとする別の氷納。そこに描かれているのは何故か狐妖姫。
「待て、まだ裏面を見ていないんだ!」
 裏面に何があるというのだ。君は何を期待しているのだ。
「いやいや狐妖姫め、絵姿と言えど奪い返して足蹴にしてくれる!」
 何度も煮え湯を飲まされた想い‥‥まぁ、少しは晴れればいいのだが。
「じゃ、この箱も持っていくわね。さよなら」
 忍び装束をした最後の氷納が出て行った時、それがスタートだ。

 ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。


■参加者一覧
/ 静月千歳(ia0048) / 小伝良 虎太郎(ia0375) / ヘラルディア(ia0397) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / 御凪 祥(ia5285) / 景倉 恭冶(ia6030) / 新咲 香澄(ia6036) / バロン(ia6062) / からす(ia6525) / 浅井 灰音(ia7439) / 燐瀬 葉(ia7653) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 趙 彩虹(ia8292) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 茜ヶ原 ほとり(ia9204) / 不知火 虎鉄(ib0935


■リプレイ本文

「氷納は三つ子だったんですね。道理で活動範囲が広い訳です」
 やれやれと肩をすくめる静月千歳(ia0048)。
「ん、あれ何か落ちてる」
 椅子の間に落ちていた小さな人形を拾い上げた燐瀬 葉(ia7653)。危うく気が付かないで思いきり踏みつけるところであった。
「知ってる誰かに似ているような‥‥。ん、焔やないか」

「待て〜っ!」
(通常の三倍の氷納――?)
「って、のわ!?」
 逃げたかと思いきや、いきなり廊下で待ち構えていた人質を抱えた氷納。
 先頭を切って飛び出した小伝良 虎太郎(ia0375)が足を止めて、その背中に新咲 香澄(ia6036)がぶつかる。
「その人に手を出しちゃだめだよ!」
 案外結界も氷納も消えて自動的に万事解決しそうな気もしないでもないけど。と一瞬浮かんだ考えを慌てて首を振って打ち消す。
「うん、やっぱダメ。人命は大切にしないとね!離してあげてよ!」
「嫌よ」
 その言葉と同時に真っ直ぐに駆けてくる氷納。スーツ姿の人質を破壊槌であるかのように両手に抱えての突撃。人質ーは武器にされて涙目である。
 ふと瞬間的に虎太郎の目に何かが留まった。一体に見せ掛けて三体で直線状に迫るこの攻撃はもしや。

(よ〜し、そうくるなら、おいらもアレをお披露目しようかな) 
 マスターごと突っ込んできた氷納に爪を振るうわけにはいかない。斜め下に身体をかわす。
 見えた。真後ろにぴったりと沿って走ってきた二体目。至近で放たれた飛苦無を床を蹴って宙に逃れる。
「いくよ〜今週のビックリドッキリスキル。ていやああああああああああっ」
「その技は‥‥ま、まさか!?」
 後ろに居た開拓者達の声が一斉に唱和した。そこに更に被せられる虎太郎の気合に満ちた声。
 見よ、この雄姿を!!アラブルタカノポーズ!を――。
 くわっと翼のごとく開かれた腕、今まさに獲物に飛び掛らんと猛禽の鉤爪を振り上げたかのような脚。
 でもカッコいいのに何か笑える姿なのは何故なのだろう。畏怖と同時に脱力を誘うのは何故なのだろう。
 まさにいま連続攻撃を決めようとしていた三体目の氷納がガクリと膝を崩してずっこけて、そのままの勢いで廊下をスライディングしていった。
 思わず技の華麗さに固まってしまっていた皆が首だけを動かして廊下を滑っていった氷納を見送る。

「いけません、氷納の術に錯乱しては相手の思うツボです」
 唖然と顎が落ちそうなくらい口をあんぐりあけているバロン(ia6062)の頬を背伸びした千歳がバシバシと往復ビンタを張る。
 バシバシバシバシッ。
「バロンさん正気を取り戻してくださいね」
「ハッ。いかん、わしとした事が‥‥おのれ氷納め。小癪な!」
「今日はまだ何もしてやしないわよ‥‥爺様」
 籤箱を小脇に抱えて脱力した風情のシノビ装束の氷納。
 すっかりバロンとも因縁の相手となって顔なじみだ。天敵な爺様の相手は勘弁してよね、と弱腰。
「くらえ乱射!ガトリングボウ!」
 バロンの突然の暴走行為にいざ攻撃せんと飛び出していた趙 彩虹(ia8292)が慌てふためく。
「きゃあ〜。バロン様の弓を避けるのは大変なんですからぁ〜!」
 ものすごい勢いで矢は飛んでくるわ。蛍光灯の割れた破片が辺りに降り注ぐわ。廊下は薄暗くなるわ。
 そこへ更に氷納の術も放たれたものだから混乱の極みである。
 狂乱が収まってみれば氷納達の姿は消えていた。

 夥しい流血の跡。え〜と瘴気だと時間が経てば消えると思うけど、悠長に待ってるわけにもいかないよね。
 氷納が手負いになったなら上々。けど、そういえば人質いなかったっけ?
「もしかしてさ、マスターに矢とか刺さったかな?」
「あの状態でしたから例え悲鳴を上げてたとしてもわからないですけど‥‥」
 香澄の問いに彩虹が首をひねる。虎太郎と共に立ち位置的に一番近いとこに居たけれど、はてどうだっただろうか。
「バロンさん、本当に正気に戻っていますね?」
 改めてバシバシとバロンの頬を張る千歳。え、氷納に逃げられた腹いせじゃないですよ。決して。
「うぬぬ、目が覚めたわい」
 褐色の肌を腫らしながら、すっきりした表情で答えるバロン。何ならもっと叩いていいぞい。
 では遠慮なく。もう一発だけ。
 パッシーン。
 いい音が爽快に響き渡った。
「翁〜、それに千歳さんまで!?今日は随分と崩壊したキャラしてますね〜っ」
 髪をアップに結んでこちらもまたいつもと違った感じの雰囲気な茜ヶ原 ほとり(ia9204)だが。

「ともかくこれを辿っていけば人質を連れた氷納は見つけられますね」
「マスター、死んでないとええけどなあ‥‥」
 葉が遠い目をする。
「蜘蛛アヤカシ退治の依頼でうちは新咲さんとご縁ができたし‥‥つぁっちゃんもちょうどその時期に神楽に来たさかい」
「そういえば私はこの人の依頼はほとんどこれを着て出ているような気が‥‥」
 全身まるごととらさん姿。しかも今となっては戦闘しやすく改造済。たぶんあのマスターの頭にはとらさんのイメージしか摺り込まれていない。
「あれからあっという間ですね、ボクも随分成長したな〜」

「出血してたら大変だ。早く追いかけないと!」
 おいらの傷は浅いから後でいいよ。返答も回復も待たずして虎太郎は元気一杯の脚で廊下を駆ける。
 人質を追う組。どさ籤を抱えた氷納を探す者達。スライディングでそのまま消えていった抱き枕氷納も‥‥ついでに見つければいいさ。


「さてと‥‥」
 周囲の喧騒を他所に椅子に座り悠然と脚を組んで考え込んでいた御凪 祥(ia5285)が立ち上がる。
「どういう場かよくわからんが、嫁を取り返しにいくかな」
「よ、嫁ぇ!?」
 縛り上げられていた会場のマスター達を解放していた景倉 恭冶(ia6030)が思わず叫ぶ。
「祥、いつの間に結婚なんてしてたんだ!?」
「いや嫁というのは『ますたぁ』とか言われる人の事だ」
 きっぱりとクールな顔を保ったまま言い放つ祥。
「するとこっちもそっちもお前の嫁なのか!」
 恭冶が指差したのはたった今解放したばかりのスーツ姿の男性達。割と可愛いのとか眼鏡をかけたのとか。
「‥‥俺にそういう趣味はないな」
「だよな‥‥はは」
 とりあえずは建物の造りを把握しようかと猿轡を外した人達に順番に尋ねてみた恭冶だが誰も要領を得ない。
(ここは頭脳プレイでスマートに行こうと思ったのに、なんてこったい!)
「いじられ属性の宿命って奴だ、諦めろ」
 肩にぽんと掌を置く祥。今日こそは真面目にキメてみたかったらしい友人の意図を読んで、抑え気味だが唇は笑っている。
「さ、嫁を探しにいくぞ」

「ではあたしはここでお留守番していますね。いってらっしゃいませ〜」
 単衣の袖を振り振りと見送る礼野 真夢紀(ia1144)。
「いちお〜警護していた方が良いかと思ったのですけれど」
 小首を傾げる真夢紀に、いや私達の事は放っておいて鬼ごっこしに行っていいんですよ〜と笑っている人達。
 先ほどまで拘束されていたという緊迫感は欠片もない。
「ん〜でもお話がしたいですから」
「そうですか。ま、どうぞお座りください。せっかくですから舵天照の話でもしましょうか」
「ダテンショー?」
「天儀って言ったほうがいいですね。お嬢さん達の住んでいる世界の事ですよ」
「はぁ、ここは違う世界なのですか〜。ところで聞いてみたかったんですけど、こないだの依頼で――」

「皆さん帰ってこないですねぇ〜」
 ワイワイキャッキャッと追いかけっこが続いてるらしい声は扉も開けっ放しなので廊下から良く音が響いて聞こえてくる。
 く〜きゅる。誰かの腹の虫が可愛く鳴いた。
「お腹空いてきましたよね。食べるもの作れるとこないですか〜」
「レストランなら廊下に出てまっすぐ行けば有ったような無いような‥‥」
「借りてる会場だし、そんな勝手な事したら終わった時まずいんでない?」
「ん〜でもここ謎の結界の中みたいだし‥‥」
 ぶつぶつと相談を始めるマスター達。責任者の判断を仰いでみようかと一斉に視線を投げかける。
「――」
 唇を開いて何か言いかけた責任者。しかし何か愉快な発言をする前に超音速のツッコミが入った。
 ベコリ。思わずちょうど手にしていた中身入りペットボトルで後頭部を殴ってしまった一人のマスター。
「あ、理由は前略中略以下略って事で。ごめんなさいね、つい☆」
「わぁ〜漫才なのですね〜」
 それを見て真夢紀がころころと笑って喜んでいる。いやまだ何も言っていないんですけどね。
「どうせ壊しても何しても元の世界に戻ったら影響ないんだから、いいじゃないですか別に」
 好きにしていいよ、うんうん。と責任者は何事も無かったように真夢紀に頷いた。

「ところでそちらは‥‥?」
「ん、拙者でござるか」
 隠密らしく気配を絶っていた‥‥つもりも特に無かったが、まるで空気のように静かにそこに端然と佇んでいた不知火 虎鉄(ib0935)。
 堂々と姿を晒していながら、騒ぎから一歩引いてる事で誰の目にも留まっていなかった。
「名乗るほどでも無きシノビでござる」
 そろそろ廊下の騒ぎも終わったみたいだし、鬼ごっこにでも参加するか‥‥。
 しかし単純な作りであるはずの建物の中で迷ってしまう虎鉄なのであった。


 二階の廊下。
「ふん、人質がどうなってもいいの?」
 抱えていた黒スーツ姿で血みどろの人質を盾にしてニッコリと氷納が横から顔を出して微笑む。
「ちょっと!バッドフラグあったり未確認情報あったり、きっついけどその人いないと困るんだからっ、返せーっ!」
 ほとりの手から容赦なくびしりと放たれる矢。正確なのはわかるけど!
「ひいぃぃ〜。ちょっ、当たらなくてもマジで怖いから!てか次当たったら死ぬから!」
 矢が脇腹の至近を掠めた人質が叫ぶ。残念だ、すぐに顔を引っ込めた氷納には当らなかった。
「てへっ。もうマスターったらぁ〜怖くなんかないですよっ。ほら毎回見てるんだから私の弓の腕前を信用してくださいよ☆」
 両拳を頬にあてきゃぴっとした声と仕草で笑うほとり。むしろ普段の淡々とした口調で言われるより怒ってそうに思えて怖いんですが。
「ところで小娘よ、肩の傷はもう治ったかのう?な〜んてね!」
 バロンの声色を真似て放った影撃が盾にされたやはり人質ーに刺さりそうに掠めていって氷納の腕を貫く。
 もう黙って血と涙を滴らせている。矢傷で腕を痛めて顔をしかめた氷納が床にどさりと落とす。
 ぐったり落ちたままに倒れている様は死んでるようにも見えた。
「ああ、マスターが死んじゃった。氷納、なんて非道な事を!」
「だから私はほとんど何もしてないってば。貴方達が悪いんでしょうが!」
「というか、生きてるからまだ‥‥」
 そんな人質の呟きを無視して反対側の無傷な腕で拾って引きずり上げる氷納。
「悪いのはどっちでもいいや、とりあえず覚悟!」
 香澄の手にした玉藻御前から豪快に放たれる火輪。
「マスター、頑張って自力で逃げてくださいね〜☆」
 えっ、それ無理!志体も無い一般人ですから!
「尊い犠牲は忘れないよ。空のお星様になったらボクが名前を付けてあげるね!」
 ああ、年貢の納め時。何気に視界に映る倉城 紬(ia5229)の神楽舞が、送別の舞に見える。
 しかし絶妙のタイミングで救いの手は現れていたのであった。

 場面は数秒ほど巻き戻り。
「こっちだ」
「お、居たぜ。どんぴしゃり真後ろだ」
「‥‥血みどろになっているな。誰だ俺の嫁に先に手を出した奴は、許さん」
「よく恥ずかしげもなく嫁って言えるな」
「ふっ‥‥こういう場に恥じらいなど無用だ。それに景倉の挙動に比べれば大人しいもんだ」
「どういう意味だそれは。今日の俺はすっごく真面目なんだけど!?」
 心眼を頼りに中庭を抜けたり階段を上がったりしながら氷納の真後ろから回り込んできた祥と恭冶。
 と香澄の放った火輪が光った。人質ごと氷納をぶっ飛ばすつもりか。
「くっ飛び込むぞ景倉」
 咄嗟の判断で二人が体当たりするかのごとく後ろから飛び掛り、祥の放った花札が氷納の手の甲を弾く。
 それと同時に人質の身体に手を廻して恭冶がもぎ取る。突き飛ばした反動で恭冶の背中が氷納にぶつかる。
「うわちちちっ」
 直で撃たれはしなかったものの、ちょうど氷納が香澄の攻撃を受けて炎を浴びたあおりを受ける。
 ついでに鳥肌のような物が腕にぷつぷつと。人間の女性の姿をしていたらアヤカシでも反応するのか恭冶。
「店長〜そこ邪魔だよ〜?」
 そう言いつつも次の火輪を放つ香澄。
「待てい、俺の役回りを何だと思っている!?」
「ええ〜、そんなのボクに聞かなくてもわかるよね!」

「ここで格好つけたいなら、アレルギーを恐れず嫁を助けて来い」
 素早く踏み出して氷納の動きの先を取り、蒼白い光輪に包まれた槍を振るう祥。
 こちらも距離を一気に詰め両刃を振るい血飛沫を上げた恭冶に、一瞬交差した耳元で囁く。
 虎太郎の牙狼拳と彩虹の正拳突を続けて叩き込まれ、氷納は力を失った。
「ほら、顔を上げてこっちを見ろ。あんたの魅了なんか怖くはない――」
 怖いくらいに爽やかな笑顔で氷納の顔を見つめる祥。きっと睨みつける瞳をまともに見つめ返す。
 効か――ない。ふふんと鼻でせせら笑いトドメの槍を胸に突き立てて貫く。血に濡れた白装束の少女は命を失った。

「いつもいつもお世話になっておりますから死なないで〜。ってか、俺をもっとかっこよく書いてから死んで!」
 身体の中を駆け巡るおぞましい感覚にも負けず、果敢に恭冶はぐったりと倒れた人質を抱き上げる。
 傷口から溢れ出た血に汚れるのは平気だが、アレルギー反応の方は全開である。ぐっと我慢する。
「うわ、それにしてもすごい出血だな。誰か治療できる人!?」
「うちがおるで〜。倉城さんもや」
 進み出てきたのは巫女の葉と紬。二人の手から放たれる優しい風が傷を癒す。
 だが、既にかなりの流血で意識を失っている人質は顔を強張らせた恭冶の腕の中で目を開かない。
「どっかに寝かせて目が覚めるまで待つしかないかな〜」
「その辺りの部屋はよくわからないですし戻りましょうか、この人のお仲間さん達もいらっしゃいますし」
「突き当たりにエレベーターがあったからそれで運びましょうよ」
 というか乗ってみたいです。元の世界に戻ったら乗れないし、せっかくですから〜。
 人質を背におぶった恭冶と交代役の祥を連れて、彩虹が好奇心一杯にエレベーターと向かっていった。

「これお掃除しませんと‥‥」
 綺麗好きで働き者の紬。氷納は瘴気に還るからともかくとして、人質から滴った血に汚れた廊下をそのままにはしたくない。
 一階に至っては蛍光灯まで壊したからひどい事になっているでしょうね‥‥。矢も片付けませんと。
「え〜と、お掃除道具どこかにありませんかね〜」


 袋小路。背後にはエレベーター。ランプは二階を示している。
「鬼ごっこはここまでだよ。残念だったね」
 弓を収めた浅井 灰音(ia7439)がバスタードソードを抜き放ち、構えた。
 箱を胸に抱いた氷納が眉を歪める。古臭いエレベーターの駆動音が背後に聞こえる。
 間に合うだろうか‥‥。
「ふん、なんか地味な展開ね」
 睨み付ける氷納の瞳を見ぬよう、それぞれに思い定めた場所を見据える開拓者。
「目線はおでこって習ったのだ!」
 平野 譲治(ia5226)が炎の式を呼び出して、氷納の手から放たれた氷柱にぶつける。瞬時に蒸気と果てて辺りに霧散する。
 同時に飛び込んできた足払いが譲治を床からもぎはなす。
 むぎゅっと抱きとめて後ろにステップを踏むリエット・ネーヴ(ia8814)。
「ありがとうなりっ!う〜ん、上を見ると下が危ないのだ」
 ふむりふむりと、何か納得している譲治。同年代の女の子に抱きとめられてる事にはたと気付いて顔を紅くする。
「も、もう大丈夫なのだ!」
 そんな譲治の様子に笑い声をあげながら、リエットは霍乱すべく右に左にと身を翻し、灰音の踏み込む隙を作り出す。
 氷納の動きに一番隙ができる時を見定めていた灰音。その長身が剣を構えて低く一気に走る。
 壁ぎりぎりに振り抜けるぎりぎりの距離。避けさせはしない!
 ふっと頬に会心の笑みが浮かぶ。 
「それは返してもらうよ。可愛らしいお嬢様?」
 ぎゅんと残像を描いて振り抜かれるバスタードソード。
「流し斬りが決ま‥‥」
「らせはしないわよ」
 床に尻餅をつくような状態でへたりこみ、上目遣いでぼそりと呟く氷納。
 舞い振る紙吹雪。壁まで吹っ飛んで叩きつけられた箱がぺしゃりと床に落ちる。
「こんなもの吹き飛ばしてしまおうかしら」
 再度薙がれた剣を避け、息を切らしながら強がりを言ってみたりしたが。
「それはいけないのだ!」
 くるりくるりと舞うように走りながら籤を懐に仕舞い込んでゆく譲治。
 床を蹴ったリエットも宙に散った籤を回収する。氷納が凍てつく嵐を発動してもひるまない。
「モノジチはもうないのだ。遠慮なく倒してしまうなりっ!」
 回復役に専念するヘラルディアが一同の氷の礫に苛まされた身体を癒してゆく。
「次こそ、トドメだね」
 今度こそ流し斬りがまともに入り、甲高い悲鳴と共にアヤカシは飛散した。

 チーン。
「ああああぁぁ〜っ!私の!わ・た・し・の、どさ籤がぁ〜っ!!」
 扉が開き、目前の光景に愕然と大仰な悲鳴を上げながら登場したのはとらさん、もとい彩虹。
 後ろには半死の人質を背負った祥。限界を迎えた恭冶は床に座り込んでいる。
「すっごく楽しみにしてましたのに、そんなぁ〜!」
 しくしくしくと無残につぶれた空箱に縋り、全力で嘆く姿を一同が呆れた目で見守っている。
「‥‥彩。言っておくけど中身は無事だよ?」
「えっ!?」
 涙目で振り返ったとらさんに灰音がくくっと笑っている。
「何やら訳の判らない紙切れですが。そんなに貴重な物なのですか?」
 ヘラルディアがかくりと小首を傾げている。何となく大事な物だから護らなければならないという使命感が認識としてあったが、いまいち実感がわかない。
「貴重です!この中には夢と希望と愛と友情が!‥‥あと欲望が」
 最後の一言はともかくとして拳を握り締めて力説するとらさん。きゅっと握った肉球の拳に情熱が込められている。
「ちゃ〜んと籤は確保したよ☆」
 両手に抱えた小さな紙の山をほらと見せるリエット。
「こっちも無事なりっ」
 巫女装束の襟元からごそごそと譲治も紙の山を取り出す。
「後でみんなで山分けにしよ〜ね〜♪」
 えっ、それぐらいいいじゃない。いいよね!?ケラケラと笑うリエットの明るい顔。
「これは一度会場に戻しに行こうか〜」
「それじゃ、私は残りの氷納を探しに行くよ」
「あら私もお供致しますわ、では皆様また後で〜」
 優雅にスカートを摘まみ一礼したヘラルディアが、再び剣を鞘に戻して廊下を駆ける灰音の背中を追ってゆく。
「ところでその人、生きてるの?」
「息はしてるし治療もしたから大丈夫じゃないかな。ほら景倉も、そこにへたり込んでないで行くぞ」
 これで人質と籤は回収が完了している。さて後は抱き枕だが‥‥。


「待ってたよ」
 追いかける事などせずに、階段の上でのんびりと待ち構えていたからす(ia6525)が弓を引く。
 ここに来るならよし。来ないならまぁそれでもよし。
「ねこみみ頭巾の分際で」
 ちょっと羨ましいとか思ったりもしないでもない氷納なのであった。
 やっと振袖を着せて貰ったのが精々、もうちょっと敵のお洒落にも気を使ってほしいものである。
 少しはプレイヤーのセンスを見習いなさいよね‥‥。ぶつぶつと明後日の方向に向かって文句を呟いている。
「まぁ黒猫の面にねこみみ頭巾、そう奇をてらったつもりもないけどね」
 どすりと、からすの放った最初の矢が氷納が手にした抱き枕に突き刺さる。描かれた狐妖姫の胸のど真ん中。
「ちょっと、これ取り返しに来たんじゃなかったのかしら」
「別に」
「う、裏面を見ようとか思わ‥‥」
「興味ありません」
 冷や汗を垂らす氷納の背後に続々と他の開拓者が集まってくる。
 上からは、からすの弓。下からは灰音とバロンの弓。
 千歳の放つ呪縛符とヘラルディアの力の歪みが命中して苛む。
 どすどすどす。
「楽しかったぞ強敵よ‥‥泡沫の夢はこれで終幕、いずれまた、凍幻郷にて死合おうぞ」
 渋く言い放つバロン。本物の氷納に比べれば随分と手応えが無かったが、まぁこんなのもよかろう。
 あっけなく氷納は瘴気と化して飛散し、 矢の的と成り果てた抱き枕だけがぽつりと残された。
 表面に描かれた高笑いのごとく手を口元に添えて笑う狐妖姫の絵姿が虚しい。
「さてこれの処分はどうしようかね」
 引き抜いた鏃に裂かれて中の綿も飛び出ている。
「焼却処分のお達しが出てござる」
 ようやっと皆の所に辿り着いた虎鉄。すたすたと歩み寄って抱き枕を拾う。

「えっと〜抱き枕焼却処分の見学希望者は屋上に来てくださいとの事です〜」
 会議室に戻り、思い思いにマスター達と雑談していた開拓者に入口から顔を覗かせた和奏(ia8807)が呼びかける。
「あれ燃やしちゃうの!?」
 気になるから行く〜とリエットが真っ先に向かっていった。

 屋上。そよそよと春とも初夏ともつかない気持ちのよい風が吹いている。
 もふりっ。
 姿は無残だが抱き心地はなかなかいい。せっかく枕として生まれたんだからと感触を名残惜しむリエット。
「で、裏面は‥‥これは!?」
 見なかった事にしよう。狐妖姫がすごい事になっていた。
「それでは点火でござる」
 虎鉄の火遁で適当に積まれた木材の上にある抱き枕が炎上する。
 狐妖姫昇天。
「あ〜本当に燃えちゃいました。いいんですかね〜跡形も無くなっちゃいましたよ」
 立ち昇る煙を見送りながら和奏がのんびりした口調で呟く。
「心配は要らないよ。こんな事もあろうかと用意はできている」
「そ、それは――!?」
 からすがさりげなく取り出したは黒い紐で飾られた大判の額縁。何処から出したとかは問うてはいけない。
 抱き枕のモノクロ写真が収められている。しかもマジックで『だきまくらのばか』とまで書かれて。
「からす殿、何か深い思い入れでもあったのでござるか?」
「いや別に無い」

 そういえばすっかり忘れていたと人形を懐から取り出した葉。
「よーちゃん、それは!?」
「ん、ああ会場でなんか拾ったんや。つぁっちゃんにお似合いやと思うからあげるで」
 半ば強引に押し付けるようにして葉は人形を彩虹に手渡す。
「え、うん。とりあえずありがとうございます」
 どう扱ったものか。受け取ったはいいけど首を傾げる。


「あら、皆さん退治が終わったのですかぁ?」
 漂ってくる匂いにつられてレストランへとぞろぞろと姿を現した開拓者達。
 あちこち片っ端から棚やら冷蔵庫やら開けまくって、勘の赴くままにスパゲティを作っていた真夢紀が厨房から姿を現した。
「マスターさん達の分をと思ったんですけど、なんか適当に入れたら麺がすごい量になっちゃいました‥‥」
 味付けもミートソースやら何やら思いつくがままに色々と。
「たくさんございますね。運ぶのを私も手伝いますわ」
 ヘラルディアが楚々とした仕草でレストランに皿を運んでゆく。

「くれぇぷっ、くれぇぷっ、食べたいな♪あやさん、一緒に作りませんか〜」
 材料はあるかしら。作り方は背後が知っているのであろう、時々耳を傾けて一言二言会話をしながら。
「待って〜。私クレープ食べてからじゃないと帰らないですから!」
 結界解けちゃ嫌〜。え、背後?そんなのいいのいいのと自分の楽しみを優先させるほとり。
「ほとりん、わかにゃん、中身は何がいいですか?」
 生クリームを泡立てながら、とらさんが問う。
「ん〜。苺かなバナナかな、何にしようか迷いますぅっ☆」
「人がたくさん居ますから色々作ればいいのでは。でも食べる時にどれがいいか悩んじゃいますね〜」
 丁寧に生地を焼きながら和奏がおっとりと返す。

「は〜い、皆さんできましたぁ♪」
 気が付けば、どさイベのはずがマスターと開拓者の懇親会と化している。誰も居ないので好き放題のレストラン。
 スパゲティにクレープ。品物はそれだけだが和気藹々と歓談しながらそれぞれにテーブルについて食事をしている。
 プレイヤー達がこの世界に戻ってこれる前に日が暮れてしまうのでは‥‥。
 背筋を伸ばして優雅にナイフとフォークを使い、上品にクレープを食しているからす。硝子から射しこむ陽光がナイフに反射してきらりと輝く。
 ブルーベリーソースを掛けて周囲を絞ったクリームで丁寧に飾ってまである皿を前に、何処の貴族のお嬢様だという風情。
「うん美味しいっ」
 自分達で作ったクレープを幸せそうに頬張るほとり。
「あれが何とかいうマスター‥‥で、こちらが‥‥」
 顔ぶれを観察して何とも言えない感想を心の中で和奏が呟いていた――。