辺境村の小さな脅威
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/14 05:45



■オープニング本文

「ヒーヒヒー!」
「ヒー!」
「ヒヒ?」
「ヒーヒヒヒヒヒヒー」
 奇妙な声が村の静寂を破った。
 ここはジルベリアの一辺境にある村、帝国の威光も主君が言うならそう従えばいいと特に変わり映えもしない毎日を送っている。
 一応名ばかりは所属している事になっているらしい領有権を主張する街から徴収の取立てでも来ない限りは、昔ながらの牧歌的な暮らしだ。代表者として村長は居るものの手に負えないほど困る事があれば陳情頼み、普段は家畜の世話をしていたり村人と暮らしは何ら変わりはない。
「あの声はなんだ?」
「まさか、アヤカシか」
「まて一人で見に行くなよ、子供達は家に入れろ!」
「いや‥‥声がしなくなるまで待とう。村の全員が安全か、それを確認しよう」
 気のはやる者を抑え、不安をそそられながらも男は落ち着きを崩さず冷静な対応を呼び掛ける。
 アヤカシが人里を襲うのは一つの共同体にとってはそう頻繁な事ではない。だが、地域、国と視野を広げていけば珍しくもない事なのである。

 奇妙な声は去った。
 恐る恐るではあるものの、武器になる物を手に取り厚い防寒具に身を包み村人達が様子を見にゆく。
 家屋が密集してる辺りを囲う柵から出ればすぐ、夏は放牧に使っている草原だ。まばらに木は生えているものの見晴らしは良い。
 少し離れた場所には針葉樹で構成された森が広がっている。
「ヒ!」
 小さな影。雪だるま? 大人の膝丈くらいしか無いだろうか。
 いくらただの村人相手でも大勢に囲まれるのは無理だと思ったのだろう。小さな雪だるまがピョコピョコ跳ねながら雪原の中を逃げてゆく。
 辺りには似たような丸い後が無数に残されている。大きさはそれぞれ微妙に違う。
「往復として‥‥二十体くらいか」
 さきほど皆に冷静な対応を呼びかけた男が、やはり落ち着いた口調で痕跡から推察する。
 おそらく。獣の痕跡を見るのに慣れた狩り好きの男が同意した。これは退治をギルドに頼まなければならない数か。
 一匹だけなら見たところ‥‥村人でも集団で掛かれば勝てそうな感じではあったが。

「ジョ、ジョーイ!」
 辺りをまだ警戒していた男の一人が悲鳴を上げた。ジョーイ、それは男が飼っていた犬の名前だ。
「どうした?」
「ジョーイが‥‥やられちまった‥‥」
 よく懐いていて大人しい気性だったので放し飼いにしていたのだが。人の安否にばかり気を取られていて、犬の不在は失念していた。
 半ば雪に埋もれるようにして倒れていた冷たい骸。ひどく殴打されたのか黒い毛皮の下は全身にわたって無数の鬱血の後がある。
「調べても‥‥いいか? なるべく被害の特徴は報告してやった方がいい」
 沈着な顔をしているが――そうこの男、家族をアヤカシにやられ子供の時に親類が居るこの村に引き取られてきたのだった。
 どんなアヤカシにやられたかもわからずそれは未解決のまま、何も言わないから未だに彼の仇の正体はわかっていないのだろう。
 それを思い出し、ジョーイの飼い主は言葉を呑み込んで頷く。
「氷が刺さったような痕もあるな。まず目を潰されたか」
 術で痛めつけて動けなくした後、寄ってたかって殴りつけて口に雪まで突っ込んで‥‥。吐いた痕もある。
 すぐには殺さず苦しむ様を楽しんだのだろう。

「逃げた先は森の中か‥‥」


■参加者一覧
橘 楓子(ia4243
24歳・女・陰
氷那(ia5383
22歳・女・シ
明夜珠 更紗(ia9606
23歳・女・弓
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
猫宮・千佳(ib0045
15歳・女・魔
ヴェスターク・グレイス(ib0048
24歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
御形 なずな(ib0371
16歳・女・吟


■リプレイ本文

●初めまして、小さな村

「最初の依頼で緊張するけど頑張るみゃっ」
 ねこみみ頭巾の可愛い小柄な少女、猫宮・千佳(ib0045)が先端に肉球のデザインをあしらった長い杖をぶんぶん振り回して気合を入れる。
 元気一杯に見えるが身体はまだ少し強張っている。実戦に出向くのは初めてだ。
 反乱だ鎮圧だと忙しない状況で人手は取られ、簡単に倒せそうなアヤカシとの村からの情報に新人開拓者を中心にギルドの斡旋で派遣された。
 同じ頭巾姿でも橘 楓子(ia4243)は経験豊かで落ち着いていた。大人っぽい雰囲気で長い黒髪が垂らされている。
 ジルベリアに来たのは初めてだったので土地の様子見がてら引き受けてみたのだが。
 寒いと覚悟はしてきたけれど‥‥張りつめた空気の冷たさが違う。風に飾りに付いている鈴がチリリと鳴る。
 天気が良いので暖かいかと思ったが、空気が澄むと寒気は余計に強く感じられった。
 この気候に慣れているはずのジルベリア人でもそれは同じようだ。フェンリエッタ(ib0018)が手を擦り合わせている。

「ここがジルベリア‥‥母上の故郷か」
 同じ田舎でも天儀の国々とは建物の様式も違う。森も葉の細い常緑の割合が多いように見える。
 青の瞳に銀色に輝く髪、明夜珠 更紗(ia9606)の母はこんな風景を見て育ったのだろうか。ふと亡き肉親に想いを馳せ、しかし任務を思い出し表情を引き締める。
 雪だるまという可愛らしい見た目で下劣な行為を行なうアヤカシ。これ以上誰かを犠牲にしてたまるものか。

 依頼の名義人である村長の家に挨拶を済ませ、被害にあった犬の埋められた場所を通った時に氷那(ia5383)が膝を付き軽く黙祷を捧げた。
「可哀想にな‥‥寄ってたかって殆ど嬲り殺しだっていうやんか」
「無念は晴らしてやるからな‥‥」
 ジルベール(ia9952)の漏らした言葉に続けるように更紗が冷たい土の下に眠るジョーイに誓約した。
(仇を取るなんて事は軽々しく言えないですが、せめてあなたの大切な家族は危険が及ばぬよう)
 知らぬ者には更紗と姉妹にも間違えられそうな似た雰囲気。目を開いた氷那が銀色の髪を靡かせて立ち上がり墓に背を向けた。

「あ〜それにしても寒っ。ってラヴィ、そんな格好で外にずっと居たら風邪引くで」
 単衣一枚の薄着。夫と共に依頼を受けてやってきたラヴィ(ia9738)はきょとんとしている。お嬢様育ちで野外活動のノウハウには疎い。
 ジルベールに言われてみて初めてその事に気が付くようなおっとり具合である。
「余分に持ってきておいて良かったわ」
 外套を優しく着せ掛けてやり、ほっと溜め息を吐く。念の為にと思ったが自分の嫁の役に立つとは。

「出発する前に村の人に詳しい話も聞いておこうか。無闇に足跡を追っても、こっちは地形が全然わからないからね」
「危険な場所や潜みやすい場所がわかれば動きやすいな」
 一行が手分けして村人に訪ね歩く間にジルベールはちょっと用意したい物があるからと民家にお願いをしに行っていた。
「これ、あまり長い時間は持たないかもしれないが少しは足しになるやろ」
 端布を拝借して拳大の熱した石を巻いた物。懐中に入れていけばしばらくは暖になる。
「気が利くわねぇ。助かるわ」
 艶のある微笑みを浮かべ楓子は落とさないよう懐に仕舞いこむ。うっかり火傷しないように気をつけながら。
「それでは冷めないうちに行こうか」
 兜を深く被り表情の見えないヴェスターク・グレイス(ib0048)。
 その胸には大切な命を奪い去った怒りが滾っている。絶対に‥‥逃がしはしない。平穏な暮らしを破るモノに鉄槌を。

●針葉樹林を探し歩いて

 雪だるまが団体で移動した独特の痕跡は森の奥へと向かっている。
 森林の空気を吸いながら歩くのは好きではあるけれど‥‥更紗が思わず呟きを漏らす。
「流石にこの季節なら、毛虫も出ないよな」
 辺りの木々を見回す。葉は雪を被り、虫の気配などひとつもない。
「虫さん嫌いかにゃ? 出たらチカがぼわっと燃やしちゃうから大丈夫みゃ♪」
「おいおい敵さんに聞きつけられるで。静かに行こや」
 人差し指を唇の前に立てたジルベールの囁きに千佳が慌てて両手で口を塞ぐ。ついつい声が高くなってしまった。
「待ち伏せできそうな場所にはそろそろ着きますね」
 フェンリエッタが警戒の目を凝らす。適している場所を先客‥‥すなわち敵に取られてなければいいが。

「お気をつけて向かわれて下さいませね?」
 囮役の三人の身体が淡い透明な光に包まれる。
 歩けばすぐに効果は無くなってしまうが、せめてもの気持ちとして精霊の加護を願うラヴィ。

 微かな音でも捉えられないだろうか。氷那が聴覚を研ぎ澄ましてアヤカシの気配を探る。
 よく喋るとは聞いていたが、今は森はしんと静まり返っている。自分達の雪を踏む音だけが聞こえる。
「待て」
 オラース・カノーヴァ(ib0141)の低い声が足を止めさせる。勘がこのまま進んではいけないと告げている。何処がとははっきりわからないまでも何か不自然な‥‥。
 足元の雪を掬って玉にして投げてみるが何も起こらない。
 慎重に歩を進めた先頭の氷納の脚が滑るように沈み込む。
「‥‥っ」
 咄嗟に後ろから上着を掴んだオラースの手を軸に氷納が身を翻す。空洞に崩れ落ちてゆく雪。
 具足を纏った重量、掴まる物が無かったら足を取られていた。
「ありがとう、一応罠を張る知恵はあるみたいですね」

 その先にアヤカシの巣くう場所があった。
「ヒッ!」
 三人でも力量は開拓者の方がありそうな気配の為か向こうも様子を伺っている。警戒して近付いては来ない。
 雪玉を投げつけても挑発には乗ってこないだけの知恵もある。
「ヒーヒー!」
「ヒーヒー!」
 少し離れた位置からも木霊のように同じような声返ってくる。仲間を呼び寄せているのであろう。その方が都合が良い。
 纏めて追わせるべく、互いに牽制しあうだけの時間が過ぎる。
「フェンリエッタ、氷那、数えたか?」
 オラースが小声で二人に囁きかける。
「バラバラに後退するぞ。弱い者いじめが好きな奴らだ‥‥その方が釣れる気がする」
 ようやっと氷柱をバラバラと撃ち込んでくるアヤカシ達が距離を詰め始める。
 良い装備に身を包んだ開拓者は新米と言えども抵抗力に恵まれていて術は何の脅威にもならないが、そこは演技で。
(おいおい、本気で弱すぎやしないか‥‥) 
 作戦など不要だったかもしれないとも思ってしまう。
 短剣を手に逃げ腰を装うフェンリエッタ。氷柱の攻撃から顔を庇いながらじりじりと後退する。
「ダメです逃げましょう!」
「ヒッヒー!」
 よし、散り散りに逃走する三人をアヤカシが面白がるような声を上げて追ってくる。

●戦闘開始!

 開けた場所に疎らに生えた木の根元に雪が吹き溜まる場所があった。陰に身を隠して待つ開拓者。
 懐中の石は既に冷えてしまい役目を終えている。
 アヤカシ達の声が聞こえてきた。間違いなくここに向かってくる。
 三人がそれぞれの方向から駆けてきた。
「おつかれさん」
 立ち上がって弓を引くジルベールと更紗。ヴェスタークが剣を抜いて鎧に身を包んだ巨躯を突撃させる。
「反撃開始だ。お前達がいたぶったジョーイの仇、取らせて貰うぞ!」
 口調がガラリと変わり、フェンリエッタは身を翻し両腕を開き大小の刃を構える。翠色の双眸が輝き、同じ色の光が足元から全身を包み込んでゆく。
「逃がしはしないぜ」
 オラースの投げた焙烙玉が最後尾を狙って炸裂する。無数の鉄片がアヤカシの身体に突き刺さる。
「に、来たのにゃ! ネコネコミャーミャー、マジカルチカ出動にゃ♪悪いアヤカシはあたしが倒しちゃうのみゃ!」
 くるりと回転させた杖の先をびしりとアヤカシに突きつけて千佳が高らかに口上を述べる。
「食らうみゃ! 正義の雷、マジカルサンダーみゃ!」
 杖の先から迸る雷光がアヤカシの身体を包み込んで走る。
 声を上げて群がる敵を次々と切り伏せるフェンリエッタとヴェスターク。
「そっちには行かせない」
 リュートを手に高らかに武勇の曲を奏でる御形 なずな(ib0371)を狙おうとする攻撃を身体を張って守る。
「きゃっ、こっちに来ましたわ」
「ラヴィには傷ひとつ付けさせないで」
 至近に迫ったアヤカシにジルベールの矢が突き刺さり、尚迫る体当たりを受けて傍に居るラヴィを守り抜く。
「呪縛じゃ埒が明かないわねぇ」
 やたら数だけは多い。楓子の手から放たれた式がアヤカシの身体を打ち砕いて粉々の雪に還らせた。
 渾身の力で振るわれた剣撃でヴェスタークの周囲に群がったアヤカシの姿が少なくなっている。
 混戦の中で流れる音色が変わった。
 オラースの知覚が研ぎ澄まされる。
 小刀の先から火球が現れアヤカシを瘴気へと霧散させる。
「雪だけあって、炎には弱いか」
 それを見た千佳も雷主体の術からファイヤーボールへと切り替える。次々とアヤカシが炎に溶けてゆく。
 逃走を試みたアヤカシに氷那が瞬時に駆け寄り刀で切り伏せる。
 矢を突き立てた身体でぴょんぴょんと跳ね隠れようとする一体も見逃さなかった。
「‥‥さようなら、アヤカシさん」
 薙いだ刀に確かな手応え。最後のアヤカシが消えた。

 手ひどく攻撃を受けたフェンリエッタの身体を優しい風が包み込む。ラヴィが精霊に祈りを捧げていた。
「倒した数はカウントしてたか?」
 ジルベールの問いにそれぞれが自分の倒した数を申告する。
「囮の時に数えたのと合ってるわね」
 氷那の頷きにほっと息をつく。
「念の為、もう一度巣窟を確認しに行こう」
 弓を握り締めたまま、更紗が森の奥を見透かすように見やる。
「後は治療が必要な方はいらっしゃいませんか?」
「これぐらい平気だ」
 兜を直したヴェスタークが雪をざくりと踏む。討ち果たしたアヤカシは既に瘴気となったか雪と同化していて跡形も無い。
 森の中に討ち残しが無い事を確認した一行。
 村へ成果を報告すべく、帰還する。

●雪だるま退治の詩

 冬の森に 十人の勇士 雪の魔物を 討ちに集う
 氷の名を持つ乙女 風のように走る
 桃色の柔らかな瞳 癒しの微笑み
 翠光の騎士 巨躯の戦士 煌く雪片の中で荒ぶる――

 手慰みにリュートを爪弾きながら、なずなが歩きながら即興の歌を口ずさんでいた。

 ――私は奏で手 彼らを歌にて語り継ぐ かくてアヤカシは 雪の果てに還りぬ
 悪しき雪だるまは 討ち果たした 勝利を称えよ 勝利を称えよ

「ん、いまいちかな?」
 歩きながらでは単純な伴奏も少々ぎこちなかった。まだまだ練習が足りないだろうか。
「ふふ、なんだかむず痒くなるような歌だねぇ」
 楓子がなずなの小さな肩を抱いて笑う。駆け出しの開拓者達がなかなか頑張ったので、彼女はさほど奮闘という必要も無く終わった。
「うに〜、なんとか無事に終わって良かったにゃ。少しは自信ついたにゃ〜」
 ぐいと両腕を伸ばして強張っていた身体をほぐす千佳。
「騎士達が前に出て護ってくれたからな。俺も安心して魔法を使う事に専念できたよ」
 オラースのねぎらいにヴェスタークがそっけなく肩をすくめて鎧の金属片がカシャリと鳴る。
 寡黙な男だ。そういえば口を開いたのは倒したアヤカシの数を淡々と告げた時だけであった。
 ずっと兜を被ったままで開拓者にも素顔を見せず何を思っているかは外から窺い知れない。
「さてと報告がてら犬の墓に寄って、今度はゆっくりとお参りさせて貰おか」
 花の摘める季節ではないから供える物も特別には用意はできないが。
「そうですわね。私達にできる事はここまでですけれど‥‥せめて最後にもう一度お祈りを」

 そこだけが雪を掘られていて黒い空間ができている。
 真新しい小さな土饅頭。何処かから拾ってきたらしきいびつな灰色の石が目印のように置かれている。
 荷物から干し肉を取り出して石の前に供えるフェンリエッタ。
「もう大丈夫よ‥‥安心してくださいね」
「仇は討ったで」
「もう意地悪な雪だるまさんは居ませんわ」
 膝を土に付き祈りを捧げるラヴィの肩をジルベールが抱いている。
 一人離れてヴェスタークが瞑目していた。
(今回の犠牲になった命のひとつ‥‥どうか飼い主と共にあって永劫に護ってやってくれよ)
 死した者は残された者の胸の内に生きる。ヴェスタークがそうであるから。彼の人はきっと今も傍に居てくれているはずだから。

 辺境の村を抜ける風。小さいながらも彼らを脅かした存在はひとまず開拓者の活躍によって取り除かれた。
 そこはありきたりの風景に戻り、変わりない日々をこれからも送ろうとしていた――。