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■オープニング本文 少女の姿をしたアヤカシの手により村が壊滅――。 生存者は勇敢なる開拓者達の手によって無事救出されたのだが。 大勢の遺骸を抱えたまま、村は火を放たれて焼け落ち――。 生存者の一人は救出後、天命を迎えてまもなく隣村で息を引き取った。 また一人は過去と現在の惨劇に打ち克つ為に、神楽に住まう同胞の元へと旅立つ用意をする。 だが、その前に。 「村をそのままにはして行きたくはないのです」 伊津と名乗るその女は依頼を開拓者に託した。 乳飲み子を抱えて一人で、大勢の弔いを行なうのは困難である。 そして件の村は壊滅したが、まだアヤカシの脅威は完全に取り除かれたわけではない。 その実力はギルドにより中級と目される危険な少女アヤカシは去った。その消息は不明である。 だが首謀者が居なくとも、狼や鳥の姿をしたアヤカシがまだ跋扈している。 「命を助けて戴いた上に心苦しいのですが‥‥」 アヤカシを掃討して、村の弔いを手伝ってほしい。 焼け落ちた家屋に埋もれた三十人近い犠牲者の遺骨。 どう彼らを弔ってやったらよいのか‥‥その中には伊津の夫であり赤子の父親であった男の骨もある。 最初の故郷を亡くした彼女を暖かく迎え入れてくれた村人達は全て家族のようにも思えた。 「よしよしちょっと待ってね、なっちゃん」 しきりに乳をねだる赤子のあどけない顔に微笑みを浮かべるが、伊津の顔はすぐに哀しみに翳ってしまう。 「どうか‥‥お願い致します」 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
ザンニ・A・クラン(ia0541)
26歳・男・志
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
ベアトリクス・アルギル(ib0017)
21歳・女・騎
久野(ib0267)
26歳・男・陰 |
■リプレイ本文 開拓者ギルドの過去の報告書は申し出さえすれば特に差し障りのある内容でない限り、誰もが閲覧できる。 今まで何が起きてどう解決されたのか仕事の情報を共有する事は全ての開拓者に取って有益となる。 アヤカシの研究という名分があろうと純粋な興味本位であろうと、その意までは問われない。 ザンニ・A・クラン(ia0541)と久野(ib0267)もそうして、この事件の経緯を報告書を通して知っていた開拓者であった。 墨跡も新しい依頼の掲示に書かれた文面を読むと、つい最近見たばかりの報告書にも載っていた内容と重ねられる。 「依頼人、伊津殿‥‥」 字筋を追うザンニの視線と共に唇から言葉が洩れる。 かねて興味を抱いていた一連の報告の最後に出ていた名。氷納と名乗る人型のアヤカシに二度も村を滅ぼされた女性。 「ふむ‥‥興味深い」 「もしかして同じ依頼かな?」 振り向いた先に立っていたのは色の白いひょろりとした男。久野が涼しげな緑の瞳を柔らかく細めていた。 「俺でも役に立てるかと思って受けたんだけど、よろしく。掘る道具が必要だろうから借りる手配はしといたよ」 みぞれが降りしきる景色。件の村からは少し離れた位置の隣村にあたる。 「早く止めばいいのですが‥‥」 掃討には参加せず、伊津親子の世話と埋葬の支度を進める心積もりの露草(ia1350)。 「村に来る時に寒いだろうからそのまま着ててよ。おいらは平気だから!」 着の身着のままで救出された伊津は今は顔見知り程度でしかない隣村の知人の家に寄宿している。 言えば蓑笠を借りる事もできるだろうが、それよりは開拓者がよく羽織っているような外套の方が着心地もよく暖かい。 自分の外套を差し出した小伝良 虎太郎(ia0375)は元気な笑顔を見せて心配ないと請け負う。 「動き回ってたら風邪なんか引かないよ!」 「掃討が終わり次第、村の方に行くからな」 討ち残したアヤカシを滅ぼさんと厳しい顔のバロン(ia6062)が促す。 「奈津ちゃんまた後でね」 黒い鎧を纏った騎士ベアトリクス・アルギル(ib0017)が伊津の腕に抱かれた赤子の愛らしい表情に頬を緩ませ、優しく手を振った。 「では皆様、お気をつけを」 露草は伊津達を連れて後から向かう。この寒い中で一昼夜外で待機させるのは無理がある。 焼け残った建物はあるかもしれないが‥‥そこには遺体があるかもしれない。長時間滞在させるのは酷だ。 森と共に村の跡が見えてくる頃、風が出てきた‥‥冷たい雫が降り止む。 遠く見える黒く朽ちた無残な建物の跡が哀しみを誘う。あの下には幾人もの犠牲者がまだ残っている。 (私達が守れなかったもの‥‥次こそ守らなきゃいけないもの‥‥) 虚祁 祀(ia0870)が唇を噛み締める。 (ただ災厄と‥‥割り切って去る事はできない) 紐を解いた黒髪が風に舞う。森に入る前の一呼吸。静かに心の中に祈る茜ヶ原 ほとり(ia9204)。 握り締めた藍色の弓。 「そうね、戦わなければ前に進まないわ」 ● 淡々とした表情で無口に歩む。傍らを進むザンニとは必要な数しか唇を開いていない。 ザンニの方も特に掛ける言葉もなく、森のしんとした空気が無という音になって聞こえるかのようだ。 時々枯れ枝を踏む音と遠くで聞こえる獣達の声だけが響く。アヤカシか否か声だけでは判断ができない。 だが森の獣はよほどの事が無い限りは、武装した人間達を自ら襲ってくる事はないだろう。 懐の撒菱を布越しに手触りを確認しながら、警戒の眼を見通しの利かぬ場所へと向けるザンニ。 ほとりの指がつと弓の鳥打の優美な反りを撫でる。雨天に備え油で手入れしたばかりのその肌を滑るように伝う。 ザンニの足が止まり、青い瞳が細められた。 「この先に‥‥居そうだな」 捉えた気配。群れている少数の獣。長巻を抜き払う。刃と同じ程の長さもある柄を握り締め戦いに備える。 弓を構えたほとり、茶色の瞳が微かな緊張に紅の色合いが濃くなる。 嗅覚も聴覚も人間よりは優れた相手。完全な不意打ちは難しい。こちらの接近を感知した相手は集団で襲い掛かってきた。 「六匹か‥‥」 俺だけで防ぎきれるかな。弓を得意とするほとりに接近させてはならない。 「未熟でありながら、こんな子供じみた性分故な。‥‥さぁ、戦とあらばまず俺を殺しにかかってもらおうか」 右へ左へとほとりの射線に入らないようにしながら果敢に長巻を振り回して立ち回るザンニ。 幾筋もの傷を受け血を流しながらも、ほとりの盾となるべく身体を張る。 「そっちには行かせない」 次々と矢を射て手数を稼ぐほとりと自分の間に用意していた撒菱を散らせ、アヤカシ共を駆け抜けさせぬようにする。 一瞬動きを制限された狼アヤカシ共に矢の雨を降り注がせる。回避しきれなかったアヤカシの唸るような悲鳴が木々の間に響き渡る。 その向こうではザンニが刃に敵を捉え、傷ついたアヤカシを確実に屠る。 辺りが静まった時には相当の血を流していたが、爽やかに微笑みを浮かべる。 「無事だったみたいだな、良かった」 女性が傷つくのを見たくはない。例えそこが戦場でその人が武人であっても。 その為であるなら、自分が血を流すのは幾らでも構わなかった。 「ええ、私は‥‥。護ってくれてありがとう、ひどい傷だわ手当てしないと」 一緒に歩いている時はとっつきにくい人かと思っていたが意外な感じであった。 それはザンニの方も同じであったろう。表情を変えてテキパキと手持ちの薬草と包帯で応急手当を施すほとりには先程までの冷たい雰囲気は無かった。 「ふふっ、戦う時は雰囲気が違うのね」 その言葉は図星で思わず苦笑する。 「いざとなると冷静に立ち回れない性分でな。ついつい闇雲に突っ込んでしまう。手間を増やしてすまないな」 ● 「晴れてくれて良かったかな‥‥」 雲が途切れ高く伸びた枝の間から現れた柔らかな陽射しが慎重に歩を進める二人を照らし始めていた。 開けた歩きやすい地形を選んでバロンと祀は進んでいた。アヤカシの方から嗅ぎ付けてくれれば好都合。 (今回はきっと本能のままに襲ってくるはず) 自分達の勘と心眼だけが探索の頼りだが、術はそう何度も使えるものではない。 来たか――!と思う時に祀はその意識の網を伸ばした。バロンの猛禽のように鋭い狩人の眼も辺りを警戒している。 翼の音よりも先に、祀の感覚が鳥の姿を捉えた。まだ木々の枝が邪魔でその姿は肉眼では伺えない。 「空から‥‥それに狼もこちらを嗅ぎ付けたみたいだね」 迎え討つに現在位置は適している。アヤカシからも攻撃しやすいがこちらも立ち回りやすい。 「上は任せろ。確実に射抜いてみせる」 濡れた土を強く踏みしめ、矢を番えその瞬間を待つバロン。 抜き放った名工の手になる刀を両手に構え、いつでも踏み出せるべく腰を低くしてその脇を護る祀。 神楽の狭い長屋の一室で、そしてこの退治するべくアヤカシ達が襲った悲劇に呑まれた村で、互いの腕と息は熟知し信頼している。 獲物を見つけた喜びの鳴き声と共に空に翳が差した。 降下して嘴を突き立てんとするアヤカシに矢を放つと同時にバロンの身体がその場から移動する。 ぴたりと寄り添うように移動した祀の視界に一斉に来る狼の姿が見えた。五匹――。 連射された矢が全て突き立ち、一羽がどさりと地に落ちる。あと二羽――。 祀の刀が毛皮を深く切り裂き、バロンを狙う狼達を返す刀で振り払う。死角から喰らいつこうとした第五の敵を素早く位置を変えて回避する。 次の矢を放ちながらまたバロンはひらりと身を翻らせる。紅い燐光を撒き散らせる刀が二匹目、三匹目と屠る。 多少の傷を受けるが牙を深く突き立てられる前に転々とし、付け入る隙を見せない。 鳥を狙い撃つバロンに近付けさせはしない。無駄のない動きが残る狼アヤカシ共を翻弄させる。 その間に確実に一羽ずつ空襲を仕掛けたアヤカシは撃ち落とされた。 地表へ目を向け、弓を構えなおしたバロン。それを背に祀が地を蹴って飛び込み刀を深々と突き刺す。引く刃と共に血飛沫が溢れ出る。 鋭い鏃を眼球に突き立てられ咆哮を上げる狼。躊躇なく一刀の下に濡れた土の上に平伏した。 ゆっくりと瘴気に還ってゆくアヤカシ達。やがてこの戦いの跡もなくなるだろう。 「怪我は大丈夫か?」 「たいした事ない。かすり傷だ」 数あれどただの獣の姿に宿したアヤカシ。二人は再び森の掃討を続けるべく歩を進める。 ● 「アヤカシの脅威、取り除きましょう」 陰陽師の久野を中心にして、小柄ながらも鍛えられた肉体を武器とする虎太郎とがっしりと武装したベアトリクスが護るようにして進む。 見通しの悪い箇所では久野が小鳥の姿をした式を飛ばして歩む先の様子を探る。 狼が通ったような跡がないか足元に注意を払って観察する虎太郎。その具現した肉体が獣であるのなら必ず痕跡があるはず。 草の生えてない季節、土が剥き出しでぬかるんでいる。木陰には雪の残る箇所もある。 「こっち」 小声の呟きに付き従い、探索の手を伸ばす。 偵察に飛んだ小鳥が襲い掛かった狼に捕らわれ消滅した。 「五匹」 囁いた久野に頷き、ベアトリクスと虎太郎が枯れ枝を踏まないよう気をつけながら小走りに前に出る。 久野と離れすぎないよう気をつけながら、もし後ろから襲撃があればすぐ反転できるように。 木陰から飛び出すように狼アヤカシ共が襲ってきた。 「黒騎士、ベアトリクス・アルギル。参ります」 片手にランスを構え、黒いオーラを身体に纏ったベアトリクスが正面の敵へと攻撃を繰り出す。 狼を彷彿とさせる動き、鋭い爪を伴った虎太郎の拳が跳躍したアヤカシに連続で叩き込まれ木の幹へ弾き飛ばす。 鎧に覆われていない部分を狙って牙が突き立てられ、ランスを横殴りに叩きつけて引き剥がす。 獲物の気配を聞きつけた鳥アヤカシも枝の間から降下し、ごちそうにありつこうと仕掛けてくる。 地上の敵の相手を二人に任せ、式の斬撃で鳥型の撃退に集中する久野。真空の刃が切り裂き、血飛沫と共に羽根が舞い散る。 別の鳥が久野を狙ったが虎太郎の気功波に撃たれ、再度旋回して態勢を直すべく羽ばたいて高度を取り戻す。 「空は任せるね」 庇うように両手両脚を広げ、迫る狼を素早く繰り出す連打で撃退する。傷つけられてもその攻撃の手は一瞬たりとも弛まない。 翼を傷つけられて落下した鳥を貫いて、ベアトリクスが虎太郎と狼を挟み討ちに掃滅する。 「ふぅ‥‥数が多いとやはり辛いですね」 単衣一枚の虎太郎より存外深い傷を受けた。そこは経験の差もあるが、正面から受け止める騎士と変幻自在に敵の攻撃を流す秦拳士の作法の違いもあるのか。 ● 翌日の夜明け、露草は親子を連れて出発した。 村を構成していた人々の情報を伊津に尋ねる時間はたっぷりとあった。 蘇る想い出に時々涙ぐみながら、無理に促さず語って貰い必要な時だけ確認の言葉を挟んだ。 「さー」 奈津が母親の腕の中から小さな手を伸ばし、露草の袖を引っ張る。名乗ったのは憶えてくれた様子で、昨日からしきりに露草の事を『さー』と呼び母を困惑させるくらいしきりに大粒の目を輝かせている。 「みかんの味が好きなんですね、はい喉が渇いたかしら」 乳離れはしてないが、昨日飲ませてあげたみったんジュースの味が至極お気に入りのようだ。赤子一人で一度に飲みきれるような量ではないので、まだ道中に喜ばせる分は充分に残っている。 唇の周りをべたべたにしながら飲む様子に微笑みが洩れ、優しくその跡を手拭で拭き取ってあげた。 掃討を終え森の入口での野営を早々に撤収した祀達はできる限り伊津が来る前にと、村の廃墟で作業を進めていた。 遺体遺品の回収と穴掘りに分かれ、言葉少なに弔いの準備をする。 瓦礫の下から出てくる遺骨の姿が死したその時の様子を表していて、アヤカシへの怒りを誘う。 先の調査の際に同行していた者は見かけた姿勢そのままで炎に焼かれている様子を見て、苦い記憶が蘇る。 中には半ば焼け焦げた‥‥目を背けたくなるようなものも。火の回らなかったはずれの方では微かに腐敗の始まった遺骸‥‥。 本来天儀の風習としては土葬で弔われる事が多いが、このような遺骸をそのまま土に埋めるのは忍びなかった。 どの位置から回収したかを記し、遺品を整理して並べていった。荼毘の煙が空を霞ませる。 到着した露草は親子をベアトリクスに任せ、背に担いできた布で遺品の傍に整然と並べられた遺骨を丁寧に包んでゆく。 着物が残っていた者はかつて着用していたそれを。 「‥‥せめてこれくらいしかできませんが」 まだ瓦礫の下から全てを回収できていない。人魂を使える露草は久野に協力を請われて続きを手伝う。 アヤカシは家の中だけで殺したとは限らない。何処に打ち捨てられているか丹念に村の周囲まで範囲を広げて探索する。 哀しみを堪える伊津の震えた声を頼りに、墓標に名を書き入れてゆく祀。できるだけ状態の綺麗な板を選り分けバロンが削って加工したものだ。 ひとつひとつ墓が季節になれば花がたくさん咲くという場所に寄り添うように作られてゆく。 暮らしながらこの花を愛でた事もあったろう。誰かに捧げる為に摘まれた事もあったかもしれない。 露草達が向かった場所で薄い煙が立ち昇り、やがて血に汚れた着物を抱き抱えて戻ってきた。 「おまえさん‥‥!」 伊津が叫び、きつく抱き締められた奈津が盛大な泣き声を上げる。あれは夫の――伊津が縫った物だ間違いない。 今にも崩れ倒れそうな身体を優しく支えるベアトリクス。ほとりが受け取った赤子を懸命にあやしている。 夫の遺骸を抱き嘆きに暮れる悲痛な姿にザンニが耐え切れず面を背ける。 どんな無残な姿であったかは久野も露草も黙して語らない。果敢に最後まで抵抗したのだろう‥‥無数の傷があり、目玉まで抉られていた。 刃物‥‥獣の仕業ではない。彼を甚振った犯人の顔が露草の脳裏に過ぎり、胸の中に深い怒りが込み上げた。 (必ず仇は取ります、絶対に‥‥討ち果たします!) 見つけてきた一輪の花を久野が墓前に捧げた。虎太郎も、見知らぬ亡き者達に手を合わせて真摯に祈る。 (どうか安らかに。これ以上誰かにこんな想いをさせないように、おいら頑張るからっ) 「伊津さん‥‥」 墓の前でいつまでも動かない彼女の手を強く握り締める。 「村の方々も、貴女がいつまでも塞ぎ込んでいては、安心して旅立つ事が出来ないのではないでしょうか?」 「さあ、行きましょう」 彼女には奈津もいる。奪われた以上のものを手にして欲しいと願う。 伊津を送り届ける道、それぞれの誓いや願いが麗らかな春の兆しを見せる景色に溶けてゆく。 やがて時を置かず伊津親子は過去と向き合う戦いへと旅立つ事になるが――それはまた別の物語である。 |