【神乱】裏返された支援
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/14 19:07



■オープニング本文

 飛空船に次々と運び込まれる投石器。装弾するべき石塊も現地の調達だけでは足りなくなる可能性も想定され、一緒に積み込まれる。
 総計してかなりの重量。さほど高性能とも言えないこの三隻の飛空船で積み込める量はごく僅かに限られている。
「これっぽっちと言っても、やはりお国だけあって報酬は悪くないねぇ」
 ジルベリア帝国大帝の署名入りの依頼書。契約が額面通りなら危険手当込みでも飛空船を動かすのに不足はない。
 命を落とすような事や大事な船を喪失するような事になっては大損ではあるが。
 その辺はそれ、開拓者の護衛を雇って自衛するぐらいの準備を行なうのは当然だ。
 煙管をふかして雇い人達が貨物を積み込む様子を監督している奈義。天儀の輸送を担う商売人の一人だ。
「出発の時間までする事は特にねぇが、まぁ英気を養っててくんな」
 焚き火に炙っていた干魚を応募に呼応して訪れてくれた開拓者達に差し出し、自らもそれを齧る。
「水先案内人としてジルベリアから来た者達が一緒に乗り込むから現地の上空で迷う心配は無いはずだ。宜しく頼むな」

 リーガ城上空まで長い路程ではあったが何事もなく空輸は行なわれる。そしてこのまま恙無く任務は果たせるはずだったが。
「‥‥手筈は忘れてないな」
「そろそろ来る頃合だ」
 しんと静まり返った甲板に囁き声が交わされる。乗組員も護衛も今は見張りだけを残してゆっくりと休んでいる。
 ちょっと夜風に当たると出てきた水先案内人の二人だけが今ここに居る。
 空中で護衛する者達は別の船へ発着しているのでこの声は聞こえない。
 むろん見張りの位置からも彼らが立っているのが見えるだけだ。
「夜が明けたら船団長の所へ行こうか」
 その顔には邪悪な喜びに満ちた笑みが浮かぶ。

「敵襲!敵襲!アヤカシが現れたぞ!総員戦闘態勢っ!」
 見張りのがなり立てる声に騒然とした空気が船内に充満する。
 風信機なんて上等な物は積んでいない。他の船への連絡は手旗の信号と狼煙だけだ。

 龍を丸呑みにできるぐらいに巨大な空飛ぶ口が空におぞましい叫びを響かせている。
 船倉に積まれた投石の幾つかが、その声にカッと紅い眼を開く。
「この身体も邪魔だな」
「死ぬまで使えばよかろうて」
 水先案内人を装っていた男達――それは人間ではなかった――が殺戮の宴を開始すべく動き始める。

 リーガ城上空で遭遇戦勃発。それで終わる話なら良かったのだが――。



■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
タクト・ローランド(ia5373
20歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
コルリス・フェネストラ(ia9657
19歳・女・弓


■リプレイ本文

「敵襲!?」
 確かにそう聞こえた気がした。毛布をはね除けて飛び起きたのは川那辺 由愛(ia0068)。知らないうちに横に寄り添って寝ていた神町・桜(ia0020)が言葉にならない言葉を発しな
がら寝返りを打つ。
 拳を落とされた桜花がふぎゃっと抗議とも悲鳴ともつかぬ声を上げて不機嫌そうに立ち上がるがまた丸くなって朝寝に戻ろうとする。
「桜、桜花!しゃんとしなさい。敵襲よ、敵襲!」
 頬をぺちぺちと叩いても朝には弱いのか半分眼を開いたものの意識はまだ眠っている状態。
「むぅ‥‥てき、しゅう‥‥まだ‥‥な、なんじゃと!?」
 意味もなく復唱した単語の重大さに自分で驚いて、一気に神経が目覚める。
 不穏な気配を敏感な耳で聞きつけた水明は低い唸り声を上げてコルリス・フェネストラ(ia9657)の眠る毛布に手を掛けていた。
「どうしたの?」
 起き抜けの眼に桜の身体を覆った淡い輝きが眩しく感じる。水明の背中を撫でて互いの気を鎮めながら状況把握に努めようと飾り気の無い部屋の中を見回す。
 船内に瘴気の塊が五体。貨物室に三体‥‥すぐ近くの部屋に二体。距離と方向から船団長が居る部屋のはずだが。
 いつの間に侵入されたのだ?
 見張りの警告と同時にもう船内に居るとはどういう事か。
 急いで身支度を整えた由愛が扉を開き、小さな羽虫を手から飛ばす。各室の扉は閉まっている。貨物室の方へ向かわせたがやはり扉は閉ざされていて羽虫がすり抜けられる程の隙間は
無かった。
「こっちじゃ」
 コルリス一人というのも心配だが水明が付いている。表情を引き締めた弓術師が船団長の部屋の扉に手を掛ける。足元で水明が身構える。
 その時には桜を先頭に駆け下りるように貨物室にへと桜花と由愛は向かっていた。

「なんだ邪魔者か」
 襟首を掴んでいた手を離し、両手斧を片手で軽々と振るって奈義――船団長――の胸を横薙ぎにしたルパッケルが嫌らしい笑いを浮かべて振り返る。
 うめき声を上げてどさりと床に崩れ落ちる奈義。胸元を押さえた手から鮮血が滴り落ちる。
「どうせ小娘ばかりが乗ってるだけじゃが、一人で来るとは好都合」
 傍らで楽しそうに眺めていたブルゼーヌが杖を持ち上げると同時にコルリスの身体を痺れるような衝撃が駆け抜ける。
「くっ」
 コルリスを守るようにブルゼーヌへと飛び掛かる水明。高らかに吠え立てる。
 弓を構えたが、手が惑う。相手は人間の姿をしている‥‥憑依されているのだとしたら撃って良いのか。覚悟を決めていない逡巡。
 しかしルパッケルの後ろに倒れている奈義を放ってはおけない。このままでは殺されてしまう。
 ブルゼーヌを狙った第一矢は避けられてしまった。ルパッケルが両手に斧を構えて進み出る。

「あの鳴き声は」
 盛大に吠え立てる水明の声に異変を感じた桜。咄嗟に壁に身を寄せて由愛と位置を入れ替わる。
「由愛、おぬしと蛙なら大丈夫じゃの。わしはやっぱり上に戻る、嫌な予感がするのじゃ」
 何考えてるのにゃと言った桜花の襟首を掴んで暴れるのも構わず階段を戻る桜。
「ちょっと一人で戦えって言うの!?」
 こちらの方が数が多いってのに。突然の桜の行動に驚いたが躊躇はしてられない。神薙に盾になって貰うからいいか。
 貨物室の扉の向こうから複数の衝突音が派手に聞こえる。

 積荷の石が搬入口を打ち破ろうとするかのように貨物室の中で飛び、何度もぶつかっている。
 丈夫な扉はそうすぐには破れるものではないが、ただの厚い木材だ。何度も石に当たられてはもたないだろう。
「出でよ神薙!」
「うへぇ。なんて狭いとこに呼び出すんすか由愛様」
 分解収納された投石器と山積みの石塊で一杯の貨物室。図体のでかいジライヤが具現化すれば身動きもままならない程に狭い。
 突如として現れた神薙に石アヤカシの動きが一瞬止まる。知能はたいした事ないのか、目の前に現れた者に一斉に攻撃を始める。
「動きを止めなさい!」
 ぎょろりと目玉を巡らせ掌を向けて大見得を切る神薙。石の動きが遅くなって見える。
 烈火の牙がガキリと石を噛む。飛び込んだ一体を吸盤に吸い付けた。もう一体の攻撃を受けながらも大蟹鋏で叩き返す。
 幸い攻撃は全て神薙に集中したので、由愛も相棒を暴れさせて応戦する。
「手早く殺りなさい」
「ああ痛っ。蝦蟇使いがあらいっすよ!由愛様」
 何度も打撃を被りながらも神薙単体で何とか撃退をやってのけた。
「退治終わりね。あっちはどうなってるのかしら」
 手にした符に吸い込まれるようにして消える神薙。踵を返して階段を駆け上がる。

「何をためらっておるのじゃ。アヤカシに憑依された者に情けは無駄じゃ!」
 劣勢に甚振られていたコルリスに癒しの手を触れ、がむしゃらに飛び込む桜。
 斧の刃が肩を切り裂くがそのまま奥まで突進して倒れている奈義へと駆け寄る。まだ息をしている。
「新技食らうにゃ!黒き炎よ、我が前の敵を焼き尽くすにゃ!」
 大きく息を吸い込んだ桜花の口から黒い塊が湧く。全身の毛を逆立てて吹く吐息が炎となってブルゼーヌを襲う。
 水明と連携しコルリスも攻撃を再開する。
 騎士と魔術師の連携に二人と二匹で当たっても苦戦したが、由愛の到着で態勢は有利になった。
 狭い客室内にこの人数。さすがに神薙は召還できないが自ら術で敵を撃つ。
 矢を胸に受けて倒れたブルゼーヌを見てコルリスの瞳が哀しみを帯びる。
 同じ志体持ちが‥‥憑依されてしまったばかりに殺されなくてはならないとは。
 ルパッケルもその大きな身体から血を流して床に倒れて、事切れている。

「上が無事かも確認せんとの」
 再度結界を張るが、もう瘴気の反応は船内には無い。


(ああ、忙しい‥‥こった)
 護送依頼に輸送依頼、俺は一体天儀とジルベリアを何往復するのかね。
 腹筋だけでばね仕掛けのように寝床から飛び起きた酒々井 統真(ia0893)。
「無事何事もなく到着とは行かなかったか」
 さらし一丁のまま枕元の脇に置いていた飛龍昇を拳に嵌めて戦に備える。
「あと少しという所で来たか。行ってくるので船は頼む」
 大鎧を身に付け薙刀を手にした香坂 御影(ia0737)が甲板へと駆け出していった。
「頼んだぜ。俺は空を飛べないからなぁ」
 ぽんぽんと横に寝そべっていたふぇりすの背中を叩いてタクト・ローランド(ia5373)が大欠伸をする。
 楽な依頼だと思ったがそうはアヤカシが許さなかったか。
「起きな、問題発生だ」
「とりあえず乗組員は全員一箇所に集めておくか。操舵室なら外の様子もわかるし何かあれば動ける」
「とーまは行かないの?」
 とルイが相棒の顔を見上げた時、足元から衝撃音が聞こえた。
「何だ!?」
 欠伸をまだ噛み殺していたタクトの表情が精悍なものへと変わる。聴覚を極限まで研ぎ澄ます。
「貨物室で何かぶつかってるな‥‥ふぇりす!」
 廊下へ出たタクトの足元を小さな獣が弾むように前に出て駆けてゆく。後をタクトも追う。
「ルイ、人魂を頼む。船内に他に異変は無いか?」
 探らせつつ、統真は他の部屋の扉を叩き、客室に残っている者がいたら操舵室へ行けと声を上げる。
 操舵手に見張り、それを除いたら開拓者の他には一人しか残っていないはずだが。
 寝ていた一人が慌てて飛び出して、指示に従って上に向かう。
「とーま、他には何も居ないよ?」
「それならいい。ルイも上に行っていてくれ。俺はタクトと一緒に貨物室の方を見てくる‥‥何かあっても無理するなよ」
 優しい気遣いにルイは小さな首をこくりと頷かせる。少し心配そうな目を一瞬見せたが、ぷいと顔を背けて階段を上がってゆく。

 貨物室の扉を開くとそこに見えたのは――。
 投石が貨物室内を飛び交っている?
 いや動いているのは三個だけだ。あっちへ当たりこっちへ当たりしながら手当たり次第に破壊を試みようとしている。
「あれがただの石なわけがねぇ、片付けるぜ」
 タクトの草履が床を蹴る。迫る存在を感じた石アヤカシがタクトへとその攻撃の標的を変える。
 体内を気が駆け巡り、突如発生した水の柱がアヤカシを下から突き上げる。
 くいと前足を動かしたふぇりすの身体が閃光に包まれて石の表面に紅く開いた眼を焼く。
「行くぞふぇりす‥‥こいつらを、蹴散らす!」
 せっかく運んでいる投石器を傷物にされてたまるかってんだ。

 統真が降りると既に戦いは始まっていた。
 積荷の隙間を駆ける黒い影はタクトか。飛び交う投石が集中攻撃を加えている。
「足場は悪ぃなぁ‥‥」
 収納する為に分解された投石器もバラバラにならないようにただ縄で纏めてあるだけだ。下手に踏んで崩れればこっちの体勢まで崩れてしまいそうだ。
「ま、拳士とシノビには絶好の環境とも言えるか」
 とにかく敵は潰しにかかろう。身構えて繰り出した拳から衝撃波がアヤカシに飛ぶ。
 避けられなかったアヤカシがまともにそれを喰らい、反対側の壁に叩きつけられる。
「おっとこれじゃ船体まで傷つけちまうな」
 積荷の隙間を潜り抜けてタクト達が戦う一角へと進む。入口で陣取ろうと思ったが、それでは遠距離攻撃しかできない。
 木葉隠を用いてアヤカシを翻弄するタクト。それを援護するようにふぇりすが鎌鼬を飛ばす。
 真下の位置を取った気合で湯気の立ち上る身体を跳躍させて拳を叩きつける。石片が飛び散り瘴気へと拡散する。
 別方向から飛んできたアヤカシがその背中を打つ。身体を捻らせて落下する直前に反撃の拳を入れる。
 その身を半分近くを砕かれたアヤカシが統真を再度打とうと突進する。
「させねぇぜ」
 正面から受け止めた拳に重い衝撃が響く。砕け散ったアヤカシ。
「‥‥これはさすがに痛かったな」
 じんと痺れるような感覚が手に残っている。石の突撃相手に拳を繰り出したのだから‥‥勢いは倍だ。肩をすくめて手首をひらひらと振る。
 ふぇりすと連携したタクトがもう一体を仕留めている。
 残り一体、三人で掛かれば瞬時に終わった。

「積み込んだ石にたまたま憑依ってそんな訳ねぇな‥‥外の襲撃と同時だし他の船が心配だな」
 貨物室の中を丹念に確認して他の積荷に異変が無い事を確認した統真が呟く。
「香坂が戻って来ないと動きようがないしな。とりあえず上に戻ろうか」
 再び耳を澄ましたが異常を知らせる音は今は聞き取れない。
 警戒を続けながら、操舵室へと向かう。

「とーま‥‥」
 鍛えた身体にはたいした負傷ではないが打ち身の後が素肌に残っている。
 上で待っていたルイの手から風が舞い起こり、統真の身体を優しく包み込む。
 置いてけぼりにして一人で戦ってきたのがちょっとだけ不満だ。
(いつもいつも‥‥)
 居ないところで大怪我をしやしないかと、不安になってたのを隠すように背中を向ける。
 頭の上に暖かい掌が載せられる。いつの間にか飛龍昇を外していた。
 振り返った瞳がぐっと強く相棒を見つめる。
(最後まで面倒見てくれなきゃ、許さないんだからね)

 外を見ていたタクトが声を上げる。外では龍と飛行するアヤカシが戦っていたが。
「おい、一隻が墜落しそうだぞ!」


「相手は三体か。こちらも三騎。船には近づけさせぬぞ」
 甲板から相棒を乗せて即座に飛び立った輝龍夜桜と蝉丸。反対側の船からは御影の乗った天赦がアヤカシに向かっている。

 何かが木材に激突するようなくぐもった衝撃音が聞こえる。輝夜(ia1150)達が飛び立った船だ。飛行が不安定になっているのが見える。
 だが舵は何とか取り戻してはいるようだ。‥‥が、何だか動きがぎこちない。
「船の方が心配じゃ‥‥一気に行くぞ、輝桜」
 喰らいつこうとするアヤカシの攻撃をすり抜け、反転して長槍を叩きつけるかのように振り被る。
 確かな手応え。縦一文字にザックリと切り裂き、輝龍夜桜が下降する勢いで下唇までを一気に総鉄の餌食とする。
「あと一手じゃ」
 旋回して体勢を整えた背中に、一際大きな衝撃音が響く。対峙している今この瞬間に振り向いている余裕は無い。
 アヤカシに最後の一振りを加えた時、輝龍夜桜が急に進行方向を変えて回避行動を取り全速力で位置を変える。両手で武器を振るっていた輝夜が落ちそうになり、その首にしがみ付い
た。
「な、どうしたのじゃ!」
 瞬間、大きな図体が至近を飛び抜ける。飛空船!?
 直撃していたら間違いなく龍と一緒に弾き飛ばされて大変な事になっていただろう。愛龍の機転のお陰で命拾いをした。
 発生した乱流に煽られた体勢を何とか取り戻してはばたく輝龍夜桜。
 飛空船の脇からバラバラと石のような物が空中に飛び出して‥‥浮いている。
「積荷にアヤカシが潜んでおったのか!」
 舌打ち。飛空船は高度を下げながら不安定に飛行して突き進んでいる。中で何が起きているのかここからではわからない。

 同じく口型のアヤカシを片付けた鈴木 透子(ia5664)が船に急行している。それなら我は外を片付けよう。
 石らしき物も船へと‥‥そうはさせぬ。息を胸一杯に吸い込む。
(さて、じるべりあ風に言ってみるとこんな感じかの?)
 腿をしっかりと締めて体勢を整え、長槍から離した片腕をぐいと石達に向かって突き出す。
「かま〜ん!」
 掌を上に向けて二本の指をくいくいっと。王道的な挑発の仕草。
 それが見えたかはわからないが石は三体とも輝夜へと軌道を変えて向かってくる。

「蝉丸、できるだけ扉の近くに降ろして。あなたは空中で待機していて」
 忙しなく揺れている甲板。船体に衝突しないように慎重に蝉丸は入口の扉へと近付く。扉の取っ手にしがみ付くように甲板へ足を下ろす透子。
 くぐり抜けて急いで扉を閉める。突然横揺れが襲い、壁に叩きつけられそうになる。扉の向こうで何かがぶつかった音。
 船橋の壁と衝突した蝉丸は一旦は体勢を崩したが、すぐさま飛び立つ。安全な距離を取りながら中に入った透子を心配げに船の傍を舞う。

「まずは上‥‥」
 階段を登るとそこには右腕をだらりと垂らした操舵手が必死に片手で飛行を維持しようとしていた。
 苦痛と恐怖に歪んだ顔が振り返る。
「戻ってきてくれたか!くそっ、貨物室がやられたらしい。どてっぱらに穴を開けられちゃ船がひっくり返っちまうぜ」
 最初に船が大揺れした衝撃で叩きつけられて、このザマだ。
 透子の治療が効き、右腕は元通り使えるようになった。これで少しは船を安定させられるだろうか。
「一度降りたらおそらく離陸は無理だ。このままリーガ城まで何とか飛ばすから、悪ぃが全員他の船に退避させてくれないか」
「あなただけで大丈夫ですか?」
「伊達に一人でこの船を飛ばしてないぜ。治療してくれてありがとよ。他の二人が貨物室の様子を見に行ってるからそっちを手伝ってくれ」
 積荷がしっかりと固定されていれば、後は船をできるだけ軽くすれば。動力はやられていないから着陸は支障無いはず。
 透子は急いで貨物室へと向かう。
 衝撃で切れたり緩んだりした縄を二人が必死に結びなおしている。幸い、積荷は無事なようだ。
 搬入口の扉が破壊され、そこを吹き抜ける風が危険だ。揺れる度に、そこから放り出される可能性もある。
(客室に確か毛布が‥‥!)
 踵を返して上層から毛布を目一杯抱えて戻る。空気を通してしまうので効果はさほど無いかもしれないが、余っていた縄を張って毛布を帆布のように固定してゆく。
 外に放り出される危険と隣り合わせの作業だ。身のこなしには普通の人よりは自信があっても冷や汗が伝う。
「これでも、少しはマシですね」
 二人を誘導して甲板へと向かう。一人ずつ蝉丸の背に乗せて移らせるしかないか。
 舵はさきほどよりは安定しているので何とかなるだろう。
「お願いね蝉丸。他の船へ運んであげて。降ろしたらまた戻ってきて」
 騎乗を手伝ってしっかりと龍の背中へと乗せ送り出す。
「降りたらすぐ船の中へ入ってくださいね」

 体当たりだけが能の石アヤカシは歴戦を潜り抜けた輝夜の相手ではなかった。
 三体同時に相手しても、致命的な打撃を受ける事はない。むしろ円形に一薙ぎにした槍が同時に三体を打ち払う。
 御影の助勢もあり炎に焼かれ真っ白になった石塊が塵となって風に消える。
「空は片付いたな」
 移乗を済ませた透子が蝉丸の背に乗って二人に近付いてくる。
「船の方は大丈夫か」
「アヤカシはもう居ないけれど搬入口が破壊されて飛行が厳しくなったわ。でもリーガ城までは行けるから少しでも軽くする為に乗員は移動したの」
 やや安定した飛行は取り戻したものの、負担はできるだけ避けたい。
「もう少しじゃ。我らはそのまま龍で飛ぶかの」
 哨戒がてら輝夜と透子はそのまま飛行を続ける。あと少しだ、龍の体力も何とか持つだろう。
「僕は一旦他の船の様子を見てくる。後で交代するからこっちの甲板に来てくれ」
 御影は天赦を急がせてまずは中央の船へと向かう。


「天赦、警戒を頼むぞ」
 甲板に着陸するなり龍の背から飛び降りた御影は船内へと向かう。
 操舵室から降りてきたコルリスが事情を告げる。水先案内人二人が憑依されていたと。
 貨物室にもアヤカシが現れたが、そちらと共に退治は終わっている。
「皆さんは上に居ます。隣の船の方は疲労されてらっしゃるので桜さんが付き添って客室で休んで頂いてますが」
 上で奈義に掃討の報告を済ませると自分の搭乗していた船に戻る事にした。
 石型はどちらの船にも居た。それならば、タクトと統真の方も同じ状況だったろう。
 こちらは二人を船内に残していたので心配は無いと思うが‥‥。

 次第に地上が近付き、リーガ城が見えた。城壁に囲まれたジルベリア様式の街。
 手旗を振った二隻と龍に騎乗した開拓者が離れ、傷ついた一隻が雪原に着陸を試みる。
 固唾を呑んで見守る一行。
 雪煙を上げて無事着陸した時には一斉に息を吐いた。
 応急処置をされた搬入口をやや上に雪へ載った船がゆっくりと姿勢を水平に戻す。宝珠の動力の微調整で、なんとか搬出も可能な状態に船が据え置かれえた。
「こっちも着陸したら城に運び込む前に荷物を総点検だぜ」
 まさか城にアヤカシを運び込むなんて事態だけは御免だ。
 到着を待っていた城の兵士達が門から駆けてくるのが見える。
「それじゃこの船も着陸させるから、集中するんで船の中に戻ってくれよ」
 装置に手を添えた操舵手が険しい顔をする。
「おい、このまま降りるけど位置はいいか〜!」
「問題なし!降りれます!」
 見張り台から怒鳴るような大声が返ってくる。
 二隻も次々と雪原に着陸し、その搬入口を内側から開いた。
 開拓者も手伝って投石器を下ろして動かせるように組み立てる。そのままでは城の中まで運ぶには重過ぎる。

「投石器6基、確かに受領した」
 騎士の鎧を纏った男が書類を手に奈義と話し込んでいる。
 どうやらあの状態では一隻はすぐに離陸できないので、修理が終わるまで滞在する旨の相談をしているようだ。
 もうすぐ戦場になる可能性のあるこの場所。男が懸念の表情を浮かべているが仕方あるまいと頷き、領主の了承を伺うべく城へと戻る。振り返った奈義が開拓者に声を掛ける。
「護ってくれてありがとうよ」
 黒髪を掻き揚げて唇を歪めて眉尻を下げ、どういう表情をして良いか困った顔をしている。
「それにしても、まったく素性に問題ある奴を乗せてしまって面目ねぇ」
「どういう経緯で水先案内人を乗せたんだ?船に乗る前からアヤカシは用意されてたとしか思えないが」
「偽書簡だった‥‥んだろうなぁ。紹介状のサインは帝国の人物だったが」
 読んで返したそれは飛行中に処分されてしまったのか案内人達の死体にも部屋にも見当たらなかった。
 そういう人物が本当に居るか、それは天義のギルドを経由してジルベリアにも問い合わせて確認はしていた。
 知れ渡っているような人名ではない。その名を騙ったならこちらの国の人間か。
 誰が何の意図で‥‥。