橇に乗って逝きませう
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/20 02:13



■オープニング本文

「毎日、雪、雪、雪、雪。暇だな〜」
「そんな事言ってるんだったら雪掻きしなさいっ!」
「え〜、必要なとこは全部父ちゃんがやったじゃんか」
 天儀本島のどこかにある雪にたっぷりと包まれた山間のありふれた村。
 夏は狭い土地での農業に勤しむが、今の季節は春の準備に家の中で内職をするくらい。
 子供達は手伝いも欠かさないが、だいたい遊べる事は遊び尽くして退屈である。
 伐採だの狩りだのは傍に居られては危ないから、連れていっては貰えない。
「橇作ろうよ、でっかいの」
「でっかいって‥‥どんくらい」
「龍も乗れるようなやつさ〜。でね、開拓者に来てもらえば龍見れるよ!触れるよ!」
「それいい〜。京ちゃん、あったまいいな〜」
「でも作るの大変じゃない?」
「それも依頼しちゃえばいいよ」
「お金どうすんのさ〜」
 かまくらの中に母手製の饅頭を持ち寄っては分け合い、わいわいがやがやと相談に耽る村の子供達。
「みんなでお願いしに行こうぜ。村おこしって言えば何とかなるかもしれないしさっ」
「村長にみんなで直訴だ〜」

「ならん、ならん。そんな事に使えるお金がこの村の何処にあると言うんじゃ!」
 ずらりと雁首揃えて押し掛けた子供達を前に村長は首を頑なに横に振る。
 珍しい生き物を集めればそりゃあ近隣の村から見物人も大勢詰め掛けるかもしれないが。
 それで別に村に恵みがあるわけでもない。観光になるような物は元々何もないのだ。

「そ、村長!大変です!」
「なんだ、何事じゃ」
 血相を変えて飛び込んできた男は勢揃いした子供達の姿に怪訝な顔をする。
「とりあえず奥で話を聞こう。お前達はそこに座って、よく考えとれ。村の金はそのような事には使えぬぞ」
 しゅんとした者達を尻目に村長は男を招き入れると襖をぴしゃりと閉める。

「アヤカシ‥‥?」
「はい、伐採場に‥‥。突然霧のような物が現れたかと思うと、包まれた者がバタバタと倒れて‥‥」
 慌てて命からがら逃げ出したという。霧に囚われた者は衰弱して、里まで運んだもののまだ意識不明のままだ。
 少しは意識の残っていた者もうわごとで目玉が‥‥とだけ言って気絶した。
「里に降りてくる前に何とかせねばならぬな‥‥」

「お前達」
 真剣な形相で出てきた村長に、子供達は首をすくめて畏まる。
 襖に耳を当てていた男の子はしっかりと拳骨を張られた。涙目だが、悪い事をしたとはわかっているので必死で堪えている。
「どうも開拓者を招聘せねばならなくなった」
 その言葉に沈んでいた小さな一同の目がぱっと輝く。
「だが」
 厳しい声にまたも慌てて首をすくめる。
「良いか、別の仕事で呼ぶんじゃからな。粗相や失礼の無いように。仕事が終わるまでは決して邪魔をするんじゃないぞ!」
 顔を見合わせて喜んでいいのか探り合うが、聞き耳を立てた男の子は余計な事を言えばまたも叱られるのを了解して俯いている。
 アヤカシが出たなんぞとみだりに騒がれては困る。
 村長のいつもは見られない険しい眼光が、わきまえた男の子の様子を見て少し緩む。多少野次馬だが、なかなかに賢い子ではないか。
「お前さんはとりあえずすぐに依頼を取り付けられるよう行ってきてくれないか」
 村長の一筆を携えた男は、近くの風信機のある村まで走る支度を整えると急ぎ足で出て行った。

「さてと。わしは村を回って大人達に話をせにゃならんから、お前達はまっすぐ家に帰るように。外に出ていいと言うまで出ちゃいかんぞ」
 何があったのか。子供達の目に好奇心は抑えられないが、何か深刻な事態が起こったらしい事だけは呑み込めた。
 素直に手と手を繋ぎ家路を急ぐ子供達。両親に聞けば、教えてくれるかもしれない。


■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
ダイフク・チャン(ia0634
16歳・女・サ
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
クロウ(ia1278
15歳・男・陰
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
綾羽(ia6653
24歳・女・巫
ネオン・L・メサイア(ia8051
26歳・女・シ


■リプレイ本文

「あんじょうよろしゅうにぃ〜」
 ほわんとした挨拶で倚天の背中より降り立った雲母坂 優羽華(ia0792)。
「ここまで雪に包まれているのは懐かしいな」
 ネオン・L・メサイア(ia8051)が故郷の雪を想い出して手に掬い取る。
 その横にクロウ(ia1278)も降り立ち、子供の頃が懐かしくなり顔を綻ばせる。フォートがその背中をつんと鼻先で突つく。
(‥‥っと)
 アヤカシ退治に来たんだった。わかってるよ、と相棒の肩を叩く。
 二人きりの時よりはどことなくぎこちないフォート。初めてクロウと一緒に戦場へ赴くとあって緊張しているのか。

「着いたみゃ〜☆」
「ニャ〜☆」
 綾香様を連れて元気一杯に村へ駆けるダイフク・チャン(ia0634)。喋りだけ聞いてるとどっちが猫又だかわからなくなりそうだ。
「寒いけど頑張るみゃよ!綾香様!」
「分かったから、あまりはしゃぐニャ!だいふく!」

 様々な朋友を連れ、アヤカシとの戦いに備えた装束で身を固めた開拓者達。
 村長ともう一人の男が伐採場の位置や状況を説明している間、好奇心旺盛な子供達が戸口からどぎまぎした目を覗かせている。
 寒いから戸口を締めなさいっという母親の叱り声も一回きりだ。どのような者が来たのか気になるのは同じ。
「倒れた者はまだ意識が無いんか‥‥?」
 気遣わしげに表情を沈めた八十神 蔵人(ia1422)。各自の家に寝かせてはいるが、悪化はしないものの静養には良い環境とは言えない。
「雪華、頼んだで」
 ぽふりと傍らの相棒の人妖の頭に掌を乗せる。
「私のお仕事は村の方々の治療ですか、了解です!」
 凛々しいジルベリア風の甲冑に身を包んだ少女をそのまま幼児の大きさまで縮小したような姿。銀色の聡明な瞳が蔵人を見上げる。
「そやで〜村医者もおらんし、人命救助がんばりや」
 巫女が三人も同行しているが、誰かが抜ければそれだけ退治の危険度が増す。敵がどの程度の強さを持つのか見当はつかない。
 ひとまず重篤な者の手当だけを雪華に任せて、戻ってからじっくりと治療する事にしよう。
「とゆーわけで治療費は普通なら一人千文の所をなんと驚きの価格‥‥ぶっ」
 ぱしーん。小さな雪玉が蔵人の顔に命中して叩き売りの露店商のような口上を阻止する。
「久々にまともな事を言ったかと思えば、この旦那様は。治療費も依頼報酬込みです!」

 さて退治へと出発。
 とうとう我慢できず駆け寄ってきた子供達が、龍に騎乗する開拓者達を賛嘆の眼差しで眺めている。
「できるだけ早く戻ってくるからな」
 純朴な村の子供達の様子を騎上から見下ろしたネオンの表情が柔らかく綻ぶ。
「もふ龍ちゃんはお留守番かしら。一緒に遊んでるのよ、いいわね?」
「わかったもふ!」
 元気一杯に答えた金色のもふら。紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)がこの子をよろしく頼みますねと預けるとさっそくいじり回されて大変な状態。
 もふもふふかふか。村にもふらが居ないわけではないが、金色というのはやはり珍しい。次々と小さな手が伸びて、もふ龍は子供達の人気の的だ。
 それを見た猫又の桜花が慌てて頭を神町・桜(ia0020)の胸元へと引っ込める。
「‥‥早く退治に行くんだにゃ」
 あんなにいじり回されては堪らない。
「後で一緒に橇遊びするのじゃよ」
「あ〜何で我がそんな面倒な事しなきゃならないのにゃ〜」
 そんなやりとりを見て綾羽(ia6653)がくすりと笑う。その胸元にも同じように絆丸が寒さを逃れて収まっている。
 ずいぶんと小さい子猫のような身体なので重くはない。うっかりすると忘れて物を抱え持ってしまいそうだ。
「うふふ、私も初めてなので楽しみです。絆丸、後で一緒に乗りましょうね」

「それじゃ、休み休みでええから治療頼むわ。行ってくるで〜」
「はっ、お任せください!」
(旦那様が居ない方がさくさくと進みますわ)
 笑顔で袖を振って見送る雪華。蔵人が背中を向けて片手だけを挙げてひらひらさせる。
「しかし、これが‥‥わしが雪華を見た最後の姿だったのです‥‥」
 火を付けた松明を顔の前にかざし、妙な陰を演出して歩き出す。耳聡く聞きつけた雪華の眉が吊り上がる。
「出発直後に嫌な解説付けないでください!むしろ、それ村に残る私の台詞でしょうが!」
 わざわざ腕から外して後頭部に投げ付けられた羽刃。
「うわっ、武器をわしに投げ付けるな〜。主人いじめ反対‥‥」
「さっさと行って仕事してください!」

●霧退治
 龍組とは別れて地上から伐採場へと向かった一行。先頭に立つ蔵人が松明を掲げている。
 瘴索結界を張った綾羽。いつの間にか霧に包まれているなどという事にならないよう警戒を怠らない。
 どんなに霧が薄くとも、それが瘴気を帯びていれば見逃す事はないだろう。絆丸は胸元でまだスヤスヤ眠っているようだ。
「ん〜他の依頼で似たようなアヤカシがおったけど、そいつら目玉が本体やったな」
 今回も同じなのだろうか。アヤカシは似た姿を持つモノでも発生した個体毎の差が激しい為、経験がそのまま生きるとは限らない。
 被害にあった村人の目撃情報があるから、少なくとも外見上は蔵人が前に見たアヤカシと一致している。目玉を狙う戦法は有効なはず。

 倚天の背で優羽華の身体が淡い光に包まれる。眩しい程の太陽、照り返す白銀の輝きに紛れてその一瞬の光は地上からでは判別できない。
 接近した編隊を組みゆっくりと旋回した三匹の龍が離れる。三点から囲む事で、木々や雪斜面に紛れて把握の難しい霧アヤカシの大まかな位置を仲間へと伝える。
「割と伐採場の周辺に固まってはるなぁ。狙う位置まではわからないのが残念どすけど」
 その為には地表すれすれまで突入して攻撃の対象を視認するしかないのか。うっかりすると斜面や樹木に激突しかねないので思案処だ。
 鉄弓を手に頷くネオン。アヤカシの本体は目玉ではないかとの推測だが‥‥ここから狙えるだろうか。狩人の鋭い瞳が地上に広がる霧を睨む。
 優羽華が安全と確認した周囲にもさりげなく目をやる。山に子供は紛れていないか、もしも巻き込む事になっては大変だ。
「貴様らに時間をとるつもりはない。やるぞ、アルフ」

「結構、広範囲ですね」
 木々の間から空を見上げた紗耶香が呟く。既に伐採場を覆い尽くす霧の先端まで達している。
「上からの攻撃もありますし、なるべく数人ずつ固まって動きましょう」
 二組、効率は落ちるが誤射を避けるにはこのぐらい固まったほうがいいだろう。
 松明を綾羽に預けて刀を抜く蔵人。炎を揺らめかせながら反対の手に舞傘を開き、精霊の加護を祈る綾羽。緩やかな舞の中で炎に照らされた星型のメダルが胸元で輝く。
 足元に降ろされた絆丸はふわぁと欠伸をしている。あんまりやる気はないようだ。
 吹き抜ける冷たくも何か気持ちが悪い風。濃厚な霧が開拓者と相棒を包んでその生命を啜ろうとする。

「綾香様、一気にいくみゃっ!」
「いくニャっ!」
 二刀を構えて駆け出したダイフクと横に並ぶ桜。綾香様と桜花がそれを追い掛ける。次第に密度を濃くする霧が視界を遮る。
 前方に過ぎる浮遊する影。
「これを食らうのじゃ!」
 霧が一瞬渦を巻くかのように視界内で歪む。桜の放った精霊の力が瘴気を揺り動かしたが、瘴気の方が打ち克ったか。
 中心部にあるらしき目玉はこの位置ではまだはっきりと見えない。
「あまり効いた様子もないようじゃな。桜花も援護を頼むの」
 両の手に構えた大薙刀。こちらならどうか。アヤカシの核を探し求め、果敢に飛び込む。
「‥‥はぁ、毎度の事ながらネコ使いが荒いのにゃ」
 鎌鼬の余波で乱れる霧。薙刀を振るう桜の足元から無数の光の針が飛びアヤカシへと突き刺さる。
「ダブルアタ〜ックぷらすニャンみゃっ!」
 綾香様もダイフクの斬撃と連係して爪を振るい、目を爛と緑色に輝かせては風の刃で切り刻む。

「さて人魂で偵察しますか」
 何らかの手段で近づかない事には標的の特定が難しい。単純な鎌鼬の力を持った式は命令を受けた獲物を逃す事はないが、主が対象を特定してやらないと具現しない事が経験上知られている。
 クロウの手にした人形から白い鴉の姿を模した式が飛び出し、霧に覆われた地表目指して急降下する。さあ、攻撃の対象は‥‥何処だ。
「フォート、準備はいいな?」
 全く問題ないと首の動作で肯定を告げた相棒。その頭部には鼻と口を覆うように風呂敷が被せられている。
 クロウの顔も同じように手拭で覆われている。瘴気で構成された霧を吸い込んだらどんな影響があるか。警戒しておくに越したことはない。
 斬撃符の届く距離は龍の上からだとそれほど余裕のあるものではない。霧の上端すれすれまで高度を下げて一撃の度に離脱すれば、瘴気に身体を晒さずに済むか。
 地上の援護の為にはできるだけぎりぎりまで迫りたいところだが。
 クロウのやり方はよく判っているフォートだ。それを考えた動きをしてくれるだろうから問題はないはず。
 霧の部分を攻撃しても一時的に拡散させるだけで、瘴気の核とおぼしき浮遊する目玉の姿を暴くには至らない。
 偵察の式を飛び込ませては定めた目標に連続で攻撃を仕掛ける。消耗が激しく回数には限りがあったが、着実にアヤカシの生命を削った。

 霧の中を駆け抜けて蔵人が剣で薙ぎ払う。脇を走っていた紗耶香の影がすっと離れ、掌から気の波動が放たれた。
 綾羽を守るように足元を離れない絆丸。仕方ないなという顔で時折隙を見つけては鎌鼬を飛ばした。
「ね〜ご主人〜。早く帰りたいよ〜」
 甘える相棒に苦笑い。
「頑張ったら早く終わりますよ」

「なあなあフォート、ちょっとアレやっても‥‥いいか?」
 ずっしりと重い天儀人形を落とさないよう抱えなおしてフォートの背に伏せ、鞘から薄刃の刀を抜いて腕を伸ばす。
 クロウの意を理解したフォートがはばたきながら地上に狙いを定める。その鱗が変質する。
「よーしフォート、硬質化使ったか?息止めとけよ?じゃあ‥‥ゴー!」
 白い霧の端に居る一体を狙って浅葱色の体躯が降下する。確実と言える距離まではじりじりと、そしてフォートの翼の動きが瞬間変わる。
 一気に加速して突入する霧。
 肌を刺すような通常の霧とは違うひんやりとした粒子が生命力を奪い取ろうと肌に纏わりつく。
 息を殺したクロウが中心部に浮遊する人の頭ほどもある目玉を狙うが――回避された。霧を突き抜けて急上昇するフォート。
「難しかったな。ありがとうフォート」
 肩を叩いて相棒を労った。

 人獣一体となり弓を両手に構えたネオン。アルフの機敏な動きにも重心を揺らがせる事なくアヤカシを狙う。
 精霊の力を瞳に呼び集め、霧の中に垣間見えた小さな影に迅速な矢を放つ。
「ふっ‥‥消耗が早いな。あと一回、精霊の力を借りれるか」
 アルフと一体になっての集中連射は思っていたより消耗が激しかった。動き続ける騎上から狙いを定めるのは位置を上にした方が有利だが‥‥距離がある分相殺される。
「それでも当てるさ。アルフ、ぎりぎりまで近づいてくれ」
「倚天はん、お願いしますえ」
 駿龍の速度を活かして地表に迫る勢いで霧に近づいては清浄なる炎で濃い部分を焼き払う。精霊の力を借りた炎は自然の植物には影響を与えないので心配なく使えるが。
「人まで焼いたらあかんやろし、敵だけ狙うのは難しいどすなぁ〜」

 手間は掛かったがたいした怪我も無く、霧状のアヤカシは退治できた。
「あ〜寒いのう。はよ帰ろ‥‥熱燗がほし〜」
 酒!と聞いて綾香様の耳がピンと立つ。
「冷えたみゃ〜温かい物が食べたいみゃっ」
 ダイフクは期待の目で紗耶香の顔を見る。もちろん作りますよと微笑む。退治の依頼でもちゃんと調理道具は持参してきている。

●遊び本番
「お帰りもふ。もふ龍いい子にしてたもふっ」
 雪の中で子供達と遊んでいた、いや子供達に遊ばれていたもふ龍。もふもふの毛に雪が絡まり簾のように小さな玉がたくさんぶら下がっている。
「重篤な方の処置は済みました。意識も戻りましたし後は栄養を取って静養すれば大丈夫だと思います」
 生真面目に報告する雪華。術を使える限り使ったので疲れた顔をしている。
「龍に触ってもいい?」
「一緒に橇で遊ぼっ」
 解禁状態になったら村中の子供達がさっそくと開拓者達を囲む。
 疲れているんだからと叱る大人に気にしませんよと笑う。純粋な賛嘆の瞳で見られるのは楽しいし、子供好きなら何もなくとも一緒に居るだけで癒される。
 それにせっかく遠出した場所で相棒と遊べるのだ。一緒に橇を作って遊びましょうと二つ返事で応じる。
「では橇を作っている間に私は温かい料理等を用意致しますね〜」
「あ〜酒のつまみになるようなの、よろしく〜」
 退治の仕事は終わったから後は雪見酒、子供と遊ぶのは元気な者に任せておけばよろし。さりげなく逃れようとした蔵人の裾を雪華が引く。
「旦那様‥‥橇は高い所に登らねば遊べないのです」
「‥‥つまり?」
 雪華の声色がガラリと変わる。
「引け、そして登れ、あと橇作れ」
 くるりと振り向き元の折目正しい雰囲気に戻ってクロウと、その傍で落ち着いていた相棒にお願いをする。
「連れていって働かせてくださいまし」
 茶目っ気を出して蔵人の羽織をくわえて引くフォート。
「クロウ〜、きみの相方まで雪華の味方なのか〜しくしく」

「わしは治療の続きの方に回ろうかの」
「うちもそちらのお手伝いを」
 桜と優羽華は村の家々を巡回。桜花はあわよくば何処かの家でぬくぬく昼寝しようと後に続く。

 伐採場に積まれた資材。先ほど討ち果たしたアヤカシは瘴気に分解されて風に散り、その姿は既に無い。
「ほら積んである木材には近付いては行けないぞ。崩れたりするかもしれないから危ないんだ」
 子供達を積極的に誘導して怪我などしないように努めるネオン。雪国生まれの経験を活かして橇作りを指導している。
「よくある形というのは、それだけ安定していて使いやすい。ここを曲線にする理由はだな‥‥」
 安全性と機能性を重視した橇作り。形には奇をてらわず、飾りの代わりに動物の絵を彫り込んだりして子供達を喜ばせる。
 背中を預けたアルフは目を閉じて身体を休めている。ネオンの両隣に腰を下ろした子供も一緒に寄り掛かっているが怒る事もなく、好きなようにさせている。

「お、もう橇は出来上がっているようじゃの。ほれ遊ぶぞ、桜花♪」
「我は囲炉裏の傍で寝てたかったのにゃ〜。寒いのは嫌なのにゃ〜」
 じたばた暴れる桜花を抱えて駆け出してゆく。仕事の時の顔とは違う無邪気そのもの。
「綾香様も一緒に‥‥って、またお酒飲んでちゃダメにゃ!」
 どっかりと見物席と決め込んで焚き火をおこして熱燗を飲んでいる蔵人に、綾香様はちゃっかりとお相伴に与っている。
「ニャハハハ、だいふく後で行くから心配しにゃいでいいのニャ」
「ん、雪華。遊びたいなら行ってきていいんだぞ〜。ほらわしはこちらの御仁達の接待をしておるからの」
「美味しいもふ〜」
 もふ龍も酒を分けてもらい、もっふもふの身体を落ち着けている。

「おおっ、これは楽しいの!」
「やった〜いっちば〜ん!」
「次はあたいも負けないみゃっ」
 思い思いに滑走して、子供達と一緒になって雪の上の競争に興じる。
「登るのも競争じゃっ」
 橇の紐を引きすっかり年相応の童心にはしゃぐ桜が先頭になって雪に足をとられながら笑って駆け上る。
「絆丸、しっかり橇に掴まっているんですよ〜」
 綾羽もその後ろを追ってまた滑りにと。曲がり方も止まり方も知らなかったので雪山に突っ込んで全身真っ白に雪まみれである。
 とても怖い思いをした絆丸が橇の底に爪を立てて必死に伏せてぶるぶるしている。

「あらあら雪だらけになった子もいますね〜。ほら身体が冷えたら風邪引いちゃいますから温かい物食べてくださいね」
 出来立ての野菜のごった煮スープ。まだ鍋からは湯気が立っている。
「炒め物も用意しましたよ。石を積めば焚き火に当てて保温できますね♪」
「ほら、旦那様働いて。ちゃきちゃき石を探して持ってくる」
「わしの役目なのか‥‥」
「橇を引くのを免除してあげますから」
「とほほ‥‥」

 代わる代わる誰かが火の傍についているので安心して紗耶香ももふ龍を連れて遊びに向かう。
「もふちゃんと一緒に滑る〜」
「僕も〜」
「あ、にゃんこ達が戻ってきた〜」
「あたしは絆丸ちゃんと乗りたい〜」

「ほらほら、龍に乗りたい奴は順番だ。喧嘩したら乗せてやらないぞ」
 子供と一緒に組み立てた大きな橇。龍はそれぞれの主人が子供を抱えて背に乗るのを大人しく受け入れている。
 龍を乗せた状態ではその重量で橇は滑り出してしまう。丸太で支えて‥‥とも考えたが、それを支えようとなればかなりの木組みが必要になる。
「人を乗せてからそっと橇の上に着陸すればいいんじゃないか?」
ふわりと橇に舞い降りる事でスタートだ。それで行こう。

「行くぞ〜。ってうわぁ〜かなりスピードでるなぁ〜!」
 浅黄色の体躯が緊張に固まる。自分の力で空を飛ぶ時の速さとはまた違う。
「倚天はん、翼を少し広げておくれやす。あんまり飛ばすと制御できなくなるどすえ」
 緩やかな広い斜面とは言え、ぐいぐいと加速してゆく。最後に止まれなかったら‥‥。
「この感覚懐かしいな。アルフいいか、命令したらすぐ体重を移動するんだぞ」
 風が頬を切る。子供を腕にしっかと抱いて橇の手綱を握るネオンの口元に微笑みが浮かぶ。
「こっち一番だぞ〜」
「まて〜っ」
「お姉ちゃん、もっと速くっ」
 怖いものしらずの子供達は通常の橇遊びでは味わえない刺激に大はしゃぎ。
 龍の首にしがみついてきゃあきゃあと悲鳴ともつかない歓声を上げている。
 一度の滑走はあっという間の時間だ。
「よし、アルフ左だ!翼を開け!」
 軌道を変えながら体重を斜面に寄せての急制動。翼が疾走の風を受け止めて減速を助ける。
「フォートこっちも行くぞ。って、どわぁあ!」
 盛大な雪煙を巻き上げて転倒する大橇。
 子供を庇いながらごろごろと転がって雪まみれになるクロウ。フォートがひっくり返った橇の傍にうずくまり面目なさげな顔をしている。
「アルフはんさすがどすなぁ。次はうちも負けへんで〜」
 倚天の背から先に降り、興奮と冷たい風に頬を紅潮させた子供を抱えおろしてやる優羽華。
「ありがとうっ!」

 中には怖気づいて泣きそうな子供も居る。
「ゆっくり滑れば怖くないにゃよ?」
「見えない方が怖くなるニャ。前に乗って景色を楽しむといいニャ」
 すりすりと身体を寄せる綾香様にお下げ髪の女の子の顔がほころぶ。
「抱っこ‥‥してもいい?」
「ん〜スピード抑えるならそっちの橇がいいにゃ。交換にゃ☆」
「箱型も面白そうですね。絆丸こっちに乗りますよ☆」
 綾香様を抱きかかえた女の子を前に乗せ、足でしっかりと制動をかけながら滑るダイフク。
 それを、ばびゅーんと抜いて一直線に滑走‥‥いや滑落?してゆく綾羽の橇。子供の喜ぶ声と絆丸の悲鳴があっという間に遠ざかってゆく。
「あ‥‥これ足が出せないけどどうやって止めるんでしょう?」
「紐を引いて平らな方へ向かっていけばいつか止まるよ、きっと♪」
 あっけらかんと答えた子供の助言に従い、紐を右に引き左に引き、箱橇はどこまでも進んでゆく。
 適当なとこで止まるはずだが‥‥平らなとこって何処を目指してる!?
 村へ向かって下へ下へ。ずいぶんと長い滑走を続ける綾羽ご一行であった‥‥。

「怖くなかったにゃか?」
「うん、とっても楽しかった!」
 女の子はすっかりダイフクに懐いて、もう一回滑るとせがんでいる。
 ネオンがふと故郷に想いを馳せて遠い目をしていたが、すぐに仲間と子供達の声に引き戻された。
「さあ、次はジャンプ大会ですよ☆」
 すっかり橇遊びの虜になった紗耶香が真っ先に駆け出していった――。