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■オープニング本文 帝国への本格的な反乱の報。続く占拠後の統治の失敗に失望の声もあるが、それでも帝国の抑圧を打ち破る御旗として反乱軍の勝利を願う者は少なくない。 ガラドルフによって抑え付けられていた自由。それを取り戻すべく今こそジルベリアへ渡ろうという人達の声――。 「‥‥母も戻りたかったのでしょうか」 雪景色に溶けるような全身白装束のように一瞬見える巫女。よく見ると淡い薄紅色で彩られている。この神社には一切緋の色は使われていない。 桃の精霊を祀っているからと、そう地元では言われている。この神社の周囲には桃の木など無いのだが。 リディラと紫花、二つの名前を持つ少女は硝子のような銀色の瞳を空に向ける。 母が付けてくれた故郷の響きを持つ名。そしてこの神社の主だった義父が付けてくれた名。 頑なに信ずる物を守り迫害され、故郷ジルベリアから渡ってきた母が没したのは昨年の事。 穏やかな瞳と包み込む優しさを持った土地の男と気が付けばお互いの想いは愛となっていた。 幼き子供を自分の子であるかのように慈しみ、土地の者達に慕われている男に嫁いだ異国の女。 村社会といえるこの土地では、奇異の目で見ていた者も最初は居たが、次第に馴染んでいった。 穏やかな愛をはぐくみながら月日は静かに流れ去り。 天儀人の義父は母より先に遠い所へと旅立った。 母子は村人達に大事にされ、眠るように母が逝った時も皆が惜別を告げて、綺麗な墓も作られた。 それ以来、少女は一人でこの神社を守っている。 「ミレイア殿は亡くなられていたのですね‥‥」 墓前に冬咲きの花を捧げる異国装束の男。 竪琴を背負った肩が寂しげに落とされた。白い物が混じった黒髪がはらりと額に掛かった横顔が哀しみに翳る。 一緒に戦おう――。そう呼び掛けに、過去に散り散りになった友を捜し歩いた先に。 貴女は、幸せに逝った――。でも、本当に‥‥本当に、想い残してはいませんか? 我らが求めていた、未来を。貴女は‥‥遠い世界で今何を想っているでしょうか。 「私はこの土地の記憶しかありません。そしてこの社で土地の人々を守る為に居ます。‥‥ですが」 戦乱が早く終わり、母が望んでいた自由な国になる事を祈ります――。 「せめて祝福の祈願の儀式はさせて戴きましょう」 そしてその祝福を彼の地へと届けてください。それまではここに。 義父の口伝により様々な伝承を受け継いだ。 この神社は元々は対になっていた存在。儀式事があればその間を行き来する。 祀り事は対である双子の社で執り行い、こちらは様々な品を大切に保管し、それを守る一族が住まう場所だったという。 その双子の社は、彼女がそれを見る前に‥‥魔の森に呑み込まれた。 戦や禍事が起きる度に、安寧を祈る祝福の儀式がそれまではずっと行われていたが、それ以来絶えている。 季節になれば満開の桃に包まれて淡い薄紅の光に彩られた社はとても美しかったと義父はよく目を細めていた。 早咲きの桃が一本だけ楚々と花を開いている時に訪れれば、その光景も粛として心が清められると。 それは、ちょうど今時期の事だっただろうか。その場所には今も桃の花は咲いているのだろうか。 いつか連れていって‥‥そう義父の袴を掴んでせがんだ日が懐かしい。 儀式に参加できるくらい一人前になったらな。そう笑っていた。この身体に志体があると判明した時は、それはそれは喜んでいた。 想い出が胸を駆け巡る。 瞳をすっと現実へと戻したリディアは、訪ねてきた男にゆっくりとその継いだ儀式の詳細を告げる。 朝廷の高貴なる方々の姿を借り纏い、清められた品々を捧げた行列が双子の社の間を粛々と練り歩く。 儀式は微にいり衣装から行程まで細かく定められている。 「私一人の力ではできませんが‥‥」 母の想いを叶える為に。義父の残した伝統を蘇らせる為に――。 少しでも力を。虐げられし者達に勇気を。‥‥ひとつでも希望を持ち帰りたい。 異国から訪れた男は頭を深々と下げた。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
朱璃阿(ia0464)
24歳・女・陰
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
賀 雨鈴(ia9967)
18歳・女・弓
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 社の奥に仕舞われた長持に収納されていた衣装が順に取り出される。 どのような物が出てくるのだろうと、柚月(ia0063)とそよぎ(ia9210)が目を輝かせてそわそわとしている。 「案外質素なのだな」 厳粛な儀式に使われる物だから色使いも落ち着いていて、作りも無駄に華美ではない。 囃子役の衣装として取り出されたのは色無地の単衣に白袴。 「これなら普通の衣服と変わらないから鎧袖も着けられるか」 儀式の道のりは魔の森の中を抜けると予め聞いている。できれば武装も万全に備えて行きたいものだが。 水浅黄、鼠色より少々明るくほんのりだけ青みが感じられる色の衣装を広げて検分し天目 飛鳥(ia1211)が頷く。 「伝統と想いが込められた大切な品だ、綻ばせないよう気をつけないとな」 戦う為に作られた品ではない。予め身体の動きを慣らしておかねば。 琥龍 蒼羅(ib0214)は常磐緑の衣装を手に取った。緑といっても決して濃さは無く落ち着いた色合いである。 外で軽く刀を打ち合わせ、実戦の動きを想定しながら立ち回りに支障が無いか確認を済ませておく。 女官の衣装は形としては巫女袴に近いだろうか。リディアの着用しているものと近い薄い色彩の袴の裾にはこれも淡い筆で花咲く桃咲く枝が描かれている。二人で左右の対になるように枝の向きは対称だ。 「きゃ〜かわいいの〜。ね、似合う?似合う?」 さっそく袖を通した儀式姿で袖を摘まんでくるくると回るそよぎ。裾の長い純白の羽織がひらりと開いて舞う。 緋色の羽織は茜ヶ原 ほとり(ia9204)が身に纏っている。 若紫と呼ばれる明るいながらも落ち着いた色。賀 雨鈴(ia9967)はこの色を選ばせて貰った。 「そっちは着替え終わった?」 男性陣の衣装はどんな感じだろうと、そよぎが見に行く。 「わ〜女官の衣装すっごく似合ってるよ!」 金糸雀色の単衣に白袴を身に付けた柚月がこちらもはしゃいでいる。 「ユズもかわいい〜バロンさんもかわいい〜☆」 「飛鳥と蒼羅は肩慣らしに今外に出ておるが、そちらも終わったのかな」 無邪気に言われて苦笑するバロン(ia6062)。そよぎにかかったら何でも『かわいい』になるらしい。 淡萌黄色の直垂に漆黒の烏帽子。老若を問わない色合いでバロンが纏うと彼の持つ渋さを一層と引き立てている。 (この格好で魔の森に入るのよね‥‥) 一枚また一枚とリディアに着付けを手伝って貰いながら、役を引き受けた事を微かに後悔した朱璃阿(ia0464)。 春を表現した桃や若葉を基調にした鮮やかな色合いの袷。五枚でも十二単と呼ぶらしいが、この儀式用の衣装は本当に十二枚を重ねる為、非常に重い。 しかも一枚一枚が表裏色違いの布を合わせている。模した物であるから高級な薄絹で作られてはいないので生地には厚みが出ている。 でもひとつだけ言うのなら‥‥昨今神楽で流通している着ぐるみの重量とたいした違いはなかったりする。動き難さは比ではないが。 濃蘇芳の長衣の上に、襟と裾から下の衣が見えるように順に艶やかな袷が重ねられてゆく。 (重い‥‥動けない‥‥それに蒸れるんだけど) 着付けが終わったら大人しく座っているしかない。 リディアから社の位置や儀式の内容を確認して手帳に書き留めると出発までもう何もする気になれなかった。 「楽の音を練習して貰わなければならないので‥‥茜ヶ原様、申し訳ありませんが朱璃阿様の傍をお願い致します」 譜が綴られた巻物を手にリディアが丁寧にお辞儀をして、部屋から離れる。 襖が閉められた途端に姿勢を崩して畳の上にぱたりと倒れる朱璃阿。 「皺になってしまいますよ。座布団を壁に寄せますからそちらへ。私の分もどうぞ使って」 薄い座布団を重ねて少しでも座り心地をよくして楽な姿勢を取らせようと手伝うほとり。 自分の衣装は弓引く所作にも支障ない。女官を選んで良かったかもしれない。 床に広げられた譜面は天儀の書式で作られているので雨鈴もジルベリアから来た男も読むのに苦労する。 リディアも実際に聴いた事がないので、それなりに推測して組み立てるしかない。 楽器も笛はそのままだが、太鼓の譜は三味線で拍子を合わせる事にした。雨鈴も同じ三味線だが笛の音に合わせるような旋律を考える。 「だいたいそれらしい音になったかしらね」 ちょっと改変した物になったが、それらしい雰囲気にはなった。 ● 「この道で合ってるのかしら」 横笛を吹く二人を先頭にして、明かりを灯した長柄のぼんぼりを手に女官姿の二人が静々と歩く。厳かな音色はゆっくりと旋律を奏でている。 最後尾を歩く蒼羅の手にした三味線が、太鼓の代わりに拍子を取っている。雨鈴の響かせる旋律の音色が魔の森へと吸われてゆく。 捩れた木の根が立ちはだかり茫々と生えた下草が足元に絡む。 隊列の中央には重い衣装に苦労する朱璃阿と、半歩前に出て気遣うバロン。 十二単の裾は引き摺られないように朱璃阿の背後に従うリディアが持って汚れたり引っ掛けたりしないようにしていた。 ご神体の宝珠だけは彼女が懐に持っているが、お神酒や供物は小分けにされて各々の腰帯に結わえ下げられている。 「ええ、地図はありませんが‥‥このまま真っ直ぐ行くはずです」 口伝の記憶故、リディアも少し不安そうな顔をしている。瘴気が漂う森、このような場所で迷う事は避けたいが。 道は薄暗い。一行の明かりだけがぼんやりと周囲を照らしている。 ガシャリと鎧の鳴るような嫌な音が聞こえる。濃密になる気配。隠しもされない多数の足音。 「無粋な輩が来たようじゃな」 儀式の道程では逃げ隠れのしようもない。音色や灯りに誘われるようにアヤカシが姿を現した。 脚台が無いから仕方がない。ぼんぼりの長柄を地面に深く突き立てるほとり。倒れたりしないようにしっかりと。 「これ持ったまま舞うのは無理だよね」 そよぎも見習って長柄を突き立てて離れ、紐を解いて持参していた舞傘を手にする。色鮮やかな紅。開くと白の羽織の上に大輪の華が咲いたかのよう。 符を手にした朱璃阿が背後のリディアを庇うように立つ。裾を掴んだままなので二人共動きようがないのだが。 「汚したくはないけど‥‥いざとなったら離していいわよ。衣装は守るから」 たぶん。周囲に展開した開拓者を突破してくるような事態にならなければ。 二人を守るような位置で武器を手に構えた者は前に進み出る。 雨鈴はそのまま三味線を鳴らし、その旋律が精霊に訴えかけた。 一行の身体が淡い光に包まれる。精霊が志体に更なる力を与える。瘴気に対抗する力。 「怪我をさせるわけにはいかないものね。蘭嬢、頑張るわよ」 愛用の楽器の名を呼び、心を通わせた音色を奏で続ける。皆が戦いやすいように私ができる事を。 「数が多いが‥‥抜けさせはしない」 盾となれるのは飛鳥と蒼羅だけだ。殲滅は弓術師に任せる事になるだろうか。 鬼の振り上げた棍棒を潜り抜けて刀を払い、そのまま重そうな鎧を纏った骨に突進して足払いを掛ける。 水浅黄の衣が襲い来るアヤカシの中を駆け抜ける。そして回り込んだ鬼の背中にざっくりと斬りつける。 変幻自在の動きで、多勢を相手に翻弄する飛鳥。 蒼羅も刀を手に健闘する。硬そうな相手。一度刀を鞘に収めて間合いを計る。 「そこだ!」 素早く一閃された刃が鎧の隙間を貫く。砕ける骨の手応え。目にも留まらぬ技でその刃は既に鞘へと戻っている。 (俺の腕でどこまでやれるかな‥‥) 必殺の攻撃は消耗が激しく、駆け出しの蒼羅の身体では何度も使えない。受け流す事に専念して再び隙を伺う。 抜けさせさえしなければ‥‥仲間が居るのだ。とにかく守りきろう。 第一撃を弓の乱射で迫り来るアヤカシに叩き込んだほとり。突き刺さった矢をものともせず敵は前進してくる。 次々と手を休めず矢継ぎ早という言葉そのものに一体ずつ倒すべく射込む。何本も受け続ければさすがに倒れる。 少しでも減らして志士達が疲労に倒れる前に撃退せねば。更に射ち込む矢が迫る鬼をまた倒す。 雄雄しく弓を引くバロン。三連続の矢が見事にアヤカシの胸の中心を捉え、鬼が苦悶の叫びを上げる。 無防備に開いた胸に更に三本の矢が突き立ち、大きな身体が地面にどさりと倒れる。 骨鎧は矢での攻撃では仕留めにくい。数が多いのだから鬼を優先して退治すべきか。 「ゆっくりと相手を出来ず悪いが、神聖な儀式を執り行うのでな。貴様らに構っておる暇は無い」 幾多もの怨霊の呪いの声が一行の精神を苛む。志士達は鬼や骨鎧の相手だけで精一杯だ。 「実体を持たないのは厄介よね」 朱璃阿の袖から飛び立った鴉達が怨霊を啄ばむ。 柚月も舞の手を休め、力の歪みで積極的に攻撃する。 「にゃー。ホント、嫌になるくらいいっぱいだね」 実体のアヤカシは矢の雨で数を減らされていた。バロンとほとりの連携で、志士の死角を全て賄っている。 満身創痍の飛鳥の身体を優しい風が包み込んで癒す。リディアが精霊に祈っている。 「もう少し頑張れば撃退できるな」 正眼に構えた刀に炎が迸る。眼前の骨鎧を叩き伏せて、それを踏み台に嘲笑う霊体へと飛び掛る。 そよぎの舞が攻めを願うものへと変わり、その歩が‥‥木の根につまづく。 「‥‥っとと。大切な儀式の邪魔をするなんて、信心がなってないのよあなた達!」 照れ隠し気味にびしりとアヤカシへ舞傘を向ける。 雨鈴の奏でる旋律が二体の骨鎧の動きに隙を作り、舞で力を得た蒼羅がそれを見逃さず一気に畳み掛ける。 「深淵より呼ばれし者よ、かの敵にまとわりつき動きを止めよ…」 囁き声に誘われた毒蟲が十二単の裾からカサコソと這い出てアヤカシの動きを阻害する。 放たれた矢がその緩慢な的を射抜く。 「‥‥皆、無事か」 そう声を掛けた蒼羅が一番の傷を負っていた。熟練の志士たる飛鳥と双璧になって前衛を戦い抜いたのだから、かなりの攻撃を身に集中させた。 防御に専念していたとはいえ、もう倒れそうだ。 「お陰で直接の攻撃は受けなかったよ。お疲れ様!」 柚月の手がすかさず癒しの力を注ぎ込む。 後衛が受けたのといえば怨霊の呪いによる攻撃だけであった。連携は功を奏した。 ● 「わぁ〜、桃の花が咲いてるよ!」 そよぎが嬉しそうな声を上げる。 魔の森に侵食され、半ば朽ちかけた社。それを囲むような桃の木は大半が瘴気により変質していたが、一本だけが耐えるように社に寄り添って幾つかの蕾を開いている。 「桃の精霊様の力がまだ‥‥」 よく孤独に頑張ってくれました。リディアの胸が感謝の念で一杯になる。 歪んだ植生の中で柔らかく穏やかな花を咲かせた桃。開拓者達もしばし見上げる。 (咲いてるのを見せてやれて良かったな) 銀色の瞳に夢見るような輝きが浮かんでるのを見て、飛鳥が微笑みを浮かべた。 「皆様、ここまでありがとうございます。できれば休息を取って戴きたいのですが‥‥」 「先に儀式を済ませましょうよ。魔の森の中で夜を迎えたくないし、戻ってからの方がいいわ」 これ脱がないと休んだ気にはならないわ‥‥と胸の奥で一人呟く朱璃阿。一度休んだらもう動けなくなってしまいそう。 「私は外で警護をするわ」 ほとりは社の外でアヤカシの襲撃を警戒する。 「何かあったら俺達も出る。入口の傍に居るからな」 飛鳥と蒼羅が閉じられた格子戸の前に正座し、いつでも外に出られるように備える。今は全く生き物の気配は自分達以外には無いが。 外の様子はここからも伺える。ほとりの動きに何かあればすぐわかるはずだ。 簡単ではあるが積もった塵を払い、両脇の脚台にぼんぼりを据え付けて棚に白布を敷いてその上に儀式の品を並べる。 祝詞を上げるリディアの後ろに直垂烏帽子姿のバロンと十二単姿の朱璃阿を中央にして一行が膝を並べて畏まった。 一字一句間違いなく紡がれる社に伝わる祝詞。さきほどまで頼りなげに見えたリディアの背中が凛として見える。 振り向いた銀色の瞳が強く一人一人の眼を覗き込んで、力強く微笑む。彼女は今、社を預かる巫女の顔になっていた。 「では皆様、一緒に精霊様への祈りをお願い致します。言葉にはしなくて構いません。精霊様はきっと聞いてくださります」 胸の内で捧げるそれぞれの想い。 (あたしは帝国軍と反乱軍、どっちが正しいかなんてわからないけど‥‥) 遠いジルベリアの地の受難を心に浮かべるそよぎ。 戦争をしないと、これからどうしたらいいかも決められないなんて。どうして人同士が争いをしなきゃならないの。 兵隊になる人も、その家族も、皇帝も反乱軍の大将さんも‥‥みんなみんな可哀想。 つらい想いをする人が増えないように‥‥精霊様、どうかお願いします。 (自由と平和‥‥わしの居た部族も‥‥) 今ジルベリアで戦おうとしている民の気持ちが痛いほどわかる。人々の心よ故郷へと届きたまえ。 どうか力無き民が虐げられる日々が一日も早く終わるよう、バロンも一心に祈りを捧げる。 (ジルベリアに残る家族の無事と健康を‥‥) 雨鈴自身は家業を継がず飛び出してきたが家族はジルべリアで貿易商を営んでいる。 両親も姉も弟もこの度の戦乱に巻き込まれなければいいのだが。 (これから戦いに行く皆が無事であってくれるよう) それから、リディアのこれからの道行きに幸多からん事を。父と母の想いを受け継ぎ、未来を見つめて歩いて欲しい。 手を合わせ眼を閉じた飛鳥の瞼に巫女の紫花として振舞う先程の姿が浮かぶ。きっと大丈夫だろう。 (知らナイ異国のヒトのコトを祈るなんて柄じゃナイな) 神妙な顔をしながらも柚月はどうしようかと考える。 (ん〜僕は僕らしく祈ればいいよねっ) 知ってるヒトが、みんな笑っていられますように。それと、えっと笛の音が誰かの力となりますように。 人間笑顔がイチバンさっ。 ● 帰路はそう激しい戦闘も無く、時々遭遇するアヤカシを払いながら吟遊詩人の男が留守居で待つ社へと無事辿り着いた。 「も、もうダメ‥‥」 よよと床に手をついて横座りに崩れ落ちる朱璃阿。十二単での行軍はある意味アヤカシよりも手強かった。 「ささ、お手伝いしますから着替えを」 そよぎとほとりに抱えられるようにして奥の部屋へと運ばれてゆく。 体力のない宮中の姫君も、もしかしたらこのように女官に世話されてるのではないかと想像してしまう。 「無事、儀式は恙無く終わったぞ」 吟遊詩人は明日には旅立ち、故郷へと戻るという。どうか辛くとも希望を捨てないでくれと力強く励ます。 「帰る前によければその竪琴の音色を」 異国の土に眠るリディアの母に捧げる曲を。 雨鈴が三味線を手に取り、男の竪琴と合わされてジルベリア出身なら一度は聞いた事がありそうな簡単な古い鎮魂歌の旋律をアレンジして奏でる。 雲の隙間から射し込んだ夕日が、墓前を暖かく照らした――。 |